第二十六話 長い宴の始まり
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
それでは御覧下さい。
酒の香に酔いしれた軽快な笑い声、食に舌鼓を打ちその味に唸る満足気な溜息。
祈りの舞いが終われば宴が始まり広場の中央で火を灯す薪も、そして空に浮かぶ漆黒の闇をも打ち払う明るい声と笑みがそこかしこで発生していた。
かく言う俺もその一人で??
ちょいと硬めのパンを引き千切っては口に運んで大きく頷いていた。
「頂きます。…………はぁ、うまい」
小麦の香りがそっと鼻腔を抜け、控えめな甘味が舌を撫でる。
これぞ小麦の王道の味であると頷ける物に舌が降参しかけてしまう。
しかし!! ここで降参はしてはいけません。
席の前に用意された皿の上には食べ易い様に一口大に……。と言っても?? 人間の御口用では無くて狼の一口大に用意された物だからかなりの大きさを有している焼きたてホヤホヤのお肉さんを箸で摘まみ上げて豪快に齧り付いた。
「うっま!!!!」
本当に美味い物を食うと初めに出る言葉は簡素になってしまうのは何故でしょうかね。
肉汁の波が舌に、口内に押し寄せて幸せの味が一杯に広がる。
肉を噛めばそれは増す一方で陸上にいながら溺れてしまうのではかと錯覚させてしまう程だ。
塩、肉、肉汁。
最強の組み合わせで調和された味に舌鼓を打ち、この味なら一生食べ続けていられる。
そんな馬鹿げた考えさえも此方に連想させた。
「はわわあぁぁ……。このお肉……。美味過ぎてぇ腰が砕けちゃいそう」
大飯食らいの御方もご満悦の様子で、溶き卵も驚く程に目尻を下げて肉の有難さを享受していた。
「これがルー達の生まれ育った味なのか。本当に美味しいよ」
少し離れた席で肉のみを食らう陽気な狼さんへと素直な感想を送る。
「ふふん。お母さん達が作った料理だからね!! 美味しいに決まっているよ!!」
「里の皆に感謝だな」
美味い肉を食らい傷付き疲弊した体を修復する。里の皆さんがお強いのは大自然の恵みの御蔭なのだろう。
肉の旨味そして大自然の有難さを改めて認識して幸せな咀嚼を続けていると、思わず背筋がピンっと伸びてしまう大きな声が俺を呼び立てた。
「レイドぉ!!!! こっちへ来い!!」
「は、はい!! 只今!!」
ネイトさんからの呼び出しを受けて慌てて立ち上がり、鷹も目を丸くする速さで駆け付けた。
「お呼び致しましたでしょうか??」
彼の前に姿勢を正して座り静かに言葉を放つ。
きゅ、急に呼び出して何の用だろう?? まさか今から組手を行えと??
それとも……。宴会の席に相応しい芸を披露しろとでも言うのだろうか。
「あはは!! お前も飲めよ――!!」
「も、もういいって!! それよりも肉を食らうぞ!!」
この明るい雰囲気を破壊しない芸、ね。
とんでもなく引き出しの少ない机の前で大量の汗を浮かべてそれに相応しい物を探すが……。生憎、そんな都合の良い物は出て来なかった。
つ、つまり!!
芸を披露しろと言われたら俺は皆の顰蹙を買い、場が白けてしまう恐れを大いに含んでいるのだ。
不味いぞ……。これは本当に不味い!!
こんな事になるのなら同期達と共に酒の席へ出席して色々と学ぶべきであった。
己の激しい動悸を悟られまいとして微かに視線を落としていると、俺の想像とは違う物が差し出された。
「先ず、これを飲め」
「へっ??」
日に焼けた角張った顎でそう話すと、かなりの大きさを有する茶の陶器の飲み口から小さな陶器のコップへと無色透明な液体を注ぎ俺に手渡す。
「はぁ……」
何だろう。水、かな??
特に疑問を抱く素振を見せず、促されるまま口へと流し込んだ。
「…………っ!!!! ゴホっ!! からっ!!」
な、なにこれ!? お酒か!?
水だと思って飲んだら舌と体が驚いちゃったじゃないか!!
「ははは!! 里で作った酒だ!! 祝いの席に酒は欠かせないからな!!」
え、えぇっと……。生憎、お酒は控えているのですが……。
そう口を開こうとしたのだが。
「何だぁ?? お前さん、強そうな体の割には酒に弱いのか??」
「あははっ!! もっと飲め!! 強き者よ!!」
ネイトさんの周りで楽し気にお酒と料理を楽しむ方々の素敵な雰囲気を壊すのも忍びない。
ここは一つ、大人しく従いましょうか。
大人の付き合いってのも時には必要ですからね。
――――。
「あ――。お父さんとレイド、飲んでるね」
陽気な狼が食事の手を止め、狼父とボケナスの方を見つめて無駄にデケェ口をパカっと開いて話すので。
妙にかってぇパンを食べ易い様に千切り、ポォンと口へ運んでその様子を窺う。
「そら!! 二杯目だ!!」
「ど、どうも」
御用伺いの様に愛想笑いを浮かべ、お得意様へ向かってヘコヘコと頭を垂れて酒を頂いているわね。
「アイツ。酒を控えているんじゃないの??」
「付き合いって奴だろ。娘を預かっている手前、大人しく飲むのが誠意を現すんじゃない??」
私の右隣り。
この妙に硬いパンを容易く千切って口に入れる我が親友が話す。
「ほぉん。おっ!! 二杯目か。ボケナスってお酒強かった??」
浴びる様に酒をがぶがぶと飲んでいる姿を見た事無いから分からんな。
と、いうか。こういう席なら兎も角。
アイツが街中、或いは移動中に酒を飲んでいる姿は見た事が無いわね。
「さぁ?? あ!! お肉のお代わり下さい!!」
「こっちも!!」
「畏まりました」
しまった!!
ルーにつられ、まだ皿の上に肉が残っているのにお代わりを頼んでしまったわ。
「マイ。それは何皿目だ??」
呆れた声でリューヴが私の手元の皿を見る。
「えぇっと……。確かぁ」
素敵なお肉ちゃん達の姿を思い浮かべながら人指し指から小指へ向かって順に折っていく。
「よ……違う。五皿目だ」
「うっそ!! マイちゃんもうそんなに食べてたの!?」
「美味し過ぎるのが罪なのよ。王都に帰るまで、肉は沢山食べられそうにないし。食い溜めってやつ」
こんな美味い肉、そうそうお目にかかれるもんじゃない。
やっぱ自然が違うから、お肉の味も違うのかなぁ。
し、しかもですよ!? 何んと食べ放題だからさぁ困ったものだ。
腹がはち切れ、鼻の穴から零れそうになるまでぎゅうぎゅうと胃袋の中に詰め込んでやるんだからね!!
グフフ……。文明から離れてこぉんな大田舎にまで態々足を運んだ甲斐があるってもんよ!!
ちょいと食いあぐね始めた雑魚共と会話をした所為か、お腹ちゃんが早く肉を食えと急かす。
私はその声に従い目の前に積まれたお肉をなぁんの遠慮も無しに食らい始めた。
――――。
「ところで…………。レイド」
「はい。何でしょう??」
空になった俺のコップに酒を注ぎながらネイトさんが舌足らずの口調で話す。
「貴様は……。その……」
随分と酔っていますね??
厳しい瞳は今では酔っ払いの如く微睡み、活舌も悪化。
そして日に焼けた顔は赤に染まり誰がどう見ても酒の影響を受けて酔っ払っていると断定出来る表情へと変化していた。
まぁ、恐らく俺も彼と同じ位に酔った表情を浮かべているのだろうさ。
顔と体はちょいと熱めの御風呂から上がった時の様にポカポカと熱を帯び、何処に視点を置けばいいのかと御目目ちゃんが慌てふためき。更に、正座をしていても体が垂直に保てませんからねっ。
久々にお酒を飲んだけども。
こんなに美味しいものだっけ??
「心に想う人はいるのか??」
「想う人、ですか?? そうですね……」
これはどう捉えればいいんだ??
好きな人、なのか。
それとも尊敬する人達の事を指すのか。
「いません」
酒の所為で思考があやふやだ。
ネイトさんの質問は前者だと踏み切り、そう答えた。
「そ、そうか!! ふふん。それなら丁度いい……」
丁度いい??
「レイドぉ!!!!」
「は、はいっ!!」
急に叫ぶものだから体がびっくりするじゃないですか。
一つ上に跳ねた体を元の姿勢へと頑張って戻してネイトさんを正面に捉える。
「貴様……。私の娘と!!!! え、縁を結ばないか??」
「ブッ!!」
可愛く舌を噛んで出て来た発言に思わず飲みかけていたお酒を吹いてしまった。
「ゲホっ……。コホっ……。えっと、それはつまり。人間社会で言うと、結婚ってやつですよね??」
「そうだ!!」
いや、勇んで話されましても……。
「ルーは物腰柔らかで家庭に明るさを絶やさず、リューヴは厳しいながらも主人へと忠を尽くす。それに、見てくれも悪くなかろう??」
「ま、まぁ……。えぇ、そう思います」
人の姿の二人は、ネイトさんが話す通り美人であると思う。
引き締まった体、程よく育った双丘に長い四肢。加えて健康的な体は良い子を産むであろう。
…………。
ぬぁ!! お、俺は何を考えているんだ!!
この、悪いお酒さんめ!! 正常な思考を阻害するな!!
「ほぅ!! そう話すという事は……。もう既に初夜を迎えたのか??」
「い、い、いいえ!!!! め、め、滅相もございません!!」
とんでもない事を口にするので慌てて左右に両手を振る。
「何!? 私の娘では満足しないと言うのか!?」
「ち、違いますよ!! 預かっている手前、おいそれと手を出す訳にはいきません!!」
「なぁにぃ?? あ、空か。すまんすまん」
「あ、申し訳ありません」
空のコップへ酒を注いでくれるので。
「ネイトさんも空ですよ??」
「おぉ!! 気が利くな!!」
返す手で酒を注がせて頂く。
この支離滅裂な流れは好きだな。
原因不明の高揚感、それにまるで春の陽気の様な温かい感情が体の奥から湧き上がって来る。
「「ん………。ぷはぁ!!」」
ネイトさんと同時に酒をぐいっと喉の奥へ流し込み、腹の奥から湧き起こる熱い吐息を宙へ放つ。
これが宴会の醍醐味って奴か!!
楽しいじゃないか?? えぇ??
「レイド!! 娘はどんな活躍をしてきた!!」
「はい!!!! 申します!! 彼女達は…………!!」
大森林で初めて会敵した時から、現在に至るまで。
酒の所為で曖昧な記憶の中、必死に拙い記憶を手繰り寄せながら彼女達のカッコいい活躍を伝えた。
「…………。ほぉ!! あのミルフレアと戦って生き延びたのか?? 大したものだな!!」
「ですが、ほら。こ、ここです!! 俺の腹に短剣がぐさぁっ!! っと刺さってしまいましてぇ」
あっつぅ!! も、もう服を着るのも面倒だ。脱いじゃえ。
男らしくシャツを脱ぎ、上半身を生まれたままの姿に晒して傷跡を惜しげも無く披露した。
刹那。
「「「ほぉぉ……」」」
ネイトさんの両隣で俺達と同じく酒に酔いしれる方々から感嘆の声を頂けた。
うふふ……。師匠に鍛えて頂いたこの体を褒めて下さり有難うございます。
「ふぅむ。見事な傷跡の数々だ。だがな!!!! まだまだ小童よ!!」
「ぬぉっ!?」
ネイトさんが立ち上がると、素敵な上半身を俺の前に晒してくれた。
筋肉だけを詰めた肉体では無く戦闘に特化した筋力のみを積載。その麗しい肉の表面に浮かぶ歴戦の傷跡、思わず触れてしまいそうになる盛り上がった逞しい胸板。
そして、ふふ……。俺はネイトさんの僧帽筋に視線が釘付けですよ。
一つ間違えば視認出来てしまいそうな、濃厚で重厚な雄の匂いが放たれる体に思わず魅入ってしまった。
「どうだぁ?? この激戦を生き延びた体は……??」
「…………。か、かっこいいです!!」
「そうだろう?? ほら、これを見ろ。これはグシフォスから受けた傷だ。奴め、俺に仲間になれと阿保な事を抜かすのでな?? 喧嘩が始まったんだよ」
龍と狼の戦いか。
きっと美しい肉の祭典なんだろうなぁ。
胸から腹に下がる美しい傷跡を見てそう考えた。
「結果は引き分け。だが、奴とボーの熱意に惹かれて私は彼等と行動を共にするようになったのだ!!」
「楽しそうですね!!」
共に鎬を削りながらの冒険か。
うんうん!! 気の合う男三人だ、絶対楽しいに決まっている!!
そ、それに。ボーさんもグシフォスさんも超絶カッコイイ肉体を御持ちになっているのでそれはそれはもぅ……。
「ぬはは!! 勿論だとも!! 大陸を跋扈し、襲い掛かる獰猛な者を屠り、切磋琢磨を繰り広げたのだ!!」
「いいですね!! ネイトさん、空ですよ!!」
「おぉ、すまぬすまぬ。……ぶはぁ!! 美味い!!」
「あはは!! 良い飲みっぷりですね!!」
初冬を迎えた夜だってのにこれっぽっちも寒くないや。
これはきっとお酒の所為じゃなくて。
「おい!! どうだレイド!? 俺の三角筋は!?」
「甘い!! 俺の胸板の方が厚いからな!!」
「皆さん素敵ですよ!!!!」
この筋肉の祭りと雄の匂いの所為なのだろうさ。
寒い夜空の下にむっわぁっと広がる雄の匂いと、辛みを帯びた酒の香に只々酔いしれていた。
――――。
「もぅ、お父さん……。あんなに飲ませて……」
宴が進む中、お父さんの周りだけ異様な盛り上がりを見せている。
お父さんとレイドは上半身を晒して格好良くて男らしい体をこれ見よがしに見せ合っていた。
う、う、うん。
遠目で見てもレイドの体って何んと言うか……。
女の子のイケナイ何かを刺激する物を持っているよね。
細くもなければお父さん達みたいにムキムキでもない、言うなれば丁度良い形なのだ。
「あっ、はぁ。レイド様の御体。舐めまわすように……。いえ、貪り尽くしたいですわぁ」
ほら、アオイちゃんが御飯よりもレイドの体の方へ視線を送っているもん。
「アオイちゃん。食べちゃ駄目だよ??」
異様な盛り上がりを見せているアオイちゃんへ注意してやった。
注意しないと本当に食べちゃいそうだし。
お父さんだけずるいなぁ。
私もレイドと一緒に楽しいお話したいのに……。
「何の話してるんだろ??」
ユウちゃんも興味津々といった感じで二人を見ている。
その興味の大半はレイドの体の様で?? まるで綺麗な絵画を見た時の様に感心した瞳の色で彼の裸を眺めていた。
お父さん達には一切視線を向けていないものね。アオイちゃんと一緒で分かり易いや。
「さぁ?? 下らない内容じゃない?? 私のお肉まだか……」
「お待たせしました。肉の追加分を御持ちしました」
「いやっほぅ!!!! 肉のお代わりだぁ!!」
まぁ……。マイちゃんも楽しそうだし……。
私達は私達で楽しもう、かな?? それに宴が終わればレイドとも沢山話す機会が増えそうだし。今は我慢だよ!!
その考えに至り。むしゃくしゃした感情を誤魔化す様に、出来立てで本当にお腹が空いちゃう香りを放つお肉さんに齧り付いてやった。
――――。
一つ目の酒瓶を飲み尽くし、二つ目。更に三つ目と突入した所で、ネイトさんとファールさんの馴れ初めの御話が始まった。
どうやら彼も掟に従い里を出て……。
あっれ……。里を出てぇ……??
「そういう訳で私は成人の儀式へと旅立ち、そこでファールと出会ったんだ」
あぁ、そうそう。俺達とリューヴみたいにファールさんと出会ったそうな。
「そうなのですか??」
「互いが剥き出しの闘争心をぶつけ合い、あれは正に肉の狂宴であった!!」
「結果はどうらったのですか!?」
大分舌っ足らずの声で話す。
「勿論、私の大勝利だ!!」
「流石ですね!!」
ふふ、この肉体を打ち負かす事が出来るのは……。そう!! 雄を越える超雄しかいないのです!!
軟弱でぇ、ポヨポヨした可愛いお肉の女性ではちょぉぉおおっと難しいですからねぇ。
あ、いや。別に強い女性を蔑視している訳ではありませんよ??
あくまで客観的な感想を述べたまでですからっ。
何杯目か分からないお酒をグイっと飲み干し、顔を正面に向けると……。
「…………。あらぁ?? 記憶違いかしら??」
いつの間にか、ファールさんがネイトさんの隣へ座り静かに酒の味を楽しんでいた。
「ぬぉ!? いつの間に……」
「かなり前から座っていましたよ?? それより、今の話の続きを是非とも聞きたいですね」
おっとぉ??
あの目は良く無いなぁ。
何度も見て来た人を容易に慄かせる瞳だ。
「いや、その……。うん、いい勝負だった」
急に口籠って、どうしたんだろう。
「そうなのですか??」
「ふふ。結果は夫の勝ちなのは変わりません。しかし……。決着の付き方が少々語弊を招く内容なのでしてねぇ」
にっと笑いへべれけ状態のネイトさんを見上げる。
「よ、止せ!! 言うな!!」
顔を真っ赤にして恥ずかしがるのは何でだろう??
お酒の所為??
「夫と拳を交わし合い、私達は確かに素晴らしい戦いを繰り広げていました。このまま暫く激戦が続く。私はそう考え覚悟を決めて拳を握りました」
ほぅ。
大魔であられるネイトさんと互角以上の戦いを繰り広げたのか。
覇王の奥様、ミノタウロスの奥様然り。
ファールさんも例に漏れず、かなりの実力を備えているのかな??
「しかし……ふふ。私の覚悟とは裏腹に彼の口からとんでもない言葉が出て来たのです」
「止めなさい!!!!」
ネイトさんが慌てふためきファールさんの肩を揺さぶる。
「彼は熱を帯びた瞳で私の目をじぃっと見つめてこう言いました。…………。その力に惚れた!! 俺と付き合ってくれ!! と。余りの衝撃発言に闘争心は消え失せてしまい代わりに、今まで感じた事の無い笑いが込み上げて来てのです」
まぁ……。戦いの途中でそんな事言われたら戦う気は削がれてしまうだろう。
「付き合うまでとはいきませんでしたが、暫くの間。彼と行動を共にする事となり、小さな愛をゆっくり、そう……本当にゆっくり。地面から生える草の様な速さで育てていきました」
「ふ、ふん」
ファールさんがしみじみと言い終えると、ネイトさんが可愛くプイっとそっぽを向いてしまった。
恥ずかしいですよね?? 馴れ初めを聞かされるのは。
「結果的には彼の闘志、そして愛が私を倒したのですよ??」
ネイトさんの足にそっと手を添え、潤んだ瞳で彼を見上げた。
「素晴らしいお話を聞かせて頂き、ありがとうございます」
「いえいえ。あ、お二人共。空ですよ??」
新しく持って来た小瓶なのかな?? 視界が定まらないから良く見えないや。
兎に角、それらしき物をこちらへ差し出す。
「頂きます!!」
「貰おうか!!」
上半身剥き出しの二人が同時にコップを差し出した。
「あわてんぼうの御二人さんですねぇ……」
おぉ!!
何か良い匂いがする!!
さっきまでのお酒と違う種類かな??
「レイド!! 飲むぞ!!」
「はいっ!!」
二人同時に勢い良く、コップを天に掲げ。
「「…………ぶばっ!!」」
そして仲良く口に含んだ酒擬きを吹き出してしまった。
「ファール!! これはらんだ!!」
「お酒、ですよ?? ちょっと強い奴ですけど……」
こ、これがちょっと??
舌がひりつき、喉が焼け落ちてしまいそうなんですけど!?
「う、ふぅ……」
この酒の香を飲み終えてから数分後。
足が縺れ、頭の中に靄が掛かり始めた。
や、やっべぇ……。なんだ、これ。
師匠に思いっきりぶん殴られて地面に叩き付けられた後の感覚に似ているな……。
「ところで、レイドさん??」
誰の声だろう。
あ、ファールさんかな??
うむむ。良く見えぬ。
「らい。なんでしょう??」
「娘を……。貰って頂けませんか??」
うん?? お土産を??
それは嬉しいです!!
帰りの道中、皆で楽しく食べるのもいいだろう。
「勿論です!! 喜んで頂きましょう!!」
「まぁっ!! 良かった!! これで安心出来ます」
ぱぁっと明るい声でそう話すファールさんは、どこか嬉しそうだ。
土産を渡すのがそんなに嬉しいのかなぁ??
「よぉ、そこの千鳥足の鶏擬き」
ん――?? 誰だ??
きゅぅっと目を細め、俺に今しがた話し掛けて来た人物を見つめる。
「…………。マイ、か??」
小さい体躯に朱の髪。これは間違いなくマイの姿ですね!!
「はぁ?? 私の崇高な姿が分からないの??」
ごめんって。視界が定まらないのっ。
「分かります!!」
声色で。 あ、それと美しい深紅の髪で。
「あっそ。私達疲れたから先にルー達の部屋で休んでいるわよ」
「はいはい!! 了解しました!!」
ネイトさん達との素敵な雄の時間を邪魔しないでくれ。
「数日の間此処で休んでから帰るんでしょ??」
「蛙?? どこに蛙がいるんだ??」
マイの声を受けて、地面を見渡すがどこにも可愛い蛙の姿は確認出来なかった。
もう冬眠しているから土の中で眠っているのだろうさ。
「蛙じゃなくて、帰る!! 王都に帰るんでしょ!!」
「あぁ、そっちか。うん、蛙よ」
「何日休んで帰るのよ」
「う――ん……。二日で良いんじゃない?? あ、そうだ!! 可愛いカエデに相談しといてよ!! 俺はこのまま飲んでいるから!!」
思考がぐるぐる回り、明確な答えに辿り着けず適当に答えた。
「あんたねぇ……。はぁ、まぁいいわ。先に寝るからあんたも早く休みなさいよ?? 二日酔いになっても知らないから」
「了解であります!!」
頭をさっと下げて言ってやった。
「ごめんねぇ。マイちゃん。もうちょっとだけ楽しませてあげてね??」
「構いませんよ。おら、狼の母ちゃんにお礼言えよ??」
「いでっ」
脇腹に鋭い痛みが走る。
「ファールさん、お酒美味しいです!!」
「まぁ、ありがとう」
にこっと笑ってくれたと思う。
「ふんっ。じゃあ、おやすみ!!!! 精々楽しんで下さいねっ!!!!」
何やら鼻息荒く話し、踵を返して行く。
「マイ――。ごめんな――」
「うっさい!! この酔っ払いめ!!」
「んふ――。マイ――。寂しかったら添い寝しようかぁ??」
あれ??
何でこんな事が口から出て来るんだ??
まっ、いっか。楽しいし。
「ば……ばっかじゃないの!? 頭打って死ね!!」
「酷いなぁ……」
「レイド!! 酒が無いぞ!!」
「申し訳ありません!! 直ぐに注ぎます!!」
ネイトさんの言葉を受け、速攻で行動に移す。
お酒ってこんな楽しい物だっけ?? 何で控えていたんだろう??
今度からお酒を持って任務に臨もうかなぁ。
いやいや。
任務は任務。酒は酒。
これは分け隔て無きゃ。うん、うん。
一人勝手にしみじみと頷き、体に迸る猛烈な熱を感じつつ胸の奥から湧き起こる陽気に身を委ねて。雄の先輩方と過行く時間を忘れて心行くまで酒の席を楽しんでいた。
お疲れ様でした。
次話で雷狼の里編は終了を告げます。そして、間も無く新しい御使いが始まりますので今暫くお待ち下さい。
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