第二十五話 奉納、祈り、そして舞い
お疲れ様です。
本日の投稿になります。そして……。
祝!! 連載開始四百話目で御座います!!
それでは御覧下さい。
本日の舞いを務める雷狼の二人が部屋を後にしてからは。
『九祖は星そのものの環境を変化させてしまう程の力を有しているというのに、何故我々はその力を扱えないのか。これは非常に気になりますよね??』
『え、えぇ。まぁ……』
『魔物を忌嫌う教団へ聖域の情報を与えた者は誰なのか。そして、神器を発見してどうするのか。その動機もまだ不明です』
『最初から資料を所有していた線もありますし、その動機は今度シエルさんと会った時にでもさり気なく尋ねてみます』
『魂が封印されていると仰っていましたが……。果たして肉体を持たぬ魂はこの世に存在出来るのか。更に、残りの二つの神器の所在も多大に気になりますっ』
『その通りですっ』
ルー達の部屋はいつもより三倍増しの鼻息を漏らすカエデの独壇場であった。
遅い昼食を摂り、これまでの疲労が蓄積する体は細やかな睡眠を所望していのですが。熱弁を揮う彼女がそれを良しとはしてくれなかったのです。
コクッ、コクッと頭を動かせば。
『この大陸に残り二つの神器は無いと先生は仰っていましたが。他の大陸に上陸してどの程度まで調査を……。起きてっ』
『アバババ!?!?』
四肢がピンっと伸びきってしまう雷の力を体に浴びせ。
長時間瞬きせずに思考を完全停止させていると。
『私達の血には恐らく祖先の情報が含まれている筈です。それをどうにかして呼び醒ませば……。千思万考、審念熟慮の構えを取るのは結構ですが。どうせならもっと賢い顔で演じて下さいっ』
『ギャヒンッ!?』
冷たい氷柱が背と服の間に侵入して眠気を明々後日の方向へと吹き飛ばしてしまった。
何故俺がこうして九祖が一人、海竜様の考察を無理矢理聞かされているかと言いますと……。
「すぅ……。すぅ……」
ミノタウロスの娘様は己の右腕を枕にして心地良さそうに眠り。
「……」
蜘蛛の御姫様は高い天井に巣を張って休み。
「んがらっぴぃ――……」
覇王の娘である大飯食らいのお馬鹿な龍は翼をだらしなく絨毯へと垂らし、半開きの口からは粘度の高い液体を零し、ユウに己が背を預けて夕食と言う名の決戦に備えて英気を養っていた。
つまり!!
分隊長殿の御機嫌伺いをする為に俺が一人起き続けなければならなかったのです!!
微睡む空気に身を任せて眠りに就ければどれだけ楽か……。
あぁ、今からでも良いからこのふわぁっとする絨毯に己が身を預けて。至上の睡眠を……。
「さて、次の御話ですが。亜人の正体について考察してみましょうかっ」
「そ、それは皆が起きている時にしようよ。ほら、問題の共有は大事でしょう??」
ふ、ふ、ふんすっ!! と。
ウマ子の猛烈な鼻息と変わらぬ空気量を小さな鼻から出す彼女へそう言ってやった。
「それは……。そうですね。これから私達に対して与えられる問題ですから共有は大事……」
はぁ――……。良かったぁ。
やっと解放されると考え、絨毯に右手を着いた刹那。
「ですが、それは後でも構いません。今は情報を纏め上げて精査する時間ですから」
「イデデデデ!!!!」
右手を着く絨毯に矮小な魔法陣が浮かび上がると、そこから雷の力が体へと伝わり。体が速攻で元の位置へと戻されてしまった。
「ちょ、ちょっと!! 何で休ませてくれないの!?」
痺れが残る右手を素早く払いながら話す。
「私一人で精査しても宜しいですが。自分以外の者からの多用な意見を取り込めばより練度の高い情報へと昇華するからです」
『その割には自分しか話していないじゃん』
「今、何か言いましたかっ??」
「い、いいえ!! 自分は口を開いていませんっ!!!!」
両足をキチンと畳み、全ての背骨を天へ向けて覇気ある声で。両手に恐ろしい圧を放つ魔法陣を浮かべている分隊長殿へと声を返した。
「宜しいっ。では、続けます。亜人の正体なのですが……」
くっそぉ――……。
何があっても俺を休ませない気だな??
カエデも空間転移の魔法を詠唱して疲れているのだから休めばいいのに……。
何とも歯痒い思いを抱き、たった一人で硬い言葉の雨を浴び続けていると。
「「「…………っ」」」
何やら部屋の外から人々の話声が聞こえて来た。
話の内容までは聞こえないが、大多数の人々の細やかな会話が一つの塊となってこの部屋へ届いている感じか。
そして、それは時間が経つにつれて徐々に膨れ上がり里に住む人々が中央広場へ集結しつつある様を確実に此方へと伝えていた。
これは……。絶好の機会到来じゃないか!!
「は、はい!! 質問を宜しいでしょうか!!」
今も目を瞑り己が考察を声高らかに披露している彼女へ向かい、全ての指を直角に伸ばして挙手して問うた。
「何でしょうか」
「間も無く祈りの舞いが始まると思うので、我々も移動開始した方が宜しいかと考えております!!」
「ふむっ……。そう、ですか」
あらまっ。急にシュンっとしちゃいましたね。
自分の考えを聞いてくれる人が居なくなって寂しいのでしょう。
「王都へ帰る途中に聞いてあげるからさ。今日はもうお開きにしようよ」
「分かりました。では、時間を見つけては私なりの考察を聞かせますので覚悟して下さい」
覚悟って言葉を使うまでに俺の時間を奪うつもりなのですか??
只でさえ雑務を押し付けられて忙しいってのに……。
だが!! 何はともあれ拘束時間は終わりを告げたのだ。お次は……。
「ガヴルゥゥ……」
コイツを起こす仕事だな。
「――――。世にもおぞましい寝相ですね」
はい、その意見には激しく同意致します。
ユウに背を預けたままの姿勢は保持しているのだが。口から完全に零れた涎が真っ赤な龍のお腹の外殻に零れ落ち。それの粘度が気に障ったのか。
「ンガルッ……」
無意識の内に小さな手で涎を掬い取り、ユウの背中に擦り付けてしまった。
ユウって、本当に損な役回りだよなぁ……。
好き勝手に体を使用されて剰え汚い物を擦り付けられる。それでもこの化け物級に寝相が悪い奴との縁を切ろうとは思わないのは優しい彼女の性格がなせる業なのだろうさ。
本当に、尊敬します。
「全くだ。さて、と。コイツを起こす魔法の呪文を唱えましょうかね!!」
大きく息を吸い込み、頭の中に浮かぶ魔法の言葉を詠唱した。
「すぅ――――……。飯だぞぉ――!! 早く起きないと全部食われちまうからなぁぁああ――!!」
「困るっ!! どいつだ!? 私の飯を食らおうとする大馬鹿野郎は!?」
な、何んと言う寝起きの早さだ。
俺の言葉を受けたから一秒以内で立ち上がり、飼い主も扱いに困る猛犬をも一睨みで黙らせるおぞましい顔を浮かべてしまった。
「は、はれっ?? 私の可愛い御飯ちゃん……は??」
きょとんとした深紅の瞳で周囲を見渡す。
「もう直ぐ出来るよ。ほら、祈りの舞いが披露された後に出されるって言ってただろ??」
「あぁ、もうそんな時間か。くぁぁ――……。あ゛ぁっ、ねっみぃ……」
小さな御手手で両目をグシグシと擦り。
「おらぁ!! ユウ!! さっさと起きて飯食べに行くわよ!!」
今も静かに眠る森の御姫様の背を大胆不敵に蹴り飛ばしてしまった。
「うん?? 何??」
そして、その衝撃を受けて此方へと寝返りを打つのだが……。
「ちょ、ちょっと待った!! ね、寝返りは打っちゃ……。んむぐぅ!?」
大変大きな山は重力の法則に従って絨毯へと零れ落ち、寝起きの龍の真上に覆いかぶさってしまった。
すっげぇ迫力……。
「はよ、レイド……」
気怠く垂れた前髪から覗く深緑の瞳は微睡、舌足らずの声色が何とも言えない感情を呼び覚ます。
「あ、う、うん。おはよう……」
恋人同士が共に朝を迎えた時の様な台詞と声色に思わず心臓が高鳴ってしまったのは秘密にしておきましょうかね。
「グッ……。ウゥゥ……。だ、誰か助けて……」
彼女の山の麓から痙攣する右手が這い出て来たので。
「要救助者を発見しました。分隊長殿、指令を」
死んだ魚の眼でユウの双丘を見下ろしている彼女へ指示を請うた。
「放置で」
「了解しました。アオイ、起きて――。行くぞ――」
天井でワチャワチャと八つの足を器用に動かしている彼女へ呼びかけた。
「――――。ふわぁ……。どうも疲れが溜まっている所為か。眠っても眠っても眠り足りませんわぁ」
一筋の糸を頼りに一匹の蜘蛛が天井から降りて来て、定位置である俺の右肩に留まって鋭い牙を数度動かして蜘蛛流の欠伸を放つ。
「此処で数日休んでから王都へ帰ろう。捜索期間は現地到着後五日間だったし」
早く帰還したら任務懈怠として疑われるだろうし、何より皆の体力の方が心配だ。
「はぁいっ、レイド様っ」
「ウギギィ……。お、おらぁぁああ!! 脱出成功っ!!」
双丘の麓から脱出する事に成功した一頭の龍が激しく肩で息をしながら天を仰ぐ。
「ぜぇっ、ぜぇっ……。くっそ、飯前なのに余計な体力を使わせやがって」
「お前さんが勝手にあたしの胸の下に潜り込んだんだろう??」
「ユウが寝返りを打つから下敷きになっちゃたのよ!! 寝惚けていないでさっさと起きろや!! 御飯行くわよ!?」
ユウの形の良い鼻にぎゅっとしがみ付いて大声を放つ。
「うるせぇなぁ――……。大体、その前にルー達が祈りの舞いを披露するんだろ??」
お馬鹿な龍は何を勘違いしているのやら……。
目的は食事を摂る事では無くて、彼女達の美しい舞いを見る事だろうに。
「舞いは通過儀礼。腹一杯飯を食う事こそが本懐の至りよ!!」
そうですかっと。
俺は舞いの方が気になるけどなぁ。
どんな舞いを披露してくれるのだろう??
あの二人の身の熟しを鑑みれば、自ずと美しい動きを見せてくれる筈。
でも、期待し過ぎて重圧を与えてはいけない。此処は彼女達の心情を掬って静観に徹するべきだ。
やれ、肉が食べたい。やれ、五月蠅いからもう一度埋めるぞ。
いつもの喧噪に呆れつつも、平和な光景だなと和む自分に呆れてしまっていると。
「…………。皆さん、準備が整いました。広場へとお越しください」
ファールさんが俺達へ開演の知らせを届けてくれた。
「その言葉を待ってましたぁぁああ――!!」
主旨を履き違えた横暴な龍がファールさんの脇をすり抜け一陣の風を纏って部屋を退出してしまった。
「すいません。騒がしくて……」
開口一番で柔和な笑みを浮かべて彼女の軌跡を見送った彼女へ謝罪の言葉を述べる。
何で俺が毎度毎度アイツの尻拭いをせにゃならんのだ……。
「いえいえ。それでは此方へ」
此方の気持ちを察してくれたのか、眩い笑みを浮かべて里の中央広場へと促してくれた。
「ルー達の舞いかぁ。緊張し過ぎて変な動きにならないかな??」
「ユウ、それは言い過ぎだって」
「御安心下さい。里で生まれし者は皆この舞いを踊れるように練習していますから」
「その舞いとやらは女性しか行わないのですか??」
ファールさんと共に家を出て夕と夜の狭間の空の下へと躍り出た。
「そうですよ。女性は豊饒と慈愛の象徴。自然と地の恵みに感謝すると同時に、亡き者達へ祈り捧げるのです」
成程ね。
黒の戦士を討伐するという事はこの大陸で無念を抱いて亡くなった者を鎮める事を指す。
そして、此処に住む者達はそれと同時にその無念を静かに送り届ける役目も担っているのだ。
言い換えれば、討伐と鎮魂は聖域を守る狼一族に与えられた使命。
決して軽んじて行うべきではない行為である事は確かだ。
リューヴは兎も角、あの陽気な狼さんはその大役を全う出来るかどうか心配だよな……。
願わくば、祈りの舞いを滞りなく終えられる事を祈りましょう。
慌てふためき、涙目になりつつ覚えたての舞いを懸命に披露しているルーの姿を想像していると里の中央広場へと到着した。
「おぉ……」
大勢の人々が集まる中、シンっと静まり返った厳かな雰囲気に思わず声が漏れてしまう。
広場の中央には巨大な薪が組まれて聳え立ち、その薪を囲む様に里の人々が広場の外周沿いに鎮座している。
薪の正面には……。アレは祭壇なのかな??
小さな机とその上に動物の肉、木の実、獣の頭蓋が装飾されて置かれていた。
恐らく奉納の為の供物、なのだろう。
「雰囲気、ありますね??」
ファールさんの後ろに続きながらこの厳かな雰囲気を壊さぬ様に小さく言葉を漏らす。
「初めて見る方はそう思うでしょう。娘達の舞いを気兼ねなく御覧ください」
祭壇より少し斜に外れ、恐らく俺達の専用の場所と思しき場所へと案内されると。
「遅い!! もう直ぐ始まるわよ!!」
七つ並べられた席のほぼ中央にちゃっかり人の姿に変わったお馬鹿さんが陣取っていた。
「いやいや。お前が勝手に先走ったんだろ」
厚顔無恥さんの左隣りへと座って文句を言ってやる。
「男なら細かい事気にするな」
俺がたとえ女性であったとしても必ず諸注意を放ちますからね??
人様の御家で勝手気ままに暴れるな、と。
「はぁ……。これだから卑しい豚さんの扱いには困るのですよ……」
ほら、女性である蜘蛛の御姫様も文句言っていますもの。
「誰が豚だってぇ??」
「あら、御免なさい。あぁんな生物と比較された豚さんの方が可哀想でしたわね」
「二人共静かにしなさい……」
君達はお昼寝をして体力が回復しているかも知れませんがね?? 此方は名誉学者であるカエデ先生の講義を受講してヘトヘトなのですから。
その大先生はこの雰囲気が心地良いのか。
「……」
妙に長い瞬きを繰り返して今にも夢の世界へと旅立とうとしていますし……。
只でさえ大量の魔力を消費して、更に長時間にも及ぶ講義をするからそうなるんだよ。
――――。
あれ?? ちょっと待って。
じゃあ俺がこの人達の喧噪を鎮めろって事になるの??
大先生が働く時はお馬鹿さん達の動きは沈静化の一途を辿り、行き場を失った彼女の情熱が俺へと降り注ぎ。お馬鹿さんが目覚めれば大先生は仮眠を取って英気を養う。
その間、一切の休憩を取れない俺の体は一体どうなってしまうのだろうか。
惨たらしく地面に横たわる己の姿を想像して肝を冷やしていると、ネイトさんがその風貌とは真逆の静かな足取りで祭壇の前へと登場した。
「…………。皆の者、集まってくれて礼を言うぞ」
「「「……」」」
里の者達、そして俺達は彼に対して軽く会釈を返す。
「この地を脅かす黒の戦士はここに居る者達、そして我が娘達が討伐した」
「「「おぉぉぉぉ……」」」
低い感嘆の声、そして。
『凄いじゃないか』
『あぁ。何人もの戦士を屠ってきたアイツを……』
賞賛の囁き声が方々で上がる。
俺は殆ど何もしていません。止めを刺したのはリューヴ達ですよ。
少しばかりの気まずさを覚えて肩を窄めた。
「憎悪、後悔、憤怒……。この世に負の感情を残して去った者達へ……。我々は微力ながら彼等へ祈りを捧げる。静観して彼等を送ってやろう」
ネイトさんが言い終え祭壇から離れた位置に静かに座ると、松明を持った男が現れ薪へ炎を移す。
弾ける軽快な音と共に薪から炎が立ち昇り、冷涼な空気を焦がしながら天へ向かって火の粉が舞い上がった。
「「「……」」」
この炎が黒の戦士への手向けとなるのか。
俺も里の者達に倣いそっと目を閉じて炎の温かさを肌で感じながら黙祷を始めた。
どうか怒れる想いを鎮め、心静かに旅立って下さいね。
心の中で静粛に呟き亡き者達へ祈りを捧げた。
――――。
随分と暗くなった空の下。
天幕が立ち並ぶ間の拙い隙間から里の中央広場の様子を窺いつつ、リューへ話し掛けた。
「ねぇ、やっぱ緊張するよね??」
「あぁ。だがここまで来たからには覚悟を決めろ」
「分かってるけどさぁ。わっ!! レイド達来たよ!!」
木の影からそっと体を覗かせると、私の視界がいつもの優しい彼の顔を捉えた。
へへ。厳かな空気にちょっとだけ感心しているな??
「本当だ。ふふ、目を丸くしているぞ」
「レイド、この衣装どう思うかなぁ??」
胸元の頼りない布地を見下ろす。
舞いを披露する者が着用する衣装なんだけどぉ……。
腰回りには必要最低限の部分を見せない様にする為だけの布地を巻き付けているので、足は殆ど丸見え。
胸を隠す衣装も殆どその機能を発揮していないから困ったもんだよ……。
「特にこれといった意見は持たぬだろう。だが……。何故こうも布の面積が頼りないのだ」
「仕方無いよ。これはこういう物だって教わっているからさ」
私と同じく、いや。
私よりもちょっとだけ鋭い視線で見下ろしているリューに言ってやった。
「まぁ……。それはそうだが……。む!! 火が灯ったぞ!!」
リューの声を受けて広場へと視線を戻すと、大きなオレンジ色が漆黒の闇の中に浮かび上がり、淡くそして心安らぐ光で周囲を照らし出した。
「あわわ!! まだ心の準備が……」
「ルー、覚悟を決めろ。行くぞ!!」
「待って!! 置いて行かないでよ!!」
大股で進み出すリューを慌てて追いかける。
よ、よぉし!! 此処まで来たらもう自棄だ!!
レイド、私達の渾身の舞い。
その目にしっかりと焼き付けてよね!! そ、そしてあわよくば。リューよりも私の方を長く見てくれますよ――にっ!!!!
――――。
目を瞑り、長い黙祷を続けていると。
「「「ほぉぉ――……」」」
周囲から囁きそして感嘆にも似た声が上がり始めた。
ん?? 何か始まったのか??
その声に従う様に瞼を開けると、人々の視線は一箇所に集まっていた。俺もそれに倣い視線を動かすと……。
「皆の者、待たせたな。これより、祈りの舞いを始める」
ネイトさんの脇からリューヴとルーが現れると。
「「……」」
その姿に俺は思わず息を飲んでしまった。
彼女達は白を基調とした民族衣装を身に纏い、赤い線が服の淵を彩り美しい輝きを放っている。
美しく見えるのは着用している者の影響も大いに関係しているだろう。
しかし……。その何んと言いますか……。
少し、肌が露出し過ぎていないか??
胸元の布地は彼女達の双丘を隠すには大分頼りなく、健康的な肌が露わになり視線に宜しく無い。
そして腰に巻き付けた布地から長い足が御目見えして否応なしにそこへと視線を釘付けにしてしまう。
「うぬぬ……。奴らめ……。また成長しておるわ」
龍の呟きは無視をするとして、普段の姿からは想像出来ぬ姿に視線を独占されてしまった。
「「……」」
二人は足音を立てず、厳かな空気を身に纏いながら祭壇の前へと進みその前で両膝を着けて跪く。
そして、手に持っている葉の着いた植物の木の枝の束をゆっくりと上空へ掲げた。
『カエデ、あの植物は何かな??』
『あれは姫榊と呼ばれる植物です。葉のギザギザが特徴的で、花言葉は神を尊ぶです』
パチッ、パチッ、と心地良い爆ぜる音を奏でる橙の明かりを頼りに姫榊の葉に視線を送ると……。
彼女の話す通り、葉の周りには丸みを帯びた線ではなく。ギザギザの線が見えた。
カエデが教えてくれた花言葉。
『神を尊ぶ』
つまり神を尊いものとして崇める意味だ。
神……。それは九祖を指しているのか、それとも俺達の世界を超越した者を指しているのか。
まぁ、恐らくは前者であろう。
彼女達の祖先は神に近い力を有していたのだから。
「「……」」
二人は姫榊の束を天へ向けて捧げる所作を二度繰り返し、すっと立ち上がると。
「……」
リューヴは右手に持った束を。
「……」
ルーは左手に持った束で大きな円を描き始めた。
「雰囲気、あるよな」
「あぁ。つい飲まれちまうよ」
ユウの言葉を受けて素直な反応で返した。
「「…………」」
円を描く手を止めると。
静かにそして綿雲が消えるように遅々とした動きで体を動かし始めた。
腕から肩へ、そして足へ。ゆっくりとした動きは連動する形で体全体に行き渡る。
その嫋やかな動きを継続させつつ、二人が炎を挟み込む位置に移動すると穏やかな動きから一転。
「「……っ」」
激しい動きへと変容して対面する形を保ちつつ、炎の周囲を移動しながら華麗な舞いが始まった。
葉が擦れる乾いた音。
両足が大地を捉える力強い音。
そして、舞いの動きで熱を帯びた彼女達の息づかい。
視覚と聴覚が二人に奪われ、時間が経過するのも忘れて目まぐるしく変わる二人の姿に只々見惚れていた。
「綺麗ですね」
聡明な彼女がそれ以外に形容する言葉が見当たらないと言った感じで小さく呟く。
そして彼女の言葉は彼女達の美しさをありのまま的確に俺達へと伝えていた。
「……っ」
舞いの最中、ルーと視線が合うと彼女はニコリと笑い片目を瞑る。
「……」
一方でリューヴはまだ緊張しているのか表情が硬い。
その最中、俺と目が合うとその顔は焚火も心配する程赤くなる。
しかし、徐々に慣れて来たのか。それとも舞いに集中出来たのか。硬い表情に余裕が生まれ始めた。
蝶の様な華麗な舞いが白熱して激動の動きへ向かって刻一刻と激しくなる中。
リューヴが激しい舞いの一連の動きの中で、炎を背景に一旦動きを停止させて俺に背を向ける。
そして……。
「…………ふっ」
美麗な横顔を此方に向けて情熱的な流し目とバッチリ視線が合うと、彼女は注意して良く見ないと確知出来程に口角を上げてくれた。
その笑みはリューヴらしい控えめな笑みであるが、炎の熱で朧に揺らぐ景色に映るその笑みに捉えられると俺の右手は何故か己が胸を抑えてしまった。
それは恐らく……。胸から五月蠅く叫び続ける心臓が飛び出てしまうのを抑える為だったのであろう。
それ程、強烈な魅力を含んだ笑みであった。
彼女達がひらりと跳ねれば、息を飲む白い太腿の線が裾から垣間見え。
体を傾ければ、豊潤な肉体が俺の心臓をトクンと刺激する。
うぅむ……。いかん。
これは厳かな雰囲気の中、行われる祈りの舞いだ。
邪な煩悩は捨てなさい。
自分に戒めの言葉を送る。それ程、二人の舞いは情熱的な官能を覚える程に魅力的であった。
「「…………」」
健康的な肌にうっすらと汗を浮かべた二人が祭壇の前に始まりと同じ形で跪く。
そして、手に持っていた姫榊の束を祭壇の上に奉納してゆるりと立ち上がると両手を組み。それに倣う形で静観していた里の者達も手を合わせた。
「「「……」」」
「おっと……」
俺達もリューヴ達に倣い静かに手を合わせ、静かに祈りを捧げる。
そして……。
ルーとリューヴが手を放して祭壇に向けて丁寧に頭を下げると、今までの静寂が嘘の様な大歓声が沸き起こった!!!!
「リューヴ!! 良かったぞ!!」
「ルーちゃん!! 可愛かったよぉ!!」
「二人共、よくやった!!!!」
人の姿で大歓声を送る者も居れば。
「「アァォォォォオオオオ――――ンッ!!!!」」
湧き起こる興奮を抑えきれないのか、狼の姿へと変わって美しい夜空に向かって雄叫びを放つ者も現れた。
「「っ!?!?」」
歓喜、喝采の大熱波を受けて二人の顔は瞬時に燃え上がる。
そりゃ地面を揺るがす程の声量で褒められたら誰でも恥ずかしいだろうな。
「「……っ!!」」
慌ててその喝采に対してカチコチのお辞儀で礼を返すと、森の奥へと駆けて行ってしまった。
「あはは!! あいつら、柄にもなく照れてたな」
「仕方ないだろ。初めての舞い、それと馴染ある人達から喝采されれば誰だってそうなるって」
軽快な笑いを放つユウに言ってやった。
「皆の者!! これで祈りの舞いは滞りなく終えた!! 娘達の成人の儀式、並びに黒の戦士の討伐達成を祝して細やかではあるが宴を開催するぞぉぉおお!!!!」
「「うぉぉおおおお――――ッ!!!!』
「「「ォォオオオオオオオオンッ!!!!」」」
ネイトさんの雄叫びと共にこの大陸の端から端まで届きそうな巨大で素敵な雄叫びが放たれた。
あ、あはは……。すっげぇ音圧だな。
地面の小石が揺れているぞ……。
「うるさっ!!」
マイが小さな手で、これまた小さな耳を思わず塞ぐ。
雄叫びは周囲の木々を揺らし、寝ている鳥を叩き起こしてその場から羽ばたかせる程のうねりとなり森を駆け抜けて行った。
「皆さん、お待たせしましたね」
「ィィイイヤッホォォウウ!!!! ま、ま、待ってましたぁぁ――!!!!!!!!!」
その雄叫びにも勝るとも劣らない声でマイが運ばれてきた馳走を迎える。
「度々すいません、ファールさん……」
「いえいえ。喜んで頂けて万感の思いですよ?? ほら、こちらの方々へもっと運びなさい」
「「畏まりました」」
何人かの女性陣は配給で忙しそうだ。
今も俺達の前、そして里の者達へ食事を額に汗を浮かべながら運んでいた。
その様子を何とも無しに見届けていると。
「レイド――!! どうだった!?」
着替えを終えたルーが颯爽と現れ、俺の前に意気揚々と満面の笑みで座った。
「かっこよかったぞ?? それに舞いも綺麗だった」
素直な感想を、今も額に汗をじわりと滲ませ蒸気している顔へ言ってやる。
「本当!? いやぁ、頑張った甲斐があるなぁ」
えへへといつもの笑みで話す。
「主、待たせた」
「お帰り、リューヴ。素敵だったぞ!!」
「う、うむっ。あ、あ、有難う……」
大変上擦った声を放つと、俺から少し離れた席にいつもと変わらぬ服装で座った。
良かった。
あの衣装のままだと真面に見られそうに無いからな。
「中々楽しませて貰いましたよ??」
「あぁ!! 決まってたじゃん!!」
「もう……。デヘヘっ。皆、褒め過ぎだよぉ……」
柄にもなく照れるルーも珍しい……。いや、何度か見た事あるな。
それは褒めるでは無くて、揶揄だったのですけどね。
「私の方が美しく、そして華麗に舞えますけどね??」
「アオイちゃん。そこは素直に褒めてよ」
「まぁ、ふぁっこ良かったわよ??」
「あ――!! マイちゃんもう食べてるの!? おかあさ――ん!! 私達にも御飯頂戴!!!!」
「はいはい。ちょっと待ってなさい」
やれやれといった感じでファールさんが料理を取りに姿を消す。
さて、俺も料理に舌鼓を打ちますかね!!
目の前には、空腹の胃袋を刺激して止まない料理が置かれて俺の胃袋に入ろうと画策している。
肉汁滴り落ちる肉の山、切断された果肉から果汁が滴り落ちて唾液を分泌させる香を放つ黄色い果実、そして貴重な小麦粉で作られたパンが否応なしに俺の手を引く。
分かっていますよ。
全部、綺麗に平らげますからね??
食の礼儀作法は全てを食らい尽くす事。しかし、あの華麗な舞いに魅了された胸はもう少し心が落ち着くまで待てと俺に忠告を放つ。
その忠告に従い、そして。
「ふぁっふぉ!! アッフッ!! ア、ア、アォォォォオオオオンッ!!」
君はいつの間に狼の遠吠えを習得したのかと問いたくなる咆哮を放つマイを反面教師として。
慎ましい速度で己の宴を開始したのだった。
お疲れ様でした!!
さて、間も無く雷狼の里編も終了致します。そして、前書きに書かせて頂いた通りこの話を以て四百話目となりました。
これは私だけの力では無くて、皆様の温かい御声援のお陰であると考えております。
完結にはまだまだ程遠いですがこれからも皆様と力を合わせて完結へと向かって行きたいと願っております。
そして、ブックマークをして頂き誠に有難う御座いました!!
間も無く始める次の御使いの執筆活動の励みとなります!!
それでは皆様、お休みなさいませ。




