第二十四話 封印されし神
お疲れ様です。
祝日のお昼時にそっと投稿を添えさせて頂きます。
それでは御覧下さい。
一歩前に進めば背から優しい香りが風に乗って鼻腔に届き、その香りを力に変えて二歩前に力強く進むと如何ともし難い柔らかき二つの果実が背を急襲。
男の本能足る高揚感と万言億語を費やしても表現し得ない感情を胸に抱き、里へ向かって軽くて柔らかい雛鳥を背負い移動をしていた。
いくら彼女が軽いとはいえ、流石に長距離を移動し続けると疲労も溜まろうさ。
腕の筋肉、下腿三頭筋、大腿部の筋肉が悲鳴を上げている。
そろそろ到着しそうだし、降りてもらおうかな……。
いやいや。言い出した以上、全責任は負うべきだ。そんな細やかな葛藤を続けていると。
「大丈夫??」
耳元で分隊長殿の心配そうな声が響く。
「勿論。余裕だよ、余裕」
頬から地面へ向かって滴り落ちる汗の軌道を目で追いつつ、若干虚勢にも聞こえる口調で話す。
初志貫徹。
この言葉を己に強く言い聞かせ、歯を食いしばって前進を続けていた。
「ごめんね??」
「いつもは頼りっぱなしで迷惑かけているし。それにこういう時こそ、男の出番さ」
「そうそう。おらっ、しゃっきと歩け。飯炊き」
「おい。転んだらどうするんだ」
明瞭な悪意を籠めて俺の左足を蹴るマイへ言ってやった。
「べっつに?? あんたが怪我するだけじゃない」
「俺は構わない……。いや、構うけど。カエデが怪我したらどうするんだって聞いてんの」
「大丈夫大丈夫。死にやしないって――」
全く。こいつはちょっと察する事を覚えた方がいい。
人に対して向ける察しと思いやりは美徳だと考えているので、こうして常日頃から受け賜っている御恩を返しているってのに……。
「なぁにぃ?? マイ――。羨ましいのぉ??」
「うっせぇ!! あんたの尻、四つに増やすわよ!?」
餓死寸前まで広い海の中を泳いでいた所。突如として目の前に餌が現れそれに一切の躊躇無く食いつく腹ペコの回遊魚の様に。ユウの分かり易い揶揄に速攻で食いつく。
そういう所も直しなさいよ。
「冗談だって。ほら、里が見えて来たぞ??」
よ、漸くか。
ほっと一息ついて大変重たい顔を上げると、ユウの話す通り天幕状の家々が視界に収まる。
「レイド。ありがとうね」
「降りる??」
万人がうっとりした表情を浮かべてしまう優しい声色を放つ彼女へ返事を返す。
「うん」
雛鳥さんが親鳥の背中から降りると、己の身が浮き上がる程軽やかに感じてしまった。
ふぅ……。
殴られた所為か、それとも此処までの疲労の蓄積の所為か。
ちょっと疲れ易くなっているな。報告を終えたらぐっすりと眠って帰還しよう。王都までの道のりは果てしなく遠いのだから。
「さてと。ネイトさんに報告をしに行こうか」
疲労困憊の両足の筋肉さん達へ激励を送る為、屈伸運動を続けながら話す。
「ねぇ――。檻の中で何のお話してたの??」
陽気な狼が大きな顎をクイっと上げて見つめる。
「そうそう。私も気になっていたのよ。ほら、正座して話せ」
何故正座をする必要があるのか、そして何故君は上の立場足る姿勢を崩さないのか。
自分はその点に付いて甚だ疑問が残る次第であります。
「色々、かな。核心に迫る内容でさ。ネイトさんに報告するからその時に聞いて」
「え――。今からがいい!!」
「文句言わないの。皆平等に聞いて貰いたい内容だからね」
後ろ足でガバっと立ち上がり、俺の両肩へ前足を乗せようとする両前足を両腕で受け止めて話してあげた。
神器と神々の闘い。
伝承で聞いた内容が現実になろうとしているのだ。
腰を据えて皆に聞いて貰いたいのが本音であり。その内容を聞いて何を思ったのか、何を考えたのか。その意見も聞きたいし。
「ふぅん。まっいっか!! ただいま――!! お母さん!! 帰ったよ――!!」
陽気な声を上げて大きく尻尾を揺らして家に帰る様はまだ子供らしさを残している証拠だな。
リューヴと顔は殆ど一緒なのにこうも違って見えるとはねぇ。
性格は顔に表れると誰かが言っていたが、正にその通りだな。
もう一人の狼さんの横顔をじっと見つめる。
「全く……。アイツは……」
鋭角に尖った目元に映る翡翠の瞳は異性の俺から見ても大変美しく輝き、肩に掛る程度の灰色の髪は木々の間から射す陽光を受けて一本一本が煌びやかに映る。
整った体躯と長い四肢。
大自然の中で佇む彼女の姿を目の当たりにすれば、異性は当然ながら同性でさえも憂いの息を漏らす事だろうさ。
「どうした?? 主」
俺の視線に気が付いたのか、端整な顔を此方に向けた。
「ん?? いや、何にも」
「ふふ。私の顔に何か付いているのかと思ったぞ」
貴女の横顔につい見惚れていました、とは言えず。
「じゃ、じゃあ行こうか」
些かぎこちない足取りでリューヴ達の家の玄関である垂れ幕を潜った。
「レイド――!! お父さん達、もう待ってるって!!」
入り口の正面。
ネイトさん達が待つであろう部屋の垂れ幕の隙間から陽気な狼が顔を覗かせる。
「はいはい。今行きますよ……」
後ろ姿は確知出来ないが恐らく左右に尻尾を振っているであろう笑みを浮かべている彼女へ言ってやった。
「失礼します」
硬さを持たせた声質へと変化させ、改めて気を引き引き締めて入室させて頂いた。
「良く戻ったな」
「はい。此度の件、此処に住む者達に多大な迷惑を掛けた事をお許し下さい」
ネイトさんの前へ跪き、頭を垂れて話す。
この気持ちに嘘偽りは無い。
人間が聖域、並びに狼の里へ問題を運んで来たのは確かな事だからだ。
「礼儀の弁え方は心得ているようだな」
「有難き御言葉。この身に刻みます」
怖い目だなぁ。
漆黒の瞳に捉えられたら金縛りにあったかのように身が竦んでしまうよ。
「それで?? 奴らは何が目的でここへとやって来たのだ」
「はい。説明させて頂きます。彼等は此処へ……」
学者気質であるムートさんから得た情報を事細かく一字一句正確に話し始めた。
事件の発端から、事の顛末で余すことなく伝えていると。
ネイトさんファールさん、そして皆も驚き目を丸くして俺の言葉を咀嚼していた。
「――――。以上が三名から入手した情報になります」
「う……む。そうか……」
椅子の上で足を組み、何やら考え込む仕草を取る。
そしてそれから暫し経った後、大変重い口を開いた。
「ふぅ――――……。娘もいる事だ。それに貴様等は既に黒の戦士を倒す程の実力も持っておる。話しても良かろう。エルザード、構わぬな??」
「何で私に許可を求めるのよ」
彼女が少しばかり気怠そうな返事を返す。
「ふんっ。私なりの気の遣い方だ」
気を遣う?? 何だろう??
「それに……。大魔の血を引く者がここに一堂に会しておる。いい機会だ」
マイ達の方へ視線を送ると厳しい視線から一転、優しさを滲ませる瞳へ変わった。
「今から話す話は遠い、遠い。気が遠くなる程昔の話だ」
大きく息を吸い込み、意を決して言葉を放つ。
「リューヴ、ルー。この里に伝わる伝承。覚えているな??」
「うん、覚えているよ」
「勿論です」
「それは多少事実との間に食い違いがあるが、大半は……。真実だ」
やはりそうか。
伝承の真意は確証が得らなくて、もどかしさを感じていたが……。
ネイトさんから放たれる重い雰囲気はそれがまごうなき真実であると徐に此方へ自覚させた。
「この星に降り立った神、それは……」
「――――――。私達の祖先よ」
ネイトさんより先にエルザードが口を開く。
「う、嘘だろ??」
彼女から放たれた衝撃的な言葉に思わず呆気に取られた声が出てしまった。
「か、神様って……。エルザードの祖先なのか!?」
自分でも驚く程に声が上擦っている。そりゃそうだろう。
神の血を受け継ぐ者が目の前に居るのだから。
「正確には私の祖先を含む常軌を逸した力を有する九体の大魔よ。ここまで言えば、もう分かるでしょ??」
エルザードを含む九体の大魔。俺が今まで出会った個体は……。
龍、ミノタウロス、海竜、蜘蛛、淫魔、狐、狼、ラミア……。
あれ??
一体足りないぞ。
「一体足りない。そういう顔しているわね??」
「あ、あぁ」
何度数えでも一体だけ足りていないからね。
「その一体は亜人と呼ばれる魔物よ」
「亜人??」
「伝承で神々に反旗を翻した神が居ると語られていたな?? それが亜人だ」
ネイトさんが彼女の答えを付け加えてくれた。
「私達の祖先に生殖の機会を与え、今もこの世界に存在し続ける人間達を作り出した大魔よ。因みに、全ての大魔の祖先をひっくるめて九祖。私達はそう呼んでいるわ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ!! 話が大き過ぎてついて行けない」
一旦落ち着こう……。
大きく深呼吸して、頭の中で得られた情報をゆるりと整理する。
「……。うん、続きを話してくれ」
「大方察していると思うけど、私達の祖先がこの星に生命を生み出したの。荒れた星を鎮め、命に満ち溢れる姿に変えた。けどね、伝承で話していた通り人間を作り出した亜人と私達の祖先が対立したのよ。そして、結果は……。言わなくても分かるわよね??」
「神々に敗れた亜人は封印された、そうですよね??」
俺の代わりに普段のそれより興奮した声色でカエデが口を開く。
「そう。『封印』 よ?? これが示す意味は……」
「今もどこかで息を顰めているって言うのか!? 冗談じゃ無い。遥か昔の生物だぞ!? 生きている訳がない!!」
「そう興奮しないの。肉体は勿論滅んでいるわよ。けどね?? 私達の体の中に祖先の情報が残っている様に、亜人の記憶も眠っているの。いえ……魂。とでも言いましょうか」
「封印を解く訳にはいかない。だから私達一族が神器の一つを守っているのだ」
「聖域の何処かには今も神器が眠っているのですか??」
「あぁ。三つある神器の内、一つが眠っている」
ムートさんの仮説は正しかったのか。
記憶を有耶無耶にして送り返して正解だったな。
そんな危険を孕んだ遺物を掘り起こさせる訳にはいかない。
「なぁ、エルザード。その神器って奴を三つ揃えると、どうなるんだ??」
ユウが腕を組み、難しい表情を浮かべて話す。
「さぁ??」
「「「さぁ??」」」
俺を含む何人かが声を揃えた。
「だって神器の所在が確認出来たのは此処だけだもん。他はどこにあるのか見当もつかないわ。それに三つ揃えたって使用方法も分からないし……」
「要は、悪用される恐れがあるから守っている。そんな感じかな??」
「そ、正解」
ふぅ。想像した通りか。
「でも、何でその人の意識……じゃなかった。魂を甦らせたらいけないの?? 可哀想じゃん。ずぅっと封印されていたら」
「ルー、良く考えてみろ。九祖の血を引く大魔が今もこの世界に跋扈しているのだぞ?? 九祖に対して憎しみを抱き、深い憎悪を心に宿した者を世に放ったら……」
ネイトさんがルーへ話しかける。
「ね、狙われちゃうって事?? でも、肉体は無いんでしょ?? それなら大丈夫じゃない」
「…………まぁ。そうだな」
うん?? 何だ、今の間は。
何か引っかかる物を感じた。
「そんな憎しみの塊を解き放ったらおちおち寝ていられないでしょ?? 夢に出て来そうじゃない。おっかない顔が」
「エルザード。その亜人が封印されている場所は分かるのか??」
「さっぱりよ。少なくともこの大陸にはいないわね」
肩を竦めて話した。
九祖、亜人、三つの神器、封印。
それに加え生命と人間の誕生の秘密を知ってしまったが、何よりその内の一人が今もどこかに眠っている事に驚愕してしまう。
脈々と命を紡ぐ大魔達に復讐する為、今も深い闇の中で爪を研ぎ恐ろしい牙を向こうとしているのではないか。
そんな想像すら掻き立てる。
「あなた達もいつかは知る情報だけどね、知ってしまった以上この問題が否応にあなた達の肩に圧し掛かる事を覚悟しておいて」
「はんっ。九祖だろうが、亜人だろうが。私が雲の彼方まで吹き飛ばしてやるわよ」
マイが大見えを切るが俺には到底出来そうに無い。
だって……。
殆ど神様みたいな存在じゃないか。
生命を作りだし、人間の祖先を創造し、剰えこの星の環境さえ変えてしまった。
そんな生物と戦おうなど烏滸がましい。
いや、それ以前に武器を手に取って戦う気すら起きないだろう。
「その言葉、決して忘れるんじゃないわよ??」
「と、当然よ!!」
今のエルザードの瞳。
いつもの飄々とした感じでは無く。初めて会った時の様に冷酷で、そして人を容易く慄かせる力を有していた。
それだけ真剣って事か。
「それなら結構。さ、話はお終い。私はネイトと相談しなきゃいけない事があるから外に出ていなさい」
「ちょっと。私達に関係ある事じゃないでしょうね??」
マイが食って掛かる。
「大人の事情って奴よ。ほら、出た出た。シッシッ!!」
まるでしつこく遊びを強請る犬を外に出す様に手を振り出す。
「分かった。ルー達の部屋で話し合いを続けているよ。ネイトさん、失礼します」
「うむ。此度の件、御苦労であった。…………。礼を言うぞ、レイド」
厳しい視線から、ふっと柔らかい目で俺の目を捉える。
「は、はい!! 失礼します!!」
何だろう……。やっぱ目上の人から褒められるって素直に嬉しいな。
頑張った甲斐があるってもんだ。
「んむ――。いかん。話がデカすぎる」
ユウが部屋を出るなり話す。
「それ、同感。実感湧かないのよねぇ。私達の体にその九祖?? だっけ?? その血が受け継がれている訳なんでしょ??」
「マイの言う通りですね。この体に脈々と受け継がれています」
「私もマイちゃんと同じ考えだよ。全然ピンと来ない。あ!! 入って入って!!」
陽気な狼さんの尻尾に促されるまま、彼女達の部屋へお邪魔させて頂いた。
「お邪魔します。ふぅ……。話を纏めていこうか??」
適当な場所に座り、寛ぐマイ達へ向かって一つ呼吸を整えて話す。
「よっと。掻い摘んで話すと、昔々に私達の祖先が現れてこの星に命を作った。んで、その内の一人が大喧嘩を始めて封印されたんでしょ??」
「邪魔だ。退け」
「い、いいじゃん!! 今から難しい話をするんだからっ!!」
ユウの膝枕を得ようとするがそれを容易く跳ねのけられ、憤りを全開にしてマイが話す。
重たい話をするってのに何て心臓してんだよ。
もう少し深刻そうな顔を浮かべろって。
「端折り過ぎた。亜人と呼ばれる九祖の一人が人間を作った。そして、感情や思考を人間に与える。それに激昂した神々と亜人達との戦いが勃発……」
想像しただけで恐ろしくなる。
マイ達でも常識の理を外れた力を有しているのだ。
その祖先が持つ力など、推し量れるものではなかろう。
その力が……。九つも……。
「亜人達は破れ、戦いの主導者である亜人は封印。以降、人間は虐げられる事無くこの星で生きる権利を得た。……。事の顛末が妙に丸く収まっている。そう感じませんか??」
「カエデ、どうしてそう思うんだ??」
キチンと足を折り畳んで座る彼女へと問う。
「考えてみて下さい。共に血を流した創造主が封印されたのですよ?? 何もせず従順に従うものでしょうかね??」
言われてみればそうだが……。
「ムートさんが話していた、人々は天を仰ぎ、祈り、平伏していた。これが事の顛末じゃない?? 破れた者共は八祖を神として崇め、祈り、そして従順に従い頭を垂れて慎ましく生活を送っていたのでは??」
これが考えうる結末であろう。
「やはりそうですよね……。矛盾……、いや。想像しうる結末でしょう」
ほっ、良かった。カエデと同じ考えに至ってほっと胸を撫で下ろす。
「な――んか、肩が凝る内容よねぇ」
マイがワチャワチャと両手を動かし。
「あたしは太腿が重たいよ」
その様を辟易感全開で見下ろすユウが話した。
「肩が凝る程の物は御持ちで無いでしょう……。虚栄もここまでくると、哀れですわねぇ」
「はぁ?? 九祖の力、その身に刻んでやろうか??」
「はいはい、二人共そこまで。んでもさ、あたし達には明確な祖先がいるけど……。その亜人って奴にも当然、子孫がいるんだよな??」
ユウが二人の間に割って入り口を開く。
「そこも気になる所です。龍、ミノタウロス、海竜、蜘蛛、淫魔、狐、狼、ラミア。私達の知る人物がそれに該当します。ですが、亜人は……」
「いないよなぁ……。この大陸、俺達の知らない大陸のどこかに潜んでいるのかな??」
「その辺りを歩き回っていたら出会うんじゃない??」
「マイちゃ――ん。それは幾らなんでもおかしいよ」
「それに、亜人ってどんな姿かも分からないし証明のしようが無いだろ。結局の所、ここにある神器を守り亜人の魂を復活させない事が最良の手段じゃないのかな??」
頭の中に浮かぶ案を、そのまま口に出す。
「その神器も使用用途、及び残る二つの所在も判明していませんので復活のしようがありません」
「じゃあ何?? このまま聖域のどっかに存在する神器を守ってさえいれば良い訳?? 楽勝じゃない」
「あのなぁ……。その場所がもう既にイル教の奴らに嗅ぎ付けられているんだぞ?? 向こうがどういった考えを持っているか分からない以上、警戒を怠るべきじゃないんだ」
軽々と話すマイへ多少なり厳しく言ってやった。
「それ位、分かっているわよ……」
むぅっと唇を尖らせる。
「今回の件も皇聖シエルさんが軍の上層部へ直接指令を送り此処へ向かわせたのかもしれないし。イル教、いやシエルさんの考えがさっぱり理解出来ないよ」
脳裏に漆黒の髪を揺らす彼女の顔が浮かぶ。
あんな綺麗な人なのに、一体何を考えているのやら。
「うがぁ!! 色々あり過ぎて駄目だ!! 混乱する!!」
ユウが心の内を叫び、派手に絨毯へと倒れた。
その姿に激しく同情してしまう。
糸と糸が双方向のみでは解けない程複雑に絡み合い、問題という毛玉の塊が大きくなりつつある。
これを紐解くには判断材料が圧倒的に少な過ぎるのだ。
「一つ、一つを解明するのが近道ですね」
「カエデに賛成。このままじゃ謎が謎を呼んで解けなくなっちゃうよ……」
大きく溜息を付いて言ってやる。
「ですが、今回の件でイル教が神器を使い何かを企てている事が分かりましたわ。これは大きな進歩ですわよ??」
「亜人の魂を呼び覚まして何をするって言うの??」
難しい表情を浮かべているアオイへ話す。
「そう、ですわね。…………。私達大魔の血を引く者へ復讐する為では??」
「はっ!! 安易過ぎて涙がちょちょぎれちまうわぁ――」
「芋虫は黙ってて下さい」
「い、い、芋……??」
攻めようかと拳を突き出したらとんでもない仕返しを受けた時みたいにマイがパチパチと瞬きを繰り返す。
「安易だけど、大筋では合っていそうだな。元々魔物に対し排他的な思想を掲げている奴らだ。常軌を逸した力を手に入れようとしているのだろう」
「まぁっ!! レイド様と同じ考えで私、胸が一杯ですわぁ」
「此処の神器はリューヴ達、狼の一族が守っているから何も心配は無いだろう」
「あんっ。辛辣ですわっ」
アオイの頭をそっと押し返して言った。
「現状では解決策が浮かぶ程の問題は発生していない。しかし、水面下で何か不吉な物が蠢いている。そんな感じですかね」
カエデが的を射た事をさらりと話す。
「そうだな。現状、俺達は何も出来ないし、何かをしようとしても空回りしてしまうだろう」
「その蠢いているのが不気味なんだよねぇ……」
「「「…………」」」
ルーの言葉を皮切りに沈黙と重苦しい空気が部屋を包む。
普段から喧噪が止まない彼女達だが、それを押し黙らせる程の重い内容。
それに言いようの無い不安や懸念、憂いが渦巻いている。
どうしたもんかな……。
話が大き過ぎて自分の立場に置き換える事が困難になっている。
問題の一つを漠然と捉えるのでは無く判然として捉え。拙い糸を手繰り寄せて、毛玉を紐解いていくのが正解であろう。
俺達が出来る事は砂漠に舞い上がる砂粒程度の拙いものかもしれない。
しかし。
この問題を知ってしまった以上、解決に至るまでの努力は惜しむべきでは無い。
魔女、九祖、三つの神器、そしてイル教。
俺達の周囲を囲む問題は山積みだが遠回りをしてでも、一つ一つの問題を解消していけば自ずと真実に到達する。
これが最良の選択だ。
…………。
俺が生きている間に解決出来るかな??
そっちの方が不安になってきたぞ。
「お邪魔するわね――。あら、やっぱり重たい空気ね??」
等と難しい表情を浮かべていると、こちらの重苦しい態度とは裏腹に陽気な声と共にファールさんが部屋に入って来た。
「あ、お母さん。どうしたの??」
「ルー、リューヴ。そろそろ準備しなさい」
「はぁ――い」
「分かった」
ファールさんの声を受け、二人が静かに立ち上がる。
「準備って何よ??」
今も心地良さそうなユウの膝枕を借りて堂々と寝っ転がっているマイが話す。
お願いします。
目上の方がいらっしゃいますのでせめて!! 姿勢を直してから口を開いて下さい。
「あれ?? 言って無かった?? 今日はね、私達が祈りの舞いを務めるのだ!!」
人の姿に変わったルーが胸を張って意気揚々と口を開く。
「祈りの舞?? あぁ。ここへ来る前に言っていたわね。今からするの??」
「今から練習した後、日が沈んでからやるんだ!! 朝、ちょっと練習したから多分大丈夫だと思うけど……。初めての事だから緊張しちゃうな」
えへへと笑って後頭部を掻く。
「確か……。自然に奉納する為だっけ??」
ここへ来る前話していた内容が脳裏に過る。
「そうそう!! 格好良く踊るよ!!」
「上手く舞えるか不安だが……。私なりに努力した姿を見てくれ」
「二人なら大丈夫。期待して待ってるからね」
「ふふふ。二人共、レイドさんの前だからって張り切っているんですよ??」
「ちょっとお母さん!!」
「ふんっ!! 先に行く!!」
あらまぁ。そんなに顔を赤くして大丈夫かね。
今は昼過ぎだから……。本番まで体力がもつかどうか心配になりますよ。
でも、重苦しい雰囲気が陽気な風に流され部屋の空気ががらりと変わった事に。自分でも知らぬ内に強張らせていた肩の力を抜いた。
「話は一旦打ち切りますか」
カエデが淡々と話す。
「賛成――。あたしの頭の容量じゃこれ以上詰め込めない」
「己は稚児か」
マイが仰向けに倒れているユウの聳え立つ山を叩くと。
「いって。もう少し優しく扱えよ」
空を突き破り天へと轟く山脈が有り得ない角度で揺れ動いてしまった。
え?? 何、その揺れ幅……。
「「……」」
俺と同じくマイも大きく目を見開き。神々が鎮座する山の頂を見つめていた。
「準備が出来たらお呼びしますね。舞の後は食事も用意してありますので、皆さんでお楽しみ下さい」
「食事!!!! 食う!!!!」
言うと思ったよ。
こいつは厳かな雰囲気より、食い気を優先するだろう。
「沢山あるからお代わりも気兼ね無くしてちょうだいね??」
「し、しかもた、食べ放題ですと!? 参ったわね。無限に食べろと言われたらそりゃ食べちゃいますよ!!」
これが普通の人の口から放たれた言葉であるのならば、何を馬鹿なと言ってやるのだが。
コイツの場合、本当に出来てしまいそうだから余計心配になるんだよ。
「マイ、少しは遠慮しろ」
ここで釘を差さないと。コイツは里の食料を食らい尽くしかねない。
「ふんっ。私の食欲は誰にも止められないわ!!」
忙しなく体を無意味に動かす龍を見つめると悪戯に心が苦しくなる。
頼むから、これ以上里の皆さんに迷惑を掛けないでくれ。
俺の願いは果たして叶うのだろうか。
一抹の不安。
いや……。大きな不安を抱え長い吐息を吐きながら、申し訳ない気持ちを前面に押し出しつつその様子を焦燥感に苛まれながら見守っていたのだった。
お疲れ様でした。
やっとこの世界の成り立ちを説明し終えてほっと一息付いている次第であります。
彼女達の先祖である九祖は本編でも説明した通り、彼女達が住む星を作り替えて現在へと至ります。それが現在とどう繋がるのかは引き続き本編で楽しんで頂ければ幸いです。
それでは皆様、引き続き素敵な祝日を過ごして下さいね。




