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第二十二話 二度目の交換条件

お疲れ様です。


週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。


それでは御覧下さい。




 鳥の美しい歌声が澄み渡った静謐の中で響き、微かに流れる朝露が肌を潤す。そして、清らかな涼風が朝に相応しい挨拶を送ってくれると微睡んでいた意識が徐々に鮮明になって来た。



 はぁ、何て心地良い朝なんだ。



 文明と人に囲まれた中で目覚めるよりも、こうして天然自然に囲まれ。古の時代から続く不変的な自然現象をきっかけにして目覚めるのも悪くない。



 師匠の所も心地良いけど、あっちは泣こうが叫ぼうが厳しい訓練が待ち構えており。それに加えて目を疑う食事付きですからねぇ……。


 自然環境のみを天秤に掛けるとしたら甲乙つけ難い程にその心地良さは拮抗していた。



 このまま時間も考えずに眠り続けていたいのですが、生憎此方には責務が課せられていますのでね。



「そろそろ起きなきゃ……」



 天幕の中で体をグンっと一伸びさせて体を起こすが……。



「いでっ!!」



 右腕の怪我は相も変わらず。


 いつもの癖で右腕を頼りに起きたのが不味かったな。



「いたた。傷は塞がったけど、まだ中が痛むなぁ」



 右腕から脳天まで突き抜けて行った痛みのお陰で朧に揺らいでいた意識が確固たる形を形成した。



 これこそ正に怪我の功名ですね。



 等と下らない事に己惚れている場合では無い。本日は拘束されている三名に事情聴取を行わなければならないのだから。



 昨日、早めに就寝したお陰でまだ彼等に対して行うべき質問の内容も考えていないのだ。


 質問の内容はカエデに相談して……。いやいや、彼女は彼女ですべき事がある。


 横着で、我儘で、超絶横暴な淫魔の女王様をお迎えに行くという仕事がありますからね。


 一人で出来る事は自分で解決しよう。



 地面を這う虫さん達の心に仲間意識を芽生えさせてしまう所作で天幕を這い出ると。



「ん――。はぁっ!! うん、今日も良い天気」



 心の曇り空とは裏腹に、晴天の陽射しが東より照らし付けていた。


 天気の崩れは心配無さそうだね。絶好の事情聴取日和じゃあないか。



『起きたか』


「ウマ子、おはよう」



 俺の姿を見付けると伏せていた顔を上げ此方を見つめる。



「ちょっとお邪魔しますね――」



 荷物の中から手帳を取り出してウマ子の腹に己が背を預け、囚われた三名に対する質問の内容を考え始めた。



『腕の痛みはどうだ??』



 真っ黒で円らな瞳が俺の右腕に向けられる。



「あぁ、これ?? 傷は塞がって出血も収まったけど。まだまだ痛みは元気良く体操しているよ」


『ふんっ、相変わらず無茶をする』



「仕方が無いだろ。これも任務なんだから」



 手帳から視線を外さずにそう話してやると、人のそれと比べると倍以上の空気量の呆れた鼻息を漏らした。



「えぇっと。質問はっと……」



 思いつく質問内容を乱雑に箇条書きにしていく。


 見つめ直して矛盾する内容があれば訂正しよう。幸い、まだ時間も残っているし。



 筆を走らせ考えに詰まると筆を止めて木々の木漏れ日を見上げる。


 そして、お日様と森の木々に嬉しい励ましを貰って再び手帳へと視線を落とす。


 この単純な作業の繰り返しを行っていると。



「あ、お兄ちゃん」


「お――、キュールちゃん。おはよう。早いんだね??」



 モコフワで小さな子狼が里の中から此方に向かって歩いて来た。


 まだ眠たいのか、ちょっとだけ瞼が重たそうだ。



「朝の散歩して来た」


「散歩?? 里から勝手に出ていいの??」


「余り遠くに行かなければ大丈夫」


「へぇ。色々と決まり事が多そうだね??」


「うん……」



 そう話すと、俺の隣に座り。安らかな呼吸を続けているウマ子の腹に背を預けた。



「此処。凄く落ち着くんだ」


「はは。よっぽど気に入ったんだね?? キュールちゃんさえよければいつでも使っていいよ」


『それは了承出来ぬな!!!!』



 ウマ子の顔が飛蝗も驚く程の速さで起き上がるので。



「冗談だって」



 腹を撫でて揶揄ってやる。



『全く。度が過ぎるぞ……』



 そして、撫で具合に満足すると再び伏せて目を瞑ってしまった。



「ウマ子って賢いよね??」


「賢いだけじゃなくて、力持ちで、丈夫で、体力がずば抜けて高いんだよ」


『ふっ。余り褒めるな』


「けど、足が遅いのが玉に瑕なんだな」


『一言余計だ!!』


「いって!! 足、蹴るなよ」



 左前足を器用に動かし、立派な蹄で痛みが残らない程度に俺の太腿を蹴って来た。



「ふふ。面白い」


「喜んで貰って結構。さて、続き続き……」



 手帳を睨みながら続きを書き記して行く。


 えぇっと。


 先ずは、何故此処に来たか。これを聞くのが最優先課題だな。


 んで、お次はっと……。



「何書いているの??」


「ん?? あぁ、これ?? ちょっと色々とね」



 子供に話して良い内容では無いので茶を濁す。


 余計な心配をさせたくないし。



「見せて??」


「あ、こらこら」



 薄い黒の毛の塊が胡坐をかいて座る太腿の上に侵入。


 腕の間からぬぅっと生えて来た丸みを帯びたフワフワの頭が手元の手帳を隠してしまった。



「んぅ――……。難しい……」


「はは。だろうね」



 子供には今一理解出来ない内容ですからねぇ。


 モコモコの頭を撫でようとさり気なく伸びようとする右腕を必死に御していると。



「あら、キュール。ここにいたのね??」



 里の方から一人の女性が此方に向かって歩いて来た。


 漆黒の美しい髪が歩く度に揺れて太陽の輝きを反射、柔和な笑みを浮かべる彼女の姿を見て誰一人として不信感を抱かないだろう。そんな優しい面持ちの方だ。



 誰かな?? キュールちゃんの知り合いだろうか。




「お母さん」


「お母さん!? すいません!! お世話になっています!!」



 温かい御人形さんを優しく退かして慌てて立ち上がると、丁寧に頭を下げた。



「こちらこそ、娘の相手をして頂きありがとうございます」



 そして俺に倣ってお手本にしたくなる所作で頭を下げてくれた。



「人間の匂いが強いのに……。本当に話しが通じるわねぇ。ソーヴァンの言う通りだわ」



 多少驚きを含めた黒の瞳でまじまじと見つめて来る。



「お陰様で」


 一から説明すると長くなるし、軽く流しておこう。


「何しに来たの??」



 俺とお母さんの会話が気に障ったのか。


 キュールちゃんがムスっとした狼の顔で邪険そうな声色でそう話す。



「ま。母親に向かって辛辣だ事」


「そうだよ?? キュールちゃん。お母さんは大切にしなきゃ駄目だよ??」


 頑張って怖い顔を浮かべようとする子狼の前にすっとしゃがみ込んで言ってやる。


「だって……」



 ぷいっと顔を逸らしたまま話す。



「家族は当たり前の様に存在しているけどね?? 無くなった時にその存在の大切さ、有難さを知るんだよ。失う前にそれを気付くべき。キュールちゃんはまだ子供だから俺の言っている事は分からないと思うけど。大人になったら嫌でも理解出来るさ」



 家族を持たぬ俺が家族の道理を説いても今一説得力に欠けるけども。


 恐らく、これが普遍的な家族の大切さであろう。



「ふふ、そうよ。キュールはもっとお母さんとお父さんを大切にしなさいね?? 冷たくされたらお母さんも悲しいのよ??」


「んぅ――……。分かった」


「うんっ!! 良い子だ」



 小さくコクリと頷いてくれた子狼さんの頭を撫でていると。



「レイド――。そろそろ集合……。ぁぁああ――!! ヨシヨシされてるぅ――!!!!」



 陽気で天衣無縫な狼さんに邪魔されてしまった。



「ルー、何もキュールちゃんを退かす事ないだろ??」



 大人の狼さんの体当たりを食らって円らな瞳をシパシパと閉じては開いている子狼さんを心配しながら話す。



「だってずるいもんっ!!」



 貴女は大人なのですから我慢する事を覚えなさい。



「それで?? 何か用??」


「その前にっ!!」



 俺の前でお座りすると、さぁ!! 此処を撫でるのですよ!! と。


 分かり易く頭を下げてしまう。



「ふむ……。地面の様子が気になるのかな??」


「ち、違うよ!! 頭を撫でてって意味!!」


「はいはい……」



 このままでは本題に入る前に日が暮れてしまうので、我儘な狼さんの頭を撫でてやった。



「お――。相変わらず的確に撫でてくれるねぇ――」


「まぁ何度も撫でているからね。それで?? 本題は……」



 満足気にきゅぅっと口角を上げている灰色の狼さんへ問おうとした刹那。



『あ――んっ……』



 灰色の狼さんの尻尾に噛みつこうと小さな御口を頑張って開けている子狼さんの姿を捉えてしまった!!


 な、何て無謀な!! 相手は雷狼の血を受け継ぐ狼さんですよ!?



「ほほぉ――。耳の裏もしっかり丁寧にぃ……。んにゃ――――!? いったぁぁああいっ!!」



 子供とは言え、狼の血を引くのだ。


 それに加えて鍛えようが無い尻尾を噛まれたら当然、激痛が走るだろう。



「ちょ、キュールちゃん!? 何で私の尻尾噛みついているの!?」


「ふぁたしも撫でられふぁいから」


「そ、そんな理由で噛みつかないで!!」



 子狼の拘束から逃れようとその場をグルグルと回り続ける灰色の狼。


 咬筋力が未発達な子供はその遠心力に負けて遂に小さな御口を外してしまった。



「わっ」


『ぬぅっ!? き、貴様等……。朝っぱらか喧しいぞ!!』



 吹き飛ばされた子狼を腹で受け止めたウマ子がガバっと立ち上がると、グングンと頭を上下に揺れ動かして誰にでも分かり易い憤りを表す。



「ウ、ウマ子!! 落ち着け!! 俺の所為じゃない!!」


『笑止千万!! 貴様が全責任を受け持つのだ!!』



 ポフポフの唇がクワっと開くと、中々に頑丈な歯が俺の髪の毛を捕らえてしまった。



「イデデデ!! 髪の毛が抜ける!!」


「そうだよ!! ウマ子放して!!」


「ルーちゃんの尻尾、甘い味がした」


「やぁ――!! 二回も噛まないでぇ!!」



「うふふ……。素敵な騒ぎですねぇ」



 数分前まで素敵な静けさが包んでいたってのに……。一頭の狼の登場で台無しだよ……。



 我が相棒の御機嫌を窺いつつ、頭から口を外す様に親切丁寧に懇願。


 それでも彼女の憤りは収まる事無く。頭上、そして胸元、果ては足元から放たれる獣臭に囲まれつつ襲い掛かる痛みに四苦八苦し続けていた。





























 ◇




 陽気な狼と意外とお茶目な小狼。


 そして賢過ぎて頑丈過ぎる馬との小格闘が一段落するまでに多大なる体力を消費してしまった。


 体全身に付着した狼の毛、頭髪にべったりとへばり付いている獣臭漂う馬の唾液。激闘明け、そしてまだ傷が癒えない体には少々堪えましたよ……。



 里の中を真っ直ぐ走る道の上を見方によっては重傷患者と思しき所作で歩いていると、里の方々が俺の様子を物珍しそうに眺めていた。



『ねぇ、ほら。あの人でしょ??』


『凄いよねぇ……。ネイト様しか倒せない災いを退治したなんて信じられない』



 一部はヒソヒソ話をして俺の姿を横目でチラチラと見つめ。



『あの人どうして疲れているんだろう??』


『昨日の討伐の件じゃない?? それともぉ……。ルーとリューヴと仲が良いしっ。二人相手に頑張った所為かもね!!』


「「アハハ!!!!」」



 一部のうら若き女性二人が年相応な明るい笑みを浮かべて笑い転げれば。



「おはよう!! 昨日は大変だったみたいだな!!」



 強面お兄さんが快活な笑みを浮かべて礼を述べて頂けた。


 このお兄さんは俺達が里へお邪魔した時、腕を組んで挑発的な目を浮かべていた人ですね。


 疲れているのは昨日では無くて、数十分前の出来事なのですよ。しかし、此処まで疲弊しているのは昨日の激戦も影響しているから強ち間違いではありません。



「お早う御座います。それ相応に大変でしたよ」



 差し出された右手をきゅっと掴み、彼の明るい笑みに倣い頑張って口角を上げた。



「ほぉ――……。草臥れ果てた顔を浮かべているが、体の芯は揺るがぬか。ワハハ!! 流石、族長が認めただけはあるっ!!」



 ソーヴァンさんの時みたいに常軌を逸した力で握られるかと思いきや、満面の笑みで俺の左肩をビシバシと叩いてしまう。



「つっ!! ど、どうも有難う御座います」



 一つ叩かれる度に痛みが全身を駆け抜けて行く。


 これなら右手を握られた方がマシだな……。



 彼に愛想笑いを浮かべて別れを告げ、更なる痛みが蓄積された体を引っ提げて朝の集合地点である里の中央広場へとやっとの思いで到着した。



「おは……。何だ?? 疲れた顔して??」


「ユウ、おはよう。ちょっと色々あってね」



 広場の外周でのんびりとした姿勢で座り、朝の清涼な空気を満喫しているユウへ弱々しい笑みを浮かべて言ってやる。



「色々ぉ??」


「そ。色々だよ……」



 大きな溜息を吐き尽くし、怪訝な表情を浮かべている彼女の右隣りへお邪魔させて頂いた。


 さてと、これから大事な仕事が待っているんだ。


 気持ちを入れ替えて任務に臨む事にしよう!!



「はよぉ――っす。あれ?? ボケナス、来てたの??」



 リューヴ達の家の方角からマイが朱の髪を揺らして羨ましい足取りでやって来る。



「おはよう。まだ集合時間にはちょっと早いけど、見直しておきたいと思ってね」



 手元の手帳に視線を落としながら言ってやった。




「見直すぅ?? ユウ、寝っ転がりたいから膝を貸せ」


「誠に申し訳ありませんが。現在あたしの膝は所用で出かけておりまして。テメぇみたいなぐぅたら大飯食らいに貸す膝は無いからおとといきやがれ、このすっとこどっこい」


「語尾が不憫っ!! 丁寧に断りたければ最初っから最後まで徹頭徹尾!! 私にへつらえて御断りしろい!!!!」


「だぁ――!! 無理矢理乗っかるな!!」



 ユウも朝から大変だな。


 口喧しい人に絡まれて……。



「はぁ――。ここ、さいっこう!! んでぇ?? 餌を探す蟻みてぇに必死こいて何眺めてんのよ」


「ん」



 色々と言葉を添えると不必要な暴力が飛んでくる恐れがあるのでたった一文字を放ち、独裁者へ手帳を差し出してやる。



「えぇっと……。此処に来た理由、今回の件を依頼した人物にぃ、聖域では何を見たか。その他諸々。まぁこんなもんでいいんじゃない?? あんたにしては上出来じゃん」



 お嬢さん?? そんなだらしない姿で言われても嬉しくありませんよ??



「そうかな?? 何か見落としていないか、考えているけど。これ位だよなぁ。ぱっと思いつくのは」



 無傷で返却された手帳を受け取って話す。



「そうねぇ……。カエデが帰って来てから聞いてみたら??」


「そうするよ。所で……。アオイとリューヴは??」



 ルーは先程の乱痴気騒ぎを終えると。



『あっ!! お父さんと話す用事があったんだ!!』 と。



 忙しなく家の方角へ駆けて行ったから此処に居ないのは理解出来るけども。残りの二人は??



「獣くせぇ二頭は両親と何やら話しているわ。んで、蜘蛛は……」


「――――。お呼びいたしましたか?? レイド様っ」


「おっと……」



 清らかな声色が響くと同時。嫋やかな腕が背後から急襲して此方の首に絡まってしまう。


 男性の性を呼び覚ます女性らしい香り、そして彼女の微かな息遣い。


 今朝方の乱痴気騒ぎとは別の意味で心臓がドクンっと一つ高鳴ってしまいますよ。



「おはよう。アオイ」



 此方の動悸を悟られまいとして至極冷静を努めて話す。



「はいっ!! おはようございますっ」


「な――にが。おはようございますっ、だ。気色悪い声出しやがって……」


「レイド様……。何か聞こえませんか??」


「え??」


「ほら、壁が……。聳え立つ壁が囀っていませんか!? 私、恐ろしくて震えてしまいますの!!」


「ちょっとぉ!!」



 完全完璧に嘘だと分かる台詞を吐いて此方の背にひしとしがみ付く。


 彼女が装備する女の武器は黒の清楚な着物と服を容易く貫通。凄まじいまでの威力を遺憾無く発揮して豊潤に実った二つの果実は強力な性能を有していると立証してしまった。



「おいおいぃ……。壁ってぇ、私に言ってんの??」


「さぁ?? レイド様っ。何を読んでいますのぉ??」


「こ、これです」



 怒れる龍をこれ以上刺激しない様、そして事を荒立てない様に。


 大変静かで厳かな所作で蜘蛛の御姫様へ手帳を渡してあげた。



「ふむふむぅ……」



 あの、離れて読んでくれませんか??


 右肩にちょこんと細い顎を乗せ、俺の体の前に器用に腕を伸ばして精読を開始してしまった。




「――――。ふむっ。大まかな理由はこれで大丈夫じゃありませんか?? 後は細かい所。例えば……。聖域の詳しい場所を覚えているか。依頼した者以外で今回の件を知っている者はいるのか。聖域には……。何を探しに来たのか」



「何って……。何だよ??」


「それは私にも分かりませんわ。知っているのはネイトさん位じゃないですか??」



 まぁそれを尋ねに牢屋へ潜入するのですからね。



「そうか。うん、ありがとう。助かったよ」



 アオイから手帳を受け取り、今受けた意見を頭の中に叩き込んだ。


 質問内容はこれで揃った。


 後は演技、だよなぁ……。上手く囚われの身を演じられるかどうか。自信はあるかと問われたら間違いなく無いと断言出来ます。


 殴られは慣れているけども、役を演じるのは慣れていないのだから。




「それでは意見を述べましたのでその報酬を頂きますわね……。んぅ――……」

「いけませんっ!!」



 大変麗しい唇を尖らせ、此方の首元に這い寄ろうとする端整な顔を速攻で押し退けてやった。


 お願いですから朝くらいは静かに過ごさせて下さいよ……。


 彼女達と行動を続ける限りは決して叶わぬ願いを心の中で呟いていると。




「レイド様っ、アオイは楽しい……。おや。お早いお帰りですわね……」



 開いた中央広場に突如として淡い光を放つ魔法陣が浮かび上がった。


 そしてそこから強烈な閃光が迸り、その光量が徐々に収まると、二人の美女が光の中から現れた。




「…………。ふぅ、到着です」


「ちょっとぉ!! いきなり押しかけて来たと思ったら……。こんな何も無い所に連れて来て!! まだ寝起きで、しかも髪型も直していないし!! 一体何なのよ!!」



 生徒は静音、先生は喧噪。


 立場から鑑みて普通は逆じゃ無いでしょうかね??


 これ以上喧しくなっては彼女達の様子を呆気に取られている里の皆様に御迷惑が掛かりますので。


 早速本題に入りましょうか。




「よっ、エルザード。元気してた??」



 濃い桜色の髪は多少乱れてはいるが。端整な顔立ちは相変わらずの彼女の横顔へと静かな言葉を放つ。



「レイド!! 何よ、居るなら居るって言ってくれればいいのにぃ!!」



 俺の顔を見付けると、人目も憚らず此方へと駆け寄り。勢いそのまま飛び掛かって来るではありませんか!!



「ちょっとぉ――――っ!! ぐぇっ」



 襲い掛かる衝撃によって後頭部が地面と仲良く握手を交わす。



「んふっ。久々ね??」


「あ、あぁ。突然悪かったね、呼び出したりして」



 腹の上に堂々と跨る彼女に向かって言ってやった。



「本当よぉ。寝てたらいきなり着替えさせられて、無理矢理連れて来られて。女は色々と準備が必要なのよ??」



「それは謝るよ、エルザードを呼んだのは頼み事があるからなんだ」


「頼み事??」



 大変お可愛い顔をコクンと傾げる。



「先生。それは私から説明します。実はですね……」



 今回の任務の内容、そして三名の記憶を有耶無耶にする事について端的に説明を開始した。



「――――。と、言う訳で先生のお力が必要になった訳です」


「ふぅん。そっかぁ……」



 何かを考え込む仕草を見せて、普段は良く動く口を閉ざして押し黙る。



「彼等の記憶を有耶無耶にしたり。消去する事は可能か??」


「ん――。可能よ??」


「そ、それなら!!」



 これは有難いぞ!!


 聖域の中で見たであろう情報、狼の里の場所。その記憶を消去、若しくは有耶無耶に出来れば曖昧な情報を頼りに人が来る事は無くなるだろうからね!!


 何んという僥倖。


 ふふ、これは日頃の行いが良いから訪れたのだろうさ。



「でもどうしよっかなぁ――。魔力だってまだ全快していないしぃ。大魔である私を良いように使うのもどうかなぁって思わない??」



 うん?? 何を言いたいのか要領を得ないな。



「何が言いたいの??」


「力を貸してもいいのよ?? 他ならぬ私の夫からの頼みだし」



 いつから俺と貴女は婚姻関係を結んだのでしょうかね。


 甚だ疑問が残ります。



「でもねぇ……。都合の良い女だと思われたくないのよねぇ」


「つまり??」


「一つ貸し……。って事でどう??」



 あぁ。そういう事。



「そんなので良いのか??」



 例えば、此処に命の重さを量る天秤があるとする。片方に俺の命、もう片方に狼の里に住む二百名を越える人々の命を乗せると果たして天秤はどちらに傾くのか。


 良く考えずともどちらの秤を優先すべきかは自明の理。


 それに、たかが貸し一つでそれが解決するなら安い買い物さ。



「馬鹿!! 軽弾みに了承するな!!」



 俺が了承しようとすると、マイの怒号が響いた。



「ですって??」



 その声を受けて俺を再び見下ろす。



「マイ、じゃあ他に名案はあるのか??」


「そりゃあ……。うむむ……」


「どうするぅ?? 私に貸しを一つ作るか、此処の存在と聖域の存在を世に知らしめるのか。二者択一よ??」


「ちょっと!! ふ、不公平よ!!」


「不公平?? 公平な交換条件じゃない。ほら、簡単よ?? エルザード様に貸しを一つ作りますって言えば。貴方の言う通りに従順なしもべとなって動いてあげる……」



 細い指で俺の腹を撫でながら話す。


 確かに、破格の条件だよな。大金をせびられる訳でも奴隷として囚われる訳でも無く。


 エルザードに貸しを一つ作るだけで此処の存在は知られる事は無くなるのだから。



「分かった。その条件、飲むよ」


「そうこなくっちゃ!! ふふ……。この貸しは高くつくわよぉ??」



 にぃっと口元を歪に曲げて俺を見下ろす。



「お、おい!! 変な事はしないからな!!」


「変な事?? そんな事で使わないわよ。それに、そういう事は実力で行使するからいいとして」



 実力??


 ちょっと怖いんですけど??



「安心して?? まだ考え付かないけど、ちゃあんとした頼み事で返して貰うからさ」


「それならいいけど……」



 これで良かったんだよな……??


 どんな頼みをされるか今から杞憂が絶えないけど……。俺の身一つで事が丸く収まるし、それで良しとしましょう。



「んふふぅ。今から楽しみだなぁ――……」



 ちょっとばかりの後悔を胸に抱き、嫋やかな指先で俺の腹をコネコネと撫で回す指を退かしていると。ネイトさんが広場に顔を見せた。



「むっ!? エルザード!? 貴様!! 何をしに来た!!」



 俺に跨る彼女を見付けるや否や、屈強の戦士でさえたじろかせてしまう程の鋭い鷹の目を彼女へ向けた。



「やっほ――、ネイト。元気してるぅ??」



 その目付きを特に気にしない様子で流す。


 雰囲気的には知り合いみたいだけど……。仲、悪いのかな??



「良くもいけしゃあしゃあと!!」


「直ぐに噛みつこうとしないの。私はカエデにお呼ばれ……。いや、誘拐されてここに来たのよ?? ねぇ――」


「多少、語弊はありますが。大方は合っています」


「ほら。聞いた??」


「だ、第一!! 私は貴様を……」


「あぁっ!! エルザードだぁ!!」


「のぐわっ!!」



 ネイトさんのその後ろ。


 愛娘二人が遅れて広場へとやって来た。


 そして、陽気な狼がネイトさんの肩を踏み台にして、エルザードの下へと駆け寄って来る。



 実の父親を踏み台にしないの。



「ルー!! 父親を踏み台にするな!!」



 ほら、強面狼さんと意見が合いましたもの。



「別にいいじゃん。久々だね!!」


「そこまで久々じゃないわよ??」



 細く、白い指で狼の頭を撫で始める。



「えへへ」



 ルーは気持ち良さそうに目を瞑り、彼女の手の感覚を楽しんでいる様だ。



「エルザード。いつまで主の上に乗っている」



 厳しい方の狼さんがお出ましすると。鼻先に少しばかりの皺を寄せて低い唸り声を上げた。


 見慣れたとはいえ、仰向けの状態で見るとちょっと怖いね……。特に少し開いた口から覗く鋭い牙が背に冷涼な感覚を与えてしまいますので。



「えぇ?? 駄目なのぉ??」


「退いて下さい」


「しょうがないわねぇ。よいしょっと……」



 はぁ、やっと退いてくれたか。


 先程から女性特有の柔らかさが悪戯に体を刺激して、気が気じゃ無かった。


 もう少し、大人しく出来ないものかね。齢三百を越えているのだから落ち着いた大人の所作を見せなさい。



「彼等から情報を聞き出した後、エルザードが魔法を掛けてくれる?? 話を聞く前に記憶が曖昧になったら困るからさ」


「はいは――い。分かったわよ」


「よし。リューヴ、早速行動に移ろう」



 背中、そして臀部に付着した砂を払って立ち上がった。



「了承した。では、主を一時的に拘束するぞ??」



 リューヴが人の姿に変わると、手元の縄で俺の両手を体の後ろできつく縛る。



「いてっ。もうちょっと緩くてもいいんじゃない??」


「結び目が緩かったら怪しまれるであろう」



 あぁ、成程ね。



「んぅ……。私のレイドが縛られていくぅ。もっときつくぅ締め上げなさいっ」



 淫魔の女王様が見当違いな事を考えているので早く済ませて欲しいのが本音です。


 体中に余計な縄を縛りかねない。



「主……。少し痛むぞ」



 彼女が申し訳なさそうな声色を放つと。



「へ?? …………。つっ!!」



 彼女の右手に生え伸びた鋭い爪が俺の顔を襲った。


 鋭い痛みが頬を走り、生温かい液体がゆっくりと流れ伝う。



「レイド様に何をしますの!?」



 一連の様子を見たアオイが堪らずリューヴへ食って掛かった。



「顔が無傷だと怪しまれる、そう思ってな。すまぬ、主」


「気にしない。これ位の傷大した事ないって」


「そう、だな」



 俺が笑みを返すと彼女の頬が少しばかり朱に染まる。


 暑いのかな??



「それで、誰が俺を牽引するんだ??」



 顔が覚えられる恐れもあるとカエデが言っていたからね。



「私が引き受けよう」



 突如として響いた声の方へ振り返ると、ソーヴァンさんが此方へ向かって歩いて来る所であった。


 茶の髪を揺らして快活な笑みを浮かべている。



「宜しく頼むよ」


「あぁ。任せておけ。アイツらを恐怖のどん底に叩き落としてから、お前を檻に入れてやる」


「恐怖のどん底??」



 収監されているからもう既に彼等の心には恐怖が渦巻いていると思いますけど……。



「奴らの目の前で貴様の体を痛め付けてやる。なぁに、心配するな。死にはせん」



 交換!! 交換を所望します!!


 誰か違う人にして下さい!!!!



 にやりと笑う笑顔を見て素直にそう思ってしまった。



「ちょっとソーちゃん?? あんまり酷くしちゃ駄目だよ?? 適度だよ?? 適度」


「そうだ。自然な感じで痛め付けろ」



 狼二頭さん??


 俺の体は丈夫ですけど、まだ怪我が癒えていないのをお忘れですか??




「レイド様。どうか無理だけはされないで下さいね??」


「了解。じゃあ、ある程度情報を聞き出したら念話で合図を送るよ。それまでちょっと待っててね」



 広場にいる皆の顔を見渡して話す。



「よし。行くぞ。ほら!! 歩け!!」


「いでっ!! 何もここから演技を始めなくても良いのでは!?」



 俺の背を楽しそうに蹴るソーヴァンさんへ言ってやった。



「ははは!! クソ生意気な人間め!! 私達、狼一族の恐ろしさをその体に刻み込んでやるわ!!」


「ちょっとぉ!! いでっ!! や、止めて下さい!!」



 これは演技でも無くて、本心の声の叫びです。


 大根役者である俺の演技を見越してこうして攻撃を加えているのだろうか??



「さぁ!! 恐怖でその顔を歪めてやるっ!!」



 あ、違うね。これはソーヴァンさんの素の感情から湧き起こる行動だ。


 ふぅふぅと興奮した息を荒げ、己の攻撃によって一人の男が弱って行く様を悦に入った表情で眺めていますから。



 向こうに着くまで、五体満足でいられるだろうか……。


 それだけが不安だよ……。


 背を蹴られ、殴られ、偶に訪れる足払いによって地面と仲良く抱擁を交わす。


 襲い掛かる痛みに耐えつつ三名が収監されている場所へと情けない素の声を上げながら向かって行った。




お疲れ様でした。


本日は私の住む地域では雨が降り、嬉しい事に花粉が飛散せず快適に過ごせました。


しかし、彼等は恵みの雨を力に変えて晴れの日にそれを発散させるのです。そう考えると次の晴れの日が恐ろしくて仕方がありませんよ……。


そして、いいねをして頂き有難う御座いました!!


執筆活動の嬉しい励みとなります!!



それでは皆様、素敵な週末を過ごして下さいね。


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