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第二十一話 一難去ってまた一難

お疲れ様です。


本日の投稿なります。


それでは御覧下さい。




 お兄ちゃん達、遅いな。


 もう日はたっぷりと暮れて、黒い空にお月様とお星様が光輝いている。


 この時間はいつも眠っているから物凄く眠たい……。


 襲い掛かる眠気と頑張って戦い続け、ぼうっとした瞳で森の暗闇を見つめていると。後ろから気配を感じた。



「キュール。まだ待ってるの??」


「お母さん。うん……。待ってるの」


「そう。ふふ、あの人の事。気に入ったのね??」


「うん」



 ちょっとだけ呆れている顔のお母さんへ向かって小さく返事を返した。



「気が済むまで待っていなさい。私は先に寝てるから」


「分かった」



 そう話すと、大きな欠伸を放って里の中へと戻って行った。



「ねぇ、ウマ子。お兄ちゃん達、帰って来るよね??」



 木の傍らで気持ち良さそうに休んでいる私に新しく出来た友達へ話し掛けると。



『あぁ。その内ひょっこり帰って来るだろう』



 私が話す言葉を理解しているのか、あの円らな御目目はそう言っていた。



 お兄ちゃん達が出て行ってからウマ子と一緒にお散歩したんだけど……。私が行きたい所について来てくれたり。興味がある物を見付けたら一緒に見てくれたり。


 私の心をちゃんと理解して行動を取ってくれた事に驚きを隠せないでいた。


 ちょっと駆け足で森の中を進んで行くとウマ子もちょっと速足でついて来てくれて……。


 ふふ、本当に楽しいお散歩だったな。



 お散歩から帰って来ると里のお兄さん達が何やらソワソワした顔でウマ子のお腹を見ていたので。



『ウマ子はお兄ちゃんと私のお友達だから食べちゃ駄目だよ??』 と言うと。



 そんな事する訳が無いと口では言いつつも、目だけはしっかりとウマ子の体を捉え続けていた。


 皆お肉好きだものね。


 私も大好きだけどさ、ウマ子は食べないもん。




「ウマ子は本当に賢いよね??」



 ポカポカのお腹に寄り添って背中を預ける。すると、じわぁっとした温かさが背を伝わり体全身へと流れて行く。


 此処、凄く落ち着くなぁ。油断したら眠っちゃいそうだよ。



『私は落ち着かないのだが??』



 大きな顔をこちらに向けてちょっとだけ不満気な表情を見せる。


 いいもん。私は落ち着くから。



 大きな欠伸を噛み殺してお兄ちゃん達がどこへ向かったのか、里の人にそれとなく聞いたお昼の出来事を思い返す。



『長が鎮めるべきである黒の戦士の下へと向かった』


『何人もの戦士を屠り退けたのだ。いくら族長の娘とはいえ、無事では済まないだろう』



 私の心配を悪戯に増やす事ばかり言うものだから余計に心配になり、今もこうして眠気と戦いながら待っているんだ。


 無事、だよね?? それとも……。


 ううん。絶対帰ってくるもん。


 ルーちゃんとリューヴさんがついているんだ。


 後、赤くて怖いお姉ちゃん達もついて行ったし……。



「はぁ……。遅いなぁ」



 ウマ子の安らかな吐息が私を夢の世界へと誘い始めると、ふとお兄ちゃんの天幕が目に付いた。


 昨日はゆっくり寝れたな。


 お兄ちゃんの隣、落ち着くし何より。凄く良い匂いだった……。



 思い返す様に鼻をスンスンと嗅いでいると。



「うん?? この匂いって」



 私の好きな匂いの尻尾を鼻先が捕まえた。



『ほら、帰って来たぞ??』


 ウマ子も気配に気付いたのか、静かに立ち上がって暗闇の先を見つめている。



「帰って来た!!」


『急くな。転ぶぞ』



 眠さに参っている体を頑張って起こし。


 ウマ子の呆れた鼻息を背に受けて、闇の先から漂って来る素敵な香りに向かって駆け出して行った。













 ◇




 漆黒の闇に包まれた森の中に微かな光が灯りそれを頼りに行軍を続けていると。



「カエデ――。もう少し明かり強く出来ないの――??」


 ユウの頭上でだらしない姿で横たわる龍が文句を述べ。


「疲れているのでこの光量が限界ですっ」



 その言葉を受けた分隊長殿が語尾に微かな怒りを滲ませて返事を返した。



 気を抜けば直ぐにでも地面に倒れ込んで眠ってしまいそうな体を引っ提げ、歩き続ける事約六時間。


 闇の中に見覚えのある光景がチラチラと映る場所まで無事に帰って来られた。



 全身を襲う倦怠感、背負う荷物が両足に負荷を掛けて歩行の労力を更に増大させ、右腕と左肩の負傷もその一端を担っていた。


 更に更に!!



「ふぁ――。あ゛ぁっ、ねっむぅ――……。さっさと帰ってぐっすり眠りたぁい」



 人の気持ちを逆撫でするだらけた声が分隊の士気を下げていた。


 大の字で体を弛緩させたと思えば。



「よぉ、ユウ――。もっと速く歩きなさいよねぇ――」



 左手で頬杖を付いて横たわり、空いた右手でペチペチとユウの頭を叩き。



「……」


「無視かっ!! まぁいいやっ。ルー!! 御菓子持っていない!?」



 分隊長殿と共に分隊を先導する陽気な狼の尻尾へ叫び。



「無いよ!! 持っていたとしてもマイちゃんには絶対あげないもん!!」


「んだと!? テメェ……。ただでさえ腹が減って機嫌が悪い私を怒らすんじゃねぇ!!」


「やぁっ!! 尻尾にしがみ付かないでよぉ!!」



 気に食わない台詞を聞いた龍が背に生える翼をバッ!! と開いて飛翔。陽気な狼さんと軽い喧嘩を始めてしまった。



 この調子で約六時間だぞ??


 可能であればこの世界で唯一アイツの口を横一文字に閉ざす事が可能であるフィロさんを此処へ召喚して。世にも恐ろしい説教を食らわせてあげたいです。



 そして、今日の出来事もフィロさんへ報告してやるからな??


 お前の悪行は俺の、そして皆の記憶に蓄積されている事を努々忘れない事だ……。


 川から運ばれた小石が堆積されて扇状地が形成される様に。


 ほんとぉに少しずつ日々の悪行は蓄積されて行き、取り返しのつかない量まで積もっていくのだよ。



 ふふふ……。フィロさんの恐怖の顔を見付けて、クシャクシャに歪んで慄くお前さんの顔が今から楽しみさ。



「もぅ――……。尻尾取れちゃったらどうしてくれ……。おぉ!! 着いた――!!」



 己の尻尾をフルっと左右に揺らすと、先頭の狼さんが嬉しそうにぴょんっと跳ねた。


 暗過ぎて前方が良く見えないが……。恐らく里はもう目と鼻の先なのだろう。



「もう随分と遅い。里の者は休んでいるのだ。余り大きな声を出すな」


「いいもん!! ここまで遅くなったのはマイちゃんが御飯をずぅぅっと食べているからだよ!!」



 狼の耳と耳の間。


 その位置で胡坐をかいて座る龍へ向かって話す。



「はぁ!? 何で私の所為なのよ?? それにあんなチンケな量じゃ全然足りねぇし!!」



 お嬢さん?? 俺の横っ面を叩いて食料を強奪したのをお忘れですか??



 そして、飯盒の中のおこげを美味そうにパリパリといつまでも食んでいたから片付けにも無駄な時間を割いてしまったし。


 今度から敢えて食料を少なくして持って行こうかな……。


 食事、移動中、更に休憩中まで迷惑を受けるこっちの身にもなってみろよ。



「森の木々で羽を休めている鳥さんがビックリして起きちまう声を出すなって……」



 ルーの頭に噛みつこうとする龍へそう言ってやった。



 周囲の雰囲気はしんっと静まり返り、落ちた髪の毛の音さえ拾えそうな程静まり帰っている。


 貴女はもう少し音量を下げる事に努めなさい。


 そして、女性らしい口調も心掛ける様に。



 決して口に出せぬ台詞を頭の中に思い描いていると。



「お兄ちゃん!!!!」


「へ?? のわっ!!」



 清らかな静寂を切り裂く声が届くと共に、闇の中から一頭の子狼が俺に圧し掛かって来た。


 小さな体からはとても想像出来ない衝撃を受けて思わず尻餅をついてしまう。



「いてて……。キュールちゃん!! 起きてたの??」


「うん。皆の帰り、待ってた」



 ちいちゃな尻尾を嬉しそうにピコピコと振り、薄い黒の毛並みが視界を覆い尽くす。



 あぁ……。このフワモコの感覚が疲労を拭い去ってくれる様だ……。



「ちょっと、そこの子狼さん。私のレイド様に飛び掛かるのはお止めになって頂けませんか??」


「アオイ、子供のする事だ。大目に見てやれって。ただいま、心配かけたね??」


「…………。う、うん」



 今も尻尾を振り続ける彼女へ、優しく頭を撫でてやる。


 こんな時間まで起きてたなんて。


 子供にしては大冒険であろうさ。



「キュール。私達は今から父上へ報告に行く。主から離れろ」


「……。分かった」



 流石リューヴ。


 里の年長者である威厳を見せ、たった一言で彼女を退かせる。


 でも、そこまで睨む事は無いでしょうに……。相手は幼い狼さんですよ??



「それじゃ、行って来るよ。キュールちゃんも遅いし、もう家に帰りなよ??」


「分かった」



 こくりと頷くと、やっと視界に入って来た里の中へ向かって駆けて行ってしまった。


 大人しくて、聞き分けのあるいい子だ。


 どこぞの誰かに見倣って貰いたいものだよ。



「あ?? 何見てんのよ??」


「別に??」



 俺の視線を感じたのか、ギロリと鋭い深紅の瞳で此方を睨む。


 優しい瞳を浮かべる事は出来ないのかしらねぇ……。


 フィロさん。


 貴女の娘さんは本日も大変恐ろしい顔を浮かべていますよっと。




「自分で使用する荷物以外は此処へ置いて行ってくれ」



 里の入り口付近に到着すると、出発する時と変わらぬ姿で待機し続けている荷物の塊の側へ背嚢を乱雑に下ろし。



「ただいま!! ウマ子!!」



 普段の表情と然程変わらぬ面長の顔で俺達の帰りを待っていた彼女の下へと歩み寄った。



『ふんっ。首尾はどうだった??』



 少し甘えた嘶き声を放ち、面長の顔を摺り寄せて来る。



「何んとか順調にいったよ。今からネイトさんの所に報告へ行って来るから待っててね」


『あぁ、分かった』


「じゃあ皆行こうか」



 ウマ子に見送られ荷物を置いて身軽になった者達と共に里の中を静かな所作で進むが……。



 良く晴れ渡った夜空から降り注ぐ怪しい青き光に照らされた里には人の、そして狼の姿は見当たらず。俺達の静かな足音だけが微かに響いていた。


 既に日付が変わる頃の時間だ。きっと皆家で休んでいるのだろう。



「こうも静かだと……ふぁぁ。眠くなるわねぇ」


 小さな手を器用に動かして重たい瞼をグシグシと擦る。


「お前なぁ。移動中、寝てただろ??」


「そうだっけ??」


「鼾、かいていたぞ??」



「……。知らない」



 そう話すと胸中を悟られまいとしてユウの頭上で寝返りを打ってしまった。



 いいよなぁ。楽出来て。


 こちとら痛む腕と肩を気にしながら歩いて来たんだぞ??


 でも、まぁ俺の不甲斐なさが招いた負傷だ。これ以上言うつもりは無いさ。



「おぉ!! 懐かしき我が家!!」



 里の中央広場を抜けると、族長兼ルー達の家の前へと到着した。



「はぁ、やっとかぁ。流石にあたしも疲れたよ」


「ユウ、悪いな。荷物を沢山背負わせて」



 正確には荷物と一匹ですけどね。


 疲労困憊の様子を醸し出す、ユウに言ってやる。



「いいって。これがあたしの役目だからさ」


「そうそう!! ほら!! お父さん達に会いに行くよ!!」


「ルーはもう少し位持てっつ――の」



 ユウの愚痴を皮切りに勢い良く我が家へ入って行ったルーの後に続いた。



「お父さん、お母さん!! ただいま――!!」



 軽快な声を上げてネイトさん達がいらっしゃるであろう正面の部屋へと駆けて行く。


 年相応、いや。


 少し子供っぽくて明るい所がルーの良い所だけどさ。


 もう少し、こう……。大人の物静かな雰囲気を持ってもいいんじゃないかな??



「お父さん、起きて待ってたよ!! ほら、入って入って!!」


「分かった。ふぅ……」



 一度会ったとは言え、やっぱりまだ緊張する。



「父上から提示された条件は解決。後は報告のみ。そう気を張るな」


「狼の一族を統べる大魔だよ?? そりゃあ緊張もするって」


「情けないわねぇ。男なんだから堂々としていればいいのよ」



 俺は君みたいに図々しく無いの。



「おい、そろそろ降りろ。謁見中に失礼だろ」



 ユウが少しドスの効いた低いを声を出すと。



「仕方が無いわねぇ。あらよっと!!」



 渋々といった感じで心地良さそうなユウの頭上から降りて人の姿に早変わり。



「よし!! 行こうか」



 それを見届け一つ呼吸を整え心を入れ替えると、ネイトさん達が待つ部屋へと進んだ。



「失礼します」



 垂れ幕の前で静かに頭を垂れ、なるべく失礼にならない所作で垂れ幕を潜ると。



「うむ……。黒の戦士の討伐、御苦労であった」



 昨日と変わらぬ、厳かな雰囲気を纏うネイトさんが俺達を迎えた。


 おぉう……。相も変わらず凄い圧だな。ファールさんは見当たらないから……。恐らく部屋で休んでいるのでしょう。



「有難う御座います。早速ですが討伐の件に関して報告させて頂きます」


「あぁ、頼む」


「オホンッ。本日、我々は…………」



 彼の前で跪き、一つ咳払いをすると討伐の詳細を丁寧に報告し始めた。



「―――。そこでルーさんとリューヴさんの拳が黒の戦士を捉え」

「ほぅ!!!!」



 ん……?? 何だろう……。


 娘達の話になると妙に明るくなるな。


 気の所為、か??



「こちらの蜘蛛族のアオイと、海竜族のカエデが魔法を詠唱、敵を牽制しつつ……」

「ふぅむ……」



 …………。


 やっぱり。明らかに態度が違うぞ。


 ルー達の話は椅子から身を乗り出して聞き入っているのに、俺達の攻撃方法は然程興味が湧かないのか、聞き流している。


 それならルー達の活躍はちょっとだけ脚色しようかな。


 どうせなら気分良く聞いて貰いたいし。




「激烈な拳の連打。息の合った連携攻撃。二人の武が合一して黒の戦士を圧倒し始めました」

「そうかそうか!!」



「しかし、黒の戦士も底力を見せ。黒き影の中から亡者と複数の武器を召喚。我々はそれに適宜対応……」

「ふぅ――……」




「漆黒の雷と純白の稲光を纏った二人は天高く飛翔。それはもう息を飲むほど美しい姿でした。あれこそ、武の極みを体現した姿と言っても過言ではありません」

「おぉ!! 真か!!」



「足先に雷と稲光を集約させ、天からの雷撃を黒の戦士に向けて放ち。強力無比な攻撃が強固な装甲を貫き、黒の戦士は二人の前に敗れ霧散しました。討伐の件に関しては以上になります」



 こんなもんでいいでしょう。



「はっはっはっ!! 流石我が娘達だ!! 嬉しく思うぞ!!」



 ほら、ホックホクの笑みを浮かべて満足気に頷いていますもの。



「もぅ――。お父さん大袈裟だって」

「あ、主。もう少し控え目に言ってくれても良かったのだぞ??」



 途端に二人の頬が朱に染まる。


 いや、話している途中でも赤くなってたな。



「レイドよ」


「はい」



 柔和な目から一転、厳しい瞳に早変わりする。



「良くぞ、条件を達成したな。貴様が求めていた三名の人間を解放してやろう」


「ありがとうございます!!」



 黒の戦士を死ぬ気で倒した労が報われ、溜飲が下がる思いですよっと。



「只、今日はもう遅い。解放は明日以降になるが構わないか??」


「えぇ。ネイトさんの御都合の良い時で構いません」


「うむ。皆の者、此度の件御苦労であった。今宵はゆるりと休んでくれ」



 はぁ。


 これで、漸く交換条件は満たした訳か。


 後は三人をどうするかだな。



「ルー、リューヴ。話したい事があるから残れ。他の者は下がって良いぞ」


「分かりました。行こうか」



 すっと立ち上がりマイ達を促す。



「主、私達の部屋で待っていてくれ。明日からの予定を決めてから解散しよう」


「ん。分かった。では、失礼致します」



 背筋を正し、ネイトさんに対してしっかりと頭を下げてから部屋を退出した。



「ふぅ……。緊張したな」



 部屋を出ると一気に肩の力が抜ける。


 リューヴ達と話す姿は気の良いお父さんって感じなのですが。余所者である俺達と話すときは一分の隙も見当たらない戦士の顔ですものねぇ。



「ちょっと」



 マイが不機嫌そうに片眉をクイっと上げて俺を睨む。



「何??」


「私達の話は普通に話して、どうしてリューヴ達の話はあんなに格好良く話したのよ??」


「いやいや。気付いたでしょ?? ネイトさんの反応。俺達の話は話半分に聞いていて、リューヴ達の話になると身を乗り出していただろ」



「む……。まぁ、そうだけど」


 唇をむぅっと尖らせ不満を現す。


「お子様じゃ無いのですから。それ位の事、察する事も出来ないのですか??」


「…………」



 辛辣な言葉を放つアオイをキッと睨む。


 お願いしますから、他人様の家で暴れるなよ??



「ま、これで任務の大半は終了した訳だ。お邪魔しま――す」



 一応声を掛けてリューヴ達の部屋にお邪魔させて頂いた。


 部屋の蝋燭は既に灯されており、淡い橙の光が疲れた心のしこりを溶かしてくれるようだ。



「よいしょっと……。んで?? 囚われの三名をどうするつもりなんだ??」



 ユウが絨毯の上にコロンと寝転がり、楽な姿勢を取って話す。



「それなんだけどさ。皆に相談したいんだ」


「あんたにしては殊勝な心掛けね。ほら、聞いてやるから話してみなさい」



 えっと……。毎度毎度思うのですが君は一体何様です??



「先ず、幾つかの問題を上げていくからその解決策を思いついたら話して欲しい」



 皆の顔をぐるりと見渡して話す。



「一つ目だけど……」



 息を吸い込み、本題を話そうと口を開けると……。



「お待たせ――!!!!」

「すまん、遅れた」



 ルーとリューヴが部屋に入って来たので開いた口を閉ざす。



「何々?? 何か話してたの??」


「囚われている三名の問題点について、皆で話し合おうとしていた所ですよ」



 カエデが俺の気持ちを代弁してくれた。



「あぁ。そういう事。よいしょ!! レイド――。話していいよ――」



 狼の姿に変わると、心地良さそうに丸まってしまう。



 もう少し、真摯に聞く姿勢を取ってくれないかな。


 まぁ自分の部屋だから落ち着くのも分かるけども……。




「問題点の一つ目。囚われた三名はここの存在、並びに聖域の場所の存在を知ってしまった。どこの所属か分から無いけど恐らく、イル教が絡んでくる事は間違い無い筈。 二つ目、知られてしまった以上、聖域の中にあるナニかを求めて次々と人員が送られてくる恐れがある。それをどうするか。 三つ目、三名から聴取するのは俺の役目だけど……。話の仲介役を担うと、魔物達と会話を可能にしている事が暴かれてしまう。こんな所かな??」




 頭に浮かぶ問題を、そのまま言葉にして放った。



「う――ん。こりゃ厄介だなぁ……。三人の問題だけじゃなくて、レイドの問題もあるのか」



 可愛い眉を顰めながらユウが話す。



「面倒臭いわねぇ……。いっその事、熊にでも食わせたら?? それなら一石二鳥じゃない」


「マイ。どこが一石二鳥何だ??」



 見当違いな考えに辿り着くのは丸分かりですけども。一応、聞いてみる事にした。



「熊はお腹が一杯になるし。此処の存在とあんたの珍妙な能力もバレる事は無いでしょ??」



「サラッと恐ろしい事話すなよ。三名の命は優先したい。それと、これまた面倒な事に極力向こうに手を出すなという指示を受けている。恐らく、情報の漏洩を防ぐ為だと思うけどさ」


「そう言えば、そうだったわねぇ」



 おいおい。


 任務の事、忘れてくれるなよ??



「カエデ、何か妙案はないか??」



 隣で深く考え込んでいるカエデに聞いてみた。



「…………。一応、解決策はあるとは思います」


「一応?? どういう事だ??」



 腕を組んで難しい表情を浮かべるリューヴが話す。



「確証は得られませんが。以前、先生が王都を歩いていると。人間の男の人にしつこく絡まれて。そのお返しとしてその人の記憶を有耶無耶にした事があると仰っていました。その魔法を使用すれば三名の記憶も有耶無耶に出来るかと。只、冗談半分の様子でしたし。何よりあのふざけた性格です。真面に信じて良いのかどうか分かりませんので、一応と加えました」



 カエデが一通り話終えるとふぅっと大きく息を付く。



 しかし……。酷い言われようだな。


 だが、確実に的を射ている発言だとは言わないでおこう。後で淫魔の女王様から恐ろしいお仕置きが向かって来るかも知れませんのでね。



「明日、イスハさんの所へお邪魔して伺ってみます」


「おいおい。ここからギト山まで歩いて行くのか??」


「ユウ、お忘れですか?? 空間転移で向かうのですよ」


「あ、そっか。あはは、悪い悪い」


「往復分の魔力は足りまして?? それに、イスハさんの所にエルザードさんが居られるとは限りませんわよ??」



 それはごもっとも。



「一人なら余裕」



 流石です、分隊長殿。



「あそこはマナの濃度が濃いです。レイドの怪我を治療する際、先生の魔力はほぼ底を尽いていました」


「申し訳無い……」



「レイドは謝る必要はありません。だらしない性格ですからイスハさんの所で勝手気ままに休んで魔力を補充している事でしょう」



 師匠の所で勝手気ままに、か。


 どうせ喧嘩三昧だとは思うけどね。


 あ、いや。師匠とエルザードは犬猿の仲だから互いに接触を図らないだろう。


 それに乗じて淫魔の女王様は図々しく我が物顔でゴロゴロして。気が向いたら温泉に浸かって、モアさんとメアさんに酒と料理を強請り……。



 あぁ、想像するだけで師匠の憤りが手に取る様に分かってしまう。


 師匠の険しい顔が脳裏に浮かび、何だかいたたまれない気持ちになってしまった。




「問題解決はエルザードを見つけてそれから、か。拙い線に賭ける事になりそうだな」



 ふぅっと息を漏らして天を仰ぎ話した。



「エルザードが記憶を有耶無耶にする前に、俺が囚われた振りをするよ。んで、相手から情報を引き出す。どこから派遣されて、どんな情報を持っているのか、そして此処に来た動機。それを聞き出した後でも遅く無いだろう」



「それは妙案です。レイドは、三名を救出しにやって来たが囚われの身になり収監。上手く相手を信用させて情報を聞き出して下さい」



「役者じゃないけど……。まぁそれなりに上手くやってみるよ」



 騙すみたいで申し訳無いけど、背に腹は代えられない。


 どこまで知っているか、何を知っているか。


 出来る限り多くの情報を入手しましょうかね。



「私がレイドを連れて行くよ!!」


 ルーが軽快に声を上げた。


「顔を覚えられる可能性があります。私達以外の者が望ましいです」


「そうだな。里の者に頼んでみる」


「リューヴ、悪いね」


「里の死活問題になりかねん。出し惜しみは無しだ」



 そうなる可能性を大いに含んでいるので慎重に事を運びたいのが本音だ。



 果たしてエルザードが此方にとって都合の良い魔法を取得しているかどうか。


 それでこれからの行動が変わって来る。


 エルザードが魔法を使用出来ず。此処の存在、並びに俺の能力が露呈してしまったら軍を除隊しよう。


 レフ准尉やトア達同期には悪いけど彼女達を放ってはおけない。



「どした?? 三日間便秘で悩んでる鶏みたいな顔して」



 真っ赤な鶏冠が更に真っ赤に染まって便意に悩んで右往左往する鶏さん、ね。


 そんな切羽詰まった顔していたのかな??



 マイがキョトンとした顔で俺の顔を覗き込み話す。



「考え事さ。よし、これで相談はお終い。皆、ゆっくり休んでくれ」



 ポンっと膝を叩いて立ち上がった。



「え――。レイド、行っちゃうの――??」


 部屋から立ち去ろうとすると、ルーの名残惜しい声が響く。


「当たり前だろ。昨日も言ったけど、他人様の家、しかも女性のみの部屋で大の字で寝られる程俺の心臓は大きく無いの」


「私は気にしないのに……」



 俺は大いに気にするの。



「カエデ、明日は何時頃向こうに出発する??」



「そう、ですね。朝一番ですと先生の機嫌が悪いと思いますので。少しだけ遅い朝に出発します」



 あぁ……。成程。


 臍を曲げてお願いを聞いてくれなくなる恐れもあるって訳ね。可愛い生徒のお願いなんだから師である彼女は真摯に話しを聞く必要があるんだけど……。


 道理が通じないのが淫魔の女王様。


 生徒であるカエデは愛想笑いを浮かべてモミモミと揉み手を捏ねて彼女の御機嫌伺いをしながら……。は絶対しなさそうだなぁ。


 頑とした態度と冷酷な瞳を浮かべてだらしない態度で横たわる淫魔の女王様の行動を咎め、耳が痛くなる大説教を放つのだろう。


 うちの師弟関係とは真逆の関係が容易に想像出来ますよっと。



「了解。じゃあ行動はそれ以降にしようか。リューヴ、悪いけど朝起きたら俺を捕縛する役目の人を捕まえてくれ」


「了承した」


「ありがとうね。俺は天幕で休んでいるから何かあったら起こしに来て。翌朝、起床後に里の中央広場に集合って事で。それじゃ、おやすみ――」



「おやすみなさいませ、レイド様」


「おやすみ――。ユウ、今日はあっちで寝てよ??」


「おいおい。人を邪魔者扱いするなって」


「ユウちゃんこっち来ちゃ駄目だよ?? おっぱいに挟まれて死にたくない」


「ひっでぇなぁ……」



 いつものやり取りを背に受け、軽く手を上げてから部屋を後にした。



 はぁ……。


 提示された条件は克服したけど、まだまだやる事が山積みだな。正に弱り目に祟り目だよ……。



 役者でも無い俺が果たして三名から上手く聞き出せるか??


 寝る前に予行練習でも……。



「ふわぁ――……」



 いや、今日は此処まで!! 眠過ぎて頭が回らない。


 それに、怪我も痛むし。


 ゆっくり休んで明日に備えよう。それが最善策だ。




『ひぃっ!? ユ、ユウ!! 目の前で着替えんなや!! びっくりして着替え落としちゃったじゃん!!』


『そ、そうだよ!! ユウちゃんのおっぱい怖過ぎるもんっ!!』


『さっきから大人しく黙って聞いていたら……。人様の胸を一体何だと思ってんだ?? あぁんっ!?!?』



『ぬ、抜身の刀を仕舞えやごらぁあああ!!』


『テメェは此処でくたばってろ!!』


『し、しまっ!! だ、誰かダズゲ……っ!?』



 はい、お疲れ様でした。そして翌朝まで魔境でぐっすり熟睡して下さいね。



『ン゛――――ッ!!!!』


『あはは!! ユウちゃん、おっぱい細かく震えているね!!』


『あっ?? お前さんも此処に来るんだぞ?? まだ入る余裕あるんだから』


『へっ!?!?』



 族長の家から漏れる快活な声が里の美しい静寂を乱す。


 皆様、夜分遅くに喧しくて申し訳ありません。


 誰とも無しに心の中で詫びると。シンっと静まり帰り、夜虫も鳴く事を憚れる静謐な闇夜の中を進んで行った。




お疲れ様でした。


いいね、そしてブックマークをして頂き本当に有難う御座います!!


本日はかなり凹む事がありまして……。


しかし、皆様の温かい御声援によって沈んだ心が浮上して執筆活動の励みとなりました!!


これからも引き続き温かい目で見守って頂ければ幸いです。



さて、雷狼の里編も終盤へと差し掛かりました。現在、次の御使いのプロット作成に取り掛かっているのですが……。大まかな題名を付けるとしたら信仰と不敬、でしょうか。


次の御話の前にこの御使いを終わらせるのが最優先ですので、そこは履き違えない様に気を付けますね。



それでは皆様、お休みなさいませ。

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