第二十話 雷狼の戦士達 その一
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それでは御覧下さい。
樹齢幾許か計り知れない樹木の麓で休む女性の下へ、幼き狼が美しい森の木々を抜けてやって来る。
『おかあさ――ん!! ほら!! 蝉の抜け殻見付けたよ!!』
幼き狼が矮小な顎を器用に動かして樹木に背を預けて休む彼女へと手渡す。
『あらあら。可愛い蝉さんね』
彼女は慈愛に満ちた表情でそれを受け取ると、幼き狼の頭を優しく撫でた。
『えへへ!! 色んな蝉さんの抜け殻が沢山木にくっ付いているんだよ?? ほぉ――んと沢山あるんだからっ』
『この森には沢山の生き物達が住んで、沢山の木々と美しい大地があるから蝉さんも過ごし易いのよ』
『へぇ――。そうなんだ。今度はリューも一緒に行こうよ!!』
幼き狼が彼女の傍らで静かに伏せているもう一頭の子狼へと駆け寄り、遊びへと誘うが。
『――――。今から父との稽古時間だ。遊んでいる暇は無い』
灰色の子狼は静かに立ち上がると父親が待ち構えている森の方角へと静かに歩んで行ってしまった。
『も――。お父さんと喧嘩ばかりしてても楽しくないよ!? 森の中で動いていた方が絶対楽しいんだから!!』
『ルー、リューヴはね?? この森を守る為に強くなろうとしているの』
母親が幼き狼の頭を静かに撫でてそう話す。
『守るぅ??』
『リューヴも本当は貴女と遊びたいのだけど、皆の事を想って我慢しているのよ??』
『我慢ばっかりしていたらつまんないよ!!』
『うふふっ、そうね。里の皆は此処で生まれ、育ち、そしていつかは土に還る。この森にはお母さん達の先祖達が静かに眠っているの。だからお父さんを始め、里の皆は森を守る為に強くなろうとしているのよ』
『う――ん……。良く分からないけど、リューは皆を守ろうとする為に強くなろうとしているんだね!!』
『うんっ、正解っ』
母親が幼き狼の愛苦しさを覚えさせる小さな鼻頭を指で突く。
『あいたっ。も――、お母さん痛いよぉ――』
『さ、ルーはこの森の素晴らしさを体で感じて来なさい。それが今貴女に出来る事だから』
『分かった!! じゃあ今度はもっと大きな蝉の抜け殻を見つけて来るね――!!』
幼き狼が森の奥へ駆けて行くと母親は嬉しい溜め息を吐き。静かに目を閉じた。
木々の間から射す陽光。
体の熱を冷ましてくれる微風。
素晴らしき森の環境が彼女の眠気を瞬く間に誘うのは理の当然であった。
――――。
こんな時に幼い頃の思い出が過るとはな……。
私もまだまだ未熟である証拠だ。
だが……。記憶の中に刻まれている情景が過ると言う事は。それだけ頭が何かを強烈に思い出させようとしているのだろう。
それは恐らく……。
この森を守る為に戦えという事だ。
先祖代々から受け継がれしこの森を、貴様の様な邪悪な者にこれ以上穢させはせぬ!!!!
雷狼の恐ろしさ、その身を以て味わうが良い!!!!
「主!! 行くぞ!!」
「あぁ!! 俺達の力を見せてやろう!!」
主の声が私の心に火を灯す。
烈火の如く燃え上がった炎は例え身の竦む恐怖と相対したとしても、決して消えはせぬっ!!
『ゴァァアアアア!!!!』
黒の戦士の両腕が膨れ上がると、私と主の突貫に備えて左右の手に鋭い漆黒の剣が装備される。
『『『ゥゥオ゛オ゛――……』』』
「ギィィヤァァアア!! ユ、ユウ!! おっぱいの中に隠れさせろ!!」
「ふっざけんな!! 文句言っている間に一体でも多く倒せよ!!」
黒の戦士のおぞましい雄叫びに呼応するかの様に影の亡者達の数が増え、宙に浮かぶ武器の数も増加。
私と主の間にもそれは立ち塞がった。
こんなもの……。
勇気の風を身に纏った我々には無意味だぞ!!
「主!!」
「おぉう!!!! ずぁぁああ!!」
主が目の前の二体の亡者を屠り。
「ふんっ!! せぁっ!!」
主の体を穿とうする漆黒の剣と槍を私の拳で霧散させ。
「リューヴ!!」
私の刹那の隙を補う為、主が前に出て障害を蹴散らす。
端的な言葉を放つだけ……。いいや。
目線一つで相手の行動が手に取る様に理解出来てしまう。それ程に今の私と主は深く繋がっていた。
右足に感じる痛烈な感触が心を潤し、彼の放った衝撃音が更に心を滾らせてくれる。
そして、我々は二つから一つの鋼の勇気となって悪しき塊の下へと到達した。
『グォォッ!!!!』
前に出た主の体を両断しようと右の剣が降り降ろされ、空気を切り裂く甲高い音が私の癪に障った。
そんな情けない攻撃で……。我々の魂を狩り取る事が出来ると思ったか!?!?
愚弄するなよ!?
我々は誇り高き戦士なのだ!!
「ふぅっ!!」
主が素早く屈んで斬撃を回避。
「だぁっ!!!!」
『グッ!!』
私は彼の背を飛び越え黒の戦士の顎先を蹴り上げ。
「ぜぁぁっ!!!!」
顎が跳ね上がり、がら空きの胴体へ主の魂が籠った右の一撃が突き刺さる。
「リューヴ!! 手を止めるな!!」
「了承だ!!」
「「はぁぁああああ!!!!」」
『ウグググ……!!』
四つの拳の連打が黒き装甲を剥し。
「ふんっ!!!!」
「はぁっ!!」
『ウガァッ!!』
二足の剛脚が怨嗟を消し飛ばす。
二つの体と心、されどそれは一つの武の結晶体となって美しく光輝き黒を払拭し始めた。
『ガァァアア!!』
近接戦闘を嫌がる黒の戦士の剣が主へと襲い掛かるが。
「ふっ!!」
彼は斬撃の軌道を完璧に読み切り、左手で剣の腹を押して軌道を逸らす。
「フンッ!!!!」
流れた体の脇腹へ私が雷撃を打ち込むと。
『オグッ!?』
「勝機!!」
「見えたぞ!!」
「「でやぁぁああああ!!!!」」
更なる隙が生まれた体へ一切の継ぎ目が見当たらない剛拳と剛脚の連撃が開始された。
あぁ……。何んと心地良き武の応酬だろうか。
私の隙間を主が埋め、主の隙間を私が埋める。
我が半身以外の者とこれ程までに息の合った攻撃はした事が無かった。
息の合った……。では無いな。そう、魂までもが重なり合った協奏だ。
主……。美しい森を取り戻す為、私とどこまでも武の音色を奏でようでは無いか。
「はぁぁっ!! せぁぁああ!!」
主の右腕に熱き魂が籠り、踏鞴を踏み始めた黒の戦士へ打ち込もうと振りかぶった刹那。
『ガァァアアア!! アァァアアアア!!!!』
「「っ!?」」
近接戦闘を嫌った黒の戦士が体を覆い尽くす結界を展開。
我々はその余波を受けて、間合いの外へと弾き飛ばされてしまった。
ちぃ……。後一歩だったというのに。
「リューヴ!! 大丈夫か!?」
軽やかに受け身を取り、もう既に戦闘態勢を整えている主が私を見つめて叫ぶ。
「あぁ、問題無い。引き続き戦闘を継続させよう」
「了解した!! 皆!! 此処が正念場だぞ!! 気合入れろよ!?」
ふふ、嬉しい檄を飛ばしてくれるな。
「うるせぇ!! だ、だったら!! ウギャァァアア!! こ、このお化け擬きを何んとかしろい!!」
『ゥゥウ゛ウ゛……』
マイが己の足に絡みつこうとする亡者を黄金の槍で撃退しつつ涙目で叫ぶ。
「それは自分で何んとかしろ!! お前さんにまで構っている余裕は無いんだよ!!」
「あにぃ!? ンニャ――――ッ!?!?」
『『オ゛オ゛――……』』
影の中へと引きずり込もうとする亡者に足を掴まれたマイが絶叫を放ち。
「おらぁ!! 三回くらい死んどけ!! も、もう限界っ!! ユウ!! 隠れさせて――!!!!」
槍の穂先で亡者を切り払うと。
「あ、阿保か!! こんな時に服を捲るんじゃねぇ!!!!」
「な、何があっても!! 私はぜぇぇったい!! 此処から動かんぞ!!」
ユウの背中側の服へと潜り込み彼女の体にヒシと抱き着いてしまった。
普段と然程変わりない光景に思わず笑みが零れてしまう。
ふっ……。私も感化されてしまったな。まだまだ修行不足だ。
彼女達の笑み、そして森を守る為。私は此処で全てを出し尽くす!!
丹田に力を籠め、激しく魔力を高めながらそう誓った。
お疲れ様でした。
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