第十八話 森を救う戦い
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
長文となっていますので予めご了承下さい。
それでは、どうぞ。
継続的な運動によって力を摩耗した筋力達が早急に休息が必要であると体と頭に助言を送る。その助言を無視し続ければいつか体は動かなくなり、蓄積された疲労によって生物は倒れてしまう。
体内で五月蠅く叫ぶ筋力さん達の助言に従って休みたいのは山々なのですが、生憎現在は作戦行動中なのでね。休憩はもう少し我慢して下さい。
運動によって温められた体温を逃す為に自然と呼吸の回数が増え、額からそして体全体から汗が滲み出る。
かなりの時間、こうした状態が続ているのだが……。それでも目的地には到着していない。
相も変わらず分隊を取り囲む深い緑にいい加減飽きて来た。
もう少し涼しくて、厚い草や鋭い先端の枝が体に触れなければ大自然を満喫出来るんだけどねぇ。
此処の緑の深さを考慮すればルー達の里は随分と快適だったな。元々、そういう場所を探して建てたのかも知れない。
大地に深く根を張る木々を倒し、咽返る緑を排除して……。
想像するだけで容易に彼等の苦労が理解出来てしまった。
「皆、今から大分楽になると思うけど……。そろそろ注意してね??」
「注意?? ルー。どういう事だ??」
今も四つの足を器用に動かして緑を回避しつつ進む先導役の陽気な狼に話しかけた。
「もう直ぐ到着するんだよ。怨嗟の森にね」
「あぁ。皆、此処から先は細心の注意を払い進んでくれ……」
狼二頭の声に緊張が含まれる。それと比例する様に此方の緊張感も高まって来た。
いよいよ……、か。
頬を伝う汗を拭い。素早く前へと移動する狼の背を追って歩き続け、リューヴが緑の間を抜けて此方へ振り返ると。
「此処が……。怨嗟の森だ」
今まで緑に覆われていた視界が途端に開き、目の前に随分と痩せ細った木々と大地が現れた。
木々の幹から伸びる枝は細く、葉も萎れ、空からは陽射しが直に降り注ぎ。太陽に照らされた大地は心無しか弱々しく感じてしまう。
咽返る緑の香の代わりに乾燥した土埃の香が漂い、蒸し暑さは鳴りを潜めて初冬に相応しい冷涼な空気が俺達の間を抜けていく。
怨嗟の森を見てパッと思いついた感想は。
『寂しい場所』 この言葉に集約されるだろう。
「うん?? 何で此処の木々は元気が無いんだ??」
森を抜けて来たユウが俺と同じく周囲の様子を窺いながら話す。
「黒の戦士が現れる時、森に災いが訪れる。この森の現状は奴が現れている証拠だ。放っておけばこの現状が森全体に広がり手が付けられなくなる」
「つまり……。森が死滅してしまうのか??」
悲し気な表情を浮かべて森の痛々しい姿を見つめているリューヴへ問うた。
「その通りだ。それを未然に防ぐ為、里の戦士。つまり父が奴と対峙して森を元の緑溢れる姿に戻すのだ」
「お、おいおい。じゃあ奴さんは自然環境を変えてしまう程の力を有しているって事なの??」
マイが片眉をクイっと上げて話す。
「あぁ、そうだ。我々が黒の戦士を倒さなければ森が死ぬ」
「へぇ……。こりゃあ期待出来そうね」
強敵が待ち構えていると確信したのか。
ニィっと口角を上げて怨嗟の森の遥か前方を眺めた。
お前さんは楽しそうかも知れないけど、こちらは今から胃が痛くなる思いですよ。
自然環境を変えてしまう程の力を持つ強敵だぞ??
そんなべらぼうな相手に喜んで向かって行ける程、俺の肝と実力は大きく無いのです。
だが、此処で尻窄んでは問題解決に至らないのも事実。
腹を括りましょうか……。
「…………。カエデ、気付きました??」
「えぇ。ちょっと嫌な感じですね」
「二人共、どうした??」
深い緑と痩せ細った大地の境界線に二人が立ち、周囲を探る様に見渡している。
「何んと言いますか……。地面から妙な物を感じますわ」
「地面??」
アオイの言葉を受けて足元の大地へ視線を動かす。
枯れた落ち葉、汚れた泥、乾いた砂、奇妙な形をした石粒。
水気を含んだ湿潤な大地では無く、痩せ細った寂しい森の大地なのは理解出来るが。それ以外に特別嫌な感じは見受けられないけど??
「レイド。以前、私が水脈を利用して詠唱した魔法を覚えていますよね??」
「勿論。アレクシアさんを倒した魔法だろ??」
あれだけ壮絶な光景を忘れる筈が無い。
「地中深くに眠る水脈を呼び起こした訳ですが……。今回はその魔法は詠唱できません」
「どうして??」
「何かが……。地面の中を走って……」
「えぇ。覆い被さる……。違いますわね。何処かに繋がっている??」
「ちょっと。その何かを知りたいんだけど??」
怪訝な表情を浮かべる二人にマイが堪らず割って入った。
「それが分かれば苦労しません」
「五月蠅い口を閉じて頂けませんか?? 喧しくて集中出来ませんので」
「ちぃっ。鬱陶しい蜘蛛め……」
魔力に長けた二人の足を止めた何か……。
余り想像したくないなぁ。絶対良い物じゃないし。
「ふむ……。力の流れが一箇所に集まっていますね」
カエデが地面にすっとしゃがみ込み、乾いた大地に手を触れて話す。
「詳しく聞かせてくれるか??」
「恐らく、黒の戦士は森の力を吸収しています。大地に木の根を張る様に地中深く、至る所にそれを伸ばして枝分かれさせ……。それは広範囲に及んでいます」
それで森が、そして大地が痩せ細っているのか。
「おいおい、それじゃあ早く退治しないと。放っておいたらもっと強くなっちまうんだろ??」
ユウが目を見開いて話す。
「当然そのつもりだ。主、これは人間を解放するだけでは無く。私達、森で生きる者を守る戦いになるぞ??」
真剣そのものの翡翠の目が俺を捉えた。
「人間だけじゃなくて、リューヴ達の家族を守る為だろ?? 寧ろそっちの方がやる気が出るってもんさ」
この森をそしてリューヴやルーの家族を守ってやりたい。
捕らえられた人間には悪いけど、貴方達は結果的に助ける形になりそうだな。
ま、助ける理由に繋がる訳だし。この際どっちでもいいでしょう。
「ふっ。嬉しい事を言ってくれる……」
「皆さん、力の流れが分かりました」
カエデがすっと立ち上がり、ある方向を見つめて話す。
「本当か??」
「力の流れは南南東へ向かっています」
静かに腕を上げて力の向かう方向を示した。
「そっちか……。了承した。引き続き私が先導する。極力音を立てずに続いてくれ」
「分かった。皆聞いたよな?? このまま移動を開始するぞ」
「「「……」」」
各々が無言で頷き、了承の意味を示した。
リューヴが歩み始めると同時に俺達も彼女に続く。
ふぅ……。緊張するな。
手にじわりと汗が滲み、喉が渇きを覚える。
自然の力を吸い蓄え、己が力とする黒の戦士。
こうして力の片鱗を目の当たりにすると苦戦を強いられる事は容易に想像出来てしまう。
いくら大魔の血を引く彼女達とはいえ、果たして勝てるのだろうか……。
いやいや!!
戦う前から弱気になっちゃ駄目だろ。
何の為に今まで鍛えてきたんだ。弱気を見せたら師匠に馬鹿にされちまうよ。
兎に角、全力だ。
全力で黒の戦士の力に抗ってやる。
静かな決意を胸に抱きリューヴの背を追い続けた。
「ねぇ?? 何か暑くない??」
「は?? 普通、いや寧ろ少し肌寒い位だぞ」
リューヴの先導が続く中、俺の隣で歩く朱の髪の女性は今も暑そうに新鮮な空気を胸元に送り続けている。
「おかしいわねぇ。何でこんなに暑いのかしら??」
「水、飲む??」
鞄から竹筒を取り出し、渡す素振を見せるが。
「ん――。大丈夫。喉は乾いていないからさ」
やんわりと断ってしまった。
他の面々を見渡すが皆一様に緊張した面持ちで行軍を続けている。その表情は強張っているものの、暑さに辟易している様子は見受けられない。
つまり、こいつだけが暑さに参っているようだ。
今も頬をほんのり朱に染め、指でシャツを摘みパタパタと動かして緊張感の欠片も見当たらない姿を露呈していた。
「森の中で変な物でも食ったの??」
凡そ考えられる答えはこれでしょうね。
「はぁ?? 昼ご飯以降、何にも食べて無いのよ。悲しい事に」
お嬢さん?? それが普通なのですよ??
「じゃあ何でマイだけ体温が上昇している……。あっ」
そう言えば、コイツ。
一人だけ強壮の実を沢山食べていたな……。
「ルー、強壮の実を食べ過ぎた人ってどうなるか分かる??」
いつもより少しだけ緊張感が増した灰色の狼の背へと問う。
「体がポカポカしてあちちってなるよ!! それと、むやみやたらに食べちゃうと興奮状態におち、おち――……」
「陥る」
「そう!! それ!! 陥るから食べ過ぎは駄目なんだってさ」
「ほぉん。なら私はあの素晴らしい色の実を食べ過ぎたから体温が上昇してる訳か。ふぁ――!! あっつ!!」
更に振れ幅を大きくして真っ平ら……。
基。
火照った体を冷まそうと涼しい風を送り込んでいた。
…………。
ってか、隣でそうやって服を動かすの止めてくれないかな??
気が散ってしょうがない。
しかも、うん。
こいつは俺の肩より下に頭がある。つまり、容易に胸元が覗けてしまう訳だ。
見たくて見たい訳じゃないけど、どうしても様子が気になり視界の隅に捉えてしまうのですよ。
「レイドぉ。なぁにぃ見てるのかなぁ??」
「は?? 別に……。何も見ていないよ」
俺の忙しない様子を察したのか、ユウが背後から近付き揶揄って来る。
止めなさいよ。
戦の前ですよ??
「おいおい、私の崇高なる姿を勝手に見下ろしてんのか??」
「いや、だから見ていないって……」
ピタリと手を止め、怪訝な表情を浮かべると此方から数歩分の距離を取る。
うん、それ位が丁度良い塩梅だ。
「そりゃあ気になるよなぁ?? 隣で胸元開いてたらさぁ??」
「なっ!? ユウ!! 私が見せつけてるみたいな言い方止めてよ!!」
「え――?? 違うのぉ?? ほら、ついでにあたしのも見てくか??」
さぁどうぞと言わんばかりにシャツの胸元に指をクイっと食い込ませ、徐々に開いて行く。
緑の下着の一端がこんにちはと挨拶しようとしたので。
「結構です!!」
慌てて視線を逸らした。
「何だよ――。マイのは見て、あたしのは見ないのかよ――」
冗談きついって。ユウのそれは、その……。
マイには申し訳無いけど破壊力が桁違いだ。
視界に入れたら最後、視界がそれしか捉えられなくなってしまう。
何んと言うか……。ユウ以外の物を見ても然程驚かなくなってしまう。そう言っても過言では無い。
「ちょっと。その物騒な物はしまいなさい」
「ユウ、私のレイド様を篭絡しよう等……。烏滸がましいですわよ??」
「引きちぎりましょうか??」
「あたしの胸は武器か何かか!? 寄ってたかって!!」
まぁ……。皆の言う事は概ね正しいだろう。
使い方によっては人を呪う悪魔にもなるし、人を魅了する天使にもなる。
表裏一体のとんでもない代物だな。
何度命の危機を感じた事か……。
そうやって考えると、やはり悪魔なのか??
日常会話よりも数段声量を抑えて慎ましい会話を継続させていると。
「…………。居たぞ」
リューヴがピタリと四つの足を止めた。
灰色の全身の毛が微かに逆立ち、ピンと立てた耳を前方に向ける様が俺達に並々ならぬ緊張感を知らせた。
「どこだ??」
リューヴの隣へ静かに移動して屈み、鋭い翡翠の瞳と視線を合わせる。
「前方、約百メートル。ほら、あそこだ……」
「……………………。本当だ」
目を細めて視覚を集中させると、枯れた木々の先。ほんの小さな黒い塊が鎮座している姿を捉えた。
地面から淡い緑の光が黒い塊の中に流れて黒の戦士の全身に行き渡り、心臓の拍動の様に等間隔で僅かな光を発している。
あれが、黒の戦士か。
緑の光は恐らく地脈、森の生気であろう。
それを吸い続ける姿は不気味であり、そして此方に更なる緊張感を与えた。
「カエデ、作戦を練ろう。リューヴはそこで監視を続けてくれ」
「分かりました」
「了承だ」
一旦リューヴから離れ、皆の下へと戻ると。
「よし、対象は此処から約百メートル先。木々に囲まれた場所にいる」
地面に簡易地図を描き、皆へ分かり易い様に対象の位置を示してやる。
「少し開いた場所に居るので挟撃するのには格好の場所ですね。先手必勝、私達が先に攻撃を仕掛けます」
カエデがふんすっ!! っと若干興奮気味に鼻息を漏らして話す。
「留意すべきは……。相手の攻撃方法、速度並びに膂力。使用する魔法は全て未知数である事です。つまり、攻撃を仕掛けながら相手の戦力分析も同時進行させなければなりません」
「適当にぶん殴っていれば分かる事じゃん」
「マイ、これは私達だけの問題では無くて。リューヴ達、狼の皆さんの運命にも関わっている事をお忘れなく」
「へいへい。わ――ってますよっと」
カエデの鋭い視線と意見を受けたマイがお道化て言って見せる。
「相手の戦力を分析する為、攻撃を三段階に分けて仕掛けます。第一次攻撃はマイとユウに一任します」
「おう!! こういうのはあたしの仕事だ」
「任せなさいって。ユウ、合わせないさいよ??」
軽く拳をトンっと合わせ、息の合った姿を見せる。
「マイ達の攻撃に続きリューヴ、ルーの両名が第二次攻撃を開始」
「了承した」
「分かったよ!!」
リューヴは此方に背を向けたまま、ルーはカエデを見つめて話す。
「私とレイドが遠距離魔法と抗魔の弓で攻撃を加えます。これが第三次攻撃になりますが、アオイは第一波から第三波までの攻撃状況に合わせて攻撃を加えて下さい」
「分かりましたわ」
「了解した」
カエデの声を受けて背負っている抗魔の弓を手に装備した。
久々の実戦。流石に緊張するな……。
「念話はこれ以降一切禁じます。微弱な魔力を感知される恐れがありますので……。では、荷物を此処に置いて作戦を開始します」
「あいよ――。うっし!! 腕が鳴るぞぉ!!」
ユウが荷物を降ろし、これ見よがしに肩を回す。
緊張している感じは見受けられないね。
「ユウ、緊張していないのか??」
置いた荷物を固めながら話してやった。
「うん?? そりゃあ少し位はしているけど。ま、これだけの手練れがいるんだ。何んとかなるって」
「緊張感は持ったまま行動して下さい。相手がどういった行動を選択するのか分かりません」
その様子を見かねたカエデが厳しい視線を送ると共に訂正する。
怖いなぁ……その目。
「はいはい。分かってるって。マイ、あたしは奴さんの左側から攻めるぞ」
「ん――。じゃあ私は右ね。くれぐれも見つかるんじゃないわよ?? 奇襲がぱぁになっちゃうし」
「そこまでドジじゃないって。じゃあ、行って来るよ」
軽く手を上げると両名が散歩感覚で歩み出して行った。
あの肝の座った態度は見倣うべきだろうか?? それとも反面教師にすべき??
「ルー。こちらも移動開始するぞ」
「は――い。どうする?? マイちゃん達は左右から攻めるって言ってたけど??」
「決まっている、正面だ。二人の奇襲の後、真っ直ぐに向かってやる」
「わ、私は後ろから向かうからね!! リューが前を担当してよ!?」
「相手の攻撃の種類を皆に知らせる為、私が前を担当するのは当然だ」
「向かって行くのは仕方が無いけどぉ。何だか貧乏クジ引かされたみたいだよねぇ――……」
一頭はピンっと耳を立て勇猛果敢に、もう一頭はペタンと耳を垂れて前進して行く。
まぁ、気持ちは分からないでも無いけどさ。
もう少し元気出して行こうよ。
「レイド、私達も行きましょう」
「了解。位置はどうする??」
「そう……ですね。私は黒の戦士の正面やや右に移動します。レイドは私と対称の位置へ移動して下さい」
って事は、黒の戦士の右腕側の斜め後ろか。
「レイド様、お付き合い致しますわ」
「アオイと一緒でいいの??」
さり気なく体を寄せようとする横着な柔肉さんを優しく押し退け、カエデに意見を仰いだ。
「構いません。どちらかと言えば御二人は遠近万能の型ですので。適宜合わせて下さい」
分隊長殿のお許しも頂けましたし、それなら構わないか。
「分かった。アオイ、足音を消して進むぞ」
「はぁい。レイド様っ」
その気の抜けた声は止めなさいって。
カエデが息を殺し、相手の死角に入りながら移動を開始。
それに合わせて俺達も移動を始めた。
地面に横たわる枯れ木、大きめの砂利。音源の元となる天然の障害物を避けながら慎重な歩みで進む。
弓を持つ左手に汗が滲み、頬を伝う汗が地面に一滴静かに落下。
耳に届くのは己の拍動の音と少々荒い呼吸音、そして直ぐ後ろに続くアオイの微かな足音だ。
心臓の音が少し五月蠅い……。
自分でも思った以上に緊張しているな。
『レイド様。余り気負わないで下さいまし』
俺の様子を見越してか、心配そうな小鳥の囀りが耳に届く。
『分かってるよ』
振り返らずに小さく返事を返す。
『御安心下さい。レイド様の身は私が御守り致しますので』
『それはこっちの台詞だよ』
『ふふ。頼もしい御言葉を頂きアオイは嬉しいですわ』
細い指で俺の腰付近の服をきゅっと摘まむ。
『そりゃどうも。よし、ここで待機しよう……』
黒の戦士の右後方に移動を終えて待機。
この位置からだと木の幹が死角となり向こうからはこちらの姿は捉えられない筈。
後は、マイとユウの奇襲を待つだけか。
『アオイは緊張していないの??』
『多少はしていますわ。ですが……。こうしてレイド様の御隣にいると別の意味で気持ちが高ぶってしまいますの』
『そ、そうか』
潤んだ瞳で見つめるのは止めなさい。戦いの前ですよ??
だが、アオイが揶揄ってくれたお陰で緊張感の塊が少し砕けてくれた。
敗戦が許されない実戦に自分でも考えている以上に気負っていたのだろう。
木の幹の影から黒の戦士の姿を覗き状況を窺っていると。
張り詰めた空気が見えて来そうな緊張感の中。アオイが静かに開戦の言葉を漏らした。
『…………ふふ。始まりますわ』
「へ??」
アオイの瞳に緊張感が戻ると同時、森の中に地面を揺るがす程の轟音が炸裂した!!
「くらいやがれぇぇええええ――――!! 大地烈斬ッ!!!!」
『……!!』
ユウの放った岩の波が開幕の狼煙となる。
黒の戦士がユウの魔力、殺気を感知したのか。鋭い所作で立ち上がると襲い掛かる鋭利な岩の波を真正面で捉えた。
身の丈約二メートル強。
重厚な鋼の鎧の様な黒き影を纏い、四肢はミノタウロスの族長であるボーさんを彷彿させる程に太い。
しゃがんだ姿勢から直立の姿勢まで瞬き一つ。しかも一切の無駄な動作が含まれずに素早く移行。
今の所作である程度の速さを有している事は理解出来た。
さぁ、お前さんの戦力を俺達に示して見ろ。
「馬鹿乳娘の攻撃をどう防ぐか。観察させて頂きますわ」
「あぁ。魔法で防ぐのか、それとも躱すのか……」
これからの戦法を左右する向こうの初手だ。
見逃して堪るものか。
『…………』
お、おいおい。避けないのか??
迫り来る力の波に対して深く腰を落として太い左腕を前に翳す。すると……。
「嘘だろ!?」
左腕の影が膨張して巨躯な体を覆い尽くす程の大盾へと変化。
『っ!!!!』
巨大な盾を地面に突き立て、襲い来るユウの攻撃に対して防御態勢を整えた。
「げっ!!」
ユウの技、いや魔法か。
岩の波が黒き盾に着弾すると黒の戦士の体を微かに後方へと押し流すが、黒の戦士を弾き飛ばす事は叶わず。
岩の波の進撃の勢いが止まり、岩は静かに砂へと変化してしまった。
あの威力を、無傷で……。
「どうやら力には自信がありそうですわねぇ」
「だろうな」
多少は体の軸がぶれるかと思ったが……。
米粒程の軸も揺らぎやしない。
強力な足腰に腕力。
それは今の攻防で手に取るように窺い知れた。
「だぁぁああああ――!!!!」
お次はマイか!!
愚直に、真っ直ぐ。
マイらしい戦法で黒の戦士へと向かう。
「おらぁああっ!!!!」
黄金の槍の穂先を黒の戦士の喉元へ穿つが。
『……』
彼女の鋭い攻撃を、首を僅かにずらして躱し。今度は右手を前に構えた。
今の鋭い突きを避けるのか。
ある程度の速さの攻撃は簡単に見切られてしまうな……。
「んげっ!!」
右手の影が膨張すると、今度はマイが持つ槍の倍程の大きさを誇る槍が現れた。
『ッ!!』
上段に大きく振りかぶり、マイの頭蓋へと素早く振り下ろす。
「おせぇんだよ!! 当たるかぁ!!」
マイが余裕の態度で一閃を回避。目標物を見失った黒の戦士の上段からの一撃が地面を捉えると。
「おぉぉっ!?」
叩きつけた地面がひび割れ、衝撃の凄まじさで周囲の地面が微かに揺れ動く。
「はぁ。大した力です事」
「ユウと同じ位、か??」
「どうでしょう……。力ではユウの方が勝っているとは思いますわ」
だろうなぁ。
師匠の所で披露したあの馬鹿力と比べ、凹んだ地面の大きさに差異が見受けられる。
だが、それでもアイツの一撃を真面に食らえば絶命へと至る事を証明した訳だ。
「はあああぁぁっ!!」
「いっくよ――――!!」
マイへ追撃を始めようと黒の戦士が槍を中段に構えると、奴の隙を窺いリューヴとルーが戦場へと飛び出る。
人の姿だが狼の姿勢と変わらぬ低さを維持し、勇気を身に纏い疾風となり敵へ向かって行く。
「だっ!!」
「でぇい!!」
リューヴは右手に装備した漆黒の爪。
ルーは左手に装着した純白の爪を腹部に叩きつけた。
「「……」」
手応えあり。
そんな表情を浮かべているが……。
「…………いったぁああい!!」
「ふっ。頑丈な装甲だな」
両者共に黒の戦士から距離を取ると、痺れが残る手を二度三度振る。
二人の直撃を食らって無傷とは……。頑丈な奴め。
「レイド様。そろそろ私達も参りましょうか??」
「あぁ!! 俺が矢を穿つ。アオイは合わせてくれ」
「はいっ!!」
木の影から体を露出、そして対象を捉えて弓を構えた。
慎重に……。冷静に……。確実にアイツを射る!!
力を籠めて弦を引くと、赤みを帯びた矢が現れた。
先ずは半分程度の力で穿つぞ!!
「はっ!!」
確実に当てる事を意識して力を抑えて矢を放った。
「おらぁっ!! 食らえやぁぁああ!!」
「マイちゃん!! 合わせるよ!!」
『っ!!!!』
マイ、ルーの鋭い攻撃が黒の戦士を捉え、奴は矢の存在には気付いていない。
いいぞ。そのまま気付かないでくれ!!
放たれた矢は美しい直線を描き、黒の戦士へと確実に距離を縮めている。
よし、当たるぞ!!
そう思った刹那……。
『…………っ!!!!』
奴が矢の存在に気付き、右手を前に掲げた。
「う、嘘だろ!?」
薄い赤色を帯びた結界が右手に現れ、矢は結界に突き刺さり着弾は許されなかった。
あの反応速度。そして、結界。
こりゃもっと近づかなきゃな。骨が折れそうだ……。
「魂をも焦がす灼熱の熱波、その身を以て味わいなさい!! 炎遁火炎輪!!」
アオイが召喚した巨大な火炎の輪が周囲の空気を無慈悲に焦がしながら黒の戦士へと向かい。
「水よ……。敵を無慈悲に穿ち、撃ち滅ぼせ。重水槍!!」
カエデの放った巨大な水の槍が空を切り直進する。
おぉ!! アオイが放った魔法は初めて見る魔法だな!!
炎の熱量、移動速度、輪の直径。
そのどれもが魔法に長けた者でさえも思わず溜息を漏らして眺めてしまう程に美しく。そして火炎の輪に捉われた者は歯向かう気も失せて着弾までの刹那に己が歩んで来た人生を思い返す事であろう。
威力、華麗さ共に問題無し。なのですが……。
只、一つだけ問題がありまして。
「わっわっわっわぁ――――っ!!!!」
そう、戦闘中の彼女達の間を割って向かう事なのですよね。
ルーはワタワタと慌てふためきながら死ぬ気で回避。
「あっぶっ……!!」
それに対してマイは余裕を持って炎の輪を回避した。
「おらぁぁああ!! そこの陰湿蜘蛛!! 良く見て詠唱しろやぁ!! ケツに火が点くとこだったじゃねぇか!!!!」
「五月蠅い虫ですわねぇ。飛んで火にいる夏の虫じゃありませんけど、当たってしまえば宜しかったのですわよ」
それは、どうかと思うけど……。ってか、二人共良く避けたね。
「あちゃちゃちゃ!!!! ユウちゃん!! 火、火がぁ!!」
「わ――ってるよ!! 動くなって!!」
あ、やっぱり……。
ルーのお尻に火が点きユウが慌てて両手で鎮火していた。
『……』
溶岩の熱量をも越える熱を放つ火炎輪、大海を貫き海底まで届くであろう鋭利さを持つ分厚い水の槍。
黒の戦士は双方向から襲い来る魔法を冷静に見つめ、即座に武器を構えた。
『ッ!!』
水の槍を右手の大剣で叩き潰して大量の水を周囲に撒き散らし。
『フゥッ!!!!』
流れた体の勢いを生かして巨大な漆黒の盾で火炎の輪を受け止めた。
よし!! ここだ!!
「こいつは……。おまけだ!!」
両手で盾を構え続けるその横腹に矢を穿つ。
頼む……。当たってくれ!!
祈る思いで矢の軌道を見つめ続けた。
『グァッ!!』
「よっしゃ!!」
火炎の輪が盾を焦がして俺の放った矢が横腹に着弾する。
痛覚はある様で、矢が突き刺さった瞬間。呻き声にも似た低い声が周囲に鳴り響く。
『……ガッ!!』
火炎輪の勢いが消失して炎が消失すると、俺の方向に体の正面を向けた。
『……』
「怒っちゃったみたいだな……」
黒い影に覆われてその表情は窺えないけども。肩口から漏れている魔力の渦が朧に空気を揺らしている。
今からお前に俺の憤怒をぶつけてやるからな?? と。
奴の肩口から零れている怒りの魔力はそう確実に述べていた。
「その様ですわね。来ますわよ??」
「分かってるって!! はあぁぁッ!!!!」
接近戦に弓は分が悪い!! 超接近戦に活路を見出す為には……。これだ!!
右手に意識を集中させ、龍の力を発現。
体の奥深くから熱さが湧き上がり右手に灼熱が宿った。
「フフ……。私も本腰を入れるとしましょうか。行きますわよ?? 暁!!」
「アオイ!! 迎撃態勢を整えろ!!」
「あぁ……。レイド様が私に御命令を……。これはもう、婚約と等しき契りを交わしたのでは??」
こんな時にまでふざけないの!!
『ガァァアア!!!!』
屈強な戦士さえも恐れ戦く声色を放つ黒の戦士が迫り来る。
師匠……。極光無双流の力、今此処にみせますっ!!!!
小太刀二刀、そして極光無双流。
大地を削り急襲する黒の戦士に向かい俺とアオイは己が持つ最大戦力を以て迎え撃った。
お疲れ様でした。
そして、いいねをして頂き有難うございます!!
これからも引き続き温かい目で見守って頂ければ幸いです。
それでは皆様、お休みなさいませ。




