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第十七話 普段通りの出発

お疲れ様です。


話を区切ると流れが悪くなる恐れがありましたので二話分を掲載させて頂きます。


長文となっていますので予めご了承下さい。


それでは、どうぞ。




 朝の訪れをさり気なぁく知らせようと冷涼な空気が天幕の狭い隙間を見つけると、無理矢理頭を捻じ込んで侵入を開始して室内を占拠してしまう。


 その冷たさは冬のそれと何ら変わりなく。まだ寒さに慣れていない体が驚いて目覚めてしまった。



 微妙に寒いな……。



 横着な寒さを誤魔化す為、体に毛布をしっかり巻き付けて寝返りを打つ。


 天幕の中は狭いとは言え、体を十二分に伸ばせる事が可能だ。加えて肌寒かったこの森の夜でも保湿、保温性に優れ快適に休息を得られる事を証明してみせた。


 一人用の天幕の利便性に惚れ惚れして、若干の寒さが漂う天幕内で朝の微睡を楽しみつつ二度目の寝返りを打つと。



「…………」



 右手にモフリとした感触を捉えたのでゆっくりと目を開けた。



「あらまっ」



 視線の先にはキュールちゃんが気持ち良さそうに寝息を立てて、お腹がくぅくぅと上下していた。


 随分とまぁ安心して熟睡していますなぁ。


 左手で頬杖をつき、入り口から微かに差し込む朝日の光を頼りに狼の安らかな寝顔を眺めていると大変朗らかな気分が湧いて来る。



 この子が成人した女性であるのならば眠る場所を間違えていますよと諸注意を放つのですが、ファールちゃんはまだまだお子様だ。


 子供の成長には食事と睡眠が必要と言われる様にその内の一つを大人である俺が奪うのは了承出来ない。


 それにこれだけ気持ち良く寝ているのを起こすのも何だか申し訳無いし。



 ゆっくり眠って早く大きくなりなさいね?? 



 眠りこける子狼さんに優しく毛布を掛け、極力物音を立てずに外へ出た。



「ん――……!! はぁっ!! いい朝だ」



 起き立てホヤホヤの朝日が森の木々をすり抜けて顔を照らして冷えた体温を上昇させる。そして朝の微風が清涼な空気を運び肺の中を無垢で満たす。



 やっぱ……。自然豊かって心が潤うなぁ。



 体を大きく伸ばして各関節を解し、都会では味わえない贅沢な朝を迎えた。



「…………主。おはよう」



 体を解していると、リューヴが人の姿で此方へやって来る。


 その歩みは清涼な朝を体現しているかの如くゆるりとしたものであった。



「おはよう。随分と早いんだな??」


「早めに就寝したからな」


「マイ達は??」


「まだ寝ている」



 ま、多分そうだろうと思ったよ。


 太陽の傾き加減だと……。時間は凡そだけど六時位かな??


 アイツはいつもならこの時間。



『ガラッピィ……』



 ユウの腹枕に頭を預けて満面の笑みを浮かべているか、若しくはとても女性とは思えない寝相で爆睡しているもの。




「ん?? 誰か、いるのか??」



 天幕の匂いを嗅ぎ取ったのか。怪訝な視線を天幕へ送る。



「キュールちゃんが寝てるよ。天幕の中が気に入ったのか、びっくりするくらい快眠してるんだ」


「全く……。起こすか」


「まぁまぁ。子供のする事だし大目に見てあげなって」



 やれやれといった感じで歩み出そうとするリューヴを引き留めた。



「主がそう言うのなら従おう」


「悪いね。さて、出発の準備を整えますか」



 山積みにされている荷物へと歩み出す。


 昨晩の内にある程度纏めておいたが、忘れ物が無いか確認しておきたい。


 確認し過ぎだぞと揶揄われようが忘れ物をして作戦行動に支障をきたすよりかはマシだからね。



「手伝おう」


「殆ど用意しておいたけど、最終確認って形だから。そんなに苦労しないよ」


「そうか。…………。主、済まないな」


「どうしたの?? 急に改まっちゃって」



 不必要な荷物を脇に退けながら、何だか得も言われぬ表情を浮かべている彼女へ話す。



「いや、その……。父上が交換条件等と申さなければ主を危険に巻き込む事も無かったのに……。みすみす危険へと向かって飛び込む形になってしまったからな」



 あぁ、そういう事か。



「気にしないの。あいつらが村の掟を無視してその聖域に近付いたのが悪いんだから。俺は人間が犯した罪の尻ぬぐいをするだけさ」



「しかし、だな……」



 俺がそう話しても、普段の凛々しい表情は鳴りを潜め。少しだけ不安気に口ごもり視線を下げている。



「リューヴは真面目過ぎだぞ?? マイを見習え。あの滅茶苦茶な性格だ。今日の事も一々気にしていないって。当然、俺もね??」


「そう、だな」



 お。ちょっと口角が上がったね??



「確かに、黒の戦士の実力は未知数で危険を孕んでいる事は重々承知している。けど、任務が課せられている以上俺は忠実に従うだけ。軍属である以上、指令は絶対だから。それにさ、リューヴもそしてマイ達も腕は上達しているだろ?? 相手を軽視する訳じゃないけど、皆が力を合わせればきっと勝てる。そう信じているから」



 荷物を動かす手を止め、翡翠の瞳を正面にしっかりと捉えて言った。



「あ、あぁ!! 必ずや期待に応えて見せよう」



 どんよりと曇っていた表情が晴れ渡り、雲一つ見当たらない晴天へと移り変わる。


 うん、素敵な笑顔だ。



「そうそう。そっちの方がリューヴらしいって。さて、皆に内緒で朝飯、食べちゃおうか??」



 木箱の中から餅を取り出して見せる。


 王都で看板娘さんやルピナスさんから言われた言葉。



『少し痩せた』



 この言葉を受けて少しでも体を大きくしようと考え、実費で餅を購入したのですよ。


 体が資本の職業。


 貧相な体では満足のいく結果を得られる筈も無いので失った質量を取り戻す為にこうして慎ましい努力を続けているのです。



「ふふ。構わないぞ」


「二人だけの秘密な??」



 火が移らない様、開けた場所へと薪を持って移動した。




 先程刹那に見せた不安気な顔。リューヴもやはり心配なのだろう。


 この里に生きる者にとって黒の戦士とはそれだけ特別な存在なのだ。


 覚悟を決めて戦いに臨むべき、彼女の態度はそれを確実に此方へと伝えた。



 覚悟……ねぇ。



 ミルフレアさんとの敗戦から学んだ事は、覚悟の差であろう。


 何があっても必ず相手を倒す。


 断固たる思いの欠如が敗戦へと繋がり、油断や憶測は決して戦いに持ち込むべきでは無いのだ。


 そうやって考えると、ミルフレアさんは身を挺して俺達にそれを教えてくれたのではないだろうか。


 そう思う時もある。



 けどなぁ……。腹に短剣が突き刺さるのはもう御免だ。


 しかも猛毒のおまけつき。


 授業料は随分と高くついたがその甲斐あってか俺達の結束は強まったとは思う、かな??


 一部は相変わらずのままだけどさ。



「火加減はこれくらいだな」



 火が薪に燃え移り、木が爆ぜる小気味良い音が静寂の中に響く。



「肌寒い朝には持って来いのかがり火だ」



 リューヴが地面に胡坐をかき、淡い橙の炎を瞳に焼き付けている。



「冬はもっと寒いの??」


「そうだな……。身も心も芯まで氷結する。そう言えば分かり易いだろう」


「うへぇ。厳しい冬だなぁ」



 普通の寒さに慣れた人間の体にはさぞかし堪えるであろうさ。



「狼は寒さに強い。けど、霜焼けが出来た日には顔を顰めてしまうぞ??」


「あはは。狼でも霜焼け出来るんだ」


「人の姿に戻るとどうしても、な。それより主。そろそろ餅を焼こう」


「あ――。はいはい」



 何だかんだ言って、食事が楽しみだったんだ。


 俺の隣にちょこんと座り、同じ姿勢で火と対峙した。



「串に刺して……。ほら」


「む。すまぬな」



 地面に串を刺し、火に餅をあてがうと。今か今かと待ちきれない様子を醸し出す。



「よし、こっちも出来た」



 リューヴの餅の隣に並べて刺してやった。


 白い塊が二つ並び、白い蒸気を放つ。


 見ているだけでもお腹が空いて来る光景だ。



「むっ……。そっちの方が大きくないか??」


「そう?? 変える??」


「いや、このままでいい」



 どこぞの卑しい龍じゃないんだから。



「お。膨れて来た」



 くるりと反転させ、裏側にもこんがりとした焼き目を入れてやる。


 毎度毎度この風景を見ると、陽性な気分に包まれるな。



 此処に至るまで食事とは別に餅を食らい続けた。


 まぁ勿論、何度かアイツに奪われてしまいましたがそれでも御蔭様で体重も戻って来た気がする。


 しっかり食べて、良く動き、適度な睡眠を取る。


 これぞ健康体への第一歩そう自負していた。



「おぉ!! 焼けた焼けた!!」



 ぷくりと膨れた餅を火から外して手元に引き寄せる。


 これに醤油をタラリとかければあら不思議。素敵な朝食の完成ですよっと。



「ほい、醤油」


「すまぬな」



 さてと!! 細やかな朝食を食らいますかね!!



「頂きます!!」


 口内を火傷しない様、熱さにおっかなびっくりして噛り付く。



「はふっ……。ふっ……。んまっ」



 そうそう。


 この塩加減と、もちもちの柔らかさ。


 いつ食っても美味いよなぁ。



「はつっ!! ……ふぁむ。ん、美味い」



 ふふ。目尻下がっているぞ??


 肉だけじゃなくてこういった庶民の食べ物も好きになってもらえて光栄だよ。


 さてと、二口目にいきますか。


 白と黒の美しい配色に目尻を下げ、あんぐりと御口を開くと。




「ボケナス――。起きてる――??」



 おぉう。何て時に歩いて来るんだよ。



 食の大魔神が大声を上げながら此方へ向かって刻一刻と近づいて来る音を捉えてしまった。


 当然、鼻の良い彼女の事だ。恐らく……。



「ファガッ!?!? む、むぅ――……。この香りは……」



 ほらね。


 御馳走見付けた時の気持ち悪い声が聞こえてきたし……。



「あぁぁああああ!!!! 餅食べてる!!」



 速攻で此方の存在を感知され、鷹も目を見開く速さで駆け付けた。



「早く起きちゃったからさ。ついでに朝食を」


「うんぬぅっ!!」


「お、おいっ!!」



 言うが早いか、俺の右手から串をふんだくり己の物とすると。



「頂きます!! あむっ!!!! ふぁふっ!! ふぁ……。ふらぁぁい……」



 熱さに一切躊躇する事無く齧り付いてしまった。



「左様でございますか」



 ったく。お腹が減っているからって無言で人の飯を強奪するなよ。



「ユウ達は起きたか??」


「ふぉきたふぉ。もうすぐくるふぁず」


「そっか。皆揃ったら出発しよう。後、食い終わったら串燃やしておけよ??」


「ふぁいふぁ――い。んふっ。おいしっ」



 にんまりと口角を上げてモッチャモッチャと咀嚼を続ける。


 そこまで喜んで貰えるのなら餅も本望だろうよ。



 さぁ……。いよいよ、南へと向かって出発だ。気持ちを入れ替えますか。


 少しばかりの高揚と多大な不安が入り交じり奇妙な感情が胸の中を渦巻いている。


 やっぱ緊張しているんだな。


 この緊張感が良い方向に向いてくれればいいんだけど……。


 奪われた餅に後ろ髪を引かれる思いを抱き、キチンと纏められている荷物の下へと向かって行った。
















 ――――。





 各々が持ち運び易い様に纏め終えた荷物を固めて置く。


 不必要に多い食料、食料の匂いが染み込んでしまった包帯、その他諸々。


 一つずつ丁寧に指差しをしていき取捨選択から漏れた品が無いかの最終確認を終えた。




 うん、綺麗に纏まっている。我ながら上手く出来たものさ。


 自画自賛で頷き満足気に物資の塊を見下ろしていると、静かな空気に対して申し訳無いと頭を下げたくなる陽気な声達が近付いて来た。




「ふぁ――。良く寝た……」


「ユウちゃん、大きな欠伸して楽しそうだけどね?? 鼾、五月蠅かったんだよ??」


「へ?? そう??」


「鼾ならまだましです。マイ、歯軋りは止めて頂けますか?? 夢の中に歯並びの悪い巨悪な犬が出て来て困惑してしまいましたから」


「あはは!! ごめんってカエデ――。美味しそうな御飯が夢に出て来てさ――」


「夢の中まで卑しいとは……。もう少し控えるという事を覚えたら如何ですか??」


「……」


「ぐうの音も出ないようですわねぇ??」


「はぁ――?? テメェの口、一生音が出せねぇようにしてやろうか??」



 こ、コイツと来たら。朝も早くからドンパチ騒ぎは勘弁して下さいよ。



「まぁまぁ!! 二人共。落ち着けって」



 ユウが二人の間に止めに入った所で丁度荷物の下へと到着した。


 不穏な騒ぎは兎も角、皆の顔色はすこぶる良い。口ではギャアギャアと文句を言っているがしっかりと休めた証拠だ。


 体調不良によって地力を発揮出来ない最悪な状況は防げて何よりです。



「おはよう。荷物纏めておいたから各自持ってくれ」


「おはようございますっ。レイド様っ」



 鋭い目付きから一転。


 世の男性を惹き付けて止まない笑みを浮かべて正面に立ち、物腰柔らかい笑みを浮かべる。


 朝日を浴びて美しく煌びやかに輝く白き髪、そして朝露を纏った木の葉の様にしっとりと湿った唇。


 微風が彼女の香りを鼻腔に届ければどうでしょう。


 視覚、嗅覚の二つから不意を突かれた感情が猛烈に刺激されてしまった。



「ガルルルゥ……。ガゥゥウウ!!」



 数分前まであちらで嘯く声を放つ者と喧嘩していた者とは思えませんね。



「ん。おはよ」



 出来るだけ己の感情を悟られぬように極自然と笑みを返す。


 表情は素晴らしいんだけど、その……。色々と残念な部分が勿体ない気がする。


 具体的に何がとは言いません。



「んふっ。素敵な笑顔、頂きましたわ」


「お――い。アオイも荷物持てよ――」


「分かっていますわ!! もぅ。ユウったら……。私の大事な時間を邪魔するなんて。無粋ですわねぇ」



 そう言いながらもちゃんと荷物を持つのは和を重んじている証拠だ。


 これでマイとの軋轢が無ければ完璧なんだけどなぁ……。勿体無い。



 お前が持て。


 いいや、私は持たない。


 じゃあ無理矢理持たせてやる。



 一般人の所作よりも更に高度な押し付け合いの動きに感心しつつも、そこは感心する所では無くて叱る場面である事に気付くと同時。




「ふざけんじゃねぇぞ!! 阿保乳娘がっ!! こんな量の荷物持てるか!!」


「偶には自分の荷物は自分で持ちやがれ!! 頭スッカスカの大飯食らいが!!」


「「ああんっ!?!?」」



「――――。お兄ちゃん」


「ん?? どうしたのキュールちゃん??」



 里の方角から小さな狼が押し付け合いの騒ぎの合間を縫ってやって来た。


 殺伐とした光景から一転。


 大変愛苦しい御人形さんの登場によって疲弊した心があっと言う間に癒されてしまいましたね。



「私も、行く」


「いやいやいやいや。ちょっとそれは難しいかなぁ……」



 突然の申し出に目を白黒させてしまう。


 ある程度の実力を備えた者であるのならば心強い助っ人として快く承諾するのですが。まだ幼い子を戦地へと連れていく訳にはいきません。


 それに、誰かを守りながら戦える程俺は強くない。



「キュール。これは遊びでは無いのだ。大人しく里で待っていろ」


「そうだよ!! こわ――いお化けを退治しに行くんだから!!」


「ぅぅっ……」



 リューヴとルー。


 里の大人から厳しい言葉を浴びせられ、耳をパタンと垂らして俯いてしまう。


 ここでは年長者に従う風習なのだろう。


 だが……。


 ここまであからさまに凹んでいるのを放っておけないのも事実。


 どうしたものか。



「キュールちゃん。お願いがあるんだ」


「何??」



 弱々しい声を上げて此方を見上げる。



「俺達が出ている間。ウマ子の世話を頼みたいんだ」



 樹木の傍らでのんびりとした空気を醸し出して地面の草を食んでいる彼女を指す。



「ウマ子の??」


「そう。あいつは寂しがり屋でね??」



『その言葉は了承しかねるな!!』



 食んでいた草を放棄。


 面長の顔をぱっと上げて、大きな鼻から強風を拭き出して分かり易い憤りを表現してしまった。



「それに大きな体だから一杯御飯を食べるんだよ」


『それは……。まぁ、うむ。的を射ているな』


「お腹が空いたら御飯をあげてくれるかな?? 餌はあそこの木箱に入っているからさ」



 キュールちゃんの前で屈み。フワモコの子狼と視線を合わせて、彼女にも見える様に一つの木箱を指してあげると。



「…………うん。分かった」



 小さな頭でこくりと頷き、ウマ子の世話役を承諾してくれた。



「あ、そうだ。人参ってこの里にある??」


『貴様ぁぁああ!! 私に何て物を食べさせる気だ!!』



 人参。


 その言葉を聞いた途端顔を上げる処か、前足を器用に動かして俺に向かって小石を蹴り飛ばす始末。


 賢過ぎる馬もどうかなぁっと思い始めてしまった刹那であった。



「人参?? ん――。今は無い、かな」


『ハハハ!! いいぞぉ。尚更好都合だっ』



 ちぃっ。


 この機会を利用して食べず嫌いを克服させてやりたかったのに!!



「そっかぁ。じゃあ、俺達が運んで来た餌を与えてあげてね?? 散歩に行きたそうな顔してたら歩かせてあげて」


「お散歩??」


「大丈夫。ウマ子はすっごい賢いから逃げたりしないからさ」


「ふふ。一緒に遊ぶね」



『私は別に遊ばなくても構わないのだがな』



 里でずぅっと動かないのも苦痛であろう。


 適度な運動も彼女の筋力を維持する為にも必要な行動だからね。



「主、そろそろ出発しよう。向こうに着く前に日が暮れてしまうぞ」


「分かった。皆、準備は出来てるか??」



 周囲に視線を配り、各々の表情を窺う。



「もち。いつでも行けるわ」

「行けるぞ――」


「行けますわ」

「整いました」


「早く行こうよ――!!」



 うん。大丈夫そうだ!!


 活気に満ち溢れた表情に安心感を覚え、里から南の方角へと体を向けた。



「ルー、リューヴ。二人が先導してくれ。じゃあ出発するぞ」


「お――!! 皆――!! 此処は私の庭だから安心してついて来てね!!」



 その言葉、過失無く信じてもいいのだろうか。


 彼女の場合はその……。何んと言いますか。確実性に欠ける恐れがあるのですよ。



「安心しろ、私が先導する。ルー、お前は私の補佐をしていればいい」



 先頭を行くルーを押し退け、リューヴが前を歩き始めると安心という温かい感情が芽生えてしまった事はもう一人の雷狼さんには内緒です。



「ちょっと!! 私が一番なの!!」


「喧しいぞ」



 初っ端からこれか……。先が思いやられるよ。


 彼女達の最後尾に続いて里から歩み始めるが。



「――――。レイドさん。少々、宜しいでしょうか??」



 透き通る声が俺の歩みを止めた。



「おっと……。ファールさん。どうかしました??」


「お見送りに参りました」


「そんな。態々有難う御座います」



 分隊の最後方から踵を返して彼女の下へと軽い足取りで向かう。



「危険だとは思いますが、娘達の事。宜しくお願いしますね??」


「それは、はい。勿論重々承知しております」


「夫は恐らく貴方達なら勝てるであろうと踏んで、今回の条件を突きつけたのだと思います」



 柔和な表情から一転。真剣な表情で話す。



「本当にそうなのでしょうか?? 大魔であられるネイトさんが苦戦をする程の相手ですから苦戦を越える戦いを強いられるかと……」


「娘達はその大魔の血を受け継いでいるのですよ?? それに、娘達には五名もの強い方々が付いていますので私は安心して見送りする事が出来ます」



 ファールさんの言葉に含まれていた五名という単語。


 その数に俺も含まれていると考えると、ちょっと嬉しいかも。



「苦戦はするとは思います。しかし、皆さんが手を取り力を合わせれば自ずと勝利を手繰り寄せるでしょう」


「その力を合わせる事が少々難しくて……。気が合う者、合わない者がはっきりと分かれていますので」



 話している最中。凶悪な龍と蜘蛛の御姫様の顔が脳裏に浮かんでしまう。



「ふふ。苦労なさっているのですね??」


「え、えぇ。そこから綻びが生じないか。いつも気が気じゃないのです」


「あの……。つかぬ事を御伺いしますが……」


「はい?? 何でしょう??」



 少しばかり俯いて話す。



「娘達は、皆様にご迷惑をかけていませんか??」



 成程。


 俯いてしまったのはその事を考えていたからか。



「ルーとリューヴですか?? そんな事はありませんよ?? ルーの陽気が場を和ませ、リューヴの厳しい叱咤激励が腑抜けた空気をピリっと纏めてくれています。戦いでは二人が率先して前衛を務めて後衛を補佐。勇気ある行動に自分達はいつも救われています」



「ま、まぁ!! そうなのですか!!」



 娘達の想像以上の活躍に目がキラキラと輝き、俯きがちであった姿勢が瞬き一つの間に霧散してしまった。


 想像していた姿の真逆の姿に余程嬉しいのでしょうね。


 ファールさんの素敵な表情を見れば容易に窺えますよ。



「そうですか……。あの子達が……」


「強さ、協調性、そして狼の誇り高き尊厳。そのどれもが自分達にとって有益に働き、高みに昇ろうと考えさせてくれます。彼女達は本当に尊敬に値する人物ですよ」



 それも全てはファールさんやネイトさんの指導の賜物なのだろう。



「まだまだ至らぬ事でご迷惑をお掛けするとは思いますが……。これからも娘達の事を宜しくお願い致します」


「あ、いえいえ」



 静かに頭を下げられたので、慌てて俺もファールさんに倣った。


 礼儀正しく、そして平和の象徴足る笑みを絶やさない姿にどことなく安らぎに近い感情を覚えてしまう。


 狼にも色んな人達がいるんだな。



「おらぁ!! 飯炊き!! 置いて行くぞ!!!!」


「全く……。もっと言葉を慎みなさいよ」



 緑に囲まれた随分と先でも恐ろしい顔が容易に理解出来てしまうマイの姿を見て言ってやる。



「では、行って参りますね」



 あの表情だ。


 置いて行かれるよりも更に恐ろしい仕打ちが待ち構えている恐れがあるので、分隊の最後方へと向かって歩み始めた。



「はい、お気を付けて。美味しい御飯を作ってお待ちしていますよ??」


「はは。マイ達にそう伝えておきます。それでは!!」




 ネイトさんは勝てると踏んで俺達を向かわせるのか……。


 この事はマイ達には言わない方が得策だな。


 余裕が隙を生みかねない。



「ちょっと。何話していたのよ??」


「うん?? あぁ……。こちらの無事を気遣うのと、美味しい食事を作って待っているってさ」



「御馳走!? こうしちゃいられない!! さっさと黒の戦士とやらを退治して速攻で帰るわよ!!」



 しまった。


 こっちの事も言わないでおくべきだった。



「マイちゃん!! そっちじゃない!!」


「馬鹿者!! 迷いたいのか!!」


「うっさい!! 御馳走が……私を待っているのよ!!!!」



 そこは私を、じゃなくて。私達、だろう。君はファールさんが提供してくれる御飯を全て平らげるつもりかい??


 一抹の不安と微かな杞憂。


 様々な負の感情を含ませた大きな溜息を付き、喧しい声量を放つ三人の後を重い足取りで追い始めた。









































 ◇





 里を離れるにつれ緑が深くなり、咽返る程の緑の匂いが肺を満たし。体に接触する鋭い枝や蔦が分隊の侵攻を妨げる。



 此処を端的に言い表すのであれば正に未開の土地。



 周囲を包むのは緑と地面の茶、澄み渡る青空は森を覆い尽くす葉で遮られ視界もどことなく薄暗い。


 覚悟はしていたが、まさかこれ程とは……。



「あっちぃ――。なぁ、ルー。まだ到着しないのか??」



 白のシャツを摘まみ、胸元に新鮮な空気を送りながらユウが話す。



「ん――。後、三時間って所かなぁ??」



 先頭を歩く陽気な狼が話した。


 三時間か。


 里を出発してからそれ相応の時間が経過している。そろそろ休憩すべきか??


 此処なら七名が腰を下ろして休める程にちょっと開けているし。



「皆、少し休もう。それに昼飯もまだ摂っていないからね」


「だ、だ、大賛成よ!!」



 速攻で食いついて来たのは言わずもがな。


 誰よりも早く荷物を降ろして目まぐるしい速さで薪を組み上げていく。



「あ゛――!! 腹減った!! やぁぁっと昼御飯よ!!」


「ふぅ……」



 喜び勇むマイに対してカエデが少しばかり疲労の息を漏らす。


 そして小さな体を枯れた倒木に預けて額の汗を拭った。



「カエデ、大丈夫か??」


 その隣に座り彼女の様子を窺う。


「うん。ちょっと疲れたけど、大丈夫」


「そっか。もし、荷物が重いようだったら直ぐに言ってね??」


「分かった」



 小さく頷くとその姿勢のまま忙しなく右往左往する朱の髪の女性の動きを眺めた。



 カエデの体力も随分と向上したがこの緑の深さ。線の細い彼女にはちょっと厳しいかも。



 負けず嫌いのカエデの事だ。俺達に合わせようと無理をして体力を悪戯に消費しかねない。


 誰かが察してあげなきゃな。こういう時は助け合いが肝心なのです。



「おらぁっ!! 飯炊き!! さっさと飯を作れや!!」



 早くも完成した薪に炎を着火させた分隊一の食いしん坊が此方を急かす。


 はいはいっと……。


 俺も少しは休みたいんですけどねぇ……。


 愚痴の代わりに小さな溜息を吐き、古米が入った麻袋の下へと歩み出そうとすると。



「ぬふふ――!! お母さんからの差し入れだよ――!!」



 ルーが布で包まれた何かを取り出してこれ見よがしに掲げた。




「何よ、それ」



 怪訝な顔のマイが話す。



「なんかね。お昼にでも食べてって渡されたの」


「ほぅ!! それは楽しみね!! さっさと開けなさい」


「ほいほ――いっ」



 興味津々といった感じで俺達はルーの手元に視線を集めた。


 何が出て来るんだろう??



「うん?? 何よ、それ」



 布の中から御目見えしたのはやたら自己主張が激しい真っ赤な色。大人の小指の爪程の大きさの木の実なのだが。


 大自然の中にどこにでもあるとは言い難い色合いに俺達の眉は更に皺を寄せてしまう。



「わぁ!!!! 強壮の実だ!!」



 訝し気な顔の俺達に対し、陽気な彼女はそれを見付けると喜々とした表情を浮かべる。


 強壮の実??


 アオイの所で食べた滋養の実と似ている物かな??



「これは強壮の実といってな。私達の里では重宝されている物だ。病後や体力が著しく低下した時に食す。収穫量も少ないから久しく見ていなかったが……」



 リューヴもルー同様、表情に喜びが滲み出ているのは母の温かい思いやりか将又貴重な実を食べられるからか。


 若しくはその両方であろう。



「これ、どうやって食べるの??」



 貴重とは言え、良くもまぁ初見の物を直ぐに食おうとするな。


 食に対する飽くなき探求心に頭が下がる思いです。



「ん――。いつもそのまま食べてるけど……。お上品な御口の皆には難しいかもねぇ」



 ルーがにやりと笑いちょっとだけ億劫になっているマイを見つめる。


 あ、その顔は止めた方が……。



「おぉ?? 酸いも甘いも嚙み分け、この世の全てを食らい尽くすであろうこの私の大いなる口をお上品。そうぬかす訳ね??」



 ほらね??


 こいつは直ぐ挑発に乗るんだから。


 ま、若干尻窄んでいる俺達の代わりに味見してくれよ。


 身代わりさん??



「そうだよ――。都会のお上品な味に慣れちゃった口には無理かもねぇ――」


「貴様ぁ!! 玄人を侮辱するのか!? いいでしょう!! 食ってやらぁぁああ!!!!」



 お。がっつり四粒いったね。


 さてと、どんな反応を見せてくれるのやら。



「マイ。どうだ??」


 ユウが恐る恐る彼女へ問いかける。



「ふぉん。カリッと固くて、噛んだ感じでは別に普通の木の実……」



 そこまで言うと、言葉をピタリと区切り。マイの顔が夕日も驚く程赤く染まった。



「お、おぶっ!! おぶっふぅぅうう!!!!」



 何かが飛び出て来そうな口を抑え。



「かっらあああぁあああぁぁ――――いっ!!!!」



 今にも炎を放射してしまいそうに真っ赤に染まった顔で草の絨毯の上を転げ回り、無意味に足をバタつかせて口内の苦しさから逃れようと画策。


 しかし、彼女の口の中の炎の熱は収まる事は無く。



「う、うぐぅぅ……。じ、じぬぅ!!」



 滝の様な汗を流して綺麗な朱の瞳には大粒の涙が浮かんでいた。



 たかが数粒でそこまでの物なのか……。


 良かったぁ。先に食べないで。



「あはは!!!! ほらね?? 絶対そうなると思ったよ」


「おぶぶっ!! か、からっ!! からららぁぁああ!!」


「ぶっ!! あはは!! 駄目ぇ!! 笑い死んじゃう!!」



 今ものたうち回るマイを尻目に笑い転げる陽気なルー。


 二人の女性が地面を転がる姿はどこか奇妙で珍妙で、周囲に陽性な空気をもたらした。



「ふふっ、変なの」



 疲労困憊の分隊長殿もこの雰囲気に当てられ、微かに口角を上げて笑い声を上げる。


 温かな笑いは疲労を和らげてくれる効果もある様だ。


 そして、君達。よくぞ彼女を笑わせてくれた。


 カエデの笑う姿は大変貴重ですのでね。頭の中の思い出帳の中に素敵な笑みを確と収めさせて頂きました。



「一粒で十分なのだ。それを四つも食べて……」



 その姿を捉えたリューヴが溜息混じりに息を吐き、小さく話す。



「ボ、ボケナスぅ!! 水!! み、水ぅ!!」


「はいはい……」



 鞄の中から竹筒を取り出してのたうち回るお馬鹿さんへ渡してあげた。



「んっ……。んっ……。んぅ!!!! ぶはぁ!! 死ぬかと思った……」


「お、おい。全部飲んだの??」


「当り前じゃない」



 ったく。俺が移動中に飲む水が無くなっちまったぞ。



「カエデ。悪いけど後で水を補充してくれる??」


「分かった」



 マイから受け取った竹筒をカエデに渡す。


 人騒がせな奴め。



「じゃあ皆に渡すね!!」



 ルーから強壮の実を受け取るが……。


 アイツの悶え苦しむ様子を見てしまった俺達は安易に口へと運べずにいた。



 そりゃそうでしょう。


 たった四粒で強靭な龍の口内を馬鹿にしてしまう実だぞ??


 おいそれとは口の中へ迎え入れられないのは自然な事ですよ。



「こうやってね?? ぱくっと食べるんだよ!!」



 それを見越してか。皆へ渡し終えたルーがいとも簡単に強壮の実を口へと運ぶ。



「…………。んん――!! これこれ!!」



 目をぎゅっと瞑り、舌に感じる刺激を顔で表す。


 一粒でもあぁなるのか。



「主、食ってみろ。味は……。まぁ保障しないが体には良いのは事実だ」


「あ、うん……」


「ほら、どうした??」



 初めて自分の得意料理を恋人へ差し出した彼女みたいに。キラキラと光り輝く煌びやかな瞳でリューヴが俺をじぃっと見つめる。



 そうやって嬉しそうに見つめないの。



「「「……」」」



 他の面々も俺が強壮の実を口へ運ぶ様を、息を顰めて監視していた。


 はぁ――……。分かりましたよ。


 食べればいいんでしょ?? 食べれば!!



 俺の様子を見てから食べようとしているのが丸分かりだよ……。


 荒い呼吸を整え。意を決して小さな実を口に放り込んでやった。



「どうだ??」


「…………。う、うん。すっごい辛苦い……」



 奥歯で強壮の実を押し潰すと、固い外皮から漏れた柔らかい中身が舌の上に乗る。


 その実が渋い苦味を与えてその後刺激に溢れた辛みが口内を襲う。


 苦味と辛み。


 咀嚼を続けば続ける程それは続き、何とも言え無い味に言葉が詰まってしまった。



 不味いか美味いか。



 この実の味をいずれかに当て嵌めるのであれば、確実に不味い方に属するでしょうね。


 好き好んで食おうとはとても思わん。



「ふふ。安心しろ、害は無い。どれ、私も頂くとするか」



 リューヴが俺に続き強壮の実を躊躇なく口へ運ぶ。



「……ふぅ。この味、懐かしいな」



 目を瞑って味わうかの如く、ゆっくりと咀嚼を続けている。


 故郷の味、って奴かな。


 どうせならファールさんが提供してくれたお肉の様に。もっと美味しい物で彼女同様、温かい感傷に浸りたいものです。



「ほら、皆も食べてみてよ」



 まだ若干躊躇している三名へ言ってやった。



「頂く」


「仕方がありませんわねぇ……」


「ま、食っても死なないだろ」



 カエデ、アオイ、ユウが実を口に運ぶ。


 そして三者三様。


 何とも言えない表情を浮かべながら口をモゴモゴと動かす姿が多分に笑いを誘った。



「はは。三人共面白い顔してるぞ??」


「苦い……」


「辛いですわねぇ」


「おえっ」



 ユウに至っては嗚咽する始末。


 気持ちは分からないでもないけど、それは流石に不味いのでは??


 一応、貴重と言っているし。



「残った実は帰りに食べようね!! 体がポカポカして強くなるから!!」



『いや、もういらないです』



 意気揚々と話すルーを尻目に、皆の目はそう確実に言っていたのだった。



お疲れ様でした。


遂にやって来ました花粉のシーズン。その所為もあってか思う様に執筆活動が進みません。


薬を飲んで誤魔化してはいますが、鼻は詰まり、目は痒く……。


本日もティッシュ片手に文字を打ち込んでいた次第であります。



そして、いいねをして頂き有難う御座います!!


現在執筆中の次なる御使いの執筆活動の励みとなりました!!


それでは皆様、お休みなさいませ。

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