第十五話 怨嗟の所在地
お疲れ様です。
週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。
それでは御覧下さい。
「レイド――!! 早く早くぅ――!!」
「はいはい……」
陽気な彼女の背に続き此方から見て右側の部屋へと招かれ。勢いそのまま、彼女達の生まれ育った部屋へとお邪魔させて頂いた。
「じゃ――ん!! 此処が私とリューの部屋だよ!!」
「へぇ!! 綺麗にしているんだな」
ルーの性格だ。
もっと派手に物が散らかっているかと思いきや、整然と物が整頓されている事に驚いてしまった。
まぁ、成人の儀式だっけ??
里を出ている間に彼女達の母親であるファールさんが片付けをしたのでしょう。
ユウの部屋の時もそんな感じだったものね。
「えへへ。褒めて貰っちゃった」
陽性な表情を浮かべて後頭部をポリポリと掻くが。
「掃除や片付けはいつも私がしているだろう……」
その姿を咎める形でリューヴが睨んだ。
陽気なルーが好き勝手に暴れ回って物を散らかして、真面目な彼女が叱りながら一緒に四方へ散らばった物を片付ける。
こうして眺めていると、何んとなく二人の生活する様が見えて来そうですね。
「してるもん!! …………。偶に」
こらこら、お嬢さん。最後の方をちゃんと言おうか??
部屋の中央には大きな柱、部屋を囲む小さな支柱は先程の部屋と同じ様にこの部屋の上部の天幕を支えている。恐らく、此処の天幕は皆同じ形をしているのだろう。
地面には厚めの絨毯、円の外周には服或いは小物用なのか。収容用の木箱が部屋の各所に置かれている。
柱の側には囲炉裏が作られて灰の塊が今も残り、厳しい冬が訪れる事を確実に予兆させていた。
「この微妙な散らかり具合。ユウの部屋といい勝負かもね」
マイが適当に座り、女性らしからぬ姿で足を投げ出して話す。
「おいおい。あたしの部屋の方が綺麗だろう」
その隣にユウが座り、顰め面で話した。
「むぅ!! こっちの方が広いし綺麗だよ!! レイドはどう思う??」
「ん?? ん――……。広さはこの部屋の方が広いけど、綺麗さは一緒位じゃない??」
実際そう感じている。
使用用途の分からない奇妙な形の木の棒……。装飾品だろうか??
鉄製の腕輪、鍔の広い帽子に首飾り。様々な小物が木箱の上に乱雑に置かれていた。
部屋の広さは七人が大の字に寝ても狭さを感じさせない程広く高さもあり、快適に過ごせる空間に大きく息を漏らした。
「……」
生まれ育った部屋に染み付いた香りが落ち着くのだろうか。
本当に珍しく優しい顔を浮かべて自分の部屋を見渡しているリューヴへ口調を引き締めて話し掛けた。
「さて、リューヴ。例の黒の戦士について色々聞かせて貰える??」
「了承した。――――。皆、これを見てくれ」
静かに立ち上がると、木箱の中から周辺の地形が詳しく載っている地図を取り出して俺達に見える様に絨毯の上に置く。
そして皆が地図を囲んでリューヴの次なる言葉を待った。
「奴は此処から南へ、凡そ六時間程進んだ先にいる」
地図上の里が位置する箇所を指差して、南へ向かい這わせて行く。
「六時間ですか。少し離れていますわね……」
その指の動きを目で追いながらアオイが話す。
「余り近くでも困るだろ?? ほら、襲撃が予想されるし」
「そう……。ですわね」
往復で半日、戦闘の時間を考慮するとかなりの時間を要しそうだな。
「そして森を暫く進んだ先に……。奴がいる」
リューヴが森のある地点で指を止めた。
この里は北の海と南のクレイ山脈の中間地点に位置している。彼女の指が止まった位置はほぼ山脈の麓だ。
只でさえ未開の大地である此処から更に南へ下ると言う事は、険しい大自然が待ち構えているのであろう。
土地勘の無い俺達では遭難してしまう恐れもある。最短距離を通り、危険な箇所を避ける為。土地勘のある彼女達に先導役を任せるのが妥当だな。
「森のド真ん中ね。こんななぁんにも無さそうな場所にワクワクする相手が居るの??」
遊び相手を見つけた子供の様に、煌びやかに瞳を輝かせてマイが話す。
「私達は此処を……。怨嗟の森と呼んでいる」
「「怨嗟の森??」」」
俺を含む数名が同時に声を上げた。
「そうだ。無念を抱きこの世を去った者の悔恨が集まり黒の戦士は生まれる。そう聞いたな??」
リューヴの声を受けて皆が大きく頷く。
「自分の弱さに捕らわれてしまい無念を晴らす事が出来ずに命を散らす。大陸に漂う負の感情が募り長い時間を掛けて黒の戦士を形成する。彼等の行き場の無い想い、そしてその無念を少しでも晴らしてやりたい為に我々は戦うのだ」
「その無念を抱いて亡くなった方々は、この大陸に住む者達。そう捉えても構いませんか??」
カエデ難しい表情を浮かべながら話した。
「そうだ。人間や魔物、戦いに身を投じる者達の負の感情と戦う事になる」
「げぇ――。何だかめんどくさそうな相手だな……」
「何よ、ユウ。尻すぼみしてんの??」
「そりゃあ、幽霊みたいな相手なんだろ?? もやもやしてそうな感じだし??」
「ゆ、ゆ、ゆ、幽霊ぃっ!?」
ユウの言葉を受けたマイの表情が一変。
「アバババ……ッ」
先程のワクワク感全開の表情があっと言う間に霧散して、代わりに寒くて凍え死んでしまいそうなアヒルの嘴みたいにアワワワと口を開き、ついでと言わんばかりに大きく目を見開いた。
怖がり過ぎでしょ……。
そう言えばコイツ……。この手の類が苦手だったな。
まぁ、誰だって好き好んで幽霊?? 亡霊に会いたいとは思わないだろうからね。
「わ、私は此処で待機する!! 部下であるあんた達が討伐して来なさいっ!!!!」
「安心しろ、マイ。相手はちゃんと実体化した個体だ」
「はぁ――……。それを早く言いなさいよ!!」
慄いたり、安堵したり忙しない奴め。
「そっちが早合点したのだろう。父上から聞いたところによると、全身は漆黒の影で包まれ大きさは巨大な熊程。巨躯の腕からは多種多様な技、武器が現れ対峙する者を苦しめると聞く。これといった弱点は無く、苦戦は……。必至だな」
デカいだけじゃなくて無念を抱いて散って行った者達の技と武器を使うのか。
リューヴの言う通り、苦戦を強いられるだろうな。
「余裕よ、余裕。私の強烈な一撃で御茶の子さいさいってね!!」
「数秒前まで慄いていた人がよく言えた台詞ですわねぇ」
マイの軽快な声を受けてアオイが不安、不満を含めた息を大きく漏らす。
その感情は大いに同情出来た。
どれだけ強くても驕る者は足元を掬われて実力が数段劣る相手に負ける恐れもあるのだ。
アイツはそこの所をもう少ししっかりして欲しいのですよ。
「あ?? その横っ面に最強の龍の拳を捻じ込んでやろうか??」
「マイ、油断をするなって言っているんだ。相手はどんな実力を持っているのか未知数。三名の解放の為、俺達は負けるわけにはいかない。怠慢な態度は気を付けてくれ」
此処で釘を差しておかないと……。
ミルフレアさんとの一戦。あの時の二の舞は御免だからな。
「流石レイド様ですわ!! 私の胸中を察してくれようとは……。私、感銘致しましたわ」
女でも色を覚えてしまう女香を纏った柔らかいお肉が右腕に絡みつこうとして来ましたので。
「アオイ、離れなさい」
「んふっ。辛辣ですわっ」
さり気なく分隊長側へ体を傾けて回避に成功した。
「ちっ。それで?? 出発は何時にするのよ」
「そうだな。明日の天候次第だけど……。朝の七時でどうだ??」
往復に約十二時間。戦闘に数時間。
戦闘による体力の消費と負傷した者の事を考え、任務時間をざっと見繕うと十四時間って所か。
帰還予定時刻は夜の九時以降。つまりどっぷり日が暮れた後だ。
月明かりのみでは夜間行動に支障をきたす恐れもあるから照明用の松明も必要だな。あ、いや。
カエデに頼んで照らして貰おうか?? 分隊長殿と道すがら要相談ですね。
「了承だ。では、集合時間になったら荷物と食料を纏めて里の入り口に集合しよう」
これで一応話は纏まったな。
「強敵との戦い、か。何か出発前から胃が痛くなるよ」
胸中に抱く感想を素直に述べた。
相手は此処の戦士達を容易に倒す事が出来る実力を備えているのだ。油断、驕りを捨てて身を切る覚悟で戦わないと。
「情けない事言うんじゃないわよ。あ、そう言えばさ。捕らえられた三人はどこにいるのよ??」
ユウの膝へ向かってコロンと寝転がり柔らかそうな枕に頭を預け。大変だらしない姿で横たわってしまったマイが話す。
「此処から西へ向かった先。咎人を収容する檻の中にいるだろうな」
「専用の施設、みたいなものか??」
恐らくそうだろう。
「あぁ。そこには見張りの者が常駐している。主、変な気は起こすなよ??」
え?? 俺ってそんな横着者に見えるの??
速攻で強面狼さんに釘を差されてしまった。
「まさか。ちゃんと条件を飲んで戦いに行きますよ」
そんな事してみろ。
ネイトさんが轟雷を身に纏い、怒り心頭状態で俺の命を刈り取りに来るだろうからね。
「あたし達はここで寝泊まりすればいいの?? 後、邪魔だ」
己の膝から赤き髪の女性の頭を退かしてユウが話す。
「な、何よ!! 別にいいじゃない!!」
「あ――!! 鬱陶しい!!」
しかし、甘えん坊な雛鳥は速攻で親の膝元へと戻ってしまいましたとさ。
「後でユウちゃん達の毛布持って来てあげるからね」
女性同士、仲良く過ごして明日に備えて欲しいものだ。
「俺はウマ子の近くで天幕を張るよ」
「えぇ――!! 一緒に泊まらないの!?」
ルーが大きな目を見開いて誰にでも分かり易い驚きを現す。
「当り前でしょ。男一人に女性六名、道徳的に了承出来ないのは自明の理では??」
「私は気にしないよ!!」
俺は気にするの。
「天幕の設営もあるし、一旦里の入り口に戻る。何か用があったら呼びに来て」
腰を上げてそう話した。
「了承した。…………。主、ついていこうか??」
「大丈夫。こわぁい狼さんに襲われそうになったら大声上げるからさ」
リューヴにお道化て言ってやった。
まぁ、そんな事にはならないと思うけど。
「喧嘩売られたら絶対買うのよ!? 嘗められたままじゃ私が許さんっ!!」
あのねぇ……。俺は君と違って分別付く大人なのですよ??
例え戦いを申し込まれたとしても角が立つ真似はしたくないので丁重にお断りさせて頂きますから。
「それじゃ、また後で」
寛ぐ彼女達へ向かって軽く手を上げると部屋を後にした。
さてと、忙しくなりそうだな……。
天幕だけじゃなくて、明日の出発に備えて色々用意しておきたいものもあるし。
日が落ちる前に全て整えよう。
少しだけ重たい足を引きずって外に出ると、森の中に西日が照らし淡いオレンジ色が周囲を包んでいた。
もう夕方かぁ。急がないと直ぐに暗くなるぞ。
「ねぇ。あの人が??」
「そうよ。ほら、リューヴ達を倒したって……」
「うっそ。信じられない……」
すいません。
倒したのは自分じゃありませんよ。
里の人々から、自分に浴びせられる好奇の目に肩身が狭い思いを抱きつつ里の入り口へと向かった。
◇
さぁて、夜御飯までゆっくり休もうかな。
此処に来るまで結構疲れちゃったし。
微妙に獣臭ぇふかふかの絨毯に背を預けてちょいと染みが目立つ白の天井を見つめた。
微妙に散らかっているけども、この散らかり具合が逆に落ち着くわね。
私はビシッ!! と整理整頓されている部屋では寛げない質なのよ。
「ルー、リューヴ。ちょっといいかしら??」
この声。お惚け狼の母ちゃんか。
「何――?? お母さん」
「よいしょっと。あらあら。可愛い子が沢山いるわねぇ」
うふふと柔和な笑みを浮かべ部屋に入って来た。
「晩御飯なんだけど。此処で食べる??」
「うん!! あ、そうだ。後でレイド呼んで来ないと……」
「そう言えば見掛けないわねぇ。どこに行ったの??」
「此処で泊まるのは嫌だって言うからさ。里の入り口に天幕張りに行っちゃった」
「まぁっ。ふふ、遠慮なさっているのね。良く出来た御方じゃない」
そう話してルーの隣に座る。
随分と物腰柔らかな人ね。
私の母さんとは、ちょっと違う感じかな??
ちょっとじゃねぇ。全然だ。
あのクソ婆にはこうしたお淑やかさが足りねぇんだ。
狼の母ちゃんの姿を指差してあの所作を見習えと朝日が昇る時間から日が沈む時間まで説教垂れてやりたい気分ね。
まぁ……。そんな事言ったら三日間心地良い眠りに就いてしまうから言えないけども……。
「でしょ!? それに強いからお父さんも気に入ってくれるよ??」
「あらあら。もう挨拶をさせるつもりなの??」
「挨拶?? さっきしたじゃん」
そういう意味じゃないわよ。
こ奴は少し天然というか、抜けているというか……。
あぁ、そうだ。頭が足りねぇんだ。頭脳明晰である私を倣って行動して貰いたいものさっ。
「ルー。レイド様は私の夫になる御方なのですよ?? そういった軽率な行為は控えて頂けます??」
出たよ、蜘蛛のも――げん。
いい加減聞くのも飽きて来たわね。
「アオイちゃん。また虚言癖でてるよ??」
「あはは!!!! アオイ、ルーに言われちゃお終いだな??」
「くっ!! その口、閉ざして差し上げましょうか!?」
蜘蛛が蜘蛛の姿に変わるときっしょい八つの足をガバッと広げて灰色の狼へと向かって行く。
「やっ!! 来ないで!!」
はぁ……。騒ぐなら外でやれっての。
いつもなら部下の騒ぎを鎮める為に隊長である私がうるせぇと注意を払ってやるのだが。
生憎疲れているのでしませ――んっ。
絨毯の上にコロンっと寝転がり、蜘蛛と狼の乱痴気騒ぎの音をぼぅっとした状態で聞き続けていた。
――――。
ルーとアオイの下らないいつもの喧噪が繰り広げられる中。
「……。リューヴ」
母が私の隣に腰掛けて本当に静かな声を出した。
「どう?? 楽しい??」
騒ぐ蜘蛛と狼を柔和な瞳で見つめて私に問う。
「…………。最初は戸惑いを覚えたけど。うん、楽しいと思う」
文化の違い、考え方の違い、そして……。生き方の違い。
この里以外知らぬ私にとって外の世界は本当に数多多くの違いで満ち溢れていた。
最初はその違いの多さに戸惑い、迷い悩んでいた。
きっと私一人ではその多さに対処出来ずに自分の生き方、考え方はこうであると決めつけてしまったであろう。
戦士足る者は強くあれ。族長の娘として生まれたからには己に課された定めに従って生きるべき。弱者は取るに足らない存在であり存在価値が無い。
今の私ならどれだけ愚かな固定観念に囚われていたのだと理解出来てしまう。
主と共に行動を続け世界の広さを知った、武の頂は遥か上空に存在すると知った、大切な人を失う怖さを知った。
そして、友人の大切さを知らされてしまった。
そう、私の考えの根幹を変えてしまったのは他ならぬ主の存在だ。
主達と出会えて、温かい絆を結べて本当に良かった……。
これが今現在の私の素直な想いだ。
「貴女がそう思うならそれでいいわ。リューヴ、変わったわね」
「そうかな??」
「うん。明るくなったわよ?? 此処を出る時、こ――んな感じで目を尖らせてさ。私なりに心配したのよ??」
指先で目元をきゅっと上げてお道化ている。
「ファールさん。今も怖いのは変わらないですよ?? 何かある度に。ユウ!! しっかりしろ!! って怒られちゃいますから」
私達の会話を捉えたのか。
ユウが明るい笑みで揶揄って来る。
「そ、それは貴様が!!」
「あら――。リューヴ、こんな可愛い子を怒っちゃ駄目じゃない」
「そんな……。可愛いだなんて……」
頬を朱に染め、バツが悪そうに頭を掻く。
胸に化け物西瓜ぶら下げておいて……。
ユウも顔だけ見れば十分可愛いとは思うけど、そこ以外に印象が向いてしまうのが玉に瑕だ。
「ふんっ。主を困らせるからいけないんだ」
そんな彼女に対して、そっぽを向いて話してやった。
――――。
「レイドさんも色々大変そうねぇ。これだけの子達を相手にしなきゃいけないんだし??」
「御安心して下さいませ。レイド様は私が支えますので」
「ふぁたしもふぁふぁえるの!!」
あ――あっ。
いつも通りに猿ぐつわをブチかまされちゃってまぁ――。
だけど、勝てない相手に向かって行くその勇気だけは認めてやろう。
「ふふ。本当に楽しい子達ね」
五月蠅いとは思うけど。
まぁこれが私達らしいっちゃらしいわね。
この里に居る時、リューヴとルーは感じなかった喧しさだろう。
豊かな自然に囲まれ、静寂に包まれ、心置きなくそれに身を委ねる事に一度慣れてしまえばリューヴが苦手とする喧噪も大いに頷けてしまった。
ここは……。
心を豊かにする場所だから。
「明日は大変だと思うけど。皆で手を合わせればきっと倒せると思うわ」
「わ、分かっている……」
ルーの母ちゃんの手がリューヴの頭の上に乗せられると彼女は静かに赤面した。
私達には滅多に見せないリューヴの恥ずかしがる姿、か。
ぬふふんっ。超珍しい物見せて貰ったわよ??
「そう恥ずかしがらないの。久々の再会だもの、甘えさせなさい」
「も、もういいだろ??」
口ではそう言うが満更でもない御様子。
そんな顔されると、こっちの嗜虐心がそそられてしまうわねぇ……。
「リューヴ――。可愛い顔してるわよ――??」
「そうそう。おっかない顔よりもそっちの方が似合ってるぞ――」
すかさずユウが私の悪乗りにのっかる。
流石、我が親友。私のイケナイ考えを直ぐに掬ってくれるのは嬉しい限りよ。
「喧しい!!」
「こら。女の子がそんな怖い顔しないの」
「だ、だけど……」
「里の戦士になるのは立派だとは思うわ。でもね?? リューヴも一人の女の子なの。いつかは子を持ち、母になる。強さだけじゃ、母親にはなれないのよ??」
ふぅむ。
母親の条件か。
喧嘩がべらぼうに強い……。ってのは違うのよね??
舌が溺れてしまう美味い料理を作れる、とか??
「おかあふぁん。どうふぁったらおかあふぁんみたいになれるの??」
喋り辛いのなら話すのやめれば??
デケェ狼の口の周りに蜘蛛の糸でグルグル巻きにされている状態でモフモフと口を動かして話す。
「それはね、愛しむ心を持つことなの。疲れた夫を温かく迎えて一日を労い、共に辛さを共有する。 いつかは子を持ち、愛し、育て。時には子と衝突するのもあるでしょう。でもね?? 母親はそれでも子を裏切っちゃ駄目。愛し尽くす事が肝要なの。子のする事を見守り、支え、歩みべき道を照らす。沢山勉強して、沢山失敗して、沢山愛して……。まだまだ一杯あるけど、それは皆が母親になって勉強する事だから……。これ以上は自分達で経験しなさい」
な、なげぇ……。山奥で無駄に頑張って育った牛蒡よりも長い台詞じゃん。
ルーの母ちゃんの話を受けて心に浮かんだ正直な感想は……。
情報量が多過ぎて頭が混乱する、かな。
子供を持った事が無いからなのか。狼の母ちゃんが話す愛について、要領を得なかった。
好きって感情は分かる。
美味しい物を見ればグワングワン湧き上がるあの感情でしょ??
だが、愛については……。
知らん。全然分からん。
好きと愛との差は何だ??
二つとも陽性な感情に変わりないのにどうして意味が違ってくるのだ??
うむむ……。やっべぇ、天才が羨む頭脳を持つ私でも理解に及ばないわね。
「皆混乱してるわね。でも、安心しなさい。その内分かるから」
「それって、子供を持ったら分かるって事だよね??」
ルーが大きな口をパカっと開いて話す。
おや。前足を器用に動かして漸く糸を外したわね。
「厳密に言えばちょっと違うけど……。まぁ大体は合っているわ」
「ふぅん。でも、私達ってほら。体は元々一つでしょ?? だからどうすればいいのか分かんないよ」
「安心しなさい。ちゃんと別れた体でも赤ちゃんは出来るから」
「そうなの!? やった――!!」
何が、やった――なのだろう??
まっ、一つの体に戻って。自分が好きでもないもう片方の野郎の子を孕むのは好ましくないわね。
「その様子じゃ、もう決まっているのかしら??」
「うん!! レイドの子供が欲しい!!」
「「「ブッ!!!!」」」
狼の母ちゃん、そして阿保発言を放った大馬鹿野郎を除く全員が同時に吹いた。
よりにもよって、こいつは何て事をぬかしやがるんだ!!
「駄目に決まっているでしょう!? レイド様は私の!! 夫なのですよ!!」
「主に迷惑をかけるなと言っている!!」
「あたしを差し置いて……。それは了承出来ないなぁ」
「お馬鹿さん」
ルーの言葉に皆が一斉に噛みつく。
「別にいいじゃん!! 後、カエデちゃん!! さり気なく馬鹿って言ったでしょ!?」
「いいえ??」
カエデがいつもの澄まし顔でそう言った。
「レイドさんも大変ねぇ……。でもいいんじゃない?? ほら、魔物は別に一夫多妻でも構わないでしょ?? それに、私達魔物は数が少なくなっているし。この際気にしないって事で」
この人も大概な倫理観の持ち主ね。
ど――も大魔の奥さんってのは大らか過ぎるというか、ちょいと抜けているというか……。
私の母さんがいい例ね。
あっけらかんとし過ぎている気がする。あ、いや。違うわ。
あれはあっけらかんでは無くて恐怖の大魔王だ。
彼女が飯を食えと言えば私達は咽び泣きながら彼女へ礼を述べて細やかな食事を頂き。味の文句を言おうものなら熱したホクホクのジャガイモを喉の奥へとぶち込む。
風呂へ入れと言われ、まだ入る気分では無いと申せば亀の甲羅も破壊し尽くす握力で顔面を掴まれ。窓の外へと放り投げられて泥と土に塗れ、強制的に風呂へと行く破目に。
この世に混沌と悪を蔓延らせ、恐怖によって私達家族を統制。
過去の悲惨な光景が次々と頭の中を過って行くと背筋が一斉に泡立ってしまった。
い、いやぁ――。私達の家族ってやっぱり世間とズレているのね!!
目の前の温かな家族の光景と自分の家族の悲惨な光景を比較して、改めて実感してしまった。
「さてと、皆さんはゆっくり休んでいて下さいね。私は御飯の用意をしてきます」
静かに立ち上がり笑みを浮かべた。
御飯。
その言葉が私の心を逸らせる。
「久しぶりに、愛娘達に美味しい御飯を用意しなきゃね」
「やったぁ!! 待ってるから早くね――!!」
「はいはい。それじゃ、暫しお待ちを……」
狼の母ちゃんの姿が見えなくなると、少し息を漏らし天上を仰いだ。
子供、か。
いつか私にも出来る、のよね?? どんな子供で、どんな奴の子供なのかな。
う――ん。分からん。
まぁ……。私の相手だ。私が馬鹿をやっても。
『仕方ないなぁ』
と、はにかんだり。
『馬鹿だな』
って、ふざけたりするのだろう。こんな事を考えているからか知らんが。
刹那。
『どうした?? 阿保面浮かべて』
あの野郎の面が脳裏に浮かんだ。
何でこんな時にアイツの顔が思い浮かぶのよ!!
きっと……そうよ!!
お腹が空いているから思い浮かんだのよ!!
腹の虫の機嫌が先程から宜しくない。
アイツの御飯は美味しいから、うん。だから思い浮かんだの!!
自分にそう言い聞かせ、食物を所望してギャアギャアと泣き叫ぶ胃袋を必死に宥める為。お腹ちゃんを抑えてフカフカの絨毯の上を転がり続けていると。
「おい。鬱陶しいからじっとしてろ」
親友から鋭い御指摘を受けてしまった。
「うっさい!! こうでもしないと破裂しそうなのよ!!」
食欲、羞恥、その他諸々。
様々な感情が複雑に絡み合った感情を誤魔化す為にはこうするしかないのだよ。分かっておくれ。
いつまでも収まらない何とも言い表しようの無い感情によって私の体は、長い坂道を転がり続けるダンゴムシさんみたいに自然の法則に従って転がり続けていた。
お疲れ様でした。
先日後書きにて掲載予定だと伝えていたゲラゲラコンテストなのですが、この後投稿させて頂きます。
本当に!! 暇な時間がある時にでも見てやって下さいね。
いいねをして頂き。そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!!
もう間も無く始まる次の御使いの執筆活動の励みとなります!!
それでは皆様、良い週末をお過ごし下さいね。




