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第十四話 吞まざるを得ない条件 その二

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


長文になっておりますので予めご了承下さい。


それでは、どうぞ。




 心温まる素敵な大自然の中を歩む。


 ただ歩くという普遍的な行為に、環境の変化を与えるだけでこうも気分が良くなるとは思わなかった。


 目的地であるリューヴの里に向かって歩いている訳だが、不思議と疲労は感じていない。途中で細やかな食事を済ませたのも功を奏したのだろう。


 そして自然の摂理に従い日の光は傾き始め、確実に夕刻へと向かっている。


 昼のそれと比べると随分と冷たい風が縦に伸びた分隊の中をそっと駆け抜けて行った。



「リューヴ。そろそろ到着するんじゃないのか??」



 分隊の先頭を歩く彼女の背へと問う。


 予定では三時間と言っていたが、途中の休憩を含めばかなりの時間が経過している筈……。



「あぁ。もう目と鼻の先だ」



 やはりそうか。


 この辛くも心地良い行軍も終わりを迎えると思うと少し寂しいな。



「ふふん――ふんっ」


「ルー、随分と機嫌が良いじゃないか」



 鼻歌を口ずさみ、陽気な雰囲気を撒き散らすルーへ向かい。ユウが少しばかり呆れた口調で話す。



「だって――。お父さん達に会うの久々なんだもん。そりゃあ気分も良くなるって――」


「私は親に会うより、美味しい物を食っていた方がいいわよ??」



 貴女の場合はそうでしょうね。


 グシフォスさんは趣味であり生活の一部である釣りに忙しくて口喧しい娘を構っている場合では無く。


 母親であり恐怖の象徴であるフィロさんと会えば私生活を咎められ、反論として口を開こうものなら意識が遠退く魔の往復ビンタが飛んできますので。



「皆が皆。マイちゃんみたいに食いしん坊じゃ無いんだよ??」


「失礼ね。食の玄人と呼びなさい」



 ふんっと鼻を鳴らして胸を張る。



「玄人ねぇ……。最近あたし思うんだけどさ」


「何よ??」


「こっちの食べ物に色々と詳しいけど。誰に教わったの??」


「誰って……。姉さんと母さんからだけど」



 そう言えば……。


 こっちの大陸に渡って来たのは美味しい御飯を食べる為だと言っていたな。


 美味しい物を食べる為に態々海を渡ろうと思うだろうか?? 例え己に海を渡る術が与えられていたとしても、俺の場合は決断に躊躇するだろうね。


 彼女の底知れぬ食欲があるからこそなせる業なのであろう。



「姉さん、か。ちょいちょい聞くけどどんな人なの??」


「そうねぇ。私よりも凛々しくて、綺麗で、図々しくて、抜けていて……」



 何か徐々に悪くなってない??



「惚けている姉だけどさ。私なりに尊敬しているかな??」


「ほぉ――ん。あたしは姉妹がいないから分かんないけど、そうやって聞くと羨ましく思うな」


「あんたの所の両親。二人目作らないの??」


「ん――。今、あたしが出ているから……。帰ったら今日からお前が姉だ。って言われるかもな」



「励んでいるわねぇ。あのデカ乳にあんたの父も惚れたんでしょ?? チチなだけにっ」



 日中に、しかも人前で卑猥な言葉を使いなさんな。


 後、満更でも無い表情を浮かべないで下さい。猛烈に突っ込みたくなりますので。



「いやいや。父上は母上の男気に惚れたんだって」


「それ、逆じゃない??」



 ごもっともです。



「それと料理も決め手だってさ。胃袋をがっちり掴まれたんだな」


 うんうん、とユウが頷く。


「胃袋ねぇ。私もそれ、納得」



 ボーさんの気持ちは大いに頷けた。


 フェリスさんの作る料理はどれも絶品だったからなぁ……。


 いかん。


 思い出して来たら腹が準備運動をし始めたぞ。



「マイも――。誰かに作ってあげるの――??」


「はぁ?? 何で私が作らなきゃいけないのよ」


「ほらぁ――?? 良い女は台所が似合うって言うしぃ??」


「私、世界中の台所から出禁食らっているんだけど??」



 俺が家主であったのなら、あの龍を台所には絶対立たせたく無い。


 好き勝手に素材を食い散らして挙句の果てに、どこぞの邪悪な魔法使いが作ったのではないかと首を捻りたくなる身の毛もよだつ料理を作るだろうから……。



「偉そうな事言ってるけどねぇ。あんたも料理出来ないじゃない」


「あたしはこれから勉強するからいいんだよ。なぁ!! レイド!!」


 いきなりこっちに振らないで下さい。


「あぁ、時間がある時に教えてあげるよ」



 後ろでのんびりとした歩調で進む二人へ振り向いて言ってやった。



「ほらね?? 近くに良い見本があるからそれを参考にするんだ」


「料理中、そのでっけぇ南瓜の所為で手元見えないじゃん」


「いたっ!! 屈んで見るからいいんだよ!!」



 え?? 今の音……。何??


 不可解な音の出元を確認する為に振り向こうとすると。



「下らない話はそこまでだ。ほら、見えて来たぞ」



 リューヴの陽性な声が響いたのでその所作を途中で止めて彼女に倣い、正面へ視線を移す。


 すると、凡そ百メートル程先に開いた空間が見えて来た。


 あそこがリューヴ達の里か。



「皆――!!!! 只今――!!!!!!」



 ルーが背負っている荷物を放り投げて狼の姿へと変わり、里の中へ元気を弾けさせて駆けて行く。


 てか、食料入っているから投げちゃ駄目でしょう。



「ルー!!!! それにリューヴも!!」


「今、戻った」

「ただいまっ!!!!」


「元気そうだな!!」


「えへへ……。うん、元気だよ!!」


「ほぅ?? 腕を上げたな??」


「あぁ。この里で私に敵う者はいないだろう」


「こいつ!!」



 人、狼。


 里に住む者達がリューヴ達をあっと言う間に囲み、歓喜の輪が形成される。


 俺達は里の入り口でその様子を温かい気持ちと共に見つめていた。


 皆から愛されているんだな。良い事じゃないか。



「ところで……。あちらにいるのはどちら様??」



 一人の男性が俺達の方に指を差して今も全力で尻尾を振っているルーに尋ねた。



「皆に紹介するよ!! ほら!! レイド達!! こっちおいでよ!!」


「はぁ――。仕方が無い。ほら、行くわよ??」



 嬉しさと、恥ずかしさ。


 その両方の意味に捉える事が出来る何とも言えない溜息を付いてマイが歩み出す。



「ほぅ……。人間と魔物の一行か??」


「そう!! ここに居る皆と戦って私とリューヴは負けちゃったんだ!!」


「「「っ!?」」」



 ルーとリューヴを囲む里の者達はその言葉を聞くと皆一様に驚きの表情を隠せないでいる。


 ある者は目を見開きマイを見つめ、ある者はユウの胸元を見て違う意味での驚愕の表情を浮かべていた。



「む、村の最強の戦士であるお前達が負けた……。そう言うのか??」


 顔の傷跡が目立つ男性がそう話す。


「負けちゃったよ??」


「あぁ。だから私達は掟に則り、主従関係を結び互いに切磋琢磨してこの者達と行動を共にしているんだ」



「まさか……ねぇ??」

「信じられない、な」



 そりゃそうでしょう。


 恐らくこの里で最強格である雷狼の血を受け継ぐ者が俺達に後れを取る等誰も考えやしないって。



 久し振りの再会に会話の華を咲かせて陽性な雰囲気を振り撒いている輪を温かい感情で眺めていると……。


 一頭の幼い狼が俺の足元にちいちゃな四つの足を動かしてトコトコと近付いて来た。



 お、おぉ……。モコモコの狼の御人形さんじゃあないか。


 愛玩動物を優に超える愛苦しさに思わず抱き上げて頬ずりをしたくなりますが、愚かな考えに蓋をして大人としての対応で迎えてあげた。



「初めまして」



 お人形さんに警戒心を抱かせぬよう地面に片膝を着けて視線を合わし、そして右手をすっと差し出すと。



「……」



 俺の掌の匂いを警戒しながら嗅ぐ。


 こ、この小さな鼻息もまた愛苦しさを増長させてしまいますね。



「…………。不思議な匂い」



 女の子かな??


 体の大きさ、声色。


 そこから察するに随分と若いだろう。



「キュールちゃん、レイドはね。人の姿だけどちょっとだけ不思議な力が使えるんだよ??」



 この子はキュールって名前か。


 薄い黒と灰色の美しくもふっくらとした毛並み。


 体が小さい分迫力には欠けるが、それでも狼の誇り高き姿の片鱗を微かに発している。



「不思議な力??」



 小首を傾げて俺の眼をじぃっと見つめる。


 御免なさい。


 その仕草はどこぞの龍の拳を越える破壊力を有していますので控えて頂けると幸いで御座います。



「あそこにいる深紅の髪の怖い人がいるでしょ??」



 リューヴと何やら話しているマイを指差す。



「うん」


「あの人に俺は命を救われてね。その時にルーが話した通りちょっとだけ、ほんの砂粒程度だけど。魔物の力を使えるようになったんだ」


「変なのっ」


「ははは。摩訶不思議だとは俺も思うよ。けどね?? この世界には色んな不思議が転がっているんだよ。俺に宿った力もその不思議に比べれば大海に浮かぶ小さな泡で、ちっぽけな事象なんだ」



 わざとらしく大袈裟に言ってやる。



「ふぅん。そうなんだ……」



 お、警戒心と解いてくれたのかな??


 足音を立てずにゆっくりと膝元まで歩いて来てくれた。



「名前はレイド、宜しくね。キュールちゃん」


「うん」



 右手の上に可愛いあんよを乗せてくれると、狼と人間の握手にも見えますよね。


 仲良く御手手を繋いで上下に優しく振っていると。



「主。父上の下へ挨拶に向かうぞ」



 リューヴが少しだけ声に緊張感を持たせて話した。


 此処で素敵な交流を続けていても良いけど。それでは問題解決になりませんからね。


 何より、三名の安否を確認する為に此処へ来たのだから。



「分かった。今行……っと。どうしたのキュールちゃん??」



 彼女の声を受けて立ち上がり。里の奥へ向かおうとすると、小さな狼さんが俺のズボン裾をそっと食んだ。



「もう少し、お話」



 あぁっ、何んと言う頼りない力だろう。


 まだ生えたてなのか。ルー達と比べると半分以下の大きさの牙、そして小さな御口の咬筋力を頑張って振り絞る姿に思わず父性が大覚醒してしまいそうだ。



 こ、堪えろよぉ……。


 この子は他人様の子だ。初対面である俺が好き放題モフモフしたら気高き狼の誇りを傷付けたとして沽券に関わってしまう。


 それだけは避けないといけませんからね。



「こら!! 駄目だよ?? 私達は今からお父さんとお話しなきゃいけないんだから!!」



 ルーがキュールに比べると随分大きな前足で幼狼の頭をポスンと叩く。



「や」


「むぅ!! レイドからも厳しく言ってやってよ!!」



 ん――。


 頑張る子供相手にそこまで辛辣に当たれません。



「後で一杯お話してあげるから、ね??」


「…………。うん」



 そっと静かに語り掛けると僅かに耳を垂れて小さな御口を渋々離してくれた。



 ご、ごめんねぇ!! お父さん、お仕事があるから!!


 世のお父さん達は愛娘の愛苦しい我儘に血涙を流して今日も仕事に出掛けるのだろうさ。


 その気持が大いに理解出来た瞬間であった。



「よし。リューヴ、行こうか」



 キュールちゃんのモコモコの頭をポンと一つ優しく撫でて、リューヴの下へ歩み出す。



「了承だ。皆も付いて来い」



 彼女の後に従い、狼の里の中央を走る道へとお邪魔させて頂いた。



 しかし……。かなり広いな。


 雨風、そして経年劣化によってくすんだ白色の天幕状の布が左右に多く展開されている。


 天幕は四角錐に張られ、高さは凡そ二階建ての家屋に匹敵。


 そして、天幕が縦に切られた入り口と思しき垂れ幕から人の出入りが確認出来た。


 恐らく、あれが彼等の家なのだろう。



「ルー、あの天幕が家。だよな??」


「そうだよ!! 中は意外と快適なんだからね」



 大きな天幕が二つ、所によっては三つ。


 それが横に連なり居住空間を形成しているのか。


 中はどうなっているのだろう??



 興味が惹かれる光景に目を奪われつつ移動していると、円状の広い空間が現れた。




 円の外周上、若しくは空いた空間のそこかしこで住民の方々が朗らかな表情を浮かべて談笑を繰り広げている。


 他所者である俺には楽し気な空間に見えるが……。その円の中央には何かを燃やした形跡が確認出来た。


 どういった目的でここは作られたのだろう。



「リューヴ、ここは何??」



 マイが周囲に視線を配りながら話す。



「ここは中央広場。里の者達が時には祈りを捧げ、時には人々の憩いの場にもなる」


「祈り??」



 マイに続いて尋ねた。



「自然の恵み、風の息吹、母なる大地の鼓動。遍く流動する天地万物に感謝して、私達は生かされている事に奉謝するのだ」


「分かり難いなぁ。簡単に言うとね、あそこで薪を四角に組んで火を起こすんだよ。んで、その前で自然に有難うって祈りの舞を披露するんだ」



 ルーが中央の燃えた形跡を指差しながら話した。



『あぁ……。成程ね』


 マイとユウがリューヴの言葉では無く、ルーの言葉を受けて要領を得たのか。フンフンと首を何度も縦に振る。


 相変わらず息が合っている事で。



「ふん。それより、こっちだ」



 ルーの言葉に眉を顰め、俺達を置いて里の奥へと進んで行ってしまう。



「リューヴ――、拗ねんなよ――」


「喧しいぞ、ユウ。誰も拗ねてなどいない!!」



 顰め面のまま中央広場を横断する形で歩み出してしまった。


 置いて行かれては困るので慌てて彼女の後を追う。



「誰がその舞いを踊るの??」



 呑気に散歩する感覚で歩いているルーに尋ねた。



「さぁ??」


「「「さぁ??」」」



 俺を含めた何人かが声を合わせる。



「だって決めるのはお父さんなんだもん」


「成程。じゃあここにいる人は全員その舞いを踊れる訳だ」


「男の人は踊れないよ?? 披露するのは女の人だけ」



 ほぉ。それも何か決め事でもあるのだろう。


 ルーとリューヴの舞い、か。


 きっと華麗に踊るんだろうな。



「あんた達も当然踊れるのよね??」



 マイが尋ねる。



「練習はした事あるけど。本番の経験は無いからなぁ……。ねぇ!! リュー!! 舞いの作法覚えてる!?」



 俺達の遥か前方を、ぷんすかと憤りを隠さずに歩くリューヴに問うた。



「当り前だ!!!!」



 怖いなぁ……。


 久々の故郷なんだからもっと肩の力を抜いても良いのでは??



「だってさ。リューも本番で舞った事ないからきっと覚えていないよ」


「酷い言い様だな。しかし……、妙に視線が痛い」



 リューヴの後を追って歩いているが、里の人々の好奇の視線が体に突き刺さるのを感じていた。



 道沿いで井戸端会議を開催していた女性の方々がピタリと日常会話を止めて此方を見つめれば、素敵な四角錐の影から恐る恐る俺達をじぃっと覗き込む者も居る。


 果ては腕を組んでさぁ、俺と戦え!! と言わんばかりに強力な圧を放つ強面のお兄さんまで。


 多種多様な人々の視線が俺達に向けられていた。


 里の大勢の方が着用する衣服は何処か昔を感じさせる質素な物が多く、中には白を基調とした民族衣装を纏っている者も確認出来る。



 これだけ人里から離れた場所だ。


 よっぽど外の人間、魔物が珍しいのだろう。



「余所者が来るのは滅多にないからねぇ」



 ほらね??



「因みに、此処には何名程が居住しているのですか??」



 最後尾のカエデが話す。


 ウマ子は里の入り口付近で待機しているので、此処まで仲良く行動して来た為か。心無しか寂しそうに歩いている。



「う――ん。二百人位??」


「へぇ。あたしの里よりちょっと少ない位だな」


「ユウの村も中々良い所だよな。飯も美味くて空気も澄んでいるし」



 ボーさん達、快活なミノタウロスの人々が脳裏に浮かんだ。


 元気にしてるかな??



「おっ!! 何だ?? うちに来るか!?」


「おっと……」



 急に肩を組まれて体勢を崩してしまった。


 …………。


 御免なさい、体の真正面で収まらない表面積のアレの外枠が少し当たっていますよ??



「ユウ!! 離れなさい!! レイド様に何て物押し付けているのですか!!」


「そうだよ!! ユウちゃん!! 色仕掛けは卑怯だよ!! おっぱいが人より大きいからって!!」


「忌むべき存在ね。ユウ、私が滅却してあげるわ。出しなさい」


「西瓜お化け」



「へいへい……。離れればいいんでしょ?? 後カエデ、お化けって言うな」



 溜息を漏らすと腕を放してくれた。



 予期せぬ急接近を受けた所為か、心臓が五月蠅い。


 それに、ユウって……。良い匂いがするんだな……。


 いかん!! 邪な心は!!


 水浴び直後の犬の様に頭を素早く払い、ぬるりと首を擡げて這い出て来た煩悩を地平線の彼方まで吹き飛ばしてやった。



「着いたぞ。ここが、私達の家だ」



 リューヴが一軒……。天幕だから単位は軒でもいいのかな??


 兎に角。


 他の天幕とは大きさが明らかに違う一軒の天幕の前で歩みを止めた。



「はぁ!! 帰って来た――!!」


「随分と大きいわねぇ」



 マイが頷くのも分かる。


 左右に凡そ二十メートル。高さは二階建ての家屋程。


 奥行は見えぬがこの大きさから考えれば広い事であろう。


 他の天幕と同じく風情感じる経年劣化した白の天幕が俺達を迎え、その存在を知らしめていた。



「たっだいま――!!」



 入り口の垂れ幕を左右に分け、陽気な声を上げてルーが中に入って行く。



「入ってもいいかな??」


「勿論だ。我が家にようこそ、主。歓迎するぞ」



 ふっと笑みを浮かべリューヴが手を招く。


 俺達はそれに招かれてリューヴ達の生家へとお邪魔させて頂いた。



「おぉ!! 広いな!!」



 中は俺が想像しているた以上の広さを有している。



 天幕に入り先ず目に飛び込んできたのは、中央で大きな天幕を支える太い柱だ。


 地上から天へと昇り、正しく大黒柱となって天幕を支えている。それを補助する形で一回り小さな支柱が円を描き立てられていた。


 地面には絨毯が敷かれ、剥き出しの地面は極一部。


 足を踏み出せばふかふかの感触が此方を迎え、歩いているだけでも心地が良いであろう。


 正面、そして左右には垂れ幕があり。恐らく違う天幕へと続いていると想像させる。



 そして入り口付近には靴を脱ぐ場所が設置されており、俺達は靴を脱いで雷狼の生家へ足を踏み入れた。



「あれ?? ルーは??」


 ユウが声を上げ辺りを見渡す。


「ユウちゃん呼んだ??」



 入り口から向かって左側の垂れ幕から陽気な姿がぴょこんと現れた。



「どこ行ってたんだよ」


「こっちが私達の部屋だからさ。ちょっと様子を見に、ね」


「じゃあ、あっちは??」



 ユウが続け様に右の垂れ幕に向かい指を差す。



「あっちはお父さん達の部屋。それで入り口から正面に見えるのが、族長として迎える為にある部屋だよ――」



 成程。


 そういう構造か。



「…………。やはりそうでしたか」


「この力。私達を威嚇しているのでしょかねぇ??」



 アオイとカエデが眉を顰めて正面を見つめる。



「威嚇??」



 この里へ足を踏み入れてからどこか口数が少ない二人を見つめて話した。



「そう、ともとれますかね。此処の里に足を踏み入れた瞬間、体を突き抜けていく微かな魔力の波動を感じました」


「挨拶みたいなものですわ。そして、近付くにつれて魔力を高め……。そういう訳ですわ」



「解説ありがとうね。マイ達は何か感じたか??」


「う――ん。それっぽいのは何となく……」


「あたしも一応、ピリッとした感じはしたかなぁ??」



 魔力感知に疎い二人も感じる程の力。


 流石、師匠と肩を並べる大魔が一人って感じかな。



「では、拝謁の許可を貰って来る。此処で待っていてくれ」


「了解。宜しくね」



 リューヴが緊張した面持ちで正面へと歩む。



「…………リューヴです。只今戻りました」


「……。入れ」



 中から低く、そして重厚な男性の声が響く。


 屈強な兵士さえも慄く低い声色だ。



「すぅ――。ふぅっ、失礼します」



 大きく呼吸をし、リューヴが部屋の中へと姿を消した。



「随分と威厳ある声ねぇ。私の父親とは大違いよ」


「グシフォスさんだって十分威厳あるさ。只……その……」



 何んと言うか。


 釣り好きや、フィロさんの印象が強過ぎて若干影に隠れているというか……。


 うん。


 そういう事にしておこう。



「母さんがアレ、だからねぇ」



 マイも俺と同じ考えに至ったようだ。


 仕方が無いでしょ??


 そんな意味を含め、小さく溜息を付いた。



「――――。待たせたな、許可が降りた。入ってくれ」



 垂れ幕を左右に分けてリューヴが此方に戻って来る。


 いよいよ、か。


 掌にじっとりと重たい汗が滲む。



「もう――。レイド緊張し過ぎだって――」


「あのなぁ。大切な娘さん達を預かって、しかも任務の説明もしなきゃいけないんだぞ?? 緊張するのは当たり前だって」



 飄々とするルーに言ってやった。



「大丈夫!! お父さんは影が薄い――ってお母さんに揶揄われているし。それに凄く優しくてヒョウタンな人だよ!!」


「剽軽」


「あはは!! カエデちゃん、いつも指摘してくれてありがと――っ」


「ちょ、ちょっと……」



 えへへとにこやかな笑みを浮かべてカエデにキュっと抱き着くと、勢いそのままモチモチで大変柔らかそうな海竜さんの頬へ頬ずりを始めてしまう。


 ルーが羨ましいと思ったのは内緒にしておきましょうかね。



「オホンッ!! 失礼します……」



 変な空気になりかけた雰囲気を払拭する為、小さな咳払いをして垂れ幕を左右に分けて奥へと進むと……。


 正面、一段上がった場所で二人の人物が此方を待ち構えていた。



「「……」」



 左の女性は、恐らくルー達の母親だろう。


 白みがかった灰色の美しい髪、丸い瞳に誂えた様な弧を描く眉。


 すっと流れる鼻筋に小さな唇が良く似合っている。


 随分とゆったりとしている白を基調とした民族衣装を身に纏っている。


 柔和な印象が騒いでいる心を落ち着かせてくれた。



「……」



 それに対し、真正面の王座らしき椅子に鎮座している男性の雰囲気は身を窄めてしまう程であった。


 黒っぽい灰色の短髪、体に刻まれた無数の戦傷。


 漆黒の瞳に睨まれたら獰猛な猛禽類でさえ金縛りにあって動けなくなる。


 それ程の威圧感を放ち俺達を見下ろしていた。


 黒を基調とした服を身に纏いそれが威圧感を後押ししている。



 俺達を品定めするかの様に爪先から頭の天辺まで視線を動かす。



 ル、ルーの奴め。


 どこが優しくて存在感が薄い人だよ!!


 それと真逆の人じゃ無いか!!



 数十秒前に戻って彼女へ小一時間程説教してやりたい気分だ。



「初めまして。私はレイド=ヘンリクセンと申します。御多忙の中、私共の為に時間を割いて頂いた事に深く感謝しております」



 赤を基調とした絨毯に片膝を着いて頭を垂れ、彼等に対して跪いて第一声を述べた。



「どうも、レイドさん。私はファールと申します。娘達がお世話になっています」



 頭を上げると、ファールさんの優しい瞳と宙で目が合う。


 自分でも気付かぬ内に酷く緊張していた様だ。彼女と目が合うと不覚にもほっと心が和んでしまった。



「レイド、と申したな。俺の名はネイト=グリュンダだ」



 うっ。


 和んだのも束の間、ネイトさんが眉間に深く皺を寄せ。此方へ向かって圧の波を発生させた。


 体が委縮し窄んでしまう波に狼狽え、喉の奥がひりついてしまう。



「此処へ何をしに来た??」


「はい。説明させて頂きます……」



 今回の任務の内容、捕らわれた三名の解放。


 全て包み隠さずに説明する。


 話している間、緊張からか舌が異様に乾き何度も噛みそうになってしまった。



「――――。以上が此処へ参った理由になります」


「ふむ。成程……」



 ネイトさんは何か思う事があるのか。


 大変太い腕を組んで考え込む素振を見せた。



「貴様はあの人間達の解放を望むのだな??」


「はい。出来ればそうして頂けると光栄であります」


「ふぅむ……。そうか……」



 そんな怖い目で睨まないで下さい。


 人間達が勝手に侵されざる聖域に侵入されて怒る気持ちは十二分に理解できますけど。気の弱い鼠程度なら気絶させられる目力で睨まれてしまうと尻窄みしちゃうよ……。



「もう――。お父さん別にいいでしょ?? 解放してあげても」


「おっと……。ルー、今は大事な話の途中だ!!」



 ネイトさんの背後からルーが圧し掛かり、彼の肩口から軽い口調で話し掛けた。



「ルー。村の掟は知っているだろ?? おいそれとは奴らを解放出来ないのだ」


「え――。ケチ――。それならいつまで経っても帰れないじゃん」


「口が軽いぞ……。そちらの要望は理解した。では、交換条件といこうじゃないか」



「交換条件??」



 何だろう。


 俺に何かさせたいのかな??



「この里から南へ、とある場所へ向かって貰いたいのだ」


「南へ??」



 ここから南は確か……。クレイ山脈が連なっている筈。


 ずっと先だけどね。



「そこは無念を抱きこの世を去った者達の魂が集まる場所だ」


「父上!!!! ま、まさか。それは了承出来ません!!」



 リューヴが、はっとした表情で面を上げてネイトさんに食って掛かる。



「お前達もそろそろ奴と戦う時期だ。そう考えていてな。この際、どうだ?? この者達と鎮めに向かっては??」



 にやりと笑い、リューヴを見つめる。



「私とルーは構いませんが……。主を巻き込む訳には……」


「あの、そこには何がいるのですか??」



 おずおずと質問してみた。



「黒の戦士。我々はそう呼んでいる」



『黒の戦士』 ??



「無念を抱きこの世を去った戦士達の負の感情が一箇所に集まり形を成す。数十年に一度、若しくは数百年に一度。それは現れこの森に災いをもたらすのだ。それを鎮める事が族長である俺の務め」



「それと、奴を鎮める事が族長に選ばれる最低限の条件だ」



 リューヴが続けて話す。



「此処から里の戦士達が何度か討伐に向かい、帰って来なかった。父上以降、奴を鎮めた奴はいないのだ」



 大魔であられるネイトさんしか鎮める事が出来ない程の実力。


 果たして、俺達だけで退治出来るのだろうか……。


 でも退治しないと三名は解放してくれなさそうだし……。



「私は賛成よ」


 後方からマイの声が上がる。


「あたしも賛成だ。なぁに、これだけの手練れが揃えば怖いもん無しだろう」


「流石ね、ユウ」


「おうよ」



 軽く拳を合わせ、強敵と聞いて早くも意気揚々としていた。


 こっちの気持ちも知らないで……。



「私も行く」


「私も賛成ですわ。御安心して下さい、レイド様。私達はもう負けませんわ」


「いやいや、危険が待ち構えている所においそれとは近付けないって」



 グシフォスさんやボーさん、テスラさんにフォレインさんから預かっている大切な愛娘達を俺の軽率な判断で巻き込む訳にはいかない。



「私も行く――!! マイちゃん達となら大丈夫だって――」


「ルー!! 軽率に判断するな!!」


「そうだぞ。リューヴの言う通りだ。マイ達はいいかもしれないけどな?? グシフォスさん達はどう思う?? きっと喜び勇んでぇ……。了承……」



 しそうだよなぁ。


 正しく、龍頭蛇尾。


 声量が徐々に萎んでしまった。



「グシフォス!? 貴様、奴の娘か!?」


「はい?? まぁ釣り馬鹿の娘ですが、何か??」



 あっけらかんとネイトさんへ返事をする。



「ユウちゃんはボーさんの娘、んでカエデちゃんは……」


「父の名はテスラです」


「お、おぉぉおお!! そうなのか!! 全く気付かなかったぞ!!」



 目を輝かせ、陽性な言葉を上げる。


 確か、グシフォスさん、ボーさん、テスラさん、ネイトさん達は昔共に行動していると聞いた。


 旧友の娘を目の当たりにして嬉しいんだな。



「貴様らの父親は元気か!?」


「父さん?? 相変わらずの釣り三昧で真面に会話も交わしていないわね」


 はぁ、と溜息を漏らす。


「はは!! 奴は変わらんな!!」



 大きな口を開け、軽快な笑い声が部屋に響く。



「あたし……。オホンッ!! 私の父上は、母上の尻に敷かれています」


「フェリス殿は変わらんな。ボーの奴……。あれ程言っておったのに……」



 フェリスさん、変わらないんだ。


 昔からずっと尻に敷かれているようだ。



「父さんは……。はい、元気ですね」


「ちゃんと飯を食っているのか?? 奴の体は鶏ガラみたいに細いからなぁ」


「いいえ。食は細いままです」


「ふふ。今度美味い肉を馳走してやらねばな……」



 昔馴染の話を続けている内に、柔和な空気が部屋を包む。


 懐かしむネイトさんの目は……。


 威圧感は消え失せ、優しさが瞳の奥に垣間見えた。


 ルーの話していた通り。優しい人、なんだな。



「それで、レイド。貴様はどう判断する」



 おっと。


 瞳に威圧感が戻って来ましたね。



「ボケナス、腹を括りなさい。決まらないなら多数決で決めるわよ??」


「あ――もう!! 分かったよ。ネイトさん、その条件承ります……」



 最後はマイに押し切られてしまった……。


 どうなっても知らないぞ。



「うむ!! 出発は明日の朝一番で向かえ。詳しい場所は娘達が知っている。聞くといい」


「畏まりました。では、準備を整えますので失礼致します」



 静かに立ち上がり、ネイトさんとファールさんに対して深々と頭を下げた。



「リューヴ、ルー。レイドさん達を貴女達の部屋へ案内しなさい」



 ファールさんが柔らかい口調で話した。


 ネイトさんの後に聞くとほんと、落ち着くなぁ。



「分かりました。主、こっちだ」


「分かった。失礼します」



 参ったなぁ……。


 話の流れで条件を飲んじゃったけど、ネイトさんしか倒せない程の手練れなんだよな??


 それを俺達だけで鎮める事は可能なのだろうか。


 到着する前から気が重くなり、到着したらしたでより厄介な条件を突きつけられてしまう。


 心労祟って胃に穴が開かなきゃいいけど……。



「こっちだよ――!!」


「燥ぐな。喧しいぞ」



 軽快な足取りで部屋を出て行くルーと、普段のそれと変わらない所作で出て行くリューヴ。その二人の背に続いて部屋を後にした。




お疲れ様でした。


それでは皆様、お休みなさいませ。

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