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第十三話 狼の挨拶は元気良く返しましょう

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


区切って投稿しますと流れが悪くなると考え、纏めて投稿させて頂きました。長文になっていますので予めご了承下さい。


それではどうぞ。




 最終目的地である狼さんの里、並びに捜索個所へ出発する日には持って来いの晴天。


 清々しく晴れ渡った空からは燦々と輝く太陽が笑みを浮かべて朝一番に相応しい光を地上へ送っている。


 太陽の力を受けた人達はそれを己の力へと変えて今日も元気に活動を繰り広げ、田舎の街に良く似合った人の営みの音が奏でられていた。



「へぇ……。そうなんだ」


「有り得ないでしょ!? 私を置いて都会に出稼ぎに行っている間に浮気して!! 絶対許さないっ!!」



 まぁ、一部の方はその力を間違った方向に使用していますが。概ね良好な街の光景にほっと胸を撫で下ろした。



 今朝、食料品店が開くと同時にお店へとお邪魔させて頂いて人数分の食料の取捨選択を開始。



『お兄さん。良く食べるんだねぇ……』



 若干呆れ顔の女店主さんにあははと愛想笑いを浮かべて取り敢えず飢え死にしない程度の量の物資を買い漁り。



『そちらの女性は奥さん?? 二人共良く似合っているよ』


『そ、そうだよ!! い、いやぁ――。あたし達ってやっぱそう見えるんだな!!』



 女店主さんの揶揄いの声を受けて端整な顔が真っ赤に染まってしまったユウへ荷物を渡して、厩舎へ寄ってウマ子を引取り。


 街の中央を走っている街道を痛む肩を抑えて歩いていた。



 ユウの奴め……。肩を叩くなとは言わないが、もう少し威力を抑えて叩いてくれよ。


 脱臼寸前になるまで叩かなくてもいいじゃないか。



『何故左肩を抑えている』



 ウマ子が円らな瞳で俺の左肩へと視線を送る。



「これ?? ユウに叩かれて痛むんだよ」


『ほぉ。奴が、か。珍しいな??』


「何か女店主さんの冗談を受けて上機嫌でさ。それの恥ずかしさを誤魔化す為に俺の肩を利用したんだ」



『えへへ。じゃあマイ達に荷物を渡して来るよ!!』



 思わず地上に太陽が現れたのでは無いかと此方に錯覚させる笑みを浮かべると、腹を空かしているであろう龍の下へと駆けて行きその十分後。



『おらぁ!! ボケナス!! こんなふざけた量の荷物を持てって言うのか!? ああん!?』



 その大半はお前さんの胃袋の中へ消えちまうんだよと言えればどれだけ楽か。



『――――。宜しくお願いします』



 マイへそう念話を送り、後の文句は聞き流す事に決めた。


 アイツの文句を一々聞いて居たらキリがない。



 荷物を運んで貰うお詫びと言っちゃ何だが、精の付くものを買って行こうかな。ギャアギャア騒がれながら移動するのも疲れるし……。



「ん?? 何だ?? この匂い」



 街の西側の出口へと向かって少々重い足取りで向っていると。



『ちょっとそこで足を止めな』



 馨しい香りが此方の肩に手を乗せて引き止めてしまった。


 甘くて優しい香りだな。


 その香りに手を引かれて行くと……。



「スノウ特製フライシュバン!! スティームブルートは如何かね――!!」



 割腹の良いおばちゃんが蒸した白い物をこれ見よがしに長机の上に並べていた。



「あの……。それは??」


「これ?? スノウ特製フライシュバンとスティームブルートさ!!」



 いや、商品名では無くて。何かを聞きたいのですが……。



「小麦粉、砂糖、水諸々で練った生地でね。この蒸籠で蒸すんだ」



 ビシっ!! と素早く背後を指差したので、そちらへ視線を動かすと。


 石窯の上に竹細工で作られた蒸籠から蒸気が立ち昇り、その蒸気が風に乗って香りを散らしていた。


 あぁ、この匂いか。俺を此処へ導いたのは。



「蒸した生地の中には豚肉を使った餡と、もう一方は小豆を使った餡を使用しているのさ」



 へぇ――。


 蒸したパンの中にそれぞれ違う餡が詰まっているのね。



「試食してみるかい??」


「是非」



 大きな皿に盛られている大人の掌には到底収まらない大きさの白いふかふかの蒸しパンを手に取り、渡してくれた。


 初めて食べる物だけど……。ちゃんと食べられる物なのかしらね。



 恐る恐る口を開いて蒸しパンを迎えてあげた。



「頂きます……。うっま!!!!」



 歯が柔らかい生地を突き破れば閉じ込められていたお肉さんがこんにちはと顔を覗かせる。


 仄かに甘い生地と塩気を含んだ肉の塊が舌の上で手を取れば、あらあら不思議。


 素敵な朝食に早変わりするではありませんか!!



「そうだろう?? どうだい、買って行くかい??」


「フライシュバン十個、スティームブルートを十個下さい」



 朝からがっつり食う奴の量を考慮して少々大目に注文した。


 これだけあれば十分かな。



「お兄さん良く食べるねぇ??」


「あ、いや。この先にいる先輩方への差し入れですよ」



 咄嗟に思いついた嘘を話す。



「あぁ、その制服はパルチザンだね。いつもありがとう」



 柔和な笑顔で言ってくれる。


 簡単な言葉だけど、やっぱりこうやって顔を見て直接お礼を言ってくれると嬉しいな。


 仕事を頑張っているって実感出来るし。



「ほら!! ちょっとおまけしておいたよ!!」


「おっと……」



 紙袋に詰められたふかふかの蒸しパンを受け取る。



「お幾らですか??」


「一つ二百ゴールドだから……。三千ゴールドでいいよ」


「計算合いませんよ??」


「おまけって言っただろ?? おばちゃんの奢りだよ」



 快活な笑みを浮かべて数十分前に脱臼寸前にまで追いやられた俺の肩を叩く。


 痛みが迸り脳天まで突き抜けて行くが……、嬉しい痛みだ。



「ありがとうございます!!」



 現金を渡し、礼を言うとウマ子の元へ戻る。


 マイ達に良い土産が出来たな。



 やっぱ田舎だと物価が安いのかなぁ??


 品も良いし、値段も安い。至れり尽くせりだ。



「よし、ウマ子。出発しよう!!」



 彼女の手綱を手に取り西へと再出発した。



『随分と機嫌が良いな??』


「良い物が買えれば嬉しいもんさ。ウマ子だって好物を食べると気分がいいだろ??」


『まぁ、そうだな』


 ふふ。


 マイ達の喜ぶ顔が目に浮かぶぞ。この美味さに腰を抜かすがいいさ。



 街道沿い、若しくは家屋の中から人の話し声が耳を楽しませて笑い声が心を潤す。


 その音がウマ子の蹄の音を聞き取り辛くしていたが、街を出て数分もすれば俺の呼吸音と彼女の蹄の音しか聞き取れない自然に囲まれてしまう。


 生まれ故郷と同じで街から出たら直ぐに自然に絡まれてしまうな。


 振り返れば街の出口が何んとか見える程度の距離に到達。


 マイ達と合流を果たそうと西へ向かって進んで行くと。





「そこのお前、止まれ」



 正面から大変見慣れた軍服姿の男性が此方へやって来た。


 あっ!!



「初めまして!! 自分はパルチザン独立遊軍補給部隊所属、レイド=ヘンリクセン二等兵であります!!」



 数舜で背骨の一本一本を天へと伸ばしてパルチザンの兵へ直立不動で答えた。



「ど、独立?? 聞いた事ねぇ部隊名だな」



 そりゃそうでしょう。たった二人だけの部隊なのですからね。



「まっ、いっか。俺はラーシュ。此処で哨戒任務を続けている伍長だ」



 右肩の階級章を見ると……。


 確かに伍長の階級章が括り付けられていた。



「レイド、お前さんはこんな辺鄙な所へ何しに来た??」



 軍属の者固有の厳しい視線を此方に浴びせる。



「詳しい事は軍規で申せませんが……。この先へ任務で向かっている所であります!!」


「はぁ?? この先ぃ?? 歩いて行っても何も無いぜ??」


 うぅ……む。


 行方不明の三名を捜索しに行きますと端的に述べればいいのだが。一応、これも任務内容なので例え仲間であっても漏らす訳にはいかないのです。


 どうしたものかな。


 訝し気な顔を浮かべて俺の顔を見つめるラーシュ伍長。その視線を受けて微動だにしない、しがない二等兵。


 教えろ、言えない。


 押し問答の堂々巡りが暫くの間繰り広げられる事に覚悟を決めた刹那。



「――――。どうした??」


「あ、軍曹」



 此方の様子を見にもう一名の兵士が歩いて来る。


 三十半ばであろうか、兵士特有の鋭い視線と軍服を中から押し上げる分厚い胸板が目についた。


 軍曹……。つまり、分隊二隊を纏める下士官か。


 彼なら何か知っているかも。



「いや、此方レイド二等兵がこの先へ任務で赴くと言うのですが……」


「あぁ、その事か。通してやれ」



 はぁ――。良かったぁ。


 通達事項は必要最低限の人にしか知れ渡っていないみたいだな。


 そうでなければラーシュ伍長が首を傾げる筈も無いし。



「宜しいので??」


「上層部からそういう指示が来ているんだ」



 上層部……。



「軍曹殿、質問を宜しいでしょうか??」


「どうした??」


「その……。上層部というのは、一体誰からの指令でしょうか??」



 自分でも声が小さいなと思われる声量で質問提起した。



「お前は気にする必要は無い。任務に集中しろ」



「はっ!!」


 くそう。


 恐らくイル教の息が掛かっている人だと思うんだけど。


 どうせなら名前くらい聞いておきたかった。



「ここから先は未開の土地だ。慎重に進めよ??」


「了解しました!! では、失礼致します!!」


「あぁ、健闘を祈る」



 軍曹殿が険しい視線で此方を見つめる。


 厳しい口調で心が引き締まり、鋭い視線の激励が心に火を灯してくれた。



 よし、気持ちが引き締まった!!


 もう直ぐ着くからな、待ってろよ。


 未だ見えぬマイ達へそう言葉を放ち、蹄の音が大きく響く荒れ放題の街道を進み始めた。






 ――――。



「いいんですか?? 彼一人で行かせて?? この前来た三人もまだ戻って来ていないってのに……」



 伍長が小さくなり行く彼の背を見つめながら話す。



「そういう通達だからな」


「へぇ――。この前来た通達事項ってこの事だったんですね。任務の内容は書かれていました??」


「書かれていなかったぞ。だが……」


「三人の行方を捜しに来たんでしょうね」



 伍長が軍曹の心の声を静かに代弁した。



「多分な。恐らく無駄足になるだろう」



 軍曹が言葉を漏らすと同時に大きく溜息を吐く。


 それもその筈。


 約一か月もの間、普通の人間が大自然の中で生きる術は持たぬのだから。



「レイドとか言ったか。無事に帰って来れるのか??」


「大丈夫でしょう。ものすっげぇ手練れの気配を感じましたし。余程の修羅場を潜り抜けてきたんでしょうね」



 何気無い重心の取り方、軍属の者さえも慄かせる鍛え抜かれた体、そして何より。体全体から滲み出る雰囲気が他の兵士と一線を画していた。


 その彼から放たれる圧を嗅ぎ取った伍長が話す。


 たった一人でも此処の分隊二隊を容易に制圧出来てしまう力に、彼は自分でも無意識の内に警戒していたのだ。



「お前も感じたか??」


「はい。俺じゃあ太刀打ち出来ない感じでしたねぇ」


「はは、もっと鍛えろ。後輩に負けるのは悔しいだろ??」


「精進しますよっと。さて、超絶暇な哨戒任務に分隊員四名引き連れて行って参りま――っす」


「この前みたいにサボるなよ??」


「俺はサボっていないですよ。分隊員四名がサボっていたんですっと」



 伍長が欠伸を噛み殺しつつ、街道を逸れた位置に併設してある夜営地へと向かう。


 それを見送ると軍曹が静かに言葉を漏らした。



「シエル様の息の掛った兵士、なのか?? 彼がシエル様の寵愛を一手に受ける者……。いや、だとしたら一人で来る筈も無い。俺の思い過ごしか」



 静かに、そして小さくなっていく二等兵の背中を見つめ。その姿が見えなくなると彼もまた与えらた任務へと戻って行ったのであった。































 ◇





 畦道は草原へ、草原は悪路へ。


 そして悪路に変わり果てた行程は俺達に途方も無い疲労を与え続けていた。


 ぬかるんだ道は足の裏を食み、宙を舞う土埃と草の香が肺を刺激し、身を焦がす光が悪戯に体力を蝕む。


 スノウを出発し、早五日。


 最初の難関である川を何んとか渡り終えてから不撓不屈の精神を継続させて行軍を続けている。


 予定では間もなく到着だが……。先導役の二頭の狼は。



「もう直ぐ着くから頑張って!!」

「これ位、息を吸うより容易いだろう」



 などと希望が見えぬ言葉を放ち、これもまた体力を削る要因の一つになろうとしていた。



「さっきから同じ事しか言っていないじゃない」


「そ――そ――。もっと気の利いた言葉を言えよな――」



 分隊の後方からマイとユウの声が響く。



「全くその通りだ。いい加減……。到着してもいいだろ??」



 乾いた喉から必死に声を振り絞り言ってやった。


 水を含んだ土は俺達の足を先に行かせまいと手を伸ばし、質量を持った空気の壁が行く手を阻む。


 つまり、察しの通り。


 俺を含む全員で大人数人分の荷物を背負って何日も移動し続けている訳だ。


 あ、いや。訂正しよう、一名はウマ子を誘導する為。先頭の狼二頭は人間の痕跡の捜索と先導役を担い荷物は抱えていない。



「皆さん、頑張って下さい」



 美しい藍色の髪を靡かせ手綱を手に取り俺達へと檄を飛ばしてくれる。


 滝の如く汗を流して息も絶え絶えの中。今は彼女の透き通った声が力の源だ。



「カエデ、ありがとうな」


「うん」



 小さく頷くと、再び正面を捉えた。


 行方不明の三名はこの悪路を通ったのか??


 痕跡が何処かに残されているのでは無いかと考え、目を皿の様にして注意を払うが砂粒程度の痕跡も見つからなかった。


 違う道で向かったのだろうか……。それとも通り雨が彼等の痕跡を掻き消してしまったのか。


 俺達は土地勘のある二人の先導で、しかも最短距離を進んでいるから悪路は致し方ない。


 しかし、彼等は土地勘も無くましてや普通の人間。


 常軌を逸した力も、体力も無い彼等にこの悪路を進む選択肢は無い……筈。



「リューヴ」


「どうした??」


「何か……。人間が通った痕跡は見つからないか??」


「いや。細心の注意を払って見付けようとしているが、その痕跡は見当たらないな」



 う――む……。


 鼻が利き、しかも此処一帯が地元の彼女が言う事は間違っていない。


 だとしたら彼等はこの道を選択しなかったのだろう。


 よ――く考えたらこんな悪路は通ろうとは思わないって。


 現に。



「もう!! 重たいですわね!!」


「おら、口ばっか動かしていないでさっさと歩けや」


「肉体労働は……。筋肉馬鹿に任せればいいのですわ……」


「お――い。それってあたしも含まれてる――??」


「勿論ですわ!!」


「はは、ひっでぇなぁ」



 大魔の血を引く彼女達の間に疲労が渦巻き、何名かが憤りを隠そうともせず正直に言葉に出している。


 鍛えている者でさえこの状況だ。


 仮説は凡そ正しいだろう。


 しかし……。


 こんな負の状況下でも深緑の髪を軽やかに揺らし、目を疑う腕力を兼ね備えている彼女だけは飄々としている事に、俺は驚きを隠せないでいた。



「ユウ。疲れていないのか??」


「ん――?? まぁ程々に??」



 左様で御座いますか。



「あんたの馬鹿力を頼りにしてるのよ、っと!!」



 マイの軽快な言葉と同時に何かが弾ける音が響く。


 その辺りに生えている木でも叩いたのかな??



「いってぇな。胸叩くなよ」



 木ではありませんでしたね。肉が弾ける音ってあんな音だっけ??


 そんな下らない事を考えていると。



「ルー、聞こえたか??」

「ちょっと遠いけど多分……」



 分隊を先導する先頭の二頭の狼がぴたりと足を止めて、前方へピンっと伸ばした耳を向けた。



「…………。二人共どうした??」



 静かに歩み寄り、体を低くして警戒する姿勢を継続させている二人の間にしゃがみ込んだ。



「何か聞こえた様な気がしてね??」


「あぁ。恐らく……」



 何が聞こえたのだろう。


 彼女達に視線を合わせて茂みの先をじっと見つめていると、人間である俺にもその声が聞き取れた。




「オォォォォォォン……」




 美しい狼の遠吠えが空気を伝わり震わせて一陣の波となって押し寄せた。


 それはまるで静かな水面に伝わる波紋の様に円を描いて大きな輪が拡散して行き。遥か彼方の天まで届きそうな声量だ。


 俺は聞こえて来る綺麗な声に思わず目を閉じ。体の奥深くに入り込み反響し続ける清らかな狼の遠吠えを楽しいでいた。



「この声!! ソーちゃんだ!!」

「ふ、あいつめ。腕を上げたのだろうな」



「ソーちゃん?? ルー達の知り合い??」


「そうだよ!! 幼馴染でソーヴァンって名前の女の子だよ!!」



 幼馴染の狼さん、ね。



「警戒しているようだから挨拶をしてやるか」


「ぬふふ。私達の声を聞いて、腰を抜かすんじゃないかな??」



 二人は視線を合わせて一つ頷くと肺一杯に空気を取り込み、体を反って顎を勢い良く天に掲げた。


 遠吠えを返すのかな。




『ウオオオオオオオオ――――ン!!!!!!!!』




 刹那。


 双狼の口から放たれた遠吠えによって空気が激しく振動して鼓膜が震え上がり、その揺れ幅に思わず耳を塞いでしまった。



「うるせぇっ!! もっと静かに叫べや!! 鍋にして食うぞ!!!!」


「もう少し静かに出来ませんの!?」



 耳を塞いだのは俺だけじゃ無い様だ。


 後方から耳を疑う苦言が飛んでくる。



「今、何て言ったの??」



 耳から手を放して二人に問う。



「ただいま――って言ったんだ!!」


「へぇ!! 遠吠えにも色んな種類があるんだな」



 ソーヴァンさんの放った遠吠えは警戒。


 そして今しがた二人が放ったのは挨拶。


 人間には違いが分からないけど、狼には明瞭に違いが分かるのだろう。



「むむっ!! 来た来た!!」



 ルーが尻尾を振り、前方の茂みに向かい陽性な言葉を放った。


 まだ見えて来ないけどこの二頭は匂いで分かるんだな。


 今も待ちきれない様子で尻尾を振り続けているのがその証拠さ。



「…………。やはり、お前達だったか!!!!」


「ソーちゃん!!!!」



 薄い茶色と白色の毛を纏った狼が草を掻き分けて颯爽と現れた。


 そして片方の陽気な灰色と出会うと、陽気にじゃれ合い始めて地面を転げ回っている。



 あ――……。


 地面の泥が……。



「久々だね!!」


「ふんっ。元気そうで何より……。むっ!? 何故人間がここにいる!! しかも、貴様らは何者だ!!」



 低い姿勢で嘯く声を放ち、そしていつでも急襲可能な姿勢を整えてあからさまな威嚇を此方に向けた。


 口から覗く鋭い牙は人間の肉等容易く噛み砕き、鋭い爪は紙の如く皮膚を切り裂くであろう。



「ソーヴァン、主に手を出してみろ。私が黙っちゃいないぞ??」



 俺の前に狼の姿のリューヴが立ち塞がる。



「主……?? 貴様、まさか人間に負けたのか!?」


「あぁ、そうだ。掟に則り、主従関係を結んでいる」



 リューヴを倒したのはマイとユウだけどね。



「初めまして。レイド=ヘンリクセンといいます」



 少しだけ警戒を解いたソーヴァンさんに深々と頭を下げた。



「そして、後ろにいるのが……」



 マイ達へと振り返り軽い自己紹介をしてあげた。



「ふんっ、成程。世にも珍しい魔物と人間の混成団体か」


「珍しいのは認めるよ」



 まぁ厳密に言えば俺は人間じゃ無いのですけどね。



「しかし、未だに信じられぬな。リューヴとルーが負けるなんて……」


「ふふ――ん。レイドと戦って負けちゃったもんね――??」


「こら、泥が付くから止めなさい」



 飛び掛かる前足を優しく払う。



「むぅ……。少し位汚れても気にしないのに」



 君は気にしなくても俺は気にするの。



「ルーの奴は相変わらず剽軽……。と、と、と言うか!! 何故貴様は魔物の言葉が理解出来るんだ!!!!」



 俺とルーのやり取りを見つめ、驚いて目を見開きあわあわと口を動かして話す。


 え?? 今気が付いたのですか??



「うわぁ――。久々ねぇ、あぁいう反応」


「逆に新鮮に映るよなぁ」



 マイとユウの言葉も頷ける。


 こうしたやり取りは久々な気がしますもの。



「そこの狼さん?? レイド様は魔法を使わずとも私達魔物との会話を可能にしておられる稀有な方ですわ。そして、私と夫婦の契りを交わした仲なのです。一切の手出しは無用、努々お忘れにならないように」


「俺はあそこに居るマイから龍の力を受け継いで人間の体の中に龍の力を宿しているんだ。多分その所為で話せるのかと」



 初めから経緯を話すと日が暮れてしまいますので端的に説明してあげた。



「それに……。スンスンッ。何やら不思議な匂いがするな……」



 俺の周囲をぐるりと回りながら大きな鼻を服に密着させ嗅いでいく。


 微妙にくすぐったいな……。



「ちょっと!! 話を聞いていまして!?」


「手は出していないだろう??」


「鼻も駄目ですわ!!」



 蜘蛛の御姫様とソーヴァンさんの絶妙なやり取りに思わず吹いてしまいそうでした。



「あ、そうだ。ソーヴァンさん」


「何だ??」



 俺の正面に座り此方を見上げる。



「この地方に三名の人間が訪れませんでしたか?? 俺達はその三人の行方を追って此処まで来たんですよ」


「あぁ、あの人間共か。聖域に近付いた為、私達が捕らえて里が管理する檻に監禁しているぞ」



 やっぱりそうか!!!!


 ソーヴァンさんの言葉を受け、俺達は顔を見合わせた。



 それぞれの目は。


『やはりそうか』


 そう物語っていた。



「その……。申し訳ないけど解放してくれませんか?? 彼等が帰って来なくて困っている人達がいるので」



 今回の任務の主旨は捜索と救助。


 彼等の所在が分かった以上、後は解放して貰って帰還するだけ。


 意外と早く発見に至り、ほっと胸を撫で下ろした。



「それは了承出来ないな」


「えぇ!? そんな……」



 胸を撫で下ろしたのも束の間。


 彼女の口から手厳しい言葉が浴びせられてしまい、安心は脆くも崩れ去ってしまった。



「どうしても駄目、ですか??」


「あの人間共の処遇は族長が決める。私個人がどうこう出来る問題では無いのだ。もし、力尽くで解放しようものなら……。私達一族が相手になるぞ??」



 黒き瞳でこちらをじっと見上げた。


 威嚇の言葉を放ち、俺の反応を待っているようだ。



「そんな事はしませんよ」



 平和的に解決したいし、何よりルー達の故郷だ。


 角が立つ真似はしたくない。



「では……。族長に拝謁する事は可能でしょうか?? 直接懇願してみます」


「頼むも何も。族長はルー達の父親だ。何れにせよ会うのだろう??」



 まぁ。


 そうなりますけども……。



「貴様達の用件は理解した。里へ入る事を許可しよう、こっちだついて来い」



 くるりと背を向け、美しい毛並の尻尾をふっさふさと揺らしながら正面へと進んで行く。



「ありがとう!! よし、皆。進もうか」



 置いて行かれても不味い。


 気合を入れ直して再び巨岩の如き荷物を背負って移動を始めた。



「里に入れてくれるのは良いけどさ。皆疲れているし、ちょっと休憩するのはどう??」



 特に疲労を感じさせない口調でユウが話す。



「いや、もう直ぐ到着だ。気が抜けてしまうと体が動かなくなってしまう恐れもある。此処は強行しよう」



 腕と足に力を割いて、小さな声で話してやった。



「いい加減、お腹ペコペコよ……」


「はぁ?? さっき荷物の中をまさぐって、摘まみ食いしたばかりだろ??」


「ちょっと!! ユウ!!」



 ほぉ……。


 どうやら説教の時間が必要のようだな。


「マイ」


「な、何よ……」



 後方からたどたどしく返事が返って来る。



「飯を食うなとは言わん。だけどな?? 食料は皆の分も含まれているんだ。それなのに一人で、しかも俺の目を盗んで食うとは一体どういう考えに至ってその行為に及んだんだ?? 端的に説明しろ」



 頬を伝う鬱陶しい汗を拭い言ってやった。



「お腹が空いたから!! 以上!!」


「端折り過ぎだ!! 端的にとは言ったけどもう少し論理的に説明しろ!!」


「これ以上相応しい言葉がある訳無いでしょ!!!!」


「少し黙って頂けませんか?? 耳が不愉快ですわ」


「あぁ?? その耳に、槍をぶち込んで聞けなくしてやろうか??」


「聳え立つ壁には不可能かと」


「てんめぇ……。よくもまぁいけしゃあしゃあとぉ」



 狼さんよりも更に低い嘯く声を上げて白き髪の女性へと向かうが。



「マイ。五月蠅い」



 分隊長殿のお叱りの声が彼女の歩みを止めた。


 流石で御座います、カエデ分隊長殿。


 出来れば貴女様の御怒りの声で彼女を未来永劫縛り続け下さい。



「くっ……」


「ざまぁ無いですわねぇ?? そうやって怒られている姿がお似合いですわよっと」


「こ、この……。そのほっせぇ首ぃ……。捻じ切って綺麗な彼岸花咲かせてやらぁあああぁぁあ!!」



 俺と分隊長の願い悲しく。


 いつもの不必要な戦闘が開始されてしまった。






 ――――。





「……………。随分と賑やかだな」



 私の隣を歩くソーちゃんがレイド達の明るい声に反応し、興味津々といった感じで振り返る。


 その目は珍しい生き物を見る目その物だった。



「でしょ――?? 一緒に居て飽きないんだ」



 ふふん、里を出てから出会った自慢の友達なのだ。



「リューヴ、喧噪が嫌いなお前だ。この喧しさは堪えないのか??」


「最初は戸惑い、辟易したが……。慣れと言うのは恐ろしいものだな。今となってはこの喧しさが心地良く感じる時もある」



 ソーちゃんと並んで歩くリューが話す。



「え――。嘘だ――。いっつも怖い顔して私達を睨んでるじゃん」


「良く聞け。心地良く感じる時もある、と言ったんだ。いつも感じている訳では無い」



 だったら最初から五月蠅いって言えばいいのに。


 回りくどいんだから……。



「うむっ。特にあの深紅の髪、マイと言ったか。中々の身の熟しだな」



 光り輝く瞳でアオイちゃんに飛び掛かるマイちゃんを見つめている。



「私を倒したのは龍族のマイと、あそこにいる馬鹿げた大きさの南瓜を胸からぶら下げているミノタウロスのユウだ」


「あの力を解放しても、勝てなかったのか??」


「あぁ、完敗だ」


「ほぅ……」



 ソーちゃんはリューと一緒で戦闘馬鹿だからなぁ。


 目を離した隙にマイちゃん達とどんぱち始めそうだよ。



「私はねぇ、レイドに負けたんだよ!!」


「嬉しそうに敗戦を語るな。馬鹿者」


「リューヴだってやけに嬉しそうじゃん」


「ふんっ……」



 あ、照れたな。


 そうやってそっぽを向くのが良い証拠だ。



「あの人間如きに後れを取った、そう言うのか」


「只の人間じゃないよ?? マイちゃんから龍の力ってのを貰っててね?? それで私達と遜色無い力を持っているんだよ!!」


「先程言っていたな。龍族は面妖な力も有しているのか……。増々興味が湧いて来たぞ」


「止めといた方がいいよ?? マイちゃん達手加減知らないから」



 此処に来るまで沢山の組手をして酷い目に遭ったもん。



「そうだ。私も奴の相手は苦労する」


「あの人間、そして龍とミノタウロス。是非とも手合わせを願いたい」



 その台詞。


 リューの前では言わない方がいいよぉ。



「ソーヴァン。主を傷付けようものなら容赦しないぞ」



 ほらね??


 レイドの事になるとす――ぐこうなるんだから。



「良いでは無いか。ほら、あれだけ殴られても気絶しないのだ。私の相手も務まるだろう」



「てめぇ!! 誰の肩に触れてんだ!? あぁんっ!?」


「ち、違います!! お、お前の勘違い……。アブグッ!?」



 うわぁ……。


 五月蠅い喧嘩を止めに入ったレイドがマイちゃんに胸倉掴まれて平手打ちの嵐を食らっていた。


 まだ一応、意識はあるみたいだけど。


 もう直ぐ決着かな。



「ふふふ……。鍛え抜かれた体に、龍の力か。時間が出来たら味見をしてやろう」


「味見!? ちょっと!! 駄目だよ!? 食べちゃ!!」



 人間食べても美味しく無いと思います!!



「安心しろ、そういう意味では無い」



 はぁ、良かった。



「性的に食べるという意味だ」

「もっと駄目だよ!!!!」



 尻尾をピンっと立てて言ってやった。



「ははは!!!! 冗談だ。お前達の匂いが染みついた雄には興味が無い」


「んもう……」



 呆れた声で息を漏らすと、背後から一際大きな音が轟いた。



「ンビチッ!?」



 あ、終わったかな??



「レイド様!! 気を確かに!!」


「おらぁ!! ユウ!! この手を放せや!!」


「ま、まぁまぁ。ほら、落ち着けって。レイド気絶しちゃったし?? 喧嘩はお開きですよ――。いい子ですから言う事聞きましょうね――??」


「あぁ。良い香りですわぁ……」



 見慣れた光景に心が落ち着くなぁ。


 あ、ごめん。レイド。落ち着いちゃ駄目だよね??


 ここで心配するのが出来る女なのだ!!



「レイド――!! 大丈夫――??」



 白目向いてピクピク痙攣している彼の肩を前足でタフタフと叩く。



「このお惚け狼!! 離れなさい!! 今はレイド様を癒していますのよ!!」


「や!! おっぱいに顔を埋めていたらレイドだって休まらないよ!!」


「これは正妻である私の務めなんです!!!!」





「…………。これが日常茶飯事、なのか??」


「そうだ」



 怪訝な表情を浮かべるソーヴァンへ言ってやった。



「あの男の強さの一端が垣間見れた気がするな。あぁやって常日頃から体を痛めて、衝撃に強い体を構築しているのだろう。実に理にかなった行動だっ」


「いや……。まぁ、そうだな」



 否定するのも面倒だ。


 ここはこいつの解釈に頷いておこう。


 主よ、早く立たたないと里へ着く前に日が暮れてしまうぞ。


 白と灰色に挟まれ、体が左右に激しく揺れ動く様を見つめながら心の中でそう呟いてやった。




最後まで御覧頂き有難う御座いました。


さて、今し方投稿した時に気付いたのですが。ゲラゲラコンテストなるものに目が留まった次第であります。


筆者はそれを投稿してから長期連載を始めましたので感慨深いものがあるのは事実。


そこで、再び投稿させて頂こうと考えております。投稿させて頂きましたのなら後書きでお知らせしますので御覧頂けたら幸いで御座います。


その前に題材を考えないといけませんよね……。


文字で人を笑わすのは筆者の本懐である為、中々に難しい感じになりそうです。



それでは皆様、お休みなさいませ。

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