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第十一話 最北の街に到着

お疲れ様です。


休日の朝に投稿をそっと添えさせて頂きます。


長文になりますので温かい飲み物片手に御覧下さい。


それでは、どうぞ。




 荷馬車の車輪が地面の食む音、仲間達の陽性な日常会話、等間隔に響く小気味良い蹄の音が深い森の中。人の手によって築かれた道に小さく響く。


 大変静かな森の中で清涼な空気を胸一杯に取り込めば体に自然と活力が湧いてしまう。


 整然と整備された道では無いが、天然の障害物が多い森の中に比べて格段に歩き易い道を心地良い歩みで進んでいたのだが……。



「ん――。ふっふ――んっ。この森を抜けるとっ、御馳走が待ち構えているよの――」



 妙に上機嫌な赤き髪の女性の歌が大変残念な気持ちを湧かせてしまった。。


 人通りの少ない田舎道であるのならこの下らない歌を何んとか歩く力に変えて前へと進むのですが。



「おい、すれ違う人達が多くなって来たからそろそろ念話に切り替えてくれ」



 彼女の背に揺れる朱の髪を見つめて注意を促した。


 もう間も無くこの森を抜ける訳なのですが、街へ通じる道はこの一本し開通していない為。スノウへ近付くにつれて商人或いは観光客か。


 普通の人達とすれ違う機会が増えてきたのだ。


 余計な事件に巻き込まれて任務に支障をきたすのだけは御免被りたいのが本音ですよ。



「へ――い、へいへいっ。分かってますよ――」


「あのなぁ。お前さんの所為で皆が迷惑するかも知れないんだぞ?? 偶には言うことを聞けよ」



 ユウ様。


 横着で狂暴な龍への鋭い御指摘、有難う御座いました。


 そして、偶にはでは無くて。いつも言うことを聞けと仰って頂ければ幸いです。



 ユウの助言を聞き、大人しく従うかと思いきや。



「あ――い、あいあいっ。ルンタッタタノランッ!!!!」



 何を考えたのか。


 大きな荷物を背負いウマ子と肩を並べて歩く彼女の臀部へ向かい。


 歌を飯の糧とする者であるのならば必ずや辟易してしまう音程の外れた歌の調べに乗せて激烈な平手打ちを叩き込むではありませんか!!


 革の鞭の先端が空気を叩いた時の様な乾いた炸裂音が響くと。



『な、何だ!?!?』



 ウマ子が己の臀部を叩かれたかと勘違いして体をビクンと揺らせば。



「いってぇなぁ!! 人様の尻を勝手に叩くんじゃねぇ!!!!」



 現実に叩かれた猛牛さんが顔を真っ赤にして朱の髪の女性の細い首を万力で締め始め。



「ウギィッ!?!? は、は、放せっ……!! ゴ、ゴロズギガ!?」



 諸悪の権化はぷらぁんと宙に浮かされてパクパクと苦しそうに口を開き、呼吸困難に陥っている金魚の表情を浮かべて怪力無双さんの可愛い頬をペチペチと叩いていた。



「ユウ、後始末宜しく頼むね」


「ユウちゃん、先に行っているね」


「角度が悪い。もっと上に傾けろ」


「レイド様――。待って下さいまし――」


「殺す気で締めて下さい」



 お仕置きを続けるユウへ皆が助言を残して先へと進む。



「マ゛まっで!! カ、カヒュ!! おいでいがないでぇ――!!」


「皆からお許しを受けたから……。お前さんの命を刈って此処へ捨て置くからな??」


「ビィッ!?」



 ユウが珍しく本気で怒った声色を背に受け。暫く歩いて行くと……。念願叶って漸く北の大森林を抜けた。



 ずぅっと北に見える海、後ろには背の高い山と。その山に挟まれた深き森。


 そして西からは赤く染まり始めた太陽が俺達の踏破を祝福してくれていた。



 はぁ――……。やっと此処まで来たか。


 森の中で再びリザード達が襲って来るのではと心配したがそれは杞憂に終わった。


 そりゃそうか。


 もし、あいつらが暴れていたら再び軍へ援軍の要請が届く筈。それが無いということは今の所大人しくしてくれているのだろう。嬉しい限りだ。



 しかし、喜んでばかりはいられない。



 今回の任務の目標は要救助者三名の捜索と救助。


 名目はそれで、その背後にイル教の影がちらつく。


 マイ達魔物側に付く俺としては喜んで受ける内容の任務では無いが、上層部からの指示には従う。


 軍属の身としては当然だが、個人的には多少なりにも歯痒い想いを抱いていた。



 此処に来るまで十と二日。


 随分と長い間歩き続けているので本日はゆっくり休んで。最終補給を済ませたら出発しよう。




「お――。大分空気が冷たくなって来たねぇ」


「ルー。スノウを抜けて、里まではどれくらい掛かりそう??」



 端整な鼻をスンスンと動かして自然溢れる香りを体に取り込み、分隊の先頭を呑気に歩くルーに尋ねると。



「ん――。そうだなぁ……」

「凡そ五日だ」



 腕を組んで考え込むルーに代わってリューヴが答えた。



 五日か……。


 七人分の食料、ウマ子の餌も忘れずに購入して……。


 うん、大体の予算が頭に浮かんだ。後はスノウでそれが買えるかどうかの問題だな。


 購入出来なかった場合。


 森の中で今もグイグイと軌道を圧迫されているであろうアイツには悪いけど食料供給は節約させて貰おう。


 任務地に到着する前に、食糧難に陥って引き返すのは洒落にならないからね。



「ちょっとぉ!! 私が答えようとしたのにぃ!!」


「主は食料や補給品の計算をしているんだ。早く答えるに越した事は無い」


「おっ。良く分かったね??」



 翡翠の瞳を宿した彼女に言ってやる。



「ま、まぁ……。主従関係を結ぶ身だ。これ位、分かって当然だ」



 此方と刹那に視線を合わすと、フイっと視線を外してしまった。



「むぅぅ!! あ、そうそう!! ウマ子ちゃんが引いてる荷馬車が通れそうな……」

「川を渡る橋は無い。街を出たら北北西へと進路を取り、海と川が混ざり合う河口付近の馬が通れそうな浅瀬を渡り。我等の里へと向かう」



 昨晩リューヴと一緒にスノウ出発後の経路を相談しましたからねぇ。


 彼女が今説明した通り、クレイ山脈から流れて来る川を渡れる橋は無い。そして最短距離を進む場合、ある程度深い水深を通る破目になるそうだ。つまり、荷馬車は使用不可なので各自が荷物を背負い荷馬車は街へ置いて行く事となります。


 危険を孕む最短距離よりも、遠回りではあるが安全な道を優先させたい。


 それに行方不明の三名も俺達と同じ道を選択した恐れもある。彼等が残していった足跡を辿れる可能性もあるのだ。




「リュー!! 横取りしないで!!」


「貴様は五月蠅過ぎる。皆へ的確に伝える為には正確な言葉と口調が必要なのだ」



 大量の不必要な情報よりも、端的に纏めた必要な情報の方が有難いのは事実ですが。



「あ、川を渡ったら……」

「そこから先は我々の縄張りだと考えて貰って構わん。縄張り意識が強い者も居る為、私が先導する」


「んむぅぅうう!! 先導するのは私の役目だもん!!」



 もう少し仲良く情報を提供したら如何ですか??


 間も無く生まれ故郷に帰るのだ。


 御両親も喧嘩している姿では無くて、凛々しく成長した姿を期待して待ち望んでいるだろうからね。



「よ――!! 待って――!!」



 ユウの声だ。



「お疲れさ……」



 彼女の声を受けて振り返ると、思わず言葉を切ってしまった。何故なら……。



「ふぅ――。追い付いた」

「……」



 彼女の右手には白目をひん剥いて細かい痙攣を続けている女性の半死体が握られていたから。



 半死体の腰のベルトをぎゅっと握り、歩く度にぷ――らぷ――らと左右に揺れ動く様が笑ってはいけないのに笑いを誘ってしまうから質が悪い。


 口の端から粘度の高い液体をツツ――っと零し、今も残る苦しさからか手先は細かく震え。失神した直後なのか、ベッドで安眠を続ける時よりも体が弛緩しきってしまっていた。



「よっこいせ!! おら、そこで寝てろ。馬鹿野郎が」



 半死体を荷台に乗せて。



「んおっ!! 街が見えて来たなっ!!」



 いつもと変わらぬ快活な声と笑みを零して俺の隣へと並んだ。


 虫も殺さぬ顔をして……。


 人は見た目で判断してはいけないと言われる様に、この可愛い顔の下には恐ろしい素顔が潜んでいるのですねぇ。



「うっわぁ……。マイちゃんの失神した顔。気持ち悪っ」


「ルー、汚物を見てはいけませんわ。前を向いて歩きなさい」


「はいは――いっ」



 汚物って。もっとましな言い方がありますでしょう??


 例えばぁ……。



「カ、カペペッ……」



 あぁ、そうだ。


 居酒屋で浴びるまで酒を呑んで意思能力を喪失した者同士の喧嘩の成れの果てだ。


 真夜中、或いは明け方裏路地を歩いていると偶に出くわすからね。




「ふぅ。後少しだな」



 小高い丘から見下ろす街は以前と変わりなく、寧ろ数日振りに見る人の営みに安寧にも似た感情が胸の中に広がった。


 此処までに来る間、恐ろしい力を持つ皆様に親切丁寧にしごかれたからなぁ……。


 昼と夕。


 不作為に変わる相手に四苦八苦して、情けない息を上げながらも組手を続けた。御蔭様で本日も筋肉痛と打撲の痛みが引きませんよ。



「どうした?? 腕、擦って」



 此方の隣を歩くユウが普段の口調で話す。



「いや、ちょっと筋肉痛でさ」



 昨日、君に思いっきりぶん殴られた箇所が物凄く痛いのです。


 心に浮かぶ言葉とは真逆の言葉を伝えてあげた。



「あはは。あたしが整体してあげようかっ??」



 キュっと口角を上げて嬉しそうに十指をワチャワチャと動かす。



「ユウに揉まれたら筋肉が余計痛んじゃうよ」


「残念っ。あたし結構上手なんだけどねぇ」


「また機会があれば頼むよ」



 ユウから視線を外し。暮れ行く空を眺めてそう話した。



「今日は一泊の予定ですか??」



 御者席に座り手綱を取るカエデが話す。



「丁度いいや、今の内に予定を話しておくよ。スノウに到着したら先ず宿を取って、それから食事にしようと考えている」



「おぉっ!! 御飯だねっ」



 ルーが楽し気に一つ跳ねると、それに呼応したのか。


 将又、『御飯』 の単語に反応したのか知らんが。



「ゴバンッ!!!!」



 半死体が飛蝗も驚く速さで上体を起こして叫んだ。



「は、はれ……。御飯、は??」



 自分の状況を確認する前に飯の確認かよ。



「マイちゃん。もう直ぐ街に着くからそこで御飯たべよ――って」


「ぬっ!? おぉうっ!! 街が見えて来たじゃん!!」



 荷台から颯爽と降りて分隊の先頭へと躍り出る。


 数十秒前まで半死体の状態だったとは思えぬ所作に呆れてしまいますよ……。



「食事を済ませたら宿で一泊。翌朝、補給品を買い揃えてから西へ出発しよう。時間は……、そうだな。皆の疲労も溜まっている事だし……。十時にしようか」



 何より、俺もゆっくり寝たいのが本音だ。


 予定の伝達はこれでよしっと。


 後は……。



「カエデ。いつもの奴、頼める??」



 人の街に入る為には人の言葉を理解出来る様にならなければならない。一方通行だっけ??


 たった二十四時間だけ人の言葉だけを理解出来る物凄く便利な魔法だ。


 暴食龍はこれがなければ王都内でも満足のいく買い食いも出来ませんからね。



「もうさっき済ませた」


「へ??」



 予想した答えと違う内容に声が上擦ってしまう。


 いつの間に……。



「さっき森の中で、あんたが用を足しに行ったでしょ?? その時にちゃちゃっとね」


「あぁ。あの時か」



 元半死体の言葉を受けて一つ頷く。


 随分と手際が良い事で。




「そろそろ到着だ。何しろ人の往来が少ない街だからね、いつも以上に気を配ってくれ。俺達のような余所者は嫌でも目立つから」



「分かってるわよ。ユウ――、宿の部屋取ったら散歩でも行く??」


「ん――?? まぁ気分次第だなぁ」


「何よ、それ。じっとしていてもつまんないじゃん」



 いやいや。


 話聞いていました?? 目立つ真似はおよしなさいよと言ったのですよ??



「レイド。交代しましょう」


「ん、分かった」



 御者席から降りた彼女と代わり、目と鼻の先に見えて来た最初の目的地へと到着した。


























 ◇




 街道沿いの左右に幾つもの建物が建ち並び、朗らかな表情を浮かべて道を行き交う人の姿が確認出来る。以前来た時とは違う姿にほっと胸を撫で下ろした。


 前は補給が絶たれた所為か、全く人気が無かったからなぁ……。


 仕方が無いと言えばそれで片付いてしまうけど。何はともあれ、街に元気が戻って良い傾向ですよ。




「ウマ子。厩舎に行くぞ??」



 御者席から降り、彼女の面長の額を優しく撫でてから話す。



『分かった』



 此方の意思を汲んでくれたのか。上下に一つ大きく首を動かすと、街の入り口の直ぐ脇に併設されている厩舎へと共に向かって行った。


 分かり易い位置に建って居て助かるよ。



 この街は人里離れた位置に建てられているので殆どの人が馬の足を利用して訪れている。


 商人、観光客、帰省。


 立ち寄る理由は人それぞれですが馬は欠かせない存在なのだ。


 わりかし大き目な厩舎の入り口からは馬達の生活音が零れ、その音に足を引かれてお邪魔させて頂いた。



「すいませ――ん。厩舎を利用したいのですが」


「いらっしゃい。馬の預かりかい??」



 気の良さそうなおじ様が俺達の姿を見付けると直ぐに駆け寄って来てくれる。



「えぇ、明日の朝出発しますので。一日の利用料金はお幾らですか??」


「一泊だね。料金は五百ゴールドになるよ」



 ふむっ、手頃な値段だな。


 初見且軍人相手だから足元見た値段を吹っ掛けられるかと思ったよ。



「分かりました。…………、はいどうぞ」



 肩から掛けた鞄から現金を取り出して優しいおじ様へ渡してあげた。



「毎度ありっ。ちゃんと食事も与えておくから安心しなよ。荷台もこっちで預かるからね」


「有難う御座います。ウマ子、ゆっくり休め」



 大きな頬に手を添えて優しく語り掛けてやると。


『あぁ、そうさせて貰おうか』


「あはは!! こら、くすぐったいって!!」



 面長の顔が急接近すると同時にポフポフの唇が開いて生温かい舌が襲い掛かってきた。


 顔中に塗りたくられて行く生温かい液体が何とも言えない感情を呼び覚ます。


 全く……。甘えん坊さんめ。



「兄ちゃん達、仲良しだねぇ」



 おじ様が朗らかな笑みで俺とウマ子のやり取りを見つめて話す。



「ど、どうも。人一倍体力がある馬なのですが。偶に甘えん坊なのが玉に瑕でして……。こら、もういいだろ??」


『ふぅむ。満足だっ』



 一通り俺の顔を舐め回すと満足気に鼻息を漏らして顔を離してくれた。



「動物に好かれる人は心が温かい証拠だ。その制服……。兄ちゃん軍人なのに甘ちゃんって言われないかい??」



「え、えぇ。思い当たる節はあります」


『この馬鹿弟子がぁぁああ!! 何を甘い事を言うておるのじゃ!!』



 彼の言葉が届くと同時に師匠の怒号が脳内に響き渡った。



「この御時世。心が荒む事は幾つもあるけどさ、今みたいな光景はどこか和むよ」


「そう、ですね」


「聞いたかい?? 西の話??」


「西??」



 今回の任務地の話かな。



「あぁ、十ノ月の頭位かな。此処から三人組が西へ向かってね?? 十日程で戻って来るって行ったきりそいつらがいつまで経っても帰って来ないんだ。噂ではオークに殺されただ、狼に食われたって騒がれているぞ」



 あの三人組は約一か月前に出発したのか。


 だとしたら……。



「食料は十分に持って行きましたか??」



 この点が懸念されるな。


 ルーやリューヴ達の様に、狩の能力に長けた者が居れば話は別だが。大自然の中で普通の人間の力なんてたかが知れている。



「あぁ。しこたま買って行ったって話だ。ちょっとやそっとじゃ飢えはしないだろう。だがな?? 問題は食料じゃなくて……」


「命があるかどうか。ですね??」


「そう。ここから西は未開の土地。何が起こるか分かったもんじゃない。魔女の影響でオーク共がこの大陸を跋扈し、風の噂では森の中のどこかに魔物が潜んでいるらしい。一体どうなっちまうんだろうねぇ」



 溜息を付き、肩を落とす。



「我々パルチザンが日夜奮戦しております。今暫くお時間を頂くとは思いますが、必ずや魔女を討伐しこの大陸に平和を取り戻して見せます」



 その平和を勝ち取る為、日々任務に携わっているのです。


 不必要な不安を抱く事も無く、堂々と肩の力を抜いて日常生活を謳歌出来るまでその日までもう暫くの辛抱ですよ。



「ん。そりゃ御苦労さん。あんた、やっぱ他の兵士さんと違って優しいな。こんな一介の馬の世話係にまで声を掛けてくれるなんてさ」


「自分は分け隔てなく人に対して公平に話しをしますよ??」



 そうやって育てられましたからね。



「この街の西側から少し出た先にあんたの御仲間が門番をしているんだけどさ。不愛想な奴が多いんだよ。まぁ仕事なのは分かっているが、もう少し愛想良くして欲しいもんだ」



 西へ出立する時、彼等に御挨拶を送らせて頂こう。


 無言で通過したらレフ准尉に大目玉を食らいそうだし何より、先輩達に挨拶を送るのは当然ですからね。



「何か、問題を起こしていませんか?? もし、この街にご迷惑をお掛けしているのでありましたら報告させて頂きますけど……」



 もしも万が一、有り得ないと思いますが。街の人に迷惑を掛けているのならそれは見逃せない。



「まさか!! 不愛想なだけで、ちゃんと日夜続けて仕事しているよ。俺達が安心して寝られるのも、彼等のお陰さ」



 そうか。良かった……。



「あんた、この街に何をしに来たんだ?? 馬を一泊って事は明日出て行くの??」


「…………。申し訳ありません。詳しい事は軍規で言えません」



 彼に対して頭を下げて謝意を述べた。


 まぁ、狭い街だから西へ向かったと知れ渡るのは早いでしょからね。そこから知って頂ければ幸いです。



「いやいや、頭を上げてくれ。何気なく聞いただけさ。じゃあ、馬は預かるよ。また明日来てくれ」


「了解しました。宜しくお願いしますね」


 軽い笑みを浮かべて厩舎を後にした。



 う――ん。


 西にパルチザンの兵がいるなら……。マイ達と一緒に出るのは憚られるなぁ。


 宿を決めて落ち着いたら相談しよう。



 厩舎を後にして、少々硬い大地の上を歩きつつ明日の予定を頭の中で描いていると。




『お帰り――』


「あ、うん。ただいま」



 ユウの陽気な声を受けて顔を上げる。



『どした??』


「いや、ちょっと考え事をね。後で皆に話すよ」



『考え事?? 夕ご飯の事とか?? ふわぁ――……』


「お前と一緒にするな」



 呑気に欠伸を放つマイへと言ってやった。



「よし。じゃあ移動しよう」



 皆の前に出て、まずまずの活気がそこかしこに存在する街へお邪魔させて頂いた。


 街道の横幅は凡そ十メートル程。その脇に幾つかの店が建ち並び店先に居る店主達はどこぞの龍宜しく豪快に欠伸をしている。



 人通りは決して多くは無いが全く無い訳でも無い。


 普遍的な田舎の町。


 それが第一印象かな。



 街行く人はどこか長閑な格好をしており。



「ちょっと聞いてよ!! うちの旦那ったらさぁ――」


「あはは!! それ、さっきも言ってたよ」



 井戸端会議では主婦様達が日常の旦那の愚痴を肴にして盛り上がっている。これはどの街でも共通事項ですね。


 兎に角、大きな街と違いどこかゆったりとした時間が流れていた。



『田舎ねぇ……』



 俺と同じ感想をマイがしみじみとした感情を籠めて話す。



「そうだな。でも、俺はこういう雰囲気は嫌いじゃないぞ??」


『そう言えば、あんたの故郷もこんな感じだったわね』



「ランバートか。確かに……。似ているな」



 土埃舞う街道、子供の陽気な燥ぐ声、それを叱る大人達の怒号。


 心に染み入る光景に僅かながら郷愁を感じた。



『え?? マイちゃん達ってレイドの故郷に行った事あるの??』



 マイの直ぐ後ろを歩くルーが話す。



『そうよ?? 言っていなかったっけ??』


『初耳だよ!! ずるい!!』



 何でずるい、なんだ??



「任務の帰り道に寄ったんだよ。只、それだけさ」



 師匠の所でエルザードと激戦を繰り広げた後王都へと帰還。その道すがら立ち寄ったのだ。


 ちょっと前だけど随分昔の出来事に感じてしまうのはそれだけの量の経験をしたからであろう。



『ふふん。レイド様の育て親であられるオルテさんに御挨拶させて頂きましたわ。不束者ですが、レイド様の事を宜しくお願いしますと私にだけ!! 仰られていて……』


『へ!? そんな事も!?』


「いやいや……。言葉通じないじゃん」



 いつからアオイは人と会話が出来る様になったのですか??



『心で会話をして通じ合いましたの』



 それはもっと難しいでしょうに。



『うむむぅ!! ずるいぃ!!』


「機会があればルーとリューヴも連れて行くから。そんな怒りなさんな」



『あぁ、了承した』

『本当!? 絶対だよ!?』



 一方は静かに、一方は仰々しく。


 同じ顔なのにまるで正反対の所作で言葉を放った。



「約束しよう」


『どんな所かなぁ……。えへへ、楽しみだなぁ』


「そんなに期待されても困るよ。此処と同じで田舎の街なんだから」


『田舎町でもパンは美味しかったわよ??』


『パンも御馳走になったの!?』



 収拾付かなくなるからもうお止めなさい。


 そう止めようと声を上げようとしたが……。



「あぁ!! お兄さん!! 久々だね!!」



 正面から歩み寄って来た男性に声を止められてしまう。


 えっと……。どちら様でしょうか??


 太陽が傾き始めた光を背で受ける彼の顔は何処か優し気で、まるで旧知の友人を見付けた時の様な笑みを浮かべている。



「ほら!! 前、此処に来た時伝令鳥頼んだでしょ??」



 思い出した!!


 この街で店を経営していると言っていた人だ。


 リザードを撃退した報告を王都へ送る為、この街へ立ち寄った時に町長さんの下へ案内してくれたっけ。



「お久しぶりです!! お元気にしていましたか??」


「お兄さんのお陰で補給路も確保出来てさ、ちょっとずつ人も来てくれるようになったし。もう大助かりだよ。所で……。この女性達は??」



 マイ達を見つめて話す。



 あ、そうか。


 前は一人で来たんだな。



「ここまでの道案内を頼みまして……」


「ふぅん。そっか」



 良かった。


 さして興味が無さそうだ。



「お兄さん!! 今日は店で食べて行ってくれるよな!?」


「そう、ですね。先ずは宿を取ってからですが。はい、興味はあります」


「宿はあそこ。見える?? 古ぼけた二階建ての家屋」



 男性が指差すのは二十メートル程離れた家屋。


 彼が話す様に侘しそうな佇まいで街道沿いに建って居る。



「んで!! 俺の店はそこ!!」



 右手正面に見える、何処にでも建って居そうな家屋を指差す。


 まぁ、田舎町で派手に作っても意味が無いし。


 これ位の古さが景観を損なわせない為にも丁度良いのかもしれない。



「この地方で獲れた新鮮な野生動物の肉!! 街の皆で作った水々しい野菜!! 小麦が香る仄かな甘味のパン!! どれも自慢の一品さ!!」



 ほぉ……。


 態々店を探す手間も省けるし、ここにしようかな。



『ボケナス。絶対、この店にするわよ』



 お前さんなら速攻で食いついてくると思ったよ。


 マイの声が頭の中で響く。



『もう少し選んでもいいんじゃないのか??』


 念話で返してやる。


『冗談。いい料理人は顔見れば分かるわ。玄人である私の意見を信じなさい』



 まぁ、以前世話になったお礼もあるし。


 無下に断るのもなんだかね。



「宜しくお願いします。宿を取り次第、お邪魔させて頂きますね」


「良かった!! じゃあ早速用意しようかな!! 首を長くして待っているよ!!」



 笑顔を振り撒き、店へと駆けて行った。


 元気な人だなぁ。



『うし!! 飯屋も決まったし、宿に行くわよ』



 意気揚々とお馬鹿さんが先頭を歩き出すので。



「おい、待て」


『ぐえっ』



 後ろからシャツの襟を掴んでやると。



『何すんのよ!!』


「あぶねっ!!」



 想像以上の速さで裏拳が飛来するが、間一髪回避に成功した。


 今の速さ、角度。


 直撃を食らっていたら道の中央まで吹き飛ばされていたな……。仲間である者へ放つ威力ではありません。



「俺が先頭を歩くって。目立つなって言っただろ??」


『あぁ、そんな事言ってたわね。しゃあねぇ、私の前を歩く事を許可するわ』



 何で一々お前の許可を貰わにゃならんのだ。


 飯の事になると見境ないからなぁ。



『マイちゃん、落ち着きなって――』


『そうだぞ。いくら腹が減っているからって勝手にホイホイ進むのは頂けないなぁ』



 いいぞ、二人共。


 もっと言ってやれ。



『ふんっ。コイツがとろいからいけないのよ』



 ほぅ?? そこで俺に責任転嫁ですか。


 どうして君はいつも素直に謝れないのだろうか。


 フィロさん、娘さんは貴女が想像している通り好き勝手に暴れ回っていますので御安心下さいね。


 そして、次回会った時の為にすこ――しずつ証拠を集めておきますのでその点に付いても御安心頂けたら幸いです。



 そんな下らない事を考えていると宿屋の前へ到着した。


 離れていた所から見るより、近付いて見るともっと古臭く見えるな。


 見ていても部屋が取れる訳では無い。



 大分傷んだ数段の階段を上がり、踊り場を抜けて心配になる音を奏でる扉を開いて足を踏み入れた。



「いらっしゃい」



 受付で欠伸を噛み殺している壮年の女性が俺達を見付けると声を上げる。



「こんばんは。宿の部屋を借りたいのですが。空いています??」


「七人かい?? 四人部屋を二つ貸す事になるけど、それで大丈夫なら」



「それで構いません」


 良かった。


 空いているみたいだな。



 受付の右奥に二階へと続く階段が見える。


 恐らく、部屋へと続く階段であろう。



「はい、お待たせ。部屋は二階の一番室と二番室だよ」


 随分と軽い金属の鍵を渡してくれた。


「宿代は前金で払って貰っていてね。一泊お一人様、五百ゴールドだよ」



 やっす。


 経営的に大丈夫なのかな??



「じゃあ……。はい、どうぞ」



 鞄から現金を取り出して渡してあげると。



「毎度。それではごゆっくり……」



 柔和な笑みを浮かべて俺達を見送ってくれた。


 彼女に見送られて二階へと続く階段に一歩足を乗せるが……。古くて痛んだ木特有の耳に残る歪な音を奏でてしまう。



『お、おい。大丈夫か??』



 ユウがおっかなびっくり階段を昇る。



「大丈夫だろ。相当な重さじゃ無い限り、抜ける事は無いって」



 後ろのユウに声を掛けてやった。



『ははん?? ユウ、あんた太ったわね??』


『ばっ!! んな訳あるか!!』


『んふふ――。どぉれ?? お尻のお肉を触っちゃおう……』


『ルー!! 勝手に触んな!!』


『おほぉ!! やわらか――い!!』



 賑やかな音が頭の中に響いて不安になる音を払拭してくれるのは助かるが。


 少し騒ぎ過ぎじゃありませんかね??


 その足のまま二階へと上がり一番手前の部屋。


 擦れた文字で、一と扉の上に侘しく書いてある部屋の扉の鍵穴に鍵を挿した。



 頼む、開いてくれよ??



 借りた鍵だから開くのは当然なのだが、どうも家屋全体が古い為要らぬ心配をしてしまう。


 しかし俺の心配は杞憂へと変わり、硬い金属音を立てて扉が開いた。



 拍子抜けしちゃうなぁ……。


 いや、そんな心配をする事自体が問題なのでは??



「お――。まぁ、普通の部屋ね」



 マイが話す通り、部屋は質素な作りであった。


 四つのベッドが左右に分かれて二つ縦に並べられて配置されている。



 正面の窓からは茜色が微かに確認出来て、左手側には机と箪笥。


 どこにでもある宿屋。それがこの部屋の印象だ。



「何か、久々に部屋が別れるな。ほら、いつもは七人部屋だろ??」



 一番手前のベッドに腰かけて話す。


 うん。


 ベッドは好みの硬さだ。



「勿論。私はレイド様と同室ですわ……」


「暑いから離れなさい」


「あんっ。もう……辛辣ですわ」


「公平を期す為。クジで部屋決めするか」



 鞄から小箱を取り出し、色付きの紙を中に入れてやる。



「赤が四枚、青が三枚な。では、まず俺から……」


 適当に紙を摘まみ出し、皆に見せるように掲げてやった。


「む……。赤、か」


「赤だね!!」


「赤だからどうという事は無いけどね」



 紙の匂いを嗅ぐルーに言ってやる。


 てか、人の姿でそれはよしなさい。行儀が悪いですよ??



「じゃあ渡すから適当に引いて」



 一番近いルーに渡してやった。


 それから各々が順に色の付いた紙を引き続け、公平且公正な部屋決めの結果。



 赤色の紙を引いたのは、ルー、アオイ、ユウ。


 青色の紙を引いたのはマイ、カエデ、リューヴとなった。



「マイ」


「あ???? 何よ??」



 もう少し普通の言葉と、普通の表情で返事をしなさい。


 そんな顔を浮かべていると誰だって恐れを成して貴女と距離を取ってしまいますよ??



「ほら、受け取れ」


「おっと……」



 窓際から二番部屋の鍵を投げ渡してやった。



「無くすなよ??」


「ん――。了解」



 そのまま乱雑にポケットへとしまう。


 カエデに渡した方が良かったかな。



「じゃあ、荷物を置いて……。十分後に一階に集合って事で」


「了承した」


「分かりました。マイ、行きましょう」


「あいよ」



 三人が部屋を出て行く。


 まぁ隣だからそこまで心配になる事は無いだろう。



「さて、ベッドの位置を決めようか」


「私はここ――!!」


「あたしはここでいいや」


「当然、レイド様の近い位置にしますわ」



 ルーは左奥の窓際の近く、ユウはその右側。


 俺は扉から近い位置のベッドで、アオイはその左側。


 ま、これでいいでしょう。



「ふぅ……」



 大きく息を吐き、ベッドに寝転がると久方振りに感じる柔らかさに体が喜んでいるのか。体の奥で縮んでいた疲労が徐々に膨れ上がって来た。


 天幕の中とはいえ硬い地面に寝っ転がっていたからなぁ。早くも寝ちゃいそうだよ。




「レイド――。寝ちゃ駄目だよ??」



 灰色の狼さんが此方のベッドに飛び乗り注意を促す。



「変身して大丈夫??」


「出る時には人の姿に変わるって――」



 フワフワの毛に覆われた左の前足で俺の顔をタフタフと突く。


 柔らかいような硬いような……。


 何とも言えない固さだな。



「それならいいけどさ。ふぁ……」


「眠たいの?? まぁ久しぶりのベッドだもんね。ふぁ――」



 欠伸が移ったらしい。


 鋭い牙と赤い舌が容易に確認出来る程に、俺に負けじと大きく口を開いて欠伸を放つ。


 そんなに大きく開いて……。顎、大丈夫かな。



「レイド様、そろそろ出発しましょう。余り遅くては鬱陶しいまな板の苦言を聞く破目になりかねませんので」


「そうだな。ユウ、行けるか??」


 上体を起こして尋ねる。


「大丈夫――。荷物も置いたし」


「了解だ。出発しようか」



 重い腰を上げてベッドから足を降ろす。



 はぁ……。


 この柔らかさが早くも恋しいよ。


 ちょっと待っててな。直ぐに帰って来るから……。


 寂しそうな表情を浮かべて此方の背を見つめる白いベッドに後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にした。




お疲れ様でした。


これから休日のルーティーンである部屋の掃除に取り掛かるのですが……。掃除を終えた後の違和感って不思議に思いませんか??


少し前まであった物が無い。やたら空いた空間が目立つ等々。不思議の元となる物は枚挙に遑がありません。


綺麗になって心地良いのは事実なのですけどね。



それでは皆様、良い休日をお過ごし下さい。

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