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第十話 強くなるコツは食べて、鍛えて、そして細やかな変化 その四

お疲れ様です。


週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂います。


それでは御覧下さい。




 緊張感から生じる拍動の回数の上昇、呼吸の乱れ、発汗。その全てを無視して目の前の美しき獣へ視線を送り続けていた。


 緊張の色があからさまであろう此方に対し、対峙する彼女はその影も見当たらない。


 ふぅ――……。心を乱すな、集中しろ。


 己に強くそう言い聞かせていると、アオイが放つ圧に微かな変化が滲み出た。



 く、来るか!?



「では、行きます……」



 げぇっ!! は、速い!!


 数メートル先から静かな口調とは真逆の速度で此方へと突貫。


 一瞬で距離を潰され後手へと回ってしまった。



「はっ!!」

「うおっ!?」



 右の拳が頭上を掠め。



「たっ!!」

「んぎっ!!」



 下がった頭を捉えようと、左の拳が地面から突き上げられる。


 たかが二手の攻撃で早くも冷や汗が流れっぱなしですよ。


 こんな細い体の何処に此処まで早く動ける筋力が備わっているのか不思議でなりません。



「良く見えていますわね!!」


「師匠の教えだからね。相手の動きをっ!! 良く見て、自分の心に鏡の様に映す。機を窺い数舜にぃっ!! 賭けるのが俺の戦い方だよ」



 拳を交えながらの会話は酷い労力を費やすな。


 一瞬でもアオイから視線を切ったらやられるぞ……。



「では、想定外の攻撃は……。避けられますか!?」



 アオイがくるりと体を回転させた次の瞬間。



「へ?? グブッ!?」



 顎が跳ね上がり、空一面に広がる綺麗な星空を捉えた後。地面に膝を着いてしまった。



「蹴りを出すなら言ってくれよ……」



 猛烈に痛む顎先を抑えて話す。


 今まで見た攻撃には対処出来るけど、まさか後ろ回し蹴りが飛んで来るとは思いもしませんでしたよ。


 初見で対応出来る速さと体捌きでは無かった。



 それに今の体捌き……。リューヴと組手していた時に見たシオンさんとそっくりだったな。



 シオンさん、御安心下さい。


 貴女から受け継がれた体術は彼女の中で確かに華を咲かせていますよ。




「うふふ。着物を着用している者が蹴りを放つなど考えもしませんわよね??」


 にこりと笑みを浮かべて乱れた裾を直すと、尻もちを付く俺の前にちょこんとしゃがんだ。


「まぁね。いたた……」



 こりゃいかん。


 頭が揺れて、視界が定まらない。回復までもう少し掛かりそうだ。



「大丈夫ですか??」


「あ、あぁ。うん」



 痛む顎にそっと手を添えて此方の顔を覗き込む。


 端整な顔が間近に迫り、気が気じゃ無かった。



「レイド様は型に嵌った戦い方を好んで使用されますわ」


「どういう事?? 後、申し訳無い。もう少し離れて頂ければ幸いです」



 彼女が吐く吐息が鼻頭に当たってこそばゆいのですよ。


 だが、俺の願い虚しく。その場から一切後退せずに口を開いた。



「我流とは違い、型は戦闘において効率良く敵を倒す為に考案されたものです。敵の攻撃を型で受け、型で返す。その形に嵌れば負ける事はまずありません。しかし、その型に当て嵌まらない攻撃が向かい来れば……」



「――――。今みたいな予想不可能で突拍子もない攻撃には弱いのか」


「その通りで御座います。レイド様は今、発展段階で御座いますわ」



 と、申しますと??


 彼女から少しだけ下がって親身に聞く体勢を取る。



「私達と出会い世の広さと強さを知り。イスハさんと出会い型を、流派の心得の会得。そして様々な戦闘を経験して己の糧とする。全ての攻撃を知る事は不可能ですが、大量の戦闘経験値からそして経験則から相手の攻撃を予測出来る様になります。つまり……」



「それら全てを己の血と肉に変えて極光無双流の型に嵌めろ、と言う事かな」


 多分、そういう事だと思うけど。


「大正解ですわっ!! レイド様はお気付きでは無いとは思いますが。強さ、その一点のみを私達と比べますと何ら変わりありません」


「まさか。そこまで驕っちゃいないって」


「ふふ、控え目なレイド様もお好きですわよ??」



 再び此方との距離をジリジリと詰めて話す。



「レイド様と私達との違いは、経験。私共は幼い頃から訓練を受けていますのでその差が埋まればレイド様は必ずや私達を越える強さを持つ事が可能になりますわ」


「その差を埋めるのがまた大変だけどね」



 数えるのも億劫になる戦闘と苦痛。


 それを己の体に刻み込まなければならないのだから。



「御安心下さいまし。アオイがレイド様の御傍でいつまでもお支え致しますので……」



 はい、大変イケナイ顔ですね。



「あぁ、可哀想なレイド様。私が御怪我を癒しますわ……」



 蹴ったのはあなたでしょう。


 そう言いたいのをグっと堪えて後退りを始める。 



「だ、大丈夫。ちょっと休めば治るからさ」


「そう仰らずに……」



 うん、この目は良く無いなぁ。


 蜘蛛の巣に掛かった獲物を狙う獰猛な蜘蛛の瞳の色に変わり、御馳走の味を想像したのか。



「……」



 淫靡な液体を纏わせた舌で唇を濡らしてしまう。



「も、もうちょっと離れて」

「……??」


『どうして??』



 接近するのが当然なのにどうして離れなければいけないのかと、大変不思議そうに小首を傾げてしまう。



「ほら、今は組手中だからさ」


「勝者は敗者を自由に出来るのでは??」


「そんな事は決めていません!!」



 これ以上此処に留まるのは危険だと体が判断。


 若干ふらつきが残るものの、両足は頭の命令を受け付けてくれるので。恐ろしい肉食動物から距離を取る為。



「あ、明日の用意をしなきゃね!!」



 自分でも中々の機敏さだと頷ける速度で立ち上がると、安全と安心を求めて駆け始めた。



「もうっ。お逃げにならないで下さいまし。アオイは此処に居るのですよ??」


「どわっ!!」



 背後から粘着力の強い糸が急襲。体全体に絡みつき体の自由を奪う。


 そして俺の体は地を這う芋虫みたいに無惨に地面へと横たわってしまった。




 や、やっべぇ!!


 は、早くこの窮地から脱しなければ!!



 上半身と下半身を器用に動かして、外敵から必死に逃れる芋虫さん達へお手本の様な所作で移動していると。



「はぁ……。本当に美味しそう……」



 背中に大変柔らかいお肉の感覚が広がってしまった。



「乗らないの!! 後、食べようとしないの!! お腹を壊しますよ!!」


「だってぇ。最近レイド様とぉ。イチャイチャしてませんものぉ」


「それとこれは別です。第一、組手中は魔法の使用は禁止だろ??」



 蜘蛛の糸は魔法に含まれるかどうかはこの際無視します。



「組手は先程終了致しました。ですからぁ、これは……。ふふ、夜伽ですわ……。ファムッ……」



 右耳の上部を甘く噛み、鼓膜へ甘い吐息を無理矢理染み込ませて男の性を無理矢理覚醒させようとしてしまう。



「お止めなさい!! は、はしたないですよ!!」


「だ――め。ちょっと人目が気になりますが……。まぁ、許容範囲で御座いますわね」


「公の場では慎ましい行動を心掛けるべきなのです!!」



 こりゃいかん。


 頑張って体を器用に跳ねて押し退けようとするが、全然退く気配が無い。


 寧ろ跳ねれば跳ねる程、彼女の淫らな雰囲気が増していく気がする……。それならば亀の様に丸まって嵐が過ぎるのを待てばいい!!



「んふふっ。背中側はつまらないですわっ」


「ちょっ……、待って!!」



 亀さんの体をひっくり返す様に、俺の体を仰向けにして跨ると勝利を確信したのか。



「……っ」



 出会ってから今の今まで見た事が無い淫靡な顔を浮かべてしまった。



「レイド様ぁ。私、もう……」



 込み上げて来るナニかを堪える様に己の胸に手を当てて大きく呼吸を整えると、何を考えたのか。


 キュっと目を瞑って体を傾け始めてしまうではありませんか!!



「や、止め……。止まりなさい!!」



 腹筋を最大限に稼働させて跳ねさせても彼女の体は止まる処か。振動を受けてより傾きが大きくなり此方へと向かい来る。



「ん――……」


「駄目だって!! 正気に戻りなさい!!」



 彼女の体から発せられる甘き女香が鼻腔をそっと刺激すると体が自然と動きを止めてしまう。


 恐らく、アイツが目を覚ましたのでしょうね。




『ハッハ――!! いいぞぉ!! そのままこっち来――いっ!!!!』




 ほら、来たるべき時に備えて猛烈な勢いで腹筋運動を続けていますもの……。



『駄目ですよ!! アオイは僕達の大切な仲間なんですからぁ!!』


『うるせぇ!! ヤル時はヤラなきゃ男が廃るんだよぉ!!』



 心の奥底に沈めて制御していた欲情が微かに覚醒して軟弱な理性君を軽く凌駕してしまい、男の本能に従いそうになってしまうが。


 それでも何とかして窮地から逃れようと無意味に体をくねらせていると。



「キャッ!?」



 アオイの柔らかい肢体の感覚が消え失せた。



 た、助かったのか??


 状況を把握する為、周囲を確認すると。



「くそっ!! ユウの奴……。何て力だ」


「お、お退きなさい!!」



 激戦を物語る汗を流すリューヴが、キャアキャアと文句を放つアオイの上に跨っていた。


 鋭い翡翠の瞳を向けている方へ視線を動かすと、彼女を吹き飛ばした張本人がどんなもんだと力瘤を作って快活な笑みを浮かべていた。



 成程ね、あそこから此処まで吹き飛ばされたのか。



「く、くそう!! もう一度だ!! ユウ、逃げるなよ!!」


「あいたっ!!」



 リューヴのお尻に下敷きになっているアオイを踏み台にしてユウの下へ駆けて行った。


 何はともあれ、助かったのか……。



「いたた。人を吹き飛ばし、剰え踏み台にするとは何て人ですか!! 折角、良い雰囲気でしたのにぃ!!」



 着物に付いた土埃を払いながら立ち上がり、険しい顔を浮かべている蜘蛛の御姫様には申し訳ありませんが。


 自分はこのまま逃走させて頂きます。


 蜘蛛の糸で拘束されている事実は依然変わり無く、肉食の蜘蛛の餌食になるのは御免ですからね。



「グッ……」



 アオイから少しでも距離を置こうと必死に這う。


 あそこまで、あそこまで行けばっ!!



「あははっ!! カエデちゃんっ、こっちだよ――」


「ちょこまかと避けて……。海竜の攻撃力に恐れをなしましたね!?」


「あ、いや。遅いから避けるのも簡単だなぁ――って」



 アオイに気付かれぬ内に向こうに辿り着き、分隊長に助けを請えば必ずや救って頂ける!!


 微かな望みに賭けて再び芋虫の動きを模倣して硬い大地の上を進んでいると。



「あぁっ……。その様なお姿を見せないで下さいまし。アオイの奥に潜む嗜虐心が湧いてしまいますぅ……」



 背筋どころか、体中全部の皮膚が泡立ってしまう声色が聞こえて来てしまった。




「んげっ!!!!」



 ふ、振り返るんじゃなかった!!


 欲情の限界の限界を突破した感情が彼女の端整な顔を恐ろしいまでに歪めてしまう。


 中途半端に開いた口からは視認出来てしまう程の濃い粘着質な甘い空気が漏れ、目元は御馳走を見付けた鷹の様に三日月に湾曲。


 細く嫋やかな肩は感情と同調する様に激しく上下し、何かきっかけがあれば今直ぐにでも此方に向かって飛び掛かってきそうだ。



 お、俺を食う気かよ!!



「さぁ、どうぞ逃げになって下さい。捕まえたら……。魂まで貪り喰って差し上げますわぁ」


「ひぃっ!!」



 怖い事言わないで!!


 死に物狂いで分隊長が待つ現場へと這って進むが。



「ククっ……。本日、今此処でぇ。私のお腹にレイド様の命を注いで頂きますわっ!!」



 男の体を貪り食らい、精神を溶かす程の威力の毒牙を持った蜘蛛が迸る感情のまま襲い来てしまった。



「い、いやぁぁああああ!!」



 俺の体も此処までか……。


 せ、せめてもう少し真面な状況下で命を紡ぐ作業をしてみたかったものです……。


 決して叶わぬ願いを祈り、そっと静かに目を瞑った。









「死ねやぁぁああああ――――ッ!!」



 俺の窮地を救うとは到底思えない肝が冷えに冷えてしまう恐ろしい救世主様の声が轟くと同時。


 一陣の風が舞い降りた。



「マ、マイぃぃ!!」


「情けない声出すんじゃないわよ。おら、蜘蛛。ここからは私が相手だ」



 右手をくいっと動かして猛る蜘蛛の御姫様を挑発する姿に思わず目を奪われてしまう。


 普段であれば喧嘩はおよしなさいよと忠告するのだが、今だけは目を瞑りましょう。



 さぁ、派手に戦うのです!!!! 覇王の娘に敵う相手は居ないと証明してみせなさい!!



「退きなさい。用があるのは貴女では無く、後ろのお方ですわ」


「はっは――!! 退かねぇ。通りたければ、力尽くで通して見ろや!!」


「では……。そうしましょうか!!」



 始まった!!


 目の前で激しい拳の応酬が繰り広げられ、空を切る攻撃の音がマイの攻撃力の凄まじさを物語っていた。


 二人共、相当速いぞ。


 正直目で追えるのがやっとだ。



「食らえやぁぁああ!!」


「ふんっ。遅過ぎて欠伸が出ますわよ!!」



 風を纏ったマイの左右の連打を体捌きで避け、手で往なし。時折放たれる強烈な脚撃を見事な足捌きで回避する。



 マイの攻撃は速過ぎて頭で考えている間に攻撃が体に届いてしまう。



 アオイ自体はそこまでの速さを有していない為、頭で考えてからでは龍の攻撃は躱せない。極められた見切りと、豊富な戦闘経験、卓越した攻撃軌道予測。


 それらを駆使した蜘蛛の御姫様の体捌きに思わず見惚れてしまった。



「これなら……。どうだ!?」


「残念ですわねぇ――。外れですわ!!」



 …………


 死角からの攻撃も躱しているな。


 一体どうやったら死角からの攻撃を躱せるのやら。


 確とその卓越した所作を勉強させて貰います!!



 蜘蛛の糸に包まれたままアオイの一挙手一投足を見学していると。



「レイド――!! 危ないぞ――!!」



 ミノタウロスの娘さんから忠告が届いた。



「へ?? ぶむっ!?」



 突如として飛来した柔らかい物が顔の上に覆い被さり視界が暗闇に覆われて地面に倒れ込むと、呼吸が出来なくなってしまった。



 な、何!? この硬くも柔らかくもある物体は!?!?




「くっ……。筋力馬鹿め……」


「ん――!! んんんっ!!」



 顔の上からリューヴの声が聞こえて来る。


 俺の呼吸を阻害するこの正体は……。



「ひあゃっ!!!! あ、あ、主!?」


「ぷはっ!! 死ぬかと思ったよ……」



 珍しく上擦った声が響くと同時に、リューヴが驚くべき速さで腰を上げて退いてくれた。



「す、す、すまぬ」


「いえいえ。どういたしまして」



 風邪を罹患したのですかと問いたくなる程異常に頬を赤く染めて話す。


 まぁ、お気持ちは分かりますよ?? ユウに吹き飛ばされて悔しいのでしょう。



「ユウには勝てそう??」


「う、む。真正面からぶつかってもこうなるのだ。何かを変えねばなるまい」


「つまり、力勝負に負けてまた此処まで吹き飛ばされたの??」



「…………ぁぁ」



 声ちっさ!!


 悔しいのは分かるけどユウに力勝負を挑み、しかも真面からぶつかるのはどうかと思う。



「リューヴなら力以外で対抗出来るだろ」



 速さ、戦闘技術、卓越した動体視力。


 それらを駆使してユウを翻弄すれば良いのに。



「何を言う。越えるべき目標が目の前にあるのだ。力には力、技には技で越えねば意味が無い」


「愚直だなぁ。ま、そこがリューヴらしいかな」



 糸に絡まれたままの姿で言ってやった。



「ふふ。そうかもな」


「リューヴちゅわ――ん。もう降参でちゅかぁ――??」



 離れた所からユウの煽る声が飛んで来た。



「ぐっ……。ユウの奴め……。成敗してくれる!!!!」


「いや――ん。あたしこわ――い」



 絶対嘘だな。


 その声に呼応し、リューヴが再び牙を剥き出しにして向かって行った。


 力には力。技には技、か。正直そう考えるリューヴが羨ましいよ。



 俺にはそういう選択肢は無い。



 力も技も全て劣る俺には、体力に物言わせて愚直に突っ込むしか選択肢が無いのです。


 その結果。力で劣るアオイには糸で拘束されちゃうし……。


 情けないなぁ……。



「レイド。糸、解こうか??」


「お、助かるよ」



 一足先に組手を終えたのか。


 カエデが俺の隣にすっとしゃがんで話す。



「風よ、切り裂け」



 彼女の右手に鮮やかな緑の魔法陣が浮かぶと一陣の風の刃が糸を綺麗見事に寸断した。



「おぉ。ありがとう」


「いえ」


「そっちはもう終わったの??」



 上体を起こして肩を回すが……。うん、どこも異常無しっ。


 明日の移動にも支障がない事に一先ず安堵の息を漏らした。



「うん。終わった」


「えへへ――。余裕の大勝利だよ――」


「わっ……。ルーか」



 背に重さを感じ振り返ると、満面の笑みを漏らした狼さんが此方に体を預けて圧し掛かって来た。



「余裕?? 私の攻撃は何度か当たりましたが??」



 その言葉を受けてむっと眉間に皺を寄せる。


 可愛い顔が台無しですよ??



「あれ――?? そうだっけ??」


「そうですよ。見事に正中線を捉えたじゃありませんか」


「当たったけど、痛く無かったもんなぁ」



 俺の左肩に大きな狼の顔を乗せて話す。



「痛く無い??」



 ぴくっと眉が動く。



「うんっ!! カエデちゃんの拳はポニポニしてて、柔らかくて気持ち良かったよ!!」



 これ以上彼女を刺激しない事をお薦めします。


 負けず嫌いな海竜さんは自分が満足する結果を得られるまで行動を続ける御方ですからね。



「拳は柔らかい……。では平手は如何ですか!!」



 不意を突いた右の平手打ちが狼の横顔へと放たれる。



「残念っ!!」



 それを容易く見切ったルーが頭を肩から離す。


 つまり、つまりだよ??



 この平手は目標を見失い此方に向かって突撃して来る訳だ。


 いかんなぁ。


 目で追える速さだと痛みを瞬時に想像出来てしまうのが難点ですよ……。



「ふぁびちっ!!」



 乾いた炸裂音と共に突き抜ける痛みが頬を襲った。


 アオイに蹴られた余韻もあってか、加算された痛みが口内に響く。



「あ!! ご、ごめんなさい!!」


「だ、大丈夫です……」



 可愛く焦った声が響いたので、分隊長殿の焦燥感に塗れた顔を思い出に収める為。捻じれた顔を正面に戻して話した。



「見せて??」


「ん……」



 我が子の怪我を心配する母親の温かさを持った表情が迫り来る。


 ほぅ……。これはまた中々に貴重な表情じゃないか。


 普段は特に表情を変えずに行動しているカエデだが。己の失態から人を傷付けてしまうとこんな温かい顔を浮かべるのですねぇ。


 この顔を拝められるのなら何度でも張り手を受けられる覚悟はある。しかし……。


 少々近過ぎやしないかい??



「あはは!! レイド、今の痛そうだったね??」


「あのなぁ……。避けるなら避けるって言えよ」



 俺の頭の上に大きな下顎を乗せる狼さんへ言ってやる。



「え――。言ってたら避けれないもん」


「まぁ、そうだな」



 これは正論だ。


 アレコレ話している間に攻撃が迫る訳ですからね。



「うん、良かった。そこまで酷くない」


「どうも」



 可愛い御顔がすっと下がってそう話す。


 残念、もう少し間近で眺めていたかったのに。



「どうだった?? カエデちゃんの平手打ち」



「う――ん……。昔育ての親であるオルテ先生に横っ面を引っぱたかれた事があるんだけど。物凄く痛くてさ。それを余裕で越える威力だったよ」



 子供の時分。


 日が沈み、月が元気良く活動を続ける時間になっても遊び続けていて。頭の先から爪先まで泥だらけになって帰ったらとんでもない張り手が飛んできましたもの。


 あの愛の鞭は本当に痛かった……。



「カエデに逆らうと今の平手が飛んでくる。即ち、俺はこれからずっとカエデに歯向かえない訳だ」



 肩を窄め、若干大袈裟にお道化て言ってみせると。



「言い過ぎ……」



 唇を尖らせて俯いてしまった。


 分かり易く凹む姿は拗ねた子犬を此方に連想させますね。



「冗談だって。ま、でもカエデに逆らえないのは事実だけど??」


「もう……」


「痛いって」



 俯いたまま静かに右肩のお肉を摘まむ。



「おぉ!! あっちも凄いね!!」



 頭上の狼さんの視線の先を追うと。



「くたばれや!!」


「当たりませんわよ??」



 覇王の娘と蜘蛛の御姫様の組手擬きは未だに継続中。


 どちらも相手に会心の一撃を与えていないようだな。



「死ねぇぇええ!! 淫猥虫野郎がぁぁああああ!!!!」



 マイの一方的な攻撃が絶え間なく続くかと思いきや。



「汚い唾を飛ばさないで頂けますか!? 吐き気がしますので!!」


「うぬぅっ!?」



 微かに生まれた攻撃の合間を縫い、アオイの急襲が殺気全開のマイの攻撃を分断して攻め手の律動を狂わせる。



 素早さと威力を兼ね備えた龍の連撃。


 攻防一体の蜘蛛の柔の型。


 どちらも素晴らしいの一言に尽きますが……。これはあくまで演習なのですよ?? お二方。


 相手を確実に撲殺しようとする殺気は控え、組手に相応しい威力を心掛けなさい。



「どっちが先に当てるかなぁ??」


「難しい問題だな。このまま両者当たらずで終わりそうじゃない??」


「それだと、マイの気が収まらない」


「カエデちゃんの言う通り!! マイちゃんはあぁなったら厄介だからなぁ……」


「それは……。まぁ、うん。頷けるね」




「テメェのきったねぇ髪全部毟り取って羊の餌にしてやんよ!!」



 是非ともフィロさんへ聞かせてあげたい汚い言葉を撒き散らして襲い掛かる龍。



「あらあらぁ。貴女は空気を相手にするのがお好きなのですわねぇ――」



 飄々と罵詈雑言を受け流し、攻撃を躱す蜘蛛。


 俺達は満天の星空の下、熟達した両者の身の熟しを目に焼き付け。あのやり取りが若干飽きてくるまで見つめていたのだった。





お疲れ様でした。


投稿時にPV数を確認しました所、なんと……。第三の目標であった十万PVを達成する事が出来ました!!


これは私の力では無く、この作品を手に取って御覧頂いている皆様の温かい御声援の御蔭です。本当に、本当に有難う御座いました!!


これからも温かい目で見守って頂ければ幸いです!!



さて、次の御話では最初の目的地であるスノウへと到着します。


話の流れが悪くなるかと思ってこの移動パートは丸々カットしようかなと考えていましたが、後に繋がる話だと考えて掲載させて頂きました。


少々流れが悪くなってしまって申し訳ありません。


それでは皆様、良い週末を過ごして下さいね。

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