第三十七話 密林の白雪
お疲れ様です、本日の投稿です!!
それでは、どうぞ!!
彼女の視線には何か形容し難い力が備わっているのか。
漆黒の瞳が此方に向けられると心を奪われ、体の自由を囚われてしまう。
黒き服に身を包み、凛とした佇まいが異常なまでに良く似合う。
そして、大きく開かれた胸元から覗く成長した女性の武器が男の性を沸々と湧かせてしまった。
「うふふ。如何なさいましたか?? レイド様??」
初対面である筈の彼女から己の名が放たれ、ふと我に返る。
「あ、えっと……」
何故彼女は俺の名を知っているのだろう??
此れだけ華麗な姿だ。
一度見たら忘れる筈はないのだけども……。
「ふふ。お分かりになりませんか??」
えぇ、全く。
素早い瞬きをパチパチと繰り返すと、彼女が黒を基調とした珍しい服の袖をすっと捲し上げた。
「この傷を見てもまだ分かりませんか??」
白い柔肌にすっと入った一筋の傷跡、左腕に刻まれたその跡は嫌でも目に付く。
そして。
その傷跡を見つけた途端、頭の中に一体の蜘蛛の姿が映し出された。
「も、もしかして!? 共に行動した蜘蛛さん!?」
恐らく。
というか、それしか頭に浮かんできませんので。
此方が驚愕の声を放つと。
「その通りですわ。その節は大変お世話になりました」
ぱぁっと明るい表情を浮かべた後、此方に向かって静々と頭を下げてくれた。
黒き甲殻を身に纏う蜘蛛からはとてもじゃないけど想像出来ないって。
魔物と人の姿では雲泥の差ですもの。
あ、いや。別に蜘蛛の姿が醜いという訳じゃ無くて。人と魔物との姿の差が激し過ぎるのです。
「大変驚きましたよ。それが蜘蛛さんの人の姿なのですね」
美しい所作で元の位置へと頭を戻した彼女に話す。
「私の名は、アオイ=シュネージュ=スピネと申します。アオイとお呼び下さいませ、レイド様」
「呼び捨てで女性の名を呼ぶのは慣れていませんが……。極力努力させて頂きます」
「うふふ。御硬い口調ですわね??」
そりゃそうですよ。
一歩でも言葉の選択を間違えば……。
「「「…………」」」
彼女達に命を奪われてしまいますので。
背に受け続ける恐ろしい六つの瞳が心をきゅぅうっと窄めさせ、嫌な汗が背筋を無音で垂れ落ちて行った。
「アオイって名前なんだ。宜しくな!!」
ユウが軽快に手を上げると。
「此方こそ、ユウ」
彼女に対し、柔和な笑みを浮かべ。
「あなたが南のオークを撃滅したのですか??」
続け様にカエデが質問すれば。
「その通りですわ。此処から南へと単騎で出発、この里を襲撃しようと画策していた醜い豚を駆逐。その途中で馬鹿そうな魔物を捉えた時に傷を受け、残存戦力を刈り取った後にレイド様と出会いました。魔力が回復するまで待機しようと考えていたのですが……。此方に運んで頂き、真に嬉しゅう御座いました」
と、真摯に答えてくれた
見た目は冷酷な印象を与えますが、それとは裏腹に大変真面目な方なのかも。
「はっ。あんな馬鹿の攻撃も避けられないなんて、だっさいわね」
「言葉に気を付けろって……」
「ユウの言う通りだ。申し訳ありません、彼女はその少々言葉使いが荒い一面がありまして……」
何で俺がアイツの代わりに謝らなきゃならんのよ……。
「構いませんわ。顔と同じく、言葉も無粋なのは移動中に理解しておりますので」
「あぁ?? んだとぉ……」
はい、やっばいです!!
奥歯をぎゅっと噛み締め、袖を捲ってアオイに進もうとする彼女の前に立ちはだかり……。
「退け」
基。
立ちはだかろうとする意志だけを見せた。
この目をした彼女の前に立ってはいけません。
「アオイ様……。その者達は一体……」
後方から蜘蛛さん達の声が届いたので振り返ると。
皆一様に人の姿へと遂げていた。
いつの間に……。
「負傷した私を彼等が此処まで運んでくれたのです。敵意はありませんわ」
「そうでしたか……。しかし……」
そこまで話すと俺達の姿を訝し気な表情でじぃっと見つめる。
アオイの服とは違い俺達と然程変わらぬ服装に身を包んではいるのだが。
在る者は刀を装備し、また在る者は柄の長い槍と弓を手に持つ。
美しさを備えた彼女達だが……。一人一人が武を嗜む雰囲気を纏い、それは幾百の戦場を経験した兵士を彷彿とさせた。
「敵ではありません。彼に対し、その目を向けるのは……。私が許しませんわよ」
「は、はっ!! 申し訳ありませんでした……」
アオイの一言で一人の兵士の顔がサッと青ざめた。
ある程度の地位に位置する人なのだろうか?? そうでなければあの狼狽え方は頷けないし。
「では、レイド様。この地を収める女王の下へ案内致しますわ。どうぞ、此方へ……」
女王、か。
アレクシアさんみたいに話し易い人だったら宜しいのですけどね。
白い髪をふわりと揺らし、此方に背を向けると洞窟の奥へと進み始めた。
緑生い茂る此処であの白は嫌でも目に付く。
例えるのであれば……。
密林に佇む白雪って所ですかね。
「皆、行こうか。ウマ子は此処で待っていてくれ」
『あぁ、そうしよう』
洞窟の入り口付近で待機する様に命じ、黒き闇が何処までも奥に続く洞窟へ。彼女の背に促される様に入って行った。
◇
凹凸が激しい黒き岩肌の壁に添えられた松明の灯りが進むべき道を照らす。
洞窟の内の道は思いの外広く、そして密林の中とは違い湿度も低くひんやりとした空気が心地良い。柔らかい橙の明かりが閉塞感を拭い去ってくれていた。
だが、暗闇はそこかしこに存在しますので普遍的な家に比べると快適とは断定し辛いですね。
どこからともなく鳴り響く水が滴る音、あの蜘蛛が移動する擦れた音が壁を乱反射して此方の耳に届くと否応なしに心が肩を窄めてしまう。
洞窟の奥に誘い込んで……。捕食するつもりじゃあ……、ないよね??
蜘蛛の捕食方法はこうだ。
先ず、糸で絡め取った獲物を毒で弱らせ。抵抗を奪った後に消化液を体内に注入する。
ドロドロに溶けた肉を口腔からズルズルと吸い取り己の糧とするのだ。
あの綺麗な後ろ姿からは想像出来ない恐ろしい姿だよな。
そもそも蜘蛛の皆さんは何を食べているのだろうか??
俺達と変わらない食料?? それとも……。やっぱりお肉??
「レイド様。少々宜しいでしょうか??」
先頭を歩いていたアオイが歩みを遅らせ、此方の右隣りに並ぶ。
「どうかしました??」
「レイド様達が此方に足を運んで頂いてくれた理由は移動中の会話から存じておりますが。私共を統べる女王は少々難しい性格をお持ちなのです」
少々、ね。
「レイド様達の目的を話せば。里の者共の身を案じてくれた思いは掬って頂けると考えておりますが……。何分、蜘蛛は縄張り意識が強く他の種族の介入を好みません」
「つまり、余計な手出しは無用だと??」
「そこまで極端な言葉は使用しないと考えますが……。どうなるのかは女王次第です」
ふ、む。
成程ね。出過ぎた真似は控えよう。
「アオイ。周囲には何体のオークが存在するのですか??」
後方を歩くカエデが口を開く。
「――――。申し訳ありません。その情報は提供出来ませんわ」
艶を帯びた唇に細い人差し指を当て、暫く考えた後に話す。
「構いません。寧ろ、その反応が正しい選択です」
「うふふ。どういたしまして」
「よぉ、カエデ。何で正しい選択なんだ??」
間延びした声でユウが問う。
「アオイとは知り合って日が浅いです。信に足る人物だと此方を決めつけるのには早計ですからね」
「あ、そう言う事……」
ユウは一応納得した様なのですが……。
如何せん。
狂暴な龍は怒りが収まらぬ御様子で??
「おら、蜘蛛。こっちの情報を盗み聞きしておいてその態度はねぇだろ」
真っ赤に燃え盛る瞳でアオイの背を睨みつけていた。
「……」
「お――お――。いつも通りに無視か?? 人の誠意に応えるってのが道理だろうがよぉ」
口調、こっわ。
獲物を前にして襲い掛かろうとする熊も踵を返す口調に一言添えようとするが。
「レイド様!! 私、恐ろしいです!!」
「はい!?」
アオイが急に右腕にしがみついて来たのでそれは叶わなかった。
「な、何が恐ろしいのですか??」
たわわに実ってしまった肉の谷間から腕を引き抜き、五月蠅い心を鎮めてから問う。
突然過ぎて心臓が痛いです……。
「良く考えて下さいまし」
黒き瞳が此方を見上げる。
「何をですか??」
「動物は鳴き声、人は言葉。しかし、物は外的要因を加えぬ限り音を発しませんわよね??」
えぇ、その通りです。
肯定の意味を含めて一つ頷く。
「で、ですが!! あのまな板は言葉を発する処か……。二足歩行を可能にしていますのよ!? レイド様と幸せな移動を楽しんでいる最中にも醜く厭らしい赤色が私の目を汚し、耳障りな音が心を侵し、それならまだしも!! 全く役に立っていないのに食事だけは太った豚の様に貪る始末……。あぁ、レイド様はあのまな板の所為で大変な精神的苦痛を受けているのですわね、と。心を痛めて…………」
美しく湾曲した瞳で水を得た様に口を開いていたが。
「し、し、し…………」
後方から響く憤怒の声を聞くと刹那に瞳が鋭く変化。
「しねぇえええええええええええええええ!!!! 肉塊にして鳥の餌にしてやらぁあああああああああ!!」
アオイの死角からの攻撃をいとも容易く回避。
そして、行先を失った恐ろしい烈脚の到着する先は……。
「どぶぐぇっ!!!!」
自分の脇腹でしたね。
骨がパキっと心地良い音を奏で、大変御硬い岩肌に顔面を叩きつけられてしまいました。
「ま、まぁ!! レイド様っ!? 御怪我を!?」
「だ、大丈夫だから」
お願いします。
余り体に触れないで下さいまし……。
に、二撃目は耐えれそうにありませんので。
「んふふ。流石、レイド様ですわねぇ。逞しい御体ですわ……」
「頑丈なのが取り柄ですので」
差し出された右手を掴み、必要最低限に留めた体の接触を受けて立ち上がった。
「避けんなぁああ!! クソ蜘蛛がぁああ!!」
「ま、まぁまぁ。落ち着けって」
「は、放せ!! ユウ!! あ、あの蜘蛛に超気持ち良い一発を捻じ込まねぇと私の溢れんばかりの怒気は収まらないのよ!!!!」
「さ、レイド様っ。此方へどうぞっ」
「え、えぇ……」
鋭い牙をこれでもかと噛み締め、此方の心臓に悪い音を奏でる獰猛な悪魔から通常の倍以上の距離を保ちつつ通路を奥に進んで行くと随分と開かれた空間が現れた。
円蓋状に開かれた空間の左右には四つの入り口、そして正面に二つの入り口。
背後の通路を合わせれば計、十一の入り口か。
その出入口からは今も忙しなく女性兵達が出入りし、此方の様子を窺うと。
「アオイ様、失礼致します」
「アオイ様。御機嫌は如何で御座いますか??」
等。
必ずアオイに対し一礼、若しくは一声を掛けて洞窟の入り口へと向かって行った。
何だろう。
皆さんちょっと強張った顔をしているけど……。
「アオイさん」
「何で御座いましょうか?? 後、呼び捨てでお呼び下さいまし」
呼び捨てに慣れなる慣れない以前に、ある程度の地位に位置する者に対して。
里の皆さんの手前。呼び捨てで呼ぶのは大変失礼なのですよっと。此方の気持ちも汲んで下さい。
「何だか皆さんお忙しい御様子なのですが。一体、それは……」
今もすれ違う彼女達に対し一瞥を放ちつつ問う。
「それは女王との謁見を済ませてから説明しましょう。ささ、此方へ」
再び先頭に躍り出た彼女の後ろに続き、真正面の洞窟の入口へと進む。
「アオイ様。其方の者共は??」
その入り口の前で警備を続ける二人が俺達に制止を促す。
「私の恩人です。武器を下ろしなさい」
「「はっ」」
素早い所作で槍の穂先を天井へと向け、石突を大地に下ろした。
「では、参りましょうか」
洞窟の入り口とは打って変わり。
数段狭くなった通路を進むと、何やら妙な空気が体を襲う。
「っと……」
何だ?? この空気の変化は……。
柔らかい空気が硬さを持ち、此方の進行を妨げて来る。そんな感じだ。
「レイドも気付いた??」
此方の左隣で顔を顰めているカエデが話す。
「気付いたって……。何となく、だけど。空気が重い感じがするね」
「桁違いの強さを誇る者が持つ威圧、とでも申しましょうか。我々に対して、隠す素振を見せる処か。敢えて圧を放っている様にも見えますね」
威嚇と捉えた方がいいのかな??
これ以上進めばどうなるのか分からない者では無いだろう??
空気がそう語っている様にも見えてしまう。
「お気になさらないで下さいまし。母はいつも通りに過ごしているだけですわ」
「――――。ちょっと待って。今、母親って言いました??」
「この里を統べるのは私の母で御座いますわよ。レイド様」
だから蜘蛛の皆さんはアオイに対して敬う態度を取っていたのか。
此方に振り返る事無く、奥へと進み続けながらアオイが話す。
背に揺れ動く白き髪の隙間から覗く、珍しい服装に装飾された美しい花。
「カエデ、あの服と花の名称って分かる??」
ちょっと気になったので博識な彼女へ問うてみた。
「あの服装は着物と呼ばれる代物です。この大陸では余り普及していない服ですね。そして、あの白い花は月下美人」
「月下美人??」
「夕方から晩にかけて咲く花です。一年の内、たった一晩だけ咲く可憐な花。その香りは気持ちの良い香りです。そして花言葉は、 『艶やかな美人』 ですね」
艶やかな美人。
正に花言葉に誂えたような彼女の後ろ姿に思わず納得してしまった。
「あたしもミノタウロスの族長の娘なんだ!! 似た者同士だな!!」
ユウが快活な声を発する。
「アオイは蜘蛛の里の……。御姫様みたいなものか」
里を統べる者の血を継承する。
それが指し示す事はそういう事ですからね。
「姫……。まぁっ、うふふ。お褒めの御言葉を頂き嬉しゅう御座います」
そりゃどうも。
松明の橙の明かりに栄える白を見つめつつ両の足を進めて行くと、頑丈な扉が現れた。
扉は。
固く閉じられ、その中から溢れ出ようとする圧を含んだ空気を閉じ込めている為にも見えてしまう。
「お母様。お連れ致しましたわ」
アオイが扉の前で静かにそう言葉を漏らすと。
「入りなさい」
澄んだ声が扉の中から滲み出て来る。
「失礼します。では、皆さん。入りましょうか」
「「「「……」」」」」
此方の無言の了承を得て扉が開かれた。
先ず、視界が捉えたのは一段昇った段の上の椅子に座る一人の女性だ。
アオイ同様白く長い髪を携え、前髪はやや左へと流し。少々鋭い目付きであるが警戒心を抱かせない優しさが黒き瞳の奥から滲み出ている。
牡丹色の表面に美しい金の装飾が施された着物を身に纏う。
そして、長い裾から覗く曲線美に思わず息を飲んでしまった。
「皆様、初めまして。アオイの母。フォレインと申します」
足を組んだ姿勢を崩さず、そして赤みを帯びた唇が動くと背筋がゾクリとする声色が放たれる。
「此度は至らない娘を助けて頂き、有難うございました」
「い、いえ。私達は当然な行為をしたまでであります。申し遅れました、私の名はレイド=ヘンリクセンと申します。そしてこちらが……」
端的にマイ達の名を告げて行く。
そして、周知の事実であると思うが。此処に至るまでの経緯、並びにユウ達の里に起こった出来事を端的に説明した。
「――――。そして、我々は此処の様子を窺う為に参った次第であります」
「ふぅむ。そうですか……」
気怠い吐息を漏らし、足を組み替える。
可能であれば地肌を晒さない様、懇願したいです……。心に宜しくありませんので。
「では、事の発端を説明しましょう」
宜しくお願いします。
肯定を含め大きく一つ頷いた。
「皆様も此処へ至るまでに会敵したと存じますが、今現在我々はあの醜い豚と交戦中で御座います。西から突如として襲来したその数凡そ五千……」
「「「ご、五千!?」」
いつもの三人が仲良く声を上げ、フォレインさんの話の腰を折ってしまった。
そりゃあそうでしょう。
五千ですよ!? 五千!!
「申し訳ありません。話の腰を折ってしまいました」
「うふふ、構いませんよ。その大群の対処に追われ一部分の敵を東へ移動させてしまいました。恐らく、ミノタウロスの里を襲ったのはその者共であったと考えられますね」
此処で対処しきれなかった数が東へと移動し、ユウ達の里を襲ったのか。
うん。
矛盾していませんね。
だが、ここでふと疑問が湧いてしまう。
「え、っと。フォレインさん」
「はい?? 何で御座いましょうか」
「西から訪れるオーク共を撃退しているのは理解出来ましたが。蜘蛛の皆さんで日常から此処で足止めをしているのでしょうか??」
そう、この一点だ。
ユウ達の里の平和はオークが押し寄せ脅威に晒された。
そして今もここは脅威に晒されている。
つまり、日常的に戦いの場へと身を投じているとも考えられるのだ。
まさかとは思いますけど一応……、ね??
「その通りです。我々の祖先から受け継いだ土地を侵し、我が物とせんとする者を許せはしませんから」
「皆さんだけで対処しているのですか!? あの狂暴な豚共と!?」
「その通りで御座います」
いやいや。
当たり前の様に仰っていますけども……。無尽蔵に存在する敵と戦い続けて体力がもつのだろうか??
それに、兵士達にも限界はある。
精神や体力が擦り減り、いつまでも戦っていられる訳ではない。
「御安心下さい。あなた方が想像するような大群は極々稀です。一度に押し寄せてくるのは多くても千体。対処に手こずるのは今回の様な特殊な場合を除いてありません」
「今回の様な?? 一体、それは……」
「詳細は娘からお聞きくださいませ。さて、娘から伺ったのですが……。レイドさん達は此処から北へと抜ける予定で御座いますよね??」
「その通りです。この森を抜け、ギト山南西へ。そして進路を北北西に取り任務地へと向かいます」
アオイが知っていたのは恐らく、俺達の会話を聞いていたのだろう。
「残念ですが、それは少々難しいと考えられます」
「何故でしょうか??」
敵が北に部隊を展開しているのかな??
「この里の北にオーク共が部隊を展開しているからです」
毎度毎度……。
嫌な方向ばかりに勘が当たりますよね……。
「そして。この森を抜け平地へと出ますとそこは……。 『迷いの平原』 と呼ばれる深い霧が何処までも漂う場所です。己の手の姿さえも確認出来ない白く濃い霧、地磁気が狂い方位磁石も真面に機能しない。一度足を踏み入れたら決して抜け出せない恐ろしい場所なのです」
そ、そんな場所がこの大陸に存在したのか。
ギト山の麓の森は立ち入り禁止区域なので人が早々立ち寄らない事を加味すれば頷けるけど……。
「で、では西へ進み。暫くしたら北上する進路を取ります」
「それも困難かと」
あれま。
これも駄目ですか。
「此処から西へ進むと、醜い豚共が跋扈する森へと出てしまいます。その規模は不明です。腕に自信がある者でも生還は困難を極めます」
北も、西も駄目となると……。
一度東へ出るか?? そしてギト山南側へ出て西へ……。駄目だ。
迷いの平原に出てしまうな。
頭の中で最短経路を思い描いていると、フォレインさんが温かい声色を発した。
「もしも、我々に手を貸して下さるのであれば。迷いの平原の中でも正確な方位を指し示す方位磁石をお貸ししますよ??」
「手を貸すと申しますと??」
恐らく周囲に展開するオークを撃退する手助け、であろう。
「私の話を聞いた時点でレイドさん達には拒否権が消失してしまいます。さて、如何なさいますか??」
如何も何も……。
答えはほぼ決まっているんだけどね。
迂回すればファストベースまで到達の日数が伸び、任務に支障をきたす。
それに……。蜘蛛の皆さん達が戦っているんだ。
此処で素通りする程、俺は薄情では無いのです。
「皆、話を聞いていたと思うけど。どうする??」
後方に立つ三名へと振り返った。
「勿論参加させて頂きます。ここで愚か者達を食い止めれば東への侵攻を防げますので」
「あたしも大賛成だ!! 何より、あたし達の里が平和だったのは此処の皆の頑張りがあっての事だからね!! 恩を返すには持って来いさ!!」
カエデとユウは一つ返事で了承してくれたが、マイはどうだろ??
何だかアオイと仲が悪いし。
腕を組み、何やら難しい表情を浮かべている彼女に視線を送ると。
「ねぇ、蜘蛛の母ちゃん」
この人は一度、礼節って言葉を誰かに頭の中に叩き込まれるべきだな。
「言葉使いに気を付けなさい!!」
思わず声を大にして叫ぶ。
「構いませんよ。はい、何か御用ですか??」
「えっとね?? 戦いに参加するのは大歓迎なの」
おや。
そうなのか。それじゃあ戦闘に参加する方向で決まりだな。
「でもね?? 私…………」
おっと。
この声色は……。
「お腹が減ってるの。御飯を頂けるのなら喜んであの豚共をぶっ飛ばしてあげるわ!!」
「も、も、申し訳御座いません!! コイツには後で厳しく言いつけておきますので!!」
『おい!! 勘弁してくれよ!! 里の代表者に対して何て口の利き方するんだ!!』
堪らずマイの近くへ駆け寄り、小声で叱ってやった。
「腹が減っては戦えないでしょ!?」
そこじゃない!!
俺が言いたいのは礼節の事だよ!!
「うふふ。お食事も用意させて頂きます」
「そ、それじゃあ……。戦いに参加する形で構わないね??」
フォレインさんの御声を受け、改めて三名へと問う。
「構いません」
「おうよ!!」
「御馳走ね!?」
「はぁ……。では、喜んで其方の戦いに参戦させて頂きます」
「有難うございます。では、アオイ。作戦室へとご案内し、此度の作戦の概要を説明なさい」
「畏まりましたわ。では、レイド様。此方へ……」
「失礼します」
柔和に口角を上げるフォレインさんへ一つ頭を下げてアオイの後に続いた。
なし崩し的に蜘蛛さん達の作戦に参加する事になったけど……。
果たして大丈夫なのだろうか。
まぁ、腕利きが揃っていますので窮地に陥る可能性は少ないかと思いますけども。
言いようの無い不安感がふと心の中に浮かび、足を遅らせてしまう。
「おっせぇぞ!! 早く来い!!」
きっと足が遅れているのはアイツの粗相の所為もあるんだろうなぁ。
もうちょっとマシな言葉使いを勉強させようかな??
でも、例え勉強させたとしても。実行に移る気が無ければ無意味だからね。
勉強を施した此方の努力と時間が泡となって消えるのは了承出来ませんので、それはまた違う機会に。
彼女の中では食事にありつける事はもう既に確定事項の様だ。
あの煌びやかに輝く笑みが良い証拠です。
大きな疲労と不安の塊を吐き捨て、朱色の太陽の下へと進んで行った。
お疲れ様でした。
大型連休の真っ只中ですが皆さん如何お過ごしでしょうか??
私は今日も光る箱の前に座り執筆を続けております。十人十色と言われる様に、多種多様で素敵な連休をお過ごし下さいね。




