第六話 素敵な食事の前に事前説明
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
話を区切ると流れが悪くなると考え、長文になっていますので予めご了承下さい。
それでは、どうぞ。
少しだけ汚れた窓から赤き陽光が差し込みもう間も無く訪れる一日の終わりを告げている。
耳を澄ませば聞こえて来る陽性な人の会話、そして何処かへと急く足音。
私は喧しさの欠片も見当たらない部屋の中で一人静かに吐息を吐いた。
「ふぅっ……」
レイド様はお店の予約をしてくるとカエデから伺いましたが、此処はかなりの面積を誇る街。お帰りが遅いのも理解出来ます。
ベッドの上で最愛の人が帰って来るのを指折り数えて待ち焦がれていますが……。
その片鱗も感じられずに悶々とした感情を胸に抱き、カエデから借りた本を暇を持て余すように読み続けていた。
この探偵さんは少々お馬鹿さんですわねぇ。
まぁ、そこが面白い所なのですが。
「…………」
同室の狼はベッドの上で器用に爪を仕舞って丸まり、久方振りの静かな空間が気に入ったのか。気持ちの良い寝息を立てている。
時折ふっと目を開けると大きく口を開き、此方に鋭い牙を見せたと思いきや再び伏せて眠りに就く。
「ふぁ……」
私も心地良く眠る彼女に釣られて小さな欠伸をしてしまった。
いけませんわ。レイド様の前ではしたない姿をお見せする訳にはいきません。
しかし……。
先日までの疲労が蓄積しているのか、幾ら休んでも疲れが体の奥底から湧き上がって来る気配がいたしますわね。
先日の忌々しい事件の所為で魔力は一時底を尽きかけ、今も全回復には至っていない。
ですがこれは気持ちの良い疲労ですわ。
彼の為に忠を尽くす。
私はレイド様に己の全てを捧げても良いと考えています。
そう、この疲れはレイド様に捧げた忠の結果。喜んで享受致しましょう。
「…………。むっ」
リューヴがふと体を起こして扉を見つめる。
「どうかしました??」
本から視線を上げて彼女に問うた。
「喧しい匂いが近付いて来た」
「…………。あぁ、本当ですわね」
愛しの彼よりも先に、鬱陶しいまな板の魔力を感じてしまった。
はぁ、レイド様。アオイは寂しいです。
早く帰って来ないと寂しさに押し潰されてしまいますわ……。
「たっだいま――!!!!」
ルーが先頭で意気揚々と扉を開いて入って来る。
「よう。変わりないか??」
そしてユウが普段通りの所作で入室。私の隣のベッドに腰掛けてそう話した。
むむむぅ……。レイド様の御隣のベッドをいっっつも独占して!!
私にも使用させなさい!!
「至って平穏な時間でしたわ」
一つや二つ文句を言ってやろうかと考えたが、私はレイド様の正妻。
彼が許した事は私も許さなければならないのです。勿論、歯痒い思いは抱いておりますわよ??
慎ましく夫を支えるのが正妻の役割なのですっ。
「ほぉん。ほれ、差し入れ」
彼女が小さな紙袋を差し出してくれた。
「これは??」
それを受け取り、中身を開けると甘い香りが鼻腔を優しく抜けて行く。
「揚げパンって食べ物。美味しかったからさ、ついでに買って来たんだ」
「これはこれは。態々申し訳ありませんわね」
「ん――」
紙袋の中からそっとパンを取り出して目の前に晒す。
白い雪がパン生地の上に乗り私の心を悦ばせる。甘い香りに、疲れが癒されるようですわね。
「では、頂きますわ」
口を小さく開き、粉雪が乗せられたパンを一口含んだ。
はぁ……。
美味しいですわねぇ。どうして甘味は女子の心をこうも癒すのでしょうか。
故郷ではこういった甘味は余り頂けなかったので、この街で甘味を頂いた時は衝撃を覚えましたわ。
自然と口角も上がってしまうのも頷けます。
こうして様々な経験をさせて頂いているのも全てレイド様の御蔭。
甘味が心に染み渡り私を溶かす。これはまるで私と彼の逢瀬のようですわね!!
溶け合った体を重ね合い魂まで一つとなり、昂った二人は性の慟哭に抗えなくなり互いの体を貪り喰うですっ!!
彼の黒髪に手を這わせれば彼がそれに応えて私の頬にそっと手を添えると、互いの欲情が体温と共に高まり。
それを抑えきれない両者は欲望のまま唇を重ね合わせ、甘い味がする淫らな唾液が含まれた舌を淫靡に絡ませて。剥き出しの雄と雌の本能を混ぜ合わせる。
満足のいくまで素晴らしい感触を味わい尽くして静かに唇を離すと、無色透明な幸せの架け橋が互いを結ぶ。
欲情に駆られた彼が乱雑に服を脱ぎ捨て私の着物を乱暴に剥し彼は私の柔肌を見つめて硬い生唾を飲み込んでしまう。
いいのですよ?? 好きにして頂いて……。
まだ理性の欠片の残る彼にそう話すと、彼は性欲の奴隷と化して私に覆い被さり。私の秘所へ向かって薄布越しに己が欲望をぶつける。
そして、そしてぇ……!!
はぁん、レイド様ぁ。私は今日此処で受胎するのですわねぇ……。
「アオイちゃん。揚げパン美味しい??」
「――――えぇ。中々乙な物でしたわ」
陽気な狼の一言で現実に戻されてしまった。
折角良い所でしたのに……。この続きはレイド様が帰って来てからですわね。
「良かった!! 結構並んでいたから大変だったんだよ??」
そう言いながら私のベッドに飛び乗り、何故か知りませんが私の指をじっと見つめる。
「これ程の物ですから並ぶのも頷けますわ。所で、何を見ていらっしゃるの??」
「うん?? いやぁ……。手に付いた砂糖をね……」
私の右手の人差し指を見つめると、舌なめずりを始め此方に向かって一歩踏み出す。
「狼の唾液で指を汚す訳にはいきません。水で洗い流しますわ」
小さな魔法陣を浮かべ、水を出そうとすると……。
「だめ――!! 私が舐め取るの!!」
灰色の毛皮が宙を舞った。
「ちょっ……!! およしなさい!!」
体を捩じり、狼の襲来を躱そうとするが。
「舐めるの!!」
庇う手を舐め取ろうと無理矢理頭を捻じり込んでくるではありませんか!!
「く、くすぐったいですわ!!」
左の脇の辺りに指を隠したのが不味かった。
細かい毛並みが体を刺激してくすぐったさを増長させてくる。
「ンフフ――。もう少しだねぇ……」
「キャハハ!! 笑い死んでしまいます!!」
「…………。ただいま――。ん?? そこで何してるの??」
最愛の人の声が耳に届き、笑い転げる形から顔を上げるが……。
「貰ったぁ!!」
「や、止めなさ……!! アハハ!!」
指に生温かい感触、そして顔に覆い被さって来る灰色の毛。
私の思いとは裏腹に襲い掛かるくすぐったさがレイド様との再会を無粋に邪魔してしまった。
「お退きなさい!!」
もう!! 邪魔ですわねぇ!!
レイド様の御顔が見られないではありませんか!!!!
襲い掛かる獣を撥ね飛ばして荒い呼吸を整え、正妻である私に相応しい第一声を放った。
「レイド様。お帰りなさいまし」
――――。
「ただいま。よいしょっと……」
可愛く笑い転げるアオイに一声掛けてベッドの脇に荷物を降ろす。
広い街中を歩き続けていた所為か、ちょっと疲れたな……。
硬くも柔らかくも無いベッドに腰掛けて一つ息を漏らすと。
「よぉ、なんか疲れた感じだな??」
気持ち良さそうにベッドの上で寝転んでいるユウが声を掛けてくれた。
「朝から任務の説明、そして店の捜索。歩き疲れたのが素直な感想だね」
「へぇ――。んで?? 店の予約は取れたの??」
「勿論。任務の説明をしてからお店の場所を……」
そこまで口を開くと、右肩にいつもの重さが静かに現れた。
「あ――ん。レイド様ぁ……。狼に穢されてしまいましたわぁ」
重さならまだしもこのチクチクした毛を擦り付けてくるのは遠慮願いたい。
「こら。今ユウと話しているから」
黒き甲殻を身に纏う蜘蛛の体を左手で優しく押し退けて話す。
「私は大変寂しかったのですよ?? それなのに胸のお化けと話すと言うのですか??」
「おいおい。酷い言い方だな??」
呆れた笑みを浮かべてユウが話す。
「ねぇ、レイド様ぁ。私と御話しましょうよぉ――」
「後で話すから」
蜘蛛の節足が首筋をちょいちょいと突けば。
「レイド!! 私とも楽しい御話しよ!!」
ベッドの脇から狼の顔がにゅっと生えて来る。
「ですから。先ずは任務の説明をですね??」
帰って来て早々嬉しい疲労感を与えてくれるのは結構なのですが。
もう少し慎ましい態度で接して欲しいのが本音かな。
カエデやリューヴを見習って……。
「あれ?? カエデは??」
壁際のベッドにいつもの藍色が確認出来ない事に違和感を覚えて声を出した。
「カエデちゃんはまだ図書館じゃないの?? ほら、朝から出掛けてるしっ」
何か気に入った本があってそれを退館時間ギリギリまで読み耽っているから帰りが遅れたのであろう。
「成程ね。――――、ルー。シーツが傷付くから乗らないで」
さりげなぁくベッドの上に乗り。何やら高揚感全開で俺の顔を見つめる金色の瞳へと言ってやる。
「ちゃんと爪は仕舞ってあるよ??」
ほら、見て見て!! と。
後ろ足で器用に立ち、前足を差し出してその証拠を見せてくれた。
「獣の穢れた毛がシーツに付着してしまいますと、レイド様は獣臭くて眠れないと言っているのです」
蜘蛛の御姫様??
全然違った意味の言葉を発しないで下さいます??
「アオイちゃんばかりズルイよ!! とうっ!!」
「「げっ!?」」
散歩に連れて行ってくれない犬が猛抗議する様に。
後ろ足でガバッ!! と立ち上がると、勢いそのまま。灰色狼の巨躯が覆い被さって来た。
「こ、こら!! ど、退きなさい!!」
「えへへ――。や――」
両前足でガッチリと此方の頭を拘束。
フワフワな毛の中に顔がすっぽりと収まると、鼻腔の奥へ例の獣臭が突き抜けて行った。
本日も相変わらずの獣臭さで御座いますね……。お腹の中が空っぽで良かった。満腹だったら危なかったかも知れないからね。
「レイド様のご尊顔が見れないではありませんか!!」
「アオイちゃんだけズルイもん!! 私もレイドと遊びたいのっ!!」
一匹の蜘蛛と一頭の狼が乱痴気騒ぎを始めると上半身が苛烈な勢いで左右へと揺らぐ。当然、その勢いは狭いベッドの上で収まり切らないので。
「ぐぇっ」
秋の夕暮れに相応しい冷たさが残る木の床の上へと落下してしまった。
「こ、この!! ケダモノめ!!」
蜘蛛が器用に糸を放射すれば。
「や――!! 糸投げないで!!」
狼がそれを器用に躱す。
要らぬ攻撃を受けぬ様、咄嗟に俯せの状態へと移行して大切な我が身を守った。
頼むから静かにして下さいよ……。こっちは疲れているんだから……。
「おい、こら。きったねぇ糸が飛んで来たぞ??」
「あぁ、居たのですか。色々と小さくて目に入りませんでしたわ」
「ハハハ。私の聞き間違いか?? 今……。何て言った??」
肝が冷えに冷えてしまう龍のドスの効いた声が部屋に響く。
それは嵐の始まりを予感させる雷鳴の如く轟いた。
「何度でも言ってやりますわ。色々、と。小さく、て。目に入りませんでした」
「じょ、上等ぉ。八つ全部の足へし折って汚ねぇ黒い煎餅にしてやんよ!!」
「貴女には不可能かと思いますわよ??」
龍の物騒な言葉を皮切りに戦いが更に激しくなる。
大自然に対して人間の力等、ちっぽけなものに過ぎない。自然の猛威に抗うのでは無くて、完璧に固めた安全な家の中で静かに通り過ぎるのを願うのです。
俺は両手で頭を庇い恐ろしい嵐が過ぎ去るのを必死に願った。
「ぐえっ!!」
誰かが俺の背を踏み、足台にすれば。
「いてっ!!」
頭を踏んづけて飛び上がる始末。
「ルー!! 喧しいぞ!!」
「リューだって五月蠅いじゃん!!」
「死ねやおらぁ!!」
「こちらですわよ?? 嘆きの壁さん??」
「いたっ。マイ、あたしの胸を踏み台にするな」
お願いします。嵐よ、収まりたまえ……。
そして誰かこの理不尽な暴力の雨を止めてくれ……。
「――――皆さん。今、宜しいですか??」
自然の猛威を収めてくれる救世主の声が部屋に響くと俺は心の底から安堵した。
ふ、ふぅ――……。助かったぁ。
「カ、カ、カエデちゃん……」
ルーの慄く声を受け、そっと顔を上げると。
雷狼の血を受け継ぐ彼女が恐れ慄く理由が瞬き一つの間に分かってしまった。
カエデの表情は生命の息吹を一切感じぬ凍てついた氷の大地のようであり、見る者全ての心を凍り付かせてしまう程の寒波が彼女の周りに渦巻いていた。
「何をしているのですか??」
「え、えっとぉ。ちょっと軽い運動をですね。していた訳でありましてぇ」
氷の女王が口を開けば、狼は耳をパタンと垂れ。
「そ、そうよ。明日から任務再開でしょ?? それに合わせて……ね??」
「人を踏みつけてまでする行為ですか??」
「うっ……」
空と大地の覇者である覇王の子をも圧倒する眼力。
流石は大海を統べし海竜の子。真に敬服いたします。
「ほ、ほら。もうじゃれ合いも終わったし。これでお開きって事で」
あははと笑い、ルーが話すと。
「…………。右足」
つめたぁい瞳で狼の野太い右足を見下ろした。
「え?? あ!! はいはい……」
俺の太腿に乗せていた右足を驚くべき速さで退かして、器用に口角を上げて氷の女王様の御機嫌伺いを始めた。
「レイド。散らかった荷物を早く片付けて下さい」
「分かりました!!」
これだけ早く動いたのはいつ以来だろう??
そうだ、訓練生時代だ。
彼女の恐怖の声を受け、教官に怒鳴られて物を片付けた記憶が不意に蘇る。
俺はその時のように、いや……。その時と比べ物にならない程の速さで荷物を纏めてベッドの脇に静かに置いた。
「片付け終わりました!!」
「宜しい」
こくりと静かに頷き、何んとかお許しを頂けましたとさ。
こ、こっわ……。
俺は悪い事していないのにどうして怒られなきゃいけないかと抗議の声が喉元まで出掛かるが、それを必死に抑え込み。
直立不動の姿勢で作業完了の知らせを告げた。
「さて、皆さん。今から、明日から始まる任務について、レイドから説明がありますので静聴するように」
「は――い!!」
陽気な狼が一段高く声を上げ、器用に左前足をピンっと伸ばす。
「ルー。静聴の意味、分かっていますよね??」
「うん!! 勿論だよ!! 大きくなるって事だよね!!」
あ――……。今の状態のカエデ様を揶揄うのは止した方が……。
ワッサワッサと尻尾を揺らしてカエデの反応を心待ちにしていたのだが。
「……」
「びゃっ!?!?」
背中越しで見えないけど恐らくこの世の者とは思えない恐怖の顔を捉えたのだろう。
尻尾、眉らしき箇所、そして耳。
垂れ下げられる場所全てを下げてピスピスと情けない鼻声を出して後退してしまった。
あの垂れ下がった姿を見ると流石に同情してしまいそうになるが、此処で甘い顔は駄目だ。
大海を統べし海竜様を怒らせる訳にはいかん。
「オホン。では、明日からの任務について話すよ」
素敵な日常を謳歌してだらけた気持ちと表情を引き締めて口を開いた。
「今回の任務は捜索と救助だ」
鞄からアイリス大陸の地図を取り出して部屋の中央の床の上に置く。
「捜索と救助ぉ?? いつからあんたは救助隊に志願したのよ」
「仕方が無いだろ。そういう指示なんだから……」
マイの言葉を皮切りにして地図の周りに皆が集まり輪が出来た。
「捜索範囲は此処。以前スノウに足を運んだろ?? そこから更に西へ進んだコールド地方が任務地だ」
地図の北西部分を指差す。
「え?? ここって」
「あぁ。私達の里の近くだな」
ルーとリューヴが同時に声を上げた。
「そこでこの三名の行方の所在が分からなくなった。俺に与えられた任務は彼等の安否の確認だ」
再び鞄の中から書類を三枚取り出して地図の上に置く。
「何?? こいつらを探しに行けばいいの??」
マイがその内の一枚を龍の小さな手で取って話す。
「そうだ。対象者はそこに書いてある通り三名」
「ふぅん。何々?? ムート、五十二歳、男性。身長百七十センチ、やせ型。黒髪で右手に傷跡在り」
「こっちの紙は、えっと。パプル、二十七歳、女性。身長百六十センチ、体型は標準。黒ずんだ茶の髪。右利きで、特に目立った傷跡は無い」
ユウがマイに続いて手に取り。
「こっちはねぇ。スペンス、二十五歳、男性。身長百七十二センチ。体型は普通で、オレンジ色の髪。右肩に痣在りだって」
ルーが一枚の紙を見下ろして話すと顔を上げた。
「…………。身体的特徴しか記載されていませんね。他は全部黒塗りですか」
カエデが怪訝な表情を浮かべる。
それもそうだろう。何故なら……。
「今回の任務はイル教絡み。だから詳しい情報が降りて来ないんだよ」
「うげぇ。まぁたあいつら絡みかよ――」
ユウの厭忌を含んだ声が耳に痛い。
「本当に申し訳無い。憤りを感じているかも知れないが人の命に違いは無い。もし、今回の任務に賛同しかねると思ったらここで待機してもらっても構わないよ」
魔物を忌み嫌う奴等の指示にユウ達が態々従う必要も無い。
それにある程度の危険を孕んでいそうな任務だからね。
「何言ってんのよ。あんたが行くと言ったら、私は付いて行くわよ?? それにルー達の故郷も見てみたいし」
「そうだな。空気も澄んでいそうだし、何より珍しい食い物もありそうだ。あたしも付いて行くよ」
「気が合うわね!!」
「当然ッ!!」
マイとユウが手を合わせ、軽快な音を立てる。
「遊びに行くのじゃありませんのよ?? レイド様、勿論私はお供させて頂きますわ。例え火の中、水の中。激地へ赴くとしても私は御傍を離れません……」
「アオイ、近いって」
右肩に乗る蜘蛛さんの体を押し退けてあげる。
「んふっ。ここが落ち着くのですよ」
「私も行く」
「カエデが付いて来てくれると心強いよ」
彼女の藍色の瞳に視線を合わせて話した。
頼り甲斐があるも暴れん坊なのが偶に瑕の仲間達を纏めてくれるのはカエデの力に頼らざるを得ない。
纏められない己の統率力が情けなくも思いますけどね……。
「私も行くよ!! 久々にお父さん達に会いたいし!!」
「あぁ。里へ色々と報告をせねばならんからな」
ルーとリューヴが賛同してくれる。
「報告??」
「そうだ。私達は成人の儀式の為、里を出た。覚えているか??」
「勿論」
初めて会敵した時、そう言っていた。
忘れもしないさ。
「里の掟で敵に敗れた場合。その者に従い腕を磨く。私達はマイ達に敗れ今行動を共にしている。その報告だ」
ほぉん。成程ね。
「ルー達には申し訳ないけど、俺達はコールド地方に土地勘が無い。だから、道案内を頼んでもいいか?? それと出来れば里へ寄らせて貰えないかな?? 地元の人なら何か知っていそうだし」
捜索場所と狼さん達の里が近いのならある程度情報を入手してから捜索を開始した方が賢明だろう。
土地勘が無い場所を右往左往しても満足のいく結果は得られないのが目に見えているからね。
「いいよ!! この辺りなら……。ん――、ちょっと色々と大変そうだけど」
「此処?? 何かあるの??」
改めて地図を指差す。
「里はもう少し南に位置するんだけどさ。レイドが指差した場所は私達も近寄れない『聖域』 が近いんだよ」
「「「聖域??」」」
俺を含めた何人かが同時に声を上げた。
「あぁ。族長のみ近寄る事が許された何人にも犯されざる土地だ。許可無く近寄った者は例え里の者だとしても厳しい処罰が待っている」
「小さい頃その周囲で遊んでいたらお父さんに滅茶苦茶怒られたんだよなぁ」
何となくその光景は想像出来てしまうのは内緒にしましょうかね。
「まさかとは思うけど。そいつら、そこで捕まったんじゃないの??」
マイが腕を組んで話す。
「その可能性もありますね。しかし……何故、人がそんな所に向かったのでしょうか??」
「大方、何かの調査だと思う。そうでもないと説明が付かないだろう」
カエデにそう話した。
「調査?? 何の?? それとその指示を与えたのは誰よ」
マイが片眉をクイっと上げて問う。
「指令を出したのは上層部だけど、指令を出す様に指示を出したのはイル教だろう」
確証は得られないけど先ず間違いなくそうだろうさ。
「俺に与えられた情報は、三名の特徴、向かった土地。この二点だけ。あ、そうだ。後、彼等を見付けても此方からの手助けは向こうが請わない限り不要との事になっている」
危ない。
言い忘れる所だった。
「はぁ?? 何よそれ。助けに行くんじゃないの??」
マイが怪訝な声を上げた。
「知らないよ。そういう指令なんだから」
「死体ならそれを確認して帰って来い。見つからなかったらそれで良し。生きていたら部外者に知られたく無い情報の漏洩を防ぐ為、必要最低限の処置を施せ。こんな感じでしょう」
カエデが的を射た発言をするので、肯定の意味を含ませて無言で一つ大きく頷いた。
「問題は……その『情報』 だよな。一体何を探しに行ったんだ??」
ユウが怪訝な顔で地図を見下ろしながら話す。
こればかりは与えられた指令だけでは理解出来ない。
「その聖域に何かがあるのかも知れませんね。現段階での推測はここが限界です」
「要領を得ない事ばかりですわね」
「あぁ、全くだ」
『行方不明の三人』 『聖域』 『要領を得ない指令内容』
謎めいた内容に任務開始の前から頭を抱えたくなるよ……。
「ま、ちゃちゃっと確認して帰って来ましょう。カエデの転移魔法もある事だし」
「マイ。私の魔力だとこの人数を転移出来ない。それに魔力も全快回復していないから例え出来たとしても短距離が限界です」
「え――。じゃあ歩いて行けって言うの??」
「スノウの街にはパルチザンの分隊二隊、十名が常駐している。恐らく俺が向かう事を彼等へ伝えているだろうさ。此処からスノウまではそれ相応の日数が掛かる。それがたった数日で到着したらおかしいと思うだろ??」
赤き龍に釘を差してやった。
「それもそうか。はぁ、長い道のりになりそうねぇ」
お前さんはいつも胸ポケット、若しくはユウの頭の上で寝ているだけだろう。
「ん?? 何??」
「いや、別に……」
そう言えない自分が怨めしい。
「此処を出発して各街で補給。前回と同じ道で北上を続けて、大森林を抜けスノウで最終補給。スノウから西進してコールド地方へと向かう。目的地到達は凡そ二十日の予定だ」
地図上を指で這わせ、端的に道のりを説明する。
「ユウ。次の街までの食料を明日買い揃えておいてくれ。現金は明日渡すからさ」
「ん――。了解」
「よし。これで説明は終わりかな」
大きく息を付き、窓の外を眺める。
いつの間にか日は沈みかけ、夜の訪れを知らせていた。
「考えてたらお腹空いちゃった」
お前さんは考えていなくても、いつも腹を空かせているだろう??
まぁ、言えませんよ?? 言ったら首を捻じ切られてしまいますので。
「よし!! じゃあ説明も終わった事だし。今日は外食だ!! 店を予約してあるから行こうか」
ポンと膝を叩き、立ち上がる。
「待ってました!!!!」
意気揚々と立ち上がったのは言わずもがな。
龍から人の姿に変わると目を疑う速さで扉へと向かう。
「おい。店の場所分からないだろ??」
「あ――……。あはは、そうだったわね。いや――私とした事がぁ」
何言ってんだか。
「皆へのお礼と快気祝いだ。思う存分食べてくれ」
「よっしゃあ!! あたしも限界まで食うぞ!!」
「やったね!!」
ユウとルーが呼応し、喜びを体で表現する。
「……。レイド」
「ん??」
カエデがそっと耳打ちをするので体を傾けてあげる。
「お金は大丈夫ですか?? ほら、皆馬鹿みたいに食べますから」
あぁ、その事ね。
「安心して、ちゃんとお金も下ろして来たし。その点は抜かりないよ」
「そうですか」
「気遣い。ありがとうね」
「いえっ」
「ちょっと。何こそこそ話してんのよ」
マイが不機嫌な顔で此方の様子を見つめる。
「どこぞの誰かさんが沢山食べるから、それを心配してたんだよ」
「安心しなさい。分相応に食べるから」
その分相応が異常なのですよっと。
「野郎共!! 我に続けぇ!! 敵の本拠地を落としに行くわよ!!」
「「おぉ――っ!!!!」」
浮かれたマイを先頭に各々が扉を潜り抜け、もう随分と暗くなってしまった廊下へと出た。
カエデが俺の懐事情を心配するのも頷けるよ。
アイツの食欲は容易に人を破産させる程の破壊力を有しているからなぁ。
もうちょっとお金を用意して来た方が賢明だったか?? いや、万が一財布の中身を見られたら本当に財が尽きるまで食われかねん。
お店に入ったらさり気なく安い品を勧めてそれで腹を満たしてやろう。
『んっふっふ――!! 月よ!! 私に力をっ!! アォォォォオオンッ!!!!』
待ち構えている御馳走に対して逸る気持ちを誤魔化す為にマイが狼の遠吠えを模して月へ叫ぶと。
『うるせぇ。もう少し静かに念話で叫べ』
ユウがすかさず大馬鹿さんの後頭部をピシャリと叩き。
『いでぇ!! 何すんのよ!!』
『マイちゃん。狼の遠吠えは下顎と喉を震わせて叫ぶんだよ??』
『それにその声量ではこの街の端まで届かぬ』
本家本元の狼二頭にダメ出しを食らっていた。
『へっ!! 声量では負けたかも知れんけどな?? 食う量では負けん!!』
『ほぅ?? 雷狼の子孫の底力を知らぬ様だな??』
『今日は沢山歩いたからお腹減っているし。マイちゃんに勝っちゃうかもね!!』
『纏めて叩き潰してやらぁ。雑魚共がっ』
お願いしますから食欲以外で戦って下さい……。
大きな杞憂が晴れぬまま意気揚々と進む朱と灰色にガックリと肩を落として渋々と従い、歩き方を覚えた幼子も心配してくれる大変重い足取りで大食い大会が開催されてしまうお店へと向かって行った。
お疲れ様でした。
そして、ブックマークをして頂き有難う御座います!!
これから始まる御使いは、雷狼の里編と称して執筆しているのですが。その執筆活動の励みとなりました!!
二人の雷狼の故郷到着までもう少しお時間が掛りますので今暫くお待ち下さいませ。
それでは皆様、まだまだ寒い日が続きますが体調管理には気を付けて下さいね。




