第五話 姉と妹は似て非なる生き物 その二
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
それでは御覧下さい。
かぁ――。
パン屋の姉ちゃんとその妹に絡まれて随分とだらしなく鼻の下伸ばしちゃってまぁ――。
腹立たしい事この上ないわね!!
ボケナス達の尾行を続けている内に大変温和な私でさえも流石に徐々に怒りが溜まって来た。
いや、別に?? 良いとは思うよ??
なし崩し的に行動しているとは言え、相手はいつも世話になっているパン屋の娘達。
日頃の恩と礼を返す為にアイツも無下には出来ないと考えているだろうが……。
問題は態度よ、態度。
途中現れた小娘はあろう事か、大変けしからん格好で卑猥な野郎と腕を組んで街中を堂々と跋扈する。
幼さが残る顔から凡そ大分年下であろう。それなのにアイツと来たら。
断りもせず流れに身を任し、剰え振り払おうともしない。節度を保って行動せい。
ここは公共の場だぞ。
「マイちゃん、顔すっごい怖いよ??」
「はぁ??」
此方へ振り返ったお惚け狼に対していつも通りに片眉を上げて言ってやる。
「そ、その顔だって」
ふん、仕方が無いでしょ。
無性に腹が立つんだから……。
「何か買って貰ったみたいだぞ??」
「大方あれじゃない?? お世話になってるからそのお礼だよ—―とか言って買い与えたんでしょ」
自分でも分かる位、呆れた声で言ってやった。
「おやおやぁ?? 羨ましいのかい??」
「うっさい。それよりそろそろ帰ろう。何だか尾行も飽きちゃったし」
見ていても腹が立って来るだけだ。
それならいっその事、見ない方がマシよ。
「そうだな。見つかってもバツが悪いし」
「え――。覗いていた方が楽しいじゃん」
今にも頭の天辺から獣耳がぴょこんと生えて来そうな、ワクワク感全開のお惚け狼が話す。
「あんた一人で見ていたら?? 私は屋台巡りに戻るわ」
「偶にはあたし達以外の友達と遊ばせてあげたいからね」
「むむ……。ユウちゃんがそう言うなら……」
やっと諦めがついたのか、北へと向かう私達の背後へ歩みを合わせた。
「屋台に戻る前に、レイドが入って行った店覗いておく??」
隣のユウが此方を見つめて話す。
「ん――。どうせなら夜までの楽しみにしておきたいし。遠慮するわ」
「どんなお店かなぁ??」
「さぁ?? いずれにせよ、アイツの財布を空にしてやる位の勢いで食ってやるわ」
そうでもしなきゃ、この苛立ちを解消出来そうに無いし。
『今日こそ私は、私を越えて見せるっ!!!!』
小声で話すのも飽きたので思いっきり念話で叫んでやった。
すると。
『――――。慎ましい量で満足しなさい』
私の素晴らしい声がボケナスに届いたのか、何だか相手を宥める様な声質が返って来た。
いや、ちょっと疲れている感じかしらね??
あの二人の相手で不要な体力を消耗しているのだろう。
『安心しなレイド――。あたし達がちゃぁんと監視してるから』
『そうそう――。なぁんの心配も要らないからね――』
『私は親の言う事を聞かない餓鬼か!!』
のんびりと歩く二人へ向かって噛みついてやった。
『まぁその通りだろうな』
『そだね――。向こうの大陸に居る時は大人しいフリをしていたけど。こっちに帰って来てから釈放された極悪人さんもビックリする程自由に動き回っているしっ』
はい、お仕置きの開始で――すっ!!
『ふんがぁっ!!』
灰色の長髪を揺れ動かして私の前を歩くお惚け狼のプリンっとした尻をなぁんの遠慮も無く思いっきりブッ叩いてやった。
『いったぁぁああああい!!!!』
んほぉ……。愉快、爽快、痛快な音が響き渡ったわね。
車道を歩く馬もビックリしてこっち見ていたし。
『何で急に人のお尻を叩くの!?』
『テメェの足りない頭でよぉく考えてみろや』
痛さと羞恥なのか。
目に大粒の涙を浮かべて振り返ったルーへ言ってやる。
『今度フィロさんに会ったら絶対告げ口するからね!! マイちゃんは私以上に痛い思いをするんだよ!?』
『はっは――。安心しろい。私の速さを以てすればあのクソ婆から逃げ遂せるのは容易いのさ』
『もう知らないっ!!』
プリプリと怒る狼と。
『ふわぁ――。はぁっ……。宿に帰って昼寝しようや』
普段通りを貫く我が親友と共に陽性な感情を抱きつつ北上を続けた。
◇
頭の中に鳴り響いた喧しい声に対して諸注意を放つと同時。
突如として背筋に冷たい感覚が走り、全身の肌が泡立ってしまった。
「っ!?」
まさかとは思いますけども。
アイツ……。何か良からぬ事を考えているんじゃないのか??
例えば俺の財布を空っぽにしてやるまで食ってやるとか。
此方の帰りが遅い事に腹を立てて殴ろうとか……。
想像している最悪の事態が現実になる前に帰った方が賢明だよな。
食いしん坊の龍に逆らえない己の立場の弱さに辟易していると。
「どうかしました??」
看板娘さんが不思議な表情を浮かべ此方を見上げた。
「ちょっと寒気がね」
間もなく任務が始まるのにこれは良く無い知らせだ。
今日は早めに就寝しよう……。
「風邪ですか??」
「ん――。誰かが俺の噂をしているのかも。それもとびっきり悪い噂をね」
「あはは。レイドさん人に恨まれる事でもしているんですか??」
年相応にケラケラと笑うパーネさんが話す。
「まさか。人畜無害の男だよ?? 当たり障りのない人に角が立つ訳ないって」
この点に付いては大変自信がありますね!!
普段から波風立てない様に大変大人しく生活しておりますので。
胸を張って誇らし気に妹さんへ言ってあげた。
そんな事で胸を張ってもどうかとは思いますけども……。
「人畜無害?? 残念だなぁ……」
「何が??」
「だってぇ……。私の事、食べてくれないんでしょ??」
男の性を刺激する潤んだ瞳で見上げて来た。
とても十五の子が浮かべる色目では無い。
「大人を揶揄うんじゃありません」
綺麗な前髪に隠された広いオデコをやんわりと叩いてあげた。
「いたっ。もぅ――。ココナッツの人気店員に手を上げましたね??」
「人気店員はお姉さんの方じゃないの??」
パーネさんから反対側の左へと視線を動かす。
「へ?? いや、私はそこまで人気があるとは思いませんけど……」
いきなり俺達に見られて恥ずかしいのか、スっと視線を落としてしまう。
「お姉ちゃんは大人しい雰囲気が好きな人にモテて、私は万人に人気が出るんですよ」
大人しい雰囲気が好きな人、ね。
確かにそれは何となく理解出来るかも。
女性らしい丸みを帯びた肩、明るい茶の髪が揺れれば花の香りが周囲に漂い、健康的な肌色が好印象を与えてくれる。
明るい性格に、分け隔てなくお客さんに接する態度、そして花も恥じらう笑みが好感を呼ぶ。
先日の痴漢の件も、そんな彼女に惹かれた結果なのだろう。
「…………」
俺がじぃっと見ていると、何故か分からないが顎先から徐々に赤みが額の方へと昇っていく。
風邪、かしら??
「ちょっと、見過ぎ」
「いてぇっ!! お尻抓らないでよ!!」
昨日の怪我はまだ完治には至っていないので女性の力で抓られても、熱した鉄を当てられたみたいに痛むのです!!
どうも、ココナッツ絡みになると俺の臀部に痛みが走るのは気の所為だろうか??
「お姉ちゃんばっかり見ているからだよ!!」
「え?? 駄目なの??」
「……っ!! 駄目!!」
再び左を向こうとすると、強制的に首を右へと捻られ視界が急転回。
早過ぎる場面転換に首の筋が悲鳴を上げてしまいますよ。
「首が取れたらどうするんだよ」
「人間、そんなやわに出来ていません!!」
人の首を捻じ切りたかったら相応の筋力が必要だ。
多分、ユウなら容易に出来そうだけど。
『はぁん?? あたし達に内緒で楽しい事していたんだぁ――??』
ユウの怒りが頂点に達すると生肉を素手で引き千切った様な音が響き、両の腕の筋力が爆裂大覚醒。
それを受けた俺が彼女から後退りを開始するのだが、恐怖感を体に染み込ませる為敢えてゆぅぅっくりと接近して此方の顔面を万力で掴む。
そして、大木をも寸断出来る膂力で反時計回りに首を捩じり始め……。
想像するとぞっとするな。
この二人と行動をしていた事は内緒にしましょうかね。首を捻じ切られて壁に飾られる恐れがありますので……。
「ん?? お――。通りに戻って来たね」
楽しい日常会話を続けていると、いつの間にか南大通りへと戻って来ていた。
南西区画の端から南東区画の端を満喫出来てかなりの満足感を得ている。
これからは両方の裏通りを練り歩いて掘り出し物を探そう。勿論、それなりに時間と体力が在る時に限られるけど。
「では、レイドさん。私達はそろそろお暇させて頂きますね」
「悪いね。色々付き合って貰っちゃって」
「いえ、私も楽しかったです」
お姉さんが口角をきゅっと上げて話す。
「でもこれからが大変じゃない?? ほら、御両親って喧嘩中なんでしょ??」
「あっそっか。うっかり忘れていました」
楽しい時間は時に嫌な事を忘れさせてくれますけども。肉親のいざこざを忘れてはいけませんよ??
同じ屋根の下で暮らす者同士。
仲良く過ごして頂きたいものさ。
「ねぇ、レイドさん。お父さん達の喧嘩止めてよ」
パーネさんがクイクイと袖を引っ張りそう話す。
「よその家庭に首を突っ込むのは余り感心しないな。それに、長年付き合って来た夫婦だ。時間が直ぐに解決してくれるよ」
時間は時に最良の治療薬にもなり得るのです。
お互い興奮してあ――でも無い、こ――でも無いと罵り合っても。時間が経てば、少し言い過ぎたかなと反省する余裕が生まれるからね。
まぁ、中には時間が経っても一向に期限が直らない人も居らっしゃいますけど。
『絶対許さんっ!! テメェの尻ぃ、一生使い物にならなくしてやらぁぁああ!!!!』
傍若無人な龍とは違い、一般的な人は冷静になる為に時間が必要なのだよ。
「そうかもしれないけどさ—―。あ!! そうだ。一つだけ丸く収まる方法がありますよ??」
「何よ、それ??」
妹さんの考えに不審を抱くお姉さんが言った。
「レイドさんをお父さん達に紹介すればいいんだよ。私達の彼氏ですって」
「「ブふッ!!!!」」
パーネさんの突拍子も無い発言に、お姉さんとほぼ同時に咽てしまった。
「駄目に決まってるでしょ!!」
「そ、そうだよ!! それに達ってなんだよ、達って」
「え――、知らないんですか?? 最近の若い子達はそんな感じだよ?? ほら、一人の男を奪い合うんじゃなくて。共有するって考えが広まっているんですよ」
「ほぅ。…………って。危く納得しかけたけど、それって全然問題解決になって無いじゃん」
鋭く正確な指摘を言ってやる。
「なっていますよ?? 明日は一人の女が相手して、次の日は違う子が相手になる。いざこざを生むより、協調性を重視した考えですね」
いや、しみじみと頷いていますけどね??
「その男の人が可哀想だよ。二人に強制的に付き合うんだろ??」
日替わりで違う女性の文句を聞き続けていたら体がもたないだろうさ。
「よぉく考えて下さい。私達人間は後世に種を伝える為に生きています」
大多数の人間がその機能を持って生まれて来る。
つまり、それが意味するのは己の生きた証を、情報を次の世代へ伝える為なのだ。
パーネさんの正当な考えに黙って頷いてやった。
「より優れた子を後世に伝えるのは、本能だと思うんですよね」
まぁ、本能も大切だけど。その本能に従うまま行動するのは思考を持たぬ動物であって。感情と思考を持つ人はそれを制御する必要があるのですよ。
何だか雲行きが怪しくなってきたぞ。
「ですから、沢山の女を相手にするのは自然の摂理。そう、至極当然と言うか動物として当たり前の行動なのです!!!!」
「いやいやいや。倫理観はどこへ行ったの??」
「この際、それは無視しちゃいましょう」
ペロリと舌を出してお道化るので。
「無視するな!!」
大人である俺が彼女の倫理観を叱ってあげた。
この子に合わせていると、こっちの体力が削られてしまうのは気の所為ですかね。
お姉さんが居ないと今頃は冬の市場の閉店間際、八百屋さんの角で草臥れ果てて見向きもされない白菜みたいにクタクタになっているだろうさ。
「私が男の子だったら嬉しいけどな。ほら、こうして二人の女の子を相手に出来るんですよ??」
「ちょ……。パーネ……」
妹さんが姉の腰へとひしと抱き着き、男のイケナイ心を刺激する瞳で此方を見つめる。
「美味しい姉妹を……。ご賞味あれ」
「知らないの?? 人間を食べるとお腹を壊すんだよ??」
食べた事は無いけど、多分人肉を摂取したら腹を下すだろう。
それどころか変な病気にも掛かりそうだし。
「むぅ。私達がこれだけ誘っているってのに」
「達じゃ、ありません。パーネだけよ」
妹さんの魔の手を若干乱暴に解いて話す。
「え?? じゃあレイドさんの事貰っていいの??」
「それは駄目!!!!!」
びっくりしたぁ……。
急に大声を出すので俺を含めた周囲の人々が驚いて看板娘さんを見つめる。
「え、あの……。そういう事じゃなくて、お店の常連さんにこれ以上ご迷惑を掛けるのはどうかと思い、自分達の都合であれこれ押し付けるのも如何ともしがたいと思う訳であって……」
恥ずかしさを誤魔化しているのかな??
言葉の波を吐き出すと視線を落として手を合わせ、それ以上指を動かすと絡まって解けなくなってしまいますよ?? と。人に不安感を与える速度でコネコネと指を動かしていた。
「駄目なんだぁ?? ふぅん??」
「も、もういいでしょ!! ほら、帰るわよ!!」
何やら意味深な声色を放つ妹さんを残して、大股で大通りを歩いて行ってしまった。
「あ――あ。拗ねちゃった」
大きな溜息を漏らして姉の背を見送る。
「少し虐め過ぎじゃない??」
「大体うちはこんな感じですよ?? ――――。ね、レイドさん」
「ん?? どうしたの??」
「耳、貸して??」
何だ??
俺に向かって耳打ちする仕草に倣い体を傾けてあげた。
『あのね、あんな事言っているけどぉ。お姉ちゃんは……』
ほうほう?? お姉さんは??
熱い息と共に擽ったい言葉が鼓膜をそっと刺激する。
「…………、わぁあああ!! 行くわよ!!」
妹さんの様子を不審に思ったお姉さんが猪突猛進を心掛ける猪さんも合格点を叩き出す勢いで此方へ駆け寄り。
「キャアッ!! レイドさん、またね――!!」
真っ赤な顔で妹さんを連行して行ってしまった。
「あ、うん。気を付けて」
看板娘さんの表情はきっと鬼神の如く憤怒の感情が現れているのだろう。
彼女達の前には自然と道が開き、二人の進軍を避ける通行人の驚く表情がそれを物語っていた。
さて!! 後は先程見付けた八百屋の品定めをして、軽食でも買って夜までの繋ぎにしようかな。
大分不機嫌な胃袋に今暫く待てと言い放ち、再び南西区画へと歩み始めたのだった。
おまけ。
歩き慣れた北大通は夕暮れ時に差し掛ると人の往来が疎らになる。
鼻腔に届く少しの土埃の香り、西から差す茜色の温かい光、髪を優しく撫でて行く微風。
普段は心地良いと感じる環境だけど今はそれ処じゃ無かった。
彼が私達へ贈ってくれた首飾りを手に取り、嬉しく鳴り続ける心臓を宥めてふぅっと嬉しい溜め息を漏らす。
今日一日彼と過ごしていて分かった事がある。それは……。
レイドさんは私が思っていた通りの優しい人だって事。
私が悪戯しても怒らないで笑ってくれて、逸る気持ちのまま先に進んで行ってもちゃんと付いて来てくれて。そして私達の相手を嫌な顔一つしないでしてくれた。
ふふ……。
有難うございますね。我儘な私に付き合ってくれて。
今度お店に来たらうんと安くしてあげよう。それがちょっとだけ臆病な私に出来る最善のお返しなのだから。
「お姉ちゃん。何処行くの――??」
「え??」
しまった。
首飾りに夢中過ぎて曲がる所を通り過ぎちゃった。
「あはっ!! 見過ぎだって」
「し、仕方が無いでしょ。折角贈ってくれた品なんだから……」
コロコロと笑う妹の下へと引き返して店休日であるお店の脇道を通過。
その奥に建てられている我が家の前へと到着すると、少し痛んだ扉を開いて足を踏み入れた。
「お母さん!! 只今――!!!!」
「ん――。お帰り――」
パーネが元気な声を上げて家に入ると一階の長机の前に座る母が私達を迎えてくれる。
今の声色、そして表情からして……。
「お父さんとまだ喧嘩中なの??」
ブスっと唇を尖らせている母へ問う。
「まぁね――」
もぅ……。素直に謝れば良いのに。
「そのお父さんは何処へ行ったの??」
パーネが母さんの正面の椅子に座って話す。
「友人の所へ行ったんじゃないの――??」
「あぁ、あの東大通り沿いの??」
「多分ね。――――。ん?? パーネ、その首飾りは??」
母さんが彼女の胸元へと視線を送る。
「あはっ、ちょっと聞いてよ!! 実はさぁ……」
本日あった出来事を端的に母さんへ伝えると。
「へぇ!! あの軍人さんと!!」
怒りの表情は地平線の彼方へと吹き飛び、代わりに娘達の恋の御話を興味津々と聞く。横槍大好きな親の顔が現れてしまった。
「そうなんだ!! 軍人さんなのに物凄く優しくしてくれたの」
「若いのに良く出来た人だねぇ」
「お姉ちゃんも一緒の首飾りを貰ったんだよ??」
二人が私へ視線を送るので。
「……っ」
服の中に大事に仕舞った首飾りを静かに取り出して見せてあげた。
「あらあら……。娘二人に態々済まないねぇ。今度お店に来たら特別割引しないとね」
「だよねぇ!! 勿論、私が接客するからねっ!!」
「駄目よ。パーネが接客したらレイドさん困っちゃうし」
レイドさんは優しいから強く言わないけど。腕を掴んだ時、ちょっと困った顔浮かべていたの知らないでしょ??
「え――。やだ――」
「我慢しなさい。レイドさんの接客は私が担当するから」
妙に距離感が近い接客を受けたらうんざりして来てくれなくなる恐れもある。それだけは寂しいから嫌なのよ。
「つまりぃ……。お姉ちゃんはレイドさん専属の店員さんって事だね!!」
「へ??」
「あはは!! 良いじゃないか。今の内に唾を付けておくのも悪く無いからね!!」
「ち、ちがっ……」
「しっかり放さないで掴んでおきなよ?? あんたが気に入る位だ。他の女性も同じ様に気に入るかも知れないからね」
「そ、そういうのじゃないから!! 部屋に戻るね!!」
パーネと母さんの意味深な笑みと視線に耐えきれず、熱い顔を引っ提げて二階の自室へとほぼ逃げる形で駆け上がって行った。
「はは、お姉ちゃん。顔真っ赤――」
「で?? その人は脈ありなのかい??」
「勿論!! 私達姉妹にソッコンだったよ!!」
絶対違うしっ!!
あ、あれはレイドさんの優しさだからだよ!!
部屋に入ると勢いそのままベッドに飛び込み、シーツの中へ潜ってやった。
「……っ」
は――……。
今日は本当に運が良かったな……。
夫婦喧嘩に辟易して家を出たらとんでもない幸運が舞い込んで来たから。こんな素敵な幸運が訪れるのなら毎日お店が休みでも良いのにね。
シーツの中からぴょこっと頭だけを覗かせ、器用に胸元を開いて首飾りを見つめる。
「――――。一生大切にしますね」
静かにそう呟くと風車を大切に胸元へと仕舞う。
王様が羨む宝石、貴族が喉から手が出る程欲しがる宝剣、市民が渇望する果てるの事の無い財。
例えそれらを提示されても私はこの首飾りを取るだろう。
他人から馬鹿にされても非難されても答えは変わらない。だって、他ならぬ彼が贈ってくれた物だから……。
「お姉ちゃん!! 暇だから今日の反省しようよ!!」
私の了承を得ずに勝手に扉を開いたパーネが遠慮無しにベッドへと飛び込んでくる。
「狭いから出てよ!!」
「えへへ!! 良いじゃん!! 姉妹なんだしっ!!」
「も、もう!! 変な所触らないで!!」
強く跳ね除けようが頑張って絡みついて来る我儘なお肉と格闘を続け、暫くするとお互いに落ち着いて今日一日あった出来事を述べていく。
「レイドさん、優しかったよねぇ――。でも、もうちょっと大胆に来てくれても良かったんじゃない?? 男の人なんだし」
「相手の気持ちを考えて行動しているんだよ。それが大人の男の人なの」
「むぅ――。波風立たないのも良いけどさぁ。私的にはもうちょっと危ない波に乗っても良いかも」
「レイドさんは危険な波を立てません。寧ろ、それから守ってくれる強い人なのよ」
「あはっ!! 良く見てる――」
「か、揶揄わないの!!」
彼に触れて嬉しかった事、彼から離れてつまらなかった事、彼を良く見て気付いた事。
同じ環境で長い時間生活して来た所為もあってか、その感想の殆どが一緒である事に陽性な感情を抱くと共に笑い出してしまう。
「あはは!! だよね――!!」
「ふふっ、本当ね」
「じゃあ、今度はさ。私達がレイドさんをもてなそうね」
「うんっ。疲れて帰って来ると思うからお店のパンで疲れを拭い去ってあげようね」
笑い合い、語り合っていると体の奥で休んでいた疲労が目を覚ましてしまい。私達はお互いの体に、そして温かい心に触れ合いながら心地良い眠りへと身を委ねる。
「二人共――。御飯は……。あらまっ、眠っちゃったか」
夢現の中。
お母さんの優しい声が届く。
「ふふ。良い顔で眠って……。今日はよっぽど楽しかったんだね……」
うん、本当に楽しかったよ。
「おやすみ。良い夢を見なよ」
おやすみなさい、そして夢の中で今日の続きを見られますように。
叶わぬ願いだけど今日だけはお願いしても良いよね?? だって、今日の出来事はまるで夢にまで見た一日だったのだから。
お疲れ様でした!!
さて、夕食会を済ませたらいよいよ御使いへと出発します。
行方不明になった三名の安否、そしてコールド地方で待ち構えている冒険を楽しんで頂ければ幸いです。
それでは皆様、お休みなさいませ。




