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第四話 気になるあの人は大変篤実な男の子 その三

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


それでは御覧下さい。




 当初の目的であったお店の予約を滞り無く済ませた御蔭か、随分と気分が良い。


 今の心の模様を言い表すのなら。


 どんよりと鉛色の厚い雲に覆われた空模様が風の女神の御業によって晴れ渡り、澄んだ青から女神様の輝かしい笑みが降り注ぎ。沈んでいた心を爽快な気分にさせてくれる。そんな感じですかね。



 早急に一番の問題を片付けられて、本当に助かったよ。



「レイドさ――ん!! 南西区画から見ましょうか!!」


「はいは――い」



 応援に駆けつけてくれた女神様は今尚そのお力で周囲の人々の心を晴れ模様にしていた。



「「……」」



 ほら、道行く男性がその笑みに見惚れていますもの。



「じゃあ行きましょうかっ」


「了解しました」



 その女神様と肩を並べて南西区画の裏通りへとお邪魔させて頂いた。



 この裏通りは大通りのそれと比べ、大人が横に五人肩を並べればもう狭く感じる程の道幅。


 狭い通りの左右には多種多様のお店が建ち並び、道行く人は店の前で歩みを止めて店主と値段交渉という名の格闘を開始。



「もう一声頼むって!!」


「いいや!! これ以上は絶対値下げしないよ!!」



 店主達と客達との熱き魂同士が衝突し合う近接格闘が本日もそこかしこで開催されていた。



 店主との近接格闘で大事なのは一気に値切らない事だ。


 無難な初手としては互いの満足のいく値段を提示する事。


 そしてそこからは店主が頑として断る一歩手前まで削り、此方が安さに安堵したと見せかけてから。一気苛烈に相手の不可侵領域まで踏み込んだ額を提示して最終交渉に踏み切るのですよ!!


 これで跳ね除けられたら値段交渉はそこまで。違うお店へと足を運べばいい。



 値段交渉は簡単そうに見えて幾つもの複雑な感情と事情が絡み合って大変難しいのです。



「店長――。もうちょっと安くしてよ」


「いやいや、これが底値だよ。これ以上はこっちが商売上がったりさ」



 甘いぞ、君。


 底値と言われたらもう一踏ん張りだ。本当の底値は絶対に口に出さないからな。


 俺も最初は底値と聞いて舞い上がったものさ……。



 少し前の己の未熟さを彼に重ね合わせて眺めていると。


 何やら近接格闘に相応しくない女性の甘ったるい声が聞こえて来た。



「ねぇ――。もうちょっとぉ、安く出来ないのぉ??」


「え、えぇ?? これ以上はちょっとぉ……」



 やたら布面積の少ない服を着用した女性が男性店主の男気溢れる手を甘く握り。それを受けた店主は鼻の下を伸ばして満更でも無い表情を浮かべている。


 しかし、それでも店主は値切りに踏み込めない様だ。



 その様子を見かねた女性が淫靡に口元を曲げ、嫋やかな指先で己が胸元をクイっと広げてしまった。



「んもう。ほら、こうしてみれば……」


「参った!! もってけ泥棒!!」


「キャ――!! ありがとう!!」



「「……」」



 俺と看板娘さんはそのやり取りを見て声を失っていた。


 あれは……、ズルイ。


 女性の武器を使って値段を下げる等、愚の骨頂!!!!


 正面から店主と愚直にぶつかり、血沸き肉躍る値段の交渉をすべきなのに。


 全く、昨今の女性は倫理観が崩壊しておる!!



「レイドさんも、あんな風に女性の方から迫られたら。安くしますか??」


「へっ??」



 突然の質問に声が上擦ってしまう。


 ここで勿論!! 等と言ってみろ。


 二度とココナッツでは割引してくれないぞ。



「店長の立場になってみないと分かんないかな??」



 取り敢えず超無難な返事を返しておいた。



「ふぅん。男性の人ってそういう事好きそうですもんねぇ??」



 いや、急に冷たくされましても……。



「食に対して好き嫌いがあるように。あぁした行為が苦手な男性も一定数以上居る事をお忘れなく」



 何だか居たたまれない気持ちに包まれてしまったので、今も安さにキャアキャアと喚いている女性の声が聞こえる場所から移動を開始した。



「所で、この市場で何を探しているんですか」


「鍋を探しているんだよ」


「鍋、ですか」



 意外な答えが返って来て目を丸くしている。


 そりゃ軍属の者からいきなり普遍的な料理器具の名前が出て来るとは思わないでしょう。



「今度の任務地は遠方でね。目的地に到着するまで夜営する時は一人で料理をしなきゃいけないんだけど……。使っている鉄鍋が大分くたびれて来ているんだ。だから、そろそろ買い替えの時期かなって」



「一人で、ですか。大変ですね……」


「もう慣れちゃったよ。あ、でも頼れる相棒がいるんだ」



 先程の女性の攻撃に尾を引いているみたいだし、少し揶揄って場を盛り上げてみようかな。



「相棒??」


「凄く優しい瞳をしていてさ。栗色の髪がまた綺麗でねぇ……」


「へ、へぇ!! 優しそうな女性ですね!!」



 お淑やかな看板娘さんの両眉がピクリと動き。



「見た目以上に賢くて、でも人参が嫌いなのが玉に瑕かな?? いつも残すなって言っても可愛く顔を背けちゃってさ」


「よ、良く見ていますね!!」



 更に揶揄うと彼女は何を考えたのか。


 右手に岩をも砕けそうな硬い拳を形成するではありませんか。


 武を嗜む者でも頷ける硬度の拳が飛来する前にその正体を明かしましょう。



「四本足で歩く姿がまた凛々しいんだよ」


「よ、四本足ぃ??」



 想定外の答えを受け止めた彼女が再び目を丸くして此方を見つめた。



「そうだよ?? 他の馬と比べると足は遅いけど、根性は人一倍でさ。引っ張る力も強いんだ」



「何だ、馬さんの事かぁ!!」


「あはは!! 何だと思ったの??」


「むっ!! 知りません!!」



 頬を膨らませて先へと歩いて行ってしまった。


 宥めるつもりが逆上させてしまったぞ……。



「怒らないでよ。ほら、謝るからさ」



 慌てて駆け出してムっと眉を顰めている彼女へ詫びを述べる。



「じゃあ……。ここで何か買って下さい」


「良いですよ。お店を選んで貰ったお礼もあるし、何か奢ろうと思っていた所なんだ」


「本当ですか!? やったね!!」



 さっきから怒ったり、喜んだり。


 忙しなく感情が移り変わるのは多感な年相応の女性なのだからであろう。


 まぁ、感情の移り変わりの大半は俺の所為なんだけどね。



「高価な物は勘弁して下さいよ?? こちとら安月給なんだから」


「安心して下さい。ちゃんと値段を……。あっ!! そうだ……」



 ニヤリと悪い笑みを浮かべると、歩みを止めて此方へ体を寄せて来た。



「うん!? 大丈夫?? 体調でも悪くなった??」



 初秋には相応しくない暑さと人混みに参っちゃったのかな……。


 人の往来が激しい中で彼女の細い肩を抱きしめる訳にもいかないし。微動だにせず彼女の次なる言葉を待っていると。



「――――。ねぇ??」

「ほっ!?」



 どうしたの!? 急に甘い声出して!?



「私ね……。もっと良い物欲しいなぁ??」


「い、いや。それはちょっと……」


「ほら……。此処、こうなっているんだよ?? 興味あるでしょ??」



 そう言うと白いシャツの襟を少しずつ下げていく。



「駄目です!! は、破廉恥ですよ!! 仕舞いなさい!!」



 美しい青色のアレが露見する前に、彼女の横着な手を優しく掴んでシャツを元の位置へと戻してやった。


 勿論、明後日の方向へ視線を逸らしながらね。



「クスッ。フフフ、あはは!! やっぱりレイドさんって恥ずかしがり屋さんですね!! 演技ですよ、演技。さっきの女性の真似をしたんです」



 軽快な笑い声を放ち、ほぼ零距離に位置していた体をすっと離して話す。



「勘弁して下さいよ。心臓が飛び出るかと思った……」



 女性らしい優しくも甘い香りが美しい髪から立ち昇り、言い表すのが難しい柔らかさがみぞおち付近に接触していましたから。


 その証拠に今も鼓動が五月蠅く鳴り響いている。



「でも、安心しました。レイドさんがそういう人じゃなくて」


「そういう人??」


「何んて言えばいいのかな?? あ、狼さんかな?? がぉ――って女の子に襲い掛かる人の事ですよ」



 両手の指に生える爪を狼の爪に見立て俺の前に出す。


 狼の爪はもっと鋭くそして太いですよ??


 普段から良く見ているからな。


 ――――。いや、論点はそこじゃない。



「そこまで見境無い様に見える??」



 論点は此処に尽きるでしょう。


 真面目な態度と口調で接していたのに、手当たり次第女性へ手を出すような軽い男に見られていたと思うとちょっと残念だな。




「そんな事ありませんよ?? 想像していた通り、真面目で優しい人でした」



 ん??



「想像していた通り??」



 俺の言葉を受けてから数秒後。



「……っ」



 鼻の先端から耳の先まで真っ赤になってしまった。


 本当に体調が悪いんじゃないの??


 買い物はいつでも出来るから家まで送ろうかと声を掛けようとしたのだが。



「さ、さぁ!! 鍋を探しましょう!!」


「あ、うん……」



 人の膝は歩き易くする為に適度な角度に曲がってくれるのですが。彼女の膝はどういう訳かほぼ垂直に固まってしまっていた。


 心配になる角度の膝を懸命に動かしてぎこちない歩みで進むのですが、意外や意外。


 成人女性のそれよりも随分と速い歩みで進んで行ってしまうので慌てて彼女の背を追った。

















 ◇




 あ――、残念。


 レイドが南西区画の細い通りへと入って行ってしまった。


 此処から先は隠れる場所は無い。対象者が振り返ればあっと言う間に見つかっちゃうな……。


 早急に傾向と対策を練らなければあの二人を見失っちゃうよ。



 細い通りから沢山の人間さん達が出入りしている様を見つめながら考えていると。



「あ、此処に入って行ったのね?? ほら、行くわよ??」



 考えよりも先に体が動いちゃうマイちゃんが何の遠慮も無しに堂々と入って行こうとするではありませんか!!



「ちょっ……!!」



 あわてんぼうさんでお馬鹿さんの右腕を慌てて掴み、細い通路の死角へと引っ張ってやった。



「何すんのよ!!」


「「し――っ!!」」



 小声では無くて普通に話すものだからユウちゃんと一緒に人差し指をピンと立てて静かに話す様に釘を差してあげた。


 魔物の言葉は人間さんには理解出来ないから静かに話さなきゃいけないんだよ!?




「細い通りだからレイドに見つかっちゃうでしょ。だから考えて入らないと駄目じゃん」



 これなら頭が空っぽのマイちゃんでも私の考えを理解出来るだろうね!!



「別にいいんじゃない?? 後から私達もここに用があったって言えばいいんだし」



 あ、それもそうか。



「でもさぁ。レイドもあんまり見られたく無いんじゃない?? ほら、一応女性と二人っきりなんだしさ」


「ユウちゃんの言う通りだよ。私達はあくまで監視役なんだからねっ」



「まぁ、私としてはどっちでもいいけど。で?? 探偵さんよ。どうやって見つからないで尾行を続けるの?? どうせ、向こうの南東側まで見るだろうし。くるりと引き返して来るわよ??」



 うむむ。難しい問題だなぁ……。


 突然振り返られたらその時点で尾行は失敗してしまう。


 隠れる場所も無い通りだから死角は無いしぃ……。



「通りは確かに狭いけど、左右に抜ける道もある。その道の死角から覗き込んで見れば大丈夫だろう。万が一振り返ったらそのまま姿を隠せば良いから」



 おぉ!! 流石ユウちゃんだ!!



「うん!! それでいこ――!!」


「能天気な探偵さんだこと」


「マイちゃん、能天気は言い過ぎだよ。ほら、行くよ!!」



 辛辣な友人を引き連れて人で溢れ返る細い通りへと突入を開始した。



「ユウ、ボケナスの情けない後頭部は見えてる??」


「ばっちり捉えているよ」



 ユウちゃんは私より背が高くて、大人の男の人よりも少しだけ背が低い位だから余裕を持って人の合間から彼の姿を捉えられる。


 それに??


 私達狼さんもビックリする位に目が良いからなぁ。



「ねぇ。さっきの話だけどさ」


「さっき??」



 急に話し掛けて来たマイちゃんに言ってやる。



「その探偵の本の事よ。どんな話か気になってね」


「お、あたしも気になるな」



 あ――、あの本の内容かぁ。



「ふふん?? では、カエデちゃんの受け入りだけど話しの粗筋を話してしんぜよう」



「受け入りなのかよ」



 ちょっとだけ呆れた吐息を漏らしてユウちゃんが言った。



「だってちょっとしか読んでないもん。えっとね、本の題名が変わった内容なんだ」


「「ほうほう??」」



 二人が私の声を受けると同時に同じ角度と速さで頷く。


 本当に仲良しだなぁ。



「その題名が人目を引いて、一部の愛好家に人気が出たらしくて。カエデちゃんもその愛好家の一人なんだって」



「いや、だから題名は何よ」


「う――。ちょっと待ってね。思い出すから……」



 マイちゃんの鋭い指摘を受け、物凄い早さで頭を回転させた。



「何だっけなぁ……」


「探偵なら本の題名くらい覚えておきなさいよ」



「私は探偵じゃないもん。…………。あっ!! 思い出した!!」



 そうだ、無駄に長い題名だから思い出すのに時間掛かっちゃったよ。



「確かね。 喜び勇んで探偵を始めたが、大変口喧しい女が無理矢理居ついて困っています。って題名だよ」



「はぁ?? 何よそれ」


「題名と言うより、文章じゃん」



 呆れた声を二人が上げる。



「知らないよ。書いたの私じゃないもん」



 むすっとして答えてやった。


 折角思い出したのに、有難うの声も無いし。冷たいなっ。



「題名は思い出した。じゃあ次は粗筋にいってみようか」


「えぇ――。また思い出すの――??」



「あんたが切り出したんでしょ。責任持ちなさいよ」


「うぅ……。分かった」



 主人公は男の人だったよね?? んで、女の人が助手で……。


 そうそう!!


 話の大筋が脳裏に蘇ってきたぞ。



 その内容を伝えようと口を開くと。



「ぬ!! ルー探偵!! そして、大して活躍しない脇役!!」



 ユウちゃんが驚いた感じで話したので、開きかけた口をムっと閉じて彼女の視線の先へと視線を送った。



「誰が脇役だごらぁ!!」


「ほれ、見てみろよ。ココナッツの看板娘が積極的にくっついてんぞ」


「えぇ!? ……あっ!! 本当だ!!」



 ココナッツの店員さんが、レイドに体を預け何やら感情の籠った視線で見上げていた。


 そして通りを歩ている人達が仲睦まじい二人の姿を温かい目で見守っている。


 いいなぁ、あの人。


 私もレイドにくっついてお出かけしたいよ……。



「ハハハ。アイツ、モウイッカイシニタイノカナ??」


「それ、何語??」



 レイドに頼んだら、一緒に歩いてくれるかなぁ??


 今度、皆に内緒で頼んでみようか……な??



「アタマネジキッテオモチャニスル」


「だな――。あたし達に内緒であぁんな事をする愚か者には鉄拳制裁を加えてやらにゃ」



 やっぱや――めた!!


 私の頭も簡単に捻じ切られちゃうかもしれないし……。


 大人しくしていま――っす!!



「「フフフ……」」



 大変こわぁい顔の二人がノッシノシと歩き始めると。



「「……」」



 彼女達が放つ無言の圧に恐れをなした道行く人々が物言わずとも道を譲ってくれるので。


 私達三人は他の人間さん達に比べて随分と余裕を持って狭い通りをのんびりした速さで進んで行った。



お疲れ様でした。


日常パートはもう間も無く終了致しますので、新たなる御使いまで今暫く温かい目で見守って頂ければ幸いです。


それでは皆様、お休みなさいませ。

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