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第四話 気になるあの人は大変篤実な男の子 その二

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


それでは、どうぞ。




 周囲の景色が朧に揺らぐ程の熱気の中で大勢の人々が大粒の汗を流して辛そうに歩む。


 私はその中でも異端な所作で南大通りへと向けて蠢く人々が形成する濁流を軽々しく突破。



「ちょ、ちょっと!! 危ないですよ!!!!」



 馬車の御者席に着く兄ちゃんが軽やかに飛び出して来た私を見付けると同時に諸注意を放ち、鼻息の荒い馬の足を止めた。



『悪いわね!! ちぃとばかし急いでいたから!!』



 驚く彼、そして不思議そうに私をじぃっと見下ろす馬にビシっと手を上げて詫びを入れると歩道へと到着した。



 んふふ――。


 るんたった――のたったんたん!!



 軽やかに弾みながら鼻歌を奏でてしまうのも無理もなかろうさ。道行く人よ、そしてすれ違う人々よ許しておくれ。


 誰だってお目当てのパンちゃんを購入すれば嬉しくなるだろう??


 まぁ中にはたかが揚げパン一つで此処まで高揚する奴はいないかも知れないが……。



 少なくとも、私は気分が浮かれてしまうのだよ!!!!



 ユウ達と共にボケナスの追跡を開始した刹那。



「ンバラバッヒィィンッ!!!!」



 ものすっげぇ良い匂いを捉えるとほぼ同時にドデカイ牡馬も驚く嘶き声を上げてしまった。


 私の周りの人達がその声を受けると同時に肩をビクッ!! と上下させて馬車の群へと視線を送るのだが。



 ふふ……、残念。


 君達が驚いたのは私の声だったのさ!! と、悦に浸るのもそこそこに。大変甘ぁい匂いにつられて屋台群へと再突入した。



 ボケナスが近くに居る為、念話が使えない所為か。


 ユウとルーが静かなる所作で。



『馬鹿野郎!! 行くな!!!!』



 そう伝えて来たのだが、生憎私の心はもう匂いに完敗しちゃったの……。


 お目当ての品を探し当ててさぁ、買いましょうかと店主へ三本の指をズバっと立ててやったのだが。



『お嬢ちゃん。ちょっと足りないかなぁ……』



 私の手持ちでは三つ買えない事に口をあんぐりと開けて絶句。


 この世の終わりが訪れた時と同じ表情を浮かべて項垂れてしまった。



『そ、そこまで絶望しなくても……。えぇい!! 分かった!! 三つ千ゴールドで良いよ!!』


『有難う!! 素敵な笑みが似合う店主さんっ!!』



 有り金全部叩いて購入した素敵な揚げパンを片手に尾行任務へ舞い戻って来たのだっ。



 いや、しかし……。


 戻って来たのは良いけども、アイツ等私を置いてどこ行きやがった??



「すぅ――……。ふぅ……」



 人の往来の邪魔にならぬ様、歩道の端っこで目を瞑って集中力を高め。私の世界最高の嗅覚を発動させた。



「スンスンスンスゥゥンッ!!!!」



 人間共が舞い上げる土埃、馬が放つ獣臭に家屋特有の木の香り。


 多くの生活臭が溢れ返り嗅ぎ慣れた友人二人の匂いを捉えるのは不可能かと思いきや。


 地平線の彼方まで続く砂漠の中に捨てられた小石程度の香りを嗅覚が捉えた。



 み、見付けたぁぁああああ!!


 超巨大傍迷惑乳女と、獣臭ぇ惚け女の残香を砂粒程度に捉えたわよ!!


 彼女達の残香を辿って行こうと目をカッ!! と見開くと……。



「「「……」」」



 数名の人間共が私の顔を見つめて何やら得も言われぬ顔を浮かべていた。



 あ?? 何、あんた達。


 私は見世物じゃねぇんだぞ??



 一人一人の顔を親切丁寧に睨み返していると。



「「「っ……」」」



 蜘蛛の子を散らす様に去って行きやがった。


 へっ、おとといきやがれってんだ。


 私も強くなったものよねぇ。睨むだけで人間を蹴散らす事が可能になったのだから。



「ねぇ、今の子の顔見た??」


「う、うん。子豚みたいにピグピグ物凄い勢いで鼻を動かしていたね……」



 誰が餓死寸前の豚だごらぁぁああああ!!!!



 私の行動を揶揄った雌共を探すが、既に人混みの中に紛れてしまって見付けられなかった。



 ちっ、運の良い人間め。


 今度私を揶揄ったら着ている服全部ひん剥いてお尻叩き百回の刑に処してやっからな……。



 愚か者から踵を返して最大限に嗅覚を高めて二人の匂いの元へ辿っていく。



 うん??


 裏路地から追っているわね??


 野郎も成長しているのか知らんが、妙に勘が冴えわたる時があるからねぇ。


 奴の死角から追跡するのは大変天晴な作戦だ。




 しかし……。その……。何んと言いますか。


 嗅覚を強めてしまうと、手元の揚げパンちゃんの香りが悪戯に私のイケナイ心を刺激してしまうので質が悪い。


 本能に正直な右手が勝手に口へ向かってパンを運ぼうとするので……。



「くぅっ!!!!」



 左手で横着な右手を懸命に抑えてやった。



 ふ、ふぅっ!! 危なかった!!


 駄目よ?? 落ち着きなさい。この三つはユウ達の分もあるの。



 もう一人の自分に言い聞かせないと、あっと言う間に平らげてしまいそうだ。



 湧き上がる食欲と唾液を抑えつつ、強力な誘惑を振り切り正面だけを只見つめて歩き続けていると。



「「……」」



 きったねぇ家屋の壁に緑と灰色が生えていた。


 あそこから表の向こう側の歩道に居るボケナスを監視しているのか。



 無防備な二人の背中から気配と足音を消して近付き、小声とも普段の声量とも捉えられる声で話し掛けてやった。




「…………。見失っていないわよね??」



「びゃぁっ!!!! マイちゃん!! 驚かせないでよ――!!」

「心臓が止まっちまうかと思ったぞ!!」



 肩をびくつかせて大変正直に驚きを表す真ん丸の目で此方を見つめた。


 私の接近に気が付かないなんて……。まだまだ甘いわねぇ。


 ここが戦場だったらあんた達ヤラれていたわよ??



「ほい、揚げパン買って来たわよ」



 早速紙袋の中から件の品を取り出し、純白のドレスを身に纏った美女を二人へ渡してやる。



 あはらわぁん……。


 もう凄ぉい……。


 油で焦げ茶色になるまでこんがりと揚げてぇ、更にぃ。美しい粉雪にも勝るとも劣らない砂糖を塗しただけだってのに。どうしてこうも素敵に最高に美味しそうに見えるのかしら。



「ほぇえ!! 美味しそう!!」


「簡単な作りだけど、んまそうだな!!」



 むふふぅ。


 素人とーしろのあんた達でも絶対気に入ると思ったからお店に立ち寄ってあげたのよ??


 玄人且食の女神である私を崇め、目に大粒の涙を溜めて咽び泣きながら食すがいいさ。



 これ以上我慢していたら発狂して民家の一軒家や二軒吹き飛ばしてしまいそうだしっ。



「ではっ、頂きま――……」



「あ!! お店入って行ったよ!!」

「何っ!? 本日のお店はあそこかぁ……」



 私が口を開けて白いドレスを身に纏った褐色の美女を迎え入れようとすると無粋な声がそれを邪魔した。



「ボケナスが店の中に入って行ったの??」



 口に入れる時に話さないでよね。


 勢い余って涎が垂れちゃいそうだったじゃん。



「そうそう。ほら、ココナッツあるでしょ??」


「は?? 何で急にパン屋の店名を出すのよ」



 お馬鹿な狼さんやい、此処は北通りでは無くて南大通りなのだぞ??



「あそこの看板娘とレイドが鉢合ってさ。一緒に行動しているんだよ」


「…………。ほぉ?? それはてぇへん面白そうな展開になりそうじゃあないかね」



 あんにゃろう……。


 私のお気に入りの店の店員に手ぇ出したら四肢を引き千切って豚の餌にしてくれるわ!!


 まかり間違ってあの店員が色恋沙汰に目覚めてしまったら美味しいパンが食べられなくなるからね!!



 べ、別に?? 嫉妬とか焼き餅とか。そういう意味で極刑を下す訳じゃ無いの。


 これには深海よりも、ううん。


 この惑星の中心よりもふかぁい意味があっての事だからね??



「店に入って行ったのなら少し時間がありそうか」



 ユウが可愛く眉を顰めて話す。



「じゃあ、この間に食べちゃおう!!」


「賛成っ。では、頂きます!!」



 私もユウの声に倣い純白の美女を口に迎えてあげた。



「ハムッ!! ――――。あるらふぁぁん……。これぇ、美味過ぎるよぉ」



 丁度良い塩梅に油が染み込んだパンの表皮を噛み千切ると、ジュクっとした独特の触感が舌を喜ばせてくれる。


 奥歯でモムモムと小麦ちゃんを咀嚼すると、粉雪の甘さが口内にふわぁっと広がって行く。


 砂糖の甘さと小麦本来の甘さが混ざり合ったこれは。数多多くのパンの種類の中でも最終進化系の極致に位置しているのかも知れないわね……。



 世の女性の舌と心を狂わす代物。



 これを百個食えと言われれば、私は余裕をもってコイツを百個完食出来るっ。


 いや、百個じゃ足りない??



「はむっ……。レイド達、中で何しているんだろうねぇ」


「さぁ?? おおふぁた店員さんと予約の会話でもしてんふぁないの??」



 ルーが少し屈み、ユウがその上から大通りを覗いている。


 馬車が通る車道を挟んで反対側から覗いている為、向こうから気付かれる事も無いだろう。



「後ふぇ、どんな店か見てみましょうか」



 私は彼女達から半歩離れた横の位置へと立ち、店の様子を眺めてそう話してやった。



「後の楽しみが減っちゃうから……。んぉっ、ちょっと零しちゃった」


「行儀が悪いわよ?? ちゃんと全部食べ尽くすのが礼ぃ……」



 何気なぁく我が親友の胸元へと視線を送ったら、心臓が脳天から外の空気を吸う為に飛び出て行ってしまった。



「――――。ユ、ユウ。山の頂に雪が積もっているわよ」



 もう直ぐ背の高い山には雪が降り積もり、それはもう美しい雪化粧が見られるでしょう。


 そんな風光明媚な光景が突如として街中に現れたら誰だってビビるだろうが!!



「はっ?? あ――、御指摘ありがとねっ」



 私の言葉を受けると左手で砂糖の欠片をパパっと払う。


 な、何で、あそこに乗るのよ。絶対有り得ないでしょ。



「……」



 試しに私も口の端っこに残る砂糖をポロリと零してみるが……。粉雪は地面へ向かってハラハラとでは無く、すっと――んっ!! と一直線に落下。



『ど、どうして受け止めてくれなかったの!?』



 落下の衝撃を受け止めて大変痛そうな面を浮かべて石畳の上でふて寝してしまった。



 うん……。少し位引っ掛かっても良いじゃん……。



「ちょっと、ユウちゃん。頭に砂糖零さないで」


「悪い悪い」


「後、おっぱい重たい」


「いや、この姿勢が楽なんだよ」



「「…………はぁ」」



 爆乳娘の声を受けると、私とルーは同時に溜息を吐き尽くし。越えられない壁の高さを改めて再認識してしまった。


 楽な姿勢。


 つまり、胸についているアレが重たいからルーの頭に乗せている訳なのだが。


 人よりもた、多少胸が大きいからって偉い訳でもねぇし。女性らしいって訳でもねぇ。


 兎に角、これ見よがしに人よりも無駄にデケェ胸を自慢げに疲労するのは控えて貰いたいものさ。



「でも、なんか。尾行ってワクワクするよね??」


「そうなの??」



 今にも腰付近から狼の尻尾がニュっと生えて来そうなルーの背へ言ってやる。



「うん!! いつだっけなぁ?? カエデちゃんが読んでいた本を勝手に読んだ事があってね??」



「ふんふん」



 楽し気な様子のお惚け狼に相槌を打ってやる。



「その本に書かれていた探偵さんが格好良かったんだよ」


「つまり、今はその探偵気分だと??」



「そう!! 役にのめり込むって奴だね!!」



 こんな意気揚々とした探偵はそうはいまいて。



「しかし、カエデの本を勝手に読んでよく怒られなかったな??」



 一度は退けた胸をゆぅぅっくり、そしてさり気なぁく彼女の頭へ乗っけようと画策しているユウが言った。



「カエデちゃんはそんな事で怒らないよ。あ、でも挟んであった栞を滅茶苦茶な場所に移動しちゃって……。それで怒られたかな??」



「「結局怒られてんじゃん」」



 我が親友と声を共に合わせて話した。



「あはは。んで、探偵の話の続きなんだけどさ。犯人と思わしき人を尾行する場面があるんだけどね。その人は……。 尾行中の食事はパンと牛乳。探偵に誂えた様な定型飯だが質素な食事こそが適度な活力を体に与えてくれるのだ。 って言っていたんだ。ちょうど揚げパン食べてるからその場面を不意に思い出しちゃって」



 その探偵、パン一個でよくも腹がもつわね。その一点に付いては素直に尊敬するわ。


 ただ、気になったのが。別に牛乳は飲まなくてもいいじゃない??


 水でもいいし。


 何なら、便意を催すから水分も摂らなきゃいい話だし??



「ほぉん。それなら今足りないのは牛乳だけ、か」



 ユウが何とも無しに話すと、あの白き液体が頭の中に浮かぶ。



『牛乳』




 読んで字の如く。牛から摂取される白い液体だ。


 まろやかな味と栄養価が高いと言われ人に好んで飲まれている。私はこっちの大陸に渡って初めて飲んだのだが……。味はそこまで好みでは無かった。



 好きでも嫌いでもない。そんな味。


 牛……。か。



 待てよ??


 牛って、物凄くデカいわよね??


 アレが……。



「「…………」」



 ルーも私と同じ考えに至ったのか、頭上に乗っかる人の頭よりも大きな肉の塊を器用に凝視した。



「ん?? 何見て……。お、おい!! 搾るなよ!? 絶対、ぜ――ったい出ないからな!!!!」



 私達から慌てて二歩下がり、顔を朱に染めて胸元を隠す。


 それでも隠しきれていないって事はだよ?? それだけの量をあそこに貯蔵していると捉えられませんか!?



「ぬふふ……。ユウちゃん。物は試しって聞いたこと無い??」


「そうよ。出ればいいし、出なかったら仕方が無いって事で」



 私達は乳搾りの要領で、指をワキワキと動かしながら牝牛へ向かって進む。



「仕方が無いって何だよ!! それに、人前だぞ!!」


「此処は細い路地だから誰も居ないよ――??」


「そうそう。大人しく、搾られなさい。少し位縮んでもいいでしょ??」


「縮む訳ないだろ!!」



 まぁ、そりゃそうか。


 だがしかし、さり気なく胸の大きさを自慢されてむしゃくしゃした憤りを晴らしたいが為。聳え立つ山にお仕置きをしてやりたいのは事実だ。



「大丈夫だって――。手加減するから――」


「私は本気で握るわよ?? それ、ブッ潰してやるわ」


「ば、馬鹿か!!」



「馬鹿?? 私にそんな言葉を放ってぇ、生きていた奴はいぬわぁい!!」



 さぁ、突撃開始ぃぃいい!!



「きゃはは!! くすぐったいって!!」



 う、うぉっ!?


 な、何よ。これぇ!!



 両手が柔らかい肉の感触を捉えるかと思いきや。


 ズブっと肉の中へと沈み込み、弾力のある中身が私の掌と十指を大変に驚かせてしまった!!



 フカフカなのにモチモチでもありカチカチでもある。



 一体全体ちみの胸はどうなっているのだい??


 一度真っ裸の状態で真剣に検証してみたいものさ。



「や、やめ……。んっ!!!!」



 ユウのイケナイツボを刺激してしまったのか。



「どわっ!?」



 眠る双子の大魔王様が起床されて私の両手を軽々と跳ね退けてしまった。



 わ、わぁ……。


 女の子胸って、ちょっと動くだけで人の手を跳ね除けられるんだぁ。


 知らなかったなぁ――。そして、知りたくなかったなぁ……。



「…………」



 今しがた起こった驚愕の現象に言葉を失い、只々己の両の手を見下ろしていた。



「あ――。びっくりした。ぬぉ!! 探偵さんよ、レイド達が出て来たぞ!!」


「あ、本当だ!! 助手さんよ、尾行を開始するぞ!!」


「了解した。おい、いつまで手を眺めているんだ。行くぞ??」


「へ?? あ、あぁ。うん……」



 あれは……。やっぱり忌むべき存在ね。


 世の女性の為に封印しなきゃいけない物よ。このまま世に放っていたら誰かが必ず不幸になってしまう。


 いつか、私が封じてみせるわ!!


 お伽噺の中に出て来る勇者の誓いにも似た熱き思いを胸に抱き、大魔王様の横顔を睨んでやるのだが。



『勇者よ。貴様の様な非力な力では余に勝てぬのだ』



 逆に世の道理を説かれてしまい、大魔王を討つ剣を放棄してしまった。


 封印する処か、逆に永眠させられそうだから無視しよ――っと!!


 女の尊厳を容易く打ち砕いてしまう縦揺れを無視して狭くて暗い裏路地を南の方角へ向かって移動して行った。




最後まで御覧頂き有難うございました。


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