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第四話 気になるあの人は大変篤実な男の子 その一

お疲れ様です。


日曜日の午後にそっと投稿を添えさせて頂きます。


それでは御覧下さい。




 耳の奥にずぅっと残る客を呼び込む店員さんの豪快な声。


 慌ただしく大地を踏み均す人々の足音と馬の蹄が奏でる甲高い音。


 この街には私の故郷には無い音が溢れている。


 どれも聞いていて楽しくて飽きないけど、もう少し小さくてもいいかなぁ。


 狼は耳が良いから大き過ぎる音は苦手なのだ。



 忙しそうに行き交う人々を何となく眺めて聞き慣れない音の大きさに包まれていると、ふと故郷の静けさが思い出されてしまった。



 北海に面している所為なのか、冬の寒さは厳しく。シンシンと降り続ける雪が森を覆い尽くす。


 あの寒さに慣れていない者は余りの寒さにびっくりしちゃうだろうなぁ。



 寒さの音が聞こえる程の静寂と息も凍る寒さが包む私の故郷。



 大都会の中でその姿が思い出されるって事は心のどこかでは静けさを求めているのかも知れないね。


 お父さん、お母さん元気にしているかなぁ――。


 家族に会えなくて寂しいのは普通なんだけど、それを感じさせてくれないのが私の友達なのだっ。



 ほら、大都会の片隅に不釣り合いな音が私の隣で鳴っちゃったもん。



『マイちゃん。御飯食べたばかりなのにお腹、鳴ってるよ??』



 大きなベンチに腰掛けて満足気にお腹を撫でている彼女へそう話す。



『いやぁ――。久々に凱旋したから食っても食っても腹が減っちゃうから困ったものさ』



 食べ過ぎは毒なんだよ?? と、私が言う前に。



『あのなぁ。今からそんなに食って大丈夫なのかよ。今日の夜は店で食べる予定なんだぞ?? 抑えた方がいいんじゃない??』



 ユウちゃんが顔を顰めてマイちゃんの食欲を宥めてくれた。


 昨晩、部屋の中でウトウトとしていると。



『明日は任務の説明があるんだけど、出発が明後日にずれ込んだら外のお店に食べに行こうか』



 レイドがベッドに腰掛けながら嬉しい知らせを届けてくれた。



『うひょうっ!! 何々!? 随分と羽振りが良いじゃん!!』


『俺の命を救ってくれたお礼だよ。明るい内に探しておくから夕方には宿へ戻って居る様に。いいね??』



 皆で楽しくお出掛け出来るのは本当に嬉しい事なので、出発が明日に伸びないかぁ――っと淡い期待を胸に抱いていたら先程レイドが念話を送ってくれたのだ。



『出発は明日になったからね。今からお店の予約をしてくるよ』 ってね!!



 カエデちゃんにも念話が届いたらしく??


 宿で大人しくお座りしているリューとアオイちゃんに知らせてくれるそうだ。



 むふふぅ……。どんなお店を予約してくれるのかぁ――。


 皆でワイワイと過ごせる場所が良いよね!!



『分かっていないわねぇ。今から沢山食べて、時間を置いて……。そしたらまたお腹が空くでしょ?? そうすればずっと食べていられるじゃない!!』


『それはマイちゃんだけだよ――』


『あぁ。生憎、あたし達の胃袋は鉄で出来ていないんだ』



 マイちゃんのお馬鹿な考えは御飯関係になると偶にじゃなくて、大方理解出来ないから困るんだよねぇ。



『喧しい!! 兎に角、時間の許す限り美味しい物を探すわよ!!』



 まだ甘い残り香が染み付いている紙袋をクシャクシャに丸めてゴミ箱へと放る。



『探すって……。お前さん、今の所持金は幾らだよ』


『はっ?? えぇ――っとぉ……』



 ユウちゃんの声を受けてズボンのポケットへ手を突っ込み。



『アッオッ、何んと千ゴールドしか残っていないわね』



 皺だらけの紙幣を取り出して目を丸くしていた。



『嘘でしょ!?』



 この街へ入る前にレイドから五万ゴールドも貰ったのにもうそんな使っちゃったの!?


 私ですらまだ四万ちょっと残っているってのに……。



『それだけしか持っていないのに、意気揚々と繰り出そうとしたの??』



 少しばかり呆れて言葉を漏らした。



『馬鹿ねぇ。安いのを買えば四つくらいは食べられるでしょ?? それに、この私の美貌を持ってすれば二割三割!! いいや!! 半額まで割引してくれる店も出て来るってぇもんよ』



『『貧乏??』』



 ユウちゃんと声を合わせて、縁側で孫の御話を聞いているおじいちゃんみたいにしみじみと頷いているマイちゃんを揶揄ってやった。



『美貌だ!! 耳腐ってんの!?』


『あはは!! 冗談だよ――』



 ケラケラと笑い声を放っていると、大変見慣れた後ろ姿を視界の端っこに捉えた。



 うん?? あの後ろ姿って……。



「ねぇ、マイちゃん。あれ、レイドだよね??」



 周囲の人間さんに聞かれぬ様、大変静かな声色で彼女へ問う。



「あにっ?? おぉ、本当だ。ボケナスの背中ね」



 マイちゃんがきゅぅっと目を細めて私と同じ方向へと視界を送った。



 どうやら西大通りから南大通りへと抜ける様だ。


 街の中央に位置する屋台群では無くて、それに沿う形で湾曲する歩道を南へ向かって歩いて行っちゃったし。



「どこに向かっているのかしら??」



 マイちゃんが私に倣って小声で話す。



「あの足並みだと……。南大通りじゃない??」



 沢山の人達の流れに沿って移動しているけど多分、そうだと思う。



「ほぉん。何か面白そうだし……。後を追ってみるか??」


「賛成――!!」


 悪戯な笑みを浮かべるユウちゃんに同意した。


 沢山の人達の中でもみくちゃにされるのも飽きちゃったし、それとぉ。


 どこに向かっているか興味あるしぃ??


「うっし!! ルー、行くぞ!!」


「了解だよ!!」



 ユウちゃんの声を受けると、ベンチからぴょんと立ち上がりずぅっと遠くに見える彼の後頭部を捉えながら追跡を開始した。


 例え姿を見失ってもほんの微かに香るレイドの匂いを辿れば見失う事も無いっ!!


 この匂いは絶対忘れないもんね!!



 少しばかりの緊張感と、高揚感が心の中で入り混じりワクワクしてきた。


 小鹿ちゃんが狼の追跡から逃れられない様に、レイドはこわぁい狩人の険しい瞳に捉えられた憐れな草食動物なのだ。


 だけど、何かの拍子で振り向く可能性もあるしバレない様に追跡しなければ……。


 この思いはどうやら二人も同じ様で??



「「……」」



 私以上に大変悪い笑みを浮かべるも、咄嗟に動ける様に集中力を高めて歩いている。


 彼方に揺れる黒を目標にして、見様によっては不審者にも極悪人の表情とも受け取れる顔の二人の後に続いて行った。














 ◇







 さてと。


 お金も調達した事だし、早速向かいますか。


 新たなる任務に備えて王立銀行本店で滞り無くお金を引き出して、これからの予定を分隊長に念話で報告。


 ある程度距離が離れているから届くかなと懸念していたのだが。



『私が満足する店をさっさと探して来いや!!!!』

『――――。分かりました。アオイとリューヴには宿にて伝えておきます』



 澄んだ声色が届きほっと胸を撫で下ろした。


 勿論?? もう一人の方にも適当に返事を返しておきました。無視をしようものなら酷い目に遭わされるのが目に見えていますからね……。



 カエデに対していつも頼ってばかりで申し訳無いと一言詫びて一息付き、北大通りを抜けて中央広場に到着。


 本日の夕食会に相応しいお店を探そうとする勇み足を馨しい香りと人の洪水が止めてしまった。



「うわぁ……」



 思わず辟易する声が漏れてしまうのも頷ける。


 どこを見ても隙間無く人の体の部分が必ず視界に入って来るからね。


 勿論、空にはいない事を付け加えておきます。



 中央屋台群は言わずもがな、それを迂回する歩道も人で溢れ返っている。


 此処を抜けなきゃいけないのか……。



 愚痴を漏らしていてもお店が見つかる訳でもない。



「すいません。通ります」



 人の波に己が体を投げ出して本流に乗った。


 よし、先ず先ずの出だしだな。



 幸いな事に人の流れは反時計回りにゆっくりと流れている。このまま流れに身を委ねてぐるりと回れば目的地である南大通りへと到着するぞ。


 順調に歩いて行けば到着する筈、なのだがそれまでが一苦労だ。



「いらっしゃい!! 美味しいパンは如何ですか――!!」


「新鮮なお肉!! これを食べなきゃ男じゃないよ!!」



 左手側から聞こえて来る店主達が放つ快活な声と、風に乗って届く馨しい香りが本当に余計ですよ。


 己の欲望のまま屋台で提供される美味い品に舌鼓を打っていたら今日中に片付くものも片付かないでしょうからね。我慢、我慢っと。



 目的地である南大通りは飲食店が集中して立ち並び言わばこの街の激戦区の一角。



 老若男女問わず舌を満足させてくれる店舗が数多く存在する。つまり、それだけ選択肢が増えるという訳だ。


 東大通り沿いのお店は馬鹿高くて正直アイツの食欲のままに餌を与えていたら数時間の間に破産してしまう。


 西大通りも大陸西方から来る観光客を狙ってか僅かばかりにお値段が張る、しかし南大通り沿いのお店は西と東に比べて微かに安いのだ。


 何も考えずに南へ向かっている訳では無いのだよ……。




 俺を含め七人が食事を満喫出来て且、出来れば個室がある店が望ましい。


 万が一、マイ達が暴れた時。魔物の言葉、つまり人にとって理解不能な言葉を発して好奇の目に晒されるのは勘弁願いたい。


 その店を探すのに、どれだけの時間を有するのやら……。


 しかし、時間は掛かるかも知れないが皆には楽しんで貰いたいと思っているのが本音だ。


 散々俺が迷惑を掛けた訳だしね。



「あま――い果実は如何ですかぁ!!」



 喉も乾いたし、一つ位なら……。


 いや、いかん!!


 あの一個を求めて移動している間に店の予約が取れなかったらどうするんだ!!


 素早く首を振り、微かに湧いてしまった煩悩を振り払って流れに沿って歩く。


 今頃、マイ達はあそこのどこかで優雅に飯を食っているんだろうなぁ。



 左手側へと視線を動かすが、それらしい姿は捉える事は無かった。



 あの深紅の髪は目立つから屋台の間から見えるかと思ったけど……。まぁこれだけの人波だ、見つけるのは難しいだろう。


 アイツ、背低いし。


 度重なる誘惑を振り切り、やっとの思いで本流から抜け出して南大通りの入り口に到着した。



「ぷはぁ!!!! マイの奴、よくもまぁあんな所で飯を探せるな……」



 南大通りを数十歩進んで振り返るが。


 蠢く人々の流れと熱気は相変わらずであった。




 よし!! 任務開始だ!!




 目的地に到着して気合を入れたのはいいけども……。どこから攻めようかな??


 片っ端から店内へ入って行くのも忍びないし。


 その辺の人にお薦めの店でも聞くべきか??


 いや、人の意見を鵜呑みにするのも良くはない。やはり自分の足で……。


 攻めるとしたら東側からかな??


 それとも、西側??



 くそう!! 決めきれない!! どうしてこうも店が多いんだ!!


 大通りの隅で大の男が腕を組んでウンウンと唸っている姿は大変奇妙に映るかもしれないが、それだけ悩む所なのです。



 街行く人達よ、そこは目を瞑って下さい。


 いっその事、男飯にでも連れて行くか?? あの店なら全員の腹は満たされるし。


 …………。


 駄目だ。


 あそこは俺の、そして雄の憩いの場。


 出来る事なら秘密にしておきたい。



「うむむ……」



 腕を組みつつ、素敵な店を眺めながら進むがこれといって目に留まる店は無かった。


 どの店も似たような感じだし。


 女性受けしそうな小洒落た店にしようか??


 それだと。



『んだよ!? この飯の量は!! こぉんなしけた量じゃチンケな蟻の胃袋は満たしても、私の腹は一杯にならねぇんだよ!!』



 狂暴龍が文句を垂れ流すに違いない。それならまだしも、御飯の量が足りないと店員さんに暴力を振るいそうだし……。


 参ったなぁ。



「…………。レイド、さん??」



 うん?? 誰だ??


 難しい表情を浮かべて歩いていると、不意に背後から声を掛けられ。その声の主を確認する為振り返った。



「やっぱりそうだ!! 見覚えのある後ろ姿だと思ったんですよ!!」


「あぁ!! ココナッツの!!」



 いつもお世話になっているパン屋の看板娘が明るい笑みを浮かべて此方を見つめていた。



 忙しい時間帯である午前と午後の間にもう間も無く差し掛かるってのに、お店は休みなのかな??



「どうしたんですか?? 難しい顔をして??」



「いやね。今日の夜、同期の仲間達と食事会を開くんだけど。店を探しておいてくれと頼まれてさ。そこでこの南大通りなら満足のいく店があると考えて足を運んで……。でも、中々いい店が見つからなくて天手古舞、という訳」



 パチパチと瞬きを繰り返す看板娘さんへお手上げ、そんな感じで両手を軽く上げてみせた。



「へぇ。楽しそうですね!!」


「店を探すこっちはあんまり楽しく無いよ。件の店が見つからなくてもう疲れちゃいました」



 いっその事適当な店に入ってしまおうかという。


 より良い品を少しでも安く購入してやろうという世の主婦様達のお叱りの声を受けてしまいそうな考えがぬるりと首を擡げて湧いて来ましたからね。




「大変ですねぇ。あの、宜しければ……。探すの手伝いましょうか?? ある程度なら店の詳細は知っていますので」



 体の後ろに腕を組み、モジモジとするその姿は。芋虫さんもどうしたのですか?? と。小首を傾げてしまうであろう。


 そして、この姿が可愛いなと思ったのは秘密です。



「本当!? 助かるよ!!」


 余りの嬉しさに通常あるべき男女の距離感を削り、彼女の小さな双肩へ男らしく両手を置いて話した。


「い、い、いえ!! お力になれれば幸いです」



 う――む。顔が赤い。


 今日も暑いし、水分不足で熱が出たのかな??



「そ、それでは行きましょうか」


 ふ、ふんっと鼻息を荒げると大変ぎこちない歩みで南大通りを進んで行く。


「有難うね!!」


「は、はい」



 そのぎこちない歩みに合わせて、ゆっくりとした歩幅で進みながら話す。


 これは何んという僥倖。


 店に詳しい人がいれば時間短縮に繋がるぞ。余った時間で市場や食事も済ませられるし……。


 それに店の味に詳しいのなら、皆の舌の感想もある程度予測出来る。



 孤立無援の状況から一転、死地に陥ってしまった俺を救いに英雄が舞い降りた訳だ。


 本当に助かります。


 顔を真っ赤に染める彼女に対して、心の中でそう言ってやった。



「あはは!! そうなの――??」


「本当なのよ!! 彼ったら私の事を置いてさ――」



 相も変わらず大勢の人が犇めく南大通りの歩道を店舗前に置かれている看板へ目を通しながら歩いているが……。


 どの店も似たり寄ったりに見えてきてしまう。



「この店は……どうかな??」



 このままではいつまでも決まらないと考え、ある店舗の前で足を止めた。


 看板には。



『大人数のお客様も歓迎!! 美味しい御飯でお迎え致します!!』 と、人目を引く大きさの文字で書かれていた。



「あ――。この店、量は多いんですけど。脂っぽくて……。女性の人だと残してしまいますね」


「そうなんだ」



 何んという的確な感想なのでしょうか。


 どうしても男目線で考えてしまうので、こうした女性目線の感想は本当に頼りになる。



「夕食会の人数は何名なんですか??」


「七人。男が五人で、女性が二人かな。出来るだけ個室のある店を予約しようと考えているよ」



 カエデとアオイは他の五名と比べて食が細いからこの説明で合っているでしょう。


 勿論、マイ達を男扱いした事は内緒です。


 そんな事を言った日には狭く冷たい棺桶の中で永眠してしまいますのでね。



「ふぅむ。七名で、個室。それに女性も居るのですか……」



 大変お可愛い口に指を当てて、考え込む仕草を取る。



「ごめんね?? 頼っちゃって」


「あ、いえ。私が好きでやっている事ですから気にしないで下さい。因みに、ご予算は如何程を考えています??」


「ん――。特に決めてはいないけど……。出来るだけ安い方がいいかな??」


「成程。…………、うん。あの店ならいいかも」



 提示された条件に当て嵌まった店を思いついたのか、ぱっと顔を上げて道を歩いて行ってしまう。


 おっと、置いて行かれてしまいましたね。


 華奢な体躯の割に意外と足が速い事に驚きを隠せませんよっと。




「お店は休みなの??」



 後ろから追いついてそう話す。



「今日は午前中で閉店なんですよ」


「へぇ?? どうして??」



 お客さんのかき入れ時だってのに、勿体無い。



「両親が経営している事は知っていますよね??」


「うん。以前そんな事言っていたね」


「両親が下らない事で夫婦喧嘩をしてしまいまして……。怒った母が、父を叩きつけて。この状態では営業が出来ないと私が判断して臨時休業となりました」



 此方を見上げると、明るい茶髪に良く似合う柔らかい笑みを浮かべて話す。



 今日は接客時の頭巾を被っていない所為か、普段と印象が随分と違って見えるぞ。


 長い髪を後ろに纏め、日の光が当たると髪の毛の一本一本が美しく煌びやかに輝く。


 頭巾の有無でこうも印象が変わるもんだなぁ。



「母親が、叩きつけたんだ……」


「そうなんですよ。物が飛び交い、パンが弾けて……。父さんは怒った母さんには歯向かえません」



 う、む……。どうも昨今の家庭はどこも母親が強いらしい。


 ユウの家庭然り、マイの家庭然り。


 奥様に頭が上がらない世の父親に同情しますよっと。



「でも、どうしてそうなったの?? 原因があるんでしょ??」



 どこぞの狂暴龍じゃあ無いし、理由も無いのに理不尽な暴力を振るう訳ないからね。



「これがまた下らない理由で……。お店に来る女性に父さんが色目を使ったって、母さんが言うんですよ。父さんはそんな事は無いって言ったのですが、どうにも怒りが収まらないらしくて……。挙句の果てに付き合ってた頃のいざこざを持ち出す始末で……。お店のパンを心待ちにしている人もいるのに喧嘩している場合じゃないよ。そう言っても止めないんです……」



 良く似合う笑みから一転、怪訝な表情を浮かべてしまう。



「家に居ても険悪な雰囲気でしたので、こうして街を練り歩いていたんです。……あ、ごめんなさい!! 愚痴っぽくなっちゃいましたね」


「あはは。気にせず話してよ。ココナッツの裏事情を聞けて楽しいからさ」


「もう。人に言わないでくださいよ??」



 むっと眉を顰めて話す。



「勿論。口は堅い方なんだ」


「ふふ、信用していますよ。あ、ここです!!」



 急にピタリと歩みを止めるので、此方も両足の筋力を稼働させて急停止した。



「えっと……。店名は……。ペイトリオッツ??」



 人目を惹く小奇麗な扉の脇に置かれた看板にそう書いてあった。



「この店なら広くて、しかも味も良いですし。個室もありますよ??」



 ほう、此方が提示した条件に見事に当て嵌まるな。



「予約、ですよね?? 一緒に入ってみましょうか」


「そうだね。下見も兼ねて入ってみよう」



 彼女の背に続いて扉を潜ると。



「いらっしゃいませ――!! ペイトリオッツへようこそ!!」



 活きの良い店員の声が俺達を迎えた。


 中々に広い店内には木の長机が三つ置かれ、それが縦に三列の配置。


 多くの食材が乗せられている机を取り囲み広い店内に相応しい数の座席が置かれていた。



 昼時には少し早いけど、大勢のお客さんが着席して楽しい会話をおかずに。見ていて腹が減る料理に舌鼓を打っている。



 何気無く視線を動かすと店の奥に二つの扉を発見。どうやら、あそこが個室みたいだな。


 左奥の扉は厨房へと続いているみたいだし。


 今も嬉しい汗を流して忙しなく店員が出入りしているのがその証拠だ。



「お客様は御二人で宜しいでしょうか??」


「あ、いや。店の予約に来たのですが……。夕方から何ですけど、空いています??」



 快活な笑みを浮かべる青年店員さんへそう話す。



「個室でしょうか?? それともこちらの長机の席でしょうか??」


「えっと、出来れば個室で」


「確認して参りますので少々お待ちください」



 そう言い残すと長机の間を通って左奥に見える扉へと向かって行った。



「空いているといいですね」


「そうだね」



 待っている間、何とも無しに周囲へ視線を配る。



「あはは。それでね??」


「何よそれ――。私の事馬鹿にし過ぎじゃないの――??」



 男性客と女性客の配分は凡そ同じ位。


 今も楽しそうに食事を進めている。


 噛み応えのありそうな肉料理に様々な具材をふんだんに使用したパスタ、果汁溢れる果実にこんがりと焼かれて食欲を誘う小麦色のパン。



 見ているだけで腹が減って来る品々が強制的に唾液を分泌させてしまい、湧き起こる食欲が腹を鳴らそうとするので。


 さり気なく腹を擦りながら卑しい音を鳴らさない様に努めていると先程の彼が戻って来てくれた。




「お待たせいたしました!! 七時からでしたら可能です。如何なさいますか??」


「あ、じゃあそれでお願いします」


「人数は何名様ですか?? 後、お客様のお名前を御伺いしても宜しいですか??」


「人数は七名で。予約名は、レイド=ヘンリクセンでお願いします」



「……、七名様ですね。はい、確かに承りました!! 来店、お待ちしております!!」



 店員の素早い対応に惚れ惚れしつつ店を後にした。



「良かったですね!! 予約が取れて!!」


「いや、本当に助かったよ!!」



 これで殴られる心配がなくなると思うと、溜飲が下がる思いですよ。



「あの……。これからの御予定は??」



 少し聞きにくそうに、体を微妙に動かして此方に伺う。


 どうしたんだろう。


 俺と同じでお腹が減ったのかな??



「今から?? 明日からの任務に備えて、市場で色々買い揃えようかと思っているよ」



 南西区画と南東区画の狭い通りに小規模な店が立ち並ぶ裏通り。


 大通りに面していない為か、色々と安く購入出来て俺も良く利用しているのです。



 商品だけでは無く、ちょいと狭い通りの端で井戸端会議をしている主婦達の情報も大変有意義なのですよっと。



 やれ、どこどこの店は安いだとか。


 やれ、あそこの店は品質が悪いだとか。


 主婦目線の情報は、確かな情報筋であり信頼もおけるのだ。



「も、も、もし宜しければ。ついていってもいいですか??」


「え?? うん。全然構わないよ??」


「やった!! じゃあ早速行きましょう!!」



 大好物を見付けた兔の様に嬉しそうにぴょんと一つ跳ねると、一人で歩み出してしまう。



「あ、うん。置いて行かないでね??」



 再び意外な速足で移動してしまった彼女へ追いつく為、慌てて大股で歩み始めたのだった。





お疲れ様でした。


夕食会が終了してから御使いへ出発しますので今暫く彼等の日常を温かい目で見守って頂ければ幸いです。


それでは良い休日をお過ごし下さい。

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