表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
364/1236

第一話 久方振りに訪れた戦士達の休息 その二

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


それでは御覧下さい。




 鉄特有の尖った香りと若干の埃っぽさが混ざった在庫部屋に入ると私は一人静かに小さく拳を握り締めた。



「おっし!! 上客頂きぃっ!!」



 今日は全然真面な客が来ないなぁっと思っていた矢先に突如として、鴨が葱を背負って……。


 ううん!!


 葱どころか薬味一式と土鍋を背負って入店したら誰だって興奮しちゃうでしょ!!



 彼が着用していたのは何の変哲もない黒のシャツと濃い青のズボン。


 しかし、何気なく腕を捲った時に見付けたのは戦う事を生業としている傷跡であった。



 一般人は精々護身用の武器防具を検討する程度、若しくは淡い期待を胸に抱いて私達店員とのひと時を過ごすのだが。


 戦う事を生業としている者であれば話は別だ。道具の良し悪しが生死を別つのだから。



 傭兵若しくは軍属の人なのかしらね??



 以前来店した軍人さんは私の接客術が功を奏して、たった一人で十万ゴールドものお金を落として行ってくれた。


 店内に置かれている物は正直、武を嗜む程度の者であれば直ぐに看破出来る程の品揃えばかり。


 これはあくまでも客の眼を試す物に過ぎない。


 つまりぃ……。彼はそれを看破してたぁくさんの売り上げを献上してくれる上客へと昇華したのだっ!!




「どれにしよっかなぁ――」



 棚の上、そして壁際に整然と並べられている武器に視線を送る。



「彼、短剣を納める革袋を探しているって言っていたわね……」



 軍人さんなら必ずと言っていい程左の腰に帯剣しているんだけど……。どういう訳か、彼の左腰にはそれが見当たらなかった。


 後方支援の部隊に所属しているのかしら?? それとも暇を持て余した傭兵??


 それだとあの体格は不釣り合いよね。



 黒髪の優しい顔、だが首から下は女心を多大に擽る体格を有している。


 選別眼に優れた私だからこそ服の上からでも看破出来たのだ。


 彼の体格に相応しい武器はぁ……。



「よしっ!! これに決めたっ!!」



 普通の客には滅多に見せない三本の剣を手に取り……。



「おっも!!」



 大切な商売道具を落とさない様に奥歯をぎゅっと握り締めて移動を開始。



「よい……、しょっと」



 腰とお尻を器用に動かして扉を開けて上客が待つ売り場へと舞い戻った。




「お客様――。お待たせしました、商品を御持ちぃ……」


「あはっ!! そうなんですかぁ――。中々お目当ての商品が見つからないのですねぇ」



 げぇっ!! あ、あいつ。何勝手に人の客を奪い取ろうとしてんのよ!!



「え、えぇ。その彼女が商品を持って来てくれる所なのですよ……」


「ふぅ――ん。それならぁ、あちらに良い商品が御座いますよ――」



 しかも、さり気なく高価な防具が置かれている場所へ導こうとしているしっ!!



「い、いや。ですから」

「はぁい、こっちにいらして下さいね――」



 出たよ。


 必殺甘々御手手繋ぎ接客。


 有無を言わさず強引に甘く手を絡ませて、男心を刺激する小癪な戦法に腹が立った私は。



「お客様!! 御持ちしましたよ!!」



 狼狽える彼の背中へ若干声を荒げて言ってやった。



「あ、有難うございます」



 小癪な蝙蝠野郎からパっと手を放して私の下へと踵を返す。


 そうそう、良い子でちゅね――。


 お客さんの飼い主は此方ですよ――。



「この三点ならお客様の希望に添える品かと」



 ふんっ。


 さっさとその辺の普通――の客を捕まえやがれ、売り上げ万年二位の蝙蝠めがっ。


 ラピッド店員売上第一位のぉ。



 ルルティリア=ビエスさんに敵うと思ったら大間違いよ!!




「へぇ――。中々良い品ですね」



 試し斬りが出来る裏手へと続く扉の付近で一つの剣を手に取り頷いている。



 ふふ、そうでしょう??


 このお店で扱う品の中でも上位に位置する品を選んだからね!! 迷って当然でしょう。



 若干得意気に彼の頷く様を眺めていると。



「お客様ぁ。そぉんな無粋な剣よりもぉ、お客様の逞しい体を守る防具が必要だと思うんですよぉ――」


「なっ!?」



 こ、この野郎!!


 意地でも食い下がる気ね!?



 剣を手に取る彼の背にムニュリと双丘を押し付け、腰に手を回してグイグイと引っ張り始めてしまうではありませんか!!



「ちょ、ちょっと!! 剣を持っているから危ないですよ!!」


「そぉんな物騒な品は置いて下さい。お客様に必要なのは防具ですっ」



 私が武器を主に売るのに対し、万年売り上げ二位のアバズレ女は防具を主に担当している。


 問題は……。その販売方法ね。


 女の武器を最大限に利用して不必要な接触を試みて男性の性を刺激するのだ。


 私達が着用する制服も結構際どい布面積だが、彼女が着用する制服は私達のそれよりも更に面積が少ない。


 蝙蝠野郎に篭絡されて泣きを見た男は数知れず、そして彼女を囲う専属の会員数は私を抜いて一位なのよね……。


 どれだけ売り上げを貢ごうが、返って来るのは刹那の接触のみ。



 憐れな男共は今日も彼女の甘い香りと少しの接触を求める為に不要な物を買う破目に……。



「アテライスさん?? お客様がお困りなので離れて頂けませんか??」

『おとといきやがれ、蝙蝠野郎』



 そう言いたいのをグッと堪えて至極冷静を努めて話す。



「あらぁ?? そうなのぉ――??」


「え、えぇ。通常あるべき男女間の距離感ではありませんので」



 あら。昨今の若者に対しては随分と真面目な性格なのね??



「えへっ、私は気にしませんよ――」


「自分は気にするんです!!」



 中々のガタイでありながら粗暴に女性を扱わない事に対して好感を覚えるが……。


 こちとら売上がかかっているので四の五の言ってられないのよ!!



「お客様!! 当店の武器の威力を是非ともその腕で感じて取って下さいっ」



 彼の右腕を強引に掴み、半ば強制的に店の裏手へと続く扉へ連れて行き。



「ちょっ……!!」


「さぁ!! 此処なら誰にも邪魔される事無く静かに腕を揮えますからねぇ!!」



 運んで来た武器を齷齪運び、扉を閉めてやる。


 そして扉が完全に閉まるその刹那。



「――――。蝙蝠野郎が」



 万年二位へ向かって手厳しい言葉を放ってやった。



「けっ。武器馬鹿が……」



 あ、あ、あの野郎っ!!!!


 男共が見ていない事を良い事に暴言吐きやがってぇぇええ!!



「へ――。裏手はこんな風になっていたんですね」



 っと。


 いけない。今は接客中だったわね。集中集中っ!!



「そうなんですよ」



 扉から振り返る途中で顔の筋力を緩めてニコリと笑みを浮かべる。


 彼は五メートル四方の壁に囲まれた外の空間の中央に位置する、人を模した藁人形の前で物珍しく周囲を眺めていた。



「それではどの武器を試されますか??」



 店の壁に立てかけた三本の剣へと向かい、少々大袈裟に腕を指してあげる。



「ふぅむ……」



 私の声を受け取ると、藁人形の前から剣の前へと移動して左端の剣を手に取った。


 全長約一メートルの長剣。


 剣身の中央には重さの軽減を図る為に深い樋が施されており、諸刃の切れ味も中々の逸品だ。


 お値段はぁ……。なぁんと、たったの五万ゴールドっ!!


 道具で命を買えるのなら安いものでしょう??




「う――ん……。この樋の部分が深過ぎますね。軽量化を図るのは良い考えですが、自分としては耐久性に重きを置いていますので」



 へぇ……。職業柄か、一目で看破するとは流石ね。


 そして、彼が続け様に二本目の剣を取ろうとしたのだが。



「あ、これは駄目だ」



 一切手を触れる事無く三本目の剣へ手を動かしてしまった。



「えっと。何故二本目は手に取らなかったのですか??」


「鍔の部分と柄頭の部分に不要な装飾と宝石が施されています。貴族が使用する目的でそれは制作されたのでしょう」


「で、ですが。造りは頑丈で……」


「見た目はそうですね。しかし、実戦ではその装飾部分から綻びが生じる恐れがあります。無駄な手を加えるのならもっと他に手を回して欲しいのが本音ですよ」



 彼が最後の剣を手に取って話す。



「ふふ、御詳しいのですね」



 心に浮かぶ言葉をそのまま彼へ伝えてあげた。



「職業柄って奴ですよ。おっ!! これは良いぞ……」



 彼が上段から剣を振り下ろすと、空気を切り裂くヒュッと甲高い音が鳴り響く。



「すいません!! これを試し切りしても宜しいですか??」


「えぇ、存分に腕を揮って下さいね」


「よぉし。久々に振ってみるか!!」



 彼が意気揚々と藁人形の前へと歩んで行く。



 あれを気に入ってくれなきゃ困るのよねぇ。


 武器の名産地でもあり、私の生まれ故郷でもあるストースの職人が手掛けた品だし。


 ま、最も??


 職人の中でもまだ見習いから卒業したばかりの人が制作した剣なんだけどさ。


 それでもこの店の中でも上位に位置する値段だ。


 お値段は十万ゴールドになります!!


 要相談で割引可なのは購入する意志を見せてくれた時に話しましょうかね。




「ふぅ――」



 右足を前に出して、左足は後方へ。


 前後左右、そして斜め方向に移動出来る様。微かに左足を浮かせている。


 構えは完璧、しかしぃ……。


 剣筋はどうかしらね??



 沢山の剣の使い手を見て来た私の眼は誤魔化せませんよ??


 集中力を高めて切っ先を見つめている彼の背中を何気なく眺めていると……。



「ふんっ!!!!」

「っ!?」



 彼が上段に構えた刹那。


 背の肌が一斉に泡立ってしまった。


 戦いに対してまるで素人である私が寒気を覚えてしまう程の殺気が彼の全身から放たれる、そんな感じだ。



 そして彼が一気苛烈に袈裟切りの要領で藁人形を切断すると。



「ん――。切れ味は良いですね」



 美しい断面を覗かせて藁人形が肩口から綺麗に分断され、彼は満更でも無い表情で剣身を眺めていた。



「そ、そうですか。お気に召したのなら見積を出しますけど」



 ふ――、良かった。さっきと同じ優しい顔に戻っている。


 この若さで悪鬼羅刹も慄く桁違いの圧を放つって事は相当の修羅場を潜り抜けて来たのだろう。


 そんな彼に対して武器を提供出来る事が少しだけ嬉しかった。



「切れ味、威力は申し分無いのですが……。一振りで芯と柄を結合する部分が歪んでしまいました」


「う、嘘でしょ!?」



 あ、有り得ないって!!


 たった一振りで結合が揺らぐなんて!!


 慌てて彼から長剣をふんだくり、柄を握り締めて振ってみるが……。



「ほ、本当だ」



 掌に感じるそれは大変拙い物へと変化してしまっていた。



「やっぱり耐久面で探すべきかな……。もうありませんよね?? お薦めの品は」


「残念ながら、そうなりますね」



 これ以上の品はこの店……。ううん。


 この街で探すのは不可能かも知れないわね。



「そう、ですか。残念です」



 彼の腕力に耐えられる品が置かれているとしたら、あそこしかないでしょうね。


 上客を逃すのは勿体ないし、本当は教えたくないんだけど……。



「この街の南西区画。城壁沿いにテーラーという工房があります。お客様がお探しの革袋もそのお店にあるかも知れませんよ」


「本当ですか!?」



 ふふ、嬉しそうに瞳を輝かせちゃって。


 ちょっと意地悪しちゃおうかな。



「あ、でも――。武器を壊されちゃったからぁ、弁償代を貰わないと――」


「す、すいません!! お幾らですか!?」



 あはっ。


 鞄から慌てて財布を取り出そうとする様が可愛く見えてしまう。



「冗談ですよ。お代は結構です。その代わり……。よいしょ」



 制服の内ポケットから私専用の会員証を取り出して彼へ差し出す。



「これは??」


「私の専属会員である証です。これを提示すれば店内の品を三割引きで購入出来ますよ」



 各月の売り上げ、そして数か月に一度行われる人気投票によって店員の格付けが決まる。


 万年二位のアイツが人気投票部門で一位を搔っ攫ったが、私は売上部門で一位を獲得し。


 合計得票数と総売り上げでこの店の栄えある頂点へと立ったのだ。



 下位の者の会員証は一割引き、格付けが上がって行くにつれて割引率が上昇して一位の私の会員証は何んと三割引きなのだ。


 まっ、その分配布出来る数は少ないけどね。



 接客して得た売り上げ、若しくは会員証を提示して購入すれは個人への売り上げとして計上されるのだ。



「へぇ、それじゃあ帰りに幾つか購入させて頂きますね」


「ふふ、是非」



 美しい所作でお辞儀を放つと、そのまま店内へと消えて行ってしまった。



 ガツンと売り上げは伸ばす事は出来なかったけど……。代わりに本物の男を見せて貰った。



 世の中にはたった一振りで剣を駄目にしてしまう人も存在するのねぇ……。


 まだまだ勉強不足だわ。


 まっ、会員証も渡せたし。次来た時はもっと慎ましい接客態度を心掛けようかしらね。


 彼の逞しい後ろ姿が女の部分を刺激しちゃったもん。




『あはっ!! お客様、お帰りなさ――い』


『ちょ、ちょっと!! 自分は生活用の金物を見ているだけですから!!』



 ちぃっ、あの蝙蝠野郎め!!


 あくまでも私の客から搾り取ろうというのか!?



 慌てふためく彼の声を受け、私は三本の武器を両手に抱え。鼻息荒げて彼の狼狽える声が響く店内へと突入したのだった。




















 ◇






 私は迷っていた。


 厳密に言えば過去形では無く現在進行形で迷い中なのだが……。その理由は単純明快、一目瞭然、簡明率直だ。



 中央広場に並ぶ、屋台群から放たれるこの香りが私の判断を迷宮へと誘っているのよ!!



 ピリっとした香辛料がグッと心を掴んだと思えば、頭を惚けさせる甘い香りが決断を躊躇させ、得も言われぬ混ざり合った匂いが二の足を踏ませていた。



 どうしよう……。


 どうすればいいのよ!!


 優柔不断な私を許してね?? 可愛い子ちゃん達。



『ねぇ。またあの顔だよ??』


『いい加減ルーも分かって来ただろ??』


『勿論!! あの可笑しな顔はぁ……。あぁ、迷うわ。どうしよう?? 私が選びたいのはあなたじゃないのよ?? って事だよね!!』



『正解っ!!』


『やった――!!』



 へっ、有象無象の素人とーしろ共が。勝手に盛り上がっていなさい。


 背から届く声に振り返らず、心の中で言ってやった。



 私はそれ処じゃないのよ!!


 久々の凱旋故、初手は外せない……。


 玄人は吟味に吟味を重ね、己が選び抜いた食材を口にする。


 真っ白な心に、思い描いた食べ物を探す。


 うん、間違っていない。


 澄んだ水面に映る泡沫の夜月。この澄み切った精神で食材を探し当てる。


 是正に神髄なり。



『ね――マイちゃん。いい加減決めようよ――。レイド達と別れてもう三十分も経つんだよ?? この際、適当に選んじゃおうよ』




『黙れ小娘がっ!!』

『びゃっ!!』



 適当。


 お惚け狼からとんでもねぇ言葉が飛び出て来たので速攻で食い付いてやった。


 私がこれだけ迷走しているってぇのにこ奴と来たら適当、だと??


 公衆の面前で正座させ、食の何たるかを日が沈むその時まで説いてやりたい気分だ。



『まぁ落ち着けって。久々の街なんだし好きにゆっくりと選べばいいさ。それに、納得のいかない食い物食べても嬉しくないだろ??』



 流石、我が親友。


 私の気持ちを汲んでくれて、喜ばしい限りだわ。



『ねぇ、ユウ』



 ノッシノシと歩くユウの横顔へと話し。



『ん――??』


『嫁の貰い手が見つからなかったら私が飼ってあげるからね?? だから、将来を心配する必要は無いわよ』



 胸にくっ付いた大魔王様と反比例な慎ましい大きさのお尻をピシャリと叩いて言ってやった。


 でもまぁ、ユウの場合。私と違って引く手あまたでしょうね。


 だって滅茶苦茶優しくてすっげぇ可愛いもの。



『いってぇな――。人の尻を叩くんじゃねぇ』



 ふふ、言葉は大変悪いけども。お口ちゃんは大変嬉しそうに波打っていますわよ??


 牝牛の機嫌を直す為にきゃわいいお尻ちゃんを優しく撫で撫でしてやろうと手を伸ばした刹那。




『ウ゛ウ゛ン゛ッ!?!?』



 な、何?? この香りは??


 甘い香りなんだけども、少しだけしょっぱい。


 水分が焼けてもわぁっと蒸気が上がると風に乗って漂い。私の鼻腔へ目には見えない馨しい香りが届くとついつい変な言葉を出してしまった。



『お、漸く決まったみたいだな??』


『そうだね――。あの気持ち悪くて友達でも近寄り難い顔はきっとそんなんだろうと思ったよ』



 どこかしら……。


 あなたはどこに隠れているの?? 恥ずかしがらずに出ていらっしゃい??


 お母さんは此処ですよぉ――。



 うざってぇ人間の群れの中を素早く、しかし通行の邪魔にならぬ様。


 御鼻ちゃんをスンスンと動かして恥ずかしがり屋の子の存在を追い求めていると……。



「いらっしゃい!! 良かったら買って行ってね――!!」



 おぉう。あそこだ。


 私の食欲を悪戯に誘惑するイケナイ子を見つけてしまった。



『何々?? おき焼き?? どうぞお好きに焼いてってか??」



 ユウが屋台の前に置かれている質素な看板の文字を念話で伝えてくれる。


 お好き焼き??


 何かしら?? 好きな食べ物を焼くの??


 そんな事をしたらこの両手じゃ抱えきれない大きさになっちゃうけども……。



 屋台の前には五人程の列が出来ていたので私達は行儀良く列の最後方に加わった。



『ん――!! 良い匂い!!』



 ルーが喜ぶ気持ちも十分頷ける。


 無性に腹が減って来る香りだ。



「はい、お待ち!!」



 ほう!!


 お好き焼きなる物はどうやら丸い食べ物の様だ。


 店主が渡した紙袋からホカホカと美味そうな湯気を揺らす半円が覗いていたのが良い証拠さ。



「わぁ!! 美味しそ――!!」


「ねぇ――!!」



 二人の若い女性が目を輝かせて出来立てほやほやのお好き焼きを手に持ち満足気な表情を浮かべて列から外れる。



 よし、これで屋台の中を覗けるわ。


 玄人である私は店主の腕前も吟味せざるを得ないのよ。



 丸型の凹んだ皿に白い粉、あれは小麦粉ね。それと水、卵を入れ丁寧に均一に混ざるように菜箸で器用に掻き回す。


 液体がほんのり黄色くなったら、刻んだキャベツを豪快に投入して再び混ぜて行く。



『お――。段々出来てきたな』



 ユウも私同様、料理の工程に釘付けであった。


 只一点だけ違う所があるとすれば、もう味を想像しているのか。



『へへっ……』



 口角をニィっと上げている所かしらね。


 これだから素人とーしろは……。全く以て度し難いわね。


 玄人は口をキュっと紡ぎ、店主の一挙手一投足を見逃してはならないのだよ。



「ほいさ!!」



 アツアツの鉄板の上に出来上がった液体をとろりと垂らして丸型に整える。



『成程ねぇ――。あぁやって丸く作るんだ』


『だなぁ』



 丸く出来上がったお好き焼きに、薄く切った豚肉を乗せここで店主は手を休めた。


 うん?? どうして手を止めるの??



「よいしょぉ!!」



『『おぉ――!!』』



 店主の粋な演出により、お客さん達と私の部下共が歓喜の声を上げた。



 ははぁん?? 乙な演出で客の眼を引き、そしてこの香りで客の心を掴むのか。


 武骨な顔で焼いているけども、その実。物凄い計算高い店主なのかもしれないわね。



 豚肉がカリっと焼き上がったのを確認して再びひっくり返す。


 そして、粘度の高いトロりとした黒い液体をお好き焼きの表面に掛けるとどうでしょう!!



『くぁぁああ……』



 思わず膝の力が抜け落ちてしまいそうな香りが爆散するではありませんかっ!!


 あぁ……。


 あれが私を吸い寄せた香りだ。


 灼熱の鉄板の上に液体が零れると、ジュウジュウと小気味の良い音を立てて白い蒸気が立ち昇る。


 視覚、嗅覚、聴覚。


 この蒸気は人の本能を司る感覚に直撃を与え、それに呼応した私の胃袋がキュルリリンっと盛大に悲鳴を上げてしまった。



『マイ、腹鳴ってんぞ』


『仕方が無いでしょ。あんな物見せられたら……』


『前後の人達が今の音にびっくりしてキョロキョロしてるよ??』



 私はお惚け狼の声を受け。



『……』



 無言で彼女の顔を指差してやった。



「あはは!! お嬢ちゃんお腹空いちゃったんだね!!」



 その意味を理解した店主がルーの顔を見て快活な笑みを浮かべる。



『ちょっ!! 違うもん!! 私じゃ無いもん!!』



 回りから向けられる温かい笑みに耐えられ無いのか、真っ赤に染めた端整な顔をユウの背中に埋めてしまった。



 あぁ、くそう。


 早く私達の番にならないかしらね……。



 心急く思いで体を無意味に動かし、次々と焼き上がっていくお好き焼きを見つめ。舌の裏から湧き上がる唾液を口から零れさせ無い為。必死に抑え込んではゴクゴクと飲み干していると。



「いらっしゃい!! お嬢ちゃん達、幾つ買うんだい!!」



 漸く順番が回って来やがった!!



 先ずは様子見として!!



「っ!!」



 私は無言で三本の指をピンっと立ててやった。



「三つだね!! 待ってなよ、今紙袋に入れてあげるからさ!!」



 茶色の紙袋に私達が注文したお好き焼きが包まれて行く。


 後、後……。少しの我慢よ。


 落ち着けぇ……。私の手と足っ!!!!




「お待たせ!! 六百ゴールドになります!!」



 私は御代を支払うと自分の分のお好き焼きを受け取り。蠢く人間共の間を縫い、馬車がのんびり通る道路を颯爽と横断。



「あぁ――――!! 貴女ぁぁああ!! そこは横断禁止ですよ――!!!!」



 いつもの姉ちゃんにお叱りの声を受けて颯爽とベンチへと到着すると、土の中で冬眠中の熊も思わず体をビクッ!! と動かす程の勢いでベンチに座ってやった。



 さ、さ、さぁ!! 御開帳――――!!



 逸る気持ちのままそっと優しく紙袋を開けると。



『はっ……。らわぁふぁん……』



 頭が溶け落ちて自分でも気持ち悪いなぁと思えてしまう声が零れてしまった。


 何よ、これぇ。


 ありきたりな食材を混ぜただけなのに、どうしてこんな馬鹿げた香りを放つのぉ??


 この匂い、絶対上手い奴じゃん!!



『やっと追いついた!!』


『もう!! マイちゃんにはいつも言っているけど置いて行かないでよね!!』



 私は普段よりもちょい早く歩いているだけであって、君達が遅いからそう感じるのだよ。



『では、頂きます!!』



 プリプリと可愛く憤りを示すお惚け狼から視線を外し。お好き焼きなる物を、大口を開けてかぶりついた。



 刹那。


 私の頭の中に雷鳴轟き、激しい稲妻が頭の天辺に直撃してしまった。



『うっま――――いぃぃいいいい!!!!』



 甘くそして塩辛い液体とお好き焼きが口の中で混ざり合うと美味さに舌が降伏した。


 ほんのりと柔らかく、しかし噛んでいて飽きない歯応え。唾液、液体、お好き焼き、三者が混ざればあら不思議。


 地平線一杯に美しい花が咲き乱れるではありませんか。


 いつまでも噛んでいたい、ずっとこの液体を感じていたい、飲み込みたくない。


 私は目を瞑りこの美味さに身を委ねていた。






『――――。マイ、お願いしますからもう少し静かに叫んで下さい。驚いて本を落としそうになってしまいましたよ』



 遠い北通りに面する図書館に居るカエデにも届く程に叫んでしまったのか。


 真面目な海竜ちゃんに届かない声量で慎ましく叫ぼうっと。



『うっま!! マイ!! 大当たりだぞ!!』


『もいひぃい――!!』



 ふふ、そうだろう??


 私の鼻は決して間違いを犯さないのだよ。



『これにはほんと度肝を抜かされたわ。安いし、しかも美味い。お代わりが必要かしらねぇ??』


『食ってから買いに行けよ??』


『分かってるわよ』



 参ったわ。


 この勢いなら無限に食べられそう。


 しかし、他にも色々見て回りたいしぃ……。


 贅沢な悩みに苛まれながら、私は口の中に広がる幸せをいつまでもングングと咀嚼し続けていた。




お疲れ様でした。


いいねをして頂き有難うございます!!


ブックマーク、並びに評価は体で三日月の角度を表す位に仰け反ってガッツポーズを取るのですが。


このいいねは……。そうですね。


私は良くB級ホラー映画を鑑賞するのですが。その時きのこの山若しくはたけのこの里とコーヒーを御供にして見ています。


画面に集中していて、何時の間にやら箱が空っぽに……。


しかし!! 箱を傾けたらコロコロと最後の一個が現れるではありませんか!!


「ふふ……。そんな所に居たんだね??」 と。


一人静かにささやかな幸せを見つけた時の感情に似た嬉しさを感じています!!



それでは皆様、お休みなさいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ