第百八十四話 結果発表!! そして、景品は勝者の手の中へ
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
それでは、どうぞ。
朝も早くから元気な姿のまま頭上で光り輝く彼が西へと駆け抜けて行き、昼と夕刻の間の位置で大きく呼吸を整えて小休止。
中途半端な暑さが周囲を包み込む中、とても素直に頷けない権利が賭けられた釣り勝負は御開きとなった。
俺達は元居た場所へと戻り審判役であるフィロさんの前で横一列に並び、彼女から最初の一言を待ち続けているが……。
「「「……」」」
各々の表情を見ると釣果に納得いかない微妙な顔と、大いに納得した満足気な顔。その両極端な顔ぶれとなった。
かく言う俺も納得いかない顔を浮かべている事であろう。
普通の魚を釣ろうと思ったら人の顔を浮かべた鯰擬きの魚しか釣れなかったし……。
その後もグシフォスさんへ素敵な勝利を贈ろうと躍起になって場所を変え、手を変え品を変えても竿はうんともすんとも言わなかった。
手に持つ桶の中を悠々と泳ぐ人面魚をそっと静かに睨んでやる。
何か……。変な魚だよなぁ。
ベッシムさんは美味しいって言っていたけど、本当にこれ食えるのか??
どうせなら俺も普通の魚を釣りたかったよ……。
「みなさ――ん。お疲れ様でした――」
人面魚と睨めっこをしているとフィロさんが口を開いたので、彼若しくは彼女の御顔から慌てて正面へ視線を移した。
「これにて釣り大会を終了と致します。では大きさを測るので……。右の人から順に釣った魚を見せて下さいね!!」
列の右端……。先ずはルーからだな。
「へへん!! 色々釣ったけどこれが一番大きい奴だよ!!」
桶から一匹の魚を手に持って皆の前へ堂々と掲げる。
「おぉ!! やるではないか!!」
列の左端にいたグシフォスさんが堪らず移動を開始してルーの前で喜々とした声を上げた。
マイと一緒でじっとしていられない性格なんだなぁ……。
いや、釣りが絡むとこうなるのかな??
「えへへ。これは私が優勝だよ!!」
「ベッシム!! 早速計測しろ!!」
「畏まりました……。ふむ。二十二センチですね」
ベッシムさんが巻き尺で頭の先から尾の先端まで測り、中々の大きさであると皆へ証明した。
ほほぅ。それなりの大きさを有しているな。
大きさは俺の人面魚と良い勝負だ。
顔では大敗を喫していますけどね。
「次の方――」
「へへ。あたしの山女魚はちょっと手強いぞ??」
ユウが魚の尾を掴んでルーと同じ要領で掲げた。
「むっ!! 釣れたのか。ボーの奴と違って器用だな」
「父上は不器用ですから……」
グシフォスさんに褒められ満更でも無さそうな顔を浮かべる。
ボーさん達と面識がある事は起床後にそれとなく聞かせて貰った。
何でも??
若かりし頃にテスラさん、ボーさん。そしてまだお会いした事無いリューヴとルーの父親であられるネイトさんと冒険をしていたそうな。
とんでもなく強い四人で何をしていたのかは多大に興味が湧くが、グシフォスさんに尋ねるのは大変な勇気が要りますので。
ボーさん、若しくはテスラさんにお会いした時に尋ねてみましょうかね。
「…………。惜しいですね。体長は二十センチでございます」
「うぇ!? 何だぁ……。ルーに負けちゃったのかぁ」
「やったね!! ユウちゃん。まだまだ修行不足だよ」
ユウが肩をがっくりと落として元の桶へ魚を戻す。
あれでも結構おっきいと思ったんだけどなぁ。僅かに足りなかったか。
「次は私だが……。生憎、釣果は無しだ……」
「んふふ。リュー、かっこ悪いよ――」
片割れの狼がいつもより三割増しで眉を尖らせているリューヴを揶揄う。
知らないぞ、後で怒られても。
「どうも苦手だ。幾ら待っても一向に釣れないし、釣りの何が楽しいんだ……」
ははは。
これでリューヴは暫くの間、釣りはしないだろうな。
「さぁ!! 真打の登場ですわ!!」
おっ、次はアオイか。
あの様子だとかなりの大物を釣り上げたんだな。
普段と変わらぬ歩幅でベッシムさんの前へと歩み。勢い良く魚を取り出した……。
「御覧下さいましっ!!!!」
…………、までは良かった。
桶から現れたのは子供の手の大きさ程度の魚。
情けない顔を浮かべてピチピチと弱々しく跳ねる姿が多分に此方へ笑いを誘った。
竜頭蛇尾とは正しくこの事。
声色からして、もうちょっと大物を期待したんだけどなぁ。
「大きさは……。測りますか??」
ベッシムさんが大変申し訳無さそうにおずおずと話す。
「不要ですわ!! 途中で逃がした魚がきっと大物だったのです……」
親鴨の水泳教室を抜け出して一人勝手に泳いでいた所。
自分が意外と泳げない事に驚いて溺れかけ、血相を変えた親鴨に救出されてこっぴどく叱られている小鴨みたいに凹んでいた。
分かり易く凹みますね??
彼女が釣り上げた魚の褒める所は無いかと懸命になって探していると……。
「――――――。ハンッ」
厭らしい角度で口角を上げたマイが慎ましい大きさの魚を見て鼻で嘲笑う。
何とも言えない空気の中で静かに響いたそれは人の神経を逆撫でするのには余りある威力を備えていますね。
「何ですの!? その笑いは!!」
聞こえちゃったか。
「いやいや。随分と御立派ぁっ!! な魚で御座いますねぇ――?? あ――あっ!! こりゃ、私の負けかなぁ。かぁ――――ッ!!!! 残念だなぁ!!」
あいつ。
絶対勝っていると睨んでいるな。
しかし、マイの桶の中を覗こうにも距離があるし。
此方から見て死角に桶の水面があるので魚の大きさは確認出来なかった。
あの勝ち誇った様……。ちょっと気になる……。
「くっ……。レイド様ぁ。立派な魚を釣れなかった哀れで可哀想な私を慰めて下さいまし……」
右腕に甘く柔らかいお肉を絡めて来るので。
「桶を落としちゃうから退いて」
そっと体を傾け、右肩で優しく押し返してあげた。
「あんっ。本当はぁもっと大きな魚を釣れたのですよぉ??」
嬉しく嫌がらないの。
それとくすぐったいから細い指先で肩をクリクリと撫でるのはお止めなさい。
「では、お次はレイド様ですね」
「はい!!」
ベッシムさんの声を受けて、桶の中の水を零さぬ様。慎重な歩みでフィロさんの前へ移動した。
「これが……。釣果です」
そして、両手に抱えている桶を差し出すと。
「こ、これは!!」
桶の中を泳ぐ人面魚を見て目を丸くしていた。
そりゃそうですよね。
こんな珍魚が桶の中で泳いでいたら誰だって驚きますよ。
きっとマイの様に俺の事を鼻で嘲笑うのだろうさ。
「素晴らしい!! まさか、人面魚を見られるなんて!!」
「へ??」
俺の想像した驚きより、違う方向性の驚きを見せる。
「何!? 退け!! 俺にも見せろ!!!!」
「あいたっ!!」
グシフォスさんが俺を押し退けてフィロさんが持つ桶の中を食い入るように見つめていた。
あの慌て様。
ベッシムさんの言う通り、珍しい魚のようだ。
「こ、こ、これは……」
「えぇ。正真正銘、人面魚でございます」
「一度だけ食べた事あるけど……。頬っぺたが落ちる位美味しいのよねぇ」
味を思い出しているのか口角を上げて嬉しそうな笑みを浮かべている。
本当に食べられるのですかと気になる所だが……。それよりも、フィロさんのニィっと笑う姿がアイツの笑みと微妙に重なってしまった。
何気ない所作の中に彼女の存在を確知出来るのは流石親子と呼ぶべきでしょうね。
「く、くそう。だが……。俺も負けていないからな!! 首を洗って待っていろよ!!」
「あ、はい……」
特に、勝敗に拘りは無いから……。
てか、俺が勝っちゃ駄目でしょ。
「次は私」
カエデが小さく頷き。そして、皆の前へ出て魚を静かに掲げた。
「…………うん。魚、だね」
ルーが語尾を強めるとか陽性な感情を上げるだとか。
そんな感情が一切含まれていない、特に興味を示さない声色で話す。
「あぁ。魚だ」
「魚、ですわね」
「魚だよな」
「魚ねぇ」
各々も見たままの感想を述べるが……。
その大きさと種類では、どうも盛り上がりに欠けてしまう。
これが精いっぱいの声量であった。
「いいです。確かに魚ですから。盛り上がらない事は承知ですよ」
誰にでも分かり易くむすっと眉を顰めて桶の中へ魚を若干乱雑に戻してしまう。
魚もびっくりするだろうさ。
いきなり持ち上げられて、続け様に放り投げられたら。
「ま、まぁ。次は大物を釣れるよ」
彼女のご機嫌伺いをするが。
「暫く釣りは遠慮願います」
駄目だ。臍を曲げちゃったらしい。
俺から顔を背ける様にプイっと顔を逸らしてしまった。
カエデも皆と同じで負けず嫌いだからなぁ。
あ、いや。彼女の場合それが頭一つ分抜けているかも。
「さぁ!! 私の魚を見て、恐れ戦け雑魚共がっ!! 真の王者とは……。こういう魚を釣った者の事よ!!!!」
深紅の髪を気持ち良く揺れ動かして王者に相応しい風格を纏う魚をこれ見よがしに堂々と掲げた。
「「「おぉぉおお!!!!」」」
カエデの魚を見た後だとマイが掲げた魚がどれだけ大きいかが直ぐに理解出来てしまう。
成人男性の指先から肘位までの大きさか??
いや、もうちょっと大きそうだな。
体を大きくくねらせてマイの手から逃げようとしているが。その動きの迫力からあの体内にはみっちりと筋力が詰まっている事が容易に窺い知れた。
そりゃアオイの魚を見て鼻で笑う訳だ。
「流石、俺の娘だな!!」
グシフォスさんも満更でも無い御様子でウンウンと大きく頷く。
強面に見えますが、意外と親馬鹿なのかも知れませんね。
「ほぅ……。大きさは四十五センチ……ですね」
でっか。
「え――!! 私の倍!?」
ルーが目を丸くして、マイの元へ駆け寄る。
「んふふ――。そうだろう?? そうだろう!? 驚くだろう!!!! 世界最強で最高な釣り人は私なのよ!!!!」
前回の海釣りでは釣果無しだったのに……。
戦いと同じで此処一番で決めるのは得意なんだな。
「ユウから奪い取った物なのでしょう??」
アオイが朱を一睨みすると、ユウの方へ向いて尋ねる。
「残念。ちゃんとマイ自身が釣ったよ。あたしが見てたもん」
「ちぃっ……」
舌打ちしないの。
端整な御顔が台無しですよ??
「ハハッ。雑魚しか釣れなかった虫野郎が何やらボヤいていますなぁ??」
アイツ……。
人を挑発する事に関して卓越し過ぎだろ。
「何ですって!?」
「はぁ――ン?? 聞こえませんねぇ――。魚と一緒で雑魚の声は小さいからぜ――んぜん!! これっぽっちも届かぬなぁ」
「ふっ……。胸が貧相な雑魚女が何やらほざいていますわねぇ」
「はぁっ!? テメェ!! 胸に風穴開けてそこから心臓をぶっこ抜いて鳥の餌にすんぞ!?!?」
しっかり聞こえてるじゃん。
「まぁまぁ。喧嘩はおよしなさいよ」
折角楽し気な発表会が台無しになってしまいますからね。
それに……。
「えっと……。私の魚もそろそろお披露目しても宜しいでしょうか??」
アレクシアさんが気もそぞろにずぅぅっと待機していますし。
「ふんっ。でも、まぁ……。レイド様の御心は私の物ですから。ここは寛大な心で許してあげましょう」
いや、誰も譲渡していませんよ??
自分の心の所有権は自分にありますので。
「えっと……。その……。一応、見せます」
アレクシアさんが大変恥ずかしそうに桶の中から魚を取り出してベッシムさんへ渡す。
「「「…………」」」
例えあの魚が両目の焦点が合わない距離に現れたとして、そして超遠近法を活用してもマイが釣り上げた魚の大きさには到底及ばないと一瞬で看破出来てしまった。
彼女へ向かって何か掛けてあげる言葉は無いかと、皆が苦しむ中。
双肩がずんっと重くなる大変重苦しい沈黙が周囲を包んでしまった。
「グスッ……。が、が、頑張ったんですよ?? 私なりに。で、でもぉ。何分初めての事でぇ……」
計測を始める前から目に微かな涙を浮かべ、今はそれが零れない様。懸命に唇をぎゅっと噛んで耐えていた。
こ、こりゃいかん!! 俺を此処まで運んでくれた手前。
アレクシアさんの大きな瞳から悲しみの雨を降らせる訳にはいきませんよ!!!!
「え、えっと。初めてにしては上出来だと思うかな!!」
俺が勇気を振り絞って第一声を放つと。
「そ、そうそう!! アレクシアにしては上出来だよ!!」
ユウが続き。
「う、うんうん!! アレクシアさんも十分頑張ったよ!!」
ルーが嬉しそうにぴょんと跳ねて彼女の頑張りを盛り上げてくれる。
さ、さぁ!! 皆さん俺達に続きなさい!!!!
「釣れただけでマシであろう。私はその雑魚程度の魚でさえも釣れなかったのだぞ??」
「私以下の大きさですかぁ――。女の器の大きさが現れたみたいですわねぇ」
「私でも流石にあれよりは大きい」
「ハッ。何ソレ?? 蟻の餓鬼んちょでも釣ったの?? クソ雑魚過ぎて話になんねぇ――。アツアツの味噌汁で顔をジャブジャブ洗って出直して来いやっ」
ひ、酷い……。
何て残酷な言葉の雨を降らすんだ……。
「き、君達!!!! どうして素直に褒める事をしないのかな!?!?」
扱いが存外過ぎて思わず声を荒げてしまいますよ!!
特にマイだよ!!
アレクシアさん達と一緒に釣っていたってのに、言葉で力添えしてあげようとは思わないのか!?
「い、良いんですっ。わ、私の実力はこ、この……。この程度のぉ……っ」
あ、あ――あ……。
両手で顔を覆っちゃった。
「ア、アレクシアさん。お、落ち着いて。ね?? 今度美味しい御飯でも驕りますか……」
「本当ですか!?!?」
あれ?? もう涙が引っ込んだの??
両手で覆われていた中から現れたのは美しい花達も思わずキャァッと、頬を朱に染めて顔を背けてしまう満面の笑みであった。
まだ若干目が赤いですけどね。
「えへへ……。偶には泣いてみるのも良いですねっ」
ま、まぁ余計な出費は増えましたけども。機嫌が直ったので良しとしましょうか。
そして、この釣り大会の最後を締めくくるのは……。
「次はエルザード様ですね」
「うふふ…………。有象無象の小娘共め。真の大魔の実力を刮目せよ!!」
「「「おぉぉおお――――!!!!」」」
何度見ても、あの魚には恐れ入る。
目の前で釣り上げた時、確実に優勝すると思っていたが……。
どうやらマイと同程度の大きさの様だ。
「げぇっ!! ちょっと!! 反則して釣ったんじゃないの!?」
「マイ。残念ながら不正は無かったぞ」
「えぇ。私も見ていました」
「マイ様。私もこの眼でしかと釣り上げた瞬間を確認しましたよ??」
ギョっと目を丸くする龍へ、ほぼ三人同時に言ってやる。
「ぐぬぬぬぬぅ……。ベッシム!! さっさと測りなさい!!」
「畏まりました」
この頂上決戦は緊張するな。
どちらも通常のそれを超越した大きさを誇り、王者の風格を備えている。
ベッシムさんが緊張した面持ちで計測を終えると静かに口を開いた。
「…………。四十五センチで御座います」
「はぁっ!? そんな訳無いでしょ!? もう一度測りなさいよ!!」
納得のいかない淫魔の女王様が再審を要求する。
「何度も測りましたが……。同じ数字で御座います」
「ベッシム!! もう一度測りなさい!!」
「マイ様の魚も飽きる程に何度も測りました」
「飽きんな!!!!」
甲乙つけがたいとはこの事だ。
どちらも同じ種類、しかも同じ大きさ。
どう収拾つけるんだろ。
「う――ん。参ったわねぇ」
フィロさんが腕を組み難しい顔を浮かべる。
そうですよね。
全く同じ大きさの魚が釣れるとは思っていないだろうし。
「年の功で私の勝ちよ!!」
「はぁ!? 私の方が元気じゃない!!」
「残念でしたぁ。私の魚の方が綺麗ですぅ――」
「勝負は大きさって言ってんでしょ!!」
ほらぁ。
超絶我が強い二人の事だからあぁでも無い、こうでも無いと激しい自己主張を繰り広げてしまうのですよ。
この勝敗は総合司会役のフィロさんに一任すべきか。
耳の中の鼓膜さんが顰め面を浮かべてしまう音量を放つ女性二人を尻目に、ウンウンと唸り続けるフィロさんの次なる言葉を待った。
「この勝負…………。引き分け!!!!」
総合司会役の声が上がると、二人がピタリと動きと声を止めた。
「引き分け?? フィロ。レイドとのデートはどうなるのよ」
あ、まだ覚えていたんだ。
白熱した戦いだからあわよくば忘れてくれないかなぁっと考えていたけども。この考えは蜜よりも甘かったですね。
「ん――。そこなんだけど。二人に同じ権利をあげるってのはどう?? それで文句無いでしょ??」
いやいやいや。
今更ですけども、俺に拒否権は無いのですか??
「まぁっ……。うん、それなら」
「仕方が……。無いわよね」
妙な空気が二人の間に流れる。
「あの――。自分に拒否権は……」
このまま只黙って景品にされるのは耐え難い。
意を決して、静かに声を出す。
「レイドさん?? こんな可愛い子達と一日一緒に遊べるのですよ??」
三百云年生きているエルザードに対して、子は無いでしょうに。
怒られそうだから絶対言わないけど。
「いや、しかし。自分にもその位の権利は与えられて当然かと」
「よもや、私の娘と遊ぶのが嫌と言う訳じゃないですよねぇ……??」
「っ!?」
な、何!? 今の表情は!?
一瞬だけだが、フィロさんの形容し難い笑みに捉えられると。全身の肌が泡立ち、冷たい汗が一気に噴き出してしまった。
恐怖を超越し正気度が激しく下降する。
そんな形容し難い表情を数舜だけ微かに浮かべた。
「娘と遊ぶ事は俺が許さんぞ!!」
「そ、そうですよね!! グシフォスさんが言うなら喜んで辞退させて頂きますよ!!」
間髪入れずにグシフォスさんに便乗する。
海の彼方からやって来た助け船に少しばかりほっと胸を撫で下ろした。
「あなた…………。ちょっと……」
「は?? 何だ??」
フィロさんがグシフォスさんへ手招きをする。
何だろう??
フィロさんが俺達に背を向け、グシフォスさんは此方から表情が見える位置へと移動した。
「…………」
何やら耳打ちをしているが……。
どんな言葉を聞かせているのだろう??
「なぁ、エルザード」
「なぁにぃ??」
「フィロさんって。ひょっとして物凄く怖い人??」
「ひょっとしなくても怖いわよ。レイドも一瞬感じたでしょ??」
「あ、うん……。まぁ……」
「私達も昔はあの顔を見て慄いたものよ」
一瞬で汗が噴き出したのだ。
あの表情でじっと見つめられたらどうなるのだろう。
心臓が止まってあの世逝きになるのかしらね??
「わ、私は認めないぞ!!」
お、どうやら耳打ちが終わったようだ。
グシフォスさんがムスっとした顔で耳打ちの答えを出している。
「…………。ふぅん、そっかぁ」
「ひぃっ!?」
答えを出した刹那、グシフォスさんの顔が一気に青ざめた。
顔には重苦しい脂汗を浮かべ、歴戦の勇士らしからぬ声を出して剰えフィロさんから後退りを始めてしまう。
俺に向けた顔は序の口で、グシフォスさんに向けたのは本物の恐怖か……。
覇王でさえも慄いて後退する顔、ね。
真っ暗な夜に思い出すと眠れなくなってしまうので願わくば、拝見しないでこの大陸を去りたいのが本音です。
「私の言う事、聞けないんだぁ??」
「わ、わ、分かった!! 分かったからその顔を止めろ!!」
「ヤメロ??」
「止めて下さい!!」
「はいっ。良く出来ましたっ」
こえぇ……。
「と、言う訳で。御二人とも優勝おめでとうっ!!!! はい、拍手っ!!」
満面の笑みでくるりと此方へ振り返り、全員に拍手を求める。
果たして、あの笑顔の裏ではどんな表情を浮かべている事やら。
「…………。拍手ハ??」
「「「っ!?!?」」」
きゅぅぅっと弧を描く目。
薄っすらと開かれた隙間から、恐怖、脅威、鬼胎、苦悶等々。
様々な負の感情がぬるりと現れて俺達の魂を刈り取ろうと画策する。
い、いや。実際に負の感情が具現化しているかも知れない。
痩せ細った骸骨が黒色のボロボロの頭巾を被り。人の首など一太刀で両断出来る馬鹿デカイ鎌を持って出て来ましたもの……。
「は、ははは」
俺達は乾いた笑いを上げて言われるがまま拍手を行う。
彼女が放つ恐怖は伝播してしまうのか。
この場にいる全員が彼女に言われた通りに従い、得も言われぬ喝采を上げた。
「さぁて、後はレイドさんとあなたの勝負だけど……。もう面倒臭いからレイドさんの勝ちでいいわよね??」
せめて釣果を見てあげて下さい。
「待たぬか!! ふふ……。俺の釣果を見て、腰を抜かすが良い!!!!」
皆の見える位置へ、男らしくドンっと桶を置いた。
うん……。綺麗な魚だな。
大きさも、種類もよく見かける淡水魚が二匹気持ち良さそうに泳いでいる。
これと言って珍しい魚もいない。
「――――。えっとぉ……。美味しそうだねぇ」
ルーが精いっぱいの褒め言葉を放つ。
「ふふん?? そうだろう?? 珍しさでは負けたかも知れないが。普遍的な魚を釣ってこそ、釣り人としての本懐を遂げる訳で。狙った魚以外を釣る等、邪道も良い所だ」
ルーに褒められて嬉しいのか。得意気に大きく頷いていた。
「普通過ぎてつまらないわよ」
マイが痛い所を突く。
「なっ!? す、少し大きな魚を釣った位でいい気になるなよ!? 初心者にありがちな幸運が訪れただけだ!!」
「はぁ――い。じゃあ帰って夕食にしましょうかぁ」
慌てふためくグシフォスさんを他所に、フィロさんが撤収の合図を出す。
俺達はこれ以上彼女を刺激してはいけないと考え自分の桶を持ちエルザードの転移魔法に備えた。
「お、おい!! もっとよく見ろ!! これだけ短い時間で二匹も釣れたのは珍しい事なんだぞ!?」
「あっそ」
「くっ……!!」
グシフォスさん。お疲れ様です。
フィロさんの辛辣な言葉を受けて歯軋りを続ける彼の悔しそうな横顔を見つめて心の中でそっと呟いた。
「夕食は……。そうね、中庭で食べましょうか。ベッシム。色々準備してくれる??」
「畏まりました。その様に致します」
「美味しい魚も釣れたし、言う事無いわよね!!」
「うんっ!! 今から楽しみだよ――!!」
淡水魚か。
刺身……。は余り聞いた事が無いな。
油で素揚げにしたり、綺麗に内臓を取って焼くのも良いなぁ。
想像しただけで腹も空いてくるものさ。
「先生。魔力の譲渡、終わりました」
「ん、ありがとう。さぁお待たせ。帰るわよ――」
カエデがエルザードの肩から手を放すと、馬鹿みたいな圧を放つ魔法陣が地上に浮かび白い靄が俺達を包み込んだ。
色々思う事はあったけど、楽しめたから良しとしよう。
只、グシフォスさんとの勝負に勝ってしまった事が唯一の気掛かりだ。
あの人面魚を献上する事で許しては貰えないだろうか……。
ほんの微かにでも風が吹けば消え行ってしまいそうな不安を胸に抱き、眩い光に包まれ移動を開始した。
お疲れ様でした。
先の御話で出て来た覇王の座を賭けた戦い。覇王継承戦はガッツリ本筋に絡んでくる御話なので第三章の後に掲載予定です。
まだまだ先の話ですけどね。
そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!!
遂に……。遂に!! ブックマークが目標としていた百件に到達しました!!!!
本当に嬉しいです!!
へっ、何を百件程度で喜んでいるんだ。と思う方もいらっしゃるでしょうが私的には物凄く嬉しいのです!!
しかし、これはあくまでも通過点として捉えるべきなのかもしれません。
このサイト様には化け物級の作品が犇めき合い、日々火花を散らして戦いを繰り広げています。
この作品はその舞台の端の端の末端に足を乗せただけ。つまり、扉を開いて足を踏み入れただけなのです。
自分なりのペースで慎ましく更新を続けて行きますので、どうか温かい目で投稿を見守って頂ければ幸いで御座います。
それでは皆様、お休みなさいませ。




