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第百八十三話 まな板の上の鯉は勝者の手に その一

お疲れ様です。


休日のお昼にそっと投稿を添えさせて頂きます。


それでは御覧下さい。




 我が物顔で青が空一面を独占。


 少しでも青の面積を減らそうと躍起になる雲は風に流されて彼方へと肩を窄めて移動して行く。


 そして、突き抜ける青の更に上空から降り注ぐ陽光が体の熱を上昇させていた。



 本日は釣り人にとって正に絶好の釣り日和と大きく頷ける天候なのだろう。



 俺みたいな素人でもこんな日は心が躍り、大手を振って激安商品を求めて市場を彷徨い歩きたいとは思う。


 しかし、生憎此処は自然溢れる場所ですから掘り出し物を求めに買い物へ出掛けるのはまたの機会という事で。



 空から目と鼻の先に広がる広大な湖へと視線を移す。


 美しい水面は太陽の光を反射させて悪戯に網膜を刺激。凪も穏やかで荒れ模様の釣りとはならない事に一つ安堵の息を漏らした。



 此処がマイ達の言っていた湖か。


 湖をぐるりと囲む形で美しい森が広がり、風に乗って届く自然の香りが心を何処までも潤す。



 静かで良い所じゃないか。



「ふぅ――。風が心地良いですねぇ」



 ほら、アレクシアさんも素敵な笑みで大自然を眺めていますし。


 微風が薄い桜色の髪を揺らすと、彼女は嫋やかな指と所作で右耳に美しき髪を掛ける。


 異様なまでに似合うその姿を見つめていると。



「あっついわねぇ」



 赤いシャツの胸元を指で摘まんで体内へ新鮮な風をパタパタと送り込んでいる覇王の娘が口を開いた。



「文句言うなよ。グシフォスさんとフィロさんは大切な取り決めを相談しているのだからさ」



 湖の前で横一列に並ぶ俺達の少し向こう側。


 互いに険しい表情を浮かべて何やら相談を続けている御二人を捉えながら話した。



 今から遡る事数十分前。


 慎ましく朝食を終えた俺達は……。



『ボケナス!! あんた、そのパン食べないのなら私が食べてあげるわ!!!!』



 基。


 一部の方だけは豪快に朝食を終えると、エルザードの空間転移で素敵な湖へと移動。


 釣り竿片手に早速釣りを開始しようとしたのだが。



『第一回!! レイドさんとの一日イチャイチャデート権争奪戦の開催を此処に宣言しますっ!!!!』



 総合司会役を務めるフィロさんが満面の笑みで首を傾げたくなる大会が開催される事を宣言。


 この大会に相応しい取り決めを今も自称釣り名人ことグシフォスさんと相談しているのだ。



 何とかして俺もこの大会に参加出来ないだろうか??


 任務と任務の合間の貴重な休日を胃が痛む思いで過ごしたくないし、何より女性とそういった事をした事が無いので。


 俺と一緒に居ても楽しくないと思うんだよねぇ……。


 こう言った時こそ男の器が計り知れるのだけども、全く以て自信がありませんよ。





「はいは――い。お待たせぇ」



 お、どうやら取り決めが纏まったらしいですね。


 フィロさんが柔らかい笑みを浮かべて軽快な足取りで戻って来た。



「女性陣の決め事を話すわね。今の時刻は午前十一時。午後三時までに、より大きな魚を釣った人を勝者とします」



 長い相談だったけども、簡単な取り決めだな。



「よぉし!! 頑張っちゃうもんね!!」



 ルーが可愛い拳を作って鼻息荒く話す。



「釣った魚はこの桶に入れる事。そして、釣り竿は此処にある物を使用して」



 俺達の前に置いてある大きな木の桶と釣り道具一式を指差す。



「餌は自由よ。土を掘ってミミズを使うも良し。釣った魚を餌にするのも良し。各自、自分で考えて餌を使ってね」



「あ、あの。フィロさん。質問を宜しいでしょうか」



 皆が静聴する中、おずおずと挙手して口を開く。



「何かしら??」


「この大会に自分も参加する事は……」

「あ、それは却下」



 せめて最後まで質問させて下さいよ……。


 そして、即答しないで下さい。



「レイドさん、これは女の戦いなのよ?? 男性である貴方に参加資格はありませんのであしからず」


 くっ……。


 やはり俺の魂胆は見透かされていたか。



「あはは、残念でした――。レイドは商品だから大人しくまな板の上で寝っ転がっていなさい」



 右隣りのエルザードが厭らしい笑みを浮かべて俺を見上げた。


 勝者は煮るなり焼くなりどうぞご自由にって??


 はぁ――……。仕方ない。


 何事も経験と言われる様に。俺もいい歳の大人ですからね。


 デートの一つや二つ、経験しておいても損じゃないでしょう。



「フィロさん、この湖では主に何が釣れるのでしょう??」



 カエデがいつも通りの口調でフィロさんへ尋ねた。



「そうねぇ。良く分からないから……。あなた、説明して」



 早くも愛用の釣り竿を右肩に担いで左手に桶を持ち、そして楽しい遊びが始まる前の高揚した感情を抑えきれない子供の瞳を浮かべているグシフォスさんへ問う。



「此処では主に山女魚やまめ等淡水魚が多く釣れるが……。この大陸特有の珍しい魚も釣れるぞ」


「具体的にどんな種類ですか??」


「魚とは思えない角張った甲殻を身に纏う魚。数本の足が生えた魚……。多種多様な魚が豊富に生息している」



「足ぃ?? それって魚と呼べるの??」



 マイが眉を顰めて話す。



「エラがあるから……。一応、魚だろう。レイド!!」



「は、はい!!」



 いきなり名前を呼ばれたので心臓が飛び上がりそうになりましたよ。


 冷や汗をダラダラと流す心臓を宥めて、直立不動の姿勢で返事を返した。



「貴様との勝負は……。フィロに決めて貰う」


「フィロさんに??」


「そうよぉ。私が驚くような魚を釣って頂戴ね??」



 驚く??


 それはどういう意味だろう。


 奇妙な形なのか、それとも美味い魚なのか。


 要領を得ないなぁ。



「貴様はこの場所は初見。対し、俺はこの湖を知り尽くしている。天候、凪、風の流れ。これらを加味した最適な場所は私だけしか知り得ないのだ!!」



 ず、ずるい……。



「父さん。大人気ないわよ」


「喧しい!! 釣りに関して俺は一切の妥協を許さないからな!! 俺の勝利はもう既に揺るがないのだ!! ウハハハハ!!!! 貴様の敗北した姿が目に浮かぶぞ!!」



 鼻息荒く言われましても……。


 でも、俺の本来の目的はグシフォスさんの花道を飾る事ですからね。


 適当に釣って、釣れなかったらそれで良しとしますか。



「では、勝負開始といきましょう!! あ、そうだ。暫くしたらベッシムがお弁当持って来るから御飯の事は気にしないでいいわよ――」



「いやぁぁっほぅぅうう!! 久々のお弁当だ!!」



 あのお馬鹿さん、弁当一つでよくここまで喜べるなぁ。


 ベッシムさんが作る弁当は余程味がいいのかな??



「じゃあ、始めて下さい!!」


「「「はぁぁ――いっ」」」



 フィロさんの言葉を受けて各々が釣り道具と桶を手に持って湖へ歩み出す。




「私は此方へ行きますわ!!」


「アオイちゃんについて行こう――っと」


「うぅむ……。迷うな」



 アオイ、ルーとリューヴは右の岸へと向かい。



「あたしはこっち!!」


「ちょっと!! 私より先に行かないでよ!!」


「マイさん。私もそちらへ行きますね――」



 ユウとマイ、そしてアレクシアさんは左の岸へ。



「先生、感知魔法は禁止ですよ??」


「あら?? ばれちゃった??」


「エルザード!! 魚が逃げるから魔法を使うなよ!!」



 大人げない行動に至ろうとする淫魔の女王に対し、覇王から御怒りの声が響く。



「五月蠅いわねぇ。分かってるわよ……」



 そのままカエデと共に右の岸へと歩いていった。



「皆行動が早いなぁ……」



 さてと、俺も行動開始と行きますか!!


 右と左。


 釣り道具を持ってどちらに向かおうか考えていると。



「レイドさん、ちょっといいかしら??」


「あ、はい」



 背後からフィロさんの声が届き、慌てて踵を返して彼女の下へと急いだ。



「何か御用ですか??」


「娘が大変お世話になっております。娘、そして夫に代わり礼を言わせて下さい」



 先程とは打って変わって真剣な表情を浮かべると此方に対して深々と頭を下げた。



「あ、頭を上げて下さい!!」



 きゅ、急にどうしたのですか!?


 突然過ぎて驚きましたよ。



「お世話だなんて。此方こそマイ……。マイさんに頼ってばかりで。申し訳ないと思っていますから」


「まぁ。そうなのですか??」



 頭を上げて目を丸くする。


 この目の開き具合は恐らく。俺の口からアイツの粗相が出て来るかと考えていたのだが、それとは真逆の言葉が出た事に驚いているのでしょう。



「えぇ。オークとの戦闘では先頭に立って皆を鼓舞させ、一気呵成に敵を殲滅。難敵と会敵した時も決して後退せず敵へ向かう姿勢だけは尊敬しております」


「あの子がねぇ」



「私生活では……。ま、まぁ多少?? 多大ぃ……。とも言えませんが。食欲が多いので出費がかさみますが……。いや、はい。そんな感じです」



 此処は彼女の名誉の為、そして後で襲い掛かるであろう罰を少しでも軽減する為。茶を濁しておこう。



「ふふふ。安心して下さいあの子の食欲は私達が誰よりも知っていますわ」



 実の子だからそれは重々承知ですよね。



「あの子は……。変わりました」


「変わった??」



 龍の契約を交わして小さくなった、という事だろうか??



「此処から発つまでは、そうねぇ。寂しそうだったわ。遊び相手はいたけども、四六時中とはいきません。友人もその一人だけで何か物足りない、そんな表情を浮かべていました」



 へぇ、アイツが寂し気ね。


 全く想像出来ないのが本音です。




「けど、レイドさん達を引き連れて帰って来た時の顔を見て私は……。嬉しかったわ。無二の親友を得て人生が充実しているのでしょう。あの子の表情は光り輝き、声は透き通り、まるで別人かと思いました」


「マイさんが寂しそうな表情を浮かべている姿は想像つきませんね」



 食欲の権化。傍若無人。


 傲慢無礼。鉄面皮。


 寂し気、そんな言葉より些か無礼な言葉がアイツには似合うんだけどなぁ。



 口には出しませんよ??


 丁度良い塩梅に炊きあがった御米が一か月食べられ無くなってしまいますので。



「それだけレイドさん達と一緒に居る事が楽しいのでしょう。ついでに、もう一つお伺いしても宜しいですか??」


「えぇ。どうぞ」



「――――。龍の契約について。どう思っていますか??」



 暫しの沈黙の後。


 少しだけ後ろめたい様な、申し訳無いような。


 そんな寂しげな感情を籠めた声色で問うてきた。




「これと言って不満や不安はありませんね。マイさんともこの件について話し合いをしたのですが、彼女はいきなり押し付けて申し訳ないと仰っていました……。 自分は特に気にしていなかったので大丈夫だと伝えました。人ならざる力。恐らく、人からは恐れられ、忌み嫌われるかも知れませんがそれでも構わないと思います」




「どうして??」



 ふぅむ……。


 どうして、か。



「――――。マイさんを庇った時に負った傷が原因で自分は死にかけました。しかし、彼女は見ず知らずの自分を救ってくれました。あそこで自分の人生が終わっていたのに、彼女が新しい人生を用意してくれたのです。これで文句を言ったら首を捻じ切られちゃいますよ」


 そう。


 もし、あそこで倒れていたらユウ達と出会う事も無く俺の人生は終わっていた。


 任務も完遂する事無く、死体は野晒しになり、肉は腐り果てて骸と化す。


 そんな結果になる位なら……。俺はこの力を喜んで受ける。


 例え、自分自身が持て余す強大な力が己の身を傷付けてしまっても……。



「そう……。ですか」



 そう話すと、負の感情が霧散してふっと笑みを浮かべる。



「レイドさんがマイと出会ってくれて本当に良かった。あの子は、庇ってくれて嬉しかったんだと思います」


「マイさんが??」



 あの狂暴龍が?? とは言えなかった。



「今まで他人に頼る事なく一人で人生を突っ走って来ました」



 あ、それは想像出来るな。



「頼りたいのに、頼れる友がいない。そんな中、颯爽と現れたのがレイドさんやユウさん達です。あの子の中ではレイドさん達はかけがいの無い友人であると。そう思います」


「頼れる、その言葉には多少疑問が残りますが……。自分もマイさんは大切な友人の一人だと思っていますよ」


「不束者で、至らぬ事もあると思いますが。娘の事、宜しくお願いします」


「あ、はい。こちらこそ……」



 改めて頭を下げるので俺も慌てて倣う。


 お互い頭を下げ合い、傍から見たら忙しそうに映るだろうな。



「こんな事言っていたら、怒られるかしらね??」


 口元を抑え、柔らかい笑みを浮かべる。


「きっと目をキッと尖らせて、胸倉を掴み。鼓膜が破れる勢いで怒鳴り散らすと思いますよ??」


「まぁ。普段からそんな顔をしていますの??」


「そりゃあもう。熊も裸足で逃げてしまう程の形相ですよ」



 お道化て言ってみせた。



「ふふふ。――――。娘が気に入る理由が分かったわ」


「何ですか??」



 最後の方が上手く聞き取れなかった。



「気にしないで下さいな。いずれ、娘から言うと思いますので」


「はぁ……」


「捕まえて申し訳ありませんでした。では、釣りをお楽しみ下さいね」


「了解しました。グシフォスさんの釣り道に花を添えてみせます!!」



 お世話になった御方に勝ってしまうのも心苦しい。


 此処は一つ、遜る事をせねばなるまい。



「そんな事気にせず、夫の無駄に高くなった鼻を綺麗さっぱりへし折ってやって下さい。天井知らずの世の中には、上には上がいる。それを思い知らせる良い機会ですから」



 さらっと酷い事を仰いますね??



「聞いたら怒ると思いますよ??」


「安心して下さい。夫は私には逆らえませんので」



 こ、このニコリとした笑み……。


 その笑みが異常な程此方へ恐怖を与えた。



「わ、分かりました。では、自分なりに全力を尽くさせて頂きます」


「宜しくお願いしますね――」



 フィロさんの言葉を背に受け、あの笑みから逃れる様に湖へと歩み出した。


 おっかないなぁ……。


 魔物社会は女性優位なのだろうか??



 狐の師匠然り、ミノタウロスのフェリスさん然り、蜘蛛のフォレインさん然り……。


 将来、マイも実の母親みたくおっかなくなるのだろうか??


 いや……。今も十分おっかないけどさ。



 さて!! 気を取り直しましょう!!


 慎ましい大きさの魚を釣らなければ……。


 両頬をパチンと叩き、意気揚々と難しい任務を背負って湖の岸へと向かった。




お疲れ様でした。


次話投稿のお時間なのですが、今から野暮用で出掛けますので。日付が変わる頃の投稿になります。


今暫くお待ち下さいませ。


それでは皆様、良い休日を過ごして下さいね。

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