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第百八十二話 覇王様は何が何でも釣りがしたい!!

お疲れ様です。


週末の夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。


それでは、どうぞ。




 爽やかで穏やかな起床から首を傾げたくなる理不尽な暴力。そして裁判長から長きに亘る審議の結果が言い渡され。


 我々の判決は情状酌量の余地ありとして無罪となった。


 しかし、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。長時間の正座によって罹患してしまった足の痺れの影響により、ほぼ全員が床の上で惨たらしくモゾモゾと蠢く破目となり。



『えへへ!! 皆、辛そうだねぇ』



 一人だけ五体満足であったお惚け狼さんが意味深な笑みを浮かべて、痙攣し続ける皆の前で尻尾を左右へ千切れんばかりに振り続けていた。


 無罪とはいえ全員がそれ相応の罪を償わなければならない。


 ワクワク感全開の狼の背を捉え、心変わりした裁判長が。



『ルー、全員の足の裏を丁寧にタフタフしてやって下さい』



 先程の無罪は撤回。我々に軽い罰を与えられたのだ。



『いいの!? それじゃ、遠慮なくっ!!』


『『やめろ――――!!!!』』



 金色の瞳を宿す狼がまるで日常の鬱憤を晴らすが如く俺達の足の裏を親切丁寧にタフタフして回り。そしてどういう訳か、俺の足の裏だけを念入りに捏ね回す始末。




『はぁ――。満足満足っ』



 一通りタフタフを終えた大馬鹿狼がベッドの上で丸くなり一休みした頃。


 床の上で細かい痙攣を続けて蠢く者共から俺が目覚めるまでの経緯を聞いた。


 聞けば。


 体内で暴れ回る龍が体を悪戯に傷付け、死まで後一歩の所まで到達。このままでは不味いと考えアレクシアさん達に連れられ此処ガイノス大陸まで来たそうな。



 ミルフレアさんとの激戦は本日から二日前。



 その間、生死の間を彷徨っていたと考えるとゾっとするよな。


 そして恐らく夢の中で出会ったセラは眠りながらも俺が耳から得た情報で作り出した人物であると考えられるよね。


 俺自身が知りもしない情報を知り得たのは無意識の内に情報を入手していたお陰なのだから。


 自分で自分に知らせるってもの何だか不思議な感覚だけどさ。



 普段着に着替え終え、ほんのりと痺れが残る足首を念入りに解し。


 目覚めの時から明るくなって来た空を窓から眺めていると扉から乾いた音が届いた。



「あ、は――……」


「よ――、こっちは準備出来た――。父さん達が待っているからさっさと行くわよ」



 お嬢さん??


 此処は貴女の家ですが、一応部屋の借主の返事を聞いてから部屋を開けなさい。



「あ?? どうしたのよ。飼い主に訳も分からん時に叱られた飼い犬みたいにビックリした顔を浮かべて」


 誰だって急に扉が開いたら驚きますよね??


「いや、気にしないで。グシフォスさん?? だっけ。待たせたら悪いから直ぐに行こうか」


「別に気にしないわよ。いい加減な父親だし」



 お前さんは気にしなくても俺は気にするんだよ。


 赤の他人が堂々と家の中に居るんだぞ??


 これで気にしない様じゃ大人として失格ですからね。



「さ、行きましょう!!」


「了解っと」



 妙に元気な朱の髪に続いて廊下に出ると。



「はよっ、レイド」


「レイド様っ。御体を支えますわ」



 いつもの面々、そして。



「痺れた足は大丈夫ですか?? ルーさんの前足で執拗に攻撃されていましたけど……」



 ハーピーの女王様がお出迎えしてくれた。



「大丈夫ですよ。こう見えて結構頑丈ですから」

「あんっ」



 病み上がりの体に絡みつこうとする横着な柔肉をやんわりと押し返して答えてあげた。



「おら、昼下がりの主婦の井戸端会議は後で幾らでも出来るからさっさと行くわよ」



 マイの言葉を合図と捉え、各々が彼女の後に続いて廊下を進む。



 へぇ……。


 ここの家?? 城?? ってこんな感じなんだ。


 良い感じに経年劣化した石の壁。そして石畳の通路。


 若干の埃っぽさがまたこの雰囲気に良く似合う。



「此処とも今日でお別れだと思うと、ちょっと寂しいねぇ」



 ルーが感慨深そうに石の壁を見つめる。



「あたしはもう少しあの森で散歩しても良いかなぁ。ほら、まだ見た事無い奴も居るだろうし」


「え――。ユウちゃんは力自慢で楽しかったかも知れないけど。私は全然楽しくなかったから行かないよ??」




 俺の直ぐ後ろ。


 ルーとユウが普段通りの声色で会話を続けている。



「力の森。だっけ?? 皆から聞いたけどデカい飛蝗がいるって本当なの??」



 此処に至る経緯の中でこれが一番素直に驚いてしまった。


 平屋程度の大きさの飛蝗、物理攻撃が効き難い熊、馬鹿げた装甲の蟹に気持ちの悪い芋虫擬きの話をされたら誰だって驚くだろうさ。



 そして、その呆れた森の先に居るグシフォスさんを見つけて帰還。


 この体を治療して貰って今に至るのだ。



「あれはそうですわね。飛蝗と言うより、もう全くの別物でしたわ」



 今も何んとかして俺の腕にしがみ付こうと、自然を装って虎視眈々と狙っている蜘蛛の御姫様が二人に代わって答えた。


 そうやって狙いすましていると逆に不自然に見えますよ??



「別物??」


「発達した後ろ足で大地を蹴れば空気が震え、巨木をも噛み砕けそうな顎。あの生物がアイリス大陸に上陸すれば生態系が乱れ、奴らが人間にとって代わり蔓延るかも知れませんわね」


「大袈裟じゃないか??」


「大袈裟じゃ無いわよ」



 マイが中庭へと通じる扉を開けて話す。



 うわっ、眩しいっ。


 直に太陽の下に出るとこの二日間ずぅっと目を閉じていた所為か、やたら彼の笑みが眩しく感じてしまう。



「疲弊していたとは言え私達が手こずる程の力を持っているのよ?? 普通の人間が対抗出来る訳無いじゃない。この大陸の奴らは自分の縄張りから出ないのが不幸中の幸いかしらね」



「マイ達が苦戦するなら当然か」



 くそう。


 少しだけ腕試しじゃないけど、じゃれ合う程度なら戦ってみたかったな。



「私はぜ――んぜんっ苦戦していませんでしたわよ??」



 此方の刹那の隙を見逃さず、右腕に甘く腕を絡ませながら蜘蛛の御姫様が話す。



 何だかいつもより絡んでくる回数が多過ぎやしませんかね??


 この状態を放っておいたらきっと。



「……」



 最後方でじぃぃっと俺を睨みつけている海竜さんに再び不利益な処分が下されてしまいますので、此処は多少強引にでも断らないと。



「アオイ、歩き難い」



 大変素晴らしい香りが漂う彼女の腕の中から己が腕を引き抜いてあげた。



「あ――ん。もっと甘えさせて下さいましぃ」


「勝手にやってろ。ほら、着いたわよ」



 マイの言葉を受けて正面の扉に視線を移すと真後ろの門と同じ位に重厚で、威厳ある扉がドンと腰を据えて俺達を見下ろしている。



「この先にマイの御両親がいるのか??」



 龍族の頂点に立ち覇王と呼ばれるマイの父親がこの先にいらっしゃると思うと、否応なしに喉の奥が乾いてしまうよ。


 顔を合わせるなり、いきなり殴り掛かって来ないよな??


 それならまだしも口から炎を放射して炭屑にされたり、鋭い爪で腹を裂いてそこから五臓六腑を取り出して鳥の餌に……。


 見るも無残な姿に変わり果てた己の姿を想像して一人勝手に肝を冷やしていると。



「そうよ。ほら、入るからついて来なさい」



 覇王の娘が一切の躊躇無しに扉を開いて中へ入って行ってしまった。



「あ、あぁ。分かった」



 そりゃそうか。


 自分の家だから遠慮する必要も無いよね。



「失礼します」



 重厚な音を奏でる門を潜り抜けると、正面に大きな空間が出現。


 普通の家一軒程度ならすっぽりと収まってしそうな広い空間の左右には太い石柱が立ち、立派な石造りの天井を支えている。


 そして門の真正面の先には立派な王座に相応しい人物が俺達を待ち受けていた。




「父さん、連れて来たわよ」


「あぁ。御苦労だった」



 此方から見て右側の男性が声を出す。


 両目が真っ先に捉えたのは赤き髪だ。


 マイのそれと比べると赤みは更に増しており、今にも火が灯り周囲を焦がすのではないかと灼熱の炎を連想させる赤らみ具合。


 シャツの袖から伸びた腕には古傷が目立ち紅蓮の瞳に捉えられれば歴戦の勇士でさえも慄き、跪き、頭を垂れるだろう。



 彼の燃え盛る瞳と纏う雰囲気にはそれ程の威厳があった。



 あの人がマイの父親か……。


 物凄く強そうで、龍族の頂点に立つ覇王の名に相応しい外見と圧だな。



「レイドさん。体調は如何ですか??」



 グシフォスさんの隣にはフィロさんが座り、俺達を柔らかい笑みで迎えてくれた。


 俺だけを今も睨み続けている覇王さんとは対照的に温和で優しそうな雰囲気に少しだけ緊張が解けた。



「あ、はい。異常は見受けられません」


「そう。良かったわね」


「ほら、挨拶するんでしょ??」



 マイが小声で話して俺の脇を肘で突く。



「分かってるよ。初めましてグシフォスさん。私はレイド=ヘンリクセンと申します」


 石作りの床に片膝を着き、静々と頭を垂れた。


「お忙しい中、私の様な者に態々時間を割いて頂き誠にありがとうございます」


「ふんっ。礼儀だけは弁えているようだな」


「この度は私の命を救って頂き恐縮至極に存じます。僭越ながら皆を代表し、心よりお礼を申し上げます」


「まぁまぁ。そこまで大それた事はしていないから畏まらないでいいわよ??」



 フィロさんが温かい笑い声を放って軽快な口調で話す。



「フィロ!! オホンッ!! あぁ。俺の手間を煩わせ、折角釣った魚を置いてまで救ってやったんだ。ありがたく思えよ??」


「恐れ入ります……」



 釣り??


 湖にいた理由はそれか。


 その事は聞いていなかったな。



「…………。なぁにがありがたくよ。偉そうな事言って」


「エルザードか」



 グシフォスさんの言葉を受けて振り返ると。


 淫魔の女王様が勢い良く扉を開いて、この王間へと何の遠慮も無しに足を踏み入れる所であった。


 人様の家なのだからもう少し遜った態度を見せないよね。


 貴女も一応一族を纏める地位にいるのですから。




「たかが一匹の魚じゃない。それも数日かけて一匹でしょ?? それ位で仰々しく言われてもねぇ」


「フィロの言う通りよ。あぁんちんけな魚よりも、私の夫の命が安い訳ないじゃない」



「き、貴様ら……。俺の趣味を愚弄する気か!?」



 う、うぉぉ……。


 すっげぇ圧だな……。



 己の釣果を蔑ろにされたと同時に腹の奥へズンっと重く響く魔力の波動が迸った。



「愚弄?? 別にしていないわよ?? ってかそんな釣りが大事なの??」



「当り前だ!!!! 龍族の集い、そしてこの大陸に蔓延る危険な野生生物の討伐。そんな下らない事よりも俺は釣りを最優先に捉えているんだ!!」



 族長であられる方が職務を大々的に放棄する事を宣言するのは少し大胆過ぎませんかね。



「まぁ、族長の仕事が面倒なのは私も同感よ。出来る事ならずぅっと一人の男を追いかけていたいものねぇ――」



 片膝を着いて頭を垂れている俺の頭を指先でちょいと突く。



『エルザード……』


「何??」



 今も熱心に突き続ける彼女へ小声で話しかけた。



『今は大事な謁見中だから。ちょっと静かにしてて』



 これ以上グシフォスさんの機嫌を逆撫でする訳にはいきませんよ。



「謁見?? アイツ、そんなに偉いの??」


「何だと!? 貴様ぁっ!!」



 いやいやいや!!


 お願いしますからこれ以上刺激しないで!!



「そうよ。父さんはちょっと斜に構えすぎ」


「マイ!! 貴様もか!!」


「あなた。ちょっと黙ってて頂戴」


「フィロ!! 大体なぁ、俺が釣りをして満喫している時にアイツらが来て。有無を言わさず連れて来られたら誰だって憤りを感じるだろ!!」



 俺の顔を堂々と指差して仰られる。


 申し訳ありませんが、自分としては何も言える立場ではありませんので無言を貫かせて頂きますね……。



「じゃあ、あなたは……。釣った魚を放棄した事に憤りを感じている。そういう事でいいのよね??」



 おぉう……。


 フィロさんのあの目。


 絶対服従を強制させる冷酷な瞳だ。


 魔物はやはり女性の方が強いのか??



「あ、あぁ。それで構わん……」



 彼女から目を逸らし、一つ咳払いをすると腕を組み直した。



「じゃあ今から皆で釣ってらっしゃい。それで釣った魚をあなたにあげればいいでしょ??」


 フィロさんが話す。


「はぁ!? 何で私が釣りなんかしなきゃいけないのよ??」



「マイ。お父さんは仕事を放棄して、家庭を顧みず。頼みもしないのに一人で勝手に頑張って、数日間をかけてとぉぉっても小さな魚を釣ったの。下手の横好きだからいつまで経っても情けない釣果に満足出来ずにウジウジしているの。分かるわよね??」



 自分の夫なのに……。随分と酷い言い方ですね。



「おい!! 俺がさも小さな魚を釣ったと言わんばかりじゃないか!!」


「実際こぉぉんなに小さかったじゃない」



 親指と人差し指をちょこんと広げてエルザードがいらぬ補足説明をする。



「ぐむむ……」


「言い返せないのが良い証拠よ。だから大きな魚を贈って満足させてあげなさい」


「まぁ……。確かに、趣味の時間を奪ったのは申し訳ないわね」


「そうだろ!! ははは、やはり俺の娘だ」



「うっわ。気持ち悪い笑顔ね」


「こ、このっ!!!! 妻の友人だから見逃してやっているが……。我慢にも限度というのがあるんだぞ!!」


「エルザードの気持ちは分かるわ。この人、偶に物凄く気持ちの悪い顔で笑うから」



「なんだと!?!?」




「で、では私共はグシフォスさんの釣りのお手伝いをする。そういう事で宜しいでしょうか??」



 た、多分これで大丈夫でしょう。


 これ以上グシフォスさんが激昂したらこの家が倒壊しちゃうよ……。



「レイド。貴様は釣りの心得はあるのか??」


「何度か経験はありますが……。先日、海釣りをしたのを最後にしていません」



 数か月前、あの筍擬きと会敵した無人島での光景が脳裏に浮かぶ。


 あれ以来していないからなぁ。腕にも余り自信は無いし。



「ほう!! して、釣果は??」



 興味津々といった感じで身を乗り出す。


 本当に釣りが好きなんだな。



「えっと……。石鯛を釣りました」


「何んと!! 俺も釣った事があるぞ!! 中々の竿の引き具合に心が湧いたものだ!!」



 目を瞑ってその様を思い出し、大きくウンウンと頷いていた。



「因みに、大きさは??」



 いつも通り、片眉をクイっと上げてマイが話す。



「ふふん。聞いて驚くなよ?? 約十五センチの大物だ!!」



「「「あ――……」」」



 マイを含む何人かが声を漏らした。



「マイちゃんのお父さん。レイドが釣った石鯛はねぇ。これ位だったよ??」



 ルーが両手を広げ、俺が釣り上げた石鯛のほぼ実寸大を表す。



「う、嘘だろ!? そんな大物……。この小僧が」


「私はそれを超える大きさを釣ったわ!!」



 マイが胸を張り、堂々と虚言を申す。



「いやいや。ありゃ、あたしが釣った奴だから」


 それをユウが直ぐさま訂正した。


「共同で釣ったのよ!!」


「マ、マイまでも……。えぇい!! 勝負だ!!」


「へ??」



 突然の申し出に声が上擦る。


 どういう事ですかね??



「レイド!! 俺と勝負をしろ!!」


「釣りで、ですか??」



 素手での勝負は天と地がひっくり返っても勝ち目はありませんから、恐らくそう言う事でしょうね。



「勿論だ!! 男の沽券を蔑ろにされたら黙っていられん!!」



 いや、そんな事一言も言っていませんが……。



「そう言えば、私に怒られる事も無く。存分に!! 釣りが出来るものねぇ??」



 あぁ、そう言う事ですか。


 恐らくグシフォスさんの趣味であり、己の生き甲斐でもある釣り三昧に興じていたいのだが。


 覇王と呼ばれる彼でさえも恐れ戦く恐妻の所為で満足に釣りも出来ないでいるのだ。


 一族の頂点に立つ者が執政を放置して釣りに興じる姿は頂けませんものね。



 しかし。


 フィロさんの言い分も理解出来ますが、少し程度なら趣味に興じる時間を与えてあげても宜しいのでは無いでしょうか??


 適度な息抜きは仕事の効率化を図る面でも有効ですので。



 勿論、口添えはしませんよ??


 他人様の家庭事情ですので。




「ふ、ふん!! 兎に角、これは男と男の勝負だ!! 女は首を突っ込むな」


「女……。へぇ?? 私に歯向かうのね??」



 凍てつく氷も尻尾を巻いて逃げる冷たい視線がグシフォスさんを襲う。



「そ、そんな事……。無い」



 そうなりますよね。


 彼女からプイっと顔を逸らして肩を窄め、大きな体がやたら小さく見えてしまう。


 彼女の殺気には覇王でさえ勝てぬようだ。


 心中お察し致します。



「でも……。面白そうよね」


「だ、だろ!?」



 フィロさんの妥協の言葉を受けると途端にぱぁっと表情が明るくなった。


 意外と剽軽な方なのかもしれない。


 ものの数分で初対面の印象がガラっと変わってしまいましたよ。



「他の子達も見ているだけだとつまらないわよねぇ。う――ん……。あ、そうだ!!」



 暫し思考を繰り広げ、再び言葉を放つ。



「女の子の中で、一番大きな魚を釣った子が。レイドさんと一日デートってのはどう!?」



「ぶっ!!!!」


 フィロさんの言葉が耳に届いたとほぼ同時に思わず吹いてしまった。


「はぁ!? 何でそんな事しなきゃいけないのよ!!」


 マイが鋭い指摘を返す。


 いいぞ。


 そのまま言って下さい。


 俺の力ではフィロさんに言い返せません。



「だってぇ。面白そうじゃない」


「だってぇ、じゃない!! 母さんはいっつもそうよ。面白そうだからってあれこれ勝手に決めて。大体、私達がそんな下らない事で盛り上がると思ってるの??」


「そうかしらねぇ?? 後ろの子達は満更でも無さそうよ??」


「「へ??」」



 マイと共に振り返る。



「レイドと一日かぁ……」


「えへへ。お出かけ……。散歩もいいなぁ」


「あ、主と……」


「レイド様と甘い時間を……」


「ふむ……。楽しそうですね」


「花の蜜よりも甘い時間をレイドさんと共に……」



「うふふ。縛って、ひん剥いて、一生私に逆らえない様に体に刻み込んで……」



 フィロさんの言う通り、彼女達の頭の中には都合の良い俺の姿を思い浮かべていますね。


 只、淫魔の女王様が如何わしい事を考えているのでその点に付いては後で訂正しておきましょう。



「じゃあ決まりって事で。そうねぇ……。向こうに着いてから決め事は話そうかしら」


「ちょっと!! まだ私はやるとは言っていないわよ!!」


「マイちゃん?? 多数決って言葉。知ってる??」



 フィロさんが笑みを浮かべ、マイを見つめる。



「くっ……」


「は――い。決定!! ベッシム――。いる??」


「…………。此処に」



 謁見に備えて着替えている時。



『失礼致します。喉が渇いているかと考えお水を御持ち致しました』



 伝えてもいないのに客人である俺に態々水を運び。



『宜しければ軽食等も御持ち致しますが』



 しかも、此方の腹具合までも心配してくれたベッシムさんが石柱の影から音も無く現れた。



 いつの間にそこへ??



「人数分の釣り竿と……。後向こうで食べるお弁当も用意して。私も見学するからぁ……」



 俺達に指を差し、人数を確認していく。



「お弁当は十人分用意して頂戴」



 いつもの七名足すアレクシアさん。フィロさんとエルザードにグシフォスさん。


 ベッシムさんは自分で用意するとして。


 あ、いや……。


 一人分足りませんけど……。



「おい!! 俺の分は!!!!」



 自分の分が足りないと気付いた彼が奥様へ叫ぶものの。



「あなたは釣った魚を食べれば良いじゃない。まぁ、釣れたらの話だけどねぇ――」



 彼女はどこ吹く風といった感じで流してしまった。


 寧ろ、グシフォスさんが何故己の分が言われなくても足りないと気付いたのかが問題ですよね。


 簡単な会話の中にこの家庭の力関係が如実に表れた瞬間であった。



「畏まりました。では、釣り竿を先に御用意させて頂きます。皆様の朝食の準備を整え、お弁当は改めて御持ち致します」


「宜しくね――」


「畏まりました」



 静かに頭を下げると、再び石柱の影へと姿を消した。



「さぁ、決まった事だし。皆は朝ご飯を食べてから移動をしなさい。エルザード、空間転移出来る??」


「いけるわよ――」


「結構!! うふふ……。血沸き肉躍る女の戦いが始まるのねぇ」



 釣りで肉は踊りませんでしょうに。物騒な事は勘弁願いたい。


 挨拶を済ませて帰る予定が、おかしな流れになってしまった……。


 でも、まぁ只挨拶をして帰るってのも気が引けるのは事実。


 ここは出来るだけグシフォスさんよりも小さな魚を釣って、彼を十分満足させなければ。


 俺の腕でそんな器用な事は出来るのだろうか??


 そして、釣り大会の景品にされてしまった俺の気苦労は一体誰が労ってくれるかしら……。


 起きて早々胃が痛む思いですよ。


 この流れ的に絶対叶わぬ願いだけど、どうか事が穏便に事が進みますように。



 体の良い言い訳を盾に釣りへ出掛ける事が可能になった彼は隣の奥様に睨まれつつも、未だ見ぬ大魚の姿を頭の中で膨らませ。


 俺達の姿など視界に入らぬのか、人目も憚らず喜々とした表情で宙を見つめていたのだった。

 



最後まで御覧頂き有難う御座いました。


さて、本文に掲載した通り。この釣り大会の勝者が彼と一日デートを繰り広げます。


それは第三章に入ってからなのですが……。


首を長くしてお待ち頂ければ幸いです。


それでは皆様、お休みなさいませ。

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