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第百八十一話 保護者の帰還 その二

それでは御覧下さい。




 恐ろしい目覚めの時間から一体どれ位時間が過ぎたであろう。



 ふと目を覚まして周囲へ視線を送ると、カエデが此方に小さな背を向け立って居た。



 あれ?? そんな所で何をしているの??


 そう言いかけようとしたのだが。


 彼女がそこへ立つ理由が瞬く間に理解出来てしまったので、海竜様の逆鱗に触れぬ様。横一文字に口を閉じて沈黙を決めた。



「いいですか?? もう一度言いますよ??」



 言葉の端にまるで元気一杯の刺々しい薔薇の棘がある口調で、キチンと足を折り畳んで正座をして肩を窄めているマイ達へ語りかけていた。


 朝も早くから説教って……。


 カエデも、そしてマイ達も大変だな。



「あ、レイド!! 起きたんだ!!」



 金色の狼が垂れていた耳をピンっと立て、上体を起こした俺を見つめる。



「ルー。話の途中ですよ」


「カエデちゃん、話が長いんだもん……」



 ルーが愚痴る通り、恐らく長い間説教されているのだろうさ。



「「「……」」」



 ルー以外の全員が正座の痺れを誤魔化す様に足をモジモジしているし。



「長い?? そんな長く話しているつもりはありませんよ。只、理解をして頂く為に掻い摘んで話をしているのです」


「まぁまぁ、カエデ。皆も悪気があった訳じゃないしさ」



 小さくも大きく見えてしまう分隊長殿への背中へ向かって話す。



「お!! レイド良い事言うな!!」


「あぁ。流石は主だ」


「た、助かりましたぁ――……」



 俺の意識を刈り取ったユウは兎も角。


 リューヴとアレクシアさんまで正座させられているのか……。


 こりゃ相当ご立腹だな。



「ここで甘い顔をしてはいけません。第一、レイドは病み上がりなのです」


「病み上がりってさ――。病気の後に使う言葉じゃないの――??」



 ルーがえへっ、と狼の口元を緩めて話すと。



「…………」

「びゃっ!!」



 分隊長殿の表情を捉えた狼が刹那にペタンと耳を垂れ下げ。狼狽えながら彼女から二歩、三歩下がってしまう。


 どんな顔をしているのだろう……。


 見たいような、見たくないような。



「病み上がりと言う言葉は、病後で体力が回復していない様の事ですから当て嵌まらないかもしれませんねぇ……。まぁそれはどうでもいいです」



 どうでもいいんだ。


 じゃあ、怒らなくてもいいのでは??


 そう言いたいのをぐっと堪える。


 何故なら、怒りの矛先がこちらに向かうかも知れないからです。



「意識が戻ったとは言え、体力が著しく低下しているかも知れないのですよ?? 静養が必要だというのに、皆さんの態度はどうでしたか?? 暴れ、燥ぎ、剰え暴力を振るう始末」



「それは……。ユウが悪いのよ……」



 マイが唇を尖らせて言う。



「おいおい。そこは連帯責任だろ??」


「そ、そんな都合よく連帯させんな!! 私は悪くないのよ!!」


「だったらあたしの……」



「……」


「あ、はいはい。聞いていますよ」



 ユウが慌ててカエデに対して手を振る。


 裁判長殿は被告に弁論の余地なしと判断したのですね。



「こういう時こそ一致団結して看病に精力を傾けるべきだと思わないのですか?? それなのに……」



 こりゃまだ当分続きそうだな。


 説教が終わるまでのんびりと、そして若干の優越感を以て彼女達の叱られる様を眺めましょう。



 肩の力を抜いてカエデの説教、そして時折返って来るたどたどしい弁論の声に耳を傾けていると不意に扉から乾いた音が響いた。



「マイ――。いる――??」



 お。エルザードの声だ。



「マイちゃ――ん。入るわよ――」



 此方の声は初めて聞きますね。



「ん――」



 見知らぬ声にマイが反応すると、二人の女性が部屋へと足を踏み入れた。



「もう直ぐ朝食……。あら?? カエデ、どうしたの??」


「先生。いえ、少しお話をしていただけです」


「お話?? 一体何……」


「よっ、エルザード。元気にしてた??」



 カエデの体の横から顔を覗かせて淫魔の女王様へと挨拶を送ると。



「……っ!!!!」



 エルザードの顔に彼女の髪の色に負けじと満開の桜の花が咲き誇り。


 人目も憚らず此方へ向かって駆け出してしまった。



「レイド!!」


「ちょっ!! 走るのは禁止だって!!」



 必死に両手で制すが、彼女は元来人の話を素直に聞く性分ではありませんでしたね。



「ぐえっ!!」



 俺の胸へ一切の躊躇なく飛び込み、彼女を受け止めた衝撃が体を襲った。



「いたた……。おい、怪我をしたらどうするんだ」


「良かった……。無事で……」



 此方の胸に顔を埋めてそう話す。



「エルザードも色々してくれたんだろ?? ありがとうね、助かったよ」



 大変綺麗な髪の毛の上に手を乗せて言った。



「うぅん。レイドが無事だったから、それでいい」



 エルザードが此処まで心配になるって事だよ??


 やっぱり相当不味い状況に陥っていたみたいだな。




「カエデちゃ――ん」


「はい、何でしょう??」


「私達は駄目でも、エルザードさんはあんな事していいのですか――??」



 納得いかないルーの声が響く。



「先生はレイドが目覚めて、初めて会ったのですから仕方がありません」


「えぇ――。ずるい――」


「そうだぞ――。あたし達も混ぜろ――」


「ぐぬぬ……。レイド様の香りを独り占めなんて……」



 憤りの声が耳に痛いです。



「レイド……。どこか痛い所は無い??」



 濃い桜色の美しい髪から届くイケナイ何かを刺激する香り。


 そしてじっと見つめられたら例え性欲を吐き捨てた仙人でさえも魅了されてしまうであろう美しい瞳で此方を見上げる。



「いや、特に無いかな?? それが不思議な事にさ。凄く快調なんだ」


「そっか。うん、良かった」



 えへへと笑い再び顔を胸に埋めてしまう。


 すいません。


 俺の胸は親鳥の温かいお腹なのですかね?? そして雛鳥は親鳥の温かさを受けてぬくぬくと成長するのですよっと。



「カエデちゃ――ん。あれはずるいと思いま――す」


「先生。そろそろ宜しいのでは??」


「そうだぞ、エルザード」



 ポンっと頭を軽く叩き、横着な雛鳥へ言ってやった。



「んふふ。いい――の。これで」



 俺は向こう側へ行きたくないので、良く無いと思います。



「はい!! は――いっ!! カエデさ――ん。私もアレは流石に卑怯だと思いま――す」



 横着者達に便乗したハーピーの女王様が反論の声を出すが。



「……」


「無視ですかっ!?!?」



 残念無念、裁判長の心には届かなかった様ですね。



「あらあら。エルザード、レイドさんが困っているわよ??」



 赤とピンクの中間の鮮やかな色の髪の女性が静かに此方へ向かって歩み来る。


 物腰柔らかで大人の女性を感じさせる出で立ちに、初対面なのにそこまで肩が強張る事も無かった。



 この人は一体誰だろう??



「初めまして。マイの母親でフィロと申します」



 えっ!?


 マイの母親ですか!? ぜ、全然似てないじゃないか!!



「は、初めまして!! レイド=ヘンリクセンと申し……。ちょっと!! エルザード離れて!!」


 慌てて挨拶をして頭を下げるが、彼女が邪魔で丁寧なお辞儀が出来ない。


「い、や、よ」



 こ、この!! 困った雛鳥さんめ!!



「娘から伺った通り、優しくて礼儀正しい人ですね」


「ど、どうも……」



 柔和な笑顔に多少照れしまう。


 綺麗でカッコイイ人に褒められるとちょっとあがってしまいますよね。



「ちょっと失礼しますね」


「へ??」



 フィロさんが俺の前髪を上げ、右手で額を触る。



「……うん、熱も無いし。大丈夫そうね」


「あ、はい……。いってぇぇええええ!!」



 フィロさんが額に触れて離れると同時。太腿に激痛が走った。


 見れば、エルザードが鋭い爪で思いっきり抓っているではありませんか。



「ふんっ」



 余りの痛さに涙が止まりませんよ……。


 一体俺が何をしたと言うのだ??



「後で娘から此処までに至った経緯を聞いて下さい。そして、落ち着いたら私の夫とお話でも如何ですか??」


「分かりました。後でお伺いさせて頂きます」



 軽く会釈をして話した。



「それじゃあ邪魔しちゃ悪いし、失礼しますね。エルザード行くわよ――」


「嫌。暫くこのままがいいのっ」



 腰に女性らしい太さの腕を回して俺の体を拘束する。



「カエデ――。あれは無いと思いま――す」


「賛成で――す」



 マイとユウが口を揃えて抗議を開始。



「先生、そろそろ。宜しいのでは??」



 そして裁判長もそれに続くのだが……。


 お、おぉふっ……。な、何て目力だ。


 道行く人を無駄に吠え続ける犬でさえもあの瞳に捉われたら最後。


 情けなくキャンキャンと喚きながら犬小屋へと踵を返すだろうさ。



「や――よ」



 己は聞き分けの無い子供か!!



「はぁ……。まぁいいわ。エルザード、落ち着いたら私の部屋に来てね――」


「はいは――い」



 こちらの様子を見て、大きく溜息を漏らすと部屋から出て行ってしまう。


 いや、諦めないでこの雛鳥を持ち帰って下さいよ……。



「ね?? レイド。二人っきりで出掛けようか??」


「その前に色々状況を確認したいから、その誘いは断ろうかな」


「え――。溜まりに溜まった物を発散させたいのに――」



 何を発散させるつもりですか?? とまでは恐ろしくて聞けなかった。



「先生。フィロさんが仰った通り、私達は改めてグシフォスさんへ挨拶したいと考えているのですが……」


「あ、うん。いってらっしゃい」



 いや。


 そうじゃなくてね?? 俺の存在もカエデが話す私達に含まれているのですよ??



「降りて下さい」


「そ――だ!! そ――だ!!」


「降りろ――!!」


「うふふ?? 嫉妬してるんだ?? ほ――ら。ここにいらっしゃい??」



 スっと体を離して俺の両手を優しく掴むと、何を考えたのか知らんが。己の果実に宛がってしまうではありませんか!!



「お、おい!!」



 秋の収穫に相応しい果実から慌てて手を放す。



「うふふ。楽し――いね??」



 御免、全然楽しくありません。



「レイド」


「は、はいっ!!」



 カエデの感情が籠っていない声に心が瞬時に凍結。



「どうして、先生の横着に反抗しないのですか??」


「し、しています!!!!」



 世界中で五指に入る魅惑的な体を無駄にグイグイと密着させる彼女の肩を両手で押し返しつつ釈明を果たした。


 ほ、ほら!!


 押し返しているでしょ!? ねっ!?



「先生」


「はぁい」


「放して下さい」



 こえぇ……。


 とても十六の子が纏う圧じゃないよ……。



「十分淫らな力を補充出来たし。続きは今度、ね??」



 続きも何も。


 金輪際不必要な接触は抑えてくれると助かります……。




「じゃ、私はフィロの所に行くわね――」



 ひらひらと手を振り、部屋を出て行ってしまう。


 ったく。人騒がせな奴め。



「さて、レイド??」


「あ、はい……」



 カエデの声を受けると、ほぼ条件反射で正座してしまう。


 飼い主に叱られる前の犬の気持ちが理解出来た瞬間だな。




「あちらへ移動して下さい」


「了解しました」



 今も正座を続け、横一列に並ぶマイ達に俺も参加する事となった。


 逆らったら不味い。


 あの瞳は人をそう慄かせるに足る迫力を有していた。



「よ――!! レイド!! ようこそ、此方側へ!!」



 ユウさんやい。


 俺は此方側では無くて本来であれば向こう側なのですよ??



「そりゃどうも……」



 大きな溜息を吐き尽くして彼女の隣へ静々と足を折り畳んで裁判を受け始めた。




「はぁ……。私だってこんな話をしたい訳じゃないんですよ??」


「じゃあもういいじゃん!!」


「ルー、そういう所ですよ。さ、理解していない方もいる事ですし。もう一度、最初から話をしましょうか……」


「「「え――――」」」


 各々が辟易した声を漏らす。


「安心して下さい。時間はたっぷりありますからね??」



 どうやらカエデの憤りは収まらないようだな。



 そりゃそうだ。


 起き立ての怪我人に対して横着を働き剰え理不尽な暴力を与えたのだから。


 その病人が不憫でならないよ。



 ――――。あれ??


 俺って何も悪い事していないじゃん。


 でも……。ここで反論すれば説教の時間が長くなるし。


 黙っておこう。


 雄弁は銀沈黙は金ってね。



 饒舌に説教を説く彼女に対して時折大きく頷き、私は大変反省していますから早く此処から解放して下さいよと言葉では無くて態度で示したが……。


 その程度の態度ではまだまだ足りませんよ、と。


 裁判長殿からお許しが出るまで耳と心に大変痛い説教を横着者達と共に受け続けていた。




最後まで御覧頂き有難うございました。


何はともあれ、漸く彼が戻って来た事に私としてもほっと一安心している次第であります。


それでは皆様。今日も頑張って行きましょうね!!



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