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第百八十一話 保護者の帰還 その一

おはようございます、本日の投稿になります。


少々長めの文章になってしまった為、分けて投稿させて頂きます。予めご了承下さい。


それでは御覧下さい。




 昏睡とも微睡とも受け取れてしまう朧に意識が揺らぐ感覚が体中に広がる。


 その中途半端な意識に包まれる中、己の意識は何処に存在するのかと手探りで探索を開始。


 すると、五感の一つである嗅覚が意識を現実の下へ戻す微かな手掛かりを掴み取った。



 何だろう?? この匂いは。



 男性の性を刺激する甘ったるい様な女性の香り、思わず眉をピクリと動かしてしまう獣の香り、そしてなにやら少し酸っぱい香りが鼻腔をそっと抜けて行く。



 夢にしては現実味がある匂いだし、夢だとしたら肌が温かさを感じる筈が無い。


 だが、この感覚を確かめる為に上体を起こそうとしても金縛りにあったように動けないでいた。



 先ずは、動かせる箇所を探して行こう。


 右手は……。駄目だ。何かに掴まれて動く気配が無い。


 左手は??


 うん、大丈夫。動くぞ。



 産まれたての赤子が己の体の動かし方を覚える様に。ゆっくりと体の末端から力を入れて行く。


 すると、徐々に覚醒するにつれて温かい血が体の中を巡り、全身に感覚の鮮明さが戻って来た。



 えっと。


 俺は何で寝ているんだろう??



 何処までも広がる記憶の海から思い出の欠片を一つずつ拾い集めてゆっくりと記憶を完成させていく。



 今日はマイ達と師匠の所で訓練中だっけ??


 いやいや、違うな。


 あそこの朝は早いし何より、お世話上手な二人の狐さんが易々と寝かせてくれる訳は無いからね。



 師匠の素敵な指導では無くて、その後。


 ミルフレアさんの一撃を食らって倒れたんだ。


 その光景を思い浮かべたら記憶が鮮明に甦って来たぞ。



 龍の契約のお陰かそれとも皆が俺に適切な処置を施してくれたのか。我ながら呆れてしまう生命力の強さによって生き永らえている事を感謝するのは後回しだ。


 先ずは起き上がって現状を確かめなければ。



 瞼の裏に微量な光を感じると、確かな五感が確実に体へ宿る。



 右手が動かせないのは……。誰かが掴んでいるのか、やたら生温かい。


 あ、だから動かせなかったのか。


 瞼の裏に感じる温かい光に導かれ、ゆっくりと重い……。本当に重たい瞼を開けた。




「…………」



 此処は、どこだ??


 見慣れない天井に困惑して数度瞬きを繰り返して現状を把握


 どうやら俺の体は見知らぬ場所で少し硬めのベッドに寝かされている様だ。


 この場所の所在を確かめる為、周囲へ視線を動かすと。



「ふにゃらぁ……」


「うぐ……。レ、レイド様。本日は大変、獣臭いですわね……」



 一頭の狼が黒き甲殻を纏う蜘蛛を顎の下に敷き、安らかに眠っていた。


 対するアオイは苦悶の表情を浮かべ、いや、蜘蛛の表情は分からないが兎に角。狼の毛皮を被った俺に覆い被さられている夢を見てうなされていた。



「う……。む……」


「すぅ……。すぅ……」


「ふぅっ……」



 視線の延長線上にはリューヴとユウがベッドに体を預け、窮屈な体勢で眠り。


 そして、その先にはハーピーの女王アレクシアさんまでいらっしゃるではありませんか。


 彼女が何故此処にいるのかは誰かが起きてから聞くとして。



 俺はあの後からずっと眠っていたんだ。


 それで……。変な夢を見続けていたのか。



 窓から射し込む暁の光が俺の記憶を完全に呼び覚ましてくれた。



「…………。んがふっ」



 少しだけ気色悪い寝言に意識が反応。


 その音の先へ視線を送ると、右手が動かせない理由が分かった。



 マイが俺の右手を枕代わりにして剰え粘度の濃い液体を口の端からジャブジャブと零そうとしていたから。



 おいおい、朝一番からお前さんの涎塗れになるのは勘弁して下さいよ。



 楽しそうな夢を見て口元を曲げる彼女を起こさぬようにそっと右手を動かし、粘度の高い液体から逃れる事に間一髪成功。



「……」



 マイの隣にはカエデが両腕を枕代わりに、美しい髪が有り得ない方向に伸びて首を傾げたくなる寝癖へと変容していた。


 はは、相変わらず凄い寝癖だな。どういう仕組みなんだよ。



 皆を起こさぬ様にそして己の体を労わる様に、本当にゆっくりと上体を起こす。


 うん、どこも痛く無い。


 筋肉痛も無いし、関節も痛まない。



 真新しいシャツを捲り怪我の状態を確認すると……。


 おぉう……。


 一筋の縦の線がくっきりと腹に刻まれていた。


 マイを庇った時に受けた槍の跡よりも少しだけ上に残っているが不思議と痛みも無い。


 そこかしこにも同様の傷跡は見られるがこれも痛まない。



 何だろう??


 年に一度か二度、不意に訪れる体調が超絶好調の日に感じる体の軽さに驚いていた。


 ゆっくり寝たからかな?? それともいつもの喧しい騒ぎに巻き込まれなかったから??



 順調に回復した事について様々な理由が考えられるが、こうして無事に治ったのも……。頼れる仲間のお陰だな。


 口から温かい吐息を漏らしてベッドの周囲で眠り耽る大切な友人達へと視線を送る。



「んんっ……」



 アレクシアさん、まだまだ若いのに一族を一手に纏めていつも大変なのでしょう。


 心地良さそうに眠るのは仕事に追われて余程疲れが溜まっている所為なのか、それとも周囲の微睡む空気にあてられたのか。


 恐らく、俺達が大変な苦労を掛けたと思いますので。いつか、この御恩を返させて頂きますね??


 後、出来ればもう少しだけ服をキチンと着て眠って下さい。


 寝起きの心には大変宜しく無い具合に胸元が開けていますので。




「…………」



 ユウ、そんな姿勢で寝ると首を寝違えるぞ??


 文句を言いつつもちゃんと皆を支えてくれる、頼れる存在。


 力持ちで、優しくて、本当に頼りになる心強い仲間だよ。



 いつか、力で勝ってやるからな?? 待ってろよ??



「…………うぅ」



 あはは。ルーの顎が重くて唸っているな??


 凛とした立ち姿に冷静沈着な思考、ちょっと距離感が近いのが玉に瑕。


 そして、決してアオイは口に出さないが誰よりも仲間思いの優しい女性だ。


 マイとはいつも口喧嘩をしているけど、まさか俺が寝ている間に喧嘩していないよな?? そこだけが心配だ。




「…………ふひひっ」



 余程良い夢を見ているのかな??


 口角をきゅっと上げて少しだけだらしない顔を浮かべて蜘蛛を枕代わりにしている。


 ルー、そろそろアオイを放してやったらどうだ?? 顎下の蜘蛛さんが圧し掛かる重みから逃れようとして八つの足をワチャワチャと動かしているし。


 いつも底抜けに明るくて、仲間内の盛り上げ役。


 長時間の辛い移動も彼女の明るさに何度も助けられた。辛い時にルーの明るい声が頼りなんだぞ??



「…………。むむっ」



 どうした?? リューヴ。眉間に皺を寄せて??


 夢の中でも厳しい組手を繰り広げているのかな??


 いつも険しい顔をして、だらけきった仲間をピリッと引き締めてくれるよな。


 その厳しい姿にはいつもお世話になっているよ。


 でもさ、偶には目尻を下げてだらけた笑みを浮かべてくれてもいいんだぞ??


 今度頼んでみようかな??


 いや、頑として断られそうだ。




「…………ん」



 カエデ。


 やっぱり一番迷惑を掛けているのは彼女に違いない。


 任務についての意見を纏めて貰っているし、作戦もカエデが提唱する案を採用させて貰っている。


 頼り過ぎて、頭が上がらないよ。


 いつもありがとうね??


 俺達が迷惑を掛けて疲れていないか?? 苦しかったり、疲れたりしたらいつでも言ってくれよ。


 大切な仲間なんだからさ、もっと頼ってくれても良いんだぞ。


 俺が寝ている間にも、皆を叱ったり、纏めてくれたんだろ??


 本当に助かるよ。




「…………。ふがぁっ」



 おいおい、このベッドをこれ以上お前さんの涎で濡らすなよ。


 だらしなく口を開けて眠ちゃってまぁ……。


 大飯ぐらいで、無鉄砲で、喧嘩っ早い。


 後先を考えずにお金は全て食料に費やし、それでも足りないのか。ユウとルーからほぼ強奪する形でお金を借りる。


 そんな横着者だけど、マイが飯を食っている姿を見ると何故か心に陽性な感情が浮かぶ。


 目尻を下げ、大袈裟な感想を話し、口角を上げる。


 楽し気な食事風景はいつまでも見て居られそうだし、見ているとこっちまで腹が減って来るから困ったもんだ。


 俺が眠っている間、ちゃんと御飯食べていたか?? 少し痩せたんじゃないか??


 それに……。



 俺が庇った事に対して気負っていないか??



 マイはマイらしく好きに振る舞えば良い。


 馬鹿をしたら口を開けて笑ってやるし。拗ねたら指を差して笑ってやる。


 これからも俺達をもっと楽しませてくれよ??




「…………ふぅ、んっ」



 体を一つ大きく伸ばして新鮮な空気を肺に入れる。


 はぁ、良い朝だ。


 窓の外には起床直後の太陽が空に浮かび、素敵な一日が始まるぞと俺に告げていてくれた。


 風が花を揺らし、種子を運び、大地を育む。


 何気ない日常をこれ程ありがたく感じるのは人生で初めてかも。


 幸福な日常は有限なのかも知れない。


 当たり前に享受するのでは無く、噛み締めて享受すべきなのかもな。




「…………。んがらっ!?」



 俺が静かに体を動かしてその気配を何気なく掴み取ったのか。


 マイが体をびくりと動かして顔を起こす。



 中途半端に開いた半目、回遊魚もびっくりするだらしなく開いた口元、涎が通過したきらびやかに光る筋。


 凡そ年頃の女性が浮かべる表情じゃないなぁ。


 でも、この顔こそが現実に帰って来たと此方に実感を沸かせた。


 夢の中、妄想の中に現れる女性はこんなふざけた顔は絶対浮かべないからね。




「…………」



 俺の寝顔が枕元に無い事を不思議に思ったのか、呆けた顔を周囲に向けてぐるりと動かす。


 まだ寝惚けているな??



「…………っ??」



 こいつの足は確かにある。しかし、頭が無い。


 一度、二度、そして三度も頭があった位置と俺の足の方向を繰り返し見返す。


 そんな調子じゃ一生かかっても見つからないよと思わず突っ込んでしまいそうだったが……。笑いを堪えてお馬鹿さんの行動を観察し続けていた。



「っ??」



 そして、漸く俺の腰に違和感を覚えたのか。


 此方の腰付近に向けていた視線を徐々に上方へと向けて行き。



「「……」」



 お互いの視線が柔らかい空気の中で再会を果たした。



 やっと俺の顔を見付けたのかよ。発見に至るまで数分は掛ったじゃないか。



 俺の顔を発見したお馬鹿さんに対し。少しだけ口元を緩めて見下ろしてやる。


 そして、彼女へ最初に話すべき言葉。


 これから恐らく何十、何百、何千と口から放たれるであろうありふれた言葉。



 夢現の彼女の顔を見つめて温かい真心を籠めて、その言葉を放った。





「おはよう。マイ」


「…………っ!!!!」





 やっと意識が鮮明になってきた様ですね。


 半目の目はまるで幽霊を見付けた時みたいに驚愕の形へと変わり、だらしなくパカンと開いた口元をキュッと引き締める。


 そして。


 体の中から込み上げてくる何かを必死に抑え込む様に下唇をぎゅっと噛み締めていた。



「何だ?? お化けでも見ているのか??」



 いつも通りの口調で彼女へ話て綺麗な朱の髪の上へ優しく右手を置いてあげた。


 俺の言葉と真心が彼女の鼓膜へ届いた刹那。



「……っ」



 マイの右目から光り輝く一粒の涙がはらりと彼女の頬を伝った。



「ヒッ……。ヒグッ……」



 顔をクシャクシャにして零れ出る涙を拭かず俺の顔を見上げる。


 自責の念、後悔、悔恨。


 様々な思いが彼女の心で渦巻き、押し寄せ、温かい涙の雨を降らしているのだろう。



「お疲れ様。有難うな??」



 その表情を見つめ、簡単な言葉であるが幾つもの意味を含ませて言ってやった。



「ウゥッ……。ヒグッ…………。ばかぁ、大馬鹿野郎ぉ……」



 零れ落ちて来る涙を抑え込む為、両手で目をグシグシと擦る。


 それでも彼女の感情の雨は止む事は無かった。



「起きて話す最初の言葉がそれかよ。もっと真面な言葉を掛けて欲しかったのが本音だな」


「ウゥ……。ヒグゥッ……馬鹿。ばかぁあ!!!! わあぁああぁあぁあぁ!!!!」




 立ち上がり、俺の胸に顔を埋めて心の叫びを放つ。


 俺は何も言わずに彼女を迎えて右手で頭を撫でてやった。


 きっとマイも辛かったのだろう。


 自分が何もしてやれない事に。


 自分の失態に。そして、憤りに。



「心配、かけたな??」



 ゆっくりと諭す様に話す。



「……グスッ。知らない」



 涙で溢れる顔を俺の胸に埋めながら鼻声で答える。



「今、どんな顔をしているか楽しみだ」


「…………。五月蠅い」



「大変だったんだろ??」


「…………。うん」



「ちゃんと飯食ったか??」


「…………。食べて無い」



「嘘だろ?? 明日は雪だな」


「…………。阿保」



「辛辣な事で。でも、また酷い言葉が聞けて良かったよ」


「…………。うるせぇ」



 言葉のやり取りを繰り広げて互いの気持ちを共有する。


 返って来る言葉は辛辣だがどれもが温かく、そして心地が良い。


 悪鬼羅刹も慄く彼女が涙を流す程だ。


 俺は相当な窮地に立たされていたのだろうさ。



「――――。うん?? レイド様……??」


「よっ。おはよう」



 アオイの漆黒の複眼が俺を捉えると。



「……、ん?? なぁにぃ?? あぁ!! レイドが起きてる!!」


「ルー。元気か??」



 続け様に金色の瞳が俺を捉えた。



「レイド様……。レイド様ぁぁああああ――っ!!!!」

「あいたっ!!」



 アオイが人の姿に変わったので、ルーがその勢いでベッドから落下。


 その勢いを保ち。



「いっでぇ!!」



 胸にしがみ付くマイもルーと同じくベッドから跳ね除けられてしまった。



「レイド様!!!! アオイは……。寂しかったのですよ……?? 辛かったのですよ??」



 胸にひしと抱き着き、そっと呟く。



「ありがとうね。御蔭様で回復したよ」



 美しい白き髪に手を乗せてやると。



「はいっ……!!」



 太陽も裸足で逃げ出す程の明るい笑顔で俺を見上げた。



「レイド様……。私、決めましたの」


「決めた?? 何を??」


「私の全てを、レイド様に捧げますわ……」



 そっと目を閉じて潤んだ唇が俺を捉える。



 いやいや。お嬢さん??


 大変お可愛い姿ですが、状況を考えて行動を……。



「レ――イドっ!!」

「のわっ!!」



 狼のルーが飛来して情け容赦無しに両前足で顔を拘束。



「ちょっと!! お退きなさい!!」

「いやっ!! アオイちゃんだけずるいもん!!」



「ちょっと……。止めて!!」


「さぁ、準備は良いかなぁ??」



 生温かく、獣臭い唾液をたっぷりと含んだ舌が眼前に迫り。


 彼女は御馳走を頂く前の様に舌なめずりを開始。



「ではっ。いただきま――すっ!!」


「や、止めて!! うぶっ!?!?」



 何これ!! 獣くさっ!!


 久々に感じる狼の唾液の臭いは寝起きの体にとって大変辛辣に感じてしまう。



「ふふん?? 本当は嬉しいんでしょ――??」



 いいえ!! これっぽっちも嬉しくありません!!


 獣臭過ぎて胃の中から何か酸っぱい物が込み上げて来てしますからね!!



「……。んぅ?? レイド!? 起きたのか!?」


「主!!」


「レイドさん!? 目が覚めたのですね!?」


「レイド。おはようございます」



 ユウとリューヴ、そしてアレクシアさんとカエデの声が聞こえて来る。


 この騒ぎで目が覚めたのか。



「お、おはよう。獣越しで失礼します……」



 襲い掛かる獣臭がたぁっぷり含まれた舌を懸命に躱しつつ。


 そして弱々しく手を上げて皆に挨拶を返した。



「ルー!! 退け!! 主、体は大丈夫か!?」

「ひゃぁ――っ!! あいだっ!!」



 リューヴがお惚け狼さんを扉付近まで投げ飛ばすと、新鮮な空気を胸一杯に取り込んだ。


 はぁ……。臭かった……。



「レイド!! どこか痛む所は無いか!?」


「レイドさん!! 熱は下がりましたか!?」


「そんないっぺんに話し掛けられても困るよ。後、アオイ退いて」



 いつの間にかひしと胸に抱き着く彼女に言ってやった。



「このままでいいですのっ」



 イヤイヤと顔を左右に振り、より深く顔を胸に沈める。



「おい、クソ蜘蛛。よくも跳ね除けてくれたなぁ?? えぇ??」


「リュー!! お尻打っちゃったじゃん!!」


「レイド様の胸は私の為にあるのですよ」


「主を押し倒す方が悪い」


「はぁ――、良かったぁ。無事に目覚めてくれてほっと安心しましたよ」



 ベッドの上が途端に喧しくなる。


 数分前までは静かで、爽やかな朝だったのになぁ……。



「レイド、こっち来いよ。ここなら安全だぞ??」



 ユウが怪力で俺の左腕を引っ張ると。



「ユウ!! その手を放しなさい!!」


「アオイだけずるいぞ!! あたしだってぎゅってしたいんだから!!」


「んぐむっ!?」



 目の前が刹那に柔らかい暗闇包まれてしまった。


 何だ、これは。


 いつの間にか聳え立つ山は、登山者を絶望の淵へと叩き込む険しさにまで成長していたのか。


 肺へ送り届けるべき空気が全く存在していない。



「ん――!! んん――!!!!」


「ははは。嬉しいか?? あたしもレイドが目覚めて嬉しいんだよ??」



 いや、優しく言われてもこの状況下では手放しで喜べないのが本音ですね!!


 体を突き放そうとしてもユウの前でこの抵抗は児戯に等しく、起き立ての力で跳ね除けようなど浅はかな考えであると彼女の山は俺に伝えていた。




「レイドはこっちに来るの!!」


「んぐ!?」



 ルーが俺の右腕を掴み。



「ユウ、その手を放せ」


「んふぅっ!?」



 そうすればもう一頭の狼さんが左腕を引っ張る。


 お嬢さん達!!


 貴女達の力は常軌を逸しているので、対の方向から引っ張ったら体が千切れてしまいますって!!




「嫌です――。なぁ、レイド??」


「くるふぃいふぇす!!!!」


「そうか!! やっぱり嬉しいか!!」



 一字一句合っていません!!



「嬉しい……?? ほぉん?? 起きて早々、女の胸の中で喜びを感じている訳だぁ??」



 うおっ!!


 地獄の亡者を管理する悪魔さんも肝を冷やしてしまうマイの声を受けると背筋に冷たい汗が流れて行く。



「ちふぁう!! うれふぃふふぁい!!!!」


「んっ……。ふふ、あたしの弱い所……。いつの間に知ったんだ??」



 止めて!!


 この状況で何て事言うんだ!!!!


 俺を殺す気ですか!?



「お――お――。楽しそうだなぁ??」


「ふぁめふぇ!!!!」



 顔を左右に振り、否定の意を示すが……。


 この動作が不味かった。



「あっ……」



 ユウからとんでもない声が漏れてしまったのだから。



「こ、このぉ……」



 さ、さてと。久し振りの激痛だ。


 奥歯を噛み締めて襲い掛かる痛みに耐えましょう!!



「たすふぇて!!!!」


「盛った雄犬めぇぇええ!!!!」


「んぐむっ!?」



 背中に衝撃が走り脳天まで突き抜けと、背骨の中からパキっと乾いた音が響き。


 正面に聳え立つ山脈が俺から空気を奪い天へと誘う。


 あぁ、足元が軽くなってきた。


 これで気持ち良く二度寝が出来るな。


 うん、今日は休日だった筈。疲れを癒す為には睡眠が必要だよ。


 人の頭は窒息間近になると、どうやら強制的に自分に都合が良い事を考えるらしい。


 今日はゆっくり眠って、心地良い眠りから覚めてから皆に此処までの経緯を聞きましょうかね。



 頭へ白い靄がかかりそれは徐々に膨れ上がり、襲い掛かる苦しみと激痛から逃れる為。


 俺はその靄の中へ獰猛な肉食獣から必死にそして懸命に逃れる草食獣の足取りで向かって行った。





お疲れ様でした。


続けて投稿させて頂きます。

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