表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
350/1236

第百八十話 間も無く到着予定されど女神達は知る由も無く その二

お疲れ様です。


本日の投稿なります。


話を区切ると流れが悪くなってしまう恐れがあった為、二話分を掲載させて頂きます。予めご了承下さい。


それでは御覧下さい。




 足の裏が喜ぶ踏み心地の良い土と点在する小石、そして時折通行者の爪先を食もうと画策する大きめの石。


 それが等配分された我が故郷の大地を友達と共に歩いていると何だか温かい感情に包まれてしまう。


 頭上から降り注ぐ青白い月光もこの雰囲気に好影響を与えている様で??



 友人達は高揚した感情が籠った日常会話を続けていた。



「なぁ。このまま真っ直ぐでいいのか――??」



 素敵な雰囲気の中。


 親友がワクワク感を抑えきれない感じで私の背に問うてくる。



「そうよ。北へ真っ直ぐで大丈夫」


「ん――。了解」



 実家の風呂へ入るのは……。旅立つ前だから、約六か月ぶりかしらね??


 成長してからはいつも一人静かに湯を堪能して、夜空に浮かぶ月をぼぅっと眺めていたものさ。



 あの流れ星の先には何が待っているのだろう。


 月明かりが照らす他の大地の様子は??


 そして、その大地で暮らす人々は私と同じ気持ちで月を眺めているのだろうか。



 未だ見ぬ世界への飽くなき渇望、舌が溶け落ちてしまう料理の品々、そして小さな臆病。


 最後に入った日は様々な想いが交錯してゆっくりと浸かる事が出来なかったのが本音ね。



 そして、それから数十時間後にはアイツと出会い。その数日後にはユウと出会った。



 ふふ……。


 懐かしむというよりも、これは現在進行形だ。



 ユウのきゃわいい横顔を眺める為、ワザと歩みを遅らせて彼女の顔を見上げる。



「はぁ――。さっさと汗流したいなぁ――」



 右肩をグルリと回して凝り固まった筋力を解し、首を左右に傾ける。


 何度も見た親友の癖が私の心を温めてくれた。



「あたしの顔に何か付いているの??」



 此方の視線に気付いたのか。


 ユウがパチクリと瞬きをして私を見下ろす。



「ううん。ユウの横顔が見たかっただけ」


「はぁっ?? 気色悪い台詞を吐くなって」



 そうは言うものの。


 彼女の御顔ちゃんは大変正直者なのですよ。



「……っ」



 ほぉっら。ちょいと頬を赤く染めて口元がむにゃむにゃと波打っているしっ。


 余り凝視しては恥ずかしがり屋のミノタウロスの娘は憤死してしまうので、視線を元の位置へと戻すと。



「温泉温泉!! 楽しみだな――っと」



 ルーが狼の姿で私の隣へとやって来た。



「ちょっと。温泉に入る時は人の姿になりなさいよ??」



 折角の湯が狼の抜け毛で台無しになっちまうからね!!


 コイツには一応、釘を差しておかないと。



「はいは――い。分かってるよ――。ん!? マイちゃんあそこかな!?」



 柔らかい月光が前方のこじんまりとした小屋を照らす。



「そうよ。あそこが脱衣所。ちゃんと手拭いも中で用意してあるから安心なさい」


「へぇ、そうなのですか。準備が宜しいのですね??」



 カエデ達、真面目組の中から鳥姉ちゃんの清らかな声が届く。



「これもベッシムの仕事だからね」



 その声に端的に答えてあげた。



 夕食を済ませ、蜘蛛狼組がボケナスの様子を見ている頃。鳥姉ちゃんは私達待機組と中々有意義な雑談を交わしていた。


 まぁ、その内容の殆どが。



『聞いて下さいよ!! 先日、ピナが私の仕事に対する不満をですね……』



 そう、一族を纏める者にしか理解出来ない愚痴ばかりを零していたのだ。


 私は食後の茶菓子を食みながら愚痴を垂らし続ける彼女に対してコクコクと頷いてやった。


 友人の愚痴なので親身に聞いてやったが、あれが赤の他人であったのならきっとよく回る舌をぶっこ抜いてやっただろう。


 我慢強くなってきた己の堪忍袋を褒めてやりたいのだが……。



 幾らなんでも私にも限界がある。



 こっちにも少しは話す機会を与えなさいよと注意を促そうとしたら、ベッシムが風呂の準備が整ったと知らせてくれた。


 愚痴に対して頷き過ぎて首の筋が壊れてしまいそうだったので、これ幸いとして鳥姉ちゃんを風呂に誘って今に至るのだ。



「仕事が多くて大変そうですよ」


「まぁねぇ。ほら、ここが入り口よ」



 小屋に到着して少しだけ傷が目立つ正面の扉を開ける。


 中に入ると懐かしい木の香が鼻腔を通り抜け、幼少期の頃の思い出が瞬時に甦った。



 ふふ。


 小さい頃は父さんと一緒に入ったわね。


 お湯の中で遊んでいたら。



『風呂は静かに入るものだ』



 そう言って怒られたっけ。



「ふふ――ん。ふんっ。マイちゃ――ん。この手拭い使えばいいの――??」



 ルーが鼻歌混じりで服を脱ぎ、備え付けの籠へ乱雑に服を投げ入れる。


 そして一枚の手拭いを私に掲げた。



「そうよ――」



 自分の服から視線を移して答え。



「温泉へはそこの扉を開けば入れるわよ」



 入り口とは反対の扉をクイっと指してやる。



「むふふ――。一番乗りは私だ――!!」


 言うが早いか、扉を見つけると小走りで向かって行く。


「あ、こら。待て!! あたしが一番乗りだ!!」


「待たないよ――っと!!」



 全く。静かにして欲しいものだ。


 とか、言いつつ……。



「私を置いて行くとはいい度胸ね!!」



 けたたましい足音を奏でてユウ達を追ってやった。


 風呂は静かに過ごせと教えられたが、やっぱりワイワイ燥いだ方が楽しいに決まっている!!


 私なりの持論だけどね。



「「おぉお!!」」



 扉を潜り抜け、少し進むと岩で囲まれた魅惑の温泉が現れた。


 周囲凡そ、二十メートル。


 イスハの所より一回り程小さいがそれでもこの人数なら余裕で入るだろう。


 洗い場には黒き石が敷き詰められ、桶や石鹸等が完備。


 此処の湯は薄い乳白色で浸かれば肌は摩擦が無くなりモチモチのすべすべに。髪の艶も甦り正に名湯に相応しい湯だ。



「先ずは、体を洗って――」


「だな。風呂への礼儀だ」



 先に到着した二人が膝を着き、温泉の脇に置かれている桶に湯を汲み体に掛けて行く。


 そして手拭いで優しく柔肌を労わる様に拭き始めた。



「ユウちゃん、背中拭くよ――」


「お、助かる――」



 息合ってるわねぇ。



「マイちゃんも拭こうか??」


「大丈夫。私は自分でやるわ」



 体に湯を掛け、二人に倣う。



「ほい、ルー。交代」


「は――い」


「ここの温泉で熱い所ってある??」



「ん――。一番奥が熱湯かしらね?? そこ以外は適温よ」



 よし!! 洗い終わった。



「そりゃっ!!!!」


「きゃはは!! ユウちゃん私のおっぱい持ち上げないでよ――!!」



 ふざけ合っている二人には悪いけど、先に入らさせて貰うわよ。


 因みに、お惚け狼の育ち盛りの果実には後で恐ろしい罰を与えてくれよう……。


 私以外の人は育ってはいけないのです。



 爪先からゆっくりと、湯を味わう様に浸かって行く。


 爪先から脛、脛から太腿ちゃんへ。


 懐かしい温度と感触が心を癒し、私は全身でそれを感じ取っていた。



 はぁ――……。


 やっぱり実家の風呂は良いわねぇ。


 コリコリに凝った肩の筋肉ちゃんが満面の笑みを浮かべているもの。



「よっしゃ!! ルー終わったぞ!!」


「いたっ!! もうちょっと優しくしてよ」



 ユウがルーの背中をぴしゃりと叩く。



「さて?? ルーさん、見えますか?? あそこで座っている御方を」


「えぇ。はっきり見えますよ――」



 お、おいおい。


 変な気は起こすなよ??



「あたし達を置いて先に入る何てどう思う??」


「良く無いと思います!!」


「だよなぁ?? よって……。湯浴みの刑にします!!」


「賛成!! とうっ!!」



 ユウとルーが空高く舞い、温泉へと着地。



「どわぁっ!? はっっぷっ!?」



 私は彼女達が発生させた荒波に揉まれ、湯の中を泳ぐ破目に……。



「ぷはっ!! ちょっと!! 静かに入りなさいよね!!!!」



 湯から顔を出すなり一切の躊躇なく文句を吐いてやった!!



「悪い悪い。んはぁ――。良い湯じゃないかぁ」



 ユウは岩に背中を預けて湯を満喫。



「最高だねぇ。クタクタに溶けちゃうよ――」



 そしてお惚け狼は温泉の淵に上半身を預けてうつ伏せに。



「まぁ……。気に入ってくれたのなら良いけど……」



 文句を垂れ流してやろうかと思ったが、そこまで気持ち良さそうな姿を捉えたら話せなくなっちゃうわよ。



「ほぅ!! 美しい湯ではないか」


「素敵ですね!!」


「えぇ……。ここの湯なら私の美しい肌にも合いそうですわ」


「綺麗になる」



「先に入っているよ――!!」



 真面目組が合流するとあら不思議。


 藍色、灰色に深緑に朱と薄い桜色。


 白濁の湯の中に一面の美しい花が咲き誇り、大変賑やかに華やいでしまった。



「はぁ……良いお湯ですわねぇ」



 あ、白はどうでもいいので。敢えて花の一種に入れませんでしたので御了承下さい。



「でしょ!? ほら、私の肌もこんなにツルツルなんだよ!!」


「カエデ――。熱くないかぁ――??」


「ちょっと熱いですけど……。適温です。と、言いますかユウ。浮いていますよ」


「だから風呂は楽でいいんだよ。肩も凝らなくていいし――。軽いし――」



「「ちっ……」」



 私を含む何人かが同時に舌打ちをした。



「聞こえてるぞ――。何だぁ?? あたしの胸に嫉妬しちゃってるのかなぁ??」



 クソが!! これ見よがしに寄せやがって。


 大体どうやったらあんな谷間が出来るのよ!!


 私はどう頑張っても……。ちんまりとした丘しか……。


 だ、駄目よ!! 悲観しては。


 そう……。今は発展途上なのよ。その内、ね??



「でも本当に凄いよねぇ。ユウちゃんのおっぱい」


「えぇ……。本当に凄すぎて形容する言葉が見当たらないのが本音ですねぇ」



 ルーがユウの後方から両手でアレを持ち上げ、鳥姉ちゃんが真正面から大魔王様達をマジマジと観察している。



「うわっ。おっも」


「うわっとか言うな」


「胸ばかり大きくなっても良くありませんわよ?? やはり女性は端整な体型が好まれますわ。私は勿論、それに似合う形だと自負しております」



 勝手に一人で言ってろや。



「確かにアオイの体は女性らしい体つきをしているな」



 リューヴ。


 蜘蛛が調子に乗る事を言わないの。



「ふふ?? そうでしょう??」


「だが、私はそんな体いらん。やはり戦える体でないとな」



 それもどうかと思う。



「私達は女性ですわ。いつかは子を産み、育てる。子は母体の中で育ちます。その時が来て焦るよりも今の内に準備を整えておいた方が楽ですわよ??」



「赤ちゃんか――。私もいつかお母さんになるのかぁ」



 ルーが下腹部を抑え、そっと見下ろす。



「なぁ、ルー。どんな風に子供を育てるんだ??」



 ユウが頭に手拭いを乗っけながら話す。



「ん――。色んな事に興味を持って欲しいかな?? ユウちゃんは??」


「そうだなぁ。賢くなくてもいいから健やかに育って欲しい。んで、いつかはあたしを超えて欲しいかな??」


「超える?? それは戦士としてか??」



 局所的な単語に反応した戦闘大好きっ子が彼女へ尋ねる。



「それもあるけど器、とかかな?? 子供は男か女か分からないけど。いつか子供が育って、結婚相手を家に連れて来てさ。家族と一緒に飯を食って、あたしと夫が子供の結婚相手を弄るんだ。うちの子を宜しく頼む、ってね」



「随分と具体的ですね」



 熱さに弱い海竜ちゃんがはぁっと。


 若干色っぽい艶を帯びた吐息を漏らして話す。



「大体皆そんなもんだろう。カエデはどういう教育方針??」



「私、ですか?? そうですね……」



 じっと一点を見つめ思考を繰り広げている。



「子供が出来たら……。一緒に魔法の研究をしたいですね。あれこれ考えて新しい魔法の構築をしたり、時には出掛けてちょっとした冒険をするのも一考かと」


「へぇ!! 楽しそうじゃん!!」


「あくまで想像ですよ。リューヴはどう考えています??」



「私は……。そうだな。戦士として育って欲しい」



「「「…………」」」



 やっぱり、そう来るか……。


 一堂が同時に大きく息を漏らした。



「な、何だ?? いけないことか??」


「子にそれを強要するのはどうかと思うわよ??」



 皆の意見を代弁してやった。



「む……。じゃあ、子供と一緒に考えてやる」



 バツが悪そうに口を湯の中まで入れてしまった。



「そう言うマイはどう考えているんだよ」



 ユウが尋ねて来る。



「私?? そうねぇ……」



 子供、か。


 現時点では全く想像つかないけど。



「旅をしたいかな?? 世界中色んな所に行って美味しい物食べて、冒険して、笑って。色んな経験をして欲しいと考えているわね」



 多分、今の自分ならそうするだろう。



「へぇ。何かマイらしいな。アオイはどうなんだ??」


「私は……。無理に女王の座を継いで欲しくはありませんね」



 蜘蛛が静かに話し出すので、奴の話に全く興味が無い私は大変お綺麗な満点の夜空へと視線を移した。



「自分がやりたい事、興味がある事、学びたい事。様々な事を経験してそれを人生の糧にして欲しい。そして、願わくば……。一族を率いて皆を導いて欲しい。この相対的な事象に苛まれてしまいそうですわ。アレクシアさんは如何お考えで??」



 鳥姉ちゃんの子供かぁ。


 是非とも美味しい蜂蜜を沢山作って貰いたいわね。



「わ、私ですか?? ん――……。沢山遊んで欲しいですね。遊びから得られる情報は本当に多いですから。花の香りが心を潤してくれる、高揚した気分で土の上を走って転んで怪我をすれば痛い。そして、空を飛べば世界の大きさを知る。人から教わるのでは無くて。自分で色んな事を知って欲しいのが本音ですね」



 そこに是非とも蜂蜜の製造方法をぶち込んで欲しかったが……。


 何か妙に真剣に考えているから止めておこう。



「ははは。皆色々考えているんだなぁ。その子供の相手はどんな人がいい??」



 ユウが言葉を放った瞬間、私達に妙な沈黙が訪れた。



『相手かぁ……。やっぱりぃ……』


『相手、ですか』


『勿論、あたしは……』


『レイド様に決まっていますわ』


『か、彼は皆さんに囲まれて忙しくて……。で、でもあわよくばっ』


『優秀な父親になる人物。それは勿論……』


『ば、馬鹿じゃないの。急に変な事聞いて……』



 各々が勝手に人物像を想像し、その相手の顔を浮かべていた。



「ま、まぁ。元気な人ならいいかなぁ――。なんて」



 ルーがこの何とも言い表しようの無い沈黙を破る。



「愚問ですわ。レイド様に決まっていますわよ」


「ずっるい!! レイドとは私が一緒になるの!!」



 蜘蛛にルーが噛みつく。



「まぁ!! 盗人猛々しいとはこの事ですわね!!」


「難しい言葉使わない!!」



 喧しいわねぇ。


 大体アイツがそんな事考える訳ないじゃない。だけどさ、今はそうだとしてもだよ??


 将来はどうなるんだろう?? この中の誰かを選ぶのかな??



「はは。それじゃ、あたしの未来の夫の顔を見に行こうかな」



 ユウが聳える山バルン!!!! っと一つ揺らして立ち上がると。ノッシノシと湯の中を進んで行く。



 び、びっくりしたぁ……。


 久し振りに直で揺れ動く姿見たから精神が破綻するかと思ったわよ。



「ちょっと!! 御待ちになりなさい!!」


「そうだよ!! 綺麗になった私を最初に見て貰うんだもん!!」



 けたたましい音を立てて綺麗な花達が温泉から上がって行く。


 さてと、私も上がろうかしらね。


 アイツが安心して眠れないといけないから。



「カエデさん。上がりましょうか」


「そうしましょう。のぼせてしまいそうです……」



 はぁぁぁぁ。


 湯船から立ち上がるカエデの体を見ると溜息しか出て来なかった。



「どうかしましたか??」



 愛苦しい小動物の様に小首を傾げる彼女の肌は月明かりを浴びて白く光り輝き。


 藍色の美しい髪は見る者全てを魅了。


 そして、適度に育った果実が一つの芸術作品を完成させていた。



「ううん……。何でも。リューヴ、上がるわよ――」


「了承した。どうした?? 肩を落として??」


「別に……」



 世の中は不公平だ。


 あんな綺麗な物見せつけられたら誰だって一つや二つ嘆いてしまうだろうよ。


 ボケナスはカエデの事を見て何とも思わないのだろうか??


 少なくとも私はカエデは綺麗だと思う。



 頭も良くて、綺麗で、優等生。


 対してこちらは大飯食らいで、ガサツで、大雑把で、言う事を聞かない劣等生。



 勝てる要素が一つも見当たらない。


 張り合うつもりでは無いけど……。女として複雑な心境だわ。



 別にいいもん!!!!


 私は私。カエデはカエデ!!


 個性が大事なのよ!!


 自分自身にそう無理矢理言い聞かせ、劣等感を振り払うが如く大股で脱衣所に向かってやった。























 ◇





 月明りが照らす大地の上。


 心地良い夜の静寂の雰囲気を壊さない様に夜虫が静かに鳴き、素敵な夜の演奏会がひっそりと行われている。


 耳を傾ければ鼓膜が喜び、東から届く風が湯で火照った体を冷ましてくれた。


 風光明媚な環境を友人達と共に享受しつつのんびりとした歩調で進む。



 これで寝る前に甘い物でも食べて、そして冷たい飲み物で喉を潤せれば最高なんだけども。


 母さんとベッシムは厳しいから許してくれないのよねぇ……。


 でも、アイツなら。



『仕方が無いなぁ』 と。



 はにかんだ顔で許してくれるのさっ。




「ただいま――」



 我が家の門を潜り、中庭を通り抜け右翼へ。


 ボケナス、起きたかな??


 通路をひた進み件の部屋に入るが……。



「…………」



 彼は未だ目を覚まさず、静かに吐息を吐いていた。



「まだ寝てるかぁ」



 ルーが歩み寄り、静かに見下ろして話す。



「やっぱり、相当体が痛んでいたのかな」



 ユウが静かにベッドへと腰掛けると。



「それもあると思います。今はゆっくり休ませてあげましょう」



 カエデがレイドの前髪を優しく退けて額をそっと触り、熱を測った。


 患者の経過観察を続けるお医者さんみたいで、妙に似合う姿ね。



「カエデ、今晩はどっちの班が診るの??」



 今も静かに横たわるボケナスの姿を見つめつつ問う。



「静かに診るのなら、全員で診ましょう。どうせでしたら寝起きは皆で迎えてあげたいです」



 はいはい、了解ですよっと。



「私一人でも構いませんのよ??」


「主、苦しいと思うが。帰って来い」


「あたし達が首をなが――くして待っているんだ。早く帰って来ないと、大変な目に合うからな??」


「レイドさん。頑張って下さいね……」



 何だかんだいって、皆コイツの事が心配なのよね??


 ボケナスのベッドの右側に腰かけて寝顔を見下ろしてやる。


 気持ち良さそうに寝ちゃって……。


 こっちの気持ちも知らずにさ。



「ん――。何か、レイドの寝顔見ていたら……。眠くなってきた」



 ルーが狼の姿に変わるとベッドの上に飛び乗り。彼の脇にある空いた空間で俯せになる。



「主の睡眠の邪魔だ。降りろ」


「別にいいじゃん。手を出す訳じゃないし……。ふぁあ――……」



 犬も思わず二度見する程大きく口を開け欠伸をすると、何だかこっちまで眠気が伝播してくるわ。


 激動の時間を過ごし、そして実家の空気が私を眠りへと誘う。



「私も、御傍で休みましょう……」



 黒き甲殻を纏う蜘蛛の姿へと変わり彼の胸の上へと移動する。


 要らぬ事をするなよ??


 監視の目を絶やしてはいけない……。


 目を離したら何をするか分からないからね、この蜘蛛は。



「あたしは……。流石にベッドの上に乗る訳にはいかないか。ベッドにもたれて寝ようかな」


「相伴しよう」


「私も此処で休みます」



 ユウはレイドの左手側に、カエデは私の隣。


 そしてリューヴはユウの隣で鳥姉ちゃんもそれに続く。



 ボケナスが休むベッドを囲む様にして私達は襲い掛かる眠りに身を委ね。



「レイド、お休み――」



 ルーが小さく一声を出すと金色の瞳をそっと閉じた。



 疲れが溜まっている所為か、私もこの微睡む雰囲気につられて徐々に瞼が重くなる。


 早く……。起きなさいよ……。



 ベッドへ草臥れ果てた上半身を預けると、コイツの右手が視界に入って来る。


 そしてそこから伸びる腕に何気なく視線を移動させた。



 傷跡、増えたね??


 初めて会った時はこれ程傷を負っていなかった。


 腹部には私を庇った時の傷跡が今も生々しく残っている。


 ごめんね?? その傷は私の所為だよ。



 いつか謝ってその許しを貰ったがそれでも……。心残りが無いと言えば嘘になる。


 一生消えない傷を負わせたのだ。容易く許されようとは思わない。


 いつか、そう。


 いつか。


 私が私を許せる日が来るまで、私はあんたの側にいる。


 それまで付き合ってよね??


 薄れゆく意識の中でボケナスにそう呟くと、一人静かに夢の世界へと旅立って行った。








 ――――。




「…………。マイちゃ――ん、居るかしらぁ??」


「ちょっと、勝手に開けたら……。あらま。皆気持ち良さそうに熟睡してるわね」



 ほろ酔い気分のフィロと共にレイドの様子を診に来たら……。


 仲良く夢の中、ね。


 そりゃそうか。


 ミルフレアとの激戦、夜を通しての移動に力の森の攻略戦。


 今に至るまで普段通りに行動出来ていた方が不自然なのよ。




「ふふ。レイドさんってモテるのねぇ……」


「残念。モテても私が貰っちゃうからね??」


「ちょっと。娘の恋路を邪魔しないでくれる」


「そっちこそ私の邪魔をしないの」



 部屋の中央付近で静かに佇み、ベッドの周りへと視線を送る。



「流石に疲労が溜まっているわね」


「そうねぇ。イスハの所で訓練して、続け様にこの事件でしょ?? 流石にそれは私達でもキツイわよ」



 若干舌足らずのフィロが隣で静かに言葉を漏らす。



「でも、その甲斐あってか一命を取り留めた訳だし。結果的には良かったわよ。本当に……。良かった」


「ミルが刺したんでしょ?? 彼を」


「そ。喧嘩の延長がちょっと拗れちゃってね」


「拗れるどころかやり過ぎよ。彼女だって私達の誓いを忘れた訳じゃないだろうし……」



 フィロがブスっとした顔で彼のお腹付近へと視線を送った。



「でも、マイ達を殺さなかったあたり……。まだ心残りがあるんだと思う」


「ミルは優しい子よ。でも、何でも一人で背負いたがるのが良く無いわね……。私達に言いたい事があれば相談してくれればいいのに」


「フィロは良くても私は御断り。もう絶交するって決めたもん」


「そう邪険に扱わないの。昔は、あぁやって皆でさ。体を寄せ合って寝ていたわよね??」



 また随分と古い話を持ち出すわねぇ。


 年を重ねて行くと、懐かしき光景に己の思い出を重ね合わせる。郷愁の思いを胸に抱くのは素敵だけど、それを矢面に出すのはちょっとね。


 時間とは全く以て残酷な概念よ……。


 年は取りたくないものだわ。



「何年前の話をしているのよ」


「ん――。分かんないっ」



 ペロっと可愛く舌を覗かせ、お道化て話す。



「あの時と違ってもう子供じゃないわ。今度は私達大人がこの世界をどうにかしなきゃ。取り返しがつかなくなる前に」



 視線を落として口を開く。


 先生から託された願い。


 それを叶えるまで私は責任を持って行動を続けなければいけないのだから……。


 私、じゃなくて。私達か。



「いつまでも子供じゃいられないか。その時が来たら、飛んで駆けつけるわよ??」


「宜しく。今はクソ狐と色々調べて回っている最中だからさ、詳しく分かったらまた伝えに来るわね」


「有難うっ。さて!! また飲み直すわよ??」


「はぁ!? まだ飲むの!? もう夜中の二時よ!?」



 呆れて開いた口が塞がらない。


 それもその筈。


 コイツは私が部屋で休んでいる時、無理矢理私を部屋から引っ張り出して今の今まで家庭の愚痴を肴に浴びる様に酒を呑んでいるのだから。



 やれ、夫が話しを聞かない。やれ、家事を私に任せっきり。


 聞いていて耳が痛くなる話をグダグダ……。


 被害者が私以外にも居た事が幸いね。



「だってぇ。夫は酔いつぶれちゃったしぃ。久々の再会で嬉しいんだもんっ」



 そう、フィロの夫であるグシフォスが最大の被害者かも知れない。


 明日の朝一番で釣りに出掛けようと準備を続けていた所。



『あなた!! 友人との再会を祝して呑むわよ!!』


『俺は明日の釣りの準備で忙しい。呑むなら他所でやってくれ』


『はい、あなたには拒否権はありませ――んっ』


『何をする!? ングッ!?』



 彼女に掴まって無理矢理口に酒瓶の飲み口を突っ込まれて……。


 数十分後には白目向いて細かい痙攣を続けていたけども、大丈夫かしらね??


 まぁ、人様の夫には特に関心を持っていないので放置しても大丈夫でしょう。




「だもんって。二児の母親が使う言葉じゃないわよ?? じゃあ、温泉に浸かりながら飲み直しましょう。汗流したいし」


「いいわよ。今日はとことん付き合いなさい」


「はぁ……。これだから会いたくなかったのよ……」


「なぁにぃ??」


「別に?? ほら、行くわよ」



 呂律が不確かな彼女にほぼ強制的に連れられる形で、二次会の会場である温泉へと向かった。






 ――――。




 先生達の明るい声が遠ざかって行く。


 こんな夜中までフィロさんと一緒に飲んでいたのですか……。呆れた体力に物も言えませんよ。


 他の皆は今の会話を聞いて起きたのでしょうか??


 さり気なく頭を起こして周囲を見渡すが。



「……。ふがっ」



 どうやら皆さん夢の中の様ですね。


 気持ち良く眠っています。



 先生達が交わした約束、そしてイスハさんと何やら調べている様子でしたが……。


 一体何を探しているのだろう。


 今度時間が在る時にでも尋ねてみましょうか。


 大きな欠伸を放ち、もう一度眠ろうとしたその刹那。



「…………」



 月の光に照らされた彼の顔を捉えると私の心臓がトクンっと嬉しい鳴き声を上げた。



 ねぇ、レイド。


 いい加減起きて下さいよ。もう貴方の寝顔を見るのも飽きました。



 ベッドに上半身を預け、彼の体を優しく指で突く。



 いつもみたいに笑って、困って、はにかんで下さい。


 一本の指から、五本の指に増やして彼の体にそっと手を添える。



 温かい……。



 布越しに彼の体温が私に流れ込んでくる。


 生きている証拠だ。


 先生が仰っていたように、命が助かって良かった。生きてくれて嬉しい。


 魔力が何度も底を尽きても、諦めなくて本当に良かった。


 私だけじゃない。皆が皆の役割を滞りなく遂行した結果だ。


 時々、苛立ちを覚える人達ですが行動を共にしているとそれ以上に楽しさと嬉しさが勝る。本当に困った人達です。


 違うな。困った友達、だ。


 レイド、皆が待っています。



 私も待っているんだよ?? だから、怖がらずに戻って来て下さいね??


 彼の体に手を添え、そっと呟く。



「早く帰って来て。レイド」



 口を閉じ、ベッドからやんわりと流れて来る彼の香りに身を委ねて再び眠りへと就く前。



「早く起きないと、マイ達に財布を空にされちゃいますからね??」



 聞こえないと思いますけど。一応、彼の財布事情に忠告を放ち。


 彼の香りに包まれながら襲い掛かる凶悪な睡魔に身を委ねたのだった。




お疲れ様でした。


第二章完結が目前に迫り、完成記念に自分への豪褒美じゃありませんけど。少々お値段の張る品を買い与えようかと考えておりまして……。


パッと思いついたのが時計と靴、ですかね。


年末年始は執筆やら大掃除やらで真面に買い物へ出掛けなかったのでこの際ぱぁっと買おうかと考えています。


さて!!


皆様、お待たせしました!! 次の御話で漸く……。


この先は是非とも皆様の目で確かめて頂ければ幸いで御座います。


それでは皆様、お休みなさいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ