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第三十四話 要領の得ない贈物


本日の投稿になります!!


この御話しから蜘蛛の里に突入します。




それでは!! ごゆるりと御覧下さい!!




「はぁ……。はぁ……」




 女の荒い呼吸が深い森の中で静かに響く。



 体に纏わり付く熱帯特有の湿気を含んだ空気が柔肌に絡みつき、恐怖から逃れようとする女の足を遅らせていた。



「こ、此処まで来れば……。大丈夫。うんっ。ある程度攻撃を加えたし……」



 太い幹に背を預け、疲労を滲ませた吐息を吐く。


 荒い呼吸が整い、強張っていた肩の力を抜くと。



「――――っ!!」



 暗き闇の中に静かに、しかし確かに動いた白き幻影を捉えてしまった。



「も、もう嫌!! 来ないでぇえ!!」



 大きな目からは矮小な雫が浮かび、ぬかるんだ大地を蹴り。深い闇の中へと再び駆け出す。



 激しい走行により肺が、足が悲鳴を上げ。大地に横たわっていた倒木に隙を窺われ女は大地へと倒れてしまった。



 そして、それを捉えた白き幻影が怪しい二つの光を放つ。



「い、いや。いやぁあああ!!」



 女の断末魔の絶叫が密林にこだまするも、それは刹那の出来事。



 深い森には夜に相応しい静寂が瞬く間に訪れたのであった。









   ◇









 焚火の爆ぜる軽快な音が耳を楽しませ、淡い橙の色が心を落ち着かせてくれる。


 だらしなく倒木にもたれかけ夜の余韻を楽しんでいると。



『あはは!! カエデ!! 意外と大きいのね!!』


『もっと食わないとあたしみたいに大きくならないぞ!?』




 後方の森から静寂な夜に相応しくないお馬鹿さん達の軽快な声が届いた。




「カエデも苦労するよな。静かに体を洗いたいってのに……」



 顎の関節を最大限に稼働させ、これでもかと空気を取り込みつつそう話す。



『独り言か??』



 直ぐ後ろ。



 随分と寛いだ姿のウマ子から嘶き声が発せられた。



「まっ、そんな所」


『そうか……』




 此方に一瞥を送ると一日の疲労を拭う為、大きなお目目を閉じてしまった。




 ルミナの街を出発して本日で六日目。


 つまり、明日には目的地の一つである蜘蛛さん達の里の南側の海岸線に到達する予定だ。



 ユウ達の里を襲ったオーク。


 そして、連絡が途絶えてしまった蜘蛛の里。



 この原因を解明する為に足を運んでいるってのに……。



『マイ!! 捕まえたぞ!!』


『おっしゃあ!! 頂きぃっ!!!!』



 あの二人は少々気を抜き過ぎている気がしますね。



 も――ちょっとさ。場に相応しい気の持ち方ってもんがあるでしょうに……。



『止めて下さいっ!!!!』


『んっぎゃ――――――――!!』



 かくして。


 海竜様の御怒りをその身に頂いた両名は、今日も仲良く成敗されたのでしたっと。



 上体を起こし、白湯を口に含んでいると。



「只今戻りました」



 頬を朱に染め、むすっとした顔のカエデが暗闇の中から現れた。



「お帰り。今日も大変だったね??」



 取り敢えず労いの言葉を送る。



「全く……。私の体を何だと思っているのですか。あの二人は」



 砂浜の上に女性らしからぬ速度で座りつつ話す。



「ま、まぁ。あれがアイツらの良い所だよ」


「良い所?? 見直すべき性格です。明日には北上し、蜘蛛の里へと向かうのに……。緊張感を持って欲しいです!!」



 ふんすっ!!


 っと、大変可愛い鼻息を漏らしてしまった。



「あ、あはは……。明日も早いし。俺はそろそろ寝るよ」



 お馬鹿さん二人よりも早く温かい雨を浴び、寛いだ服へと着替えを済ませた所為か。


 眠気が四方八方から襲い掛かって来ますので……。



 倒木を枕代わりにして、幾千もの星空が浮かぶ夜空を見上げ。



「おやすみ――」



 夜空と焚火に当たるカエデに対し。現実世界でのお別れを告げた。



「おやすみなさい」



 うむっ。


 夢の世界へ旅立つに至って最高の手土産を頂き。ゆるりと目を閉じた。










 ――――――――。





 目を覚ますと、そこは柔らかい風が吹く小高い丘の上であった。



 頬を掠める嬉しい風の優しさが何処までも心を落ち着かせてくれる。




 ふ、む……。


 夢の中だってのに、随分と現実的な光景ですな。



 眠る前は砂浜、しかしここは優しい緑の森に囲まれた心温まる丘。



 なだからな丘を下った先には湖が存在し、此方に向かって頭上から降り注ぐ光を反射していた。




「あっ、起きましたね??」



 美しい声に反応して上体を起こす。


 そして、夢の中ではちょっと小首を傾げてしまう台詞を彼女に対して放った。



「おはようございます」



「はいっ!! おはようございますっ!!」



 金の髪を揺らし、見る者全てに陽性な感情を湧かせる笑みで挨拶を交わして頂きました。



「えぇっと。セラさん。夢の中で申し訳無いのですが……」


「どうされました??」



 パチパチと瞬きをしつつ言葉を返す。



「どうして再び現れたのでしょうか??」



 同じ夢を早々見る事は無い。


 しかも、これだけ現実に近い夢を見るなんて偶然として片付けるのにはちょっと疑問がありましたので。




「どうしてって……。め、め、夫婦なのですからね。会う為に理由なんか要りませんからっ」




 頬がぽっと赤く染まり、ちょこんと座った膝の上で指を悪戯に動かす。




「夫婦……。そうだ!! 思い出したっ!!」


「きゃっ!!」



 急に叫ぶものだから驚いてしまったのか。


 細い肩がビクっと動く。



「セラさんが仰っていたあの贈物!! 一体自分の体には何が起こっているのですか!?」



 魔物と会話、並びに文字を解読出来て。しかも、人との会話も可能になってしまっている。


 これが贈物の力なのか、はっきりとした答えを頂きたいのです!!



「その事ですか。ふぅ、びっくりしたぁ」



 えへへと笑みを浮かべる様がまぁお美しい事で。



「こっちがびっくりしているのですよ。贈物の所為で俺は魔物と会話が出来ているのですよね??」



 恐らく、というか多分こういう事であろう。


 完璧な問いに頷き、安心した答えが返って来ると思いきや……。



「さぁ??」



 予想とは正反対の御言葉を頂きました。



「いやいやいやいや。勘弁して下さいよ。勝手に人に物を贈与しておいて、さぁって」


「はいっ!! そこですっ!!」




 人に対して指を指さない。


 失礼ですよ。




「今、勝手にと仰いましたけど。贈物に触れたのはレイドさんですからね??」


「そ、そうですけども……。事情を先に説明しない方が悪いじゃないですか!!」


「い――えっ!! 待たない方が悪いのですっ!!」



 待つも待たないも……。


 支離滅裂な状態に陥ったら誰だって早く抜け出たいと思うでしょう??


 何だか釈然としないな……。



「レイドさんの身に何が起きているのか私でも分かりませんっ。契約約款が書かれていた紙は先日提出してしまいましたし」


「提出?? 何処へ提出したのですか??」



「えっ?? それを……。伺うのですか??」



 いや、伺うもなにも。


 簡単な質問なのですが……。




「えっと。ほ、ほら!! 天界での魂の共有はこ、こ、こ、婚姻関係と同義ですから。そちらの世界で言う届け出をしなければなりませんので……」


「――――――――。あっ」




 婚姻届けの事ですか。




「理解して……。頂けましたか??」



 赤く染まった顔の理由はそういう事でしたのね。



「まぁそれは置いておいて……」


「置かないで下さいっ!! 一番大事な所じゃないですかぁ!!」




「一番大事な質問は自分の身に何が起きているのかです!! どうして魔物と会話が可能なのですか!?」



「私だって何でも知っている訳ではありませんっ」



 ぷいっとそっぽを向いてしまう。




「はぁ……。じゃあ、兎に角。セラさんから頂いた贈物で自分の体には何か変化が起こったのは確かで……。それは魔物と会話が可能な事も含まれている可能性もあるし、他の可能性もある。こういう事でいいですね??」



 寧ろその可能性が高いでしょう。



「恐らくはそういう事でしょう」



 恐らく、ね。


 推測の領域を出る事は叶わなかったか……。


 まぁ、夢の世界の話なのだろうからこれを真面に捉えたら駄目だよね。



「夢の世界の御話しではありませんっ」


「だっておかしいでしょ?? 贈物を頂いて……。ちょっと待って。今、俺の心の声を聞いたの??」



「えぇ、此処は天界ですからね。私程の力があればそれは容易いかと」




 ん――……。


 ちょっと試してみるか。




「セラさん」



「はい??」









 胸元、開いていますよ??



 白を基調としたふわふわの服ですからね。


 そういう風に見えても仕方ないです。



「っ!?」



 此方の心の声に反応したのか。


 慌てて胸元へと視線を送った。



 あ、本当に聞こえるんだ。



「あ、開いていないじゃないですか!!」



 冗談ですよ。



「もっと軽い冗談にして下さいよ……」



 いや、夢の世界だからな。


 俺が見ている夢なのだから、都合の良い風に相手を動かす事も可能だ。


 つまり!!


 まだ夢の世界である事を否定している訳ではない。



「強情な御方ですねぇ。いい加減認めちゃえば良いのに」


「そうほいほいと空想上の御話を認める訳にはいきませんよ」


「真面目ですねぇ……。あっ、そうでした。レイドさんを今日此処にお呼びしたのはちょっと言いたい事があったからなのです」



 最初から本題に入りなさい。



「レイドさんが質問するから有耶無耶になっちゃったんですよ。オホンッ!! レイドさんっ!!」


「はい」



 姿勢を正した彼女に対し、端的な言葉で返す。



「私という妻が居ながら……。しょ、少々他の女性に目移りし過ぎじゃあないですか!?」



 他の女性??


 恐らくマイ達の事だろう。



「目移りって。仲間ですからね、そりゃあ必要な会話は行いますよ」


「会話だけじゃないですか!! ほら!! あの鳥の女王様!!」



 鳥では無く、ハーピーです。



「この際どっちでも構いません!! あんな綺麗な女性ですから気持ちがふわぁっと傾くのは理解出来ます!! でもっ!! キ、キ、キスをしそうになるのは駄目です!!」



「良く知っていましたね??」



 そりゃあ俺の記憶から生まれた夢だから知っていて当然か。



「夢じゃない!! 何度言ったら分かるのですか!? 私は時間が許す限りレイドさん事を監視しているのですからね!!」




 夫の行動を監視する、妻か。


 離婚の数歩手前の状態ですね。





「――――。ちょっと待って。今、時間の許す限りって言ったけどさ」


「えぇ。言いましたね」


「その……。着替えている時とか、用を足している時とか、生まれたままの姿で温かい雨を浴びている時とかも覗いているの??」



 もしも。


 仮に、セラさんが仰る通り。天界の人物だとしたらそれは不味い。


 四六時中、何時、何処で覗かれているか分からないからな。



 俺がそう問うと。




「ぇっ?? そ、そ、そうですね……。出来るだけ見ない様にはしていますが。ほら!! 見えちゃう時もあるじゃないですか。そういう時は手で顔を隠し、その隙間から見てはいけないモノを覗く背徳感に包まれながら……」



「結局覗いてんじゃん!!!!!!」



 溜まらず立ち上がり、声を大にして叫んでやった。



「いいじゃないですか!! 夫婦の関係なのですからぁ!!」



 顔を朱に染め、プンプンと怒る。



「夫婦間にも個人的な時間は必要だ!! いや、夫婦と認めた訳じゃ無いけど……。兎も角!! もしも!! セラさんが天界の住民だとしたら、今後そういう時は覗かないで下さいね!?」




 此処で釘を差しておかないと、とんでもない事になりそうだからな。




「可能な限りそうさせて頂きますっ」



 ニコっと笑みを浮かべて此方を見上げた。



「その笑みで誤魔化しても駄目ですよ」


「えへっ、バレちゃいましたか」


「雰囲気ですよ、雰囲気。――――。あ、っれ?? 何だ、これ……」



 急に足元の力抜け落ち、思わず片膝を付いてしまう。



「そろそろお時間ですか。そのまま堕ちて行く感覚に身を任せて下さいっ。ほら、以前と同じですよ」



 目が覚める時間ですか。


 今一慣れないな、この感覚……。



「その内慣れますよ。それじゃあ、またお呼び致しますね――!!!!」



 今度会うときは贈物について、ちゃんと説明して貰いますから!!



「あはは!! 善処しますっ」



 あれ、絶対嘘だよな。


 その場を取り繕う笑みを受けると、視界が消失。


 辺り一面は真の闇へと移り変わり自由落下していく感覚に身を委ねた。









 ――――――。




「おはよう、ウマ子」



 生温い感覚に顔を顰めつつ、彼女の頬に手を添えた。



『あぁ、おはよう』



「朝の知らせを届けてくれたのは感謝するけど。そろそろ舐めるの止めない??」



 口、鼻、瞼。


 至る所に長い舌が這いずり回り、粘度の高い液体で顔が汚れてしまっていますので。



『偶には良いだろう』



「良くない!! あはは!! 止めろ!! 首は弱いんだ!!」



 長い顔に拘束され、此れでもかと馬の愛情表現を受けてしまう。


 地平線の彼方から昇り始めた太陽。その彼は俺と彼女の行為を呆れた顔を浮かべつつ眺めていた。








   ◇








 絶え間なく降り注ぐ強い光が雲に遮られ束の間の影の中に入ると、間も無く初夏が訪れる季節に相応しい涼しさが訪れてくれる。



 手の甲で汗を拭いつつ、真正面で大きく口を開き此方を飲み込もうとしている森と対峙した。



「さて、皆さん。此処から北上します。準備は宜しいでしょうか??」



 森と砂浜の境目。


 そこで静かに立つカエデが此方に振り返り、確認を促した。



「了解。気を引き締めて向おう」


「だな――。よぉ、マイ。起きてるか??」



 ユウが俺の左胸をツンっと突く。



「んあっ?? 何??」



 見る者を呆れさせる大欠伸を放ちつつ、太った雀が顔を覗かせる。



「今から北上するんだよ」


 胸元を見下ろしつつ話すと。


「ほぉん。寝るのも飽きたし、偶には景色を楽しみつつ移動しますか!!」



 深紅の甲殻の背に生える翼を羽ばたかせ、颯爽とユウの頭の上に到着した。



「偶には、って。そんなに移動が退屈なのか?? ウマ子、行こうか」



 彼女の手綱を手に取り、無言で森の中へと進んで行ってしまったカエデの後を追う。



「視界が捉えるのはずぅっと海と、森と、砂浜。飽きるのも当然でしょ?? ユウ、何か食べる物持ってない??」



「無い」



「あっそ。それが今日で……。あぁ、七日目か。同じ光景を見させられるこっちの身も考えて欲しい物よ。んおっう!! 干し肉だぁ!!」



 ユウの背を這って進み、此方の了承を得ないで背嚢の中へと潜り込む。


 そして、お目当ての品を探り当て再び彼女の頭の上に登った。



「この森も……。ふぁむっ!! 陽射しは遮られてふぁいてきだけど。んぐっ……。余り代わり映えしない森よねぇ……」




 砂浜から一転。


 柔らかい感触から確かに大地の硬さを感じる土の上を進む。




 代わり映えしないのはお前さんが細かい所に目を配っていないからだ。




 大小様々な大きさの木の幹、そこから伸びる枝。


 耳を澄ませば小鳥の歌声が森の合間を縫って此方に届き、肌を射していた直射日光も遮られ快適な物へと変化。



 肺に届く森の清涼な空気と清らかな風……。



 たった数十分移動しただけでもこれだけ変化したってのに。



「カエデ――。暇だからなんか面白い話してよ――!!」


 少し前を進む彼女に叫ぶ。


「面白い話、ですか。ふむ……」



 止せばいいのに……。


 一々コイツのお強請りに付き合っていたら体が持ちませんよ??



「では、認識阻害について話しましょうか」



「私、面白い話って言ったのよ??」



「話を聞いてから判断して下さい。先日、伺った通り。我々と人の間には言葉という高い壁が構築されてしまいました」



「その壁を気付いたのが、魔女。だよね??」



 少し歩む速度を上げ、カエデの右隣りに追いついて話す。





「その通りです。父さんは認識阻害について、こうも述べていました。


『認識阻害は呪いそのものだ。親から子へ、子から孫へ……。魔物と人、等しくその呪いに掛かり。それは未来永劫消失しないだろう』


 確かに、私もその通りだと感じてしました。ですが……。ここで一つ疑問が湧いたのです」




「疑問??」



「呪いを解く為には一体どうすればいいのか、です」




「そんなの超簡単じゃない。認識阻害を掛けた魔女を倒せば解けるでしょ」



 二つ目の干し肉を食み出したマイが話す。







「私も当然その答えに辿り着きました。問題の根源を滅すれば呪いは解ける、と。しかし、事はそう単純なのでしょうか?? もし仮に魔女を倒し、呪いが解けたとして……。我々と人の間には深い軋轢が刻まれたままです。そう、三百年の間に構築されてしまった軋轢です。それを取り除かない事には真の平和は訪れないでしょう」






「難しく考え過ぎ。今まで通り住み分けいればいいじゃん。おほっ。んまっ」




「人は……。いいえ。思考する動物は強欲です。魔女、並びにオークが消滅したのなら次は我々に凶器の矛先が向けられるかも知れません。人間にとって我々魔物は依然、異形の存在なのですから」




「そうならない為にも、互いに理解を深め。語弊無く分かり合える世界を構築する必要があるのか」



 恐らく、こういう事でしょう。



「その通りです。人と魔物は分かり合える。手を取り合える。相互理解の先に待ち受ける真の平和に向かって進むべきなのです」



 いや、しかし……。


 本当によく考えて行動してるよな、カエデって。



 目先の問題だけに囚われず、その先。更にその先を見据えている感じだもの……。


 得意気に己の持論を話す彼女の横顔をじぃっと見つめていると。



「どうかしました??」



 此方に振り返ったカエデの目がバッチリ合ってしまう。



「いや、嬉しいなって」


「嬉しい??」


「人の事を良く想ってくれている、考えてくれているからね。それが嬉しいんだよ」



 真心を込めた温かい眼差しでそう答えてやった。



「ふ、普通です。考える生物同士は分かり合える筈なのですから」



 あらら。


 早足で行っちゃった。



 皆が皆、カエデみたいに優しい心の持ち主なら魔物と人間との間には戦いは勃発しないだろうさ。





「よぉ――」


「ん――?? どふぃた――??」


「さっきから黙っていたけど……。いい加減に頭の上から退かない??」


「嫌よ!! 踏み心地が良いんだもん!!」


「それが鬱陶しいんだよぉ!! 食い滓をポロポロ落としやがって!!!!」


「あっぶねぇな!! あんたの馬鹿力で掴んだら死んじゃうでしょうが!!」




 人間と魔物との会談が催されるのなら、あの人達は絶対裏方ですね。


 それは何故か??


 血気盛んな彼女達を矢面に出す訳にはいかないので……。










   ◇










 夕闇の刻が刻一刻と迫る頃。


 西から寂しい茜色が緑の中に射し込む。



 北へと転進して……。


 ざっと見繕って七時間か。


 そろそろ夜営地点を探さないとな。森の中は早く闇が訪れてしまいますので。



「そろそろ夜営地点を探そうか」



 誰とも無しにそう話す。



「えぇ。そうしましょうか」


「賛成!! 夜御飯の準備に取り掛かれ!!!!」



「じゃあ、もう少し進んで開かれた空間を見付けたらそうしよう」



 カエデの言葉だけに反応して話す。


 アイツの言葉に一々反応していたら日が暮れてしまいますのでね。



 真新しい倒木を乗り越え、暫く進んで行くと。
















「――――――――。お、おいおい。何だ、こりゃ」



 右隣りで歩いていたユウが緑色の瞳をぎょっと見開いて、地面を見つめた。





 無造作に放置された不格好な剣、穂先と柄が両断された槍、刃面が綻んでしまった切れ味の悪い手斧。


 緑が目立つ大地の上に存在するそれらは酷く浮いた存在に映る。


 そして、その武器の傍らには黒灰が幾つも積もり。此処で戦闘が行われた事を語らずとも此方に示していた。




「どうやら誰かが此処で戦闘を繰り広げた様ですね」



 カエデが武器の側でしゃがみ、鋭い瞳で観察を続けながら話す。



「そうだろうな。だけど……。これだけの武器量だ。きっと大勢の……。蜘蛛の里の皆さんが戦闘を行ったのだろう」



 視界に入る全ての武器を大雑把に計算して。凡そ五、六十か。


 余程の激戦が此処で繰り広げられたのだろう。



「いいえ、恐らく。一人でこの数と対峙した筈です」


「一人!?」



 カエデの答えに思わず声を荒げてしまった。



「足跡を見れば分かります。ほら、此処と……。あそこにも……。大人数で会敵したのならもっと多くの足跡が見受けられますが。生憎、同じ大きさの足跡しか確認出来ません」



「本当だ……」



 カエデの隣へと移動し、彼女に倣ってしゃがみ。その足跡を確かめる。



 普通の女性の足跡、だろうか。


 男よりも一回り小さいし。



「ちょっと待って。じゃあ、何だ?? これだけの武器を持ったオークを一人で倒せる実力を持っているのか?? 蜘蛛の人達は」



 周囲の状況を確かめつつユウが話す。



「それは分かりません。ですが、相当な実力者であった事は確かです」


「と、兎に角。もう少し進んでみよう。そうしたら何か分かるかも」



 此処で考察を続けていてもこれ以上結果は得られないだろうし。



「賛成です」



 カエデ腰を上げる。


 それを合図と捉え、深い森を北上しようと歩を進めたが……。




「…………」




 それは叶わなかった。























 太い木の影から巨大な蜘蛛が出現したのだから。






 胴体部分で凡そ一メートル五十。足を大きく広げたら大人等、小さな存在に見えてしまうであろう。



 黒き甲殻に包まれた多関節の八つの足。


 口先に備えられた鋭く尖った毒牙は恐らく生物の息の根を容易く閉ざすであろう。


 黒き腹部からは細かい毛が生え、漆黒の複眼が俺を真正面で捉えていた。




 黒き甲殻を備えた巨大な蜘蛛は二本の前足を天へと高らかに掲げ、此方を威嚇する。




 俺はその姿に声を失い。


 まるで蛇に睨まれた蛙の如く。


 黒き蜘蛛が放つ鋭い複眼の力から目を反らせないでいたのだった。


お疲れ様でした。


明日の投稿でまたお会いしましょう!!

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