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第百七十八話 覇王の御業 その二

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


それでは御覧下さい。




 網膜の裏側を刺激する閃光が刹那に迸ると私達を包み込む白い霧が徐々に晴れ渡って行く。


 明瞭になりつつある景色を捉える為、その場から目を細めて眺めていると……。



 私達は風光明媚な景色から一転して我が家の中庭の立って居た。



 空腹という名の重病を引っ提げて重い汗を齷齪流しての苦しい移動、そして野生生物達との血を血で洗う凄まじい激闘。


 その二つに要した時間と距離がたった数十秒でものの見事に完了。


 今までの苦労と汗は何だったのかと首を傾げたくなるわ。



「ほう、これだけの人数を寸分違わずに送り届けるとは……。腕を上げたな、エルザード」



 余り人を褒めない父さんが褒めるって事はそれだけすげぇ技術なのだろうが。



「それはどうも。も――う疲れた……。私は休ませて貰うわよ??」



 疲労困憊の彼女は賛辞の言葉を受け取っても陽性な感情は湧かず。小振りなお尻を中庭へペタンとくっ付けて父さんの言葉を邪険に扱ってしまった。



 張りのある頬っぺたちゃんはげっそりと痩せ細り、美しい目元には強力で物凄い力を備えた真っ青な熊さんが激しい自己主張を続けている。



「先生、お疲れ様でした」



 そんな無残な姿に変わり果ててしまった彼女へ、生徒であるカエデがいつも通りの口調で大変な労を労った。



「私ばっかり疲れる目に遭うのはも――懲り懲りよ!! カエデ、早く私と同程度の技術と魔力に追い付きなさい」



 いやいや。


 それは無茶振り過ぎるでしょうに。あんた達に追い付く為には最低でも百年以上掛かりそうなんだけど??



「そうですね……。後十年待って頂ければ追い付くかと」



 あらまっ。


 私が簡素に計算した十分の一の速さで追い付いてみせるってか。


 勤勉で四角四面な海竜ちゃんは上昇志向の塊ですねぇ。



「うっし!! 父さん、母さんの所へ行くわよ!!」



 中途半端な胸の大きさの母さんとボケナスの下へ急がなきゃ。



「そう急くな。フィロは……。右翼側か……」



 私の言葉に反応した父さんが右棟を見つめた。



 この城は主に三つの棟からなっている。真正面には父さん達の部屋並びに客人を迎える王間がある母屋。そこから左右に廊下と壁が伸びて垂直に折れ曲がる。



 その折れ曲がった先に私の部屋がある右翼と、反対側には姉さんの部屋や食堂がある左翼が建てられ。


 そして、そこから更に壁と廊下は伸びて正門まで続き。中庭をぐるりと囲む形を取っているのだ。



「行くぞ。ついて来い」



 ちょいと格好つけた台詞を吐いた父さんが右翼側へと向かうので。



「私は少し休憩してから行くわね――」



 ドスケベ姉ちゃんの力無い声を背に受けて私達は中庭に敷かれている踏み心地の良い石畳の上を歩み始めた。



「ふぅ……。此方側へ足を踏み入れるのは久々だな」



 右翼側の大きい扉を開き、目の前に現れた廊下を直進。


 入り口から続く廊下の突き当たりに左右へ続く廊下が別れ、父さんは無言で左へと曲がる。



 その廊下を暫く歩いて行くと、左右の壁に二つの扉が出現。


 右側の扉が私の部屋でありそして、父さんは空き部屋である左の扉に手を掛けた。



「……フィロ。私だ、入るぞ」


「――――。どうぞ」



 中から母さんの声が聞こえると、父さんは無言で静かに扉を開く。


 正面、やや左にベッドが置かれており。その上でボケナスは母さんとベッシムの治療を受けていた。



 たった一日程度しか離れていないのだが……。


 彼の症状は私の想像よりも思いの外進行しており、私達が部屋へ足を踏み入れると同時。



「ゴフッ!! グアァアッ!!」



 苦しそうにせき込むと鮮やかな血液を吐血、右腕の皮膚が縦に切り裂かれて鮮血が純白のシーツを穢した



 う、嘘でしょ??


 私達と別れた時は安定していたのに此処まで酷くなっているなんて……。



「ボケナス!!」



 ベッドの上で血を流し、細かい痙攣を続けている彼の姿を捉えると私は堪らず駆け出した。



「ぜぇ……。ぜぇ……」



 顔面の血の気は完全に消え失せて死人よりも真っ白。


 額には苦痛によって鉛よりも重たい汗が浮かび、正体不明の症状によって高熱にうなされ荒い呼吸を続けていた。



 ひ、酷い……。


 頑丈なのが取り柄のボケナスでも流石にこれ以上は……。




「ふ、ふぅ……。治癒魔法で治療を続けてはいますが、まさかこれ程までに傷が早く開くとは思いませんでしたね」



 切り裂かれた右腕の皮膚をベッシムの治癒魔法で塞ぐものの。数秒後には新たなる裂け目が出現。


 彼は新しい傷口への治療を余儀なくされていた。



「良かったわ。あなたが来てくれて。かなり危ない状況だったのよ」



 手の甲で額の汗を拭いながら母さんが話す。



「レイド様、気をしっかり!!」


「もう一踏ん張りだ!! 頑張れ!!」


「レイド……。頑張って!!」


「主!! 我々を残して先に逝くな!!」


「もう少しの辛抱ですよ??」



 ベッドの上で苦しむ彼を私の友人達が取り囲んで声援を送るも、苦しむ彼の様子は不変であった。



「あらあら。レイドさんは大人気ねぇ。マイちゃんも大変ね??」



 こ、こんな時に悠長な言葉を吐きやがって!!



「そんな事どうでもいいのよ!! ちょっと父さん!! 早くして!!」



 こ、このままじゃボケナスが死んじゃう!!



「そう急くな。どれどれ……??」



 ユウ達をかき分けてベッドの脇に到着した父さんがボケナスを見下ろす。



「――――。ほぅ?? 見事なまでに暴れているな」



 彼の体内を凝視するかの如く。


 強き瞳で彼を観察して独り言を小さく呟いた。



「あなた。レイドさんの中で暴れている龍を元の檻の中へ戻せそう??」



 疲労の色が目立つ表情の母さんが父さんを見上げた。



「愚問だ。私も覇王の端くれ。此れしきの事、息をするより容易いわ」



 血に染まった彼の胸の服の上に己の右手を置くと、深紅の魔法陣が父さんの手と彼の体の間に浮かぶ。



 凄い……。


 父さんはべらぼうに強いって事は昔から知っていたけど、それはあくまでも何となくだ。


 年を重ねて、鍛えて。


 こうして実力を身に着けてから改めて父さんの魔力の波動を感じると、現在の自分との差が呆れる程に離れていると確知出来てしまう。



 徐々に高まる魔力が父さんの右腕に集約されていき、釣りに興じるだらしない姿とは真逆の真剣そのものの表情を浮かべて魔力を最大限にまで高めた。



「覇王に代々受け継がれし御業……。此処に見せる!! はぁっ!!!!」




 刹那。


 父さんの右腕が皮袋に大量の水を詰め込んだ様に、我が目を疑いたくなる程に膨れ上がってしまった。



「と、父さん!! 間違った方向に育ってしまったザリガニの鋏みたいに膨れ上がってるけど……。それ大丈夫なの!?」



 筋力で膨れ上がったとは見えないし……。


 爪楊枝の先端でちょいと突くと炸裂してしまいそうな腕の膨らみに思わず肝が冷えてしまう。



「安心しろ。まだ大丈夫だ」



 まだって事は結構危ない感じなんだ。


 現に父さんの額には大粒の汗が浮かんでいるし。




「俺の筋力と魔力をここまで使わせるとはな。貴様、良い腕をしている……。だがな?? 覇王の名は伊達では無い!!!! はぁっ!!」




 父さんの膨れ上がった右腕が真紅に光り、それが魔法陣を通してボケナスの体の中へ入って行く。


 その光は彼の全身に滞り無く行き渡り、心臓の拍動の様に体全体が等間隔で明滅。そして暫くすると……。



「…………」



 ボケナスが荒い呼吸から、まるで安らかに眠る様にゆっくりと呼吸を始めた。




「――――。ふぅ、暴れん坊め。漸く大人しくなったな」



 父さんが彼の体から右手をすっと離して大きく息を吸い込む



「と、父さん。ボケナスは??」


「もう大丈夫だ。暴れていた龍は新しき檻の中へ戻った」


「…………。本当に大丈夫なの??」



 父さんの力を疑う訳じゃないけど、今までの事もあってか。そう簡単に安心出来ないのが本心なので少々強く詰め寄ってしまう。



「後はこいつ次第だ。長き眠りから覚めるまで診てやるといい」



 私は父さんの言葉を受け取ると同時。


 人目も憚らず分厚い胸へ抱き着いた。



「あ、有難う!! お父さんっ!!!!」


「こ、こら。人前だぞ」


「ほ、本当に……。本当にありがとう……」



 堪えていた言葉と感情の波を父の胸へと染み込ませる。



「ふんっ。父親に甘えるのは今回だけ許す。次は無いぞ??」


「うん……。うんっ……!!!!」



 厳しい口調で語り掛けて来るが、私の頭をそっと撫でてくれる手は物凄く温かい。


 父さんの強さ、優しさが大きな手を通って体に染み渡る様だ。



「さぁて、後はマイちゃん達に任せようかしらね??」


「左様で御座いますね。私達は今此処に居るべき存在では無いですから」



 母さんとベッシムが私達に温かい瞳を向けて話す。



「任せて下さい。レイド様は私が看病致しますから」


「私が診るもん!! アオイちゃんは大人しくしてて!!」


「まぁ!! 何ですか!? その言い草は!!」




「この男、娘をたぶらかす処かネイトの娘までも……。やはり俺が直接息の音を……」



 安らかに眠るボケナスの胸へ向かって拳を振り翳そうとするが。



「はぁい。あなた、行くわよ――」



 母さんが父さんの首根っこを掴み、扉へ向かって強制的に引きずり始めてしまった。



「は、放せフィロ!! 私はその男を治療してやったが、許した訳では無い!! 娘の純潔を奪ったその罪を……」


「何かあったら母屋にいるからね――。それじゃ」


「は、放せぇぇええ――!!!!」


「だ――めっ」



 喧しい音が消えると部屋に心地良い静寂が訪れる。


 私達はその静寂を侵さぬ様。静かにそっとレイドを見下ろし大きく息を漏らした。



「はぁ――。取り敢えずこれで、一安心なのか??」



 ユウがいつもより数段静かな声で話す



「その様ですね。呼吸も安定していますし、それに発作の症状も見えません」


「漸く……。漸く、安心して休めますわね。レイド様……」



 蜘蛛がそボケナスの肩に手を置き、語りかける様にゆっくりと話した。



 いつもなら一つや二つ文句を言ってやるのだが……。


 どういう訳か、苛立ちという感情は一切起こらず。只々、安堵という感情がジャブジャブと溢れ出してそれを飲み込んで行く。



 ふぅ――……。


 此れにて一件落着。


 後はコイツが目を覚ますまで、私達は待てばいいのよね。



「服が汚れている。着替えさせないと」


 リューヴがレイドのシャツに手を掛けると。


「あ、それは私がやるよ――」


 ルーが反対側のシャツの淵を掴む。


「はは。冗談、あたしがやるよ」


「ユウ、主は私が支えるんだ」


「皆さんは他の部屋で休んで下さいまし。私がレイド様の御世話を全て致しますので」


「アオイちゃん!! 手、邪魔!!」



 ルーがボケナスの服へ伸ばした蜘蛛の手を払う。



「まぁ!! 邪魔とは何ですか!! 正妻として夫の世話を務めるのは当然の事ですわよ!!」


「リューヴ、この手を放せ」


「ユウ、貴様こそ放すのだ」



 前後左右から手が現れシャツを掴み、四方八方から現れた手がそれを跳ね除ける。


 ちょっと、あんた達。


 いい加減にしなさいよ。ボケナスに必要なのは静かな環境と安寧なのだから。


 私がそう言おうと、口を開くが。



「皆さん、静粛に……」



 カエデが小さく、しかしはっきりと頭の中に残る声を出す。


 眉間に皺を寄せて目付きは鋭く。


 いつも通りに怒るのなら無表情なのだが、今回の御怒りは相当な御様子。


 その辺りに居る不良なら目線一つで撃退出来る海竜の怒りに流石の私も慄いてしまった。



「ユウ、その手は何ですか??」



 不良を視殺可能とした眼力でボケナスのシャツを乱雑に掴むユウの手へ視線を移す。



「お、おぉ……」



 それを受けた怪力爆乳娘は慌てて手を放してしまった。



「おぉ?? はっきり言って下さい」


「い、いや。着替えさせようかなぁって」


「それには賛成です。しかし……」



 カエデのおっそろしい声を受けると、全員が固唾を飲んで彼女の次なる言葉を待つ。



「彼には休息が必要なのにこうして暴れられてはおちおち休んでいられません。シャツを替えたら、交代でレイドの様子を診ましょう。三人一組で、私とマイとユウ。そして、アオイとルーとリューヴの二班で診ます。異論はありませんよね??」



「「「……」」」



 異論も何も……。有無を言わせない態度で尋ねて来たら頷くしかないでしょうよ……。


 おっそろしい瞳に捉えられた各々が海竜ちゃんの強制圧力に無言でコクコクと頷いて肯定の意を表す。


 あの瞳に反抗出来る者はいないであろう。


 居るとしたらそいつは感情が欠落した可哀想な奴さ。



「結構です。では、私達の班から診ますのでアオイ達は別室にて休んで下さい」


「部屋には私が案内するわ。こっちよ」



 ルー達へ目配せすると、先頭で部屋を出た。



 ボケナスの体の中で暴れ回っていた龍は父さんの御蔭で抑えられた。でも、あれだけの負傷を負ったのだから暫くは目を覚まさない可能性もある。



 それが一年、十年。


 ううん。もしかしたらずっと起きない可能性も有り得る。だけど、私はその日が来るまできっと待ち続けるであろう。


 そして、彼が目を覚ましたのならこう言ってやるんだ。



『ぎゃはは!! 餓死寸前のヒヨコみてぇな顔付きだなぁ!!』 って。



 馬鹿みたいに口を開けて揶揄えばきっといつも通りに顔を顰めてくれる筈。


 だがもしも……。


 馬鹿げた痛みが治まらないのなら私が責任をもってボケナスを最後まで看取ってやる。それが私に与えられた責任、だと思うから。


 三名を空き室へと案内する為、静かな廊下を進みながら私はそう心に固く誓ったのだった。





最後まで御覧頂き有難うございました。


釣り好きの覇王の御蔭で彼の容体は安定を取り戻しました。しかし、このまますんなりと帰す訳にはいきません。


この後、もう少しだけ龍の大陸での御話が続きますので彼の復活を温かい目で見守って頂ければ幸いです。



そして、ブックマーク。並びに評価して頂き有難う御座いました!!


間も無く開始される第三章の執筆活動の嬉しい励みとなります!!!!


いや、本当に嬉しいです……。


第三章に入ってからは先日も後書きに掲載した通り、番外編も始まりますのでそちらの執筆にも力を入れさせて頂きますね。



それでは皆様、お休みなさいませ。

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