第百七十七話 立ち塞がる野生生物 その二
お疲れ様です。
週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。
それでは御覧下さい。
己自身の心臓の拍動の音が聞き取れる程の静寂が周囲に漂い、乾いた喉と嫌な汗が額から頬へ伝い落ちると否応なしに緊張感が高まる。
誰かがきっかけを起こせば直ぐにでも戦闘がおっぱじめられる様に、私は集中力を最大限にまで高めて蠢く芋虫擬きの一挙手一投足を見逃すまいと鋭い鷹の目で捉え続けていた。
くそぅ。
コイツ、私達を襲うつもりは無いのか??
その場で静止してうじゅうじゅうと触手を動かしているだけだし……。
「拍子抜けねぇ。動かないじゃない」
最後方のエルザードがこの場に少々不釣り合いな気の抜けた声を出す。
「気を抜くんじゃないわよ」
微動だにしない芋虫擬きから視線を外さずに言ってやった。
「そうそう、マイちゃんの言う通り。得体の知れない物と対峙する時はね……」
ルーが得意気に話そうと口を開いた刹那。
「ッ!!!!」
芋虫擬きの先端の口から触手が無数に生え、それぞれが私達に向かって一直線に伸びて来やがった!!
「きっっしょっっ!! おらぁっ!!」
私の胴体を捉えようとした気味の悪い触手を黄金の槍で切り落とすと。
「ギャァッ!! 来たぁ!!」
「気持ち悪いですわよ!!」
各々が襲い掛かる触手を見事な早業で撃退した。
速さは無い、しかし……。
「……」
切り落とした触手を口腔内に収めると、新たな触手が現れ。再び私達へ見せびらかす様に蠢き始める。
はは、まるで効いていませんよ――ってか??
お生憎様。
テメェのきったねぇ触手なんか遅過ぎて話にならねぇんだよ!!
何度でも切り落としてやる!!
「うへぇ。気色悪いなぁ……」
ユウの目の前。
切り落とされた触手が跳ね、円を描き、無意味な動きを見せていた。
触手に纏わり付く粘度の高い液体が緑の草に接着すると糸を引いてより嫌悪感を増幅させ。
何だか食欲が失せてしまう光景に此方の戦意が削がれてしまう。
まっ、何はともあれ……。
「これで、アイツは私達を敵とみなしたわね」
槍に付着した気色悪い液体を振り払って言ってやった。
「喧嘩を売る相手を間違えたな??」
「あぁ。遠慮なく葬り去ってやる」
「私に気味の悪い物を見せた。その事を後悔させてやりますわ……」
各々の闘志が昂り、魔力が上昇していく。
それは力の森の効果で魔力を抑え付けていても空間を湾曲させる程であった。
「…………」
それでも芋虫擬きは下がる事は無く。
寧ろ此方の闘志に惹かれる様に、地面を這って向かって来やがった。
「おうおう。あたし達を見て下がるどころか、向かって来るとは。良い根性してんじゃん??」
ユウの啖呵を聞いても奴は前進を止めない。
つまり、アイツは私達の事を現時点では餌と認識しているのよね??
ハハ……。馬鹿野郎めが。
お前さんは捕食者側では無く、食われる側なんだよ。
だけど、世界で一番偉い奴に咽び泣きながら頼まれてもあの虫を食おうとは思いませんけどね!!!!
「……」
奴の移動した軌跡にネタネタして妙な輝きをみせるナメクジが這った様なあの独特の移動痕が刻まれ、それを捉えたユウがあからさまに顔を顰めた。
「うっぇ。気持ち悪りぃ……。こっちに近寄るんじゃねぇ!!!!」
さぁ、先ずは我が家の牝牛の特大攻撃を味わいなさい!!
「これでも食らいやがれぇ!!!! 大地烈斬ッ!!」
大戦斧を地面に叩きつけて岩の大波を発生。
鋭利な岩が地面から飛び出して直進を続け、無防備な状態の芋虫の体を下から突き上げた。
直撃した刹那。
「……ッ」
芋虫擬きがが宙へと舞い、大地に落下すると。ビッチャァっと水気のある着地音を奏でた。
ボヨンボヨンした体にはやっぱし物理攻撃は余り効果が無いのかしらね??
「どぉよぉ!! …………。あらぁ、効いていない??」
鋭利な岩の先端は奴の胴体を貫く事は無く、単純に後方へと押し下げた形となった。
芋虫擬きが地面に着地すると再び此方へ向かって気持ち悪い移動音を放ちながらゆるりと前進を続ける。
「風よ、無慈悲に切り裂け!! 鎌鼬!!」
蜘蛛が風の刃を芋虫擬きに向けるが。
「……」
「やはり効果はありませんか」
ブヨブヨで柔らかい体表面はその刃の力を吸収して受け流し、風の刃は明後日の方向へと弾き返されてしまった。
「物理、魔法も効果は薄いわね……」
「先生。何か方法はありますか??」
「こういう時はね、昔から変わらない方法があるのよ??」
「それは何ですか??」
「勿論……」
「相手に勝る、強力な一撃を与えるのよ!!!!」
「あら、正解」
エルザードの声を受ける前に、芋虫擬きへと向かい突撃。
「ッ!!!!」
この突撃を待っていましたと言わんばかりに無数の触手が私に向かって来やがった!!
「でぇえい!!」
うねり襲い来る赤黒い触手を槍の切っ先で薙ぎ払い、叩きつけ。進路を確保しつつ前進を続けた。
よし!! 良いぞ、全て見切れるっ!!
「ふっ。負けていられないな!! ルー、続くぞ!!」
「ニュルニュル嫌だけどぉ……。うん、分かった!!」
リューヴとルーが突破口を開いた私の背後から続き、左右へ展開。
「あたしも、前に出るとしますかね!!」
幅の広い大戦斧の刃で触手を纏めて切断しつつユウが、亀さんも思わずコクンっと頷く。
遅くも速くも無い移動速度を維持しながら確実に芋虫へと向かった。
さぁ、どうする?? 芋虫擬き。
これだけの戦力、受け止められるかしら??
「…………」
無限に湧くかと思われた触手だが……。
大悪党共の攻勢を受けると僅かに力が揺らぎ始め、伸びて来る量が減少。私達はそれを見逃さず、一気呵成に巨躯へ近付いた。
おっしゃああああ!! このまま決めるわよ!!
もう間も無く攻撃範囲に届く、そう考えた刹那。
「…………ッ!!!!」
汚ねぇ乳白色の体の至る所にポッコリと穴が開き、その穴からなんと新たな触手が出て来るではありませんか!!
こ、この野郎っ!! 私達を敢えて呼び込みやがったな!?
「う、嘘!? ニュルニュル来るなぁ!!」
体の穴、先端の口から出現した赤き触手の群れが私達を襲う。
切り払って切り落としても次々と現れ。
此方の体を捉えようと気持ち悪くうねり、背筋がゾゾっとする形で這い寄り、喉の奥から悲壮な叫び声を放ちたくなる螺旋を描く。
「や、やだぁ!! 放してぇ!!」
芋虫の右側に展開したルーに触手が絡みつき、彼女の太腿を淫猥な液体で汚してそれは徐々に下腹部へと向かう。
「びゃっ!? ちょ、ちょっと!! 浮かさないでぇ!!」
左手の甲に装着した鉤爪で切り落とそうとするが両腕も拘束されて宙へと浮上。
このままだと彼女は芋虫擬きの口からずっちゅずっちゅと食べられてしまうので。
「ルー!! 動かないでよ!?」
「へ?? キャア!!」
大変カッコ良い私は上空へ颯爽と舞い、お惚け狼に絡みつく触手へ槍の激烈な一撃を見舞ってやった。
「いたた……。マイちゃん、ありがとう。助かったよぉ」
地面にペタンと尻餅をついた彼女が若干涙目で私の瞳を見つめて話す。
「あんたは気を抜き過ぎなのよ」
「マ、マイ!! 早く帰って来い!!」
私が抜けた所為で芋虫擬きの正面で懸命に大戦斧を振るユウへ向かう触手の量が増加。その結果、彼女は防戦一方であった。
息を荒げ、襲い来る触手の波に抗うものの。
「ぬぁああっ!! へ、変な所触んな!!」
おっとぉ。こいつはてぇへんだ。
触手がユウの南瓜に狙いを定めてモキュと掴むと、シュルシュルと巻き付き、剰えシャツの中から搾り取るような動きを見せてしまった。
ふぅむ……??
あの触手の仕草。どこかで見たような……。
あ、そうだ。乳牛から乳を搾り取る仕草だ。
向こうの大陸で街を通過する時、何とも無しに見たけども。
よもやこんな場所で再現されるとはなぁ。
「キャハハ!! や、止めろ!! そこは駄目だって!!!!」
可笑しな事を考えている場合では無かった。
このままでは我が親友の大魔王様達が搾り切られてしまう。
「せぇいやっ!!」
ユウの背後から回り込み、乳搾りを続ける淫らな触手を切り落としてやった。
「よっ、動けそう??」
「はぁ……。はぁ……。な、何んとか」
粘度の高い卑猥な液体がべっとりとシャツに付着し、両頬を真っ赤に染めたユウは見様によっては淫らにも見える仕方で息を荒げ。
「ふぅっ……。はぁっ……」
男性に要らぬ想像を掻き立てるドスケベな顔色へと変化してしまっていた。
う、うぅむ……。
まだ明るい内だってのになんて表情してんのよ。
「しっかし、奴さんの触手は厄介よねぇ。永遠に伸び続けて来るのかしら??」
「さぁな。ほら、来たぞ!!」
ちょいと真面な表情を取り戻したユウが声を上げると、芋虫擬きの口から再び生え伸びた触手が何の工夫も無しに私へと襲い掛かった。
「ふんっ!! 私に触るな!! 変態!!」
二本、三本纏めて切り落として首を左右に傾ける。
さぁて。
体も温まって来た事だし、そろそろ決めますか。
天才的な私は今し方ピッコォンとすんばらしい案が浮かんだのでそれを実行する!!!!
「リューヴ!! 正面に来なさい!!」
「了承だ」
芋虫擬きの左に展開していた強面狼を正面に呼ぶ。
「私の槍をあの口に捻じ込むわよ?? リューヴは私と一緒に突撃して触手を切り払い奴の口までの道を切り開いて」
「道を切り開くのは構わんが……。そこが弱点なのか??」
「乳白色の部分は跳ね返されるけど、体の内部への攻撃は流せないでしょ?? カエデ、蜘蛛!! 私が武器を捻じ込んだら奴の口目掛けて魔法を飛ばして!! 種類は任せるから!!」
背後へ振り向かずに叫ぶ。
「そう来ると思っていました」
「一々叫ばなくても聞こえていますわよ」
よっし。作戦は決まった。
後は実行あるのみ!!
「リューヴ!! 行くわよ!!」
「了承だ!! ずぁぁああああっ!!」
黄金の槍と漆黒の鉤爪の斬撃が纏めて触手を吹き飛ばす。
左右、上空そして超低空。
四方八方から襲い来る触手の波をかき分けて直進を続けた。
「リューヴ!! 右!!」
「分かっている!!」
互いの死角を消し合い、確実に一歩ずつ芋虫擬きへと向かう。
近付くにつれ、触手は速さと量が増すが……。
「たぁぁああぁ!!」
「ふんっ!!!! はぁっ!!」
死角を消して力を解放した私達の敵では無かった。
「おぉ!! あの二人、息ぴったりだね!!」
私達の超カッコイイ活躍を捉えたルーが明るい声を出す。
「戦闘お馬鹿さん二人ですからねぇ。カエデ、そろそろ行きますわよ??」
「うん。準備万端」
最後方の二人も準備が整った様ね!!
背筋がゾワゾワと泡立つ魔力が感知出来るし!!
「後、少し……!!」
「マイ!! 遅いぞ!!」
「五月蠅い!! これで……。どうだああああ――――っ!!!!」
最終防壁として展開した直角の触手の波を二人同時に切り払い、奴の口が目の前に出現。
き、きたぁぁああ!!
勝機は此処だっ!!
「お客様ぁぁああ!! 店内で卑猥な液体を零すのは……」
口の中に槍を捻じ込まれた不味いのか。
「ッ!!!!」
体の側面から無数の触手が私に向かって襲い来るが……。
「ぜぇああああ!!!!」
さっすが!! 頼りになるぅ!!
リューヴの鋭い鉤爪がそれを全て切り払い、私は全身全霊の力を籠めて黄金の槍の柄を握り締め。
「以後、お止めくださぁぁぁぁああああい!!」
気持ち悪い色の口内へ雷撃をぶち込んでやった!!
手応えありっ!!
「…………ッッ!!!!」
芋虫擬きも体内に直接攻撃を捻じ込まれて流石に堪えたのか。
体を大きく仰け反り始めて私達の攻撃に反応した。
「リューヴ!!」
「あぁ!!」
突き刺した槍を放し、リューヴと共に芋虫擬きから離脱。
「凍てつく氷の波動よ。敵を無慈悲に穿ち、その力を示せ。重氷槍!!!!」
「炎よ……。業火で敵を焼き払い、滅せよ!! 紅蓮牡丹!!!!」
巨人の胴体を穿つ氷の槍、大気を焦がす大火球が私の槍へ放たれ。
「………………ッ!?!?」
槍の柄、そして切っ先へと氷の槍と火球の威力が伝導。
内部へと侵入すると両者の魔力が混ざり合い、天にまで届く轟音が鳴り響き。芋虫擬きの体内から呆れた量の爆風が爆ぜた。
飛び散った肉片が空から舞い降り、大地を悪戯に汚す。
それは私達も例外では無かった。
「おえっ。くっさ!!」
消化中のナニかが私の目の前にベッチャと落下して悪臭を放てば。
「最悪……」
ユウの両肩にはベチャベチャの液体を纏わせた乳白色の体の一部が付着。
「うえぇ。べちゃべちゃだぁ……」
一番の被害を被ったのはルーであった。
形容し難い液体をモロに頭から被り。大小様々な肉片が肩をそして頭部を汚し。
これでもかと顰めている顔にも何とも言い難い色の液体が付着して、奴の可愛らしさは見るも無残な姿に変容してしまった。
「あはは!! ひっどい顔ねぇ!!」
そんな彼女の端整な顔に対して、私は指を差して笑ってやった。
「もう!! カエデちゃん達!! もうちょっと加減してよね!!」
その姿のまま後方に位置するカエデ達をキッと睨む。
「この森では加減が難しいのですわよ??」
「強力な魔法でも無いと撃滅する事は難しい。そう判断しました」
「う――……。臭いし、汚いし……。もう、ついてないなぁ」
悪臭放つ肉片を手で払い、粘度の高い液体を手の平で拭う。
「ルー。洗いますから、こちらへどうぞ」
蜘蛛が水色の魔法陣を宙に浮かべると。
「いいの!? 助かった――」
流れ出る水の滝に身を預けて気持ち良さそうに全身で享受した。
「お、ついでにあたしも浴びようかな」
「ちょっと、ユウちゃん。狭い――」
「あはは!! 気にするな!!」
狭い滝の中で戯れる二人の女。
こんな状況でも無ければ和むのだが、今はおちおち休んでいられない。
ベッシムから渡された背嚢を背負い、もう間も無く到着するであろう湖の方角へと進んだ。
「体洗ったら、出発するわよ」
「は――い。キャハハ!! ユウちゃんどこ触ってるの!!」
「ぬっ!? 貴様……。また少し成長……」
何やってんだか。
陽気な姿を見つめ、小さな溜息をついてやった。
「マイ、湖はそっちなの??」
「そうよ。湖まで後少しだから……。急ぐわよ」
周囲に漂う悪臭に顔を顰めているエルザードへそう話す。
この間にもアイツは苦しんでいるのだ。
私達の遅れが奴の命に関わるって考えると、大口開けていつまでも笑っていられないのよ。
「そう慌てないの。せめてユウとルーが体を洗い終わるまで待ちなさい」
「――――。はいはい」
逸る歩みを止めて大きな木の幹に背を預けた。
「いい子ね」
「うっさい。急がなきゃいけないの分かっているでしょ?? 時間が無いのよ、私達には」
エルザードから視線を離して話す。
「貴女が大丈夫でも他の子が大丈夫じゃないの。昨日から立て続けに色んな事が起こっているのよ??」
私がもたれている木の反対側で私と同じ姿勢を取る。
「分かってるわよ……」
私も頭では理解している。
けど、今朝見た夢が私を急かしているのだ。
アイツがどこか遠くに行ってしまう前に何んとかしてやりたい。逸る気持ちが抑えられない。
自責の念と後悔。
心に鬱陶しい靄が纏わりつき、払拭出来ないでいる事に憤りを感じていた。
「気持ちは分かるわ。でも、焦っても解決しない。それにもう直ぐ到着じゃない」
「うん……」
ふんっ!!
私よりちょいと長生きしている分、人の心を落ち着かせる台詞を吐くわね!!
今日だけはあんたの指示に従ってあげるわ。
美しい森の中に差し込む陽光を何とも無しに眺めていると、背後のドスケベ姉ちゃんが何だか強張った言葉を発した。
「……。ねぇ、マイ」
「何よ??」
「あの芋虫って。存在が確認出来たのは一体だけ??」
「幼少の頃は一体だけしか見ていないけど。それがどうしたの??」
まぁ見ただけであって、アイツには敵わないと逃げ帰った幼少期の苦い思い出は秘密にしましょう。
ひぃひぃ言いながら逃げ帰った後、奴の生態はベッシムと父さんから伝え聞いた。
あの芋虫擬きは基本単体で行動して、体の下に付いているちいちゃな足の先に生えた爪で木の幹へ己の縄張りを刻む。
そして、縄張りを荒らす者には容赦せず襲い掛かり。縄張りから出たとしても獲物に付着した己の匂いを辿って追い掛けて来る。
只、この森から出る事は無いらしいので。安全に眠りたければ森を出るしかないのだ。
「…………。どうやら騒ぎを聞きつけたみたいね」
木からひょいと顔を覗かせて彼女の視線を追う。
すると、エルザードの正面から新しい芋虫擬きが此方へやって来る姿を捉えてしまった。
「…………」
今も体を蠢かせ、その姿は感情を持つ生物に対して生理的嫌悪感を抱かせる。
「か、勘弁してよね!!」
た、只でさえ疲れ切っているのに。お代わりしなきゃいけないの……??
心の内を吐露して大きな溜息を吐き尽くした。
「先生どうしま……。もう一体ですか」
「うげぇ!! 新手かよ!!」
皆が私の様子に気が付いて駆け寄る。
「皆、動けそう??」
「正直、魔力が枯渇しています。連戦は厳しいですね」
「もうニュルニュルは嫌だよぉ――」
「愚問だな。新手が来ても、再び葬ればいい事」
エルザードの問いに対し、全員がちょいと疲労の色を滲ませた声色で返す。
実際私もかなりキツイわね……。
腕は赤子を持つのも辛い程の筋肉痛が襲い、足は情けなく微かに震えて、お腹ちゃんは今朝からずぅっと怒りっぱなしだもの。
「ん――。そっかぁ」
私達の言葉を受け取ったエルザードが無防備のまま芋虫擬きの前へと歩み出す。
「先生??」
「本当は生徒達の戦いに手を出しちゃいけないんだけど。時間も無いし、ぱぱっと片付けるわねぇ――」
「あんたねぇ。私達の戦いを見ていたでしょ?? パパっとで片付けられる相手じゃ……」
「ふぅ――。久々にちょっとだけ力を解放しちゃおっかなぁ」
「どわぁぁっ!?」
エルザードの全身から魔力の波動が溢れ出すと、その波動が私達の体を微かに突き抜け。零れ出る魔力が空間を湾曲させた。
「ちょ、ちょっと!! 魔力無いんじゃなかったの!?」
し、しかもこの場所でそれだけの魔力って!!
「大分回復したわよ?? ま、それでも今から放つ魔法で結構消費しちゃうんだけどね――」
左右に真っ直ぐ両腕を伸ばすと両手の先に眩い光を放つ魔法陣が浮かび上がり、そこから溢れ出す熱が私達の肌を悪戯に刺激する。
「うふふ……。さぁ、あなたの苦痛に悶える声を聞かせて??」
「おわがっ!!!!」
右手には漆黒の炎、そして左手には青い炎が浮かぶ。
炎が出現した刹那、常軌を逸した熱波が私達の体を突き抜けた。
あっつぅぅうう!!
こ、これだけ離れているってのになんて熱量なのよ!!
「双極炎衝獄!!」
体の正面で左右の炎を合一。
美しい熱の鼓動が渦巻き、その炎を持ったまま体を捻り背後へと引く。
ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!
そ、そんな馬鹿げた威力の火球を放ったら……。
「燃え尽きて死ね!! 汚らしい汚物が!! 極熱の炎に包まれ、頭を垂れ続けて後悔するがいいわ!!」
いやいや。
それをぶっ放そうとする事自体が間違いなのよ??
「あはははは!!!! は――はっはっはぁ――!!!!」
だ、駄目だ。完全に我を失っている。
昂る魔力の波動に身を任せちゃってるわね……。
もっと下がろ――っと。
そして、芋虫擬きも私と同じ考えに至ったのか。エルザードの大火球を捉えると。
「……ッ!!!!」
こいつは不味いと考え。
踵を返してモッコモッコと森の奥へと移動を開始。
昂りに昂った淫魔の女王様はその背を捉えるとニィィっと大変恐ろしい表情を浮かべてしまう。
「さぁ……、汚物の塊よ。覚悟は出来たかしら?? 忘却の彼方へ……。消え失せろぉぉおお!!!!」
背後から正面へ両手を素早く突き出し、黒と鮮やかな青が混ざり合う炎の渦を発射した。
「う、嘘で……」
淫魔の女王様の御怒りが芋虫擬きに着弾した瞬間。
「きゃぁぁああああ!!!! アデチッ!?」
鼓膜を穿つ恐ろしい衝撃音が発生し、網膜が焼き焦げる程の閃光が迸り。
私の素敵な体は襲い掛かる爆炎の熱と桁外れの衝撃波によって後方の木の幹へと吹き飛ばされてしまった。
火柱が天高く舞い周囲の木々の表面を燃やす。
焦げ臭い匂い、肺が火傷しそうな程の熱量。
常軌を逸した威力に敬意を通り越して、只々呆れた。
これが……。
エルザードの本気。
この森で魔力が抑えられてこの威力なのだから……。
本来の威力を想像すると血の気が引いてしまうって……。
「ふぅ。お――しまいっ」
彼女がルンっと小振りな尻を動かして指を鳴らすと周囲の炎の残骸が消え失せる。
「ば、ばっかじゃないの!! もっと抑えなさいよ!!」
大変痛むお尻を擦りながら立ち上がり、一切躊躇せず文句を言ってやった!!
まかり間違えれば私達だって巻き込まれる恐れもあったんだし!!
「これでも抑えた方よ??」
細く美しい手で服の埃を払いながら、一切悪びれる様子も無く話す。
「先生。手加減も必要ですが、背後にいる私達の体の事も考慮すべきかと思われます」
「カエデちゃんの言う通りだよ!!」
「おいそれと撃って良い物ではありませんでしたわねぇ」
「馬鹿げた威力だな」
「あんた達、少しは敬いなさいよ……」
散々で辛辣な言葉に流石のエルザードも辟易していた。
「ゲホッ……。あたしが一番の被害者だぞ」
どうやら爆風によって吹き飛ばされた木がユウの体に直撃したみたいね。
お腹ちゃんに圧し掛かる倒木を押し退け、まるで寝起きの様な所作でユウが立ち上がるが。
それで怪我一つ負っていないのはどうかとは思う……。
「兎に角、前進しましょ?? 湖まで目と鼻の先みたいだから」
「はいはい。皆、行くわよ」
炎の残り香を背に受けて湖へと向かい始めた。
「はいよ――っと。ん……?? 胸元が破れてしまった」
「ユウちゃん、下着見えているよ??」
「後で着替えるか――」
全く、呑気なもんねぇ。
集中しなさいよ。そう声を大にして言ってやりたいのをぐっと堪えた。
湖まで後少し……。
ボケナス、待っていなさいよ?? もう少しの辛抱だからさ。
脳裏に浮かぶ彼の面影にそう言い放ち大地を踏みしめて、間も無く到着するであろう湖へと向かって最後の進撃を開始した。
最後まで御覧頂き有難う御座いました。
力の森攻略編はこれにて終了です。そして、次の御話では狂暴龍の父親が初登場致します。
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