第百七十五話 トラウマは食べて治しましょう その一
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
それでは、どうぞ！！
幼き頃に受けた精神的な痛みかそれともアイツが放つ圧の所為なのか。
槍の柄を掴む手にじわぁっと汗が滲み、少しだけ緊張した呼吸の回数が増えてしまう。
誰だってあんな馬鹿げた大きさの熊が突如として出現すれば後ろ足加重になって、居る筈も無い救いの神に下らねぇ祈りでも捧げて脱走を図るであろう。
それは極普通の人が取る行動であり。私は神を信じる処か、その神様に向かって往復ビンタをブチかます不届き物なのよ！！
そして何より、幼少期のトラウマを克服する為に私は昔の私を越えてみせるっ！！
「デカ物め！！ これでも……。食らいなさい！！」
今も両足で立つ熊の足元目掛けて自慢の脚力を炸裂させて駆け出す。
中途半端な距離で戦ったら背の低い私は不利。だが、攻撃の振りの大きい奴の懐へと入った超接近戦なら私に分がある！！
これだけの身長差。不利を有利にする為にも活かさない手は無い！！
「グルアァッ！！」
低い姿勢で突貫する私に向かって体に纏わり付く蝿を振り払う様に鋭い爪を振り回す。
「遅いわよ！！！！」
速さで掻い潜り、絶好の位置に体を置いた。
いよぉっし！！ 先ずは様子見だ！！！！
「食らぇぇええ！！！！」
脚力を解放して伸びあがった勢いを活かし、槍の穂先を下段から上段へ突き上げてやる。
鋭い先端は体毛を掻き分け肉へと到達。
そう、到達したのだが……。
「かってぇ！！」
柔らかい肉の感触処か、硬い岩石を突いた感覚が手元にじぃんっと広がった。
「あんたどんだけ馬鹿げた装甲してんのよ！！ どわぁっ！？」
「ガァッ！！」
頭上高くに聳える黒き顎へ向かって文句を言っていたら野太い右前足が降りて来やがった。
慌てて屈んで避けると、後頭部の空気が吹き飛び。肝がヒェェっと、大変尻窄む通過音が鼓膜に届いた。
太い腕から繰り出される攻撃力は抜群！！ だけど……。
当たらなければ何ともない！！ この距離を維持して戦う！！
「まな板！！ 遊び過ぎですわよ！！ 食らいなさい！！」
熊の背後から蜘蛛が急襲。
後ろ脚の右脚へ小太刀を叩きつけると、斬撃が確実に肉を切り裂く鈍い音を捉えた。
今の音……。通ったか！？
「…………。かった！！」
そうは上手く行かないのが世の常。
蜘蛛の小太刀も私同様、無情にも弾き返されてしまう。
槍の穂先も小太刀の刃も通らぬ装甲。
こりゃ本気で骨が折れそうだ。
「グルル……」
「鬼さん、此方ですわよ？？」
蜘蛛の攻撃の方がちょっと痛かったのか。
熊が鼻に大きな皺を寄せて私を無視して蜘蛛の方へ振り返る。
「おいおい……。私を無視するとは、どういう了見よ？？」
ずんぐりむっくり丸々と太った尻へと言ってやる。
私ならい、いつでも始末出来るってか！？
「貴女の槍では痒いそうですわ。やはり、私の得物の方が優秀なのですわねぇ」
熊越しに鬱陶しい目を私に向けて来やがる。
上等ぉ！！
やってやろうじゃないの！！
「灼熱火輪！！！！」
森が燃えようが、此処で魔力が尽きようが知った事か！！
この熊さえ倒せればそれで良し！！
魔力を解放して槍に業火を宿し。
「おらぁ！！ 食らいやがれ！！ 無駄にデケェケツがぁぁああ！！」
私に向けている臀部へ上段から切りつけてやった。
「グオォォオオッ！！！！」
おっ！？ 通ったじゃん！！
物理中心の魔法はそこまで効力が損なわれない様だ。
切っ先は濃い体毛で覆われた臀部をスパッと切り裂き、穂先を振り抜くと鮮血が地面へ飛び散った。
「へへん。どうよ？？」
「ガアアアアアァァッ！！！！」
臀部の痛みが熊の憤怒に火を灯してしまったようだ。
立ち上がると振り向きざまに横一文字で鋭い爪を薙ぎ払って来やがった！！
「やっば！！ おぐぇっ！！」
油断大敵とは正にこの事。
槍の柄で受けたのは良いが、体重差とあの有り得ない腕の筋力で私は紙屑の様に吹き飛ばされ。
「ヘブチっ！！」
後方の木の幹さんへ豪快に叩き付けられてしまった。
後頭部に受けた衝撃によって目からキラキラに輝くお星様が飛び出して、刹那に呼吸が停止。
我が親友と同程度の攻撃力に立ち上がれずにいた。
「くっ……。やるじゃ……。げぇッ！！！！」
「ググゥゥウウオオオオッ！！！！」
木の幹さんに背を預けている私に向かって有り得ない巨躯が馬鹿げた速度で駆けて来やがった！！
おいおい！！ この体勢だと、攻撃を受けられないわよ！？
慌てて立とうとするが足に力が入らない。
「まな板！！ 立ちなさい！！」
「やってるわよ！！」
おぇっ、しまった。蜘蛛に返事をしてしまった。
「グルアァアアァア！！！！」
あはは。やっばい。
開かれた大きな口の中に生え揃う恐ろしい鋭い牙が眼前に迫る。
座ったまま槍を中段に構え、抵抗の意思を見せるが。
「くそうっ！！」
この体勢じゃあムシャムシャと無残に食われるのが関の山だ！！
ち、ちくしょう！！ 動きなさいよ！！ 私の足ちゃん！！
襲い掛かる熊の口に槍の穂先を捻じ込んでやろうと丹田に気合を籠めて待ち構えていたが……。
「…………。大地烈斬！！！！」
熊は地面から突き出た岩の波の直撃を真面に横腹へ食らって私の左側へと吹き飛んで行った。
この力任せの技……。
そして、私の心を何処までも癒して力付けてくれる最高な声！！
「遅いわよ！！ ユウ！！！！」
呆れた高さの岩がさぁっと崩れ落ち、その先に居る我が親友へ向かって声の限りに叫んでやった。
「――――。へへっ、主役は遅れて登場するもんだろ？？」
私の声に呼応する様に木々の間から深緑の髪が出現。
大戦斧を右肩に担ぎ、人差し指で鼻頭を得意気に擦っている。
ちょっとだけ疲労の色が隠せない顔色だけどぉ……。見慣れても見飽きない顔を捉えると、目の奥がじぃんっと温かくなってしまった。
も、もう！！
最高な機会で登場してぇ！！ ずるいのよ！！
「だ、誰が主役だって？？」
右手の甲で目の淵に溜まる嬉しい雫を拭って立ち上がり。
「勿論、あたしさ。手ぇぇっ！！」
「おおぅっ！！！！」
右手同士を合わせて乾いた音を響かせてやった。
くぅっ！！ この感触！！ 堪らん！！
「先生。遅れました」
「マイちゃ――ん！！ お待たせ！！」
「たかが熊一頭に何を手間取っている……」
その音を皮切りに次々と頼もしい仲間が木々の合間を縫ってやって来る。
「ふんっ。別に手間取って何かいないわよ」
いつもの面々が一堂に会し嬉しい反面、ちょっと要らぬ小言が玉に瑕だ。
ま、それが私達らしいんだけどさ！！
「……。グルル」
「あらまぁ。あたしの一撃を食らっても普通に立つのか」
呆れた顔でゆるりと立ち上がる熊を見つめる。
「ここの生物は普通じゃないのよ」
「知っているよ。此処に来るまでの間、デカい飛蝗の死体を見て来たし。あれ、マイ達がやったんだろ？？」
「そうですわ。私の華麗な技で撃退したのです」
誰もあんたに聞いていないし、答えろとも言ってねぇ。
「大きさで強さは図れん。この熊の実力はどれ程の物か。見せて貰おう！！」
リューヴが地を駆け、一陣の風となり熊へと向かう。
「グルアァ！！」
頭上、天高く熊の一撃がリューヴへと降り注ぐ。
「遅い！！」
素早く右に避け、すんばらしい力が籠った右の拳を熊の丹田へ打ち込む。
「ゴアッ！！」
うぇ、痛そう。リューヴの本気の突きか。
想像したくないわね。
流石に堪えたのか。熊が口から粘度の高い涎を吐き出して彼女から数歩後退。
此処へ来て初めて見せた弱みに、この場にいる全員の目がギラリっと光った。
「今度はあたしの番！！」
ユウが続け様に己の間合いへあの巨躯を入れて拳を握る。
「ガァアアァ！！」
リューヴの一撃を食らっても尚闘志は陰りを見せる事無く。
爆乳娘を視界に捉えると筋力を解放して高く掲げた右腕を叩きつける。
「来い！！！！ ふんがっ！！！！」
そして何を考えたのか知らんが。我が親友は両腕を頭上へと掲げて交差させ、熊の痛撃を驚くべき腕力で受け止めてしまった。
刹那。
ユウの足元の地面が凹み、熊の一撃が真面では無いと知らせる。
「いて――。中々の剛力。だが、あたし達の連携を嘗めて貰っちゃあ困るなぁ？？」
「その通りっ！！ 熊ちゃん！！ お代わりだよ！！」
怪力爆乳娘の後方からルーが熊の頭上より高く飛び、重力による加速と己の全攻撃力を加算させた踵を肩へ打ち降ろす。
「ゴッフッ！！！！」
「かった――い！！」
多少は効いた様だが、体重差を考えると余り効果的な攻撃とは言わないわね。
やっぱり此処はぁ……。
一撃必殺でしょ！！
「く……。ぐぬぬ……。我、龍族の名に懸けて……。敵を討つ！！！！」
右手に魔力を流し込み、炎の槍を召喚するが……。
いつも感じる熱波よりもそして威力も弱っちく感じてしまう。
くそっ！！
魔力が溜まりにくいったらありゃしない！！
「グルル……」
私の迸る魔力を肌で感じたのか、熊が狂気に塗れた瞳で私の瞳を捉えた。
ちぃっ……。
簡単には溜めさせてくれないか。
「マイ。時間を稼ぎます」
カエデが私の前にすっと出て熊と対峙。
「本意ではありませんが、致し方ありませんわ」
そして、蜘蛛もカエデと肩を並べた。
「アオイ、行きますよ？？」
「えぇ……！！ 重ね鎌鼬！！」
蜘蛛が鮮やかな緑色の魔法陣を浮かべると複数の風の刃を放射。
切れ味の鋭い風の刃は空気を切り裂きながら熊へと直進するが、アイツも只待つばかりの馬鹿では無い。
「ググッ！！」
襲い掛かる刃に対して鋭い爪を振り翳そうと右手を大きく振り上げると。
「水よ、抗う敵を拘束して下さい。水鎖拘束！！」
風の刃を振り払おうと体勢を整えている熊の足元が淡く水色に輝き。魔法陣の中から水の鎖が現れ熊の動きを封じた。
「グォアオァォ！！」
隆起する筋肉で水の鎖に抵抗するが。
「ガッ！！」
風の刃が直撃して体が僅かに揺らぐ。
この隙を見逃す程……。私は甘くないわよ！？
「宿れ！！ 私の闘志！！」
右手に召喚した炎の槍を黄金の槍に合一。
「ぐっ……くっ！！」
魔力が底を尽きそうだ。
集中よ……。集中して魔力を高めなさい！！
己にそう言い聞かせて今出来る精一杯の形を完成。
「敵を穿て！！ 覇龍憤炎槍ッ！！」
強烈な業火を宿した黄金の槍を大きく振りかぶり、左手で的を絞った。
さぁ……。トドメと行きますか！！！！
「食らぇぇええ――！！！！」
右腕の筋力を爆発させて槍を投擲。
空気の壁をいとも容易く突破し、美しい炎の残像の尾を引いて熊へと直進する。
「ガッ……。ウガっ……」
私の放った槍は胸を突き破って後方の地面へと突き刺さり。向こう側の景色が御目見えとなった。
爆発しないのは魔力が抑えられている所為か……。
どうせならドカン！！ と爆ぜればいいのに。
何だかちょいと格好悪い勝利の光景ね。
「…………」
熊は力無く倒れ、胸から多量の血を流して漸く絶命へと至った。
「はぁ……はぁ……。つっかれたぁ！！」
地面に足を投げ出し、空を仰ぐ。
もう、駄目。
魔力も体力も限界だ。
それに腹が減り過ぎて頭がおかしくなりそう……！！
「何だ？？ だらしがないぞ？？」
ユウが頭上に立ち、汗で程良く蒸気した顔で見下ろす。
可愛く頬を朱に染めちゃってまぁ――……。
控え目に言っても可愛過ぎるだろ！！
「あんた達と違って、連戦してるのよ。もう――駄目。動けない……」
「ここで一晩過ごすか。もうすぐ暗くなりそうだし」
ユウの言葉を受けて木々の枝の合間から覗く空を見つめると、黒と赤そして青が入り混じり一日の終わりを告げようとしていた。
此処で休んでもいいけど……。ボケナスの事もあるし……。
もうちょっとだけ進んだ方がいいわよね？？
「はぁい。今日は此処で休むわよ――」
何んとかして移動を開始しようとするが、淫魔の姉ちゃんが待ったの声を上げる。
「主が苦しんでいるのだ。先を急ぎたいのだが……」
その声を受け、リューヴが顔を顰めた。
「水先案内人のマイが余命幾許の御婆ちゃんみたいに倒れているし」
「誰がお迎え間近だ！！ 全然ピンピンしているわよ！！」
お腹は減っているけどね！！
「それに私達もかなり体力を消耗しているわ。湖に近付くにつれて敵も強くなるみたいだし。休む時はしっかり休んで、行くべき所はしっかり進む。メリハリを付けないと体が持たないわ」
「…………。分かった。従おう」
「ユウ――。私お腹ペコペコなんだけど？？ 何か食べ物持ってない？？」
「ん――……。ごめん、何も無いや」
肩から掛けている鞄の中身を探るが、出て来るのは傷薬や包帯等食べられない物ばかり。
「な、何か食い物……。何でも良いわよ……」
「あたしも腹減ってるんだ。我慢しろ」
「肉が食べたい！！！！ 魚が食べたい！！！！ 甘い物！！！！」
心の中に渦巻く欲望を一切躊躇せず宙へ向かって叫んでやる。
ここが王都の屋台群だったら……。
走り回って、買いまくって、腹がはち切れる位食ってやるのだが……。
くそう。
あの人混みの中で汗塗れになって買い食いしている姿が恋しいや。
ボケナスを治したら沢山驕らせてやろう。
それこそ財布が悲鳴を上げる位に。
取り敢えず水でも。
そう考えて芋虫の動きを模倣してえっこらよっこらと背嚢へ向かって行くと。
「…………。肉ならあるじゃないですか」
カエデが蚊の羽音よりも小さな声を出す。
「へ？？」
お尻をクンっと上げた状態で彼女へと振り返る。
今、何んと仰いました？？
「ほら、あそこ」
賢い彼女が指差したのは胸にぽっかり穴が開いて倒れている熊。
お、お、おぉぉおお！！
「そっかぁ！！ 仕留めたからには、食べないとね！！」
鶴の一声に心がキャアキャアと嬉しい声を上げてしまった。
目の前に食物が転がっているのに気が付かないなんて……。
玄人失格だわ！！
「丁度、血抜きも終わっているわね。解体は私が担当するわ。カエデとアオイは肉を食べ易い様に捌いて。ルー、リューヴは薪を集めて来る。マイは火の当番、ユウは土中の鉄を集めて鉄板を作りさない」
エルザードが的確な指示を送る。
こういう姿を見ると、上に立つ者だなぁとは思う。
普段のだらけて超絶淫猥な姿とは違い過ぎるから、余計にそう映るのかしら？？
「エルザード、肉の解体なんか出来るの？？」
「勿論よ。小さい頃は自分一人で、何でもやっていたのよ。それにこれ位出来ないと夫を支える者として恥ずかしいじゃない？？」
「熊を仕留める夫なんかそうそういないわよ」
「レイドなら仕留めてくれそうだし？？ 私とぴったりだとは思わない？？」
意味深な横目でお尻をクイクイっと動かして移動している私をちらりと見る。
「喧しい。いいから早く解体しなさい」
「はいはい。そう急かさないの」
ふんっ。
兎に角、御飯だ！！
心が躍ると同時に腹の虫が盛大に鳴く。
うぉう……。
こんなにデカイ音が鳴るのは超久し振りかも……。
「…………。余程お腹空いているのね？？」
ちょいと離れた位置で解体作業に取り掛かっているエルザードが此方へ振り返り、目を丸くする。
「五月蠅い……」
バツが悪くなり、視線を逸らしてやった。
しょうがないでしょ……。
腹ペコなんだから。
慙愧に堪えない想いを胸に抱き、我が背嚢へ辿り着くと竹製の水筒を取り出し。何とも言えない感情を誤魔化す為、一気に飲み干してやった。
お疲れ様でした。
狐の女王様や淫魔の女王様等、昔行動を共に続けていた五名が勢揃いしましたので身長等細かい数字を掲載させて頂きます。
身長 低い方から
尻尾三本時イスハ＜フォレイン＝ミルフレア＜エルザード＜フィロ＝尻尾が八本以上のイスハ
体重
尻尾三本時イスハ＜エルザード＜フォレイン＜ミルフレア＜フィロ＝尻尾八本以上のイスハ
彼女達の冒険はとある人物の下で始まるのですが……。
その御話の掲載はまだまだ先の予定になります。
私的にも彼女達の冒険を執筆してみたいなぁと考えてはいるのですが、何分本編が進まなくなる恐れがありますのでおいそれとは手を付けられないのが現状で御座います。
それでは皆様、お休みなさいませ。
