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第百七十四話 過去のトラウマとの再会

お疲れ様です。


本日の投稿になります。区切ってしまうと流れが悪くなる恐れがありましたので長文になってしまいました。


それでは御覧下さい。




 鳥達は上空に流れる風に乗り翼をはためかせ悠々と空の散歩を楽しむ。


 地上で蠢く生物達へ歌声を放ち、その声を受けた生物は羨望の眼差しで地平線の彼方へ飛び行く彼等を見送るのだ。



 あたしは地上から楽し気に飛ぶ彼等を見上げ、空を飛ぶ気持ちはどんな感じなのだろうと常々考えていた。


 頬に感じる風の圧は?? 鼻腔に届く風の香りは?? そして、両の眼に映る素晴らしい景色は……。


 幼い頃から想像を膨らませていた出来事が、よもやこうして現実に体験出来るとは思いもしなかった。



「うひょ――!! きっもちいい!!」


「ちょ、ちょっと!! ユウさん!! あんまり暴れないでください!!」



 ピナが大声を上げてあたしの行動を御する。


 こんな時に不謹慎かと思うが、それでも湧き起こる高揚を抑えきれなかった。



「だってさぁ、いつか空を飛んでみたいと思っていたんだぞ?? それが現実となれば気分も上がるだろう??」


「それは分かりますけど……。今落ちたら海のど真ん中ですよ!?」


「気にしないって!! ほら、もっと速く飛んでよ!!」



 斜めに傾いた籠の中で体をちょいと大袈裟に揺らすと。



「キャアッ!! もう!!」



 彼女は大きな目を見開いて籠の中から覗くあたしの頭をパチンっと叩いてしまった。



 ギト山から飛び立ち早数時間。


 アイリス大陸は彼方へ消え失せ、朝日が昇った今もあたし達は海を横断していた。


 只管西へ。


 狐の女王様の指示通りに飛んでいるが、未だにガイノス大陸の片鱗は見えて来なかった。




「よぉ!! ルー!! そっちはどうだ!?」


 あたしの右側。高揚感全開の顔で風を受け止めている狼へ叫んでやる。


「最高だよぉ!! ずっと飛んでいたいね!!」


「だろうぉ!?」


「ずっとは勘弁して下さいよぉ」


 背中から聞こえたピナの苦言は風によって後方へと流されて行き、あたしはずぅっと遠くまで続く空の空中散歩を堪能していた。





 ――――。



 全く、主の一大事だというのに。不謹慎な奴らだ。


 私の後方からこの状況に相応しくない陽性な感情の声が届くと大きく溜息を吐き尽くし。



「すまない。疲れていると思うが、もう少し頑張ってくれ」



 私の籠を運んでいる男性のハーピーへ一言声を掛けてやった。



「大丈夫です……。少し疲れましたが、まだまだ飛べますよ」



 それは痩せ我慢であろう。


 額に汗を浮かべ、懸命に翼を動かしてはいるが。飛び立った時に比べ徐々に高度が下がっている。


 交代で飛翔しているが彼等の体力は有限なのだ。


 このままでは海に墜落しかねないぞ。



 海面上に波打ち白む波飛沫の欠片が風に乗って私の鼻腔に届き、その微かな香りが刻一刻と強まる中。



「…………。見えました!!」



 カエデの陽性な声を受けて視線を前に戻すと、地平線の先に黒い塊が朧に見えて来た。


 あそこが、ガイノス大陸か。


 マイの生まれ故郷。そして、主がいる大陸……。


 そう考えると気持ちが逸るのは当然の理であった。



「ピナァ!! 見えて来たぞ!! もっと飛ばせって!!」


「無理言わないで下さぁい!!!!」



 ふっ。ユウも私と同じ気持ちなのだな。


 早く、主を救おう。


 私達はその為にあそこへ向かっているのだから。









 ――――。



「…………し、死ぬかと思いましたぁ」



 数時間振りに地面へ両足を着けると同時にピナが力無くヘナヘナと崩れ落ち、顔を真っ赤に染めて荒い呼吸を続け。


 他のハーピーも彼女同様息も絶え絶えに倒れ込んで天を仰いでいた。



「ここが……。マイの生まれ故郷か……」



 そんな彼女達を尻目にあたしは眼前に広がる大地を眺めて感慨深く頷いた。


 澄んだ空気に何処までも広がる青空、そして彼方に見える森らしき美しい緑。


 このまま大自然を可能な限り視界に焼き付けていたいのだが。


 今は状況が状況だし。我が親友の生まれた土地を堪能するのは後にして……。



「カエデ。これからどうする??」



 大自然からクルっと方向転換して背後の大きな門を見つめて話す。


 此処が恐らくマイの家……。じゃあ無くて城だろう。


 石作りの立派な壁は雨風に晒されて黒ずみ、城内からは強き魔力が三つ確認出来た。



「城内にアレクシアさんが休んでいると思われます。ハーピーの皆さんを此処へ預け、我々はマイ達を探しに出発……」



 カエデが城門を開こうと藍色の髪を揺らして歩み出すと。



「――――。お待ちしておりました。私はこの家の執事を務めておりますベッシムと申します」



 一人の壮年の男性が中々格好良い所作で城門を開いて静かな足取りであたし達の下へと歩み来た。



「初めまして、ベッシムさん。私達はマイさんの友人である……」


「カエデ様、で宜しいですね??」



 カエデが自己紹介を終えるよりも早く、柔和に口元を曲げて彼女の名を言い当てた。



「マイ様から用件は伺っております。ハーピーの皆様、傷ついた翼を此方で癒して下さい」


「た、助かりますぅ――……」



 ピナの背に生える茶の翼は所々傷付き、何枚かの羽が地面に落ちているし。あの状態で此処から帰るのは厳しいだろからな。



「有り難う御座います。レイドの状況は如何でしょうか?? それと、マイさん達は何処へ向かって行ったのか教えて頂ければ幸いです」



 カエデがベッシムさんの柔らかい表情を見つめて問う。



「幸いな事に現在あの発作は小康状態です。もしも発作が起これば私とフィロ様が治療に当たらせて頂きます」



 ほっ、良かった……。


 彼から言葉を受けてほっと胸を撫で下ろして肩の力を抜く。



「そして、マイ様達は御父上を探しに力の森を抜けた先にある湖へと出発されました」


「「力の森??」」



 あたしとルーが声を合わせて尋ねた。



「左様で御座います。魔法の使用が困難になり、また例え詠唱出来たとしてもその威力が抑えられてしまう摩訶不思議な森で御座います」



 お、おいおい。


 そんな森が在るのかよ。この大陸には……。



「その森は何処……」



 カエデが再び彼に尋ねようとした刹那。



「……っ!?」



 遠くに見える緑の塊へ向かって鋭い勢いで振り返った。



「カエデ、どうした??」



 リューヴがその視線を追って話す。



「先生の魔力を感知しました」


「ほぉ……。この微かな魔力の波動を捉えるとは……。流石で御座いますね」



 あたしは微塵も感じ無かったけど……。


 エルザードの魔力は桁違いなのにそれを感じ無いって事は、力の森がそれを抑え込んだって事の証明だよな??


 それと……。



「エルザードが魔法を使ったって事はさ。戦闘が開始されたって事だよな」



 そう。それしか考え付かないんだよ。


 あの姉ちゃん、誰構わずぶっ放しそうだし。



「私もユウの意見に賛成です。では皆さん!! 移動を開始しますよ!!」



 カエデが目的地である微かに見える緑へと向かっていつもより大股で進み始めた。



「よし!! じゃあ、あたし達も向かおう!!」



 籠の中から必要最低限の装備と道具を背嚢に入れると、彼女の小さな背に続く。




「皆、有難うね――!! 助かったよ!!」



 軽く弾む様に歩くルーがハーピー達へ手を振る。



「い、いえいえ。お役に立てて光栄ですぅ」


「今度、美味い飯でも食いに行こう!! あたし、良い店知っているんだ!!」


「それは楽しみですね……」



 今は食事より、休息の方が必要みたいだな。


 そりゃそうか。


 一晩中飛び、人一人を抱えて海を越えて来たのだから。



「湖へは力の森へと入り、西へ向かえば到着します。そして、私の想像ですが。マイ様達が派手に暴れていますのでその力を辿れば自ずと合流出来ましょう」



 小走りで駆けて行くあたし達の背に向かって彼が有難い情報を送ってくれた。



「ベッシムさん、有難うね!! ピナ達の面倒を見てやって下さい!! じゃ、行ってきま――す!!」



 彼に、そしてあたし達を此処迄運んで来てくれた彼女達に対して元気良く別れを告げてマイ達の下へと向かう。



 よっし!!


 マイ、あたし達もやっと到着したぞ。


 直ぐに追いつくから良い子にして待ってろよ??


 そして、レイド。マイの父さんを連れ戻してやるからそれまで頑張れよな!!


 生い茂る草を踏み、新鮮な空気を肺へ取り込んで気持ちを切り替えると。遠く見える緑へと向かって前進を続けた。






















 ◇




 地面から生え伸びる木々の合間。頭上高くから陽光が差し込み、大地に生える緑へ柔らかい温かさを届け。空からの贈り物を受けた森は静かに成長を遂げる。



 数多くの生物が棲むこの森は弱肉強食の世界を忠実に体現した場所である事は間違いない。



 幼少の頃は何も考えずに遊び感覚でこの森で遊びそして、生物界の本当の厳しさを知った……。


 今思い返せば良く生きていたなぁと思う。


 もし、私の子供が此処に行きたいと言ったのなら全力で止めるかも知れない。


 この森で弱者は食われる運命。


 それ程危険に満ちた場所なのだ。



「そっちへ行きましたわよ!!」


「よっしゃぁぁああ!! 掛かって来いやぁ!!!!」



 皇帝さん其の三が私に向かい。肝っ玉が冷えに冷えてしまう速さで突撃を開始。


 此処で尻窄む様じゃ、ボケナスに笑われちゃうわよ!!



 回避?? 躱す??



 そんな女々しい行動は排除!! 超格好良く前へ向かって飛び出すのがぁ、玄人ってもんよぉ!!



「でやああああ!!」



 呆れたデカさの皇帝さんと交差する刹那。


 互いの加速で得た力を利用して、黄金の槍の穂先で顎から胴体を深く切り裂いてやった。



 指先、そして掌に感じる痺れたこの感覚……。



 勝利の感覚を確かに掴み取った私は穂先に付着した体液を地面へ払い落す。



「ギッ……。ギギッ!!」



 巨躯に生える節足を数度バタつかせ、複眼の力強い輝きが消失すると漸く絶命へと至った。


 これでやっと二匹目……。



 先程、エルザードが何の考えも無しに放った魔力に引き寄せられたのか。


 それとも私達が彼等の縄張りに足を踏み入れてしまったのか。



「「「……」」」



 五体の皇帝さんが私達を囲んでいた。


 此処で気を抜いたら確実に命を落とす。


 集中力、そして闘志を燃やして悪戯にギチギチと強力な顎を動かす彼等に対して黄金の槍を中段に構え直した。



 全く……。向こうの大陸が恋しくなるわね。


 森の中を歩いてもこぉんなべらぼうな化け物はいないのだから。



「残りは五体。気合入れなさいよ!!」



 私の背でちょいと荒い呼吸を続けている蜘蛛へ発破を掛けてやる。



「貴女に言われなくても、分かっていますわよ!!」



 それはど――だか。


 こいつは乱戦、タイマンには結構強いが。体力並びに体格の所為もあってか長期戦は不向きなのだ。


 昨日の蛇の女王との激戦、ボケナスの治療、そして馬鹿げた速度での移動に続く連戦。


 世界最高の体であるこの私でも疲労はヒシヒシと感じているので、蜘蛛の場合はもっと色濃くそれを感じているであろうさ。



「「ギィッ!!」」



 そのほっせぇ体を噛み千切ろうと二体の皇帝さんが、一方は上空。そしてもう一方は地面と平行に飛翔して蜘蛛に襲い掛かった。



「ふぅ……。行きますわよ!? 暁っ!!!!」



 瞬き一つの間に小太刀二刀を召喚。



「ギギッ!?」



 上空へ飛び出した一体は蜘蛛の糸に引っ掛かって身動きが取れず。




「せぇいっ!!!!」



 地面と平行に襲い掛かって来た一体は鋭い刃面の餌食に。


 そして。



「これで……。お終いですわ!!」



 空中で糸に捕らえられた皇帝さんへ小太刀の一刀を投擲。



「ギィィッ!?!?」



 鋭い切っ先が胴体深く突き刺さると、野太い節足がダラリと弛緩して複眼の輝きが消失した。



 襲い掛かって来た二体の皇帝さんを瞬殺、ね。



 どうやら私が手を差し伸べる程、参ってはいないみたいだ。


 情けねぇ体力面も少しは向上したじゃないか。



「エルザード!! さっきから手、動いていないわよ??」



 私と蜘蛛の間で呑気に構える彼女に言ってやった。



「動かしているわよ。けどぉ、攻撃がぁ、効かなくてぇ」



 その甘ったるい声を止めい。


 まぁ、魔法が効かないから仕方が無いとは思うが。


 もう少し補助と言うか、援護が欲しいところね。


 カエデだったら……。


 足止めや、ココ!! という時に補助的な攻撃魔法を仕掛けてくれるし。



 今居ない友人に頼るのは止めだ。


 自分自身の力を以て窮地を脱出するんだよ!!




「まな板!! 行きましたわよ!!」


「うっせぇ!! 分かってるわ!!」



 正面、二体!!



「ずぁぁああっ!!」



 襲い掛かる皇帝さん其の二に痛烈な中段突きを打ち込む。


 分厚い装甲の硬い感覚そして甲殻突き抜けると、肉を突き抜けて行く柔らかい感触が掌を通して体に流れ込む。



「ギギッ…………」



 よし……。


 続いてもう一匹を……!!



「ギギギッ!!」


「……っ!!」



 しまった!!


 もう一体が其の二の脇をすり抜け、私の顔へ鋭い顎を突き出して来やがった!!


 槍を抜いていたら間に合わん!!



「どおぉぉりゃああああ!!」



 全身の筋肉を総動員して槍の柄を両手で握り締め、どこぞの怪力爆乳娘宜しく槍に突き刺さった其の二を持ち上げてやる。


 そして、ギチギチと顎を動かして不快な音を立てて迫り来る其の四の脇腹へぶつけてやった。



「グ……。ギッ……」



 うひょぅっ!!


 勝機到来っ!!



「だああああぁあ!!!!」



 既に事切れた其の二の上に、其の四を乗せ。身動きの取れない其の四の頭上へ飛び上がる。


 天から落下する力と私のすんばらしい腕力を合一。


 皇帝さんの弱点である柔らかい腹部へ向けて黄金の槍の鋭い一点突きを狙いすまし、一気苛烈に叩き込んでやった!!



「…………。ギッ!!」



 其の四の腹部を穿った確かな手応えを掴み取り。



「これで……。私の勝ちだ」



 奥深くまで突き刺さった槍を引き抜くと、黄緑色の液体が噴き出して私の顔を穢した。



「…………」



 其の五が体液に塗れた私の顔を見ると、戦意を失ったのか。


 後ろ脚で大地を蹴り飛ばして森の木々を抜けて彼方へ飛び去って行った。



「ふぅ――……。撃退成功っと」



 昔は大苦戦したけどさ……。


 こうして対峙すると決して楽では無いが意外とすんなり退治出来るわね。


 それはつまりっ!!


 私が以前の私より桁違いに強くなっている証拠なのだ。


 ボケナス達と行動して得た経験値は私が思っているよりも多いのかも。



「御苦労様――。ほら、顔汚れてる」


「ん――。ありがとう」



 汗一つ掻いていないドスケベ姉ちゃんが手を翳すと水色の魔法陣が浮かび、そこからチロチロと丁度良い塩梅の水が流れ出て来る。


 両手で水を受け止め、朝の洗顔が如く。わしゃわしゃと顔を洗ってやった。



 くぅ――っ!! 気持ち良い!!


 冷たい水が火照った顔を冷やして、活力がグングン生まれて来るわね!!


 ついでにちょっと飲んでおこう。



「アオイも洗う??」


「いえ、結構ですわ。レイド様の体が心配です。先を急ぎましょう」


「ぷっは――!! ふぅ。さっぱりした」



 勢い良く顔を振って、余分な水分を周囲に飛ばしてやる。



「卑しい犬の様ですわねぇ」



 一言余分だっつーの。


 突っ込む体力も惜しいので、取り敢えず言葉の代わりにジロっと睨んでやった。



「マイ、湖はどっち??」



 鼻をスンスンと可愛く動かして周囲に漂う自然香を嗅ぎ取る。


 私の方角鼻診断の結果。



「えぇっと――……。こっち!!」



 体の真正面をズバっと指差してやった。



「うっそ。匂いで分かるの??」



 エルザードが目を丸くして私の可愛い御鼻ちゃんを見つめる。



「木の匂い、木の実の匂い、土の匂い。場所によって生えている木の実とか違うからその匂いで方角を確かめているのよ」


「本当に犬ですわね……」



 呆れた声が鼓膜に届く。


 恐ろしい犬の牙をテメェの尻にぶち込んでやろうかぁ!? ああんっ!?


 一々私を揶揄いやがって、うざってぇたらありゃしない。



「今は……。森のどの辺りかしら」


「そうねぇ。丁度中間地点って感じ。ほら、その黄色の実が良い証拠」


「これ??」



 淫乱姉ちゃんが程良く太った実を指差す。



「力の森で此処周辺しか生っていない実でね」



 たぁっぷりの水分と栄養を地面から吸い上げ、皮の上からでも水々しさを感じる白みがかった子供の拳大の大きさの黄色の果実。



 むふふ……。これを食すのは何年振りかしらね!!


 この実が生っている周囲には皇帝さんがうじゃうじゃいるから不用意に近寄れなかったし。



 木の枝から果実をスパっと切り離して。



「いただきま――す!! はぁむっ!!」



 勢い良く果実に噛り付くと舌の上に甘味と軽い酸味がふわぁっと広がる。


 程よい硬さの実を噛めばシャキッとした感触が歯を喜ばせ、実の中から溢れ出る果汁が喉を潤す。



 んふぅ――!! 美味ぃぃいい!!



「美味しそうに食べるわねぇ」


「エフザードも一個たふぇる??」



 でっぷり太った実をもぎ取り、彼女の前に差し出してやると。



「良い匂いだし、食べても大丈夫でしょ」



 美女も羨む形の良い鼻を実に近付けて甘美な香りを享受していた。



「さてさて?? 中身はどんな色かしらねぇ??」



 右手の掌の上に乗せると鋭い風の刃が果実を包む。


 風の刃が螺旋状に果実の皮を切り裂いていくと、一繋ぎの皮がハラハラと大地へ落ちて行く。



 器用に剥くわねぇ……。



 そこから現れたのは白桃に似た色の美しい乳白色。


 実からは果汁が溢れ出してエルザードの白い手をそっと濡らす。



「…………。んふっ。あまぁい」



 彼女が掌の上に溢れ出る果汁を指で掬って舐め取ると……。ど――うも淫猥に映るのよねぇ。


 まぁアイツには見せられない姿ね。



「実はどうかしら……」



 再び現れた風の刃が果実を五等分に切り分けて、その一つを小さな口の中に迎え入れる。



「うんっ!! 美味しい!!」



 どうやら彼女の舌は果実の味に合格点を叩き出した様ね。


 満足気に目尻を下げて、見ていて心配になる細い顎を動かして咀嚼していた。



「食べても問題無さそうですわね」



 私達が食べ終わるのを確認してから蜘蛛が果実をもぎ取る。



 けっ。慎重過ぎるのよ。


 女だったらもっと大胆にガッと行きなさいよね……。



 ユウだったら私同様、躊躇せず口にするわ。


 …………、多分だけども。



「食べながら出発しましょうか」


「う――い」



 軽い休息を終えると、まだ食べ足りない私は追加でもぎ取った果実とベッシムから貰ったパンを美味しく頂きながら湖へと出発した。




 そして、暫く進んで行くとちょいと冷たさを増した風が髪を撫でて体を通り抜けていく。





 不味いわね。もう直ぐ夕方か。


 木々の木漏れ日も大分弱まって来たし、今日中に間に合うか??



「マイ、今日中には到着出来そう??」



 私と同じ考えなのか、先頭を歩くエルザードが尋ねて来た。



「ん――。それはちょっと難しいかも……」



「レイド様は今も苦しんでいます。夜通しで進みますわよ」


「アオイ、それは止めた方が良いわよ」


「どうしてですの??」



 ちょいと苛立ちを募らせた口調でエルザードに問う。




「良く考えてみなさい。馬鹿みたいに多い野生動物に対して此方は戦力的に不利なのよ。それにマイは地形を理解しているけど、生憎私達は皆無。会敵する敵がどんな能力を持っているのか、及び数量。一種類だけなら未だしも複数の敵に囲まれたらそれこそ大変よ?? 歯痒い気持ちは痛い程分かるけど、引き際だけは間違わない様に。いいわね」



 ほぉ――ん。


 只呑気に歩いている訳では無く、周囲の状況と私達の状況を考えているのか。


 これで淫らじゃなければ完璧超人の出来上がりなんだけどなぁ。それだけが惜しいわね。



「…………。分かりましたわ」



 意気揚々と散歩に出掛けようとした子犬みたいに叱られちゃって。


 クププ!! ざまぁ無いわね。




 だがまぁ――……。


 ボケナスの痛々しい姿が冷静な蜘蛛の足を急かしているのも理解出来る。



 私一人で父さんを呼びに先行してもいいけど……。


 体力と、腹が心配だ。


 思えば昨日の夜からさっきの果実と気持ち小さめのパン以外何も口にしていない。


 昨晩からドタバタの連続だったからしょうがないけど、一日の食料がこれだけだと流石に寂しいし。襲い掛かって来る敵に対抗出来る体力が満足に回復出来ないわ。




「マイ。日が暮れる前に、一晩明かせる場所があったらそこで今日は切り上げるわよ??」


「はいよ――っと」



 一晩ねぇ。


 夜行性の奴らは北寄りの方角にいるからいいけど。


 出来るだけ安全が確保できそうな場所を探さないと……。



 とは言うものの。


 この森の中で絶対安全な場所何か無いんですけどね!!



 木漏れ日が刻一刻と赤く染まっていく中。



 周囲へ忙しなく視線を動かしてどこか開けた場所は無いか?? 安全そうな場所は無いか?? と。


 暗中模索を繰り広げながら湖へと向かい始めた。



 うん……??


 あそこなんか、良さげね。


 右手前方にぽっかりと丁度良い塩梅に開かれた空間が見えて来る。



「エルザード。あそこで休むのは??」



 右手であの空間を指差してやった。



「いいじゃない。今日は……」



 木々の合間から見える茜色に染まった空を見つめ。



「あそこで休みましょうか」



 視線を元の位置へ戻すと本日の行程の終了を告げた。



「はいはいっと」



 私は呑気に声を上げ、これまた気が抜けた足取りで本日の素敵な野宿先へとぉ……。



「…………。おぉぅ」



 し、しまった。


 こっちが風上なのをすっかり忘れていた。


 風向きが変わり、流れて来る匂いに注意を払う事を怠っていたのが裏目に出てしまったようね。



「…………」



 開けた空間のほぼ隅っこで地面の匂いを嗅いでいた一頭の熊が私の存在に気付くと、私の顔をじぃぃっと見つめてきた。


 黒茶色の体毛に包まれた極太の腕の先には鋭利な爪が装着。


 漆黒の瞳は前方にくっ付いておりその役目は獲物を捉えて捕食する為だと否応なしに理解出来てしまう。



 熊ちゃんとバッチリ目が合うと、奴は体の正面に私を置く。



 やばいやばい!!


 こいつとは出来るだけ会いたく無かった。


 過去のトラウマが脳裏に浮かび、背筋に嫌な汗がたらぁっと垂れて行ってしまった。



「マイ、どうしたの……?? あらぁ。熊ちゃんじゃない」


「大きいですわねぇ」



 遅れてやって来た二人が馬鹿デカイ熊を捉えると目を丸くして話す。



「刺激しちゃ駄目よ?? ゆっくり、下がるわよ……」



 私が一歩だけすっと後退すると。



「…………」



 熊が後ろ足で立ち上がり、周囲へ忙しなく視線を送り始めた。


 おっとぉ。


 私達以外いないか、確認しているわね??


 ここに生息する熊って見た目以上に賢いから嫌いなのよ。


 襲っても危機は無いか?? 獲物はこいつらだけか?? 等々。


 あぁやって、立ち上がって多岐に渡る情報を視界と嗅覚から得るのだ。



「あらあらぁ。二階建ての建物位あるんじゃない??」


「馬鹿!! 下がれって言ってるの!!」



 エルザードは物珍し気に熊を観察しながらその場から動こうとしていない。


 慌てて細い腕を掴み、後ろへと引っ張ってやった。



「いいじゃない。減るもんじゃないし」



 こっちは寿命が縮むっての!!



「先制攻撃して倒せないの??」


「無理よ!! 昔の私達の攻撃を跳ね返したのよ??」


「まだあんた達がオチビちゃんだった頃でしょ?? じゃあ今なら大丈夫かも知れないじゃない」


「兎に角!! 下がるわよ!!」



 休む場所は他で探せば良い!!


 体力と腹が減った状態でコイツと真正面で戦いたく無いのが本音よ!!



 その場に留まろうとする横着なお肉をズルズルと引っ張って行くと。





「熊さん?? 我々は疲れていますので。速攻で片付けさせて頂きますわね??」



 何を考えたのか知らんが。私の背後から蜘蛛の声が響くと熊の足元に蜘蛛の巣状の光が浮かぶ。



「ば、馬鹿野郎!! や、止め……」


「さぁ……。美しい叫び声を奏でなさい。雷光金縛り!!!!」



 私の制止も聞かずに魔力を炸裂させると、太陽の光よりも強烈な光が迸り。



「グモォォォォオオッ!!!!」



 雷の力を受けた熊が体を細かく痙攣させて苦痛な叫び声を放った。



「あら。しっかり効くじゃありませんか」


「こ、この馬鹿!! 余計な事すんな!!」



「弱虫さんはどうぞお逃げになって下さい。それに、私達の匂いは覚えられました。逃げてもずっと追いかけて来るのでしょ?? それならここで始末するのが最善策ですわ」


「私もアオイに賛成。この熊ちゃん可愛いけど、レイド以外の雄に追いかけられるのは勘弁願いたいし――」



 お、おいおい。冗談キツイって。


 枯れかけた体力であの力自慢と対峙する気なの??



「グアァゥ!!!!」



 熊が山のような体を大きく振って雷の力を打ち払うと、蜘蛛の魔法の範囲から脱出した。



「ふぅ。足止め程度にしかなりませんか。普通の魔物なら指先さえも動かせないのですがねぇ」


「ちぃ!! 仕方ない!! 風よ!! 我と共に吹き荒べ!! 覇龍滅槍!! ヴァルゼルク!!!!」


「暁!! 行きますわよ!!」



 互いの最大戦力を装備して、鼻息を荒げて今にも襲い掛かって来そうな黒茶色の塊に備えた。



「グアァァアアッ!!!!」



 明確な敵意を向けられた熊が激昂すると、私達の正面に堂々と立ち上がり己の巨躯をこれ見よがしに強調した。



 あ、あはは。ボロボロの状態であの熊と戦うのよね??


 だが、此処で退いたら夜襲に備えなければならない事を考えると。強ち蜘蛛とドスケベ姉ちゃんの言っている事は正しいのかもしれない。



「じょ、上等だよ!! 幼い頃のトラウマを払拭してやらぁぁああ!!!!」


「ググゥゥオオオオオオ!!!!」



 熊の咆哮に負けじと気合に溢れた雄叫びを放ち、恐怖を払拭。


 大地を揺らして向かい来る巨大な塊と対峙したのだった。





最後まで御覧頂き有難うございました。


そして、ブックマークをして頂き誠に有難う御座います!!


週の始まりに嬉しい知らせとなり、執筆活動の励みとなります!!


それでは皆様、お休みなさいませ。

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