第三十三話 生まれてしまった軋轢
大変お待たせしました!!
少々長めの御話しになりましたので投稿時間が遅くなってしまいました。
それでは、本日の投稿になります!!
御覧下さい!!
膝関節が悲鳴を上げ下腿三頭筋に毒が回り、両足が頭の命令の受付を拒絶する。
そこから生じる激痛により顔を顰め。少しでも痛みを誤魔化そうと姿勢を崩せば。
「おら。まだ話は終わってねぇぞ」
「ぎぃっ!!!!」
凶悪な彼女の足先が此方の足の裏を強襲。
耐えがたい痺れと得も言われぬ感覚が全身を駆け巡り、朝も早い時間なのに叫んでしまった。
昨晩。
気持ち良く里の中央で眠りに就き、そこからどういった経緯で運ばれたか理解出来ないが。
お借りしている家のベッドの上で幸せに目を覚ました。
大変良く眠れたのか。
体に疲労は感じる事も無く、そして幸いな事に怪我も完治した。
これで何の不安も無く出発出来るぞ!!
いざ!! 跳ね起きようとしたその時。
『よぉ……。目が覚めたかぁ??』
『え、えぇ……。おはようございます』
『あたし達。ちょいと怒ってんだけど……。どうしてか分かるかぁ??』
『か、皆目見当も付きません。あ、後。どうかお願いします。その恐ろしい武器を仕舞って頂けますか??』
震える声でそう懇願するも。
『無理に決まってんだろ。おら、こっち来いや』
恐ろしい狂暴龍に首根っこを掴まれ。
『暴れるなよぉ――。暴れたらぁ、首が胴体とさようならするからなぁ――』
力自慢のミノタウロスさんは大戦斧を俺の首に掛け、今にも切り落とそうと画策。
有無を言わさず大部屋の硬い床の上に正座をさせられ、今に至るのです。
「あ、あの。もう間も無く出発の時刻になりますので。宜しければその準備に取り掛かっても宜しいでしょうか??」
しっかりと背筋を天へと向けて伸ばし、きゅっと丸めた手を膝の上に乗せ。
怒り心頭の三名へと問うた。
「駄目です。まだ釈明を受けていませんので」
俺の目の前。
目の輝きが消失したカエデから冷たい声が放たれる。
「で、ですから。一体全体何故こうして仕打ちを受けているのか。自分としても理解出来ない状況ですので……」
「ふぅ。言い訳は嫌いですね……」
「ひぃっ!?」
彼女が右手を掲げると青い魔法陣が出現。
そして、木の床の上から氷柱が突如として現れ。鋭い切っ先が四方から喉元に突き刺さろうと画策してしまった。
「少しでも動けば……。プッツリ、ですよ??」
「ひゃ、ひゃい……」
「このままだと永遠に惚けるつもりだろうから、私が言ってやらぁ」
氷柱の向こう側からマイが此方を睨みつつ話す。
「アレクシアと、ナニするつもりだった??」
「な、何って…………。っ!!!!」
そ、そういう事か!!
「やぁっと思い当たる節を思い出したのか。おら、さっさと言え」
黄金の槍の穂先が眉間に密着する。
「え、えっと。ですね。別に自分はやましい事をしようとは考えてはいませんでした。強いて言うのであれば……。場の雰囲気に流されようとしつつも、その場で思い留まり。あなた達が思い描く様な結末には辿り着かなかった可能性の方が高いです」
う、うん。
間違っていませんね。
「未遂で終わったし……。まぁ、納得は出来ないけど。これだけ反省しているんだ。そろそろ許しても良くない??」
ユウが大戦斧を消失させて話す。
俺はそうだ!!
と、言わんばかりに激しく……。は駄目ですね。
氷柱で首がプッツリいっちゃいますから。
肯定を表すに適した上下の首運動を行った。
「そう、ですね。あくまでも未遂ですからね……」
カエデがふっと手を掲げると氷柱が崩れ落ちる。
よし、いいぞぉ。
このままいけばお許しが頂ける!!
そう安堵したのも束の間で??
「二人が許したからってぇ。私は許した訳じゃねぇからな??」
「ン゛ッ!?」
口の中に黄金の穂先を捻じ込まれ、恐ろしい憤怒の炎が煌めく瞳でマイが話す。
「今、この場で誓え。もう二度と、下らねぇ事はしないって」
「ヴぉう、二度ド!! ジマゼン!!」
怖過ぎて体が震えそうだよ……。
いや、実際に震えているか。
簡単な言葉に噛んじゃったし。
「ふんっ!!!! 今の言葉、忘れるんじゃねぇぞ??」
槍を引き抜き、大変恐ろしい御言葉を残して振り返ってしまった。
「はぁっ!!!! ぜぇ……。ぜぇ……」
こ、怖かったぁ……。
今まで生きて来た中で五指に入る恐怖体験だったよ。
足の痺れが残るので、回復させようと床の上で悶え打っていると。
ピナさんが朝に相応しい声と共に扉を開いて入室を果たした。
「おはようございます!! 皆さん!! 間も無く出発……。あれ?? レイドさん。どうしたんですか?? カラッカラに乾いた大地の上で悶えるミミズみたいな動きをして」
「あ、足が命令を聞いてくれないのです」
「ふぅん……」
お願いします。
その悪戯心を満載した顔色は止めて下さい。
ソロリソロリと俺の後方へと移動を開始し。
「えいっ」
「あぎゃああ!!」
爪先でちょいと突き、此方の足の裏を攻撃してしまった。
「あはっ!! これ、楽しいですね!!」
「だろ?? レイド。動くな!!」
「ぐぇっ!!」
ユウが俺の背に乗り、体の動きを拘束。
「ピナ!! やれっ!!」
「は――い!!!!」
「い、いやああああああ!!!!」
早朝に相応しくない断末魔の叫び声が壁を突き抜け青空へと響く。
一日の始まりの気分はその日を決定付けるのだが……。
どうやら今日は厄日になりそうな気配がしますよ。
いつまでも攻撃が鳴りやまない中。背に乗る妙な気持ちを抱かせる柔らかさを強制的に無視しつつ、声が涸れるまで叫び続けていた。
◇
鈍痛にも似た痛みが残る足を動かし、乾いた土の上を歩く。
う、む。
何んとか痺れは取れたな……。
全く、朝一番からとんでもない目にあったよ。
だが俺にも非があるのは認めるべきだな。
昨晩のイケナイ雰囲気に反省しつつ、里の中央を目指す。
「昼過ぎにはルミナの街に到着するんでしょ??」
マイが彼女の右隣りで歩くユウに問う。
「そうだなぁ。それから西に向かって……。カエデ」
そこまで話すと振り返り、俺の左隣で歩く彼女を見つめた。
「何でしょうか??」
「カエデの家はルミナの街を出て……。東?? それとも西??」
あぁ、家の方角を聞きたかったのか。
「お好きな方で構いませんよ」
「「「はい??」」」
おっと。
三人仲良く声を合わせましたね??
「ルミナを基準として、私の家が存在する方向は南。ですからね」
「いやいや。南って言ったら海のド真ん中じゃん」
「ユウの言う通りよ。カエデの家って浮いてるの??」
「いいえ。沈んでいます」
「「「はい??」」」
またもや三名声を合わせ、何か問題でも?? と、言わんばかりにパチパチと瞬きを繰り返しているカエデを見つめた。
「到着すれば分かりますよ。行程としては西へ向かいますので西へ進みましょうか」
「お、おぉ。そうだな……」
力強い歩みへと変わり、ユウの脇を抜けカエデが先頭へと躍り出る。
「あぁ!! 先頭を歩くのは私よ!!」
この際、どっちでもいいです。
ギャアギャアと騒ぐマイに対し、至極冷静に言葉を返すカエデ。
意外と相性が良いのかも。
背も近いし。
里の中央へ差し掛り、出発の知らせを伝えようと北へ進もうとしたが。
「皆さん!! おはようございます!!!!」
まだ朝も早い時間なのにアレクシアさんがコマドリも嫉妬する声色で朝の挨拶を掛けてくれた。
「おはようございます!! どうされたのですか?? こんな所で」
元気な挨拶に相応しい声色で朝の挨拶を返し、続け様に問う。
「皆さんが出発されるので居ても立っても居られず。今から遡る事数時間前に私を叩き起こして……」
「ピ、ピナはちょっと口を噤んでいて下さい!!」
成程。
態々此処迄挨拶に来てくれたのか。
「ありがとうございます、見送りに来て下さって」
「い、いえいえ!! それで、その。お礼と言っては何ですが。これをお持ち下さい」
アレクシアさんがピナさんを促すと。
「皆さん、此処の蜂蜜を大変気に入って下さっていますので。お裾分けですよ」
「「おおおぉおお!!」」
マイとユウが颯爽とそれを受け取り、琥珀色の液体を天へと掲げた。
「綺麗だよなぁ……」
「えぇ。色だけで美味しいもん……」
「ふふ。気に入って下さってなによりです。それと、此れもお持ちください」
アレクシアさんが差し出したのは大人の拳大程の玉だ。
薄い緑色で材質は硝子の様にも見える。
「それは??」
「風のオーブといって。私が持つもう一対の方に離れていても連絡が出来る代物です」
「かなり便利な物ですよ?? 使用方法はとっても簡単です」
簡単に使用出来る物なのか。
ふんふんと頷きつつ、彼女から受け取る。
「夜……。そうですねぇ。部屋着に着替える時間はぁ、月が昇り始める事ですからね。その時間帯を見計らって連絡を下さればアレクシア様の生着替えを拝見出来ます。厭らしい魔力を籠めてご使用下さいっ!!」
「「ぶふっ!?!?」」
受け取った風のオーブを慌てて落としそうになってしまった。
「な、何て事を言うんですか!!」
「そ、そうですよ!! 失礼にも程があります!!」
「でも――。どうせでしたらぁ?? 覗きたいですよねぇ――??」
「いいえ!! これっぽっちも興味はありません!!」
此処で跳ね除けておかないと。またあの拷問を食らう虞がありますからね!!
男らしく、シャキっと言ってやった。
「え?? 全然無い、のですか??」
しゅんっと肩を落としてしまったアレクシアさんが話す。
「あ、いや。えぇ。うん?? 全然ない事も無いような、気もしますけど。それは難しいので肯定にもしつつも否定にも似た……。いでぇっ!!!!」
後頭部に激痛が走り、目から涙が溢れたまま振り返ると。
「それ、渡せ」
狂暴な龍が恐ろしい笑みを浮かべて手を差し出していた。
「は、はい。どうぞ……」
「おう。ユウ、背嚢開けるわよ――」
「ん――」
俺が持つより、彼女達に預けた方が賢明でしょう。
要らぬ攻撃を食らいたくないのが本音ですから。
「マイさん達が居なくなると寂しくなります」
「ピナ?? それって五月蠅く無くなるからって意味じゃないでしょうね??」
「ふふふ。秘密です」
「レイドさん。本当に気を付けて下さいね?? この大陸にはまだまだ危険な場所が満ちていますから」
「それは十二分に理解していますよ」
「身の危険を感じたら直ぐにお知らせ下さいね!?」
お互いに笑みを交わし言葉を交わす。
これから出発だってのに……。名残惜しさが此れでもかと募ってしまう。
時間が許されるのであれば、此処に皆とまた訪れよう。
そして、互いに経験した出来事を肴に食事を交わし。夜が更け、朝日が昇るその時まで語り合う。
そんな素晴らしい時間を共有すべきだと俺の心は決心した。
「それでは!! 行って来ますね!!」
後ろ髪を引かれる思いで里の南へと進み、今も手を振り続ける二人へと手を上げた。
「気を付けて下さいね――!!」
「レイドさ――ん!! 連絡を頂くお時間は、夜ですよ――!!」
「こらぁ!! ピナ!!」
「あはは!! その時は、お昼に連絡させて頂きます!!」
最高な笑みと、心が潤う声を背に受け。
太陽が欠伸を放つ空の下。南へと向けて出発した。
◇
踏み心地の良い大地は既に消失。
一歩踏み出せば踵が深い砂に沈み、体力を悪戯に削る。
そして相乗効果だと言わんばかりに降り注ぐ憎らしい彼の笑み。止め処無く汗が額から零れ落ち熱砂へと吸い込まれて行った。
「お前さんは相も変わらず、飄々としているなぁ……」
久方ぶりに出会う相棒の太腿をピシャリと叩く。
『ふんっ。それは貴様が軟弱だからだ』
そう言わんばかりに嘶き声を放ち、長い尻尾で俺の頬を叩き返した。
「いてっ。久しぶり……。と言っても数日ぶりだけども、辛辣じゃないかね??」
ハーピーの里を出発し、ルミナの街でウマ子を引取った後。住民の方々から此れでもかと食料を頂き西へと出発。
大量の荷物を積載され、迷惑顔を浮かべると思いきや……。
ちっとも堪えていないもの。
頑丈さに呆気に取られるよりも、その膂力にちょいと嫉妬しちゃってるのかね。
「カエデ――。そろそろ良いんじゃないのか――??」
最後方で大荷物を背負って歩くユウがカエデに問う。
「そうですね。此処ですと街の皆さんに私の正体が露見してしまう虞もありませんし」
直ぐに南へと向かう思いきや。
『海竜はルミナの街の皆様にとって特別な存在なのです。私が海竜である事はくれぐれも内密に』
と、小声でそう話し。
暫くの移動後に向かう予定となりました。
街を出発し、早数時間。
やっと南へ向かう準備が整ったのか、カエデが海に向かって進み出した。
「ね――。海に向かうって言ってるけど。どうやって海の中を進むのよ。私、エラ呼吸出来ないんだけど??」
左胸のポケットから顔を覗かせつつ、深紅の龍がそう話す。
「御安心下さい。皆さんを風の球体で包み、海の中を進みますから」
「そんな事も出来るの!?」
小さな背中に向かって驚愕の声を送る。
「勿論です。さ、皆さん。荷物を置いて準備を整えて下さい」
彼女に促され、森と砂浜の境目に移動を開始した。
「ウマ子はどうする??」
ユウが背の荷物を外し、此方に問う。
「ん――。ウマ子、此処で待っていてくれるか??」
俺が彼女の頬に手を添えて話すと。
『構わんぞ』
そう言わんばかりに俺の頬をペロリと舐め、肯定を表してくれた。
「あはは!! くすぐったいって!!」
「久しぶりだから嬉しいんじゃないの?? 私も人の姿に変わるか。よっと!!」
太った雀が左胸から飛び出し。
「ほっと!!」
眩い光を放つと人の姿の彼女の姿が現れた。
「偶には自分の足で歩けよ」
「嫌よ!! 楽したいもん!!」
お前さんを運ぶ人の気持ちも理解して欲しいものさ。
ウマ子の荷物を降ろし、そこで休んでおくようにと伝え。
波打ち際で佇み、海風で静かに揺れる藍色の髪の彼女の下へと到着した。
「お待たせ!!」
ユウがカエデの肩をポンっと叩く。
「では、行きましょうか。んっ!!」
覇気のある声が放たれると同時に。
「「「おぉっ!?」」」
薄い緑色の球体が俺達を包んだ。
「さ、進みますよ」
「あ、はい……」
カエデが進むと球体もそれに続いて進む。
つまり、彼女を中心にしてこの球体が展開されているって事か。
「ねぇ。これ、押したら割れる??」
陽性な笑みを浮かべてマイが人差し指を球体の壁に向けて伸ばす。
「割れませんよ。その程度なら」
「ほぉん。えいっ」
軽い声を上げ壁を押すと。人差し指の形と同調する形で薄い緑の壁が変形。
強力な衝撃を与えない限り、大丈夫そうだな。
「おほっ。柔らかっ」
「海に入ります。風の力を利用し、推進力を得て進みますので私の肩付近を掴んで下さい」
踝辺りまで海入るとカエデが此方を促す。
「掴まないとどうなるの??」
興味本位。
そう考えて話す。
「進み出すと同時に後方へ吹き飛ばされます。そして、暫く経つと普通に立てます」
「じゃ、じゃあ掴まないとね!!」
カエデの細い右肩に右手を掛け。
「だな――」
ユウは反対の左肩。
マイはどうするかと思いきや。
「ちょっと楽しそうじゃん!! 柔らかい壁だし、吹き飛ばされても大丈夫そうだから私はこのままでっ!!」
最後方で腕を組み、陽性な感情を此れでもかと浮かべていた。
「はぁ。注意を促しましたからね??」
「おう!!」
「では……。行きます!!!!」
右手を掲げると同時に爽やかな風が頬を撫で、そして。
「うおっ!?」
体がグンっと後方に引っ張られてしまった
カエデの肩を掴んでいなけれはきっと後方へと吹き飛んでいただろう。
「おわがぁっ!?」
愚か者の様子を確認する為、振り返ると。
「いてて……。頭打った……」
深紅の髪に手を添え、痛む部分を顰め面を浮かべながら撫でていた。
忠告を聞かないからそうなるのですよっと。
「すっげぇええ!! 海の中を進んでるぞ!?」
球体が水を切り裂き、泡を立て、美しい水中の世界を進み出す。
海面から降り注ぐ太陽の光。
水深が深くなるにつれて青が黒へ。
そして。太陽の光が何んとか届く深さに到達すると、周囲の空気がひんやりと冷たくなった。
「随分と暗いけど……。今の水深は??」
周囲を窺いつつ話す。
「凡そ五十メートルですね」
「五十……。カエデの家はそんな深い所にあるのか」
「私達にとっては浅瀬ですよ。ほら、間も無く到着しますので皆さん肩を掴んで下さい」
彼女に促され、今度は三人仲良く彼女の肩を掴む。
「減速します」
「おわっ!!」
出発時とは異なり、体が進行方向へと流される。
三人仲良く前屈みになり下がった顔を上げると……。
俺達の目の前に大きな岩が待ち構えていた。
表面にびっしりと生えた海綿、そこから伸びる形容し難い触手みたいな枝が海流に乗って緩やかに揺れ動く。
緑の藻を食んでいた色とりどりの魚達が此方を見付けると、ギョっとした顔を浮かべ岩の裏へと逃げて行ってしまった。
「此処が私の家です」
「いやいや。デカイ岩じゃん」
その通りっ!!
素晴らしく大きな岩ですが、快適な空間を提供出来るとは到底思えませんからね。
普段なら早々頷かないマイの言葉に唸ってしまう。
「この岩には少々複雑な仕掛けがありまして。それを御覧頂きましょうか」
カエデが左手をすっと上げ、水色の魔法陣を浮かべると。
「「「ほぉぉぉ……」」」」
彼女の魔法に従う様に。
岩の中央付近が両開きの扉の要領で外側へと開き、更に奥へと続く道が出現した。
「すっげぇ!! 面白い仕掛けだな!!」
「初見では先ず看破出来ません。後、ユウ。もう少々力を抑えて肩を叩いて下さい」
年相応に燥ぐ彼女に対し、ちょっとだけ顔を顰めて答えた。
左右凡そニメートルの通路、とでも言えば良いのかな??
ゴツゴツした岩肌に挟まれた通路を進んで行くと不意に人工物らしき岩の階段が出現した。
昇った先には左右に広がる踊り場。
カエデを中心にその踊り場に足を着けると。
「「「おおおおっ!?」」」
周囲を満たしていた海水が階段の下へと下がって行き。
「到着です」
俺達を包んでいた膜が軽快な音と共に破裂し、塩気が満載された磯の香りが一気苛烈に鼻腔へと到達した。
「はぁ――……。一体、何度驚けばいいのよ」
阿保みたいにポカンと口を開け、カエデの右手に浮かぶ光る球体に照らされた天井を見上げる。
複雑な凹凸面にびっしりと貝……。なのかな??
その凹凸面にピッタリと挟まった貝達から滴り落ちる海水が美しい音色を奏でていた。
「此方ですよ」
カエデが海水で濡れた岩の上を奥へと進んで行く。
周囲の壁に反射する水気を含んだ足音。遠くに聞こえる水が跳ねる心地良い音が耳を楽しませ、軽快な足取りで彼女の後ろに付いて行くと再び階段が現れた。
藻が生えた石造りの階段を昇り切り、現れたのは岩の扉だ。
「さ、どうぞ。皆さんを我が家へご招待します」
カエデが岩の扉に手を触れると、重厚な音を立てて扉が両開きに開いた。
「ほぉぉ……」
扉の先に現れた空間に思わず声を出してしまう。
そりゃあそうだ。
海の中に図書館が現れたのだから。
左右に広く広がる木の床。
天上まで届く本棚にビッシリと陳列された膨大な量の図書。
磯の香りから一転し、本特有の香りが包む空間へと足を踏み入れた。
「すっげぇ……。これ、全部本??」
ユウが物珍しそうに前後左右へと顔を動かす。
「そうですよ。中には古図書もありますので勝手に触れるのは……」
「ユウ!! これ、面白そうじゃない!?」
言った側からそれですか。
何の遠慮も無しにマイが一冊の本を手に取り、乱雑にページを捲っていた。
「ってか、読めるの??」
その横着者の隣に立ち。
何気無く本を見下ろす。
「あ?? あんた、私の事なんだと思ってんのよ」
恐ろしく飯を食い、暴虐の限りを尽くす恐怖の大王です。
「見てなさい?? えぇっと……。彼は燃え盛る荒い吐息を漏らす彼女の双丘へ手を伸ばし…………」
うん。
確かにそう書いてあるね。
ですが、それは恐らく……。
「さ、さてっ!! カエデの御両親に挨拶しなきゃね!!!!」
素早い所作で本を棚へと戻し。
髪同様に朱に染まった顔で遠く見えるカエデの背中に向かって駆け出した。
本棚から本棚。
時折現れる通路を横切り、抜けた先には長机が置かれていた。
恐らく此処で本を読むのだろう。
そして、その奥。
三つの扉が此方を待ち構え、左手には二階部分へと続く階段が存在し。
一階同様、三つの扉が二階部分にも備えられていた。
六つの扉、ね。
何処にカエデの御両親がいらっしゃるのだろう??
「では、皆さん。私の両親の下へ案内します」
カエデが一階部分の中央の扉に進み、此方を促す。
「ふぅ――。ちょっと緊張するね」
大きく息を整えカエデの後ろに立つ。
「普通に話せば宜しいですよ??」
「そりゃあカエデにとっては慣れ親しんだ家族だからそうやって言えるけど。初対面、且大変お強い力をお持ちになる御方ですからね。緊張して当然なのさ」
マイやユウ同様継承召喚を出来るという事は。
御両親も大魔である証拠ですからね。
ボーさんみたいに素晴らしく大きな人だったらどうしよう……。
「ふふ。直ぐに緊張は解れると思いますよ。――――。お父さん、居る??」
カエデが静かに扉をノックすると。
「どうぞ」
柔和な男性の声色が届いた。
「入るね?? じゃあ、行きましょうか」
「う、うん」
カエデが扉を開き、俺達をこの家の主の下へと招いた。
先ず目に入って来たのは正面に座る二人の男女。
向かって左側に座る彼はカエデ同様白のローブを身に纏い、柔らかい笑みを浮かべて俺達を見つめている。
深い青の長髪を後ろに纏め、少々蓬髪が目立つ前髪。
男性としては若干細い線の体躯にその体に合う整った顎と顔。
知的で優しそうな第一印象を与える風貌ですね。
「お帰りなさい、カエデ」
向かって右側の女性が口開く。
此方もカエデと同じく白のローブを羽織り、細い肩に良く似合った声色に何処か安堵してしまう。
水色の前髪を左に流し、綺麗な青の瞳に髪色が良く栄えている。
父親同様、知的な印象を此方に与える佇まいにカエデが理知的な女性に育ったのも頷けてしまった。
御両親の指導の賜物って奴ですね。
「只今。お父さん、皆さんを連れて来ました」
「やぁ、初めまして」
彼が笑みを浮かべて小さく頷くと。
「「「……」」」
此方も彼に倣って頭を小さく下げた。
「カエデがお世話になったみたいだね。無理を言って此処まで誘ってしまったけど……。迷惑だったかな??」
俺の目を確と真正面で捉えて仰る。
「い、いえ。迷惑だとは……。初めまして、私の名前はレイド=ヘンリクセンと申します。そして、此方が……」
先ずは名を名乗るべきだ。
そう考え、右隣りのユウへと視線を送った。
「ユウ=シモンです」
しっかりと頭を下げて己の名を告げる。
うん、いい所作ですね。
「マイ=ルクスよ!!」
お前さんは一度誰かにキツク躾て貰いなさい……。
むんっと胸を張って話す様がまぁ……、肝が冷える事で。
「す、すいません!!」
『お、おい!! もう少し真面な挨拶をしろ!!』
小声で愚か者へと慌てて注意を促す。
「あはは、気にしないよ。僕の名前はテスラ。そして妻のヒューリンだ」
「宜しくお願い致します」
ヒューリンさんが見本にしたくなるお辞儀を放つので、慌てて頭を下げた。
「急に呼び出して申し訳無い。娘が世話になった人達をこの目で是非とも見ておきたくね」
「い、いえ!! 世話になったのは私達の方です。彼女の的確な指示と作戦には舌を巻き、我を失ったハーピーの女王と対峙した時は彼女無しでは勝利を掴み取る事は大変困難でありました」
恐らく、と言うか。
カエデが居なければ負けていただろう。
それだけの実力差が如実に現れていましたので……。
「ふふふ。良かったわね?? カエデ。褒めて頂いて」
「恥ずかしいから止めて」
「あ、はい……」
ヒューリンさんの声を受け、頬を染めた彼女に睨まれてしまった。
何も悪い事、言っていないけどな……。
「娘から戦闘の詳細は聞いたよ。君達が善戦したお陰でルミナの街は解放された。礼を言わせてくれ。ありがとうね」
「い、いえ。私は己に課せられた任を遂げただけでして……」
戦闘に至っては豆粒大の活躍でしたし。
礼を言われる程までの活躍はしていません。
「娘を街に向かわせたのはハーピーの異常を感知したから。そして、僕達の事を崇めてくれる街の人々を救ってあげたかったからなんだ」
「それならどうしてカエデの父ちゃんが向かわなかったのよ。大魔の血を受け継ぐ者ならあっと言う間にカタが付いたんじゃないの??」
本っっ当にお願いしますから!!
敬語を使って下さい!!
「娘には経験をさせたかったんだ。戦闘のね。凄く緊張してたんじゃないのかな??」
「別に。普通……」
あらら。
そっぽ向いちゃった。
「御覧の通り、娘は知識だけは豊富だけど。経験が皆無なんだ。先ずはそれから、そう考えて娘を向かわせたんだよ」
たった一人でハーピーの皆さんと対峙して来い、か。
中々厳しい考えをお持ちなのかもね。
「君達と出会えたのは幸運だったよ。それに!!!!」
おっと。
急に口調が変わりましたね??
「レイド君!! 君は魔物の言葉を理解出来るんだよね!?」
「え、えぇ。まぁ……」
「いや、それは素晴らしい!! 娘にピッタリだよ!!」
「と、申しますと??」
まさかと思いますが……。
「娘に世界を見て回って貰おうと考えていた所。君達の詳細を聞いて、正にピッタリだと思ったんだよ。人と会話が成立しないのは痛手だからね」
あ、あぁ。
そういう事でしたか。
違う方向に考えてしまった自分の下らない思考を戒めてやった。
「言葉が交わせないのは本当に辛いからね。今から遡る事……、約三百年前。魔女と呼ばれる存在が世界に生まれてしまった。魔女が我々と人との間に認識阻害を発生させ、世界は混沌に包まれた」
『認識阻害』 ??
「あ、あの。その認識阻害というのは??」
「人間と我々魔物が使用する文字は共通だ。それは周知の事だと思う」
いや、周知も何も。
それ自体も初耳ですよ??
「あ。だから、か」
マイがポツリと言葉を漏らす。
「どうした??」
ユウが右隣りの彼女へと問う。
「ほら、さっきあんたと私が一冊の本を手に取って読んだでしょ??」
「あぁ。それが……」
そういう事か。
「あの本は魔物が書いた文字。つまり、マイが読めたのも魔物が書いたからって事か!!」
「その通り。魔物が書いた文字、人が書いた文字。それは等しく同じなんだけど……。魔女がそれを変えてしまったんだ」
う、嘘だろ??
魔女はこの世の理を変えてしまう程の力を持っているのか!?
化け物を越えた、本当の化け物じゃないか!!
「だが、そこで力を使い果たしてしまったのか。魔女は眠りに就いてしまったんだ」
「理を変えてしまう程の力を解放した所為、でしょうか」
「恐らくは。そして、今から二十年前……。眠りに変化が起きた」
二十年前。
その言葉を聞いた途端、心にドス黒い感情がぬるりと湧いてしまう。
あの醜い豚共がこの大陸に出現した時期だからな……。
「あのオークと呼ばれる個体が出現し大陸を襲い始めた。人命を奪い、大陸を死で埋め尽くそうとする恐ろしい怪物共だ。これが変化の兆しだと僕は考えている」
「魔女の眠りに変化が起きたと申されましたけど……。その魔女が間も無く目が覚めるという事なのでしょうか??」
「ん――……。推測の域を出ないけど、その可能性が高いだろうね」
そうなると……。
理を曲げる者との対峙だ。人間も次なる手を打たないと不味いな。
「その時を見据えて、じゃあないけど。君達にお願いがあるんだ。娘に世界を見せてやってくれないか??」
テスラさんが俺の目を真正面に捉えて話す。
「勿論です。実は、マイやユウもカエデさんにそういった誘いを既にしていまして……。そうだよな??」
マイ達へ視線を送ると。
「その通りです!! そうだよな?? カエデ!!」
ユウが軽快声と共に、若干俯きがちの彼女へと顔を向け。
「カエデ!! 私達と行くわよ!! いいわね!?」
マイが止めの言葉を放つと……。
「ふ、ふぅ――。仕方がありませんね。私が居ないと皆さんが暴走していつか取り返しのつかない事になりかねませんから」
誰とも視線を交わさず、大きく頷いて嬉しい言葉を放ってくれた。
「あはは!! やったぁ!! カエデ!! 楽しく行こうな――!!」
「ん――!! ユ、ユウ!! 苦しいですっ!!」
カエデの顔をポフンと胸に収め、嬉しさを炸裂させたまま彼女の体を抱き。
豪快に振り回す。
「もうすっかり打ち解けているね。何よりだ」
「うふふ。レイドさん、至らない所もあると思いますが、娘を宜しくお願い致しますね??」
「こ、此方こそ……」
ヒューリンさんが静々と頭を下げたので此方も慌てて頭を下げた。
至らないのは此方の方ですけどね……。
「カエデ。出発の準備をしなさい」
「分かりました」
テスラさんの言葉を受け、やっと巨岩から解放された彼女が扉へと向かう。
「カエデの部屋に行くわよ!!」
「良いね――。お邪魔させて貰おうかな――」
「絶対入れません!!」
「いいじゃん!! ほら、行くわよ!!」
「だな――」
「ちょ、ちょっと!!」
凶悪な二人に強制的に肩を組まれ、扉を出て行く。
街中で不良に絡まれたみたいだな。
その後ろに続き、扉を出ようとしたが……。
「レイド君。ちょっといいかな??」
「はい??」
テスラさんに呼び止められ、慌てて元の位置へと戻った。
「レイド君はどうして魔物と言葉を交わせるのか。その理由に心当たりはあるのかい??」
あるのにはあるのですが……。
夢の中の話を此処でする訳にはいきませんし……。
セラさんが言っていた、自分に適した能力が開花するってあの話。
意外と眉唾物では無い……、のか??
確証に至らない言葉を此処で放つのは不味い。
そう考え。
「いえ、皆目見当も付きません」
普遍的な返事を返した。
「そう、か。うん……。ごめんね?? 呼び止めて」
「いえ。お気になさらず」
「それはそうと!! 娘の活躍を聞かせてくれるかな!?」
おっと。
急ですね??
少年の目の輝きを宿したテスラさんが前のめりになって仰る。
「勿論です。何処から説明しましょうか??」
「じゃあ……。街に入った所からお願いするよ!! 娘は恥ずかしがり屋だからさ。不必要な所まで話してくれなくて困っていたんだ」
カエデの性格を加味したら……。まぁ、話しそうに無いのかも。
「オホン、では……」
俺が口を開こうとすると……。
『あぁ――――!! 下着みっけ!!』
『お――!! 意外と攻めた下着持ってんじゃん!!!!』
お馬鹿さん二人の雄叫びが此処まで届いてしまった。
「す、すいません。あの二人には後で厳しく言っておきますので……」
「娘も年が近い友人が出来て嬉しいのだと思います。娘の粗相は大目に見てあげて下さい」
いや、カエデさんでは無くて。
他の二人が粗相をしているのですよ。
柔らかい口調のヒューリンさんにそう伝えようとすると。
『ぬぅ!? 赤もあるじゃん!! 赤は私に似合うから貰うわね!!』
『あ――!! これ、すっげぇ!! カエデ!! 意外と……』
『静かにして下さいっ!!!!』
『いぎゃ――――――――!!!!』
断末魔の叫びが響き、漸く静寂が訪れてくれた。
それから。
恐ろしい力を放った彼女の御両親の質問攻めに合い、言葉の取捨選択を続けつつ説明を開始するも。
静寂が続く事に一抹の不安を感じてしまった。
それは何故か??
いつか、俺も同じ目に遭う虞があるからなのです。
カエデが仲間になってくれるのは本当に嬉しい。
でも、どうかお願いします。
此方の命が消えない程度に手加減して頂けると幸いです……。
叶いそうで叶わない願いを胸の中で復唱しつつ、娘の活躍に目を細めている御二人に対し言葉を放ち続けていたのだった。
お疲れ様でした!!
次話からは蜘蛛が住む密林へと向かいます。
そこで彼等を待ち受けているのは?? そして新たに出会う魔物達。
明日の投稿もお楽しみにしてお待ち下さい!!
そして!!
ブックマークをして頂き、有難う御座いました!!
やる気がグングン漲って来ます!!




