表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
339/1236

第百七十三話 幼少期の思い出は大袈裟に映るもの

皆様お早うございます。


休日の朝に投稿をそっと添えさせて頂きます。


温かい飲み物片手にごゆるりと御覧下さい。




 ベッシムから渡された必要最低限の装備が入った背嚢を背負うとより一層気持ちを引き締め、大股で中庭を突き抜けて正面の門を力の限り開いてやる。


 朝日はぐっと昇り、今や完全にその眩い体をこれ見よがしにこの星に住む者達へ知らしめていた。



 こっちの状況も知らずに燦々と輝きやがって……。


 これから長きに亘る行動、並びに私の心情汲んでせめて薄曇りになりなさいよね。



 ワハハ!! 天候相手に無理強いは通らんぞ!! っと。



 超元気一杯に笑って私を見下ろす青空の中の彼を憎々しい顔で睨みつけてやると、私の直ぐ後ろに居る蜘蛛が矮小に空気を震わせた。



「――――。大体の内容は理解出来ました。ですが、父親の下へはエルザードさんの魔法で行けないのですか??」



 大変優しい私は、よちよち歩きの子鴨宜しく後ろにピッタリとついて来る蜘蛛へ端的に父さんが居る場所を説明してやったのだ。


 これから行動を共に続けるのなら流石に無言とはいくまい。


 私のありがたぁい言葉を地面に頭を擦り付けて咽び泣きながら受け取れや。



「魔力が回復しなくてそれが無理だから大変なのよ。あの森を抜けなきゃいけないし……」


「あの森??」



「私達は力の森、と呼んでいるわ」



 私がまだちっちゃくて可愛い頃……。あ、いや身体的特徴云々では無くて。子供特有の頑是ない可愛さという意味ね。


 この言い方がじゃあ今の私が可愛く無いみたいに思えちゃうし。


 幼い私にとって力の森は絶好の遊び場であった。勿論、深く入ったら帰って来られない恐れがあるので外の景色が確認出来る場所までだったけども。


 緑が綺麗で、森の香りが素敵で……。


 あの森の正体を知るまでは大変幸せに楽しませて頂きましたよ。




「――――。なぁにぃ?? 仰々しい名前ねぇ」



 淫らな姉ちゃんの声が聞こえたのでそれにつられて振り返ると、いつの間にか合流して蜘蛛と肩を並べていた。



「丁度良かった。エルザードにも説明するわ。父さんが釣りに興じている湖へ行く為には、あの森を抜けなきゃ行けないの」



 視線のずぅっと先。


 薄っすらと見える森の片鱗へビシっと指を差す。



「あそこの森を?? 何だ、簡単じゃない」


「あのねぇ。話は最後まで聞きなさいよ」



 ふっ、華麗にそして完璧に決まったわ!!



 いつもは言われている立場だし。一度はこうして言ってみたかった台詞を吐くとスッカァッ!! っと気分爽快な気持ちに……。



「賢い姿を模倣すると逆に大馬鹿に見えるわよ??」



 ならなかった!!!!



「誰が馬鹿だごらぁ!!!!」



 くっそう!!


 私達よりも少し位強くて、少しだけ美人より綺麗で胸がデケェからって何でも言って良い訳じゃねぇからな!?


 折角の優越感がおじゃんになってしまった。



「はいはい。分かったから続きを話して??」


「ふんっ!! 力の森では魔力の威力は抑えられ、魔法主体で戦う者は襲い掛かって来る生物に対して苦戦を強いられるわ。というか、負ける」


「どの程度、制御されるの??」


「そうねぇ……。九割九分って所かしら」


「そんなにですの!?」



 蜘蛛が目を丸くして驚きを表現する。


 そう――だろう、そ――だろぉう?? 驚くだろぉう??


 私はこういう反応を待っていたのだよ。



「そして、生息する生物の大半は力自慢の奴らばかり。縄張りを悪戯に刺激しない様、慎重に進まなきゃいけないわ。実際、私も何度か死にかけたし……」



 ある程度大きくなって呑気に鼻歌を歌いながら食べ物を求めて森の奥へと進んで行ったらとんでもねぇ目に遭ったのよねぇ。


 懐かしくて大変ホロ苦い記憶がふと頭の中を過って行った。



「ふぅん」



 エルザードが特別興味を示さない口調で、のんびりと話す。



「ちょっと。ちゃんと聞いているの??」


「勿論。魔法が全く効かないのではなくて、効き難いのでしょ?? 気を付けるわよ」



 怪しいなぁ……。


 この姉ちゃんの事だ。襲い掛かって来る生物に対して有無を言わさずぶっ放しそうだし。


 相手をよく見て喧嘩を売って欲しいものよ。



「森の上空を飛んで行けば宜しいのでは??」



 蜘蛛が至極当然んとばかりに話す。



「あ――。それも無理。母さん達大きな龍なら空高く舞って敵の射程範囲外から行けるけど。私の小さな体じゃあ低空飛行が限界。んで、森の中から色んな生物が森の木々を縫ってウジャウジャと飛び掛かって来るのよ」


「つまり。空を飛んで不特定多数の攻撃を避けるよりも、慎重に地上を進んだ方が安全。という訳ですわね」



 蜘蛛の言葉に一々返事をするのも面倒なので、肯定の意味を含ませて一つ頷く。



「ん――。大体な事は理解したわ。それより、湖までちゃんと安全に案内してね??」


「この大陸に足を着けている以上、安全は保障せん!! ほら、出発するわよ!!」



 ここでくっちゃべっていても問題は解決しない。


 寧ろ、時間の無駄だ。


 早く父さんの襟を捕まえて、ボケナスの下へと連れて行かなきゃ。彼の悲惨な姿が私の足を急かした。



「森に入ってから湖まで、どれ位かかりますの??」


「う――ん。ざっと見繕って一日、かな??」



 頭の中で大雑把に計算したが、大方合っているだろう。



「一日ですか。レイド様の事を考慮すると、急いだ方が宜しいですわね」



 歩みを速め、私の隣に並ぶ。


 お――い、おいおい。


 此処は私の縄張りなのよ?? それなのにいけしゃあしゃあとぉ!!



「んな事分かってんだよ」



 たった三歩で蜘蛛の前へと抜け出して話す。



「短足ですと必要以上に歩数を積まなければならないので大変ですわよねぇ――」


「んなっ!?」



 それに対して蜘蛛は二歩で前に出る。


 黒の着物がちょいと着崩れても私には負けたくないってか?? ああんっ!?



「だっせぇ服着て。それが動きを邪魔してんだよ」



 うっし!! 私は一歩で抜いちゃったもんねぇ――。



「余計な荷物を胸に装備していないから動きが速くて、羨ましいですわぁ」


「あぁっ!? 上等じゃねぇか!! 森まで勝負だ!!」



「ちょっと――。今からそんなに飛ばすと、体力持たないわよ??」


「これ位でいいの!! エルザードも速く歩きなさいよ!!」



 全く!!


 仲間の危機だってのに、素敵なお店でちょいと贅沢な朝食を済ませた帰り道の様に呑気に歩きやがって。


 小一時間程小さくて丸みのあるお尻をペチペチ叩きながら、説教してやりたいわ!!


 蜘蛛を追い越し、追い越され。不必要な体力消費を続けながら。大変遠くに見える美しい緑へと突き進んで行った。

























 ◇




 喉の奥がカラッカラに乾き、呼吸が荒くなる速さで歩き続けた御蔭か。力の森の末端へ想像よりも随分と早く到着出来た。



「ぜぇっ……。ぜぇっ……」



 昨日の朝から不眠不休でずぅっと行動を続けているからかなりキツイわね。


 あの体力馬鹿でさえも私と同じ状況ならきっとクッタクタになっている事だろう。



 森の息吹が微風に運ばれ、清らかな香りが鼻腔を優しく刺激する。



 ちょいと休憩を兼ねて背嚢の中から竹筒を取り出して、キュポンっと栓を抜いて新鮮なお水ちゃんで喉を潤していると。



「へぇ――。良い場所じゃない」



 エルザードが遅れて到着して胸一杯に森の新鮮な香りを取り込んでいた。


 この森の恐ろしい正体も知らずに……。呑気なものだ。


 それと、胸の膨らみがうざってぇからさっさと空気を吐き出して萎ませなさい。



「見た目に騙されちゃ駄目よ?? 清々しい場所に見えて、実は恐ろしい場所なんだから」


「そうは見えないけどねぇ。じゃあ行きましょうか」



 私の忠告を無視して、まるで買い物に出掛ける様なお散歩気分で歩き出すから質が悪い。



「うおっとぉ!! もっと警戒しなさいよね!!」



 桜色の後頭部へ厳しい言葉を投げてやり、慌てて私も彼女の後を追って力の森へと突入した。



「周囲に強い魔力は感じられませんね。寧ろ……、ある程度力を籠めませんと魔力が放出出来ませんわ」


「アオイも感じた??」


「はい。この抑え付けられる感じ……。慣れませんわ」



 森へ足を一歩踏み入れた瞬間、魔法を得意とする両名が顔を顰める。



「言ったでしょ?? 魔法の使用は厳しいって」


「妄言かと思いましたが、事実だったようですわね」



 この野郎ぉ。本気まじでその一度減らず口を叩きのめしてやろうか!?


 切羽詰まった状況で、私が妄言等吐く訳ないじゃん!!



「ゆっくり警戒しながら進みましょうか。マイ、この森で注意すべき事は??」



 エルザードが先頭を歩き、前方を向いたまま話す。



「そうねぇ……。森の中央に位置する湖に近寄れば近寄る程厄介な生物が増えるわね。簡単に話すと、湖の側は危険って事」



「ふぅん……。あ、この木の実美味しそう」



 淫らな姉ちゃんが木々の枝の先に生っている薄い赤色の実を細い指で摘まんでいる。



「それ食べられるけど酸っぱいわよ?? その湖で丁度東と西に別れる訳。こっち側東は力の森、反対側の西は魔の森と呼ばれていてね。向こうに生息する生物に対して物理攻撃は余り効果が無いの」



「ここと正反対。と言う訳ですか……」



 蜘蛛が独り言のように呟く。




「ついでに補足しておくけど。この大陸には四つの龍族がそれぞれの方角に居城を構えているわ。東は私達。南はアーちゃんの家系。北はゴルドラドの家系。西はマルメドラの家系よ。私達みたいに単独で治める所もあれば、複数の家族で治める家系もある。 それぞれが各地方を治め、時折現れる超危険な生物の討伐、時には家長同士が集まって色んな事を話し合っていたりするわ。その家長達の中で、今は私の父さんが皆を纏めているって訳」




 これで父さんが如何に自分の立場を鑑みないで行動しているか理解出来るでしょ。



「「アーちゃん??」」



 二人がそいつは一体誰だと、厳しい視線を私に向ける。



「あ、私の友達。幼い頃良く一緒に遊んでいてさ。いやぁ、懐かしいなぁ。この森で一緒に死にそうになったっけ」



 追憶の欠片が脳裏に浮かぶ。



「いや、それより南の家系は何て言うのよ。この実、酸っぱいわねぇ」



 淫らな姉ちゃんが顔をギュっと顰めて言う。



「だから酸っぱいって言ったじゃない。南はバイスドールよ。アーちゃん元気にしてるかなぁ??」



 物凄くデケェけど、物凄く臆病なのが偶に瑕。


 数年間会っていないけどまぁ元気にしているだろうさ。



「死にそうになったと仰いましたけど。何があったのですか??」



 蜘蛛が珍しく私に尋ねて来た。


 仕方があるまい。優しい私が答えてやるか。



「あれは、そう。七歳位の時かな?? 丁度今日みたいに良い天気の日でね。アーちゃんが湖に行きたい――って言うからさ。危ないって言われていてもほら、好奇心ってのがあるじゃない?? 未知なる物を見てみたい。体験してみたい。その心が私達を突き動かしたって訳」



「幼い頃の大冒険か。私も良く危ない所に行ったわねぇ」



 酸っぱい木の実を地面にポイっと放って歩き始めたエルザードが話す。



「んで。森の中腹に差し掛かった所で、熊に出会ったのよ」



「「熊??」」



 二人が再び声を合わせる。



「そう。向こうの大陸の熊と比べると、洒落にならない程超強いわよ?? 私の吐く炎を物ともせず、アーちゃんの攻撃もまるで効き目が無い。鋭い爪は木々を爪楊枝みたいに簡単にへし折って、大きな口の咆哮の圧で私達の可愛い体が吹き飛んで。あれは怖かった……」



 私達が目に大粒の涙を浮かべて大爆走して逃げ回っても必要以上に鋭い牙を剥き出しにして追っかけてきたもん。


 一歩間違えればこの森の中で私の短い生涯は幕を閉じたのだ。




「常軌を逸した熊さんですわねぇ」


「熊から命辛々逃げたのはいいんだけどさ。次に現れた飛蝗ばったがこれまた厄介でね」



「「飛蝗ぁ??」」



 打ち合わせでもしているのかい??


 また仲良く声を合わせて。



「只の飛蝗じゃないわよ?? 私達は大きさ、そして堂々とした姿に因んで……」



 さぁ、此処は超大事な場所だから息を整えて話しましょう!!



「すぅ――、ふぅ――。皇帝さんって名付けたわ!!!!」



 腕を組み大きく頷く。


 あの姿は正に皇帝に相応しい姿だったもの。それ以外に思いつかなかったのが本音だ。



「大袈裟ねぇ」


「いやいやいや!! 大袈裟とかじゃないから!!」



 呆れ気味のエルザードに言ってやる。



「子供頃の記憶は大袈裟に残るものですからねぇ」



 はい。蜘蛛は無視。




「鋭い顎は樹木を容易に噛み切り、屈強な後ろ足は大地をも揺るがす。飛び立つ羽は空気を振動させ、大きな複眼で捉えた生物は決して見逃さないわ」


「それで?? どうして飛蝗に襲われたの?? 元々草食じゃない」



「いや、熊から逃げて来た所に丁度鉢合ってさ。向こうは食事中で、それを邪魔されたのが気に食わなかったみたいなの。襲い掛かって来た皇帝さんからアーちゃんと一緒に只管走って逃げたけど、呆れた跳躍力と千里を見通す複眼でずっと追いかけて来たわ」



「巨大な飛蝗に追われるのは、流石に勘弁願いたいですわねぇ」



「どう?? この森がいかに危険か分かったかしら??」



 先頭に躍り出てクルっと振り返り、得意気に腕を組んで頷きながら言ってやった。



「――――。えぇ、よぉく分かったわ」



 エルザードがピタリと歩みを止め。



「皇帝の名に恥じぬ姿ですわねぇ」



 蜘蛛がキュっと目を見開いて私の背後を見つめた。



「何?? どうした……」



 成程。


 あの二人が歩みを止めた訳がよぉく分かったわ。


 大地に生える木々の間、少し進んだ位置にぽっかりと空いた空間が現れる。



「……」



 その円の中央で皇帝さんが今も忙しく、ギチギチと顎を動かして緑豊かな草を召し上がられているのだから。



 恐らく、既にその立派な複眼で私達を捉えているだろう。


 私達はじっと動かずに凛々しい御姿をありがたぁく拝見させて頂いた。




 全長約五メートル。


 小さな小屋程の大きさが子供の頃に見た光景が間違いでは無いと教えてくれる。


 屈強な後ろ足は大地をしっかりと捉え、この森等皇帝さんの脚力なら一跳びで越えられるのではないだろうか?? そんな素敵な考えを私に連想させた。


 深緑色の体表に物理攻撃を物ともしない分厚い甲殻。


 こんな化け物が棲む森に遊びに来よう等、誰が考え付こうか。



 私の幼き頃の苦い思い出、そして少し成長してからは基本戦闘の師匠と久々の再会を果たした。



「どうする??」



 小声でエルザードが此方に問いかける。



「勿論、迂回よ。悪戯に刺激して相手を怒らせる訳にはいかないわ。時間も無いし……」


「賛成ですわ。あの馬鹿げた大きさ……。相手にするのも馬鹿らしいですので」



 蜘蛛が溜息を付き、右へ移動しようと体を動かした刹那。


 皇帝さんがぐるりと体を反転させ、超カッコイイ顔の正面で我々を捉えた。



「お、おぉうぅっ……」



 巨大な顎をギッチギチと動かして、主食である草の咀嚼を続け。楽しい食事の時間を邪魔されたのが気に障ったのか。


 頭の触角が忙しなくワチャワチャと動いていた。



『我が食事の邪魔をする下郎共めがっ!! 私が直々に成敗してくれよう!!』 と。



 い、今にも飛び掛かって来そうな雰囲気ね……。



「マイ」


「な、何よ」


「この場合。どうすればいいと思う??」



 皇帝さんの一挙手一投足を見逃すまいと注視し、互いに視線を交わさず会話を続ける。



「逃げるが勝ち??」


「はぁ……。イスハの所で何を習ったのよ」



 ヤレヤレと、大変大きな溜息を吐く。



「こういう時は……。先手必勝って相場が決まっているのよ!!!!」



 淫魔の女王様が何を考えたのか知らんが。皇帝さんへ向かって右手を翳すと深紅の魔法陣が浮かび上がる。



「ちょっ!!!!」



 そして、私が注意を伝える前に魔法陣から巨大な火球が現れ周囲の大気を悪戯に焦がし始めた。



 いやいやいやいや!!


 何勝手にぶっ放そうとしてんのよ!!




「食らいなさい。大火球衝波フレアインパクト……」




 魔法陣から放たれた大火球の軌道が草々を燃やし、大地を黒く焦げ付かせる。襲い掛かる熱波に思わず顔を背けてしまった。



「……」



 燃え盛る真っ赤な火球を複眼で捉えても皇帝さんはまるで相手の力を推し量る様に、堂々たる姿勢と姿で微動だにしない。



 そんな威風堂々とした皇帝さんの御体に大火球は見事直撃。


 天高く立ち昇る豪炎に包まれ何かが焦げる燻す匂いが周囲に放たれた。



「はっ。他愛無いわね」



 ゴウゴウと燃え盛る皇帝さんの影を満足気に見つめ、勝利を確信した彼女はふさぁっと髪をかき上げた。



「な、何してんのよ!!」


「何って。攻撃よ?? 向こうが攻撃してきそうな雰囲気だったし?? 私の超絶すんばらしい魔法の直撃を食らって無事な訳……」



 ドスケベ淫魔の姉ちゃんが誇らし気に喋っている途中、妙な雑音が私達の鼓膜を刺激した。



 これは、そう。


 節足同士が触れ合う様なワシャワシャと生乾いた音ね。



「……」



 大変御硬い生唾をゴックンと飲み込んで、炎の中で朧に揺れる皇帝さんの黒き影を見つめると……。



「…………ッ!!!!」



 皇帝さんは背中の羽を大きくガバッ!! と開き。それを激しく作動させると烈風で炎をたちどころに掻き消してしまった。



 すっげぇ……。羽ばたきで炎を消しちゃったよ……。




「参ったわね。私の炎をこれ程容易に消すなんて」


「だから言ったでしょ!! 魔法は効かないって!!!!」


「だってぇ。試してみたいじゃない??」


「だってぇ……。じゃあ無い!! ほら、来るわよ!!」




 皇帝さんは怒り心頭の御様子。


 後ろ脚を大地に着地させ、溢れ出る力を溜めている。



「まさか……。私達に向かって直進するつもりですか??」


「そのようねぇ。あの立派な足だとどれ位の加速を見せてくれるのかしら??」


「呑気に観察するなってぇの!!」



 やっべぇ!! 来る!!



 皇帝さんがぐぐっと頭を下げ、加速の体勢を取るので私は腰を落として回避行動の姿勢を取った。



「ギッ!!」



 後ろ脚で溜めに溜めた力を炸裂させると僅かに地面が振動。


 それとほぼ同時に巨大な複眼が目の前に迫り、鋭い顎がエルザードの顔を捉えた!!



「あぶっ……!!」



 私が注意を呼びかけようと咄嗟に声を出したが、それでも彼女は動こうとはしなかった。


 皇帝さんを悠然と見つめる目は何だか品定めをしている様に見えてしまう。



 な、何余裕かましているのよ!! は、早く回避行動をっ!!



 同じ女性でも思わず見惚れてしまう端整な顔が砕け散るかと思いきや……。



「…………。ギッ!!!!」



 皇帝さんの素晴らしい顎はエルザードの顔を捉える事は無かった。


 何故なら……。



「いっ!?」



 御顔のド真ん中から綺麗に横へ真っ二つに引き裂かれてしまったから。



 半分に切り別れた体にくっ付く節足が無意味に動き、分厚い甲殻にキチンと仕舞われていた内臓がぐちゃぐちゃになって空気に露呈。そこから黄緑色の液体が勢い良く噴き出して美しい木々の幹を汚す。



 先程食されていた草の残骸が周囲に飛び散り、黄緑色の液体と混ざり合い何とも言えない光景が目の前に広がった。



「へ!?」



 突然の出来事に言葉が出て来ない。


 な、何で真っ二つになってんのよ……。



「…………。呆れた加速です事」



 私の背後から蜘蛛がするりと現れ、皇帝さんの死体を見下ろす。



「その糸、役に立つわねぇ」


「褒めて頂き光栄ですわ」



「い、糸?? あ、これか……」



 木と木の間。


 鋭い一本の糸が横一文字に張られており、皇帝さんはこれに気付かず直進したのか。


 それで体を真っ二つに……。



 数年前の私がひぃひぃと、情けない声を出しながら倒した相手を労せず駆逐するとは……。



「力に力で対抗するのではなく。その力を利用すればいいのですわ」



 指をパチンと鳴らすと、糸がはらりと地面に落ちる。



「考えたわねぇ。マイ、効率良く戦うって事はこういう事よ??」


「うっさい!! ほら!! 先を急ぐわよ!!」


「はいはい。アオイ、行くわよ」


「えぇ。…………。頭まで筋肉で出来ている人は大変ですわねぇ」



 聞こえてんぞ!?



 けど、ここで言い争ったら時間を浪費してしまう。


 先を急がなければ……。


 私は湧き上がる義憤を必死に抑え込み、皇帝さんの死体へ一礼を送ると湖へ向けて再出発した。





お疲れ様でした。



後々各方面に住む龍族の方々が登場する予定ですが、此処で皆様にネタバレしない程度の龍族の設定をお知らせ致します。



北のゴルドラドは魔法と物理。その両方をバランスよく取り入れて戦うタイプです。因みに、ベッシムは北地方の出身です。


西のマルメドラは物理攻撃を不得手として魔法を主戦として戦うタイプ。マイの母親フィロの出身でもあります。此処で読者様はあの母親の常軌を逸した力を見てアレっ?? っと。お考えになったかと思いますが。その説明は後々登場しますので今暫くお待ち下さい。



南のバイスドール、狂暴龍の幼馴染が居る家系は物理一択の戦い方です。


そして、東を治める覇王の一族は一撃必殺を得意とする戦闘タイプ。あの食いしん坊を見てこれは読者様達も納得出来るのではないでしょうか??



このガイノス大陸にはまだまだ謎多き場所が存在しております。


第一部では僅かにしか紹介出来ませんが、第二部。そして三部と。順を追って登場しますので首を長くしてお待ち頂ければ幸いで御座います。



そして、ブックマーク並びに評価して頂き有難うございました!!


執筆活動の嬉しい励みとなり、このまま第二章完結まで突っ走りますからね!!


それでは皆様、素敵な休日をお過ごし下さいませ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ