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第百七十一話 有無を言わせない空の女王様 その一

お疲れ様です。


本日の投稿なります。


それでは御覧下さい。




 空と大地の覇者である龍族が誇る速度を余裕で越えてしまう馬鹿げた速度で、此方に向かい来る浮雲を突破して空高く飛翔。


 加速と重力の合力によってお腹の奥が引っ張られる感覚が襲い、それが収まると。



「んぉ――……。こりゃまた綺麗だ」



 地上に比べ上空は空気が澄んでいる所為か、将又空の限界へと近付いたのか。


 夜空に浮かぶ星の瞬きが手で掴めそうな距離へと接近して思わず感嘆の声を漏らしてしまった。



 久々に超高度まで上昇したが、やっぱり上の空は綺麗ねぇ。



 まだ体が大きかった頃。


 母さんと喧嘩して家を飛び出した時は一人大空へと舞い上がって星空の中を散歩したものさっ。


 澄んだ空気が負の感情を洗い流し、瞳の中に入って来る煌びやかな星空が陽性な感情を湧かせ。夜空の空中散歩を数時間堪能したら帰宅して、母さんに謝る。



 美しい光景がちょいと前の苦くも懐かしい出来事を思い出させてくれた。



「まだ大陸を抜けそうに無い??」



 栗鼠の姿のエルザードが籠の淵から顔を覗かせて鳥姉ちゃんを見つめる。



「間もなく抜けますよ」



 彼女の声を受けて下側の籠の淵へと移動。


 そして、落下しない様にそっと下方へ視線を落とした。



 所々に見える明かりの塊は……。人の営みが行われている村、若しくは街であろう。



 時折、ポツポツっと現れる真っ暗な平野に浮かぶ明かりは恐らく、ボケナス達パルチザンの兵士達が夜営を張り警備をしている所かな??


 こうして見るとこっちの大陸はかなりの人が住んでいると理解出来るわね。


 生まれ故郷であるガイノス大陸は私達龍族以外の知的生命体が住んでいない所為か。人工物の明かりは殆ど見えないもの。


 襲い掛かる風圧に目を細めつつ、人の営みの存在を探していると。




「ん?? 潮の匂いだ」



 正面から潮っぽい香りが私の鼻腔をほんのりと柔らかく刺激した。



「うっそ。匂うの??」



 上側の籠の淵に掴まる栗鼠が驚いた面持ちで私に問う。



「ちょっとだけね」



 がっつりでは無くて。


 たった一粒の塩の結晶体程度の匂いだけども……。その矮小な香りが私にもう直ぐこの大陸を飛び立つ事を伝えた。


 阿保みたいな加速に備えてそろそろ準備しないと。



「呆れた嗅覚ねぇ。私はレイドの匂いしか感じないわぁ」



 そう話すと、籠の淵から手を放し。


 静かに体を丸めているボケナスの体へとへばり付いた。



「こら。怪我人に何て事すんのよ」


「いいじゃない。役得よ、役得。ほら、アレクシアもちょっと休憩してさ。栄養補給を兼ねて嗅いでみる??」



 まるで食べ物を勧めるように軽く誘うから困ったものだ。


 流石にこの状況じゃ彼女も憤りを感じる筈。



「えっ?? いいんですか??」


「良く無い!!!!」



 喜々として言うもんだから、今もビュウビュウと鳴り響く風の音に負けない音で叫んでしまった。



「そ、そうでしたね。今は駄目ですよね」



 今は。


 その単語が妙に引っ掛かったのは私だけだろうか??



「それより、もっと飛ばさなくていいの??」

「うふふ……。クソ狐の匂いを上書きぃ――」



 ボケナスの頭にしがみ付き、ヘコヘコと腰を動かしている栗鼠を無視して問う。



「そうですね。間も無く大陸を抜けますので速度を数段階上げようかと考えていた所です」



 数段階、ね……。


 籠の淵から顔を覗かせると強風がベチベチと頬を叩き、満足に目も開けていられない。


 これより更に速くなるのだから、空の女王の名は伊達じゃないって事か。



「……………………。うぐっ」



 籠から顔を仕舞い。ちょいと休憩ついでに寝っ転がろうかと考えたらボケナスが小さく呻いた。



「ボケナス、大丈夫??」



 小さな手で体をペチペチと叩いて問うと。



「……うっ!! うぐぁあぁ!!」



 小さな衝撃が彼の何かを刺激してしまったのか。丸めている体を無理矢理解除しようとして体が大きき跳ね上がり、細かい痙攣を開始。


 それと同時に口からは鮮血が零れ落ち、切り裂かれた肉の合間から血が溢れ出して服を赤く染めていく。



「レ、レイドさん!!」



 突然の発作でアレクシアが体勢を崩すが、何とか持ち直し高度と速度を維持した。



「卑猥な栗鼠!! 治療を!!」


「分かっているわよ!!」



 私の手よりも更に小さな手の先に水色の魔法陣が浮かび魔力を流し込むと、ボケナスの苦しむ顔が少しだけ柔らかい物へ変化した。



「不味いわね……。私が治療に魔力を割くと結界が張れないわ」



 栗鼠の小さな手を傷口に当て、力強い魔力で治療を施しながら話す。



「このままの速度で飛べ。そう仰るのですか!?」



 アレクシアの悲壮に塗れた声が籠の上部から届く。


 そりゃそうだろう。


 これ以上速く飛べるのに、目的地までなるべく早く到着したいのにどうしても急げないジレンマ。



 問題は加速度によって襲い掛かる風と衝撃だ。



 出来る事なら……。ボケナスの体にこれ以上の負荷を掛けたくない。しかし、彼の命の灯は間も無く尽きようとしている。


 否応なしに酷く重い不安感が私達を包んだ。



「…………。私が結界を張りますわ」



 ボケナスの開いた胸元のシャツの隙間から蜘蛛の黒き節足がニョキっと現れ、彼の背に八つの足を広げてへばり付く。



「あんた……。いつの間に……」



 黙ってついて来たムカつきよりも、驚きの方が先に出てしまう。



「居ても立っても居られませんでしたので。それより、エルザードさん。治療をお続け下さい」



「ふっ、助かったわ」



「レイド様の体を糸で籠の中に固定。馬鹿げた加速によって籠の底が抜け落ちない様に、そして空中分解しない様に籠の強度を糸で強化。籠の入り口には結界を張りますのでどうぞご自由にお飛び下さい、そして最速の名に恥じぬ速度を我々に見せて下さいまし」



 そう話すと早速作業に取り掛かり、籠の中にはキショくてネチャネチャした糸が張り巡らされてしまった。


 うぇぇ……。


 この糸だらけの中で過ごさなきゃいけないのぉ??



「分かりました!! 私の力……。此処で出し尽くします!!!!」



 アレクシアの気合に満ち溢れた声が籠の上部から届く。



「へぇ。大魔でも無いのに……。ここまでの魔力。女王の器なだけあるわね」



 卑猥な淫魔の女王が認めざるを得ない呆れた魔力が迸り、いよいよその時が来たのだと。


 私は丹田に力を籠めて襲い掛かる衝撃に備えた。




 さぁ……。爆速超加速で行ってみようか!!




「では……。行きます!! 嵐よ!! 気流よ!! 私に力を貸しなさい!! 暴風乗法ディザスターストライド!!!!」



 頭上で信じられない魔力が炸裂すると同時。



「おわぁぁああああああああ!!!!」



 眼球が、そして世界最高の頭脳が籠の奥へ引っ張られて蜘蛛の糸にベッチャリと貼りついてしまった。


 弾力がある蜘蛛の糸でその衝撃は幾分か軽減されたが、殺人的加速度により指先一つ動かなくなり。


 声が、音が、遠く彼方へ消え去ってしまった感覚に陥ってしまった。



「こ、この加速度は……!!」



 ボケナスの体に糸を巻き付けて密着。


 そして籠の入口へ結界を張る蜘蛛が振り絞る様に出した声がこの馬鹿げた加速度を物語っている。



「ちょ、ちょっと!! この圧……。ボケナスの体は大丈夫なの!?」


「大丈夫よ!! 私が癒し続けるから!!」



 私の隣で仲良く蜘蛛の糸にへばり付いているエルザードが声の限りに話すが……。


 丈夫な私でもこの加速度は流石に堪えるので、死にかけの男の体はもつのかしら??



「ぐはっ……!! ゴフッ!!」



 言わんこっちゃない!!


 体の肉が裂け、血が噴き出して蜘蛛の糸の隙間を縫って後方へ流れ出て行く。



「レイドさん!! しっかり……。しっかりして下さい!!」



 ボケナスの異常事態に呼応するようにアレクシアの力が増す。



「レイドさん!! 返事をして下さい!! あぁ、くそう!! こうなったら……」



 まさかとは思うけど……。


 もうこれ以上速くならないわよね??



「エルザード」


「何??」


「物凄く嫌な予感がするのは私だけかしら??」


「残念。私もビンビン感じているわよ」



 でしょうねぇ……。


 栗鼠の黒い御目目に小さな雫が溜まっていますもの……。




「翼が折れてもいい……。飛べなくなってもいい……」



 鳥姉ちゃんが意を決した声を放つと。



「「はぁっ……」」



 私と一匹の栗鼠は小さく溜息を吐き、奥歯をきゅっと噛み締め泣きたくなる加速度に備えた。



「限界を超え、更にその先へ……!!」




 あぁ……。


 頼むから五体満足で故郷の土を踏ませておくれ……。




「風よ!! 大気よ!! そして、流れる空気よ!! 私の通る道を……。邪魔するなぁああぁあぁ!!!!」



「「「キャァアアアアアアアアッ!!!!!!」」」



 鳥姉ちゃんの特攻が開始されると、籠の中の女性三人が同時に叫んだ。



「ウギギィ……。し、し、死ぬぅ!!」



 これ程までの加速による衝撃を人生で味わった事は無い。


 顎が天へと跳ね上がり元の位置へ戻せなくなり、体内の血行が加速で阻害される。


 襲い掛かる力の波によって何だか視界がぼぅっと暗くなり意識が遠退いてきたわ……。



 だが……。私は絶対に気絶しぬわぁい!!!!



「グギギ……!! ムッキャァァアアアア!!」



 必死に顎を元の位置へと戻し、遠退く意識を現実に留めて歯を食いしばる。


 全員が失神したら誰がボケナスの面倒見るのよ!!


 だ、だが……。気を抜くと、一気に持って行かれそうだ!!



 私の意識を狩り取ろうとする悪魔が頭上付近を右往左往。


 その悪魔に意識を持って行かれまいと必死に抵抗し続けていると。



「がぁっ!! …………」



 襲い掛かる圧に彼の体の中で眠る龍が反応したのか。


 ボケナスの体がビクリと跳ねると、一切動かなくなってしまった。


 まさか……。



「安心なさい。ちゃんと心臓は動いているわ」



 体と一体となって顎を天井へ向けてピンっと伸びきり。されど右手だけは器用にボケナスに向けて魔力を放出している栗鼠が話す。



「只、いつまで持つか……。保証は出来ないわよ」



 さっきは心臓が止まった。


 果たしてボケナスの体は、もう一度心臓が止まる事に耐えられるのだろうか。


 幾ら頑丈なアイツでも限度があるだろうし……。



「レイドさん!! 駄目です!! 逝かないでください!!!!」



 アレクシアが悲壮な叫び声を喉が裂ける程の声量で放つ。



「皆さん!!!! 覚悟を決めて下さい!!」



「「か、覚悟??」」



 私とエルザードが辟易した目線を合わせ、喉の奥から声を振り絞って出す。


 蜘蛛は……。



「……」



 意識があるのか無いのか。先程から動いていない……。


 ボケナスの体に糸を張り、体を固定してはあるがそれがいつまでもつのやら。


 だが、前方に張ってある結界は健在であった。



「私と心中する、覚悟です!!」



 お、おいおい。


 まさかとは思うけども、これが限界速度じゃないの!?



「そ、それはちょっとぉ……」

「え、えぇ。心中するより、確実に向こうの大陸へ向かった方がいいんじゃない??」



 エルザードの声が珍しく上擦る。



「聞こえません!!!!」



 聞きなさいよ!!



「例え、私の体が裂けようとも……。レイドさんの為なら惜しくありません!! さぁ……、行きますよ!?」



「ちょ、ちょっと待っ……」



 彼女が覚悟を決めた、刹那。



「はぁぁああっ!! でやぁああああああ!!!!」


「オゴフッ!?!?」



 蜘蛛の糸が更に奥へグゥンっと引っ張られ、加速度によって目玉が押し潰されてしまいそうだ!!



「ウ……ギギ……」



 必死に体を前方に戻そうとしてもビクともしない。


 こ、これは……。


 流石にし、死ぬ……!!



「マ、マイ。生きてる??」



 今にも途切れてしまいそうなエルザードの弱々しい声が聞こえて来た。



「な、何とか……。そっちは??」


「駄目。身動き取れない……」


「治療は……。続けられそう??」


「魔力を放ってはいるけど……。ここからじゃ容体は見えないわ」



 でしょうね。


 顎が上がり過ぎて首がポキっと折れそうな角度になっていますもの……。



「うわぁぁああああああっ!! もっと……。もっと速く!! 光の……。その先へ!!!!」


「や、止め……。ギィィヤァァアアアアアアア!!!!」



 爆発的な超加速がアレクシアの魂の叫び声、そして私達の悲痛な叫び声を空へと置き去りにする。


 私達は半ば強制的に夜空へ美しい線を描く流星となって、生まれ故郷へ一筋の光となり向かって行った。




最後まで御覧頂き有難うございました。


本日は早めの帰宅となりましたので、いつもより早く投稿させて頂きました。


今日の御飯は適当にインスタントの味噌ラーメンでも作りましょうかね。


それでは皆様、素敵な夕食のひと時をお過ごし下さいね。

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