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第百七十話 あわてんぼうの空の女王様

お疲れ様です。


中途半端に区切ると流れが悪くなる恐れがありましたので、長文となってしまいました。大変申し訳ありません。


それでは御覧下さい。




 猛牛の魔の手と乳から命辛々逃れ、畳の上で四つん這いの姿勢で嗚咽しながら沢山の新鮮な空気を取り込んでいると。



「あったぁ!!」



 我が親友がニッコニコの笑みで件の品を取り出し、これ見よがしに染みが目立つ天井へと掲げた。


 何でたった一つの物を取り出す為に私が此処まで苦しい思いをせにゃならんのだと、辟易してしまうが。


 死にかけのアイツを助ける為にこれは必要な犠牲なのよ。


 まぁ……。


 友達の尻をブッ叩いた私が悪いんだけども……。


 そこは、目を瞑って切り替え。さっさとあの姉ちゃんを呼びましょうかね!!




「カエデ。何を思いついたのかしら??」



 魔力が底を尽き、野菜売り場の端で閉店まで売れ残ってしまった。草臥れに草臥れ果てた白菜みたいに萎びたエルザードが覇気の無い声で生徒へと尋ねた。




「ハーピーの女王。アレクシアさんに頼んでみます」



「ちょっとだけ抜けた姉ちゃんだけど、良い奴でさ。とある事件をきっかけに私達と仲良くなったのよ」



 売れ残りの白菜へと補足説明してやる。



「おぉっ、ハーピーか!! その手があったな!!」



 イスハがポンっと手を打ち。



「ふぅん。どんな人かしらねぇ」



 淫魔の女王は何となぁく察していたのだろう。


 然程驚く様子を見せずにボケナスの肩口にちょこんと顔を乗せて。



「はぁっ……。淫らな力補充中――……」



 ボケナスの首筋に整った鼻筋を当てて卑猥にスンスンっと動かし、野郎の香りを胸一杯に閉じ込めていた。


 いつもならさっさと離れろやと大変真面目な私が注意してやるのだが。今日だけは大目にみてやろう。


 私は大らかなのだっ。




「お待たせ!!」



 ユウが軽快な笑みを浮かべて翡翠の色の球体を手に持って来る。



「ほう?? それが今話していた奴か」



 イスハが物珍し気に、風のオーブを見つめる。



「確か……。魔力を流して、んで。集中して念じれば向こうの景色が映るんだよな??」


「そうよ。ユウ、やってみて??」


「あいよ――」



 右手の掌の上に風のオーブを乗せ、瞳を閉じて矮小な魔力を球体へと流し込む。


 皆がユウを囲んで美しく鮮やかな緑色の球体を穴が開くまで見つめていると。その色がぐにゃりと歪んで朧げに、向こう側の部屋の光景が映り始めた。





「…………。ふっふ――ん。るる――んっ」



 水晶に映るのは以前見た時と変わらないアレクシアの部屋の光景。


 女性の明るく、陽気な声が球体越しに聞こえては来るが。彼女の姿は見当たらなかった。


 此方の酷く沈んだ状況とそぐわない声に何とも言えない気分になるわね。



「うふふ……。新しい下着を着けると気分が上がりますよねぇ――」



 鳥姉ちゃんめ……。前回も下着の話をしていなかったか??


 微妙な音程の鼻歌の音頭に乗せて、女性ならば必ずや嫉妬してしまうであろう鳥姉ちゃんの姿が現れた。



 白く肌理の細かい肌にくっ付いているそれ相応に育った双丘、薄い桜色の長髪は後ろで纏め背に流す。


 そして、彼女は大変嬉しそうな笑みを零して下着に包まれた双丘を見下ろしていた。



 あぁ、くっそう。腹立たしい……。


 可能であるのならばあの華奢な肩の下にある実った果実を噛み千切って軍鶏の餌にしてやりてぇ……。




「アレクシア様――。失礼しま――す」



 この声は、ピナか。


 扉が叩かれる音が鳴り響くとほぼ同時に鳥姉ちゃんの友人且世話焼き且雑用係が現れ。



「あ、は――い」


「本日採取された蜂蜜の量の報告を……。まぁたその下着付けているんですかぁ??」



 呆れにも似た声を出して鳥姉ちゃんの胸元へ厳しい視線を送った。



「初秋に誂えた紅緋べにひ色だと思わない?? それにこの可愛い秋桜の刺繍。素敵よねぇ……」



 両手でフニっと双丘を持ち上げて話す。


 私も赤が好きなのでその意見には肯定してあげるけど、デカさと柔らかさには否定するわ。


 大体、卑怯なのよ。何で私以外の女性はみ――んな!! 私よりでけぇのよ。


 世の中不公平過ぎんだろ……。




「アレクシア様。秋桜の花言葉は御存知ですか??」


「ふふんっ、勿論です。乙女の純真ですね!!」



 ほぅ――。


 流石は蜂蜜作りが上手な種族の女王ね。それ位の雑学はお手の物か。



「下着姿で純真とか言わないでください。秋桜に失礼ですよ」


「そ、そっちが聞いて来たから答えたのよ!?」


「それは兎も角、誰に見せるつもりなんですかぁ?? まぁ凡そ想像はつきますけどねぇ」



 小さく溜息を吐き、分厚い紙の束を机の上に置いてピナが言葉を漏らした。




「えへへ。彼、元気にしてるかしら」


「気になるのなら、連絡してみればいいじゃないですか」


「用も無いのに?? それはちょっと……。図々しいみたいで気が引けるから」


「そんな事言ってると、マイさん達に取られちゃいますよ??」


「そ、それは困ります!! よ、よぉし!! 気合出しちゃいますよ!!」


「気合入れるのは結構ですけどね?? 早く服を着ないと風邪を引きますよ」



 う、う――む。


 いつまでこの下らねぇやり取りを聞いていればいいのだろう。


 だが、女王の誘い文句が気になるのは事実な様で?? ユウを取り囲む者達は沈黙を決め込んでウンウンと唸る可愛い女性の次なる言葉を待ち構えていた。




「誘い文句は……。新しい下着を買ったので――、これじゃ軽い女に見られてしまいます!! あ、そうだ!! 蜂蜜が上手く出来たので是非御賞味下さい……。これなら完璧ですよね??」


「無難過ぎて却下。女性でも満足のいく捻った誘い文句を導き出して下さい」


「えぇっ!?」




 これ以上聞いていても時間の無駄だ。


 私はそう考え、アレクシアの誘い文句に対する答えを言ってやった。



「馬鹿デケェ桶一杯に満たした蜂蜜を持って来い」


「キャァッ!! …………。マイさん?? もぅ!! 驚かさないで下さい!!」



 オーブの前に下着姿のアレクシアが現れる。


 薄いピンクの髪に紅緋色の下着は良く栄えていた。



「よっ、久々だな!!」


「お久しぶりです」



「ユウさん、それにカエデさんまで!! 他の人はぁ……。アオイさんとルーさん、そしてリューヴさんは見た事がありますけど……。」



 イスハとエルザードの顔を捉えると不思議そうに両名の顔を眺めていた。



「初めまして、小鳥のお嬢――ちゃん。私は淫魔の女王エルザードよ」


「狐の女王。イスハじゃ」



 各々が軽く自己紹介を済ませると。



「じょ、女王!? これは大変失礼致しました!! 私はハーピー一族を統べる女王アレクシアと申します……」



 鳥姉ちゃんが二人に対して慌てて頭を下げた。


 そしてその勢いで、プルンと上下にあれが揺れてしまい。私の怒りの温度が二度程上昇してしまったのだが……。


 今はそれ処では無いので黙っておきましょう。



「同じ女王じゃない。そこまで畏まる事はないわ」


「気にするな。それより、お主に頼みたい事があるのじゃ」



「私共に?? 所で、レイドさんはどちらに……??」



 私達の姿の中にアイツの姿を見付けられず、忙しなく視線を左右に動かしていた。



「儂の弟子に問題が発生してな。ユウ、レイドを映してやれ」



 ユウが無言でオーブを動かし、血で染まった布団の上でぐったりしているボケナスを見せてやると。



「…………っ!!!!!!」



 刹那。


 この酷い惨状を目の当たりにすると一瞬で血の気が引き、両手で口を抑えた。



「な、何があったのですか!?」


「実はね……」



 私はこうなってしまった経緯を手短に話してやった。



「――ってな訳で。ボケナスは苦しんでいるのよ」


「成程……。では、その龍を鎮める為にガイノス大陸へと向かわなければいけないのですね??」


「そうじゃ。お主ら、人を乗せて飛べるか??」


「勿論です!!」


「助かるわ。それじゃあ、夜分遅くに申し訳ないけど。速くて体力がある者を十名程連れて来てくれる?? 場所はギト山中腹。近付けば私達の魔力でその場所が分かると思うから」



 エルザードが話す。



「分かりました!! ピナ!! 優秀な人物を搔き集めて!!」


「了解しました!!」



 彼女の後方で聞いていたピナへ指示を出すと。



「私は先行します!! 一刻も早くレイドさんの様子を確かめたいので!!」



 慌てふためき、出発の準備を始めた。



「えっと……。アレクシア様??」


「何!? ちょっと!! 立ち止まっていないで早く行動しなさいよ!! 私は今直ぐに出発しますからね!?」


「里の者の召集、並びに必要な装備の準備は私が行いますけども……。その恰好で出発するおつもりですか??」



 大変お可愛い下着姿のアレクシアへ、若干呆れた溜息と共に話す。



「きゃぁっ!! 気付いていたなら早く言ってよ!!!!」


「……」



 その言葉を最後に、ユウがやれやれといった感じで魔力の放出を止め。静かに風のオーブを荷物の中へと仕舞った。



「ちょっとだけ抜けた、その意味がはっきりと分かったわ」



 エルザードが呆れた口調で話す。



「いや、あぁ見えても滅茶苦茶強いから……」



 大変優しい私は女王である彼女の威厳を保つ為、一応細やかな援助を補足しておいてあげた。




















 ◇




 ちょいと抜けた鳥姉ちゃんに連絡を届けてから約一時間後。


 一人の美しい女性が平屋にけたたましい音を散らしながら飛び込んで来た。



「レイドさん!!」



 私達には目もくれず、人間の運搬用の籠なのか。


 背負う様に太い紐が括り付けられた木製の馬鹿デカイ籠を畳みの上に放ると、一直線にボケナスの下へと駆け寄り。



「あぁ……。こんなに血の気が失せて……」



 心配そうに冷たい手を取り、悲壮な面持ちでボケナスを見下ろしていた。


 鳥姉ちゃんの性格上、例え自分の用事で急いでいたとしても必ず挨拶をするのだが。それさえも省いてボケナスの下へ駆け寄るって事はそれだけ心配していたのだろう。


 余程急いで飛ばしていたのか、髪の毛もクッチャクチャだし。



「久々ね、元気にしてた??」



 両手でボケナスの右手を包み込み、生の温かさを送り込んでいる彼女へ一声掛けてやった。



「マイさん……。あぁっ!! し、失礼しました!!」



 何やら話し合いを続けているイスハとエルザードの下へ急ぎ足で向かい、彼女達の前で片膝を着く。



「初めまして。私の名はアレクシア=ヴィエル=レオーネと申します。以後お見知りおきを」



「堅苦しい挨拶は苦手だから、そこまで仰々しくしなくても結構――よ」


「宜しくな、アレクシア。早速じゃが、連れの者はどこじゃ??」



 イスハが訓練場の方角へと視線を送るが……。


 待てど暮らせどハーピーの魔力を感じる事は叶わなかった。



「私が一人、飛ばして来ましたので……。準備が整った彼等が到着するのは二時間後位でしょうか」


「ハーピーの里から此処まで約一時間、か。呆れた速さね」



 エルザードが目を丸くして今も頭を垂れ続ける彼女を見下ろす。



 動き易い服装に着替え、ある程度の身だしなみを整え、里の者達へ通達。


 それから移動して……。


 彼女の行動を軽く見繕い、私と比較した結果。どう考えても一時間では間に合わない結果に至った。


 たまぁに抜けてはいるけども鳥姉ちゃんが優秀な証拠よね。




「これでも抑えた方です。これから始まる長距離の移動の事を思い、なるべく力を使わない方法で飛んできました」



 十分過ぎる早さの到着でも抑えた方、か。


 相変わらず馬鹿みたいに速いわねぇ。



「済まぬ、恩に着る。出発まで休んでおれ」


「分かりました」



 垂れていた頭を上げ、すっと立ち立ち上がると私達が休む場所へとやって来た。



「よう!! 元気そうだな!!」


「ユウさんもカエデさんもお変わらずで何よりです」



 ふっと小さい笑みを浮かべて、小さく頷く。



「新しい下着の着け心地は如何ですか??」


「ちょ、ちょっと!! 人前ですよ!!」



 カエデの珍しい揶揄いが珍しく沈みがちである私達の空気を和ませてくれた。



「冗談ですよ」


「驚かさないで下さいよ……。アオイさん達とは何度か風のオーブ越しで御顔を拝見させて頂きましたが。改めて御挨拶させて頂きますね」



 蜘蛛、リューヴ。そして狼の姿でハッハッと息を続けているルーの方へ視線を向けた。



「あぁ、宜しく」



 リューヴが一つ頷き。



「初めましてですわ」



 蜘蛛は彼女へ一瞥を送り小さく頷くと、ボケナスの傍らで足を崩して様子を見守り続け。



「おぉ!! 実物は凄く可愛くて、良い匂いがするね!!」



 一頭の狼がガバッ!! と後ろ脚で起き上がると。両の前足を彼女の両肩に掛け、黒い鼻頭をアレクシアの頭にムチュっとくっ付けて匂いを嗅いだ。



「ちょ、ちょっと!! ルーさん!!」


「気にしないで良いわよ。ソイツなりの挨拶みたいなものだから」



 ルーの体を押し返そうかどうか迷っている鳥姉ちゃんへ言ってやる。



「フンフンッ!! う――ん……。何か、甘い匂いがするね??」


「長距離の移動になりますからね。此処へ来る前に蜂蜜を摂って来ました」



 準備は万端って訳か。


 そして、その蜂蜜のお土産を期待して玄関口に横たわっている籠の中へ視線を送るが……。



 うん……。毛布以外、なぁんにも入っていないわね。


 ボケナスの事で頭が手一杯だったからお土産を忘れたのでしょう。今度は忘れない様に釘を差して持って来させよう。



「それより、ガイノス大陸の存在は噂程度でしか聞いた事が無いのですが……。此処からどれ程離れているのでしょう?? それと位置は??」



「大体の方角は此処から西へ真っ直ぐ向かった感じかな。んで距離は……。龍の翼、追い風を考慮して半日程度よ」


「マイさんの大きな体な時ですよね??」

「あ、ちょっと――」



「そうよ」



 狼の体を優しく押し返し、体の前に腕を組んで考え込む姿勢を見せる。



「大体で良いのですが、体が大きな時の速さを教えてくれます??」


「小さい龍の体で飛ぶ時と、大きな体でのんびり飛ぶ時とは速度に然程差は無いわね」



 私の飛翔速度と己の飛翔速度の差で、此処からの大まかな距離を計算しているのか。


 眉間をきゅっと尖らせ、暫くの沈黙の後。導き出した答えを述べた。



「ふむ……。それなら……。三時間程で到着出来ますね」


「さ、三時間!?」



 私と単純に比較して四倍の速度。



 私は驚きの余り思わず声を出してしまった。


 のんびり飛行して半日だけど、それを大幅に上回る速さ。


 一体どれ程飛ばす予定なのよ。



「でも、レイドさんのこの体だと……。襲い掛かる風に勝てないかもしれません」



 蜘蛛に優しく頭を撫でられるボケナスを見つめて話す。



「その点は安心なさい。私が彼に寄り添って結界を張るわ」



 イスハとの打合せを終え、私達に合流したエルザードが話す。



「寄り添う?? 人間の体二人分はちょっと辛いです」



 あの籠の耐久値、そして速度を維持する為にも一人が限界なのね。



「小さな生物に変身するから安心なさい。彼に着せたポケットにでも入っているわ」


「あ、それなら大丈夫です」



 安心したのか、ほっと息を漏らした。



「私も行くわ。コイツを……。助けてやりたいの」



 今は安静にしているがいつあの発作が発動するのか。不安定な状態のボケナスを見下ろし、強く言う。


 うじうじしているのはもうヤメだ。


 そもそもさっきの状態は私らしくないし、それに。私の失敗が招いた結果でアイツが苦しんでいる。


 その原因となった私が率先して動くべきなのよ。



「あらぁ?? 先程までうじうじしていた人が急にどうしたのですか??」



 ちぃっ。鬱陶しい奴め。



「こんな私でも責任感じているのよ。それに、コイツがいないと困る!! 以上!!」



 簡素に答えて頷く。


 今の内容で間違いは無い。


 あんたがいないと、誰が私達を纏めるのよ。


 美味しい御飯も食べられなくなっちゃうし。


 ううん、それだけじゃない。


 コイツを失うかもしれない、その消失感が私に教えてくれたんだ。


 大事な友人、だって……。



 ボケナスに対して心に浮かぶ温かく、そして時折痛い複雑な気持ち。


 これがどういう気持ちなのかはまだ分からない。


 その内……。分かるのかな??



「ふんっ。女々しい言い訳はもうお止めになったのですね」


「うるせぇ。それ以上言ったらその口を縫い合わせるぞ」



 しかし、こいつの苛立たせる言葉が私を立ち上がらせた事は認めなければいけないわね……。


 いやいや!!


 私が自分自身の力で立ち上がったんだから感謝する必要は無い!!


 大体何で、私が蜘蛛に頭を下げなきゃならないのよ。


 虫は無視に限るっ!!!!



『な?? 言った通りだろ??』


 ユウがルーにそっと耳打ちをする。


『うんっ!! マイちゃんってほんと不器用だね!!』




「何か言った??」



 互いの横顔がくっ付きそうな距離で何やらヒソヒソ話をしている両名へ視線を送る。



「「ううん?? 別に??」」



 私の一言に声を揃え、同時に同速度で首を振った。



「どの道マイには案内役として相伴させるつもりじゃったわ。よし!! では、作戦を説明する!! アレクシアにレイド、マイ、脂肪を運搬して貰いガイノス大陸まで飛翔。大陸到着後にレイドをマイの家に預けて覇王の捜索を開始」



 イスハの言葉を受けて各々が頷く。



「他の者は遅れてやってくるハーピーに運搬して貰い移動を開始。先行したマイ達に合流して捜索を手伝うのじゃ」



「イスハ殿。マイ達が先行している場合、土地勘の無い我々はどうしようも無いぞ??」



 リューヴが相変わらず眉を尖らせて話す。



「マイの家はガイノス大陸東端に位置しておる。その家に伺い、マイの母親から何処へ向かったか尋ねてから後を追え。マイ、必ずフィロへ向かった先を伝えておけ」


「分かってるわよ。飛んで行けば必ず目に留まる家だから安心しなさい」


「あぁ、了承した」



 逸る気持ちを抑えきれないリューヴへと言ってやった。




「マイ、大体で良いけど。父親が何処にいるか分かるか??」



 ユウが話す。



「ん――。大体家にいるけど……。気が付くと、いなくなったりするからなぁ……」


「忙しいの??」


「そういう訳じゃないわよ。気分でほいほいどっか行くの」


「骨が折れそうだなぁ……」



 我が親友ががっくりと肩を落として小さく溜息を付いた。



「では、移動を開始する。ユウ、リューヴ。レイドに上着を着させ……。あの籠の中へ入れろ」



「あいよ――」

「了承した」



 イスハの言葉を受けて、二人がボケナスの体を起こす。



「衝撃と風圧に耐え易い姿勢で入れて下さいね!!」



 鳥姉ちゃんが鼻息荒く話す。



「レイド、少し狭いけど頑張れよ……」



 膝を抱え込む姿勢に直して、割れ易い卵を扱う様に大変優しい所作で籠の中へ仕舞い込んだ。


 ボケナスは準備完了っと。


 後は……。



「先生、どんな姿に変身するのですか??」



 そうそう。


 私は龍の姿に変われば小さいままだから良いけども。このふしだらな姉ちゃんがどんな姿に変わるのか。


 その一点だけが心配よね。



「私?? ふふ――ん。世界最高の魔法使いの技量、特と御覧あれ――」



 柔らかい光が淫らな姉ちゃんの中から溢れ出して彼女の体を包み込む。


 そして……。その中から現れたのは、小さな栗色の毛並の栗鼠であった。



「どう?? 可愛いでしょ――??」



 カエデの手の平にちょこんと乗ると、褒めても良いのよ?? と腕を組む。


 可愛い栗鼠の姿で腕を組まれてもねぇ。


 私達は特にあの魔法の凄さが理解出来ず、普通の動物がワチャワチャと動いている様にしか見えなかった。



「お――!! 栗鼠だ!! 鼠程じゃないけど、結構美味しいんだよね!!」


「へぇ――。そうなの??」


「うんっ!! 小さな頭蓋を奥歯でパキュッ!! って噛み砕いた後に出て来る脳……」



「「それ以上言わなくてけっこ――」」



 ユウと共に狼あるあるを最後まで聞かずに遮断してやった。



「美味しいんだよ!?」



『美味しい』



 その単語に惹かれてしまうものの。火を通さずに栗鼠のアレを食べる勇気は……。


 あるわね。


 今度見付けたら捕らえてみようかしら??


 勿論、私は一切料理の手を加えません!! ボケナスに全部任せてやるのだよ。




「ほぉ……。これは……、実に見事ですね。他種の生物に擬態するのは高度な技術が必要ですから」



 特に感想という感想が出ない一方。


 生徒であるカエデは大変興味が湧いた様で?? 掌の上に乗る栗鼠を物珍し気に様々な角度で見つめていた。



「特に、このクリンとしたもふもふの尻尾なんて生唾ものでしょ??」



 カエデに臀部を向け、尻尾を軽く二度三度左右に振る。



「生唾の意味は分かりませんが、毛の感触や肉の温かさは実に素晴らしいと思います」


 細い指先で尻尾をキュッと摘まむ。


「やんっ。ちょっと、そこ弱いから駄目ぇ」



 こんな状況でふざけるなっつ――の。



「やい、そこの無能で卑猥な栗鼠。準備出来たか??」



 外へ向かおうとするイスハが話す。



「はぁ?? この前歯であんたの尻尾全部噛み千切るわよ??」



 栗鼠の小さな御口を開けて前歯をギラつかせて襲い掛かる姿勢を取る。


 栗鼠のナリでも馬鹿げた威力の魔法は使えるだろうし。


 世界最強の栗鼠が今此処に爆誕した瞬間であった。



「喧しい。では、訓練場に移動するかのぉ」


「分かりました!! では、行きますよ!! よいしょっと……」


「手伝うよ」

「相伴しようか」



 アレクシアがボケナスの入った籠を体の前で抱え頑丈な紐を肩に通し、ユウとリューヴが脇からそれを支える。



「有難うございます!!」



 いよいよ、出発ね。


 気持ちを引き締めると、先程までの弱気な自分に別れを告げ。本来の私となって平屋を後にした。



 漆黒が周囲を包み、夜空には星が瞬き私達を見下ろしている。


 月明りの青く柔らかい光が道を照らし、私達は月明かりの誘導で訓練場の中央に辿り着いた。





「レイド、気を付けて行くのじゃぞ??」



 柔らかく優しい瞳、そして全てを包む大らかな声で話し掛けて籠の中の彼の頭へ手を添える。



「儂はここで待っておる。じゃから……。必ず帰って来い。いつまでも待っておるからな……」



 何人も邪魔してはいけない、二人の間に酷く親密な空気が流れた。



「はぁい。そろそろ出発しま――すからね――。臭い狐は何処かへ行ってくださ――い」



 その空気を呑気な声でエルザードが吹き飛ばす。


 少し位時間をあげてもいいじゃない。


 師弟関係でもある仲だし、これは流石の私でも気の毒だとは思う。



「喧しいわ!! マイ、ちゃんとおるか??」


「もち」



 ボケナスの入った籠の淵から顔を覗かせてやる。



「ブヨブヨの脂肪は……。ポケットの中か」


「そうよぉ――。臭いから覗かないでくださぁ――い」



 ボケナスの右ポケットの中からフワフワの尻尾が覗き、左右に揺らして返事をする。



「ちゃんと顔くらいみせろ。では、アレクシア。頼んだぞ」



 イスハの真剣な瞳が彼女を捉えた。



「はいっ!! この身、例え傷つき倒れようとも、必ずやレイドさんを向こうの大陸まで送り届けてみせます!!」



「うむっ!!」


「それでは……。はぁっ!!!!」



 鳥姉ちゃんが気合十分な顔で魔力を籠めると背中から、大きく美しい白い翼が出現。


 二枚の翼は月明りを吸収して幻想的な光景を醸し出し、見ている者全ての心を掴んだ。



 うっへぇ――……。


 前見た時よりも綺麗になってねぇか??


 この世に一人の女神が舞い降りたと私達に錯覚させる程の美しさに、同じ女である私でも思わず息を飲んでしまった。



「わぁ!! 綺麗――!!」



 ルーが嬉しそうに跳ねて感嘆の声を上げる。



「ありがとうございます!! では、行って参りますね!!」



 アレクシアが翼を二度羽ばたかせると、ふわりと体が宙に浮く。



「気を付けてな!!」


「主の事、頼んだぞ!!」



 ユウとリューヴが漆黒の夜空に吸い込まれて行く私達を見送ってくれた。



「分かりました!! 皆さんも気を付けて来て下さい!!」



 元気良く地面で手を振るユウがあっと言う間に見えなくなり。


 気が付けば私達は周囲の地形を確知出来る程の高さまで上昇していた。


 それに伴い、空気も冷えて風も強まり薄い雲が体を突き抜けて行く。



 うぉっ……。上空ってこんなに寒かったっけ。


 こっちの大陸に来てからは殆ど地上付近しか飛んで無かったからなぁ……。久々過ぎて体が驚いているのだろうさ。



「さぁ……。行きますよ!! 風よ!! 我に従え!! スカイ支配者オブルーラー!!」



 アレクシアの体の前に緑の魔法陣が浮かび、迸る魔力が彼女の表面に流れて行く。


 私の風爆足ウィンドウバーストの体全体版みたいな感じか。



 つまり、足に付与魔法を掛けるのでは無くて。体全体に掛けるのだ。


 時間がある時にでも術式を見せて貰おうかしらね。



「へぇ。凄い魔力ね??」



 世界最強の栗鼠が素直に認める実力に私も思わず納得してしまった。



「風の魔法では負ける気がしませんから。それより、何かを掴んで下さい!! 飛ばしますよ!!」


「大丈夫よ。こう見えて私達頑丈さには定評がぁ……」



「んっ!!!!」



 たった一度美しい翼を羽ばたかせると、驚異的な加速が体を襲い。


 地面と平行になって横たわっている籠の中の物体は加速の力に従って進行方向と逆方向。


 つまり、底側へと引っ張られてしまう訳なのよ。



「あいだっ!!」



 とんでもねぇ勢いで後ろへ引っ張られ籠の底に背中を激しく打ち付けてしまった。



「け、結構速いじゃん……」


「え、えぇ。まぁまぁ速いわね……」



「まだ速く行けますけど……。周囲の環境を破壊する恐れがあるので、海に出る迄はこの速さを維持します!!」



「へ?? まだ速くなるの??」



 漸く加速が落ち着き、自由が戻った体でえっこらよっこらと籠の中を移動。


 籠の淵から頭を覗かせて真剣な面持ちのアレクシアを見つめながら問う。



 鳥姉ちゃんと戦った時はこの速さの倍以上はあったけれども。


 あれは我を失った状態の時だったし……。



「勿論です!! 私はこの大陸で最速を自負していますから!!」


「そ、そう。程々にしても良いのよ??」


「時間との戦いですからね!! 手加減は出来ませんっ!!」



 そいつは結構だけど、ボケナスの体の事も考えて貰いたいものだ。


 でも……。


 ここでもたもたしていたらそれこそ間に合わないだろう。


 ボケナス。もう少しの辛抱だから頑張りなさいよ??


 あんたの体は……。私達が治してみせるからさ。


 アレクシアの背後。


 遠く離れて行く月明りに照らされたギト山を視界に捉え。呆れた速さで移り行く地面の景色を見つめながら固く心に誓った。





最後まで御覧頂き有難う御座いました。


先の日曜日の夕方の時間帯の出来事なのですが。


最近、光る箱へ向かって文字を打ち続けている所為か。指先にピリっとした痛みが生じるようになってしまい、このままではいけないと考え。車のキーを握り締めて約四十五分車を運転してスーパー銭湯へと出掛けて来ました。


もっと近くにもスーパー銭湯はあるのですが、遠くの銭湯にはお目当てである……。


そう、炭酸風呂があるのですよ!!


長湯に適した温度の湯に浸かればシュワシュワの泡が体に纏わり付き。体のシコリが溶け落ちていくのです。


馬鹿みたいに浸かって帰宅後に文字を打ち続けても痛みは生じる事は無く、お陰様で現在も概ね良好で御座います。



それでは皆様、お休みなさいませ。

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