第百六十九話 切り裂かれる器 その二
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私達を包み込もうとする漆黒の闇を蝋燭の淡い光が懸命に輝きを放ち外へと押し退ける。
頼りない薄暗さが広がる大部屋は本来なら私達が寝所として、そして友人達と美味しい御飯を食べて輝かしい思い出を享受している筈なのだが、今は見るも無残に変わり果てていた。
目を覆いたくなる惨状に思わず顔を背けたくなるが……。
私はそれを必死に堪えて鮮血に染まる布団を只茫然として見下ろし続けている。
「――――。ボケナスの状態は??」
まるで乾燥した砂漠に数日間滞在した様な。酷く乾いた口を懸命に開き、今も治療を続けているカエデと蜘蛛に声を掛けた。
「……。芳しくありません」
額に大量の汗を浮かべて極限まで集中力を高めているカエデが、それを絶やすまいと此方へ一切の視線を送らずに話す。
「そう……」
ミルフレアから受けた傷は癒えた。
体に深く突き刺さった短剣を引き抜き、蜘蛛の治療で傷口を縫い合わせ、毒の中和も滞りなく行われた。
そう、滞りなく行われたのに……。
「ガハッ……!!」
「ユウ!! 抑えて!!」
「分かった!!」
ボケナスの上体がビクンと一つ跳ねると大きく開いた口から吐血し、まるで死に至る前兆の様に体全体が激しく痙攣。
体内から鋭い切っ先の刃で切り裂いた様に肌が裂け、肉の合間から血が溢れ出しそれをカエデと蜘蛛が治癒させる。
癒えた筈の傷が開き、それ処か。全く関係の無い場所からも傷が開き出血。
頭を抱えてしまう原因不明なこの症状に私達はお手上げであった。
「イスハ達はまだか!?」
ボケナスの痙攣する体を必死に抑え付けているユウが私を見上げる。
「まだ、だと思う」
懸命に抑え付ける彼女に対し私は、覇気の無い声で返した。
エルザードとイスハはこの症状を突き止める為、とある人物の下へと向かうと言い放ち。一時間程前に此処を発った。
その間も彼の症状は酷くなる一方。
手のつけようの無い状況が続き、私は何も出来ない自分に苛立ちと無力感を覚えていた。
「レイドぉ……」
ルーが心配そうな瞳で見下ろし。
「ぐぁああぁっ!!!!」
「主!! しっかりしろ!!」
激しい吐血でリューヴの端整な顔の淵が鮮血に染まる。
自分が血で汚れようとも、ユウと共にボケナスの痙攣を抑え付け。死へと向かう彼の体を必死に励ましていた。
もし、あの時。
私がもっと注意を払っていれば、こんな結果にならなかったのかもしれない。
皆無事に生還して今頃は楽しい食事会だったのかもしれない。
沢山の御馳走を目の前にして蛇の里の感想を言い合うんだ。言い合う?? 違うな。
咎められるだ。
やれ、お前はもっと頑張れ。やれ、お前はもっと考えて行動しろ。
そうそう……。
呆れた顔で私を叱るのよね。
だが、その普遍的な光景は過去を変えない限り訪れない。
その事実が私の心をずっと傷付けていた。
「あっ!! うがぁっ!!」
「くそっ!! 主!! 私だ!! しっかりしろ!!」
リューヴの姿を見ていると、心に吐き気を催すドス黒い感情が湧き上がる。
何だろう……。この糞ったれな感情は……。
そうだ。
私はリューヴに成り代わりたいんだ。
あそこで、リューヴの代わりにボケナスを励ましたいんだ。
でも……。
自分の所為でアイツが苦しんでいるのに、そんな事は出来ない。
卑しい気持ちを持っている自分に心底反吐が出る。
私はそんな自分の汚い部分を直視出来なかった。
ボケナスが死んじゃったら私の責任だ……。
どうしよう……。私はどうしたらいい……?? ねぇ、誰か教えてよ……!!!!
これ以上、耐えられない。自分の失態を見て居られない。
私は自分の失敗、責任、後悔から目を背け部屋を後にすると。
「くそっ!! 何で……。私……。どうしよう!! どうすればいいのよ!!」
誰もいない縁側に膝を抱え、蹲り、心の内を吐露した。
そうでもしないと心が壊れてしまいそうだったから。
ねぇ、ボケナス。お願い、教えて??
私はどうすればいいの??
心の中に浮かぶ彼に尋ねるが、彼は何も言わない。
あんたが死んじゃったら私……。どこを向いて歩けばいいの??
ねぇ??
ねぇ!!
「グッ……。ヒック…………」
誰にも見られない様、声を抑えて涙を流す。
心が、苦しい。
得体の知れない何かが、私の心を鋭い爪を剥き出しにして掴み傷付けている。
ボケナス……。助けて……。
私、これ以上耐えられないよ??
自責の念の重さに心が押し潰され、情けない精神が破壊し尽くされてしまいそうだった。
「――――。こんな所で、何をしていますの??」
今、一番聞きたく無い声が縁側に静かに響く。
「――。別に、何だっていいでしょ」
蹲った姿勢のまま、蜘蛛へ答えてやった。
「はぁ……。皆が忙しい時に何をしているかと思えば」
五月蠅い。
「こんな所で一人、蹲っているとは」
五月蠅い、五月蠅い。
「見るに堪えないですわね」
五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い!!!!
「そうやって、自分の所為にして逃げれば楽ですものねぇ」
「はぁ!? それどういう意味よ!!!!」
うざってぇ言葉を受けると狭い殻から面を上げ。
そして心に溜まる負の感情を誤魔化す様に威勢の良い声を張り上げて睨みつけてやった。
蜘蛛は、井戸から水を汲んできたのだろう。
水の張った桶を両手で抱えていた。
黒の着物は彼の血で汚れ、顔にも吐血の跡が残っている。
それに対し私の手と服には……。
「……」
ボケナスの血痕の跡は一切見られない。
浴びた血の差に居たたまれなくなり、蜘蛛から静かに視線を外した。
「そのままの意味ですわ。現実から逃げて、失う怖さからも逃げて、自責の念からも逃げて、己の殻に閉じこもる。どうぞ?? 地の果てにでもお逃げ下さい。そして、二度と帰って来ないで下さいまし。私が一生レイド様の御傍で支えますので」
「……、おい。今、何て言った??」
心に湧き上がる怒りの炎が卑しい気持ちを塗り替えて行く。
「はぁ……」
大きく溜息を付くと、桶を縁側に置き私の正面に立って此方を見下ろす。
その目は……。
あろうことか、私を哀れんでいた。
「何度でも申しましょう。何もせず、現実から逃げている貴女を見ると……。吐き気がしますわ」
その目を……。止めろ。
「どうせ、自分が何も出来なかった事に後悔でもしているのでしょう??」
「黙れ」
「守ってやれなかった事に苛立ちを覚えているのでしょう??」
「黙れ……!!」
「彼女に勝てなかった事が悔しいのでしょう??」
「黙れって言ってんのが聞こえないの!!!!!!!!」
怒りに身を任せ立ち上がり、蜘蛛の胸倉を右手で掴んでやる。
それでもこいつの目の表情は変わらなかった。
「そうやって、虚勢を張って。自分の心を見透かされたのがそんなに腹立たしいですか??」
「黙れって言ってるのよ。それ以上口を開くと、許さないわよ……」
右手に渾身の力を籠め、着物が着崩れる勢いで掴み上げて言ってやった。
「マイちゃん、アオイちゃん……」
ルーが騒ぎを聞き付け、死角から二人の様子を窺う。
「ユウちゃんどうしよう……??」
「黙って見てろって。アオイはマイを元気付けているんだよ」
ユウがルーの頭をポンっと叩き大部屋へと戻って行った。
「許さない?? それは此方の台詞ですわ。貴女の所為でレイド様は生死の境を彷徨っているのですから」
的を射た発言に何も言い返せず、静かな怒りを籠めた瞳でじっと見上げる。
「今の貴女の姿をレイド様が見れば……。失望しますでしょうねぇ。問題に直面しても何もせず、只逃げてばかりいるのですから。本当……。哀れ、ですわ」
「…………っ!!!!」
左手で拳を握り、振り翳そうとしたが……。出来なかった。
コイツの顔面を殴れば、それを認めていると同義だから……。
「レイド様は貴女を守った。それは紛れもない事実ですわ」
蜘蛛が静かに話す様をじっと見つめる。
「私は…………。貴女の事が死ぬ程羨ましいですわ」
「羨ましい??」
「レイド様は……。貴女自身を守る為に己の身を投げ出しましたわ。もし、それが私なら……。レイド様は身を挺してくれるのか?? 考えた事はありませんの??」
「アイツの事よ。きっと投げ出すに決まっているわ」
「仲間を誰よりも、そして自分よりも大切にしている優しい御方ですからね。貴女はレイド様から命を頂いたのですよ?? それも、二回も」
初めてアイツと会った時の光景。そして、私の前に飛び出してミルフレアの狂気から私を守ってくれたボケナスの大きな背中が頭の中に過る。
「恩着せがましい事を今までレイド様が仰った事はありますか??」
「……」
「無いですわよね?? それが答えですわ。レイド様は貴女の為なら命を投げ売っても構わない。そう心に思っているから咄嗟に動けたのですわ。それが……。それが……」
そこまで言うと言葉を切り、悔しそうに唇を食んだ。
「誰も……。守ってくれとは頼んでいないわよ」
自分の失態、責任を認めたく無いのか。心で思っている事と反対の言葉が出てしまう。
本当は嬉しかった。でも、素直に喜べない結果になっちゃったから言える訳ないでしょう。
女々しい言葉を吐露すると自分でも心底嫌気が差して来た。
「……っ!!!!」
私の言葉を受け取ると蜘蛛の表情が豹変し、憎悪を籠めた表情で私の頬へ平手を打つ。
「つっ……!!」
乾いた音と同時に鋭い痛みが襲った。
「い、いい加減になさい!!!! 貴女の様なうじうじした人の為にレイド様は……。私の、ヒグッ!! レイド様はぁ……!!!! うっ……。うぅっ……!!」
今までずっと堪えていたのだろう。
蜘蛛の目から大粒の涙がとめどなく溢れ、端整な顔へ濁流の如く流れて行く。
涙に塗れた顔を捉えると何も言えず、掴んでいた手を放し。地面の矮小な石へと視線を落とした。
「ぜぇ……ぜぇ……。やぁっと着いたわい」
「今、戻ったわよ!!」
エルザードとイスハが平屋の裏手から血相を変えて戻って来た。
「どうしたのよ、あんた達。こんな所で」
エルザードが私達を見つめる。
「別に……」
「何でもありませんわ」
「ふぅん……。喧嘩はしてもいいけど、信頼を裏切るのは駄目よ?? ちゃんと相手の気持ちを汲んで、ね??」
私達の肩に優しく手を置き話す。
普段はだらけて全く信用できんが……。彼女の手から伝わる温もりと優しさが少しだけ心の闇を払拭してくれた。
これはきっと、それ相応の年月を生きて経験を経ているからなせる業なのだろう。
「エルザードさん。収穫はありましたの??」
「勿論!! これからそれを説明……」
エルザードが口を開くと同時に、ボケナスの叫び声が大部屋から聞こえて来た。
「うぐぁぁあぁっ!!!!」
ここまで響く何て只事では無い。
私達は言葉を切って駆け出し、慌てて寝所に飛び込んだ。
「先生!! アオイ!! 手伝って!!」
カエデが二人を見つけると同時に叫ぶと。
「レイド!!」
エルザードが血の気の引いた顔でボケナスに駆け寄る。
「ぐあぁあぁっ!! あぐっ!!」
上体が激しく跳ね続ける様は、それはまるで……。体内から何かが飛び出して来る様にも映った。
胸が見えない何かに切り裂かれると、鮮血がシャツを汚し。
口から飛び出た血が悪戯に彼女達を穢す。
「アオイ!! カエデ!! 傷を塞いで!!」
「分かりましたわ!!」
「分かりました!!」
魔法に長けた三人でこの馬鹿げた現象を必死に抑え込んでいるが……。
それでもボケナスの出血は止まらなかった。
「馬鹿弟子がぁっ!! しっかりせい!!!! お主はそんな程度なのか!?」
イスハの喝が飛び。
「レイド様っ!! 帰って来て下さいまし!!」
蜘蛛の懇願にも似た、悲痛な声が部屋に響く。
「うっ……。クッ……」
全身から汗を垂れ流し、カエデが歯を食いしばって治癒魔法を続ける。
「カエデ。少し休みなさい」
「先生、私なら大丈夫です。今後魔法を使用出来なくなっても構いません。腕が折れ、砕けようとも続けます。そうでもしないと……。後悔すると思いますから」
「う……。あっ……」
ボケナスが口から唾液に塗れて濁った血を吐くと。
「……」
糸が切れた人形の様に、動かなくなってしまった。
「くっ!! 不味い!!」
エルザードが胸の中央へ呆れた量の魔力を流し込む。
あれ??
何が起こっているの??
「レイド様ぁぁああ!!!!」
蜘蛛が涙を流し、己の全魔力を流し込む。
それでもアイツは動かなかった。
冗談はその辺りにしなさいよね??
ほら、いつもみたいにさ。
御飯作ってよ?? 揶揄ってよ?? 不器用な笑顔を作ってよ??
生の輝きが消失したボケナスへと向かい、力無く歩き出す。
「先生!! もっと魔力を流して下さい!!」
「今やってるわ!! お願い!! 動きなさい!!」
「レイドぉ……。ひぐっ……。嫌だぁ、嫌だよぉ……」
ルーの涙が零れ落ち、畳に数か所の染みを作り。
「くそったれ!! レイド!! 帰って来いって!!」
「主!! 頼む!!」
ユウとリューヴの悲壮な叫び声が私の不安をより確かな物にした。
あぁ……。
そっか。これが…………。死という奴か。
今一現実感が湧かないのは、死に直面した事が無いからなんだ。
「レイド!! 死ぬのは儂が許さん!!!! 帰ってこぬかぁあああ!!」
喉が張り裂けそうな声をイスハが放つも、彼はそれに呼応しない。
「せ、先生……。レイドが……。レイドがぁ……」
涙で視界が定まらないカエデが静かにエルザードを見つめる。
「流石の私でも命までは与えられないわ。レイド、私を置いて逝くなんて絶対許さないわよ!!」
淫魔の女王の素晴らしき魔力がボケナスへと流れ込むが。
「…………」
しかし、それでもアイツの呼吸は戻らない。
静かに、眠ったように目を瞑り布団の上に転がっている。
疲れて……。寝ちゃったのよね??
そうよ。絶対そうに決まっているわ。体が頑丈なアイツが死ぬ筈ないもん。
「脂肪……。レイドはどうじゃ??」
「…………。心臓が完全に止まったわ」
小さく、消え入りそうな声。
しかし、私達の耳にはその言葉がはっきりと脳内に残った。
嘘??
今、何て言ったの??
「レ、レイド様……。嫌……。嫌ぁぁああああ!! 動きなさい!! 動いてぇええぇぇ!!」
「お願いします!! 帰って来て下さいよぉ!!」
それでも手を止めない三人が事の重さを無慈悲に伝えた。
あんた……。
いい加減にしなさいよね??
私達を心配させて……。剰え、一人で勝手に逝こうとして。
残された私達の事はどうしてくれんのよ??
燻ぶっていた私の心に大炎が灯り、烈火の如く炸裂した。
「この……馬鹿レイドぉ!!!! 帰って来いって、言ってんでしょうがぁああぁ!!!!!!!!」
布団の傍らに立ち、胸の内を思いっきり叫んでやった。
馬鹿!! 大馬鹿!! 世界で一番の大馬鹿野郎!!!!
絶対一人で逝かせやしないんだから!!
私の大絶叫に反応したのか。
「…………。くはっ!!」
体が一つ大きく跳ねて静かな呼吸が戻って来てくれた。
「レイド!! 良く持ちこたえたわね!!」
エルザードが少しばかり安心した声を出して治療を続けると、傷は徐々に塞がり。全身の出血も収まって来た。
「ふぅ……。何んとか踏みとどまったわ。いい子……」
手をだらりと下げ、大きく息を付く。
そして、彼の肩口にそっと横顔を乗せて体を弛緩させた。
「先生、この原因は何ですか??」
「儂が説明しよう」
力無くボケナスにもたれているエルザードに代わり、イスハが口を開いた。
「皆の物良く聞け。今、レイドの体の中で……。龍が暴れておる」
「「「龍??」」」
その場にいる何人かが声を合わせて話す。
「そうじゃ。マイと交わした龍の契約。それで得た力は強力じゃが、今はそれが仇となっておる。ミルフレアが与えた毒が龍を刺激し、怒り狂い暴れ回っておるのじゃ」
「今は静かになっているぞ??」
ユウが静かに呼吸を続ける彼へ視線を移して話す。
「ほんの一時凌ぎじゃて。時が経てばまた暴れ出す。契約を交わしたマイの声に反応しただけじゃ」
「じゃあ、私がずっと叫んでいたらいいの??」
それで収まるのなら四六時中叫んであげるけど……。
「それでは問題解決にはならん。暴れ出した龍を元居た檻の中に戻さねばならんのじゃ」
檻??
アイツの中の龍は檻の中に閉じ込められていたのか。
「それが出来るのは、この世で唯一人。聳える山を統べ大空を従える、覇王と呼ばれる者じゃ」
「覇王?? 随分と仰々しい名前だな??」
リューヴが言う。
「名前に劣らぬ力を有しておるぞ??」
「そ、それってまさか……」
「そう……。マイの父親じゃよ」
「「「えぇっ!?」」」
私を除く友人達が驚きの声を上げて私を見た。
「マイちゃんのお父さんって、凄い人なの!?」
「いや、別に凄い事は無いわよ……。普通の父親だもん」
休みの日にはどこにでもいる、休日を満喫する父親と変わらないし。良く母さんにぶん殴られているもん。
「それより、イスハ。父さんに会いに行くの??」
「そうじゃ」
一言静かに放つと、小さく頷く。
「そうじゃ。って言うけどね?? 此処からガイノス大陸までどれだけ離れていると思っているのよ」
「マイ。お主がこの大陸に来た時、どれ程の時間を有した??」
「そうねぇ……」
思い出す様に腕を組み、ちょいと前の記憶を手繰り寄せる。
「大きい体の時。追い風だったから……。半日位かしらね??」
ワクワク感満載で出発したけども。母さんから。
『絶対速く飛ばないでよ?? 向こうの大陸は今、物凄く敏感な時期なんだから。馬鹿みたいに速い龍が飛んで来たらそれこそ大事になっちゃうんだから』
『大丈夫だって!! めっちゃくちゃ速く飛べば見つかりっこないって!!』
『もう一度言うわよ?? ゆっくりと向かって、決して人に見つからない様に飛べ。分かった??』
『ひゃ、ひゃい……』
釘を差されに差され、風に翼を任せて飛翔してきたから実際それ位であろう。
あん時の母さんの顔……。本気で怖かったわね。
「半日……。レイドの命、もつか??」
ユウが話す。
「今大きくなれって言っても無理よ?? ボケナスに力を分け与えたから大きくなれない」
「何だ、簡単じゃん!!」
ルーが何かを思いついたのか、明るい声を出す。
「エルザードさんの魔法で移動すればいいんだよ!!」
「無理に決まってんでしょ。魔力が尽きかけているの」
ぐったり萎びた大根みたいな姿でボケナスにもたれたまま話す。
「マイは元の体に戻れず、脂肪の塊は役立たず……」
「おい。その尻尾全部燃やすわよ」
イスハの言葉にはすかさず噛みつく。
「儂が飛べれば、容易いのにのぉ……」
飛ぶのは容易いけど流石に複数の人数はねぇ。そうしたいのは山々だけどさ……。
己の体の小ささに歯痒さを覚えるわね。
…………。
うんっ!? 待てよ??
飛ぶ、と言う言葉が妙に引っ掛かった。
悠長に時間を悪戯に消費していたら、ボケナスの命は父さんの所まで持たない。
まるで空を切り裂く様に猛烈な速さで空を飛ぶ……。
「「「そうだっ!!!!」」」
私とユウ、そしてカエデが声を合わせた。
「何じゃ?? 良い案でも浮かんだのか??」
イスハが三本の尻尾をピンっと立て、目を丸くしてこちらを見つめる。
「ユウ!! アレある!?」
「へっへ――。勿論!! 絶えず持ち歩いているよ!!」
ユウが荷物の山へ駆け寄り、件の物を探し始めた。
そう!!
化け物級に空を駆け抜け、私の数倍以上の飛翔能力を持つ人物はあの姉ちゃんしか居ない!!!!
「あっれ……。何処にしまったっけ……」
ユウが荷物の山へ頭を突っ込み、クルンと丸みを帯びた尻を左右にフリフリと振ると何だかイケナイ気持ちが湧いて来てしまう。
私の存在を知られない様にそっと静かに彼女の叩き易そうなお尻ちゃんの下へ辿り着くと。
「さっさと見付けなさいよね!!」
「ひゃんっ!!」
華麗に一発、牛の丸い尻へ向かって張り手をブチかまして催促してやった。
此処でチンタラやっていたら助かるもんも助からねぇのさっ!!
「いってぇな!! 他人様の尻を勝手にブッ叩くとは良い度胸してんなぁ!? ああんっ!?」
「カ、カヒュッ!! は、はやぐ……。アレをみ゛づげな゛ざいよね……」
羞恥なのか、それとも丁度良い所を叩かれた所為なのか。
可愛い御顔ちゃんが真っ赤かに染まった我が親友に両手でぎゅうぎゅうと首を絞めつけられると、思わず意識がふっと遠くなるが。
現実の世界に意識を繋ぎ止め、掠れに掠れた声を喉の奥から懸命に捻り出して怒れる猛牛へと催促をしていた。
最後まで御覧頂き有難うございました。
前話の続きになりますが、選択肢Bを選んだ場合。彼視点で物語が進みます。
しかし、彼は身を挺して彼女を守った為。彼女視点で第二章の最終章であるガイノス大陸編が始まりました。
彼視点で進めるのか、将又彼女視点で進めるのか……。
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読者様の中で彼の事を気に入っている方もいらっしゃると思いますが。彼は暫くの間お留守番になりますので御了承下さいませ。
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第二章、最終章ガイノス大陸編を是非とも楽しんで頂ければ幸いです!!
それでは皆様、霜焼けを罹患しないように温かい恰好で休んで下さいね。




