第百六十八話 古から受け継がれし力 その二
お疲れ様です。
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「だ、駄目ぇぇええええええ!!!!」
私が叫ぶと同時にマイの体が己自身の中から零れ出る赤い光に包まれた。
赤い塊が徐々に魔力を高めて行くとまるで硬度を持った楕円の形へと変化。秒を追う毎に中の人物が底知れぬ圧を放ち続ける。
楕円の甲殻の中からは心臓の拍動の音が不気味に鳴り響き、まるでこれは新種の生命の誕生にも見えてしまう。
い、一体。中の状況はどうなっているのですか……。
この場で意識を保つ全員が固唾を飲んで赤き楕円の甲殻の様子を見守り続けていると。
甲殻が乾いた音を放って縦にひび割れ、遂にその正体が私達の前に姿を現した。
「…………」
右手に深紅の雷が迸る黄金の槍を持ち、背には龍の黒みがかった朱の翼が生え。
表情は何処か虚ろで彼女の肌の表面にはミルフレアさんが浮かべている様な解読不能な朱色の紋様が浮かび上がる。
体内から溢れ出る赤き魔力が体を包み、俯いていた面を上げると。深紅の瞳がミルフレアさんを捉えた。
「こ、この化け物め」
「バケもノ??」
ミルフレアさんの言葉を受けたマイが奇妙な言葉で返す。
「もう帰って来ないつもりね??」
「カえる??」
「あはは!! 何よ!! 驚かせて。真面な言葉話せない様じゃ……。グアッ!!!!」
う、嘘でしょ??
マイの姿を見失ったと思ったら……。ミルフレアさんの背後から現れ。あれだけ苦戦した結界を容易に切り裂き、いとも簡単に蛇の体を吹き飛ばした。
光と同程度の速さ、結界を切り裂く攻撃力、それにあの馬鹿げた魔力……。
只そこに存在しているだけなのに大地が震え、上空に浮かぶ雲が彼女に恐れをなして空の彼方へと逃亡。
自然界の摂理を覆す理の外にあるべき力がこの大地に誕生してしまった。
己の指先に違和感を覚えてふと視線を落とすと。
「……っ」
彼女が放つ理を逸脱した魔力に当てられ微かに震えていた。
彼女の力に対する恐怖なのか、それとも彼女がこの世ならざる者へと変化してしまった恐怖なのか。
それは理解出来なかった。
只一つ言える事は……。マイがあの状態を持続するのであれば、体がもたない事。
許容量を大幅に超える魔力を宿せば体がそれに耐えきれず自我崩壊、若しくは形状崩壊へと繋がるのだから。
「カハッ!!」
マイの攻撃を受けてかなりの痛手を負ったのか、ミルフレアさんが体を震わせて立ち上がり。
「よ、よくも私を地面に叩き付けてくれたわね!? この代償は高く付くわよ!?」
それと同時に呆れた魔力を籠めて美しい水色の魔法陣を浮かべた。
「魂をも凍り付かせる古の冷気よ……。我等、蛇神にまつろわぬ民を滅ぼせ!! 氷河大烈破!!」
空気がそして大地が凍り付く寒波が彼女を中心として発生。
そしてミルフレアさんの上空には山を連想させる巨大な氷塊が浮かぶ。
「さぁ……。押し潰されろぉぉおおおお!!!!」
「レイド……」
襲い掛かる氷塊に対しマイが黄金の槍を天高く掲げると。
「っ!?」
彼女のを中心にして地上一面に深紅の魔法陣が出現。
目を開けていられない程の光量が魔法陣から迸ると、マイの頭上には空に浮かぶ太陽の熱量を越える大火球が現れた。
大火球が放つ熱量が現存する家屋の温度を上げ、熱を帯びた木材達が白い湯気を放つ。
ま、まさか。
その火力をあの氷塊に衝突させるつもりですか!?
「レイ……ド。貴方は何処ニいるノ??」
「くっ!! カエデ!! 結界を!!」
「分かっています!!」
あれだけの熱量を放つ火球を氷塊に衝突させたらどうなるか。分からない訳ではありません!!
私とアオイがレイドを、そして私達を守る為に重厚な結界を展開。
「くたばれぇぇええええ!!」
「……」
両者の力の塊が空中で衝突すると、地上付近でけたたましい轟音と共に水蒸気爆発が生じた。
衝撃波によって大通り沿いの家屋が倒壊、その勢いは留まる事は無く。この里を中心として彼方まで及ぶ事であろう。
「くぅっ!! な、なんて火力ですの!?」
「アオイ!! 結界が剥がれても構いません!! 今はレイドの治療に専念して!!」
「分かっていますわ!!」
息をするのも困難になる環境下でも彼は微動だにせず、只々血を流していた。
は、早く応急処置を終えて此処から脱出しないと!!
「くっ!! 一体……。何だってのよ!!!!」
爆炎の中から姿を現したミルフレアさんの体には既にあの不思議な紋様は消失しており、瞳の色も通常時に戻っていた。
恐らく。
今の魔法と己の身を守る為に展開した結界で力を大幅に使用してしまったのでしょう。
それに対し……。
「ドこにいるの……?? レイド……」
マイの体表面に浮かんでいる朱色の紋様は消失する処か、更に輝きを帯びていた。
「はぁ……。はぁっ……!!」
「オマえを、殺せバ。レイドは帰っテ来るの??」
立つのも辛そうなミルフレアさんへ向かい、常軌を逸した力を保ったまま歩み出す。
「はっ!! 馬鹿ね。一度死んだ者は決して蘇らないのよ!! そんな事も分からないのか!?」
「イヤ……。いや……。私を、置いて行かないデ……」
深紅の瞳から一滴の雫が静かに彼女の頬を濡らす。
今の言葉はマイの言葉なのか、それとも彼女の内に孕むモノの言葉なのか……。
いずれにせよ、このままではマイは彼女を……。
疲労の色が目立つミルフレアさんへ刻一刻と接近を続けるマイへ対して、友人である私から言葉を掛けて制しようと試みた刹那。
「――――。ガハッ!! マ、マイッ……」
秋の夜空の下で鳴り響く鈴虫の音よりも小さな音が、彼女の歩みを止めた。
「レイド様!? 気付かれたのですか!?」
「レイド!! 起きたの!?」
彼の声を受けて視線を下に向けると。
「はぁっ……。はっ……」
今にも生を消失させてしまいそうな顔色で、懸命に呼吸を続けている彼の顔を捉えた。
「こ、これ以上は無意味だ。は、早く……。皆と一緒に、逃げろ……」
力を振り絞った声を放つと再び瞳を閉じてしまう。
「ボケナス……??」
彼の必死の言葉を受け、マイの体表面から深紅の紋様が消失。それと同時に歩みを止めて此方へと振り返った。
「俺は、大丈夫だか、ら。落ち着け……」
「レイド様!! それ以上話さないで下さい!!」
「マイ!! 帰って来て!!」
私達の言葉がマイへ届いたのか。
右手で掴んでいた黄金の槍を落とすと、黄金の欠片となって彼女の体の中へと吸い込まれて行った。
「………………。あっれっ?? 私。何やってるんだろ??」
呆気に取られ何度も瞬きをしながら周囲を見渡している。
よ、良かった!!
正気に戻ったのですね!?
「マイ!!」
「カエデ……?? ボケナス!! しっかりなさい!!」
我に返ったマイが此方へ向かって疾風の如く駆け出す。
「安心しろ。俺は……。丈夫……なんだ」
鮮血に染まった顔で弱々しい笑みを浮かべて彼女を迎えた。
さっきまで気を失っていたのに……。
マイの馬鹿げた力が彼を死の淵から呼び戻したのかな。
「相変わらず馬鹿なんだから!! 安心して眠れ!! 後は私達が何とかする!!」
見ているのも辛い赤に塗れた手をマイが力強く確と握る。
「頼む……。眠たいんだ……」
その手をまるで赤子の如く握り返すと、全身の力が抜け落ち再び気を失ってしまった。
レイド、安心して休んで下さい。
私達が貴方を死の淵から救ってみせます!! 例え、私の魔力が枯渇して二度と魔法が使用出来なくなっても諦めません。
貴方は魔物にとって……。ううん、私達にとってかけがえのない存在なのですから。
――――。
ボケナスが再び気を失うと、私の背から猛烈に腹が立つ声が聞こえて来やがった。
「この……。小娘が……。驚かせてくれるわね」
敵意、殺意。
負の感情を満載してそれを惜し気も無く放つミルフレアが此方へ向かってやって来た。
何でアイツがボッロボロなのか知らんが……。
その姿を捉えると同時に萎えかけ、枯渇した筈の闘志が漲って来る。
上等だよ……。
大魔だか、蛇の女王だから知らねぇけど。私の子分を痛め付けたお礼はきっちりとさせて貰うわ!!!!
「カエデ、最後の悪足掻きをするわ。ボケナスを連れて此処から脱出しなさい」
多分、刺し違える覚悟がなければアイツを足止め出来ない。
悔しいけど……。ボロボロのなりでも今の私よりも数倍の力を持っていやがるからね。
「マイを置いては行けません」
「安心なさい。私は無敵なのよ??」
今も懸命に治療を続けるカエデに対し、ニっと笑ってやった。
上手く笑えたかしらね?? 自信無いや。
「さぁ……。かかって来いやぁ!! ウネウネ野郎がぁっ!!!!」
カエデと蜘蛛がボケナスを回収して、ユウ達が逃げ遂せる時間を私が稼ぐっ!!
龍族の大悪党。
無理を通して……。いいや!! 無謀を通してみせらぁぁああ!!!!
「お前の御望み通り、殺してやるわよ!!」
おっしゃぁああ!!
一世一代の超悪足掻きをしてやんよ!!
上手くいったらお慰みっ!! 失敗したら死なば諸共っ!!
ボケナスが私にくれたこの命を使ってテメェを……。地獄の底まで道連れだああっ!!
「地平線の果てまでぶっ飛ばしてやるよ!! 卑猥な蛇がぁぁああああ!!!!」
「死ねぇぇええええ!!!!」
肝が冷えに冷えまくる表情を浮かべたミルフレアが此方へ向かって突貫。
体の奥へ恐怖を仕舞い込み、代わりにいつもの引き出しから闘志を取り出して格好良く装備。
私の命を真っ赤に燃やしてテメェの人生に終止符を打ってやる!!
「「だぁぁぁぁああああああ!!!!」」
両者一歩も譲らす互いに向かって呆れた速度で向かって行くと……。
両者の間に金色の光が舞い降りた。
「……………………。そこまでじゃ!!」
「イスハ!?」
ミルフレアが突貫を止め、地上に舞い降りた金色の女神を驚いた面持ちで見つめる。
「っと!! 何よ!? 止める気!?」
このわんさか湧き起こる怒りをぶつけてやりたいのに!!
「聞こえなかったのか?? 儂はそこまでじゃと言ったぞ??」
尻尾が八つに増え、途方も無い魔力を垂れ流し。
『それ以上進めば容赦せん』 っと。
途轍もなく大きく見える背中で大変分かり易く私に言葉を発した。
「狐の女王が何しに来たのよ??」
「お主の目的を聞きに来たのじゃ。儂の遣いをボロボロにしおって、穏便に済ますという事は出来ぬのか??」
「はっ。私の目的?? 故郷に帰って平和に暮らして、世継ぎを残す事に決まっているじゃない。丁度そこに良い男がいたから手を出しただけ。それだけよ」
戦闘意欲が削がれたのか、肩を竦めながら話す。
くそうっ!!
腹が立つ顔しやがって!! この燃えに燃えた気持ちはどうすればいいのよ……。
あのすました横っ面に一発捻じ込んでやりたいわね。
「お主、儂達の誓いをよもや忘れた訳ではあるまい??」
すましてはいるものの疲労困憊のミルフレアに対し。
元気一杯のイスハはボケナスの状態を確かめるとワナワナと尻尾を震わせいつでも戦闘が始められる様に。一切の隙の無い構えでミルフレアと対峙していた。
誓い?? 一体何の話だ??
「律儀に守っているのはあんた達くらいよ。私は好きに生きるわ、邪魔しないでよ??」
イスハの鋭い視線を頑とした態度で跳ね返す。
「――――。邪魔ねぇ。私達がはい、そうですか――って。静観すると思っているの??」
エルザードが意識を失ったユウを両腕に抱えてやって来る。
「よっ、久々ね。ミルフレア」
「ふんっ。また呼びもしない厄介な奴が来たわね」
腕を組み、淫魔の女王からフイっと視線を逸らす。
どうやら敵意は失せたようね。
「そう言わないの。たまにはこうして会って話さないとお互いの意思も伝わらないでしょ??」
「意思?? 一族を傷付けておいて、良くそんな顔が出来るわね??」
「あれは……。私達との意見の相違で始まった戦いよ。あんたも納得したじゃん。怨みっこ無しよ」
ぐったりしているユウをボケナスの側に優しく寝かせてそう話す。
「アオイ、カエデ。レイドの症状は??」
「先生……。血が、血がぁ……。止まらないんです!!!! 何で!? 止まって下さいよぉ!!!!」
「それに毒も体中に回っています……。ここでは処置が……」
ちっ。
状況は予断を許さない、か。
「そう……。ミルフレア」
愛しむ表情を浮かべてボケナスの頭を一つ優しく撫でて立ち上がると。
「私達はもう立派な大人よ。お互いの軋轢、悔恨は水に流すわ……。けどね?? 私の……。旦那にぃ……、手を上げたわね??」
白く美しい肌に深紅の紋様が浮かび上がり、どうやったらその細い体にそれだけの魔力が収まっているのかと首を傾げたくなる量の魔力の波動が大地を揺らした。
こ、この人達……。
ちょっと異常よ。
魔力を解放しただけで地面が揺れるなんて。
「あらぁ?? ごめんねぇ?? ちょっとつまみ食いしちゃったの」
「はぁ?? どういう事よ??」
こらこらこら!!
折角喧嘩が収まりかけたのに挑発に乗らないの!!
「ちょっと落ち着きなさい。ボケナスは……。私を庇って怪我を負ったのよ」
一触即発の蛇と淫魔の間に割って入る。
「やはりそうじゃったか。こ奴の事じゃ、無理はすると思っておったが」
「クソ狐。ここで治療するより、一度戻りましょう。向こうの方がマナの濃度が濃いから」
「そうするかの」
「はぁ……。はぁ……。イスハ殿??」
壊れた家屋の向こう側から今にも倒れそうなリューヴがルーを抱えてやって来る。
「お――。また派手にやられたのぉ。今から帰るぞ」
「あ、はい……。分かりました……」
そう言うと地面に崩れ、泥の様に眠り始めた。
疲労、怪我。
蓄積された物がイスハを見て一気に噴き出したのだろう。
「なぁに?? 尻尾巻いて帰るのぉ??」
ミルフレアがイスハを揶揄う。
「なはは。無理せんでもよい。お主とて、立って居るだけで精一杯じゃろうて??」
それに対しイスハはリューヴ達を優しく抱えて運び。彼女と決して目を合わさずに話す。
「はぁ?? 一暴れしてみせましょうか??」
「よいよい。儂らが帰った後で好きなだけ暴れろ。脂肪、皆を……」
「分かったわ。カエデ、悪いけどちょっと魔力を分けて?? この人数だとちょっと厳しいわ」
「分かりました」
カエデが瀕死のレイドから一旦離れ、エルザードの肩へ己が手を置く。
「後でマイ達からお主の真意を聞く。人間に害を為すのなら容赦はせん。努々忘れるな」
「分かったわ。そっちもこれ以上、こっちに干渉しないで。二度と顔も見たくないわ」
「なはは!! それはお互い様じゃて」
今も背中合わせで会話を続けている様子からしてよっぽど仲が悪いのね。
「準備出来たわよ――」
エルザードが右手を掲げると、地面に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「うむ。帰るとするか……」
「あ、そうそう」
何かを思いついた様子のミルフレアが私達の方へうざってぇ表情の顔を向けた。
「彼、お大事にね――。もし、死んじゃったらごめんなさいねぇ??」
「はぁっ!? テ、テメェ……」
こいつ……。
おちょくるのも大概に……。
私が一言ガツンッ!! と言ってやろうと口を開きかけたがイスハの恐ろしい姿がそれを押し止めた。
「…………。もし、儂の弟子が命を落とすようなら。儂がお主を……殺すっ!!」
「ぃっ!?」
尻尾が十二本に増え、桁違いの魔力が大地を揺らした。
ちょ、ちょっと。
落ち着きなさいよ!! ここで暴れたら本末転倒じゃない。
「くっ……。やれるもんならやってみなさいよ」
「あぁ。首を洗って待っておれ。腸切り裂いて、五臓六腑を引きずり出し、犬の餌にしてくれよう……」
イスハが話し終えると同時に私達の周りが白い靄に包まれ、周囲の景色が確知出来なくなってしまった。
もし、二人が来なかったらどうなっていたんだろう??
やっぱり、あのままやられていたのだろうか……。
そんな事よりもボケナスの症状も心配だ。
私の刹那の失敗の所為で……。
ぶつけ様の無い怒りと、己の不甲斐なさに心底腹が立って来る。
ボケナスが目を覚ましたのなら一発殴って貰おう。
そうでもしないとこのモヤモヤ……。罪悪感若しくは巨大な後悔という負の感情は一生消え去る事はないだろうから。
私は白一色に包まれた空間の中で彼の無事を願うと同時に、己の弱さと情け無さを悔い恥じていたのだった。
最後まで御覧頂き有難うございました。
彼女達の体に浮かんだ紋章、なのですが。よくよく考えましたら紋章では収まらない面積と大きさでしたので紋様に変更させて頂きました。御了承下さいませ。
さて!!
これにて約一か月にも亘って連載しました狐の里での特訓編、それに続く蛇の里編も終了しました!!
そして、次話からは第二章の最終章が始まります。
彼は死の淵から無事に生還する事が出来るのか。そして、彼女達を待ち構えている危険な冒険とは。
引き続き楽しんで頂ければ幸いで御座います。
それでは皆様、お休みなさいませ。




