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第百六十八話 古から受け継がれし力 その一

お疲れ様です。


休日の夕方にそっと投稿を添えさせて頂きます。


それでは飲み物片手に御覧下さい。




「あ、主……??」



 リューヴが力無く倒れ鮮血に染まったボケナスの顔を見て茫然としていた。


 私の心を温かくしてくれる柔らかい笑み、温かい言葉。そして困った様な、でも仕方が無い様な。


 はにかんだ笑みを浮かべてくれる彼は冷たくなってしまった死体とほぼ変わらない姿と状態でカエデの治療を受け続けている。



 う、嘘でしょ……。


 私がアイツの放つ憎悪に一瞬だけビビッた所為で、何であんたが倒れなきゃいけないのよ……。



 きっと私もリューヴと同じ表情を浮かべているのだろう。


 刻一刻と生の輝きが失われて行く様を茫然として眺める事しか出来ないのだから。




「なぁんだ。小娘には当たらなかったか」



 ミルフレアが溜息混じりにそう話すと。



「き、き、貴様ぁぁああああああああ!!!!」



 リューヴの体内から光が迸ると天蓋状に広がって行き、周囲の空気を震わせた。



「グルルゥ……。ウグゥゥ!!!!」


「へぇ!! もうそこまで解放出来るんだ!!」



 私達と出会った頃の野獣に等しきその姿を見て、ミルフレアが喜々とした表情を浮かべる。


 まるで、新しい遊び相手を見つけた様に。



「レイド……。様??」



 血の気が失せても尚蒼白になりつつある彼の顔を、蜘蛛が傍らに力無く座って見下ろす。



「レ、レイド?? こ、こ、この野郎ぉぉおおおおっ!!」



 ユウの魔力が爆ぜ、筋力が隆起。



「レイド!! ゆ、許さないからね!!」



 それに呼応する形でルーの体に白き雷が宿り、ミルフレアへ向かって突貫して行った。



 三名の友人達が激昂したまま襲い掛かって行くのに対して私は……。


 何も出来ずに、只々ボケナスを見下ろしていた。



 あれ?? 何で、倒れているのよ??


 ほら。いつもみたいに呆れた笑みを浮かべてよ??



「ゆ、ゆ、許しませんわ……!! 殺してやる……。殺して……やる。殺してやるぅぅうううう!!!!」



 蜘蛛の白目の部分が憤怒に塗れた赤へと変化。


 今も静かに口と負傷箇所から血を零し続けるボケナスから視線を外し。極限の憎悪を籠めた瞳でミルフレアを睨んだ。




「殺す……。絶対にぃ!! 殺すっ!!!! この世に生まれた事を……。後悔させてやる!!!!」


「待って!! アオイ!!」



 ミルフレアへ立ち向かおうとする蜘蛛をカエデの細い腕が捕らえた。



「放しなさい!!!! アイツを殺さなければいけませんのよ!?!? レイド様、私のレイド様を……!!!!」



 黒き禍々しい魔力が体から溢れて周囲の空気が歪む。


 そして鮮血で染まった蜘蛛の目には大粒の涙が溜まっていた。



「お願い……。行かないで!! 私だけじゃ手に負えないの!!!!」



 カエデの悲壮な言葉が蜘蛛を引き留める。



「まだ小さくだけど、心臓は動いているの!! だけど、毒が……。出血が止まらない!! レイドを……。死なせたくないの!!!!!!」



 カエデが目に涙を浮かべて声の限りに叫ぶと……。



「――――。分かりましたわ。カエデは出血を止めなさい!! 私は毒を中和させます!!」



 蜘蛛の目が通常のそれと変わらぬ色へと戻った。



「うん、ありがとう……」


「カエデ。ここで魔力を使い果たしますわよ!! レイド様を逝かせはしません!!」


「うん……。うんっ!!!!」



 美しい藍色の瞳を手の甲で拭い二人でボケナスへ向けて魔力を放出し始めた。



「ハハハ!! いいわよ!! もっと……もっと楽しませなさい!!」


「グルァアアアアッッ!!!!」



 リューヴの張り裂けそうな雄叫びを受けて戦場へ視線を向けると。



 我を忘れてミルフレアへ襲い掛かるリューヴを捉えた。


 漆黒の稲妻を拳に乗せ、怒り狂った獣の様に激しい連打を放っている。



 あれだけの激闘を目の当たりにしてもどうして……。


 私は動けないんだろう??



「ずあぁあああ!!」



 ユウの大戦斧が局所展開された結界を弾き飛ばすと。



「だあああああ!!」



 ルーの鋭い鉤爪が生身の蛇の肉を切り裂く。



 何で、皆戦っているんだろう??


 どうして、私は戦えないのだろう。




「ふふ。私とあなた達との差を教えてあげましょうか??」


「グガァッ!?」



 襲い掛かるリューヴを吹き飛ばし、不意に言葉を漏らす。



「それは……殺意よ。圧倒的な殺意の差」



 両手に漆黒の魔法陣が展開。


 そこから漆黒の長剣が二本現れ、それを引き抜くとリューヴへ向かって投擲。



「ガッ!? アァッ!!」



 右腕、左足に直撃すると肉の壁を容易く貫通。


 脚部を貫通した鋭い黒の切っ先が地面へ突き刺さり彼女の動きを拘束してしまう。



「リュー!!!! でええええい!!」


「これだけ見せても……まだ分からないの?? 小さな女王共よ……」



 上空から襲いかかる蹴りを躱し、蛇の尾でルーの首を捉える。



「うあっ!! かっ!! はっ!!」



 絡みつく尾に指を食い込ませて襲い掛かる圧力に対して必死に抵抗を続けるが。


 彼女の細い指ではあの分厚い肉の塊を跳ね除ける事は叶わないと、傍から見てもそれは一目瞭然であった。



「放しやがれ!! この……。野郎ぉぉおお!!!!」


「まだよ。それでも足りないわ」



 ユウの大戦斧を右手で受け止めて左手を彼女の腹部に重ねる。


 深紅の魔法陣が浮かび上がり、激しい光が一点に集約されてゆく。



「嘘だろ……?? ぐあぁっ!!!!」



 周囲の空気を吹き飛ばす炸裂音が響き、ユウの体が通りの先。


 視界が届かない場所まで吹き飛ばされて行ってしまった。



 親友の危機、友人達の負傷がこの呪縛を解き放ってくれるかと思いきや……。。


 それでも私の体は動かなかった。



「アゥっ……!! あうっくっ……!!」


「ふふ。どう?? 絞め殺される気分は……??」



 無意味に足をばたつかせ、口から汚れた泡を撒き散らすルーを蛇の尾で引き寄せ。



「あぐっ!! んぐっ!! ぅぅぁっ……」


「そう、精々抵抗しなさい。目の光が失われて行く様を見ていてあげるから」



 勝利を確信したのか。


 ニィっと口角と瞳を歪ませ、彼女の精一杯の抵抗を満足気に眺めた。



「あ……。かっはっ……」



 ルーの金色の瞳から光が消え失せ、抵抗を続けていた両腕をだらりと地面へ向けて垂らす。



「アハハハ!! 弱い!! 弱過ぎるわよ!!」


「ァァアアアアアアッ!!!!」



 リューヴが渾身の力を籠めて漆黒の剣を引き抜き、自分の半身を痛め付けているミルフレアへと向かって再び突撃を始めた。



 何で……。向かって行くの??


 勝てる訳、無いじゃない。



「そら、受け取りなさい」



 気を失いぐったりとしているルーをリューヴへ投げつける。



「ガァッ!?」



 意識は僅かに残っているのか、それとも無意識なのか。


 ルーを受け止めそのまま背後の家屋まで吹き飛び、木製の壁を突き破って行った。



「さぁ……。残りは三人か」



 素晴らしい力を持つ三名を無力化すると此方へ向かって体の正面を向けて歪な笑みを浮かべる。



「まな板!! この役立たず!! 貴女が動かないでどうするのですか!!」


「マイ!! お願い!! 戦って!!!!」



 何??


 蜘蛛が何かを叫んでいるが、何も聞こえない。


 只、口を無駄に動かしている様にしか見えない。


 カエデも私に対して何か叫んでいるけど。全然聞こえないよ。




 ……………………。



 そっか。これが、恐怖だ。


 あのミルフレアに対して?? ううん、違う。レイドがいなくなる事に対してだ。



 私を庇ってくれた。それも……。二度も。


 私の命を救ってくれた、この輝かしい世界を教えてくれた。


 そんな彼を失う事についての恐怖だ。



「ウフフ……。誰から先に逝く??」



 巨大な蛇の尾を揺れ動かし、悪の元凶が此方へ向かって来る。



 私は……。レイドを失うのかな??


 こんな我儘な私をいつも、呆れながらも見てくれた彼を。


 どうして?? どうして私を庇ったのよ??


 返事をしなさいよ……。



「やっぱり、そこの小娘が先よね」



 蛇の女王の朱に染まるイカレタ瞳が私を捉えた。


 こいつが、こいつが、レイドを傷付けたのよね??



 私の、大事な人を。



「マイ!! 構えて!!」


「まな板!! 立ち向かいなさい!!」



 レイドがいなくなったら……。きっと残りの人生つまらないだろうなぁ。


 灰色、ううん。


 何処まで行ってもきっと、真っ黒だ。


 輝かしい景色は真っ黒に染まり、友人達と食べる美味しい物もきっと味わえなくなる。



「アハ。恐怖で体が動かないのね?? いいわよ、今楽にしてあげる」



 ごめんね……。私の所為で。


 本当に、ごめんね??


 力無く横たわり、鮮血に染まるレイドの顔を見つめて心の中でそう呟いた。









『…………ゆ』



 ん?? 誰??


 頭の中で聞き覚えの無い女の声が響く。



『委ね……な』



 誰よ。



『委ねなさい』



 委ねる?? あんたに??


 私は頭の中に響く女の声へ向かってそう尋ねた。






 ――――。



 ドクンと、心臓の拍動にも似た音が周囲に一つ鳴り響く。


 私は治療の手を一旦止めてその音の発生源である彼女を見上げた。



「……」



 そ、そんなっ……。


 萎れかけていた魔力が回復……。じゃない!!


 マイの限界値を遥かに上回る量まで上昇している……。



「ま、まさか……」



 マイから響き渡った音を聞き取ると、ミルフレアさんの表情が一変した。


 驚愕の表情を浮かべて静かに佇むマイを見下ろしている。



「マイ!! 聞いて!! 過ぎた力は身を滅ぼすだけです!! 貴女にはまだ早過ぎるの!!」



 と、届いて!! 私の声!!


 今も急激に魔力が上昇しているマイへ向かって力の限りに叫んだ。





 ――――。




『私に、委ねなさい』



 私の体を??



「マイ!! 駄目!! その声に耳を傾けないで!!」



 あれ?? この声はカエデの声なのかな。



『安心して。私が、貴女の敵を滅ぼしてあげる』



 あんたが?? カエデ、じゃなくて??




『彼を失いたくないでしょ??』


 ……。うん。


 私の大事な人だから。



「お願い!! 聞いて!! 今の私達じゃその力に抗えない!!!! 元に戻れなくなるかもしれないの!!」




『そこから見ていて。力の使い方を教えてあげる』



 力??


 あの化け物を倒せる力の事??



「有り得ない!! いきなり……。その段階に辿り着くなんて!!」


『ほら、敵がやって来るわよ?? あいつを殺したいんでしょ??』



 殺す……?? アイツを……。


 殺す!!!! 殺すッ!!!! そうだった。


 私はアイツを殺してやるんだ。




『そう。だって、大切な彼を傷付けたんだから……』



 私の大切な……。


 レイド。


 レイド……。


 レイド…………ッ!!



『彼がいなくなってもいいの??』



 やだ。


 レイドが居ないと何をやっていても楽しくない。



『じゃあ……。そこで見ていて?? これが、本当の闘いよ』




 …………………………。


 分かった。


 あんたに私の全てを預ける。



『良い子ね。安心しなさい、私が……。蛇の末裔を容易く殺してあげるわ』



 私は漆黒の中から浮かび上がって来た柔らかい光の手に、己が手を添えた。




最後まで御覧頂き有難うございました。


現在、後半部分を編集作業中ですので今暫くお待ち下さい。

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