第百六十六話 大魔と呼ばれる者の力 その一
お疲れ様です。
本文が長文になってしまったので前半部分の投稿になります。
それでは御覧下さい。
身の毛もよだつ恐ろしい表情の女性と、腰が引けてしまう威力の龍の拳が何の遠慮も無しに身動き一つ取れぬ体に向かって襲い掛かって来る。
普通の状態であるのならばキチンと膝を折り畳み、頭を垂れ。どうかその拳をお納め下さいと懇願するのですが。生憎今は恐ろしい大蛇に捕らわれていますのでね。
それは叶わないのですよ。
唯一俺が出来る事、それは……。
咬筋力を最大限に発動させて奥歯を噛み締め、想像の数倍上の痛みに耐える事のみ。
お願いしますから手加減して下さいよ！？
「ウェハハッ！！ くたばれやぁぁああああ！！」
俺に向かって拳を突き出すんじゃない！！
殺気と憤怒に塗れた女性へそう叫ぼうとした刹那。
「少しだけの間だけ、返してあげるわ」
蛇の胴に捕らわれた体をググっと上空へ持ち上げられてしまうと。
「へっ？？ どわぁぁっ！！」
襲い来るマイへ向かって勢い良く投擲してしまった！！
投擲された体は勢い良く一直線に突き進み、見る見る内にマイの顔が近付く。
「ちょっ！！ 邪魔ぁっ！！」
「お前が避けなさいよ！！」
互いが互いの進行方向に居るのだからどちらかが退かぬ限り、物理の法則に従って衝突する訳です。
「あいたっ！！」
「いでぇっ！！」
空中で互いの体が激しく衝突。
縺れ合う形で久方ぶりの地面へ着地出来ましたとさ。
「いたた……。大丈夫か？？」
「あ、う、うん。大丈夫」
彼女を庇う形で両手を突っ張って体を起こし、俺の腕と腕の間。仰向けの状態で丁度体の真下にすっぽりと収まっているマイの朱の瞳を見下ろす。
「悪かったな。助けに来て貰って」
「べ、別に……」
両頬を赤く染め、フイっと視線を逸らす。
何だ？？ 急に赤らめて……。コイツの事だ、恐らく此処へ来る道中。
俺達の監視の目が届かない事を良い事に家屋へお邪魔して他人様の食料をくすね、それが実は変な食べ物であり。その影響が今になって現れた……。
それなら納得出来る赤らみ具合ですね！！
「――――。主、そろそろ退いたらどうだ？？」
「あ、うん……」
リューヴの嘯く声にも似た冷たい声が体を急かす。
マイの小さな体に触れない様に立ち上がると、何処にも向けようの無い気まずさを誤魔化す為。体に付着した土埃を払った。
「マイちゃんずるい！！ 私も見下ろされたい！！」
ルーさん？？ これは不可抗力なのですよ？？
「乳繰り合っているのなら……。先手はあたしだぁ！！」
ユウが拳を前に突き出し、無策でミルフレアさんへ目掛けて走り出す。
「ユウ！！ 気を付けろよ！！」
「分かってるって！！」
「これはこれは……。熟れ過ぎた西瓜を引っ提げた下賤な女ねぇ……」
ミルフレアさんが小さな溜息を吐き、ユウの揺れる双山を見て顔を顰める。
「うっさい！！ 食らえぇええ！！」
蛇の胴体を狙った剛拳だが……。
「愚直」
局所展開された結界にユウの拳が直撃した刹那、凡そ肉がぶつかる音とは思えない鈍い音が響いた。
「…………。かってぇええぇ！！」
ユウの拳でも貫く事は叶わない硬度、か。
ミルフレアさんを無力化して撤退するのには骨が折れそうだ。
「素の力でこの威力。あの子達が敵わない理由がわかったわ」
「ちきしょう！！ もう一発っ！！」
赤く腫れた拳を再び結界へ打ち込もうとして大きく振りかぶると、俺の肝が冷えてしまった。
「ユ、ユウ！！ その場から直ぐに離れろ！！」
ミルフレアさんが右斜め上に尻尾の尾を掲げた姿を捉えたと同時に叫ぶ。
あの予備動作は不味い！！
「離れる？？ はは！！ 冗談！！ この距離こそあたしの独壇場……」
「馬鹿ねぇ……。仲間の助言は素直に聞くべきなのよ？？」
尻尾の尾が強烈に振り下ろされ、ユウの目の前であの麻痺性の炸裂音が苛烈に鳴り響いた。
「うっさ！！ 何よ！？ 今の音は！！」
マイがきゅっと目を見開き、ユウの背中へと視線を送る。
「あの音を間近で聞くと体が数秒間動かなくなるんだよ！！」
皆に危険を知らせる為、腹の奥から声を振り絞って叫んだ。
「はぁ！？ そ、そんな馬鹿な！！ ユウ――！！ そこから早く動け！！」
マイが微動だにしないユウへ向かって叫ぶが。
『レ、レイドの言う通り。指先一つ動かせねぇ！！』
言葉の代わりに驚きに塗れたユウの念話が届いた。
そして、この隙を逃す彼女では無い。
「さぁ、地獄の痛みを味合わせてあげる……」
ユウの右足へ蛇の尾を絡め遠慮無しに持ち上げると……。あの恐怖が始まった。
「は、放せっ！！」
「ふふ、貴女が死んだら解放してあげる」
高く持ち上げたユウの体を硬い地面へと叩き付け。
「ぐぁぁああっ！！」
「あはは！！ 良い声で泣くじゃない！！」
再び高く持ち上げると左右へ、そして交互に叩き付けてしまう。
乱暴に叩き付けられる度に身が竦む音が鳴り響きそれと同時に地面に亀裂が入る。
「ユウ！！ 待っていなさい！！ 今から助けに……」
「はぁ――い。一名、脱落――」
飛び出そうとしたマイ目掛けてユウの体を投擲。
「おっわっ！？」
紙一重で向かい来るユウの体を回避すると、彼女の体は後方に建ち並ぶ家屋の壁を突き抜けて見えなくなってしまった。
「ユウ！！ 大丈夫か！？」
崩れかけた家屋へ向かって駆けて行く。
「あはは！！ 無駄よ。貴方みたいに頑丈な生物は早々存在……」
全く……。
呆れた体の強さだよ……。
「――――。よぉ、蛇の姉ちゃん。あたしをブチのめしたければ今の十倍強い力で打って来い」
土埃の中から現れたユウが左右へ首を傾け、まるで準備運動を終えたばかりの様子で話した。
「流石ユウね！！ 伊達におっぱいがデカくぬぁいっ！！ 体は大丈夫！？」
マイが俺の隣に並び、土と血で汚れたユウの顔を見つめて叫ぶ。
「あ？？ こんなの……。えっと……」
眉をキュっと顰め、腕を組み。深く考える姿勢を取って俯く。
「友人の引越しの手伝いでそいつの新しい家に行くとする」
「「ふんふん」」
マイと共にユウの例えにコクコクと頷く。
「んで、二人ですっげぇ重たい箪笥を二階へ運ぼうとして階段を昇っていると。上にいる友達が手を滑らせ。箪笥と一緒に階段を転げ落ちた様なものだっ」
お――……。ちょっと分かるかも、それ。
「け、結構危なくて。本気で痛い奴じゃん！！ それ！！」
惜し気も無く驚きを表すマイに対し、実体験のある俺はユウの例えに激しく同意してしまった。
あの尻尾の痛打はそう何度も受け止められる痛さじゃないものね。
「いやぁ――。強いわ。レイド、よくあんな攻撃受け続けられたな？？」
「気合と根性で耐えたんだよ」
俺の肩を優しくポンっと叩いてくれたユウへ答えてあげた。
「皆さん、戯れの時間はお終いです。此処からは私の指示に従って下さいね」
我が分隊長殿が静かに声を出すと、全員が物言わずとも己の役目を理解したのか。
「さぁて、暴れるぞぉ！！」
マイが最前線に立つと。
「あぁ。多人数で向かうのは好きでは無いが……」
「この際、選り好みしてられねぇ――」
その横にリューヴとユウが並ぶ。
「お仕置きの時間ですわ」
「私も頑張るもんねっ！！」
アオイとルーが中間距離に身を置き。
「皆さん、私とレイドが後方から援護します。好きなように暴れて下さい」
カエデと俺が最後方に陣取った。
「レイド！！ はい、これ！！」
ルーが背負っていた抗魔の弓と短剣を手渡してくれる。
態々此処まで持って来てくれたのか。
他の荷物は偽装して中身は空っぽだから捨て置いても良いけど、これだけは捨て置けないから正直有難いな。
「有難うね！！」
「えへへ。どういたしましてっ」
「さぁ、皆さん。出し惜しみはせず、最初から最大戦力で向かいますよ！！」
カエデが珍しく声を荒げて叫ぶと、全員が彼女の激励に応えた。
「風よ！！ 我と共に吹き荒べ！！ 覇龍滅槍！！ ヴァルゼルク！！」
「大地よ！！ 我に力を！！ 来い！！ タイタン！！」
「天を裂き暴虐の限りを尽くせ！！ デスポートシュバルツ！！」
「黄泉返りし闇の力、敵を無慈悲に殲滅せよ！！ 暁！！」
「白き雷よ！！ 疾風の如く地を掛けろ！！ その力、我が身に宿れ！！ ヴァイスラーゼンッ！！」
「大海を統べし大いなる魔力。行くよ……？？ アトランティス」
大魔の血を宿す傑物六名が継承召喚して、己が得物を装備。そこから迸る魔力が大地をそして空間さえも揺れ動かす。
その姿は正に圧巻の一言に尽きた。
すげぇ……。マイ達、以前よりも格段に強くなっていないか？？
「やっぱり……」
彼女達から迸る六つの魔力の波動を受け、ミルフレアさんの顔から余裕の笑みが消え失せた。
やはりと口に漏らしたという事は恐らく彼女達の中に宿る力を掴み取っていたのだろう。
「そうよ。あんたは私の母さん。フィロと同じ釜の飯を食った仲でしょ？？」
右肩に黄金の槍をポンっと担いで話す。
「当然、私の母様であるフォレインも御存知でしょう？？」
小太刀を脇に抱えるアオイがマイに続く。
「フィロ、フォレイン……。えぇ、貴女達が考えている通りの仲だったわね」
仲だった、か。
過去形の言葉が出て来ると何だか寂しい気持ちになってしまうな。
師匠達と紆余曲折あった様ですが。関係修復の余地は残っていないのだろうか？？
同じ魔物そして同じ大陸に住むのだから互いを憎しみ合う関係は寂し過ぎるだろう……。
「申し訳ないけど。母さんとの友情に亀裂が走るかもよ？？」
「亀裂？？」
マイの言葉を受け、ミルフレアさんが首を傾げた。
「今日、此処でぇ……。私達があんたをぶっ倒すからよ！！！！」
速い！！
槍を中段に構えて、もう懐に入った！！
「亀裂ねぇ……」
それでも悠長に視線を外し話している。
う、嘘でしょ？？
馬鹿げた速度で襲い掛かるアイツから距離を取らないのか！？
「貰ったぁああ！！」
突撃の勢いそのまま。黄金の槍を下段から切り上げてミルフレアさんの急所目掛け突き出す。
「元々、仲が良い訳じゃないしぃ。気にしなくていいわよ？？」
捉えた！！
そう考えたが、彼女の左の小指の先に浮かぶ矮小な魔法陣から放出された何かがマイの体を直撃すると。
「おごぶっ！？」
小さな彼女の体は面白い角度で後方へと吹き飛ばされてしまった。
あの小さな魔法陣で、今の威力……。
「カエデ……」
「流石大魔が一人です。一瞬で魔力を上げてマイに風の塊を衝突させました」
此方が確知出来ない程刹那に魔力を急上昇させたのか……。
何気無い所作にも怪物ぶりが遺憾なく発揮されていますね。
「アイツ、大丈夫かな」
「おわぁ――！！ だ、誰か止めてぇ――！！」
地面の上をコロコロと転がり続けるマイを特に心配する素振を見せずに話した。
「マイの体は丈夫ですから放置しても構いません。私の命令を無視して突撃した罰ですよ」
そっか！！
その意見には大賛成です！！
「うぇっ、やっと止まった……」
口の中に入った石と土塊を吐き出して立ち上がる姿を見届けると、再び藍色の髪の女性へ視線を戻した。
「カエデ、作戦は？？」
「この戦いは一対一に拘らない戦いです。前衛は好きに戦い互いの足りない所を補い。中距離からアオイとルーが、そして最後方から私達が絶え間なく援護を続ければ勝機は必ず見えます」
そうは言うけども。
この圧倒的戦力差を見てよくも普段通り凛として構えていられるよね？？
だが……。此処まで来たのならもう腹を括ろう。
それにカエデの静かなる言葉が俺の闘志を燃え上がらせた。
『勝機は必ず見える』
今はその言葉を信じて、愚直に向かうのみ！！
「皆さん。戦闘開始です……。光よ、戦士達に勝利の輝きをっ！！」
カエデが樫の杖を掲げて戦いの狼煙に誂えた煌びやかに輝く光を放つと。
「行くぞ！！ はぁああ！！」
「リュー！！ 合わせるよ！！」
「抜け駆けはさせませんわよ！！」
双狼と蜘蛛の御姫様が海竜の光に応えてミルフレアさんへと向かって行った。
「援護するぜぇぇええ！！ 食らいやがれっ！！ 大地烈斬！！」
ユウが大戦斧を地面に叩きつけ鋭い岩の塊の波を発生。
轟音響かせ、大地を伝って三名の間を割って直進するが。
「威力、良し。けれど単調過ぎ」
ミルフレアさんが強力な結界を張り、岩の波の直撃を防いでしまった。
ユウの得意技でもあれを砕けないのか……。
しかし！！
単発で駄目なら何度も打ち込めばいい。
此処で心が折れたら負けだからな！！
「レイド、行きますよ？？」
カエデが両手を前に翳して美しい魔法陣を浮かべると、注意して見ないと理解出来ない程。本当に微かに口角を上げて此方を横目で見つめる。
藍色の美しい瞳は俺にこう言っていた。
『疲れているだろうけど。此処が正念場ですよ？？』 と。
分かっているさ。
右目も少しだけ見える様になってきた。それに……。
「了解！！ 皆、いくぞぉ！！」
たかが目玉一つが機能しないからって、最前線で活躍する人達に負けていられるか！！
「はぁぁああっ！！」
リューヴの素早く一切の繋ぎ目の無い素晴らしい拳の連打。
「たああぁっ！！」
ルーの真空を断つ鋭い蹴り。
「食らいなさい！！」
そして、切れ味の鋭いアオイの小太刀二刀が結界に襲い掛かる。
「へぇ！！ やるわね！！」
三名の攻撃を片手では防ぎきれないと考えたのか、両手を前に翳し結界の厚みを増す。
此処に来て初めて防御態勢を見せましたね！？
攻撃大好きな人達の前でその姿勢は頂けませんよ！！
「光の矢よ。立ち塞がる敵を穿て！！ 光烈閃槍！！」
ミルフレアさんの頭上に光り輝く多数の魔法陣が出現。
青空の中に浮かぶ美しい光を放つ魔法陣から光の矢が彼女の体に降り注ぐ。
そして。
「くらぇぇええええっ！！！！」
俺が放った朱の矢が降り注ぐ光の矢の雨を切り裂き結界に突き刺さる。
厚みを増したとはいえ、これだけの攻撃を受けて無傷とはいかなかったようだ。
「くっ！！」
二人が放った無数の矢が結界に突き刺さり、より一層結界の綻びを増すと。
「…………。お客様ぁぁああああああ！！」
当然！！ そう来るよな！！
両の眼を真っ赤に血走りさせ大好物へと襲い掛かる獣が如く。
マイが槍を中段に構え、僅かに見えた綻び目掛けて風と同化して猛突。
「当店ではぁぁああ！！」
軽く飛んで上空からの一撃。
「その様な！！ 不躾な物はぁ――！！」
着地と同時に体を回転させ、槍の鋭い穂先を一撃と同じ個所へと見舞い。
「持ち込み禁止ですよぉぉおお――！！！！」
三撃目は頭上高くに掲げ、腕力と背筋力に物言わせた一撃を振り下ろした。
「っ！？」
黄金の穂先が分厚い結界を消失させ、麗しいミルフレアさんの姿が露見。
「是非とも素手でお越し下さぁい。そしてぇ……。お客様は以後、入店禁止に致しまぁぁっすぅ！！」
黄金の槍は俺達の念願叶って結界を突き破り、ミルフレアさんの体を捉えようとした。
だが……。
「全く……。私も久し振りに力を解放しましょうか」
「ぬぅっ！？！？」
目の前にまで迫ったマイの槍をさも面倒くさそうに、右手の甲で払いそう呟く。
お、おいおい。マイの雷撃を片手で弾いたぞ……。
見た目以上に腕力があるのか、それとも付与魔法による業か……。いずれにせよ、それだけの力は有しているという事だな。
最後まで御覧頂き有難うございました。
後半部分は現在編集作業中ですので今暫くお待ち下さいませ。
