第百六十三話 予想された開戦 その一
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それでは御覧下さい。
体が何処かへ叩きつけられる度に鳴ってはいけない乾いた音が体内から響き、それと共に気の遠くなる激痛が全身を駆け巡って行く。
マイ達そして師匠に毎度の如く叩き付けられある程度衝撃には慣れているこの体にも限界はある。
や、やばい。
此処で意識が飛んだら……。
「うふふ……。さぁ、いつまでもつかしらねぇ」
ミルフレアさんに捕らわれ、愚かな俺を救おうとするマイ達の命が危険に晒されてしまう。
今の俺に出来る事、それは痛みに耐え抜く事では無く。この窮地を脱する事だ。
早々とこの力を使いたくなかったが背に腹は代えられない。
第二段階を解放する!!
「安心して意識を失っても良いのよ?? 次に目を覚ましたその時、貴方の目の前には桃源郷が広がっているのだから」
桃源郷……。恐らく酒池肉林の事を指し示していると思うのですが、生憎自分には不相応の場所ですよ!!
俺の状態を確かめる為に攻撃の雨が止むのと同時に第二段階を発動。
「すぅ――。ふぅっ!!」
一際強烈に心臓の音がドクンッと鳴り響くと体中に流れる血が熱を増し、体内から燃え上がる様な力が湧いて来た。
全力でこの力を発現出来るのは僅かな時間だ!! その間に脱出する!!
「あらっ?? 力が膨れ上がったわね??」
気付かれたか!!
「申し訳ありませんが!! 悪足掻きさせて貰いますよ!!」
龍の力を解放し、一気呵成に足の拘束を解き。
彼女からある程度の距離を置いて荒ぶる呼吸を整えた。
「ふぅ……」
地面に足を着けたはいいが、これからどうする??
ある程度攻撃をしてから退散するか、それとも脚力に物を言わせて一目散に逃げ出すか。
でも……。背を向けたらまた蛇の胴体に捕獲される恐れもある。
間合いの差は歴然としているので彼女を死角に置くのは賢明ではない、か
一番安全に逃げる手はミルフレアさんを打ち倒して無力化する事ですけども。
「その力……。やるわねぇ、増々燃えて来るじゃない」
彼女と対峙しているとその姿がどうしても思い浮かばなかった。
ミルフレアさんが放つ圧は丁度、師匠と対峙している時と酷似している。
逃げの一手しか俺に残された選択肢は無いな。
「それは、どうも」
くそっ!!
えぇい!! ままよ!!
戦闘を継続させ、刹那に出来た隙を窺い窮地から脱出してやる!!
師匠の素晴らしい戦闘の型を思い描きながら構えを取った。
「流石師弟ね。構えも一緒か」
「まだ甘いと言われますが」
「その姿見ていると……。あの五月蠅い狐の姿がチラついてムカついて来るわね……」
それは、ちょっと言い過ぎじゃないですか??
師匠は大変可愛い……。基。
カッコイイ御方ですよ。
「まぁいいわ。精々抵抗を続けなさい、それでこそ調教のし甲斐があるってものよ?? 弟子を寝取られたイスハの悔しがる顔が目に浮かぶわぁ……」
戦闘中だというのに目を瞑り、師匠の苦い顔を想像しているのか。厭らしい笑みを浮かべている。
今の内に逃げられないかな??
「師匠とはそのような関係ではありませんよ。純粋に師事しているだけですから」
「アイツも我慢しているのかしらねぇ?? こんなに、美味しそうなのに!!」
うおっ!!
蛇の尾の先端が突如として襲来。
筋力の塊が地面からせり上がり顔面の前の空気を消し飛ばし、天井スレスレの位置へ到達した尾が振り下ろされ、横に躱した隙を狙って木の床と平行に薙ぎ払う。
上下左右の連続攻撃に心が乱されてしまう。
落ち着け、こういう時こそ冷静に相手の行動を読むんだ。
どうやら蛇の体で俺の体を痛め付けようと画策しているな??
「うふふ……」
上半身の部分は無防備で優雅に腕を組み。ミルフレアさんの表情は矮小な獲物が逃げる様を悠々と眺める捕食者の様であった。
よしっ、魔法を使用する気配は無い。
それなら反撃して様子を見よう……。
これが上手く行ったら脱出する!!
「ふぅん。やっぱりアイツの弟子もあって、すばしっこいわねぇ」
「ど、どうも」
それもこの第二段階の力の御蔭ですよ。
もしも、俺がこの力を得る前であったのならこうは上手く避けられないだろう。
それだけミルフレアさんの攻撃は速く、そして苛烈であった。
だが……。
一見繋ぎ目の無い攻撃にも見えるが、たった一つ。
そう、たった一つだけだが。その攻撃の後に僅かな隙が見出せる。
それは此方から見て右斜め上から襲い掛かる尻尾の強打。
身が竦む程の強烈な攻撃だが、勇気を振り絞りその攻撃を躱すと同時に前へ飛び込めば俺の間合いへ身を置く事が可能だ。
ビビるなよ!?
怖気付くな!! 極光無双流の名に泥を塗るな!!
心を強く持て!!!!
最大限にまで集中力を高め、強き心を持って襲い掛かる攻撃を回避しつつその時を待ち続けていると。
「あぁ、もう。当たらないと苛々するわね!!」
痺れを切らしたミルフレアさんが力を溜め。
右斜め上へ蛇の尾を掲げた。
おいでなすったぁ!!!!
渇望していた構えに心と脚力が逸るが、それを必死に宥め。
「はぁっ!!」
鋭い一撃を半身の姿勢で回避すると同時に全脚力を解放。
体全部で風を切り、音を置き去りにして己の間合いへと到達した。
「な!?」
此処だ!!
「ぜぁっ!!」
驚く彼女に対し、随分と高い位置にある腹部へ右の拳を打ち込む。
「遅いわよ!!」
局地的な結界展開とでも呼べばいいのか。
拳程度の面積の結界が展開され、俺の拳はミルフレアさんの腹部を穿つ事は叶わなかった。
「御苦労様。貴方の乾坤一擲となる攻撃は私に届かなかった様ね??」
ひび割れた結界を見下ろし、口角をニィっと上げて笑う。
…………。
此処まで想定通りだと逆に怖いな。
師匠。
今、此処で技を使います!!
「ふっ!!!!」
木の床が破損する勢いで踏み込み宙へ向かって上昇し、床と体の軸を平行に傾け。腰の筋力が捻じ切れる勢いで回転を開始。
遠心力、そして己の全筋力を合一。
くらえ!! 右足に俺の熱き想いを乗せた鋼の一撃を!!
「ずあぁぁああああ!!」
景色が目まぐるしく移り変わり、視界が刹那の目標を捉えた。
「ふんっ!!!!」
結界が展開されたか!!
だが、その先へ打ち込む!!!!
食らぇぇええええええ!!!!
足の甲が大変硬い感触を掴み取るがそれは刹那の出来事。
人間の肉の柔らかさを足の甲が捉え、着地と同時に鋼の一撃を叩き込んだと確信した。
「…………ふふ。良い攻撃、ね??」
「う、嘘だろ!?」
痛みによって若干顔を顰めるミルフレアさんの白き肌の両腕にはしっかりと攻撃の痕跡が残されていた。
確実に倒したと確信があったのに……。
あの一瞬で防御態勢を取ったのか。
「腕が痺れるのなんて、何年振りかしら??」
痛そうに腕を擦り、相変わらずの余裕の笑みで俺を見下ろす。
「さぁ、桜嵐脚は塞がれた。お次は……」
技名は言っていないのにどうし……。
「っ!!」
そ、そうか!!
師匠達と行動を共に続けていたのだから、師匠の技は当然ミルフレアさんも見ている訳だ。
仲間の技を見誤る訳は無い。
そして師匠が仰っていた通り、技に溺れるべきではなかったな……。
「どんな技を見せてくれるのかしら!?」
ま、また右斜め上からの攻撃ですか!?
先程その後に不覚を取ったていうのに!!
「んっ!!」
疲労困憊の足に喝を入れて必死の思いで攻撃を躱し、先程と同じ速度で飛び込もうとしたのだが……。
「それっ!!」
呆れた速度で振り下ろした蛇の尾を、振り下ろした速度よりも苛烈な勢いで引き戻すと。眩暈を引き起こす程の強烈な炸裂音が室内にこだました。
「っ!?!?!?」
な、なんだ!? こ、これ……。
体が、うごか……。
「鞭って知っている??」
む、鞭??
「私の尾の先端を鞭みたいにしならせ、超高速と魔力を籠めて空気を叩いて振動させてあげたの。音速をも越える衝撃波は範囲内の人体を数秒程度麻痺させるわ……」
な、何てえげつない攻撃だ。
そ、そんなの。回避しようが無いじゃないか!!
「ふふっ。さぁ……。ゆぅぅっくり捕えようかしらねぇ」
麻痺して動けぬ体に蛇の尾が迫り来る。
う、動け!! 動けぇぇええええ!!!!
「はい、残念でした」
「おわぁっ!!!!」
蛇の尾が再び俺の足を捉え、景色が逆さまに変化してしまった。
本当に厄介だな!!
外へ逃げ出そうとしても蛇の尾がそれを阻み、攻撃を仕掛けても防御され。挙句の果てには回避不可能な音の攻撃かよ。
師匠は直線的な攻撃が得意なのだが、それに対しミルフレアさんは全方向からの攻撃を得意としている。
経験不足が此処に来て仇となったな……。
超接近戦には此方に分がありそうなのに、そこへ到達するまでが果てしなく遠い道のりに感じてしまいます。
「次の攻撃はちょっと痛いわよ??」
「出来るだけ穏便に済ませて下さい……」
反対になっても大変お綺麗な顔を見つめながら言った。
「だ――め」
「うわぁぁああああ!!!!」
言葉を切ると俺の頭蓋を天井へ猛烈な勢いで叩き付け。木製の天井を突き破り、大変埃っぽい空気を吸わされると。
『ヂュッ!?』
小さな御手手に矮小な虫を捕らえて絶賛お食事中の鼠さんと目が合ってしまった。
お食事中すいませんでした。
どうぞ、引き続き食事を楽しんで下さいね。
「それっ!!」
「うぐぇっ!?」
天井から引っこ抜かれると、木の床を突き抜け。今度は固い地面と仲良く頬ずりをする羽目に。
「あはは!! いいわ!! もっと耐えて御覧なさい!!!!」
壁、天井、地面。
人体に当ててはならない場所へ常軌を逸した速度で叩き付け、その度に肉と骨が嫌な音を立てて視界が揺らぎ脳内に閃光が迸る。
だ、駄目だ……。し、死ぬ……。
「ごはっ!!!!」
一際苛烈に叩き付けられると、体内から乾いた音が鳴り響いて鼓膜を揺らす。
な、なんだ?? 今の音は……。
どこの骨が逝った??
体中に感じる痛みの所為でそれが朧にしか分からない。
「さぁ……。派手に飛びなさい!!!!」
「うぐぁぁああああ!!」
常軌を逸した速度を得たしなる鞭で投擲された俺の体は加速を増し、くの字に折れ曲がり壁へ向かって飛翔。
容易に壁を突き破った。
「ぐぁぁああっ!!!!」
渇望していた外の大地の上を数十回転がり続けると、漸く回転が停止。
良く晴れ渡った空に浮かぶ雲を視界が捉えた。
「――――。どう?? 考え直す気になった??」
悠々と扉から出て来たミルフレアさんが此方を見下ろす。
「はぁ……はぁ……。我慢強さには自信があるんです。ま、まだいけますよ」
精一杯の強がりを言い、体に喝を入れ立ち上がる。
も、もう第二段階の発動は限界に近いぞ。
今の攻撃をもう一撃食らったら恐らく……。し、死んじまう。
「そうこなくっちゃ!! まだまだい――っぱい痛めつけたいのよねっ!!」
か、勘弁して下さいよ……。こちとら立っているのが精一杯だってのに。
頭上で光り輝く太陽も思わず頷いてしまう満面の笑みを浮かべて、我が耳を疑う発言をしてしまう。
駄目だ。
正面からは勝てる気がしない。逃げの一手を画策しようとしたのだが。
「クスクス……。ミルフレア様に勝てる訳ないのに」
「でも、あの人。物凄く強そうだよ??」
「キャハッ!! 美味しそうだよね――!!」
この騒ぎを聞きつけたのか。
十体を越えるラミアさん達が周囲を取り囲み、傷ついた体であの包囲網を突破するのは不可能だと頭は確定付けた。
絶体絶命の超大危機到来、か。
「さぁ……。続きを楽しみましょう」
「ア、アハハ。……。お、お手柔らかに……」
襲い掛かる蛇の尾を茫然と見つめながら、苦し紛れにそう言ってやった。
最後まで御覧頂き有難うございました。
引き続き寒い日が続きますので体調管理には気を付けて下さいね。
それでは皆様、お休みなさいませ。




