第百六十話 大蛇が待つ里へ出発
お疲れ様です。
本日の投稿になります。区切って投稿すると流れが悪くなると考え、長文での投稿になってしまいました。御了承下さいませ。
それでは御覧下さい。
昨晩の恐怖の宴の後、誰かに顔面を蹴られた痛みで目を覚ますと宴会場は魑魅魍魎共が蠢く地獄と化していた。
酒の効果によって野菜市場で最後の最後まで売れなかった白菜みたいにクッタクタに萎びた者共が勝手気ままに鼾や、寝言を放っていたら誰だって顔を顰めませんかね??
モアさんとメアさんの御蔭か。食器類が全て撤去されていたのが幸いであった。
一人静かに人数分の布団を用意して各自を布団の上に寝かせていたのだが。
『おらぁっ……。何処見てんのよ』
いつもより三倍寝相が悪い狂暴な龍の一撃を顎先に貰い、思わず二度寝をしてしまいそうでしたが……。
そこは奥歯をぎゅっと噛み締めて耐え抜き。最後は師匠とエルザードを布団の中に放り込んで俺の仕事は終了。
此処へ来て初めて何も考えずに一人静かに湯の効能を堪能してぐっすりと休み今に至ります。
朝の訪れを爽やかな歌声で知らせてくれた鳥さん達が木々の枝の上で羽と喉を休める心地良い時間が訪れ、俺達も彼等に倣って羽を伸ばせたら良いのだが。
生憎そうはいきません。
出発当日となり、慎ましい量の朝食を済ませると一同は早速準備を整え……。
「うぇっぷ。卵かけ御飯食い過ぎちった」
基。
いつも通りに限界まで食料を腹に詰め込んだ女性を除いた一同が準備を整えていた。
えっと……。
短剣に抗魔の弓、それから包帯……。
着替えは必要かな?? それと、軍服で赴くのは身分を明かすようなものだから私服で向おう。
荷物の中から必要な物を取り出し、取捨選択を行っていると食べ過ぎてお腹が膨れ過ぎている冬眠前の熊さんから声を掛けられた。
「ちょっと。何してんのよ」
「何って……。万が一の戦いに備えた準備だけど??」
無装備で魔物達が跋扈する里へ赴こうとは思わないでしょう。
「あんたは私達に捕まった捕虜なのよ?? 捕虜が荷物を持ってどうすんの」
「あ、そっか。でも他の人が持てばいいだろ??」
「ユウ――!! 後で、ボケナスの荷物持ってあげて――!!」
「ん――」
遠くで着々と準備を続けるユウが了承の意味を籠めて此方へ向かって手を上げた。
「いよいよだな」
選び抜いた荷物を纏めて背嚢にしまう。
「そうね。緊張してる??」
「半分ワクワクして、半分怖いかな?? いや、七割怖くて三割ワクワクだな」
「中途半端ねぇ」
此方側にコロンっと寝返りを打ち、柔らかく口角を上げてふっと笑いながら話す。
「そういうお前はどうなんだ??」
「私?? ん――。特別ワクワクもしていないし、怖くも無いかな?? さっさと用件を片付けて残りの休みは屋台とお店巡りの旅をしたいなぁって」
「あれだけ食ったのに、まだ食べる気かよ」
呆れながら話す。
「当然。私の胃袋は無限大なのよ」
左様で御座いますか。
話し合い程度なら数時間で終わるだろうし。ひょっとしたらラミアよりも俺の財布の中身を心配した方が良いのかも知れないな。
「ぐふふ……。新しい屋台出てないかなぁ――」
俺を捕虜にするよりも、マイを捕虜として差し出せないか??
そうしたら此方の財布事情も改善されるし。
まぁ、でも。
速攻で檻から抜け出て来て、置いて逃げ出した事を咎められ、三日間程度固形物が口に出来なくなるまで殴られるだろうからしませんけども……。
「おはよう。皆の者揃っておるか??」
「おはよ――」
師匠とエルザードが普段通りの服装で平屋へ入って来た。
「おはようございます!!」
だらしない姿、並びに声では弟子失格。
覇気ある声と姿勢で我が師を迎えた。
「気負い過ぎではないようじゃな」
俺の表情を見つめて小さく頷く。
「はいっ!! お陰様で」
「よぉし、皆の者。作戦内容の説明をもう一度するから集まれ」
師匠の御声を受け。
「へぇ――い」
「リュー、私の下着持っていない??」
「知らん」
「あら、カエデ。荷物が少ないですわね??」
「必要最低限の荷物で十分。本は此処に置いて行く」
少々気の抜けた行動の速度と会話を続けながら、師匠の前へ横一列で並び終えた。
「昨日、大方説明したと思うがもう一度聞け。此処からミルフレアの所まではブヨブヨの脂肪が空間転移で飛ばす。くっさい脂肪がお主らを送った後、此処へ儂を運びに戻って来る」
「一緒じゃ駄目なの??」
ルーが言う。
「そうしたいんだけどね。感知されないように空間転移をするのには八人が限界なのよ」
「そっかぁ。八人が限界なのか――」
ルーが残念そうに項垂れるが。
人の足で数十日以上掛かる距離をたかが数十秒で移動出来るんですよ??
それでも十分凄いと思いますけどね。
「脂肪と別れた後、そのまま左手に海を捉えつつ北へ向かえ。丘を一つ二つ超えるといよいよ奴らが跋扈しておる里に到着する。そこ以外、周囲に人工物は見当たらぬから一目瞭然じゃ。そして、レイドを捕まえ献上しに来た旨を伝えろ」
「そして、万が一私達の使いだとバレたら。話し合いに来たという事をちゃんと伝える様に」
エルザードが厳しい表情をこちらに向ける。
普段の飄々とした感じとまるで別人だ。
「話し合いが決裂、又は身の危険を感じた時のみ力を行使しなさい。それも、倒す事じゃなくて逃げる為に」
「ふっ。どうせなら、一手願いたい物だがな」
リューヴが話す。
「駄目よ、絶対にそれは避けなさい。向こうが聞く耳を持たない場合、最悪、私達の名前を出していいわ」
「嫌われているんじゃないのか??」
その為に俺達が伺うのに。
「馬鹿ね。脅しよ、脅し。言う事を聞かない場合、私達が行くぞってね」
この二人に迫られるのか……。
考えたくないな。
「今申した通り、お主達は話し合いを優先せい。向こうの真意を探るのが今回の最優先事項じゃからな。よいな??」
「分かりました」
師匠の言葉を受け、大きく頷いた。
「本来なら儂達が行くべきじゃが……。お主らには苦労を掛けるな」
珍しく声に覇気が無い。
三本の尻尾も畳へ向かって垂れているし……。
「ふふん?? 当然、依頼料は高くつくわよ??」
マイがいつも通りクイっと片眉を上げて話す。
「ぬかせ。不穏な空気を感じたら直ちに、儂らが救出に向かう。まぁ、向こうもそこまで戯けでは無いと思うが最悪の事態を常に想定しておくことじゃ。お主らは蛇の巣窟へと向かうのじゃからな」
「蛇……。向こうはどんな力を有しているのでしょうか??」
いざ戦闘になった時に、相手の特徴を事前に掌握している事は此方にとって優位になる筈。
そう考え、師匠に尋ねた。
「先日話した通り上半身は女性、下半身は蛇の魔物じゃ。大きさは……。個体差はあるが蛇の部分を立たせると概ねここの天井くらいじゃろう」
ニメートルは越える高さ、ね。
随分と大柄な種族だな。まぁ……。ミノタウロスの方々程ではありませんけども。
「儂らと同じ様に人の姿に変身出来るが向こうでどんな姿をしているのかはわからん。武器は剣、槍、矛、弓。様々な得物が想定され、当然魔法も使用する。しかし、最も注意しておかなければならないのは……。蛇の部分じゃ。薙ぎ払えばここの壁等紙屑の様に吹き飛ばし、絞めれば牛一頭は容易に絞殺出来る」
「うへぇ……。痛そう――」
ユウが顔を顰め。
「ユウちゃん、ぎゅうぎゅう絞められちゃうね!!」
「ユウ!! モウモウ唸る準備出来てる!?」
「あたしは牛じゃねぇっつ――の」
二人の揶揄いを受けると更に顔を顰めてしまった。
「蛇の胴体に捕まらぬように戦い、相手を制せ。弱点は人間と変わらん、顎、脳天、丹田、心臓。相手の間合いと己の間合いを図り確実に一撃を加えろ、戦闘になった場合今話した事に注意を払え。分かったな??」
「はい!! ありがとうございます!!」
歯切れよく返事をした。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか。外に行くわよ――」
エルザードが割かし小さめの整った臀部を左右に振りつつ外へと出て行く。
「分かった。皆、準備はいいか??」
彼女の声を受け、皆を見渡す。
「ちゃちゃっと用件済ませて御飯食べるか――」
「いつでも行けるぞ!!」
「こっちも――!!」
「行けますわ」
「準備万端です」
「勿論だ」
うん!! 皆、良い表情だ。
特別気負っている気配も無く、不必要に緊張している素振も……。
「くぁっ。は――……。ねっみぃ……」
だらけ過ぎるのはいけないと、アイツにだけは本当に注意しておかないと。
靴を履き、良く晴れた空から降り注ぐ陽光の下へ躍り出ようとしたのだが。
「これ、レイド」
師匠が俺に声を掛けて下さったので、歩みを止めて振り返った。
「はい?? どうかしましたか??」
「気を付けるのじゃぞ??」
「勿論分かっています」
「武運を祈っておるぞ……」
普段は物凄く厳しい人が不意に浮かべる優しい笑みってなんで強烈に印象に残るのだろう。
畳の上に立つ師匠の御姿を確と両目に焼き付けていると。
「おらぁ――!! さっさと来いや――!!」
外から残酷な知らせが届いてしまった。
もう少しだけ師匠の貴重な笑みを見つめていたかったけども、時間が押してるし。
「では、行って参ります!!」
後ろ髪惹かれる想いを断ち切り、一切立ち止まらず外へと駆けて行った。
師匠、行って来ますね。
ちゃんと無事に帰って来るから御安心下さい。
心の中で硬く誓い、降り注ぐ陽光の下へ躍り出て行った。
◇
腹の奥へ重く響く魔力の鼓動が徐々に収まっていくと。白い霧が晴れる様に視界が徐々に鮮明になって来る。
「と――ちゃ――くっ」
エルザードの間の抜けた声を受けゆるりと目を開けると、目の前には静かな草原が視界一杯に広がっていた。
風が草を撫で、綿雲がゆっくりと空を流れていく。そして、左手のずぅっと奥には微かに青の存在が確認出来た。
正に平穏を表現した景色に思わず息が漏れてしまう。
「ふぅ。何だ、平和そうな所じゃないか」
「どんな所を想定していたのよ。でも、一応注意してね?? 下手な動きを察知されても困るし」
エルザードが桜色の髪を大きく揺らしつつ此方へ振り向いて話す。
「了解だ。北は……」
北へ向かうのだから大陸西端の海を左手に捉えて歩けばいいのか。
俺が視線を動かしているとエルザードが遠くに見える丘を指差した。
「あっちよ。あの丘を越えて、ずぅ――っと歩いて行くと件の村が見えて来るわ。ここからだと……。二時間位って所かしら」
「ちょっと遠過ぎない?? もっと近くに飛ばしてくれても良かったのに」
マイが渋い顔を浮かべて話す。
「いえ。ここで正解です」
「カエデの言う通りよ。相手に魔力を悟られたくないからね。この距離ならアイツも感知出来ない筈」
「よし!! じゃあ出発だ」
荷物を背負い、丘へ目指して足に力を籠めて力強い歩みで進み始めた。
――――。
ったく。
目的地はまだまだ先だってのに、随分と張り切っちゃってまぁ――。
「レイド!! 待てよ!!」
私の親友も行っちゃったし、そろそろ進もうかしらね。
普段通りの歩みで六つの背を追い始めようとした刹那。
「マイ、ちょっと」
エルザードが私を引き止めた。
「あん?? 何よ」
「レイドが危なくなったら貴女達が守りなさい」
ほぉん。
結構、本気な感じじゃん。
「言わずもがな。そのつもりよ」
「……、頼んだわよ」
彼女らしくない真剣な眼差しに、今の言葉の重さが窺い知れる。
本当なら自分も付いて行きたいのだろう。
だが、確執の事もあってか。直接乗り込めない事に苛立ちを募らせているのだろうさ。
「安心しなさい。立ち塞がる敵は、私が全部吹き飛ばしてやるわ」
「それが不安なのよ……。それじゃあ、私は一旦戻るから」
「はいはい。じゃあいってきま――す!!」
眩い光を放ちこの場から消えゆく彼女へ威勢の良い言葉を放ち、私の子分共の下へと駆け出した。
――――。
マイが息を弾ませ、此方と合流する。
「ふぅ――。走ったわね!!」
「何を話していたんだ??」
額に浮かぶ僅かな汗を気持ち良く拭う彼女に問うた。
「ん?? 頼りない男を蛇の魔の手から守ってやれってさ」
「頼りないは余分……。じゃあ無いな」
自分でも認めちゃってるし。
もっと頼り甲斐のある立派な一人の男にならんといけませんよね。
「そういう事。よっしゃ!! 久々にポケット借りるわよ!!」
淡い光がマイを包むと、その中からもう何度も見て若干飽きて来たずんぐりむっくり太った雀が出現。
そのまま勢い良く俺の胸ポケットに飛び込んで来た。
「おい。自分の足で歩けよ」
「いいじゃん!! 久々なんだから!!」
「そうですわよ。レイド様のお手を煩わせるなんて、おこがましい事甚だしいですわ」
「そう言うアオイも肩に乗らないの」
右肩に留まる黒き甲殻を指で突いてやる。
「あぁ、レイド様の御指が私の頭を……。はぁ、本当。幸せですわぁ」
前の二本脚でがっちりと人指し指を掴み、器用に頭部を指に擦り付けて来る。
久し振りの体毛はいつも通り痛くすぐったいって感じですね。
「アオイちゃん!! マイちゃんズルイよ!!」
「おっとぉ……。ルーも久々じゃないか?? 狼の姿は」
左肩からぬぅっと灰色の顔が生えて来た。
ずっしりとした重量が両肩に掛かる。
「この七日間はずっと人の姿だったからねぇ。ほら、リューも狼になってるよ」
視線を横に動かすと、ルーの言う通りもう一頭の狼が平原を悠々と歩いていた。
何処までも続く緑の平原と野性味溢れる灰色狼の歩行……。
実に絵になるとは思いませんか??
「リューヴ。どうだ?? 久々に変わって」
「そうだな……。風に乗る草の香りが心地良い」
スンスンと鼻を動かしつつ天へ掲げ、大自然の匂いを感じ取っている。
「今はまだいいけど。向こうに到着したら人の姿になれよ??」
「はいは――い」
返事の代わりに、胸ポケットの中から尻尾が生えて来てそれが左右に小さく振られた。
ちゃんと手で合図しろよ。
「ははは。何かあれだな。皆然程緊張していないな」
ユウが明るい声と共に話す。
「えぇ、良い傾向です。今から気負っても無駄に体力を消費するだけですからね」
「カエデは緊張していないの??」
後方へ振り向き、白きローブを身に纏うカエデに尋ねた。
「ほんの僅かな緊張感はありますよ。只、これが良い方向に向いています」
「そっか。頼りにしているぞ」
「むっ!! 私は頼られていないの??」
肩から降りて左隣で四つの足を動かして移動するルーがこちらを見上げた。
「勿論、頼りにしているさ。何だって凄い魔法も取得したしな」
ルーが放った雷が脳裏に浮かび上がる。
あれは凄かったな……。
大木を焼き尽くす雷を召喚するどころか、纏う事も出来るなんて。
極みに極めた魔法は戦局を一気に覆せる力を持っている。その力を有する事が出来ないのがちょっとだけ歯痒いかな。
だが俺には……。
新たなる龍の力がある。
密かに第二段階と呼称する事に決めたが。
この力の多用は避けなければならない。過ぎた力は身を滅ぼすだけではなく、彼女達にも悪影響を及ぼす可能性もあるから。
「えへへ。照れるなぁ」
「まぁ私程ではありませんが、分相応の魔法を身に着けた事は認めましょう」
「アオイちゃんの魔法って何かアレだよねぇ」
「何です??」
漆黒の複眼をルーへ向ける。
「根暗と言うか……。陰湿と言うか……。卑怯な魔法が多いよね??」
「まぁ!!!! 何ですか!! その言い草は!!」
「え――。だって傍から見てそう思うもん」
「如何に多くの敵を屠るか、それに特化した素晴らしい魔法だとは思いませんの!?」
耳元でそう怒鳴りなさんな。
頭の中がキンキンしますので。
「思うけどぉ……。卑怯だなぁって」
「その生意気な口は閉じて貰いましょうか!!」
「いや――!! こっち来ないで!!」
右肩から黒き甲殻がガバッ!! っと八つの足を広げ。ムササビの如く灰色へ飛び掛かる。
「御黙りなさい!! 人の苦労も知らないで!!」
「ん――!!」
狼の顔に飛び乗り、器用に口へ糸を絡みつけて行く。
苦しそうだなぁ……。
「ちょっと!! ひと眠りしたいから静かにしてよ!!」
ポケットから赤き龍頭が生え、苦言を吐いた。
ってか、寝るなよ。
今は大事な御使い中なのですよ??
「マイ、休むのは勝手だが今から戦闘になるのかもしれないんだ。それ相応の態度を取れ」
リューヴが俺の心を代弁してくれる。
「あ――。はいはい、了解了解」
ずるずるとポケットに潜り、いつもの様に寝易い姿勢を探している様だ。
「えへへ。これこれ!! 枕用に拾った石がないとね――」
服が痛むから余り動かないで欲しいし、それにいい加減その石を何処かに捨てなさいよ。
「これで、完璧ですわ!!」
「んむ――!! れいふぉ!! とっふぇ――!!」
「はいはい……」
一頭の大型狼が前足を器用に動かし、糸を解こうと画策しているが思いの外頑丈に絡まっているみたいだ。
猿轡されている口元に指を掛けて、力強く引っ張るのだが……。
「んっ!!!! かった!!」
幾重にも巻き付いた糸はまるで白い岩の様だ。
引き千切ろうにもビクともしない。
「ふふ。私の糸は一度絡みついたら放しませんのよ??」
「放してやりなよ。苦しそうだしさ」
「そうふぁそうふぁ!!!!」
「レイド様がそう仰るなら……」
前脚をワチャワチャと動かすと、美しい白き糸がはらりと地面に落ちた。
毎度思うのだがどういう仕組みなのだろう??
「はぁ、苦しかった……」
「これに懲りたら二度と私に逆らわないように。いいですね??」
「え?? やだ」
ふんっと顔を逸らして先頭を進むユウとリューヴの背後へ駆けて行く。
「まぁ!! 一度ならず二度まで!! 心の広い私ですが、今の言葉は頂けませんわ!!」
はぁ……。
頼むからもっと緊張感を持ってくれ。
カエデは良い傾向だと言っていたが、気を抜き過ぎるのは宜しくないと思う。
「寝にくいわね……。もうちょっと首をずらした方がいいかな??」
「待ちなさい!!」
「いや――!!」
呑気に、そして勝手気ままに右往左往する陽気な塊達を見てそう切に思った。
◇
照りつける日差しが汗を促し、額から頬へ雫が静かに流れ落ちる。
大きな丘を越え暫く進むともう一つの丘が見えて来た。恐らく、あれを越えたら目的地であろう。
ここから先は気を引き締めないと。
「もう直ぐ到着するぞ」
胸ポケットを軽く叩き間も無く到着する事を知らせてやる。
「ん――?? 到着??」
ポケットの中からひょっこりと顔を出して周囲をぐるりと見渡すと、顎の可動域を超えた角度で口を開いて大きな欠伸を放つ。
「ふぁぁ――。何よ、まだ野原じゃない」
「イスハさんが仰っていた通りなら、あそこを超えると恐らく目的地です」
少し後ろを歩くカエデがちょっとだけ緊張感を滲ませて話す。
「そっかぁ。じゃあ、戻るとしますかね」
小さな翼を羽ばたかせ、ポケットから出ると人の姿へ変わった。
「皆、分かっていると思うけど。周囲を警戒してくれ。ここから先は何が起こるか分からん」
「了承した。主、荷物を持とう」
「お、助かるよ」
ユウにもって貰おうかと思ったが既に彼女は大き目の荷物を担いでいる。
これ以上、ユウに負担を掛けたくないし。丁度良いや。
「なんだ、レイド。あたしが持ってやろうと思ったのに」
快活な笑顔をこちらに向ける。
「もう充分持ってるだろ??」
「こんなもん、持っている内に入らないって」
「お、おう」
流石、分隊一の力持ちさんなだけはある。
運べない事も無いけど、俺があの量の荷物を運んでいたらきっと今頃汗だくになっている事だろうさ。
「口が寂しいし……。何か良い物は無いかなぁっと!!」
マイが己の荷物の中に手を突っ込み、こんな時だってのに軽く口笛を吹きながら食料を求める。
「むっ!? こ、これは!!」
彼女が取り出したのは小さな木箱。
あの中に食料が入っているのかな??
「ぬふふ。ねぇ!! 結構歩いて来たし、飴でも舐めて栄養補給しましょうよ!!」
飴、ねぇ……。
「マイ、今は作戦行動中だ。遠足では無いのだぞ??」
リューヴがキリっとした翡翠の瞳でマイを一睨みする。
「へっへっへっ。リューヴの旦那ぁ、怒っちゃいけませんぜ?? ほぉっら、あまぁ――い。あまぁ――い香りがしやせんか??」
木箱をパカっと開き、嗅覚の鋭い彼女へ琥珀色の飴玉を差し出すと。
「――――。舐める程度なら作戦行動に支障をきたさないなっ」
速攻で悪魔の誘惑に堕ちてしまった。
リューヴって意外と甘い物好きなんだよねぇ。
「マイちゃん一個貰うね!!」
「お――。まぁまぁ大きいな」
リューヴ、ルー、そしてユウと順次渡して行き。
「この私が直々に渡してあげる事を感謝して食えや」
最後に残った一つを致し方なく俺に差し出してくれた。
たかが飴玉一つに大袈裟な……。
「有難うね」
木箱の中から飴玉を取り出し、何の躊躇する事無く口の中へ放り込む。
おっ!! 甘くて美味しい!!
それに緊張感からか、ちょっと喉が渇いていたから助か……。
「ンッ!? うぇっ!! す、すっぱ!! なにこれ!?」
数秒前まであまぁい顔を浮かべていた飴玉さんが急に不機嫌になり、唾液が猛烈に溢れて来る酸味へと変化してしまった。
「は?? あたしのは普通だけど……」
「私もだよ――??」
各々の表情を見渡して行くが、特に変化は……。
「ぞ、ぞうなんだっ。べぇ――……。ずっばい!! んんっ!! 酸っぱいのは気の所為……。ジュルリッ!! じゃない??」
アイツの飴も恐らく酸っぱかったのだろう。
口の端から唾液が零れぬ様、必死にゴクゴク飲み干しているのが良い証拠さ。
猛烈に酸っぱい飴玉に励まされ、斜面を登り続けているとカエデが皆へ向かって注意を促した。
「もう直ぐ頂上に達します。向こうから見えるかも知れないから、一度屈んで様子を見ましょう」
地形的に向こう側は死角だからな。
こんな目立つ所に人が七人も並べば直ぐに気付かれてしまうだろう。
足音を立てず慎重な歩みで標高の高い丘を登り始め、皆等しく緊張感を持った足取りで進み頂上へ達した。
カエデの指示通りに屈み目線だけを覗かせ、反対側をじっくりと観察すると。
「あった……。あれがラミアの里か……」
師匠の仰っていた通り、中規模の村が眼下に見えた。
此処からの距離、直線にして凡そ六百メートル程。
村の造りは至って単純で入り口から奥へ伸びる中央の通り沿いに数十軒の家々が建ち並んでおり、道沿いの家屋は美しい木目なのだが。村の端の家屋は何だか廃屋にも見える。
向こうの大陸から此処へ帰って来てから日が浅く、修復作業も追い付いていないのだろう。
中央の通りの終着点に大きな家が一件建って居る。他のそれに比べて目立つ大きさの家屋なので以前住んでいた住人の、それも裕福な家庭があったのだろう。
あれが普通の人間の村なら何の気兼ねなくお邪魔出来るのですが、そうはいかない。
慎重に観察しないと……。
「ユウ、何か見えるか??」
「ん――。村の……入り口に二人。武器は剣と槍だな。それと……。中央の通りに何人かが動いているな」
目を細め、鷹の様な鋭い目付きで遠くを睨む。
「その二人が門番か。このまま真っ直ぐ進む?? それとも、違う場所から村に入るか??」
「怪しまれても厄介です。作戦通り、レイドを手土産として堂々と中央から村へ入りましょう。そして、我々は今から魔力を抑えて行動します」
「カエデちゃん、それは何で??」
「今回の作戦内容の設定では、我々は旅する軟弱な魔物達です。門兵より、そして里の中の人達よりも強い魔力を持つ人達が興味を持って里に近付くとは思えませんよね??」
「おぉ!! そう言えばそうだったね!!」
果たして分隊長の作戦通りに事が進むかどうか、生贄役の身分としては大変心配なんですよ。
そして、淡い期待を持って発言しましたけども。
やっぱり俺はどうなっても海老役としてラミアの里へ放り込まれる運命なのですね。
「今なら生贄にとして捧げられる人の気持ちが分かる気がするよ」
里から死角になる位置まで下がり、大きな溜息を付いた。
「此処まで来たら覚悟を決めろや」
俺と同じ位置まで下がって来たマイが話す。
「へいへい。縄ってどこにしまったっけ??」
「あぁ。ここにあるぞ」
ユウが荷物の中に手を突っ込み、縄を取り出し。
大変わっるい笑みを浮かべて此方に掲げた。
「ん。誰か後ろ手に縛ってくれ。それで腰に巻きつけ、誰かが前から引っ張ればそれっぽく見えるだろう」
背後に手を回し、此処を縛るのですよと分かり易い姿勢を取ってやった。
「わ、私が致しますわ!!」
興奮気味の鼻息を荒げ、アオイが瞬き一つの間にやって来た。
別の意味で怖いんだけど……。
「う、うふふ……。私が今!! レイド様を縛り上げていますわ……」
興奮する声と共に縄が手首を締め上げる。
「あ、はぁ……。動けなくして……。無抵抗なレイド様を……」
荒ぶる鼻息が首に当たってむず痒いんだけど。
「出来た??」
「えぇ。完璧ですわ!!」
そうですかっと。
試しに拘束から逃れる為に両手首を動かすが……。まるでびくともしなかった。
流石、蜘蛛の御姫様だ。普段から蜘蛛の糸を操る事で緊縛する事はお手の物って事ですかね。
「レイド。危険だと判断したら龍の力を開放して縄を引き千切って下さい」
カエデがすっと近くに寄る。
「了解。その時が来ない事を祈っておくよ」
「さて、皆さん。作戦決行です、行きましょう」
カエデが意を決して立ち上がり。
「分かった。主、村まで私が連れて歩こう」
リューヴが腰に縛った縄を掴んでくれる。
「いいえ!! 私が連れますわ!!」
「アオイちゃんずるい!! 私が握るの!!」
誰でもいいから早くしてくれないかな??
ここで悪戯に時間を消費するのも良く無いし。
「時間が惜しいので、私が連れます」
有無を言わさず、カエデが縄を引き一切の躊躇なく歩み始めた。
「ちょっと!! カエデちゃん、後で代わってよ!?」
「そうですわ!! レイド様と仲睦まじく、散歩を楽しむのは私ですからね!!」
俺は拾われた犬でしょうか。
「おら。とっとと歩け、奴隷め」
「そうそう。奴隷らしく、あたし達に従順にならないとなぁ」
龍とミノタウロスの悪乗りが始まると。
「はっは――!! レイドは私達の奴隷なのだ!! 奴隷はシャキシャキ歩けっ!!」
「いてっ!!」
それに便乗したルーが爪先でちょいと俺の背を蹴る。
はぁ……。
俺達は今から大変危険な場所へ赴くのですよ?? もう少々気を引き締めて貰いたいものです。
「ぎゃはは!! 奴隷め!! 貴様は地べたを這いつくばるのがお似合いだ!!」
「いってぇなぁ!! 足払いする必要まで無いだろ!?」
なだらかな斜面を転がり、大変苦い土の塊の味を味わいつつ。
「そ――そ――!! 奴隷は奴隷らしく地べたを這いつくばれ!!」
おっそろしい笑みを浮かべるマイとユウを睨むが。
「ほら、行くよ?? わんちゃん」
分隊長殿が縄を一際強く引き、強制的に立たされてしまった。
カ、カエデさん!?
また転んじゃうからそんな乱暴に引っ張らないで!!
「カエデちゃん!! 私も引っ張る!!」
「レイド様にもしもの事があったらどうするのですか!?」
「飼い主である私が責任を持ちます」
もう好きにして下さい……。
慙愧に堪えない気持ちを抱え、飼い主様達に荒々しく引きずられながら丘を下って行った。
最後まで御覧頂き有難うございました。
第二章のプロットは既に終え、第三章の構成に着手しているのですが……。
例えば、A。B。という選択肢があるとします。
終了した第二章のプロットは選択肢Aからの続きなのですが、Bの可能性も十分ありえると考え。今、猛烈に悩んでいる最中であります。
初夢もその選択肢についてでしたので、夢の中でも迷ってしまう悩みなのです。
彼の性格からしてA以外は有り得ないと考えていますが……。実に悩ましいです。
さて!! 次話からはラミアの里へ潜入します。
彼等は果たして無事に帰る事が出来るのか。引き続き彼等の冒険を御楽しみ下さい。
それでは皆様、お休みなさいませ。




