第百五十六話 その名は、桜嵐脚
皆様、明けましておめでとう御座います!!
今年初めての投稿になります。
それでは御覧下さいませ。
頭上に輝く太陽は傾き始め、気が付けば昼と夕の合間の刻へ到達。
口の中へ侵入した砂利が舌と口内の傷口に絡みつくと不快な気分が湧き起こる。
このまま地面を御布団代わりにして眠ればどれだけ楽か。
体中に感じる苦痛、体内から溢れ出す疲労の汗、そして頭の命令を受け付けない我儘な体に喝を入れて起き上がろうとすると。
『……』
器用に沢山の足を動かして地面の上を歩く虫さんとバッチリ目が合ってしまった。
すいませんね。五月蠅くしてしまって。
微動だにせず虫の動きを見つめていると彼はぎょっとした面持ちを浮かべて何処かへと跳ねて行ってしまった。
可能であるのならば俺もあぁやって此処から脱出したいですよ……。
「さっさと立たぬか!!」
屍の背に師匠の御怒りの声が届く。
こ、こうしちゃいられない……。
「ま、まだまだぁ!!」
師匠から有難い喝を入れられ、足に力を籠めて不動の大地へ両の足を突きたててやった。
た、立つ事ってこんなに苦しかったっけ……。
気を抜いたら今にも倒れてしまいそうな体を気力で支え、朝から今に至るまで元気一杯の師匠の下へと歩み行く。
朝も早くから何度も張り倒され、かたぁい地面と熱い抱擁を幾度も交わしていた。
これで……。倒れた回数は如何程だろうか……。
考えるのも面倒だ。
今は目の前にいる師匠へ向かい、我武者羅に拳を打ち出すのみ!!
「行きます!! ぜぁっ!!」
新しき龍の力を開放して師匠の間合い、そして己の間合いへと到達すると同時に左の拳を鋭く突き出す。
最速で接近、そして最短距離で放たれた拳。
武に重きを置く者もきっと太鼓判を押してくれる攻撃。
しかし、我が師はこれを容易く躱してしまうのですよ。
「遅いぞ!!」
襲い来る拳を視界に捉え、寸分違わず華麗に回避。
そして、此方から見て左側から俺の死角へと回り込もうと御自慢の脚力を活かして移動を開始する。
回避される事、そして死角に移動するのは織り込み済みですよ!!
「でやぁっ!!」
渾身の力を籠めた右の拳を、体を回転させつつ巻き込む様に見えない師匠の姿へ向かい放ってやった。
「姿が見えぬ者へ不用意に拳を出すな!!」
「どあっ!!」
鈍痛と同時に激痛が顎先に生じ、頚椎、そして爪先へと駆け抜けて行く。
「うっ……」
脳を縦に揺らされ平衡感覚が消失。
師匠の攻撃力に屈した力の抜けた体が、地面へ向けて膝を傾けてしまった。
「容易く膝を着くでないわ!! 自ら負けを認める様なものじゃぞ!!」
「ふんっ!! ぜぇ……。ぜぇっ……!!!!」
奥歯を噛む砕く勢いで食いしばり、全身全霊の力を以てその場へ踏み留まった。
「よぉし、良くぞ堪えた」
「あ、有難う御座います」
か、簡単に言いますけどね??
少しでも気を抜いたら倒れてしまいそうな程、本当に辛いんですよ!?
ニッコニコの笑みを浮かべ、七本の尻尾を揺らす師匠へ向けて震える足を誤魔化しつつそう話した。
「大分、その力にも慣れて来たようじゃのぉ」
「痛みは相変わらずですが、力加減は何とか」
「ふむ。良い事じゃ」
背に垣間見える七本の尻尾が左右に揺れる。
器用に動かすなぁ。
「お主も随分と力を付けて来た」
おっ!?
今日一日頑張って来たから褒めて下さるのかな!?
「じゃが儂から見ればまだまだ児戯の領域を出ん」
ですよねぇ……。
簡単に褒めてくれる訳ないか。師匠が頷いてくれる様にもっと頑張ろう……。
「そこでじゃ。児戯の領域を抜け出す為、お主に一つ技を授けてやろう」
「ほ、本当ですか!?」
な、何んという僥倖だ。
極光無双流の心、そして構えや戦闘の指南は何度も教わったが……。技を教わるのは初めてなので心が喧しくキャアキャア騒いでしまう。
「ぜ、是非とも教えて下さい!!」
師匠の眼前へと猛烈な勢いで迫り、彼女の瞳の中に咲く美しい向日葵を見つめて話した。
「ち、近過ぎじゃ!!」
「あいたっ!!」
一本の尻尾が頭頂部に突き刺さり思わず舌を噛んでしまった。
「全く……。お主は玩具を強請る児子か」
「も、申し訳ありません」
「今から見せる技はそれ相応の脚力を必要とする。先ずはお主の脚を見させて貰うぞ??」
「宜しくお願いします!!」
直立不動の態勢を取り、確と背筋を伸ばして答えた。
「どれっ。太腿の筋力の積載量、下腿三頭筋はどうじゃな――っと!!」
湧き起こるワクワク感が抑えきれないのか。
通常の三倍の振れ幅で尻尾を揺らして屈むと、俺の両足の触診を開始。
「こらぁ――!! クソ狐――!! 私の旦那の体を触んな――――!!!!」
それとほぼ同時に遠くから淫魔の女王様からお叱りの声が届いた。
「喧しいわ!!!! ふぅむ……、この筋力。長距離の移動、そして戯け者達との組手で得たのか……」
「師匠、どうでしょうか??」
顎下に揺れ動く尻尾目掛けて話す。
「うむっ!! これなら大丈夫そうじゃなっ!!」
ニパッ!! っと軽快な笑みを浮かべて通常の距離に身を置いてくれた。
「技を教える前に。何故儂がお主に技を教えなかったのか……。その理由を答えてみせよ」
どうして教えなかった、か。
う――ん……。何だろう?? ぱっと思いついたのは……。
「まだ俺が技を使用出来る状態では無かった。でしょうか??」
「それも理由の一つじゃ。本当の理由は……。技に頼ってしまうからじゃよ」
技に頼る??
「技が決まれば敵を倒せる。これさえあれば何とかなる。技に頼り溺れ、基礎を疎かにしては倒せる敵も倒せん」
「つまり……。技を放つ為にも戦闘、並びに精神の基礎が肝心だと」
「その通りじゃっ!!」
ほっ、良かった。
「お主の体の基礎並びに心はまだまだじゃが、及第点を与えてやるには成長しておる」
及第点、か。
師匠から及第点を頂けると言う事は、実質合格点だと捉えても宜しいでしょう。
「己の力に驕る事無く、基本に忠実。馬鹿真面目なお主には今更説明不要じゃがな」
馬鹿、付け加える必要ありました??
「よし!! では、儂が先ず手本を見せてやる!! 刮目せよ!!」
「はい!! 宜しくお願いします!!!!」
いよいよ師匠の技が見られるのだ。
これで高揚しない男の子はいませんよ!!
「ふぅっ……」
腰に拳を当て、集中力を高めて行く師匠の御姿を瞬き一つせずに捉えていた。
「行くぞ!! 桜嵐脚っ!!!!」
師匠が力強く大地を蹴り宙へ飛翔。
そして体の芯を軸に独楽の要領で激しく回転を続け、そして……。
「せぁぁっ!!!!」
遠心力、そして己自身の脚力を合わせた右足を何も存在しない宙へ叩き込んだ。
呆れた力の塊が開放されると同時にまるで夏の嵐にも似た突風が発生。
かなり離れている距離からでも遠心力を得た足撃から放たれた風圧がこの体を揺らしてしまった。
「うむっ。まぁまぁの出来栄えじゃな」
す、すげぇ……。
簡単に放った技だけど、あの技が真面に決まれば樹齢千年を越える大木の幹も容易くへし折れてしまうだろう。
嵐の発生源が華麗に着地を決めると同時に俺は居ても立っても居られず。わが師の下へと駆け寄ってしまった。
「す、素晴らしい一撃でした!!」
師匠の右手を大事に握り、きゅっと見開かれてしまった向日葵へと話す。
「う、うむ……。そ、そこまで褒める事も無いと思うぞ……」
「いいえ!! そんな事はありません!! 宙へ舞って独楽の要領で激しく回転させても一切ブレる事の無い体の芯。そして!! 回転で得た遠心力と師匠自身の力を合わせて敵へ叩き込む。その威力や正に苛烈!!」
「じゃ、じゃから。少し近……」
「だから自分の脚の筋肉を確かめていたのですね!?」
「にゃぁっ!?!?」
顔を真っ赤に染めて尻尾を天へ向けてピンっとそそり立たせる師匠の顔へぐぐっと近寄り、思いの丈を解き放ってあげた。
今のが師匠の技、桜嵐脚か……。
「早速やってみても良いですかね!?」
師匠から離れ、通常の距離を保って話す。
「はぁ――……。あぁ、構わんよ。この技のコツは……」
「鋭く大地を蹴ってある程度の距離を稼ぎ、体の芯をブレさせずに激しく回転。地面と平行、若しくは垂直方向に回転しても良いですよね?? そして!! 存分に加速させた回転の途中で蹴りを繰り出して着地。合っていますか!?」
「あぁ、正解じゃよ。分かったから早くやれ。儂が見ていてやる」
よぉしっ!!
軽く龍の力を開放して、先ずは様子を見ながらやってみよう!!
「ふぅ――。んっ!! 行きますっ!!!!」
左足で大地を蹴り宙へ飛翔、そして……。体の真芯を軸にして激しく回転っ!!
遠心力と己の脚力を合わせ。
一気苛烈に解き放つっ!!!!
「はぁぁっ!! 桜嵐脚っ!!!!」
右足に全てを籠めて解き放ち、幻の敵へ向かって叩き込んでやった。
おぉっ!!
で、出来……。
「あいたっ!!」
しまった。
打ち込む事ばかりに集中して着地を疎かにしてしまったぞ。
「ほぅ、着地を除けばまずまずじゃな」
「あ、有難うございます」
着地の失敗を誤魔化す様に臀部へ付着した砂を払い落としながら立つ。
「この技は、隙は多いが決まれば相手に大打撃を与えられる」
「――。つまり、決定的な瞬間を狙い撃つ。若しくは連携技の止めに使うのですね??」
「その通りじゃ。よし、では儂が敵へ叩き込むまでの手本を……」
いやいやいやいや。
俺は敵ではありませんし、それに。あんな技を食らったら死んでしまいますよ??
「見せてやる!! さぁ、構えるのじゃ!!!!」
「し、師匠。そ、その……。口頭で説明すれば足りますので出来ればそちらの方法で……」
「問答無用!! はぁっ!!!!」
自分の話を聞いて下さいよ!!
こ、このまま無防備で構えていれば確実に殺される!!
「すぅっ……。はぁっ!!」
新しき龍の力……。二段階目とでも呼べばいいのか。
集中力を高めて二段階目の力を発現すると、通常の構えを取り。師匠の突撃を迎え撃った。
「せぁぁっ!!」
先ずは基本に忠実。
そう言わんばかりに左の拳が俺の顔面へと向かい来る。
「ふんっ!!」
左手の甲で師匠の拳を弾き、彼女の胴体目掛けて右の拳を放つ。
「見えておるぞ!!」
勿論、それは理解していますよ!!
弾かれた己の右の拳。
恐らく、師匠は俺の顔面へ二撃目を叩き込んで来る筈!!
左手を咄嗟に元の位置へと戻し、迎撃態勢を整えたが。
「せやぁっ!!!!」
「ぃっ!?」
師匠の体がすっと大地の方向へ下がって行き、俺の両足を刈り取ろうと右の烈脚を叩き込んで来た。
水面蹴りか!!
真面に食らう訳にはいきませんね!!
「ふっ!!!!」
右足で大地を蹴り宙へと逃れる。
そして、がら空きの師匠の頭頂部へ向けて蹴り技を……。
「――――。えっ!?」
下に居る筈の師匠の姿が見えずに困惑。
彼女の姿を追い求め、視線を微かに上へ動かすと……。
「はぁぁぁぁっ!! 食らえぇぇぇええええ!!」
成程……。
水面蹴りは宙へ逃れさせる為の牽制技で、俺は彼女の予想通り宙へ逃れた。
宙で逃れる術は無い。
不出来な弟子は師匠の術中に見事に嵌ってしまった訳ですね!?
せめてぼ、防御だけでも……っ!!!!
「でやぁぁああ!!」
「うぐぇっ!?!?」
師匠の桜嵐脚が両腕を直撃した刹那。
防御など烏滸がましいと彼女の技の威力は物語っていた。
「ぅぁぁああああっ!!!!」
大地と平行に吹き飛ばされ、重力に引かれた体は大地の上を一度、そして二度三度と面白い跳ね方をして漸く停止してくれた。
「あぐぇっ!!」
な、何て威力だ……。
足の筋肉は腕の数倍。
そして、師匠が編み出した技の威力がそれに加算されるのだ。
技の威力、脚力、そして完璧なまでの重心。
全て完璧に、三拍子揃った攻撃に思わず見惚れてしまった。
師匠の美麗な技を何度もこの身を以て味わっていたいけども。流石にもう限界です……。
「なはは!! どうじゃ!? 凄まじい威力じゃろう!?」
全くその通りで御座います。
腰に手を当てムンっと胸を張り、七つの尻尾をゆっさゆっさと揺れ動かす様がまぁ似合う事で。
訓練開始前に七本に増やして下さいとお願いしたのが不味かったな……。
勝利を声高らかに宣言する師匠の嬉々とした声を子守歌代わりにして猛烈に重たい瞼を閉じて襲い掛かる心地良い感覚に身を委ねた。
◇
頭の中に頭痛の種の芽が咲き、綺麗な花を咲かせてしまうとこめかみ辺りから後頭部までズキズキと鬱陶しい痛みが発生してしまう。
それはぜぇんぶコイツの所為!!
目の前に浮かぶ術式を睨むものの、コイツは私の圧にビビる処か。更に頭痛の勢いを増してくる始末。
もう術式を見るのもうんざりよ……。
朝も早くからず――っと睨めっこを続け、首は凝るわ、お尻は痛くなるわで散々だった。
誰かに尻の筋肉を揉んでもらおうかしら??
ユウに頼んだらお尻が破壊されるし、ルーに頼もうものなら獣くっせぇ唾液を塗りたくられる。
ボケナスは論外だし……。どうしたものか。
「まだまだぁ!!」
素晴らしく気合の入った声が私の鼓膜へ届き、頭痛の種から訓練場へ視線を移す。
あいつも良くやるわねぇ。
闘志が萎えてしまう威力の拳に殴られ続け普通ならもう既に立つ事も叶わない。それでも立ち上がる根性には舌を巻くわ。
体中に痛々しい痣を作り、右腕の龍の甲殻は傷つき、ダサい訓練着はズタボロに。
呆れた耐久力は龍の力の影響もあるだろうけど、頂点に立つ者に臆せず向かって行くのは間違いなくアイツの闘志だ。
「ぜぇ……。ぜぇ……っ!!」
零れ落ちる汗を手の甲で拭い、気合と闘志に満ち溢れた表情でイスハと対峙する。
む、むぅっ……。腹立つ事にちょっとカッコいいじゃない……。
だが、私的には傷だらけになって戦う姿よりも。食す者の顔を想像してニタニタしながら包丁を握る顔の方が好みだけどさ……。
私がボケナスの前に立ち塞がる敵を全部蹴散らしてやる。だから、あんたは戦うよりも飯炊きの方が似合っているのよ??
私達へ一切視線を送らず、只前に存在する相手にだけ神経を集中させる顔にじぃっと視線を送っていると。
「うへぇ。レイドも頑張るなぁ……」
ユウが私とほぼ同じ気持ちの言葉を放ち、術式から視線を外して訓練場の方を見つめていた。
「うっし!! あたしも頑張ろうかな!!」
頑張るボケナスの姿から何を頂いたのかは知らんが。その瞳は柔らかく、そして女の私から見ても十二分にきゃわいく映ってしまった。
「大丈夫かなぁ?? 叩かれ過ぎてどうにかなっちゃいそうだよ」
「ルー。主の心配をするより、自分の心配をしろ」
「分かってるよ!! そういうリューだってまだ出来て……。うっそ!! 後少しじゃん!!」
「そうよぉ。完成していないのはあんた達三人だけよ??」
私達の前に立つエルザードが無駄にデケェ胸を持ち上げる様に腕を組んで見下ろす。
こいつさえいなければ、私もイスハ相手に体を動かせるというのに……。
少し位体を動かさないと勘が鈍っちゃうわよ。
「ねぇ、今日中には完成させるからさ。ちょっとだけあっちに合流させてよ」
「遅いわぁっ!!」
「し、師匠が速過ぎるんですってぇ!!!!」
金色に輝く髪と尻尾を揺らす訓練場の方へ顎をクイっと指してやる。
「だ――め。目先の問題を優先させなさい」
ちぃっ。
気の利かない奴め。
私以外は雑魚の胃袋なので夜御飯に備えて隊長である私が動いて腹を空かせないと、部下たちがひでぇ目に遭うってのに。こいつはそれが分かっていない!!
まぁ、でも……。
魔力消費によっても腹は減るので別に構わないのですけども……。
大工さん御用達の大きな釘の先端みたいに唇を尖らせ、嫌々ながら術式を構築していくと。
「先生。出来ましたっ」
いつでも優等生ちゃんが声を上げ、常時淫らな先生を呼んだ。
「ふむ……。うんっ!! 上出来!! これで後は体に取り込むだけよ??」
「……。良かった」
ほっと胸を撫で下ろし、柔らかい笑みを浮かべる。
カエデがあんな表情するなんて、相当苦戦したみたいね。
「エルザードさ――んっ。此処からが分からない――」
「はいはい……。ん――。ルーだと光の魔法が強いから、もう少し威力を上げても良いわよ?? それに継続時間も長く出来るし……」
さっきから右往左往するのは構わんが、デケェ乳を揺らすのは止めてくれないかしらね。
気が散りに散って集中出来ねぇのよ。
それと!! 短いスカートの丈の所為で偶に中身が見えちまうんだよ!!
あぁ――。
気晴らしに誰か一発引っぱたきたぁ――い。
「そっか!!」
「もう少しだから頑張ってね」
お惚け狼の顔が暗い表情から一転、ぱぁっと明るくなる。
アイツもアイツで馬鹿の癖に指示された事は指示通りに完遂出来るのよね。
惚けた外見とは裏腹に実は物凄く優秀だったりして……。
「えへへっ。褒められちった」
うん、阿保みたいにデレデレする顔からしてそれは無いっ。
「こちらのおちびの龍ちゃんはどうかしらね……??」
「おちびは余分よ」
次類似した言葉を放ったら乳に噛みついて、目に涙を浮かべる程に龍の鋭い牙を突き立てやっからな??
「へぇ……。あんたとんでもない威力の物理魔法を考えているわね」
私の魔法陣を見つめ、コクコクと頷いている。
「まぁねぇ……。でも魔力を高める事に時間が掛かりそうで……」
「ふぅむ。じゃっ、此処の術式を変えようか」
淡く光り続ける魔法陣の中に描かれた風の術式へ指を差す。
「ここ??」
「そう。あなたは風より、火の力の方が強いからさ。長所を伸ばす方針で。そっちの方が時間の短縮にも繋がるわよ??」
「そっか。うん……。ありがとう」
「どういたしましてっ」
ニッコリと笑みを浮かべ可愛く片目をパチンっと瞑ると。皆の前に立って静かに此方の様子を見守った。
くそう。流石、魔法が得意なだけあるわね。
私の魔法陣をぱっと見るだけで看破されてしまった。
どれだけ苦労して、ここまで構築したと思ってんのよ。
それを一目で直された日にゃ、妙な気持ちも生まれようさ。
………。まぁ、有難いのは有難いけども!!
腹が立っているからこれ以上は礼を述べませ――んっ!!
「でやぁぁああああ!!!!」
イスハの一際大きい声が響くと同時。
訓練場の中央付近から此処では然程珍しくないぐしゃりと何かが潰れる音が聞こえて来た。
あ、でも。いつも聞く音よりも苛烈だった気が……。
巨大な棍棒で生肉を思いっきりブッ叩く音に違和感を覚え面を上げると。
「ぐぇぇええっ!!!!」
ボケナスが物理法則を無視して地面と平行に飛んで行き、地上へ背から着地すると。
「あぐっ!?」
一回目――。
「うげぇっ!!」
はい、二か――い。
「あばがっ!!!!」
面白い角度で三回目の飛び跳ねを終えると、出来立てホヤホヤの死体みたいに全く動かなくなってしまった。
いや――。飛んだなぁ――。
ボケナスが地面を転がって行く様は苛ついた時、軽い箱を蹴飛ばした時に見る光景と瓜二つだったわね。
流石に今のは不味いか??
一応様子を見に行ってやろうかと考えていると、蜘蛛が血相を変えて立ち上がった。
「レイド様!!!!」
そしてそのままアイツの下へ駆け出す。
「なはは。ちと力を籠め過ぎた」
吹き飛ばした張本人はバツが悪そうに頭を掻いて出来立ての死体を眺めていた。
アイツが頑丈なのは折り紙付きだけども、程度ってもんがあるでしょうが。
死んじゃったらどうすんのよ。
「アオイ――。レイド、大丈夫か――??」
ユウが大きな声を出し、安否の確認をする。
「…………」
蜘蛛がアイツを抱き起こすと治癒魔法を掛けた。
どうやら生きているみたいだ。
「おっ、大丈夫みたいだな」
「全く……。愛弟子相手に大人気ないのよねぇ。今夜は寝ずの看病をしようかしら??」
常時淫らな先生が舌なめずりをして治療を受け続けているボケナスの体を見つめた。
「余計な事しないの。アイツはあれしきの事でへこたれたりしないわよ」
「ふぅん?? 随分と買っているのね??」
「そりゃあ。紛いなりにも龍の力を宿しているんだからあれ位で倒れて貰っちゃ困るのよ」
エルザードの視線を外し、まだまだ完成には程遠い術式を描く。
「お互い信頼し合って良い事じゃない。仲間の絆って奴よねぇ――」
淫らな姉ちゃんがウムウムと頷くと。
「私達友達だもんね――??」
それに便乗したお惚け狼が陽気な声で私へ同意を求める。
疲れている時にコイツの底抜けに明るい表情は堪えるわね。
「――――。まぁ……。そうね」
適当に流してさっさと自分の仕事を終えようっと。
「ちょっとマイちゃん!! 今の間は何!?」
「気にしないの。ほら、もう直ぐ夕方じゃん。あんたも早く終わらせないと今夜は徹夜になるわよ……」
空はいつの間にか茜色が青を侵食し始め、肌に感じる山の空気もひんやりとして来た。
はぁ――あっ!! 圧倒的に時間が足りねぇや。
時間の経過を無慈悲に告げる赤き太陽を一睨みしてやった。
御飯を死ぬほど食って温泉入って、憂さ晴らしとして我が親友の大魔王様達をペチペチと叩き続けてやろう。
それとも後ろから鷲掴みの刑に処してやろうかしら。
「えへへ、後少しだっ。頑張ろうっと」
あんたの胸は今から数時間後にはエライ目に遭うんだからね?? それを知らずニッコニコの笑みを浮かべちゃってまぁ――。
親友の体を自分勝手に弄び、気分を変えた方が術式構築も捗りそうだし。
気分転換が大事なのさっ。
自分の考えが間違っていないと改めて肯定して、頭の中に咲き誇る頭痛の花をぜぇんぶへし折ってやる為に。
「ハラヘッタ、オニギリタベタイ」
「あはは!! マイちゃんそれ何語??」
「コンバンノユウショクハオオカミノナマニクダ」
「た、食べちゃ駄目だからねっ!?」
私の冗談を真に受けた御惚け狼を尻目に、ぶつくさと文句を垂れ流しながら作業を続けた。
最後まで御覧頂き有難う御座いました。
連載開始してまだ一年も経っていませんが読者様に支えられて現在も執筆活動が継続出来ております。
どうか今年も一年、温かい目でこの作品を見守って頂けたら幸いで御座います。
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読者様からお年玉を頂き、執筆活動の励みとなります!!!!
それでは皆様、良いお正月をお過ごし下さいね。




