第百五十五話 地獄の訓練も残り僅か
お疲れ様です。
年の瀬の投稿になります。
それでは御覧下さい。
伊草の大変落ち着く香りと、畳の上に並べられた品々から放たれる馨しい香り。
両者が絡み合えば素敵な香りに早変わり。なのですが……。
それはあくまでも通常の精神状態、そして適量な御飯の場合に限られるのです。
思考が滞り簡単な数字も思い出せない程に体が疲れ果て、それと同調する様に胃袋さんも居間の中央で寛ぐ休日のお父さんばりにだらしない姿で休んでいた。
そんな中、居間へ続く扉を開けて胃袋さんに馬鹿みたいな量の御飯を届けたら流石に不味いでしょう??
休みの日まで要らぬ仕事を与えるな!! と。胃袋さんが大変恐ろしい顔で今も俺を睨み続けていた。
「みなさ――ん。お米もおかずも後少しですよ――」
モアさんが円の中央で不敵な笑みを浮かべ、不甲斐無い俺達の首を狩り取ろうとして木製のしゃもじを恐ろしい速度で上下に振る。
食っても食っても米とおかずは一向に減らず、俺は丼を持ったまま静止していた。
これ以上胃に流し込んだら、いけない何かが溢れて来そうだから。
「ちょ、ちょっとユウ。箸が止まってるわよ……」
「あ、あたしはこれから本気出す所なんだよ」
「嘘を付け……」
我が分隊の主戦力もこの大軍勢相手に手が止まっていた。
そりゃそうだろう。
丼二十杯も食べればそうもなるさ。
「リュー、あとちょっと頑張ってよ……」
「無理を……言うな。これでも十二杯目だ」
リューヴも俺と同じ数だけ平らげていたのか。
「カエデ、どこを見ているのですか??」
ただでさえ白い肌が更に白く青ざめた顔のアオイがカエデに問う。
その言葉を受けて藍色の髪の女性へ視線を動かすと。
「胃袋が拒絶反応を起こすと、一点を見つめて思考が止まると聞いた事があります。今、まさにそれを体験している所です」
カエデの視線は畳の一点に集中しており、考える事を止めた様だ。
そして何故か分からないが、手に持つ箸が小刻みに揺れていた。
お腹が一杯過ぎて苦しいのを通り越して、拒絶反応として痙攣しちゃっているのかな??
「ちょっと――。カエデさ――ん??」
弱った獲物を狙う爬虫類の縦に割れた瞳を浮かべたモアさんがぐるぅ――っと首を動かし、大変美味しそうな彼女の体を正面に捉える。
「な、何でしょう??」
蛇に睨まれた彼女は恐ろしい瞳では無く、畳の縫い目に視線を置いて普段の冷静な声色の真逆な怯えた声で応えた。
「まだぁ――。五杯しかぁ、食べていませんよね――??」
「えぇ。目標である数は達成しました」
此度の訓練が開始される前、鬼教官であるモアさんから。
『一人最低でも五杯は食べて貰いますからねぇ』
と、訓練生である俺達に対し最低限の目標値を設定した。
カエデはその目標を達成。そして、俺達もその数の凡そ倍の数を平らげたのだが……。
輪の中央で異彩を放つ巨大な御櫃の中にはまだ丼一杯程度の米が残っている。
これが意味する事は……。
「イスハ様から食事の量を増やす様に言われまして――」
「そ、そうなんだ」
俺の視線の意味を見透かし、美味しそうなカエデの体から此方へ振り向く。
御免なさい。
俺よりもカエデの方が美味しいと思いますから縦に割れた瞳でじぃぃっと睨まないで下さい……。
「はむぅ……。んむふっ……。よ、よし。二十杯目、完食。お代わりよ……」
喉の奥から湧き上がる何かを抑え付け、マイが見ていて不安な足取りで中央へと進む。
「胃袋が貧弱で脆弱な方々とは違ってマイさんは流石ですねぇ。はい!! 最後の一杯です!!」
「食事を残すのは、わ、わっ、私の流儀に反するのよ……。うぇぷっ!!」
座布団へ戻り恐る恐る腰掛けると込み上げて来る何かを堪え。青ざめた表情で米を黙々と口に運び出した。
お腹も既にパンパンに膨れ上がり、更にそこから御飯をぎゅうぎゅうと胃袋へ詰め込むんだろ??
流石のアイツも限界なんじゃないのか??
一口分の米を口へ運んでは。
「……ぅっ」
餌を頬張りに頬張ったリスみたいに動きがピタッ!! と止まり。
吐瀉物を吹き出さない様に恐る恐る咀嚼を続ける彼女の勇士を違う意味の心配で見届けていると。
「最後のおかずは誰が行きますか――??」
モアさんが喜々とした表情で大皿の上に残る約二人前の野菜炒めへ向け、どこから取り出したのか甚だ疑問が残る出刃包丁の切っ先を指してしまった。
「「「…………」」」
もう既に限界を迎えたのだ。当然威勢よく挙手する者は現れず誰かが手を上げること願い互いの表情を窺う様に視線を四方八方へと送る。
人から勧められて食うのでは無く、自分の意思で飯を食らってこそ己の血と肉になるのだ。
大丈夫、まだ意外と大丈夫!!
俺の胃袋は頑張れば矮小な隙間を見出せる筈!!
「……。自分が食べます」
鼻息さえも放つ事が憚れるシンっと静まり返った大部屋の中。
俺の勇気ある声が虚しく響いた。
「あはっ!! 良い子ですねぇ――!! たぁくさん食べる子はぁ、大きくなるんですよ――??」
もう大人ですので、これ以上背は大きくなる可能性はありません。
俺の言葉に余程興奮したのか、出刃包丁の横っ面で大皿をペチペチと叩いて乾いた音を響かせる女性を尻目に野菜炒めを受け取ると。後悔の二文字が双肩にドット圧し掛かって来るが……。
「い、頂きます……」
食って、食いまくって強い体を作らなければ怪我も治らない。
食べられる、まだ大丈夫。意外といける筈……。
自分へ向かって同じ言葉を呪文の様に繰り返し唱えて新鮮な緑色の野菜を口へ迎えてあげた。
「レイド様……。大丈夫ですか??」
右隣りのアオイが本当に心配そうな視線を此方に向け。
「な、何とか。これで最後なんだから……。頑張らないと……」
「レイド、頑張って下さい」
左隣のカエデが息も絶え絶えに声援を送ってくれた。
男だったらこれに応えないと……。
しかし、男気を見せる以前に。咀嚼をする度に脳がこれ以上胃袋へ物を送り込む事を拒絶してしまう。
『それ以上食べ物を詰め込んだらお前の胃袋は張り裂け。その裂け目から零れた食料の数々が体内を蹂躙して……』
続きは考えない様にした。
思考を強制停止させ、半ば作業感覚で野菜炒めと白米を随分と遅い等間隔で口へ運び続けた。
「ぐふぅ……。か、完食ぅ……」
正面の龍が丼を置いて畳の上へ派手に倒れると唸り声を上げ。それ以降、指先一つでさえも動き気配は見当たらない。
「あたしも完食――」
ユウも完食、ね。
よ、よぉし!! 俺も続くぞ!!
危険であると警告を続ける頭の声を無視して目の前に存在する全ての食材を口の中へとかっこむ。
「おぉ!! レイドさん、いいですねぇ!! 男の子はそうじゃなきゃ!!」
「ふぉちふぉう様でした!!!!」
湯呑に残る茶で、口の中の全ての物を胃袋へ流し込んでやった。
こ、これ以上は食べられません……。
蟻の頭突きがお腹に直撃したら今し方食った食べ物が美しい放物線を描いて体外に噴出してしまうだろから。
「は――い。御粗末でしたっ。今日は、御茶菓子いります??」
「も、勿論。要、要る……」
「「「「要らないです!!!!」」」」
アホな奴を除く全員が声を揃えて正しい解答を述べた。
「なぁんだ。そうなんですかぁ。折角、いいモノを用意したのになぁ??」
ま――たあの声と顔ですか……。
何かと理由を付けて食べさせようとするんだから。油断も隙もあったもんじゃないって。
「皆さん動けなさそうなので、食器はそのままでいいですよ――」
「助かります……」
少しだけ歪んだ視界で天井を捉えながらモアさんへ返事を返した。
「だらしねぇな――。もっと沢山食べろよ」
「いえいえ――。それでは引き続きお休み下さいね――……」
メアさんとモアさんの足音が遠ざかって行く事に、心の底から安堵の吐息を漏らし。
胃の中が早く空っぽになる事を願っているとカエデがポツリと言葉を漏らした。
「はぁ……。もっと食べないと駄目かな??」
「よっと……。前よりも食えるようになったじゃないか」
横たわる体をカエデ側に少し傾け、ちょっとだけしんみりとした態勢の彼女を視界に入れる。
「うん」
「それに、あっちと比べたら駄目だぞ」
マイの方へ視線を向けると。
「ユ、ユウ。何で食後の茶菓子を拒絶したのよ……」
戦場で重傷負った兵士みたいに這いつくばってユウの腹へ目指して匍匐前進を続けている愚か者を捉えた。
「この状況でこれ以上食ったら吐いちまうんだよ」
「は、吐いたらその分また食えば良いじゃない。ほ、ほら。覆水盆に返らずって言うでしょ??」
「――――。吐いた食べ物、返って来てないじゃん」
その通りです。
ユウの言葉に賛成したかったけども、今はその小さな力でさえ出すのが惜しい。
「例えが悪かったわね……。よっこらしょっと!! はぁ――……。やっぱ食後はユウの腹枕ねぇ……」
重傷兵が衛生兵の下に辿り着くと、彼女の横腹に後頭部を乗せ治療を受け始めた。
ユウの腹ってそんなに寝心地が良いのかな?? 物は試しと、試みてみたいですが。
「勝手に人の腹を枕代わりに使うんじゃねぇ」
「マブチッ!?」
あの拳骨を食らいたくないので遠慮しましょう。
「おぉ――。食事は終えたようじゃの」
「なぁにぃ?? 皆して青ざめた顔して」
師匠とエルザードがこの惨状を見て何故か陽性な感情を籠めた声色を放つ。
で、弟子である俺がだらしない恰好で師を迎える訳には……!!
巨大な鉄球を胃袋の中に捻じ込まれたのではないかと、下らない想像を抱かせる腹を抱えて立ち上がろうとするが。
不思議な事に体は一切立ち上がろうとしてくれなかった。
限界を超える量の御飯を食べると体は金縛りにあった様に動かなくなる。
これでまた一つ賢くなりましたね。
「そりゃこんだけ食べれば顔も青くなるわよ」
マイが柔らかい笑みを浮かべるエルザードへ話す。
「何杯食べたのよ??」
「二十一杯よ……。流石の私もそろそろ限界って所」
そろそろ??
まだ入る余地はあるのだろうか。
「なはは。食う奴は強くなるぞ?? 動けない奴もいるじゃろうし、そのままの姿勢で聞け」
師匠とエルザードが円の中央へ進み、この惨状をぐるりと見渡す。
「明日はエルザードとの魔法の訓練じゃが、レイド」
師匠が厳しい瞳で俺を見下ろす。
「はい、何でしょう」
マイ達は魔法の訓練だし、俺はまたベゼルと組手かな??
最初は間合いの広さと攻撃力に戸惑っていたが、一日中戯れていたお陰で随分と慣れて来たから丁度良い相手なんだよね。
此方の想像通りの御言葉を掛けて下さると考えていたのだが。
「お主は儂と一日中組手じゃ」
――――。
んっ??
俺の耳、正常かしらね??
師匠の相手を一日務めていたら体の中の骨がぜぇんぶぐっちゃぐちゃに砕かれてしまいますよ??
「…………。え??」
我が耳を疑う発言につい怪訝な声を上げてしまった。
「ほぅ?? 儂と付きっ切りは嫌じゃ。そう申すのか??」
俺の声を受けると、師匠の尻尾が徐々に天へ向かい昇り始める。
「い、いえ。滅相もありません!! しかし、宜しいのでしょうか。この五日間で師匠達の疲労もかなり蓄積されているのでは??」
一日置きとは言え、師匠は俺達相手に日中絶えず動いていた。
実力差があり、流しているとは思うがそれでもかなりの体力を消耗している筈。
「馬鹿者。余裕じゃ、余裕。児戯に等しい戯れで体力を消費する訳なかろう」
マイ達の力を児戯扱い、ですか。
「なぁに?? レイド。私の体の心配してくれたの??」
目の前にすっと座り、イケナイ感情を刺激してしまう瞳で俺の顔を見下ろす。
出来ればもう少し真面な服を着てしゃがんで下さい。
スカートの丈が短過ぎて中身が見えてしまうでしょうが。
「お主の耳は聞こえぬのか?? 『達』 と言っておったじゃろう」
尻尾が通常通りの位置へ戻った師匠が溜息混じりに話す。
「それと、お主からもこ奴らに言う事があるのじゃろ??」
「はぁ……。うっさいわねぇ」
「う、五月蠅い??」
頼むから此処で一悶着起こすのは勘弁して下さい。
疲れ果てそしてお腹が重過ぎて動けないんですよ。
「訓練は残す所二日だけど。最終日は魔法の披露会にするわ。だから実質、残り一日で新しい魔法を完成させなさい」
「「え――」」
マイとユウが仲良く声を合わせて抗議する。
「明日は各自足りない所を見つめ直し、長所を鍛えなさい。私達二人がつきっきりで指導に当たるから覚悟しておきなさいよ??」
「「「え――――」」」
そして、ルーも加わった三名が更に気の抜けてしまう声を放ってしまった。
「語尾は伸ばすなと言うておろう……。儂はレイドを叩きのめしておるが」
一切の躊躇なく叩きのめされるんだ。
全ての骨が砕かれ、蛸や烏賊の様な軟体生物に成り果ててしまった自分の姿ふと脳裏を過って行った。
「空いた時間で相手になってやる。気兼ね無く申せ」
「よっしゃ。ここに居る間に一本取ってやるわ」
マイが器用に後頭部の柔らかい枕を叩いて話す。
「こら、大草原」
「だ、だい??」
エルザードの声を受けて目をぱちくりさせて答えた。
「貴女はクソ狐の相手をする前に魔法を完成させなさい。泥遊びをするのはそれからよ」
エルザードが厳しい視線をマイに向ける。
「うふふ……。大草原とは……。上手い言葉ですわねぇ」
「おぉ?? ここから山の麓の大草原まで吹き飛ばしてやろうか??」
アオイの言葉を受け、マイが怒りの炎を籠めた瞳で視線を飛ばす。
「やって御覧なさい?? 焼野原さん??」
「上等ぉ。その口、二度と……。あいたっ!!」
立ち上がろうとして顔を上げたが師匠の尻尾が頭を捉えた。
「乳繰り合うのは後じゃ。明日は精魂尽き果てるまで動いて貰うぞ??」
「望む所だ」
リューヴが大きく頷く。
俺も彼女程では無いが、多少なりに高揚している。
『お、おいおい。お前さん正気かい??』
頭の中の危機感が忠告を放つが怪我の事はこの際無理矢理にでも無視します!!
師匠が丸一日稽古を付けてくれるのだ。
これ程喜ばしい事は無い。
残り一日と少しで必ずお前の力を使いこなしてやるからな。
「話は以上じゃ。さっさと風呂に入って寝ろ」
「それじゃあねぇ――」
そう話すと二人は平屋を静かに後にした。
「地獄の蓋が開いちまったなぁ……」
ユウが疲労を滲ませた声を宙へ放つ。
「結構疲れて来ているのに、ちょっとしんどいかなぁ……」
それに倣ってルーも同姿勢で溜息混じりにそう話す。
「マイ、新しい魔法の進捗具合は??」
相変わらずの姿勢で寛ぐ彼女へと問う。
「ん――。一つは完成したんだけど、もう一つがねぇ。時間掛かりそうだけど、ちゃんと間に合わせるわよ」
「へぇ!! 二つも作成しているのか」
魔法が苦手なのに。これは素直に驚いた。
「レイド様。私の新しい魔法も、是非とも御期待下さいまし」
「勿論だよ。ちょっと近いから」
肩に乗った頭を優しく押し退けてやる。
「んもぅ。辛辣ですわねぇ……」
全く。距離感というか……。
通常の男女間の壁を容易く越えてはいけないのですよ??
「――――。あ、そうだ」
壁と言う単語が、苦い記憶を蘇生させてしまった。
「どうかしました??」
通常の距離感へ身を置くアオイが不思議そうな表情でこちらを見つめる。
「シエルさんと話し合って来た内容を皆に話すの忘れていたよ」
体調不良や、過酷な訓練の忙しさも相俟ってすっかり忘れていた。
いかんなぁ。大事な話なのに。
「構いませんよ。それで、どういった内容でした??」
カエデが話す。
「あぁ。シエルさんと……」
レンクィストのイル教本部でシエルさんと話し合った内容を事細かく、そして正確に伝えた。
「……。そうですか。今直ぐに行動しようとは考えていないのですね??」
神妙な面持ちでカエデが細い顎に指を添えて言う。
「鵜呑みにはしていないよ。これから先、どう転ぶか分からないし」
「ったく。あたし達を管理する?? 一体何様なんだっつ――の」
ユウが天井を睨みながら話す。
「それも一つの考えだって言っていたけど、彼女の本意なのかは分からないよ。法改正も、そして彼女が思い描く平和な世の中には魔物が含まれているかどうかも分からない」
詰まる所、シエルさんの口から出て来る言葉は全て信に値しないものばかりだった。
マイ達と行動を続ける限り、俺は彼女に対してこの先ずっと全福の信頼を寄せる事は無いだろうからね。
「主の話す通りであるのならばアイツ等は魔物排斥を掲げているのだろう?? それならば問題を起こす前に仕留めれば良いでは無いか」
さらっと恐ろしい事を企てますね??
「出る杭は打つ、じゃないんだから。それに今事を大事にすればそれこそ人間が魔物に対して一切信頼してくれなくなるだろう??」
リューヴの言葉に答える。
「私達に対して行動を始めるのは魔女を倒し脅威が去った後。後方の憂いも無くなり、集中して対応出来ますからね。それにイル教信者は議員も兼ねていますし、法の改正も本腰を入れてくる事でしょう」
「カエデの言う通りだ。人間は今、一つに纏まり魔女並びにオーク討伐に心血を注いでいる。他に手を回す余裕が無いと言えばいいのかな??」
「じゃあレイドは魔女を倒したら、私達の敵になるの……??」
ルーが不安な面持ちでこちらを見つめて来る。
「それは天と地がひっくり返っても起こらないよ。人類全体を敵に回しても、俺は皆と行動を共にするからさ」
そう、そんな事は起こり得ない。
もしも魔物を迫害しようものなら俺は全力でそれに抗い、友を敵に回したとしても魔物側に付き共に戦う覚悟だ。
誰が敵になろうとも、それが原因で孤独になろうともこの考えは決して曲げない。
「本当!?」
「勿論だ」
この素敵な笑顔は本当の人の物では無い。
しかし、陽性な感情を持つという事について魔物も人も変わりないであろう。
両者はこの星に生きる異なる生命体。
今は言葉も通じず、意思の疎通も図れないが魔女を倒したらそれは変わるかもしれない。変わらないとしても俺が表に立ち、交渉役を買って出る。
それで人から蔑まれ、疎まれ、憎まれても構わない。
俺一人。
たった一人の矮小な存在が彼女達、魔物を救う力になればそれだけでも十分価値はある。
命を懸ける覚悟は出来ているさ。
「今の御言葉……。心に滲みましたわ」
アオイが俺の右手にそっと静かに己の手を添えた。
「皆にはこれまで以上に注意して欲しい。いつ、向こうがどんな手段を講じて来るかも知れないからな。俺達は今まで通り、奴らの行動に細心の注意を払いそれと……」
「んふふ。レイド様の指、男らしいですわねっ」
彼女の柔らかい手の拘束からやんわりと脱出を試みていると。
「可能ならば魔物に対して行った非情な行為の証拠を集めておきましょう。まぁ、それを残す程無能では無いと思いますが」
カエデが俺の心の声を代弁してくれた。
「それでは、現状維持が妥当。と、言う事だな??」
リューヴが話す。
「そうなるな。皆には迷惑を掛けると思うけど……」
「気にするなって、あたし達は人間に危害を加えようと考えていないしさ。それにしても……。何だか肩が凝る話だったなぁ……」
ユウがふぅっと息を漏らす。
「なぁ、マイはどう思って……」
ユウが腹の上に乗っかるマイに話し掛けようとするが、彼女の状態を確知すると言葉を切る。
「ふがっ……」
「あ――あ――。人様の腹の上で気持ち良さそうに眠って」
「おいおい。大事な話だってのに……」
だらしなく口をぽっかぁんと開けて眠りこける大馬鹿野郎を見つめて話した。
「大丈夫、マイにはあたしから話しておくよ。風呂に入りながらでもさ」
「お願いします……」
「マイ!! 風呂行くぞ!!」
ユウが気持ち良さそうに眠るマイの耳元へ向かって叫ぶと。
「んがっ!? ふぁあ――。御風呂――??」
その飛び跳ねの威力は合格です!! と。
飛蝗さん達が満場一致で素晴らしい点数を叩き出すであろう勢いで上体を起こし。寝惚け眼で周囲を見渡した。
「んぁ?? あんた達、何真剣な目付きしてんのよ」
「「「…………」」」
見当違いな言葉に俺達は何とも言えない表情を浮かべた。
まぁ、結果的にその言葉が重い空気を払ったのだから良しとしよう。
こいつらしい言葉と行動に何だか気が抜けてしまった。
「へ?? 何よ??」
「何でも無い。風呂、入って来いよ」
間の抜けた声に返事をしてやった。
「ん。ユウ、風呂よ!!」
「はいはい……。それじゃあ一番風呂行って来ま――す」
「ユウちゃん待ってよ!!」
明るい三人が平屋を出て行く。
さて、俺は布団の準備をしましょうかね。
重い腹を抑えて立ち上がり、リューヴの前を通過しようとすると。
「気になっていたのだが……」
リューヴが徐に声を上げて俺の歩みを止めてしまった。
「主に傷を与えたのは誰だ??」
「街の人にね。身分が違うってだけで理不尽な暴力を受けたのさ」
先日の一件を普段と変わらぬ口調で話してあげる。
あの野郎共……。よくもまぁ無抵抗な一般庶民をいたぶってくれて……。
復讐云々を考えている訳では無いが、俺も普通の感情を持つ生物ですのでね。受けた痛みは早々忘れる事はないのですよっと。
「はぁ。人間とはそこまで愚かな存在なのですか??」
「そいつら……。生かしてはおけん」
「まぁまぁ。痛みはそこまでだったし、それに向こうも反省していたから水に流したよ」
荒ぶる狼とさり気なく俺の訓練着をクイクイっと引っ張る女性の横着な指を宥めながら話す。
「レイドも気を付けて。対象は私達だけじゃないのかもしれない」
カエデが真剣な目付きでこちらを見つめる。
「分かった。十分気を付けるよ」
「うん」
カエデの言う通り、俺も注意しなきゃな。
今は繊細な時期だ。波を荒立てず、厳かにそして粛々と任務を遂行しよう……。
「それじゃ、御風呂行って来ます」
カエデがすっと立ち上がると。
「相伴致しましょう」
「主、先に行って来る」
リューヴとアオイが彼女に続いて平屋の戸へと向かって行く。
「ん――。ごゆっくり」
立ち去る彼女達に軽く手を振り、落ち着いた声で送り出してやった。
イル教、任務、魔女に大量のオーク共……。
問題が山積みだなぁ……。
それよりも今は目の前の問題に取り組まなければ。
布団が仕舞われている襖へ伸ばす右腕を見下ろす。
明日は師匠との激しい稽古が待ち構えている。
詰まれた問題より、目先の問題が最優先だ。
此処に居る間に最低限でもこの力を扱える様にならなければ……。勢い良く襖を開き、キチンと折り畳まれている敷布団を取り出すと。
「ユウとマイの布団の位置を少し離そうかな?? あぁ、でも。離すと文句言われそうだし……」
本日の布団の配置に四苦八苦しながら取り掛かったのだった。
最後まで御覧頂き有難うございました。
大掃除を終え、洗車を終え、レンタルビデオ店へ赴き巣籠の準備は完了しました!!
B級映画を鑑賞しつつプロット執筆、並びに投稿に向けての編集作業を繰り返しているのですが……。綺麗になった部屋って妙に違和感がありませんか??
数時間前までそこにあった物が無くて、部屋の配置も微妙に違い、やたら綺麗になった空間に満足する一方で何だかモヤモヤしてしまう。
そんな感情に包まれながら後書きを執筆しております。
そして、ブックマークをして頂き誠に有難う御座いました!! 少しだけ早いお年玉を頂けて大変嬉しい励みになりました!!
明日も大変冷える予報ですので体調管理に気を付けて年の瀬を迎えて下さいね。
それでは皆様、お休みなさいませ。




