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第百五十四話 親鴨さんの水泳教室 その二

皆様おはようございます。


年の瀬の朝にそっと投稿を添えさせて頂きます。


それでは御覧下さい。




 まるで王様が使用する最高級のベッドの上で寝転がる様な、大変心地良い感覚が体を包み込む。


 鼻腔に届くのは大自然の中から選び抜かれた最高級の香十選、温かい光が上空から射しこれ以上無い雰囲気を醸し出していた。



 何かやる事があった様な気がするけども……。


 後で良いかな!!


 俺だって偶には羽を伸ばさないとね!!



 そのまま心地良い感覚に身を委ねようとしたその時。


 目の前に世界最高の鍛冶師が魂を籠めて作成した世の主婦垂涎ものの包丁がぷかぁっと浮かぶ。



 お、おぉっ!?


 こ、これを貰って良いの!?



 その包丁はさぁ私を手に取るのです、と。その場から動かずに俺を待ち構えているので何の遠慮も無しに掴み心地抜群の柄を握り締めた。



 な、何て魅力的な刃面なんだ……。


 切れ味、持ち心地、そして美女の艶のある濡れた髪の様な美しい刃面。そのどれもが俺の心を掴んで離さなかった。



 一生大切に使うからこれからも宜しくね??


 そっと大事に至宝を胸に収め、静かに囁き。王様のベッドで嬉しい寝返りを打ち続けた。


 しかし、それは束の間の出来事であり。


 突然顔へ冷涼な何かが襲来し、意識が明瞭となると。



「――――。冷たっ!!!!」



 それと同時に飛び跳ねる様に上体を起こした。



「あ、あれ?? 俺の包丁は??」



 数度瞬きを繰り返し、胸に抱いた筈の包丁が消失している事に気付き声を上げた。



「あはは!! 寝惚けているねぇ――。レイド、もう夕方だよ??」



 ルーが心配そうな顔で此方を見下ろし、残酷な現実を軽快な笑みを以て伝える。



 そりゃ夢だよねぇ……。


 折角、世界最高の包丁を手に入れたと思ったのに……。



 朱に染まる空へ向かって吐息を漏らすと同時。



「……。ルー!! 俺、何時間気絶してた!?」



 包丁よりも大事な事に今更気付き、ニッコニコと笑みを漏らして俺を見つめているルーへ尋ねた。



「ん――。今、八本目だからぁ。二時間位かなぁ??」



 参ったな……。それだけの間気絶させられていたのか。



「ありっ?? 二時間だっけ?? え――っと。い――ち、にぃ――……」



 指を一本、二本と折って時間を計測している彼女の後方では今も師匠とリューヴが激しい打ち合いを演じている。



「二時間も!? こうしちゃいられない。リューヴが終わったら次は俺の番だ」



 痛む体に喝を入れ、立ち上がろうとするものの。



「ぃっ!!」



 右腕に鋭い激痛が走った。


 腕から肩口まで這い上がり、全身を駆け抜けて行き思わず痛みで声を上げそうになってしまう。



「どうしたの??」


「ん?? ううん。気にしないで」



 要らぬ心配をかけまいとして、誤魔化し惚けて言って見せた。



 初めて使用した時より、幾分慣れて来たが……。


 改めて右腕を見下ろすと右腕の手首と肘の中間辺りまで赤く腫れあがり、皮膚も裂け、裂けた肉の合間から深紅の液体が滲んでいる。


 これで大丈夫と言うのだから怪訝に思うのだろう。



「レイド、起きた??」



 カエデがルーの後方からやって来る。


 そして、目の前で屈むと右手を優しく持ち上げた。



「……。大分傷も癒えて来ましたね」


「気を失っている間、治療してくれたの??」


「えぇ、かなり酷かったので。続けます」



 彼女が手を翳すと淡い光が灯り、それと同時に痛みが徐々に和らいだ。


 皆の足を引っ張らないと訓練に挑んだが……。その結果は重苦しい枷となる始末。


 自分の情けなさに苛立ちと、義憤の感情が湧き上がり拳を強く握る。




 気絶するのならまだしも、結局カエデに余計な心配をかけて。更に、魔力を消費させるなんて……。


 くそっ!!


 何をやっているんだ!! 俺は!!



「…………。愚直に精を出すのは構いませんが、分相応の内容でお願いします」



 カエデが治療を続ける右手を見つめながら小さく漏らす。



「え??」


「無茶をして、体を壊したら元も子も無い」


「そうでもしなきゃ、カエデ達に追いつけないだろ??」



 彼女達との間には考えるのも億劫になる程の差が開いている。


 それを縮める為、訓練に臨んだ途端にこれだもの。


 誰だって苛立ちを覚えてしまうって。



「気付いていないかもしれませんが、レイドの力は人のそれを既に凌駕しています。比較対象がアレなだけですよ」


「そうは言うけどな……」



 自分でも知らず知らずの内に湧き起こる不甲斐無さによって語尾を強めてしまう。




「皆の役に立ちたいんだ。カエデは魔法も使えて、賢くて。俺なんかよりずっと強いじゃないか。蛇の女王だけじゃない、魔女、オーク達との戦いも控えているのにこのままじゃ皆の足を引っ張ちまうんだよ!!」




 心に思い浮かんだ言葉を躊躇わずに漏らす。


 そうだ。俺がしっかりしないと、そして強くならないと皆の枷となり危険が及んでしまう。


 それなのに何て様だ。


 腕の治療を続けるよりも一発派手にぶん殴ってくれた方がマシだよ!!



 親身になって怪我の治療を続ける彼女へ向かい、餓鬼の我儘にも似た言葉放つと。



「…………。皆さん聞きました??」



 カエデがぱっと面を上げ、俺の後方へ視線を移した。



「あぁ。ばっちりだ!! あたしはレイドの事認めているよ?? あんまり無理するなって!!」


「レイド様、そんな事を御思いだったのですね?? さぞ苦しかったでしょう……。私の胸の中で安らいで下さいませ」


「気を遣い過ぎだよ――。もっと気を抜いてさ、気ままに行こうよ!!」


「主、励むのは良いが余り無茶をしないでくれ。私の身が持たない」



「まぁ、あんたが私達の事を認めているのは分かった。けどね?? 何様のつもり??」



 皆が続々と嬉しい声を掛けて来る中、マイが俺の右腕を持ち上げ斜面に立たせる。




「何様?? それはどういう意味だ??」



 存分に憤りを籠めた言葉を投げてやる。



「そのまんまの意味よ。あんたが年端もいかない頃から私達は既に鍛えていたのよ。そりゃ実力に差がついて当然。でもね?? あんたにはあんたの、私達には私達の役割があるわ」



「…………」



 言い返すのを止め、真剣そのものの表情の彼女の声に耳を傾けた。



「それなのに、勝手に自分が枷になるとか思い込んじゃってさ」


「仕方が無いだろ。これだけ力の差を見せつけられたら」



「それが烏滸がましいって言ってんの。今、あんたの中には龍の力が宿っているわ。それを使って私達に追いつこうとしているのは認める」



「……」



 眉間に皺を寄せ、マイの次なる言葉を待つ。



「だけどね?? それを見ているこっちの事、考えた事ある??」



 厳しい瞳が消失し代わりにふっと優しい目になり、此方を見上げた。





「私達はあんたに付いて行動している。そいつが無茶をして、傷つき、剰え不相応な力で身を傷付けたら否応にも心配にもなるわ。それは私も例外じゃない。だって、力を分け与えた張本人だもん。いい?? 自分一人でうじうじ悩む位なら、私達を頼りなさい。そして、信用しろ。私達は仲間だ。一人では背負えない苦痛、不安は皆でなら軽くなる。そうでしょ?? 力でもそうよ。私が勝てない相手でもあんたなら勝てるかもしれない。いい加減、一人で悩むのは止めなさい。分かった??」





 マイの言葉を受けると何だか心の重荷が少しだけ軽くなった気がした。


 それに、何んと言いますか。胸中に抱いている負の心を見出され、論破され、ぐうの音も出なくなる。


 コイツ……。


 俺の心を見透かしていたのかな??


 そうじゃなきゃ此処まで完璧に言い負かされる訳無いし。



「分かった。降参だ……」



 両手を上げ、お道化てみせた。



「ふんっ、分かればいいのよ。面倒臭いったらありゃしない」


「面倒って。言い過ぎじゃない??」


「あんたみたいな堅物には誂えた言葉よ??」


「難しい言葉、良く知っているな」


「あにぃ??」



 いつも通りクイっと片眉を上げ、互いに鋭い視線を合わせ。空中で激しい火花を散らすと何故だか分からないが喉の奥から笑いが込み上げて来た。



「ふ……あはは。そうそう、あんたはそうやって苦虫を嚙み潰したような顔がお似合いよ」


「ははは。その言葉そっくりそのまま返すよ」



 軽快に笑えるのはいつものやり取りだからかな??


 だけど、心地良いのは確かだ。



「見つめ過ぎですわ!! レイド様ぁ、右腕を見せて下さいまし」



 アオイがマイを押し退け、治療途中の右腕を手に取る。



「いって!! おい、こら。目ん玉腐ってんのか??」


「腐っているのはその眼下に広がる大草原の方ですわ」


「そ、草原……!?」



「まぁまぁ。大体マイがあたし達の想いを代弁したけどさ、もっと肩の力を抜けよ」



 ユウがいつもの快活な笑みを浮かべ話す。



「そうそう!! レイドが顰めっ面していたら面白く無いもん」


「ルー。俺ってそんな怖い顔してたか??」



「怖かったよ――?? リューヴよりも鋭い目付きになっちゃってさ」


「おい、それはどういう意味だ??」


「あはは……。さぁ??」


「はぁ、まぁ良い。主の実力は我々も認めている。余り気を負い過ぎるな」



 リューヴが左肩に手を置き、普段の口調からは想像出来ない柔らかい声で話してくれた。



「ありがとう。頼りにしているよ」



 迷惑が掛かると思って一人で苦しんでいた行為が逆に、彼女達へ負担を掛けていたとは。


 そして彼女達は俺の事を頼れる仲間として見てくれていた。


 その事実は……。うん、本当に嬉しい。


 一人で気負うでのは無く、苦しみを共有して解決に導くのが本当の仲間。


 俺はマイの話した通り、一人で気負い過ぎていたな……。



 猛省しましょう……。



「レイド、怪我治ったよ??」


「お!! 凄い!!」



 カエデとアオイの治癒魔法のお陰で裂けていた肌が元通り……、とまではいかないが。薄っすらと怪我の跡が残る程までに回復していた。



「愛の力ですわ」


「それ、関係ないでしょ??」



 ぽっと頬を朱に染めるアオイに言ってやった。



「どうやら、いざこざは終わったようじゃのぉ??」


「師匠!! 申し訳ありません。気を失っていました」



 姿勢を正して此方へやって来た我が師を迎える。



「構わん。儂がお主を支えてやる。じゃから、もっと頼れ」



 俺がそう話すと、三本の尻尾がすっと右腕に絡んでくる。



「ちょっと。尻尾を離して下さいませんか??」


「嫌じゃ」



 アオイの冷たい視線を流し。



「離れなさいよ」


「聞こえぬ」



 続け様にマイの憤怒が篭った言葉も流す。



「大人気ないなぁ……」



 この一連の流れを汲んだルーが止めの一撃を放つと。



「喧しい!!」


「びゃっ!!」



 血に飢えた悪魔も背筋を正してしまう強烈な声を放ってしまった。



 師匠……。


 ルーの言った通り、少し大人気ないですよ??


 三百年以上生きているのですから、もうちょっと節度ある行為をお願いしたいです。


 右手から肩へ這い上がり、そして顔を覆い尽くしてしまったモコモコでフワフワの大変良い匂いのする尻尾を堪能しながらそう考えていた。




最後まで御覧頂き有難うございました。


深夜に眠り、今朝は惰眠を貪ろうかと考えていましたが……。年末の大掃除に向けて早く起きてしまい、でも何だかやる気が出ずに現実逃避として文字を叩き続けていました。


しかし。


文字を打ち続けていても塵や埃が無くなる訳ではないので、大掃除をして参りますね。



大掃除を終えた読者様はほくそ笑んで私の行為を、そして未だ終わっていない読者様はウンウンと頷いてくれる事でしょう。


それでは皆様、素敵な休日を堪能して下さいね。

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