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第百五十三話 彼なりの苦悩

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


それでは御覧下さい。




 頭が割れそうになる面倒な術式構築、そして私に誂えたような最高な夕食を終え。お腹ちゃんの回復を待ってから一日の総締めとなる御風呂に今日も来た訳だが……。




「ぱっは――!! くぅっ!! さいっこう!!」



 この湯はやはり格別よねぇ。



 失われた魔力が漲り、更に増幅させてくれそうな気がする。


 それだけでは無く肌もしっとりと潤いを帯び、龍族だけではなく。全ての種族が思わず見惚れてしまう華麗な私のあんよちゃんにも増々磨きがかかるってもんよ。



 白濁の湯に肩までしっかりと浸かり、お月さんを見上げていると我が親友が隣に腰掛けた。



「よう、術式の進捗状況はどう??」


「完成まで後一歩って所よ。ユウは??」


「ふふん。あたしももう直ぐ完成さ」



 あら、意外ね。


 ムチュっと唇を尖らせて四苦八苦していた割には進捗状況は好ましい訳か。



「へぇ。完成させたら見せてよね」



 どうせ物理中心なのだろうけども、我が親友の新魔法は気にならないと言えば嘘になる。


 ユウらしい豪快な魔法ちからに期待しましょう。



「勿論。所でさ、レイドの奴。今日は龍の力を使う素振を見せなかったな」


「あ――。そう言えば、そうかも」



 術式構築に夢中で気が付かなかったけど、言われみれば力の波動は感じなかった。



「前の力よりも更に強くなった龍の力。レイドが使用しても大丈夫なのかな??」



 おぉっとぉ。


 ユウさんや――い。アイツはあんたの息子じゃないんだから、不必要なまでの心配は御無用なのよ??


 相手を労わる優しさはユウらしいけども。与えられた責務は自分自身で解決しなきゃいけないの。


 まぁ、でも……。


 手助け程度なら許容範囲かもね。



「さぁ?? 大丈夫じゃないの?? 今日も普通にしていたし」



 頭の上に手拭いを乗せ、朝からのアイツの様子を思い出してみる。


 私を起こしてから何故だか分からんが痛そうな顔を浮かべて指を抑え、阿保犬の相手に四苦八苦。


 そして、あろうことかエルザードの如何わしい物を鷲掴みにする始末。



 くそう。


 思い出したら腹が立って来た。この鬱憤を晴らす為。



「はぁっ。いいお湯……」



 健康的に焼けた肌へお湯を掛けている女性の胸元で、ぷっかぁぷっかぁと浮かぶ大魔王様達へ向かってペチペチと往復ビンタをブチかましていると。



「――。多用は避けた方が賢明かもしれませんね」

「あたしの胸で遊ぶな」



 カエデが必要最低限の場所を手拭いで隠してやって来た。



「ラガブッ!? べ、別に良いじゃん!! それは遊び道具として水面に浮いているんでしょうが!!」



 脳天に突き刺さった首刀の威力が思いの外凄まじく、上顎と下顎が大変仲良く抱擁を交わし。それでも威力が収まらなかったのか。


 延髄辺りに鳴っちゃいけない音が発生してしまった。




「もう少し静かに浸かったらどうですか??」



 湿った手拭いがほっせぇ体に張り付き見事な曲線が露わになるとどうだい?? 女も思わず色を覚えてしまう程に色っぽく見えませんかね。



 うぉう……。


 こ奴もルー同様育ってんじゃないの??


 形の良い双丘を睨んでやった。



「…………。何か??」



 私の視線に気が付くとカクンっと小首を傾げる。


 この仕草も一々可愛いから余計に腹が立つわね!!



「む。気にしない」


「安心しろって。マイもその内育つからさ」



 ユウが軽快に笑って私の肩を叩く。



「うっさい。カエデ、多用は避けろって言ったけどさ。何か知っているの??」


「…………。何んとなく、ですかね」



 そう話すと私達の姿勢に倣って肩まで湯に浸かった。



「ふぅん」



 何だろう。


 妙に引っ掛かる言い方だな。



 言いたくないのか、それとも言えない理由があるのか……。


 カエデの言葉を受け、言い表し様の無い重たいモヤモヤが心に渦巻く。



 アイツは……。


 余り自分の事を人に言わない。辛い、キツイ、苦しい。


 特に負の感情は私達に遠慮してか表に出してくれないのよ。言わなきゃ分からない事もあるのにさ。


 もしかして……。


 信用していないのかな??


 ううん、アイツに限ってそれは無い。きっと言えない理由があるのだろう。


 そこは寛大でコイツ等を纏める立場にある私が察してあげなければな!!



「んっふ――。いいお湯」


「染みますわねぇ……」


「あぁ。体に力が漲るようだ」



 おっと。急に賑やかになってきたな。



「カエデちゃん、何の話していたの??」



 ルーが人の姿でチャプチャプと犬掻きで泳ぎながら此方へやって来る。


 プリンプリンの尻が水面から出て何だか間抜けな姿に見えるのは気の所為だろうか??


「取るに足らない会話です」

「レイドの体についてだよ」


 カエデの言葉をユウがすぐさま補足する。


「レイドの体??」



「はぁ……。いいですわよねぇ。特に最近は訓練の所為か、より逞しくなっている気がしますわ。あの腕に抱かれ、愛を語り合い。一晩中体を重ねたいですわ……。そして!! 愛の桃源郷を求めて私達は空の彼方へ飛び立つのですっ!!」



 そのまま向こう側に一人で行って一生帰ってくんな。



「龍の力か」



 険しい眉……。じゃなかったわね。お湯の効果で珍しく眉が綺麗な曲線を描いているリューヴが話す。


 優しい顔は本当にルーと瓜二つねぇ。



「そうそう。ほら、今日使ってなかったからさ。多用はキツイのかなぁって」


「マイちゃんは分からないの?? ほら、龍族だし」



 金色の瞳が此方を捉える。



「私自身の事は分かるけど。龍の契約について細かい事は分からないわね。何分、初めて使用した訳だし……」



 アイツの体の中に一体何がいるのか、私は窺い知る事が出来なかった。


 只、一つだけ言える事は。昨日見た龍の黒き甲殻は途轍もなく禍々しいモノであるという事だけ。私とは全く性質が異なる物。


 何んと言いますか……。


 怨み、憎しみ、憤怒等々。負の感情がこれでもかと盛り合わせた感じだったのよねぇ。


 同じ龍だから感じたと思うんだけども、野郎の口から直接聞かない限り分からないわね。




「今度親に会う機会があれば聞いておくわ」



 母さんや父さんなら知っているでしょ。無難な回答を述べておいた。



「マイちゃんじゃ頼りないからそっち方が確実かぁ」



 お、おいおい。


 さり気なく私の事を虚仮にしたわね??


 それ相応に育った乳をもぎ取ってやろうかとしたのだが。



「そろそろ上がろうかな?? レイドも寂しくしていると思うし」



 本日も頭の中がお花畑のルーが再び犬かきで泳いで行ってしまった。


 ちっ、機会を逃したか。



「ちょっと!! 御待ちなさい!! レイド様に湯上りの肌を見せるのは私の役目ですからね!!」



 蜘蛛が鬱陶しい声を上げてお惚け狼を追って行く。



「勝手にやってろ」



 小さくぼやいてユウの背中に己の背中をちょこんと合わせてあげた。


 んほっ。丁度良い塩梅の大きさの背中に私の背中ちゃんも満足していますよ――っと。



「明日は五日目。そろそろ締めに向かってキツクなりそうだなぁ」


「ユウの言う通りだ。気を引き締めてかかるぞ」



 さっすが訓練馬鹿。


 厳しい訓練は大歓迎ってか。



「元気ねぇ。ま、私はそつなくこなしていこうかしらね??」


 呑気に満天の夜空を眺めながらそう話した。


「そつなく、か。ふふん。この訓練でマイとの差は開く一方になりそうだな」


「おいおい。どの口が言うのよ」



 夜空に向けていた視線をリューヴに移してやる。


 第一、抜かれた覚えは無いのだが??



「冗談だ。気を抜けばそうなると言っておきたかったからな」


「何よ、らしくないわね??」



 冗談とかあまり言わない性格なのに、珍しいわね。



「まぁ打ち解けて来たって事で。あたしも上がろうかなぁ――」



 勢い良く手拭いを肩にパチンっ!! と掛け。湯から立ち上がるとあの御方達が我々を見下した。



 う、うぉぉ……。


 こうして真下から見上げると超大迫力ね……。



 重力に引かれて今にも落下して来そうな双子の巨大隕石にヒュっと息を飲み込んでしまう。



「「「………………」」」



 私達がこの星を破壊し尽くそうとする巨大隕石に視線を奪われていると。



「あん?? どうした??」


 ユウが可愛い御目目をパチクリさせて不思議そうな顔でこちらを見下ろす。



「もうちょっと、大人しくならないの?? ソレ」


「えぇ。僅かに浮かんだ自信も、それを前にすると一気にやる気が削がれます」


「ユウ、慎みという言葉を知っているか??」


「はいはいはいはい、分かっていますよ!!!! どうせ、あたしのこれは悪魔とでも思っているんだろ??」



 悪魔??


 はっ!! 生温いわよ。


 ユウのそれは天地創造の神をも慄かせる代物よ??


 それに捕まったら最期、死は免れない。私達はアレをどうにかして地の底に封印しなきゃいけないのよ……。


 死と隣り合わせで寝食を共にする訳にはいかないのだから。



「冗談だって。ほら、冷たいお茶でも飲みに行こうよ」


 裸のユウの正面から肩を叩くのはちょっと怖いから、背中側から彼女の肩を軽く叩きながら言ってやる。


 抜き身の刀は大変危険ですからねぇ――。



「もうちょっと優しく言っても良いんじゃね……」


 口を尖らせて文句を話す様がまぁ――可愛いのなんの!!


「あはは。だから謝っているじゃない」


 プリんっと張りのあるお尻をパチンと叩いて脱衣所へと向かい。


「人の尻を許可無く叩くなっつ――の」



 叩き心地が最高なのでそれは無理な注文だって。


 もぅもぅと唸る一頭の乳牛を宥めつつ、他愛の無い会話を続けながら温泉を後にした。




















 ◇





 風光明媚な大地という名の大舞台に立って緊張しているのか。優しくそして少しばかり高い虫達の歌声が月明かりに照らされて酷く静かな縁側に響く。


 雲が月明りを閉ざして舞台を暗転させると歌声が一旦鎮まり、再び照らすと歌声が始まる。


 それはまるで物語の場面の移り変わりの様で視覚と聴覚を楽しませてくれている。


 腹も漸く落ち着き、一人縁側に佇み虫達が紡ぐ物語を見つめ聞いていた。



「――――。何じゃ?? 寂しそうじゃの」


「師匠」



 雲の隙間から青い月光が漏れ、師匠を柔らかく照らす。


 金色の髪が微風で流れて心優しき瞳を隠すと、それを美しい所作で払い俺の真横に到着した。



「隣、いいか??」


「勿論です」



 傷がちょっとだけ目立つ縁側にポンっと弾む様に軽く座り、同じ目線で夜空に浮かぶ月を見上げる。



「……、静かじゃのぉ」



 師匠はこういった静かな場所で風景に溶け込む様に佇む姿が異様に似合いますよね。


 俺達の場合は真逆。


 混沌と喧噪が渦巻き、鼓膜が思わず退避行動を取ってしまう喧しい場所がお似合いなのさ。



「……えぇ。王都の喧噪が嘘の様です」



 体の筋線維全てを弛緩させ、師匠と同じく周囲の景観を損なわない様。静かに言葉を漏らした。



「あそこは人が多過ぎじゃ。儂は静かな方が良い」


「伺った事があるのですか??」


「随分と前にな」



 そう言いながら、縁側に置いてある急須から湯呑へ茶を移し。



「ほれ」



 淹れた茶を此方へ渡して下さった。



「あ、申し訳ありません。気が付きませんでした」



 茶の一杯、直ぐにでも出すべきだったな。



「全く、気が利かぬ弟子じゃ」



 にこりと笑い、茶を啜り。



「はぁ。美味い」



 湯呑から小さな御口を外すと甘い吐息を漏らす。


 俺も師匠に倣って小口分の茶を啜り、喉の奥へ流し込むと静かに湯呑を縁側に置いて尋ねた。



「どうしたのですか?? こんな時間に」


「明日からの事でな。お主には少し酷かもしれんが今の内に言っておこうと思ってのぉ」



 何だろう。尋ねるのも憚れる雰囲気を醸し出していたので、身動き一つ取らずに次なる言葉を待ち続けていると。



「ふむっ」



 少し躊躇っている御様子だったが、膝を軽く叩くと重い口を開いた。



「レイド、儂との組手は新たなる龍の力を解放せよ。その後、激痛や苦痛がお主を襲うかもしれぬが……。今のままではお主はマイ達にとって枷になってしまう」



 此方を向き、真剣な眼差しで俺の瞳を見つめる。



 その瞳は俺にこう問うていた。



 枷のままで良いのか?? それとも、彼女達と肩を並べたいのか?? と。



「自分の実力は彼女達には及ばないと重々承知しています。腕を磨き、少しでも差を縮めようと考え、此処で鍛えているのですから」



 師匠の瞳の中に咲いた向日葵に向けて心に浮かぶ言葉を掬い上げ、一切の装飾を加える事無く伝えた。



「何じゃ?? 枷と言われても気にならぬのか??」


「彼女達と行動を共にする内に自分の力の無さ、弱さ、そして矮小な拳に自分自身でも憤りを感じていますから」



 何度悔しい想いをしたか、どれだけ情けない想いを抱いたのか。


 数えるのも面倒な程に憤りを感じた。


 だが、現実は非情と言われる様に巨大な力を望んでも容易く手に入る訳では無い。


 マイ達を猛追する為にはそれこそ地獄の様な鍛錬を積み、そしてそれを血と肉に変える努力が必要なのだ。



 勿論、俺は感情を持った生物ですので。枷と言われて悔しい訳ではない。


 現実を受け止めるのか、それとも現実から目を背けて逃げ出すのか。


 俺は前者を取ったまでなのです。


 遠く離れた頂き。


 彼女達がそこに居るのなら俺は登ればいいだけ。マイ達が登り始めたら此方は倍の速さで登る。


 至極簡単で明瞭な答えですよっと。



「物分かりが良過ぎて拍子抜けじゃ」



 硬かった表情が溶け落ち、優しい雰囲気を醸し出してふっと笑う。



「新たなる龍の力。少なくとも此処に居る間で扱える様にまでになってもらうぞ」


「願っても無い事です。只、師匠に迷惑を掛けるのが心許ないですが……」


「安心せい。そこまで面倒を見るのが師という者じゃ」


「面目ありません……」


「弟子は師匠に甘えればよい。儂が、導いてやる」



 金色の尻尾が右手にそっと絡む。


 毛のくすぐったさを感じると同時に、風が花の香りをそっと鼻腔へ運んでくれた。



「自分は……。上手く扱えますかね??」


「扱うには先ず、慣れることが大事じゃ。日々扱う事でじゃじゃ馬も乗りこなせるようになるであろう」


 じゃじゃ馬ねぇ……。


 暴れ牛の方が嵌った言い方かもしれない。


 それ程、この力の扱いは難しい。


 扱いを誤れば自分が傷つき、正しい使い方をすれば強敵を打ち倒す。


 正しく諸刃の剣だ。



「痛みで気絶したら起こして下さいよ??」


「なはは。水を頭から掛けて起こしてやるわい」


「酷いですね」


「指導は厳しく、が儂の指導方針じゃからなぁ」


「厳し過ぎるのも問題かと??」


「こいつめ」

「あいたっ」



 背後の一本の尻尾で軽く頭をこつかれてしまった。


 あぁ、嬉しい痛みだな。


 痛みを通して師匠の優しい心が流れ込んでくる様だよ。



「師匠、明日からご指導ご鞭撻のほどを宜しくお願い致します」



 彼女の大きな瞳の奥をじっと見つめ、口元を引き締めた話した。



「う、うむ……」


 何だろう??


 少し顔が赤い気がするけど……。



「さ、さて。儂は眠るとするかの」



 右手に絡みついていた尻尾を元の位置へと戻し、縁側の淵から颯爽と跳ねて立ち上がると三本尻尾をゆっさゆさと揺らして母屋の方へ向かって行く。



「ごゆっくりお休み下さい」


「お主もな」



 柔らかい笑みを浮かべ、闇夜へとその姿を消した。


 ………………。枷、か。


 薄々分かっていた事だが。


 流石に正面から言われると効くなぁ。



「俺は俺で頑張ればいいだけさ」



 月へ向かって右腕を掲げそう呟く。


 でも、これは逆に好機だと捉えた方がいいな。


 この右腕に実力差を払拭出来る力が眠っているのだから。


 問題は、俺が痛みに耐えられるかどうか……。昨日は痛みで頭がどうにかなりそうだった。


 扱う内に慣れると仰っていたけど、果たしてそれは真実なのかな??


 力に飲まれ、再起不能までに追い込まれやしないか??


 いかん!!!!


 弱気な思考は止めだ!!


 誓っただろ?? 絶対飲み込まれないって。


 必ずや、物にしてやる。



「……は、はぁ――。いや――、参ったなぁ!! すっごく良いお湯だったな――」



 何だかたどたどしいマイの声が聞こえたので、視線をそちらへ向ける。



「あ、あぁ。本当に良いお湯だったぞ??」


「の、のぼせちゃったな――」


「肌が潤ったのは宜しいですが、この火照った体で眠れるかどうか。レイド様?? 今宵は私を桃源郷へ導いて頂けませんか??」



 自分は水先案内人では無いので、道中迷いに迷ってしまう恐れがありますので御断りさせて頂きますね。



「あ、主も入って来るがいい」


「天気も良いですし、気分転換にはもって来いだと思いますよ??」



 カエデを最後に各々が縁側に腰掛け、日常会話を交わすのだが。


 何だろう。


 妙に違和感を覚える口調と声色だよね。



 連日連夜、お腹がはち切れんばかりに飯を食わされると日常会話にまで支障をきたすのだろうか。



「よ、よぅ。お茶貰うわよ??」



 俺が返事をする前に、マイが手元の湯呑を奪う。



「まだ返事していないけど??」


「ふぅ……。こ、こまけぇ事は。キ、気にしないの」



 年端もいかない子供が適当に描いて歪みまくった抽象画の様な、珍妙奇妙な笑顔を浮かべこちらを見つめる。



「何かあったの?? 奇妙な笑顔浮かべてさ」



 ちょっと怖いから向こうを向いて笑って下さいよ……。



「き、奇妙ですって!?」



 日が落ちて大変暗くなった月光の下では無く、太陽が燦々と元気に輝くお昼時に是非とも浮かべて欲しい顔で叫ぶ。


 暗い場所で見ちゃうと背筋が凍ってしまいますよっと。



「ははは!! マイ、言われちゃったなぁ」



 ユウの明るい笑い声が冷えた俺の肝を温めてくれた。


 安寧と恐怖。


 この二人が人に与える効果はまるで逆だよなぁ。



「明日も早いし。風呂に行って来るよ」



 微かに残る体内の痛みをお湯で洗い流して明日に備えよう。


 それが今出来る最善の行動でしょうから。



「ごゆっくりね――」


「主、のぼせないようにな」


「ん――」



 ルーとリューヴの声を背後に受け、温泉へと向かい歩き始めた。


 何か、アイツらの様子変だったな。


 変な物でも食ったのか??


 変な物という単語でモアさんの正気度が狂うアノ顔が思い出され、背筋が泡立ったのは内緒にしておきましょう。


 誰かに話そうものなら俺の命が消え去ってしまいますし……。



 何はともあれ!!


 明日は師匠に対して、今の自分を全部ぶつけてみよう!!


 両手で両頬をパチンと一つ強く叩いて気持ちを切り替えると、一日の疲れを取ろうと常に待機している白濁の整体師さんの下へと向かって行った。




最後まで御覧頂き有難うございました。


掲載時点でのカットシーンを下記に載せておきますので時間がある御方は御覧下さい。










~カットシーン~



 風呂上りの体内に籠る熱を夜風が優しく冷ましてくれる。後はつめたぁ――い御茶を飲んでスカッとしたらお布団のお世話になろうかしらね!!


 就寝までの完璧な行程を思い描いて平屋へ続く道を歩いていると、ちょいと前を歩くお惚け狼が口を開いた。



「ふぅ――。気持ち良いね――」



 どうやらルーも私と同じ気持ちの様ね。


 優しい風が頬を撫でて通り過ぎて行く心地良い感触を長い灰色の髪を揺らして堪能していた。



「火照った体に丁度良い風だな」


「おぉ、リューも私と同じ気持ちだったのかぁ」


「後は明日の厳しい訓練に備え、早めの就寝を心掛ける事だなっ」



 あ――……。出来ればその台詞は聞きたく無かったわね。


 明日はあの傍若無人狐の指導。


 つまりっ!! ボッコボコのギッタンギッタンに叩きのめされてしまうのよねぇ……。


 術式構築よりかはマシだけども、問題は程度よ。程度!!


 好き勝手に弄びやがって、見ていなさい?? 明日はガツン!! っと一発ド派手に硬い拳をあの面に捻じ込んでやるんだから!!



「はいはい――い。そうでしたねぇ――。リューは真面目ちゃんですもねぇ――」


「貴様がだらしないだけだ。此処へ来た理由はそもそも……」



 あはは。ルーの奴、リューヴの説教にそっぽ向いてうぇって舌を出してら。



 辛い筈の訓練もこうして気の合う……。



「今宵は怪しき月ですわねぇ。うふふ……。レイド様もきっと私同様、昂っておられる筈。つ、つまりっ!! 本日を以て私は新しき命をこの腹にっ!!」



 基、若干一名だけはこれからの長い人生の中で決して気が合いそうに無いので除外しま――す。



 気の合う仲間との会話は疲労を拭い去ってくれるわ。



「ねぇ、ユウもそう思うでしょ??」


「おう。そうだな」



 ふふ、流石我が親友。何も言わずに理解してくれるとは。



「明日の朝飯はあたしの分も食べて良いからな――」



 駄目じゃん。


 全然これっぽっちも理解していなかったじゃん!!



 だが、食べて良いとのお許しも頂けた事だし?? 明日の朝食が待ち遠しくなっちゃたわね。



 夜の御散歩を楽しみ、下らない日常会話を交わしつつ間もなく平屋に到着しようとしたその時。


 縁側から話し声が聞こえて来た。



 一人は……。ボケナスの声か。


 心なしか普段よりも沈んだ様に聞こえる。



 んで、もう一人は……。イスハね。


 二人で何の話をしてるんだろう??



『よぉ、聞き耳たてようか??』


 ユウが大変わっるい笑みを浮かべ、平屋の角の物陰にそっと隠れた。


『いいね!!』


 それにルーが乗っかる。


 こいつらと来たら。



『趣味が悪いわよ』



 小声でそう言いつつも、興味が湧くのは仕方が無い事だ。


 ルーの足元へしゃがみ、彼女の股からぬぅっと顔を覗かせ。漏れて来る声に対して集中を始めた。



「レイド、儂との組手は龍の力を解放せよ。その後、激痛や苦痛がお主を襲うかもしれぬが……。今のままではお主はマイ達にとって枷になってしまう」



 新しき龍の力はボケナスにとって苦痛だったんだ……。


 あの力を譲渡した張本人としては心がチクンと痛むわね。イスハの言葉を受けると、心の空模様が微かに曇り始めてしまった。



『ちょっと!! レイド様が枷ですって!?』


『あぁ。そこは訂正しておかなければな』



 蜘蛛とリューヴが苦言を吐く。



「彼女達と行動を共にする内に自分の力の無さ、弱さ、矮小な拳に自分自身も憤りを感じていますから」



『そんな事ないだろう。レイドは十分やってるさ。なぁ?? ルー』


『そうだよ。所でユウちゃん、おっぱい重たい』


『おぉ。悪い悪い……』



 ルーの頭の天辺に乗っかる大魔王様達をよっこいしょと退かし、慎ましい距離へ身を置いて再び監視を続ける。



 私達は息を顰め、彼等の会話をじっと聞いていた。


 アイツは……。私達の足を引っ張っていると思っているらしい。


 馬鹿ねぇ。


 私達があんたに付いていっているのだから、気にしなくても良いのにさ。


 相変わらずクソ真面目なんだから。



『ねぇ。やっぱレイドって考え過ぎな所があるよね??』


 ルーが言う。


『我田引水なあたし達を纏めるんだから真面目なのはしょうがないけど……。そこまで気負う必要は無いと思うな』


『ユウの話す通りですね。私達はレイドについて行動をしています。ですから何も引け目を追う必要性はありません』



『全く、その通りですわ』


『主の足りない所は私達が支えればいいんだ』



 はぁ……。


 全会一致のようね。



『詰まる所、私達は今まで通りアイツを困らせればいいって事よね??』



 ルーの太腿をペチペチと叩きながら話す。



『困らせるのは問題ありますが……。大方その見解で間違っていないでしょう』


『だな――』



 何もかも考え過ぎだって。


 肩の力を抜いて焦らずゆっくり力を伸ばせばいい。そして、いつかは私達に追い付け。


 まぁ――……。その時は案外直ぐそこまで来ているかも知れないけどね。



 ちょっと慰めてやろうかな??



 …………。私っぽく無い、かな。



 萎れたボケナスに対して最強である私がどのようなありがたぁい言葉を掛けてやろうかと、地面の矮小な石を見つめながら考えていると。



「――――。と、言う訳じゃ」


「「「ギャッ!!!!」」」



 誰も居ない筈の空間から突然発生した声に心臓が飛び出しそうになった。


 イスハが私達の前に立ち、聞き耳を立てていた事に対して憤りを示すかの様に腕をムンっと組む。



「聞いての通り、あ奴は馬鹿者じゃ」


「知っているわよ」



 その事はこの場に居る六名の女性にとって周知の事実よ。



「じゃろうな。奴は一人で突っ走り、無茶をする」



 イスハの言葉を受けると、全員が無言で頷く。



「このままじゃと、あ奴は過ぎた力で身を滅ぼすかもしれん。仲間の為なら身を挺す覚悟もあるじゃろう。じゃがな、それに待ったを掛ける事が出来るのはお主らじゃ」



 此方へ向かって厳しい視線を向ける。



「儂からも頼む。レイドをしっかりと支えてやってくれ」



 あんれまぁ……。頼むと来ましたかっ。


 大魔と呼ばれ、種族の頂点に君臨する者から意外な言葉が出て来た。


 それ程アイツの事が大事なのかしら??


 まぁそれは兎も角、支えるという言葉には肯定出来るわね。



「任せなさい。アイツに力を与えた責任はちゃんと取るから」


「随分と頼りないが……。まぁ居ないよりかはましじゃろう」



 厳しい感情が溶け落ち、ふっと笑う。



「一言余計なのよ。さて、元気の無い雛鳥さんを励ましに行くとしますかね」



 股の間から体を引っこ抜き、体をグゥンっと伸ばして話す。



「貴女はハンカチでも悔しそうに食みながら私達の愛し合う姿を見学していなさい。私がレイド様をお支え致しますから」


「はぁ――?? 器用貧乏のテメェじゃあ大役は務まらねぇって言ってんだよ」


「な、何ですって!?」



 おっ!? やんのか!?


 風呂も入って、飯も……。半分吐いちゃったけども、十分に栄養を摂ったから負けねぇぞ!?



「まぁまぁ。それじゃ、行って来ます!!」


「は、放せ!! アイツのほっせぇ首をポッキリとへし折ってやんだからぁああ!!」



 ユウが私の背中をむんずっと掴み、蜘蛛へ向かって行こうとする行進を阻止してしまった。



「うむ。今の会話の内容は秘密じゃぞ?? 悟られぬようにせい」



「任せない!! こう見えて意外と演技派なのよ!!」



 舞台に立つ女優も私の演技を見たらきっとキッラキラに瞳を輝かせて演技指導を請うでしょうから!!



「それは無いな――」


「ユウちゃんの言う通りだねぇ」


「マイ、分相応の言葉だけで結構ですよ」


「カエデの話す通りだ。要らぬ言葉まで発しそうだからな」



「大根役者は畑を耕すのがお似合いですわぁ――」



 こ、こ、こいつ等ときたらぁ!!



「ふ、ふんっ!! 見ていなさい!? 一世一代の大芝居を演じてやるんだからぁ!!」



 ユウの腕を切り離し、何食わぬ顔。そして日常の歩行速度で萎びているボケナスの下へと向かって行った。










まだまだ悪天候が続く地域があり、そして年末年始に向けて忙しくなりますが体調管理には気を付けて下さいね。


それでは、皆様。お休みなさいませ。


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