第二話 初めて出会った魔物は龍でした
第二話です。
ここからいよいよ魔物達が現れます!!
都会を出発し、只管南へと向かう事早七日。
最終補給地点での補給を滞りなく済ませ、突入準備万端の姿勢で何も無い平原を馬に跨り移動していた。
「な、なぁ。あれ、だよな??」
視界が捉えたのは目に優しい緑が生い茂る広大な森の一角。
何も知らぬ者が見れば自然豊かな風光明媚の光景だろうが……。如何せん。偽りの美しさでは無く、恐ろしい真実を知っている者にとっては諸手を上げて綺麗だ――。と、馬鹿みたいに叫ぶ訳にもいかんのです。
固唾をゴクリと飲み込み、いつも通りの歩みを続けるウマ子へと問うた。
『その様だな』
「緊張してないのが羨ましいよ……。えっと、進路は……」
手元に地図を広げ、コンパスで進路を確認。
うん、間違いなく南へと向かっている。
「ウマ子。このまま進もうか」
『了解した』
目前に迫った森と平地の境。
意を決し、未知の領域へと足を踏み入れた。
――――。
うん、普通の森だね。
小鳥達の歌声が耳を楽しませ、柔らかい風が吹けば草木が揺れ心を落ち着かせてくれる。
入った途端に襲われるんじゃないかと考えていたけども……。何て事ないや。
「案外、眉唾ものだったんじゃないか??」
『何の話だ??』
ウマ子が此方を振り返る。
「ほら、魔物が潜んでいるって話だよ。こんな素敵な森に怖い生物が棲んでいるとは到底思えないって」
すぅっと息を吸い込めば、新鮮な空気が肺を浄化し。
心地良い風が緊張で汗ばんでいた皮膚を優しく撫でてくれる。
『そうか』
俺の言葉を受け、正面を向いてしまった。
「まぁ勿論警戒は続けるよ?? 視界の悪い場所で襲われ、囲まれたら一巻の終わりだし……」
そう話し、周囲へと視線を送る。
あの木の影から化け物が突如として出現し、俺達へと凶器を差し向ける。
続々と現れる異形の存在に囲まれ……。
「――――。やっぱ、ちょっとおっかないかも」
『どちらかにしろ』
彼女の溜息にも近い嘶き声を受け、不必要な安全を確認しながら南進を続けた。
◇
南進を続け、二日目。
初めての夜は流石に余り眠れなかったが、行軍に支障がない程度に体力は回復出来た。
この森を踏破するのは五日の予定。つまり、後四日で踏破せねばならぬのだ。
「うん、いいぞ。ウマ子そのまま進んでくれ」
『了解した』
彼女の背に跨りつつコンパスを確認するが、進行方向は以前変わらず南を指していた。
良い調子だ。
このまま何事も無く通過したいものだよ。
周囲を警戒しつつ馬に揺られていると、木々の間にぽっかりと空いた空間がふと現れた。
「おぉっ!! 泉か!!」
一切の汚れ無き澄み切った泉が現れ、思わず声を出してしまう。
今も脈々と湧き続けているのか、泉から零れた水が至る方向へと伸び。小さな川を形成。
周囲の緑の光景に相俟ってそれはもう心が酷く落ち着いてしまった。
「丁度良いや、休憩しようか」
昼と夕の狭間。
朝から今の今まで休憩なしで行軍して来たのだ。
ウマ子の体調の事もあるし、ここで一息ついても構わないだろう。
彼女に積載してある荷物を地面へと置き、そこから水樽の蓋を開ける。
『何をするつもりだ??』
泉の水を美味しそうに飲む彼女がこちらをちらりと見つめる。
「水の補給。そしてぇ!!」
上着を脱ぎ捨て。泉へと飛び込んでやった。
「ぷはぁっ! はぁ――!! 気持ち良い!!」
思った通りの透明度だ。裸眼で水面を覗いても端の木々を視界が捉える事が出来た。
いやぁ……。本当に気持ちが良い。
このまま水面に浮かんだままひと眠りしてやろうか。そんな油断大敵な気持ちさえ湧いてしまう高揚感に包まれていると。
「――――。ォォ……」
何か、聞こえたぞ。
鼓膜の奥をそっと刺激する音。
だが、その音は緩んだ気持ちを刹那に引き締める程の恐ろしさを持っていた。
泉から上がり、荷物の中から私服を取り出し颯爽と着替えを済ませ。支給された長剣を腰に装備した。
『どうかしたのか??』
「あぁ、ちょっと変な声が聞こえた気がして……。様子を見て来るからここで待ってて」
足音を殺し、音のした方角へと進もうとするが。
『止めておけ』
ウマ子が俺の裾を食み、行く手を阻む。
「安心しろって。見て来るだけだから」
ウマ子の目をしっかりと真正面で見つめ、額に優しく手を添えると。
『そうか……』
後ろ髪引かれる表情を浮かべつつも、放してくれた。
狂暴な野獣でも居るのか??
そうじゃないとさっきの声は説明出来ないぞ……。
人の心に容易く恐怖感を植え付け、体の芯から震わせる恐ろしい声。
これまで生きて来た人生は人に自慢出来る年数では無いが、そんな短い人生の中でも一度たりとも耳にした事がない声色であった。
目の前に立ち塞がる草木を慎重に分け入り、足元に転がる枯れ木を踏まぬ様に歩を進めていると……。
「グォォォォオオオ!!!!」
今度は確実にその声を体全体が捉えてしまった。
ずんっと腹の奥に響く重低音。
そして、屈強な戦士でさえ恐れを抱いて踵を返す声。
こ、こえぇ……。
一体、何が起こっているんだ??
恐怖心を勇気に塗り替え、前方から聞こえて来る激しい音の正体を確かめるべく。低くなった茂みの中へと匍匐前進で進んで行った。
それはまるで。燃え盛る真っ赤な炎であった。
森の中に現れた広い空間。深紅の甲殻を身に纏った大きな龍が雄叫びを上げる。
「グオオォォォォオオ!!」
龍を取り囲む大勢のオークを尻尾で薙ぎ倒し。
「グアアァッ!!」
頑丈な鋼鉄をも引き裂くであろう鋭い爪で、ドス黒い醜い豚の体を裂き。
「アァァァァッ!!」
巨岩を溶かす灼熱の炎を口から放射。
「ギィィィアアア!!」
醜い豚共が火炎を浴び、断末魔の叫びをあげると黒き灰へと還る。
異形の存在達の戦いに俺は素直に見惚れてしまった。
恐怖、畏怖、虞。
そんな負の感情は一切湧かない。寧ろこの感情は……。
憧れ。
そう、憧れだ。純粋な力の結晶体に俺は目を奪われ、心を打たれた。
す、凄い……。
あれが魔物と呼ばれる者の力なのか……。
「ギィアッ!!」
一体のオークが武骨な鉄の塊を、巨木と変わらない大きさの胴体の下に生えた太い脚部へと突き刺すが。
「グルァッ!!」
それを全く気にも留めず、上空からによる尻尾の痛打で叩き潰す。
そして、叩き潰された醜い豚は黒灰へと還った。
オークが致命傷、又は絶命に至る攻撃を受けると灰へと還るって本当だったんだ……。
訓練場で受けた指導がふと脳裏を過って行く。
多勢に無勢なのか。
終始優勢に戦いを進めていた深紅の龍だが、その勢いに陰りが見えて来る。
このままじゃ不味い。
あの龍は此処で死すべき存在ではない。
本能がそう察したのか、それともあの強さを少しでも近くで感じたいのか。頭で理解する前に体が反応し、左の腰から抜剣して龍の背後から攻撃を企てようとしていた一体のオークに襲い掛かった。
「食らえぇぇえ!!」
背の中央から一気に下段へ。
鋭い一閃が体を切り裂くと。
「ゥゥウ……」
耳障りな声を放ち、灰に還った。
「龍さん!! 余計なお世話かも知れませんが、助太刀させて頂きます!!」
話が通じるかどうか分からないけど。状況で理解して下さい!!
「…………」
深紅の甲殻に包まれた黒き瞳をぎゅぅっと細め、俺を一睨みする。
こ、殺さないでよ??
「……」
興味を失ったのか、或いは参戦を了承してくれたのか。
俺から視線を外し、再び戦いを開始した。
「ありがとう!! いくぞぉ!!」
眼前に迫る三体。
先頭の一体の喉元に切っ先を突き刺し。
「でぁああっ!! だっ!!」
絶命に至る直前の体を右足で蹴り飛ばす。
「「っ!?」」
突如として味方の背に突撃を阻まれた二体の動きが鈍る。
よしっ!! ここだっ!!
「ふっ!!」
鋭く間合いへと侵入し、右の個体の腹を裂き。
「ぜぁっ!!!!」
返す剣で左の個体の顎下から脳天へと突き上げてやった。
これで……。三つ!!!!
いいぞ!! 思い通りに体動く!!
初めての実戦で緊張して体が動かないと思いきや……。やはり、訓練は裏切らないな。
「龍さん!! このまま一気呵成に……」
残り十体程度に減ったオークを見渡し、深紅の龍へ振り返ろうとしたその刹那。
木々の間に隠れている巨体のオークの姿を視界が捉えてしまった。
通常個体は一メートル強。しかし、アイツはその倍の大きさ。注視すべきはそこでは無く、あの個体が右手に掴んでいる大きな鉄の槍だ。
投擲する構えを取ると、深紅の龍へその狙いを定めた。
う、嘘だろ!? 射殺すつもりか!?
俺は駆け出すと同時に、槍の射線上と龍の間に割って入った。
盾が無い以上、剣身の中央で受け止めるしかない!!
もってくれよ!?
巨体のオークが槍を投擲。
空気を真一文字に切り裂き、此方へと常軌を逸した速さで襲い来る。
受け止めてみせる!!
来いっ!!
右手で柄を握り締め、左手で剣身の背から支えた。
槍が着弾した刹那、腕から肩へと衝撃が走り抜け。迎撃は成功かと思われた。
「――――。グハッ……」
槍は剣を容易く通過し、正面に構えていた俺の体を貫く。
くの字に折れ曲がった体は槍と共に飛翔。
そして、槍の先端が何処かに突き刺さり。やっと宙から大地へと足を着ける事が出来た。
「ガアアアアアア!!」
――――。あ、龍さんの足に突き刺さったのか。
申し訳無い。君を守る事が出来なくて……。
龍が槍を引き抜くと、自然の摂理に従い俺の体が地面へと横たわる。
「ゴフッ!! ゲフッ!! はぁ……。はぁ……」
喉の奥から湧き上がる液体を吐き出すと、深緑の草に敗北の赤が付着する。
「ガァアアア!!!!」
龍さんが激昂したまま、巨体のオークへ襲い掛かる。
「も、も……。ガフッ!! ゴホッ……」
申し訳ないと、龍さん背中にそう述べようとも湧き続ける液体によって阻害されてしまう。
情けない。
悔しい……。
たったそれだけの言葉も言えないなんて。
あぁ……。眠い……。
どうしようもなく眠たい。
重い瞼を必死に開け続け、深紅の龍の戦いを瞳の奥へと焼き付けた。
俺もいつか、あんな風に戦ってみたかった。
強く、なりたかった。
誰かの為に、活躍したかった。
掠れた呼吸音が次第に弱まり、自分でも呼吸を続けているのか理解出来なくなる。
これが死、か。
恐怖云々よりも、己の実力の無さを呪った。
抗い続けていた瞼が閉じ、硬い地面が高級ベッドの柔らかさに感じてしまう。
もういい、抗うな。眠りに就こう……。
最後まで死に抗い続けていた意識が深い霧に包まれ、体の力がふっと抜け落ちる。
ごめん、皆……。俺、もう帰れな……。
同期達、そして俺の帰りを待つウマ子に謝意を述べると。全ての意識は底の見えない漆黒の闇へと落ちて行った。
最後まで御覧頂き、有難う御座いました!!
続きます!!