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第百四十九話 天使の御馳走、悪魔の御馳走 その一

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


それでは御覧下さい。




 痛む背に鞭を打ち平屋に到着すると痛い、疲れた等々。負の感情を彷彿させる単語を述べずに食事の準備を開始した。


 先ずは座布団を敷きましょうかね。


 毎度毎度率先して動くのは自分だけですが、今日は文句を垂れません。


 あの化け物へ挨拶を伺っている時も彼女達は術式構築並びに辛い昼食を済ませたのですから。俺が一人でテキパキ作業を続けるのはやむを得ない、とでも申しましょうか。



 部屋の一角に積まれている座布団を人数分用意してだだっ広い大部屋へ円状にテキパキと並べて行く。


 えっと、エルザードも帰って来るって言っていたから八枚か。



「ちょっと――。早く座布団持って来てよ――」



 マイが大分崩れた姿勢で間の抜けた声を上げる。


 だらけ切った姿を見ると先程やむを得ないと判定した感情でも多少なり義憤も沸いて来ようさ。



「自分で用意したらどうだ??」



 女性らしからぬ姿勢を保持する横着者の前に座布団を置きながらそう話す。



「魔力を使い切ってヘトヘトなのよ。御飯までだらけてよ――っと」


「レイド、あたしにも座布団」


「はいはい」



 横着な姿勢の隣で寛ぐユウには丁寧に手渡しで渡してあげた。



「魔力を使い果たすって相当辛いの??」


「そりゃもう……。カラカラに乾ききった体へ、更に乾いた砂を流し込む感じだよ」


「ユウ、それ納得」


「だろ??」



 手を合わせ、心地良い乾いた音を響かせる。


 今の言葉で走り込みの時、ユウと交わした会話が不意に過って行く。



「完成間近の魔法陣が消し飛ぶ感覚をさ。朝の走り込みの時ユウと話していたんだ」



「ほぉ――ん??」



 おいおい。


 だらけきるのも大概にせい。


 座布団を枕代わりにし、剰え俺に足を向ける始末。


 疲れているのは分かるが、もう少し姿勢ってのがあるでしょうに。



「で、俺はその感覚の事を。生も根も尽き果てている時に新たな敵が現れるって話たんだけど違うと言われ。ユウは空腹で倒れそうな時に目の前の御馳走が消えると話したんだ。この違いは一体何??」



 ついでだし、マイ達の難解な思考を確かめてみたいと考え。草臥れ果てた大根の成れの果てに問うた。



「あぁ、そういう事。生も根も尽き果てている時、新しい敵が来たらワクワクするじゃない?? よっしゃ!! もう一丁!! ってな感じで」



 いやいや。


 普通、逆だから。



「んで、御馳走が消えるのは読んで字の如く。絶望よ……。手も足も出ない敵より、私は御馳走が消える方が辛いわね」



「よぉ。流石だな」


「任せなさい!!」



 再び手をパチンと合わせ、互いの価値観の合致を祝った。


 両名にとって窮地は寧ろ歓迎って事なのね。


 その姿勢は見習うべきだとは思うが……。


 海岸に打ち上げられ、カッピカピに乾燥しただらしないワカメみたいな体勢は反面教師にすべきだ。


 円滑に座布団を並べ終えると、昨日と同じ位置に座り息を漏らす。


 昼飯を抜いた所為かそれとも怪我の回復を望んでいるのか。腹の虫の機嫌が悪い……。


 今も早く栄養を寄越せと声高らかに俺へと忠告していた。



「隣、座るわよ――」


「どうぞ」



 エルザードが帰って来ると当然の様に俺の右隣へ座る。



「師匠の所に行っていたのか??」


「そうそう。明日はアイツが担当だからその引継ぎ。はぁ、お腹空いたっ」



 足を投げ出して座布団に座るとちょいと短めのスカートから美味しそう……。ではなくて。


 大変目に宜しく無い白い太腿が御目見えしてしまった。


 う――む。


 ここにいる数名の方々はもう少し姿勢を正す事を覚えた方がいいのかもしれないな。


 仮にも自分は男性な訳であって、決して人畜無害では無いのですよ??



「みなさ――ん!! お待たせしましたぁ!!」



 淫魔の女王様の御御足をさり気なく、そして何気なく横目で窺っているとモアさんが毎度御馴染の御櫃を引っ提げ大部屋の中央へと推参。


 いつもは気が滅入る所だが腹の虫の機嫌もあってか。今は心が躍り気持ちが逸ってしまう。



「待ってましたぁ!!」



 今のは馬鹿げた声量は勿論、龍の歓喜の声。


 新しい玩具を目の当たりにした子供みたいに目を輝かせ馨しい香りを放つ白米の山を見つめていた。



「ふふん。今日の夕食は……。何んとぉ、鰻丼にしてみました!!!!」



 えっ?? 今……。何んと仰いました??



「鰻丼って何よ??」



 マイが口からはみ出る涎を拭いつつ話す。



「古の時代より疲労回復、滋養強壮の食材として知られ。人だけでは無く、魔物も食して来たと言われています。この食材の調理は難しく、熟練の技が必要とされますが……。私は何度も失敗を重ね、辛酸を舐め、それを克服しました!! タレの味と調合、炭火でしっかりと余分な脂を落としほっくりと焼き上げる。ここまでの境地に至るのにどれだけの労力を費やした事か……」



 モアさんが細い腕を組み、己の苦労を肯定するかの様に目を瞑って大きく頷いている。



「ま、まさか。鰻を食べられるとは……」


 俺は彼女の言葉を受け唖然として言葉を漏らした。


「レイド、鰻食べた事あるの??」



 左隣のカエデがパチクリと数度瞬きをして問う。。



「今まで生きて来た人生の中で数回程しか食べた事は無いが……。あの味は忘れる筈が無い。甘くそしてちょっとだけ辛みが残るタレが掛かった鰻。それをホカホカの御飯と一緒に食べると……。これ以上は食べてからのお楽しみって事で」



 御祝い事や、生活の区切り、そんな時にしか食べられないと思っていた鰻丼。


 それが此処で食べる日が来ようとは!!


 まぁ。鰻が高いってだけで裕福な人はお金さえ出して。季節が合えばいつでも食べられるんだけども……。


 生憎、自分はド庶民ですので高価な食材を食らうよりも普遍的な食材が似合うのです。



「私も久々に食べるわね」


「エルザードも食べた事あるの??」


「どんだけ長生きしていると思っているのよ」



 そりゃそうか、三百年以上も生きているのだしその機会は多々訪れたでしょうね。



「モア――。鰻と丼持って来たぞ――」



 メアさんが大きな木の箱を持って平屋に入って来ると食欲をそそる匂いが部屋に充満し俺達の気持ちを悪戯に刺激する。



「わぁ……。良い匂い」


「あぁ。これは素晴らしいな」


「は、早く開けなさいよ!!!!」



 鼻の良い三名にとってこれは生殺しだろうなぁ。


 俺でさえこれ程気持ちが逸っているのだから。


 ルー、リューヴ、マイの三名が気持ちを抑えきれずに木箱の周囲に集まった。



「言っておくけどな?? これだけの鰻、用意するの大変だったんだぞ??」



 畳の上に巨大な木製の箱を置きながらメアさんが話す。



「ありがとうね。態々御馳走を用意してくれて」


 彼女達の苦労に対して労いの言葉を放つ。


「どういたしまして。ほら!! 存分と御覧あれ!!」



「「おおぉぉぉぉ!!!!」」


「フェィヤ――――ッ!! モフフホォォォォン――!!!!」



 箱が開けられた瞬間、狼の二名が目を輝かせて箱の中を覗き込み。


 朱の髪の女性は両手に拳を作り、形容し難い言葉を高らかに叫びつつ拳を天へ掲げてしまう。


 普段なら大袈裟だと言ってやるのだが、鰻の味を知っているこの体はあの馬鹿げた行動を取るのも致し方あるまいと納得してしまった。


 あ、でも。


 ちょっと五月蠅いからもう少しだけ慎ましい声量で叫んでくれませんかね。



「すっごい美味しそう!!」


「凄まじい程の良い香りだなっ!!」


「あらふぁぁんっ……。匂いだけで無限に白米を御飯食べられそう……」



 ずんぐりむっくり太った雀さん?? それはどうかとは思いますよ。



「私が御飯をよそって、タレをかけますから。お代わりは幾らでもあるので遠慮なく仰って下さい!!」



 言うが早いか、早速丼に御飯を盛りつけ。この世の贅を知り尽くした神の舌をも魅了してしまう美麗さを放つ鰻を乗せる。


 そして、鰻丼の根幹であり味の決め手となるタレを此方に見せつける様に垂らしていく。



「ジュルリッ!!!! な、何て綺麗なのかしら……。この輝きは世界最高の宝石の値段すらも凌駕する価値があるわ」



 マイが溢れ出る気持ちを抑えられないのか、涎を拭う仕草をする。


 いや、涎出ているな。畳に矮小な染みが出来ているし。



「はい、先ずはエルザードさんからです」


「ん――っ!! 良い香りね」


「有難う御座います。ほら、皆さん。順番にお並び下さい」



「おうよ!! 退けぃっ!! 私が一番なんだからっ!!!!」



 マイがルーを押し退けて強引に先頭を勝ち取ると。



「痛っ!! ちょっとマイちゃん!! 私が先頭に並んでいたんだよ!?」


「気を抜く方がわりぃんだよ。今の世の中は力が全てさっ」


「無茶苦茶じゃん!! カエデちゃんもそう思わない??」


「マイの言う事は強ち間違ってはいませんね」


「えぇ……。ってか、カエデちゃんも私を抜かしたよね??」


「気の所為ですっ」



 食事時に珍しく鼻息を荒げている二着の海竜さんとまだ納得のいかない狼さんの後方へ静かに、そしてお行儀よく並び始めた。



「レイド様っ。鰻丼はどんな味がするのですか??」



 後ろに並ぶアオイが此方の肩を楽しそうに突いて話す。



「ん――。一度食べたら忘れられない味……かな?? モアさんが言った通り、体に良い食材だから安心して食べていいよ」


「そうなのですか……。何分、初めて食す物ですから想像がつきませんので」



 蜘蛛の御姫様?? そこは痛いからもう少し上を突いて下さい。


 まだ完治した訳じゃないのですよ??



「これだけの香りを放つ物が不味い訳は無い。主の言う通り安心しろ」



 アオイの後ろ。出遅れてしまったリューヴが順番を待ち侘び心急く思いで体を動かしていた。



「はぁ――い。レイドさん、お待たせです!!」



 待っていましたぁぁああ!!


 大きな丼に数本の鰻が横たわり艶やかな輝きを放つと食欲をグングンと湧かせてくれる。



 くぅっ!! これだよ、これぇ!!!!



 至極の宝を受け取ると元の位置へと素早く戻った。


 ふわぁっと鼻腔を抜けるタレの甘辛い香り。米から立ち昇る蒸気が否応なしに唾液を分泌させて早くそれを寄越せと体が勝手に動きそうになってしまうが、皆が揃うまでもう少しの我慢だ。



 こ、これをお店で食べたら一杯の値段は一万を優に超えるでしょうねぇ。


 それだけ値が張る高級食材が食べ放題なのですよ!?


 初めてかも知れない。この場所で、心の中でこれでもかと拳を握ってしまったのは。



「皆さんに行き渡りましたね?? それでは、召し上がって下さい!!」


「「「頂きます!!」」」



 モアさんの言葉を受け食に礼を述べると箸を手に取り、鰻をそっと優しく持ち上げる。



「おぉ……」



 綺麗に捌かれた鰻の見事な断面が現れ生唾を飲み込むと早速口に迎えてあげた。



「――――。う、美味いっ!!!!」



 これは声を上げずにはいられない。


 ふっくらとした身にタレが絡み、噛めば甘味と鰻の味が染み出て来る。


 そして、タレが掛かった白米を口に運べばどうだろう。


 いつまでもこの行為を繰り返し行えると錯覚してしまうではないか。



「もいひ――!! ユウちゃん、これ美味しいね!!」


「あぁ!! こんな美味い物初めて食べたぞ!!」


「本当に……。美味しいですわ」


「私でも沢山食べられそう」



 各々が感嘆の声を上げる中。


 いつもの声が聞こえない事を不思議に思い、マイの方を見つめた。



 何を思ったのか。


 アイツは一口食べてから微動だにしない。



「どうしたんだ?? マイ」



 ユウが俺の思いを代弁してくれた。



「…………は」


「は??」



「は、初めてよ。一口食べて動けなくなったのは……」



 何だろう??


 龍にとって鰻は毒なのかな??



「鰻に掛かったタレが私を空へ誘い、魅惑の桃源郷へと誘うのね?? そこにいるのは純白のベッドでこちらを誘う鰻さん。駄目だわ……。この料理は人を、魔物を狂わす代物よ!?」


「大袈裟ですよ」



 モアさんが褒められて満更でもなさそうな軽い笑みを浮かべながら話す。



「そこにある御櫃だけじゃ足りないかもよ?? 今日、私は自分を超えるわ!!」



 毒じゃなくて美味過ぎて動けなかったのか。



「バッフォ!! ガッフォ!! オホホホ――ンゥ!!!!」



 鬼の形相で米を掻っ込み、咀嚼して飲み込めば満面の笑顔になる。


 忙しい奴め。



「発情期の狼の遠吠えか」


「ちょっと、ユウちゃん。発情期の狼の遠吠えはもっと遠くまで響くよ??」


「へぇ、そうなんだ」


「やってみようか!?」


「五月蠅いからけっこ――」




「んっ。美味しい……」



 隣で小さな顎を動かしているエルザードもご満悦の様子だ。


 トロンと目尻を下げて美味そうに咀嚼を続けている姿が猛烈に食欲を誘う。


 その勢いに任せて頂きたいのですが……。



「エルザード」


「ん?? なぁに??」


「その……。昼はありがとうな。力を貸してくれて」



 まだ彼女に対して礼を述べて無い事に気付き。右手で持つ丼を畳みの上に置いてたどたどしく話した。


 実際、エルザードがいなければどうなっていた事やら。



「どういたしまして。まぁレイド達を鍛える事が私の仕事だから。別に礼なんか言わなくてもいいのよ??」


「ほら、何んと言うか。けじめ?? みたいなもんだよ」


「相変わらず、真面目なのねぇ」


「そりゃどうも」



 再び丼を手に持ち、気まずさを隠す様に食べ始めた。



「お代わりぃぃいい!!」


「はぁ――い」



 マイはもう二杯目か。


 早いなぁ。


 これだけ美味いんだ、その気持は分からないでも無かった。



「さっき、クソ狐と話していたんだけどさ。明日からは龍の力を制御して、使い熟す訓練に重点を置くみたいよ。まだ不慣れかもしれないけど、振り回されない様に気を付けて」


「ん――。ふぁふぁった」



 甘くそして時に少しだけ辛い鰻とタレを咀嚼しながら答える。



「もうっ、そうがっつかないの。ほら、米粒付いているわよ??」


 そう言いながら手を伸ばして。


「――――。ねっ??」


 口元にそっと指を添えるとタレが掛かった白米の一粒を指に取り己の口に運ぶ。


「もうしふぁけない」


「ちょっと!! 近過ぎですわよ!!」


「いでっ!!」



 アオイがエルザードとの間に無理矢理体を捻じ込んだ勢いで丼が前歯に当たってしまったではありませんか。



「いいじゃない。こういうのは気付いた者勝ちなのよ」



 そういうものなのだろうか??



「は――い。鰻の追加と出し汁お待ち――」



 メアさんが魅惑の箱を引っ提げて平屋に戻って来る。


 出し汁と言っていたが……。何に使うんだ??



「はい、皆さん。味の変化が待っていますよ――。鰻丼にこの出し汁と細かく刻んだ葱を掛ければ、あら不思議。サラサラとした味が御目見えと相成ります」



 モアさんが鰻丼に葱、山葵を優しく乗せ急須に入った出し汁を掛けて行く。


 するとどうだろう。


 視覚、嗅覚、果ては脳を刺激する料理に早変わりするではないか。



「モ、モア!! それを全部私に寄越しなさい!!」


「うふふ。皆さんも食べるから全部は駄目ですよ――」


 よぉし。


 絶対、二杯目はあれにしよう。勿論、大盛でね!!



「あ、因みに……。この食べ方をしたければ鰻丼を最低でも三杯食べて下さいね――」


 おっと。そう来たか。


 ならば受けて立とう。


 今日の俺は一味違うのだからな!!!!


 昼御飯を抜いた所為か、まだまだ余裕がある。寧ろ、食べれば食べる程腹が空いて来るのですよ。



「お代わりだ!! む……。レイドもお代わりか」


「ふふ。ユウ、勝負だ!!」


「返り討ちにしてやるよ!!」



 鰻丼を受け取り、颯爽と定位置……。



「レイド様ぁ。此方に御出で下さいまし――」



 では無くて、少しだけカエデ方面に座布団を寄せて腰かけた。



「んもぉ――。辛辣ですわねぇ」


「近過ぎると食べ辛いでしょ?? ん??」



 ふと、左を見るとカエデが食べあぐねている御様子。


 昼も食べた後にこの大きな丼。


 少食の彼女にとって流石に厳しいか??



「カエデ、もうお腹一杯??」


「いえ、味を吟味しています。これ程の物。中々口にする事は出来ませんから」


 あぁ、そういう事。


「焦らないでいいから沢山食べてね??」


「んっ」



 小さな口へ、これまた小さな白米の塊を運ぶ。


 上品に食べるなぁ。

 

 カエデに食べられるのなら鰻丼も本望だろう。


 それに比べ……。



「うんぬぅぅ!! お代わり!! 今度はそのお茶漬けで!!」


 早々と三杯を終え、お代わりを要求する龍に視線を移す。


「早いですねぇ。もうちょっと味わって食べたら如何ですか??」


 同感です。


「悠長に食べていたらお代わりが無くなるでしょ!! これは……。限界を超えて詰めなきゃいけない物なの!!」


「そう言って頂けると、作った側としては嬉しい限りですね。はい、どうぞ」


「うぇへへ!! やったぁ――!!!!」



 湯気が立ち上る鰻丼を喜々として受け取り、元の場所へと戻って行った。



「ほほう?? これまた美味そうね……。はっちぃ!! はふっ……。んふふぅ……。ふまぁいぃ」



 だらしなく目尻を下げて食う姿が妙に似合うな。


 良し、俺も気合を入れて食を進めようとしましょうか!!


 猛烈な勢いで箸を動かし、口内の収容範囲を大幅に超える米と鰻さんをぎゅうぎゅうに押し詰め咀嚼していたその時。













「あ、そうだぁ。御口直しのアレを持って来なきゃ……。メア、ちょっと代わって」


「はいよ――」



 入り口付近に立っていたメアさんに話し掛けると、恐ろしいまでの静かな歩行で平屋の玄関口へと向かって行く。


 今、アレって言ったよな??


 不吉な単語が今まで快調だった箸の動きがピタリと止めてしまった。


 横目でちらりとカエデの様子を窺うと。



「……」



 彼女もモアさんの単語を拾ってしまったらしいですね。


 箸で鰻を掬った状態で固まり、意気消沈した視線を畳の縫い目に合わせて微動だにしていない。


 あ、いや完全に活動停止している訳ではなくて。獰猛な野獣に睨まれた草食獣みたいに細かく肩が震えていますね……。



「メアちゃん!! お代わりね――!!」


「はいはい。良く食う狼だな」


「えへへ。まだ沢山食べるからね!! リュー、もっと食べないとおっきくならないよ!!」


「分かっている!!」


「美味しいですわねぇ……」


「よっしゃ!! 三杯目終わり!!」


「ユウ……。これもふまいわよ??」



 俺とカエデの周りだけの空気が沈んで淀み。他の場所は明るく朗らかに晴れ渡っている。



 くそっ……。


 聞くんじゃなかった。



「うふふ……。誰が当たりを引くのかなぁ……」



 不穏な言葉を残して平屋を出て行くモアさんの後ろ姿を唖然として見送る事しか出来なかった。



「カエデ。聞いた??」


「聞いてしまいました」



 その暗い表情を見れば一目瞭然ですよね。


 何か……。対処策は無いのだろうか??




「仮病使って寝たふりでもしようか??」

「叩き起こされて、口に捻じ込まれます」



「腹痛と言えば??」

「食えば治ると言われて、口に捻じ込まれます」



「し、師匠の母屋に避難するとか??」

「呼び戻されて、口に捻じ込まれます」



「八方塞がりじゃないか!!」



 くそっ!! 何重にも対抗策を練ろうが結局の所。口の中にあの悪魔の御馳走が捻じ込まれてしまう事に憤りを覚えて思わず声を荒げてしまう。



「どうしたの??」


 呑気な声でエルザードが問う。


「あ、いや。何にも……」



 皆は知らないから呑気にしていられるんだ。



「助かる為には、当たりを引かなければいいのです」


「そんな事言っても……」


「当たりの確立は八分の一。現実的な数字です」


「その当たりを毎回引いている俺はどうすれば??」



「…………っ」


 そこまで話すと言葉を切り、気まずそうに俺から視線を逸らしてしまった。


「ちょっと!! 何とかしてよ!!」


「私も何んとかしてあげたいのですが。こればかりはどうしようも……。運に任せるしかありません」



 運か……。


 端的に言えば人智の及ばない所で俺の不幸が示し合わされているのさ。


 全ての事象は必ずある原因によって引き起こされる。襲い掛かる不運を捻じ曲げようと画策するが、原因が自分にある限りそれは不可能かもしれないな……。


 恨めし気に明るい光景を羨望の眼差しで見つめつつ、鰻丼を掻き込みながら一人静かにアレから逃れる術を考え続けていた。




最後まで御覧頂き有難う御座いました。


後半部分は現在編集作業中ですので、今暫くお待ち下さいませ。

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