第百四十六話 喧しい女神達の夜遊び その一
お疲れ様です。
本日の投稿なります。
それでは御覧下さい。
あの恐ろしい顔から逃げ帰る様に畳の上へと駆け上がり、誰よりも先に師匠の前へとキチンと足を折り畳み。
一人静かに天へと向けて背筋を伸ばした。
「何を慌てておるのじゃ??」
此方の様子を怪訝に感じたのか。
師匠が数度瞬きを繰り返して小首を傾げる。
「この体が師匠の有難い御言葉を所望しておりましたので……」
あの人の恐ろしい笑みから逃亡して来ましたと、女々しい言葉は言えず。
無難な言葉で茶を濁しておいた。
も、もう出て行ったかな?? 恐る恐る玄関口へ振り返ると……。
アノ恐ろしい表情を浮かべる彼女の存在は確認出来ず。完璧に閉じられた戸だけが寂しそうに俺を見つめていた。
はぁ、良かった……。
これで師匠の御話を集中して聞けるよ。
「これ、早く来ぬか」
「は、腹が重過ぎて……」
「そ、そうよ。あんた達が食べない分、私とユウが食べたんだから……」
龍とミノタウロスが地面の上を懸命に移動する芋虫の如く蠢き藻掻き苦しみながらやって来るので。
『どれぐらい食べたんだ??』
師匠の機嫌を損なわせないよう、さり気なく隣に命辛々到着した両名に聞いてあげた。
「えっと……。あたしは丼十杯と大量のおかず……」
「私は丼十五杯よ……。ここの丼、大きいから好きなんだけど。流石にやりすぎたわ……」
食い過ぎですよ――っと。
マイの言う通り、ここの丼は俺達が通常使用している器と比べ凡そ倍程度の大きさだ。
それを十五杯も。
パンパンに腹が膨れるのもやむを得ないといったところか。
「では、明日からの予定を伝える」
おっと。
此処からは真面目な御話ですので気持ちを切り替えましょう。
「今日からお主達を鍛える訳じゃが、先も申した通り今回は二人体制でお主達の面倒を見る。初日は既に儂が担当、明日はエルザードが魔法の指導を行う。体術と魔法、一日置きでそれを繰り返す予定じゃ」
成程。
師匠が指導を行うのは明後日、という事か。
しかし、一つだけ気掛かりなことがあった。
それを伺おうと思い、おずおずと右手を挙手する。
「何じゃ??」
師匠が俺の手を見付けると小さく頷き、発言の許可を与えて下さった。
「申し訳ありません。自分は魔法を使用出来ないので……。何をすればいいのか」
「気にしないで?? ちゃんとレイド用に考えてあるから」
「そうなの??」
師匠から少しだけ距離を置いて立つエルザードが此方を見下ろす。
「もう凄いわよ?? ビンビンになって足腰立たなくなっちゃうかも??」
そっち方面の指導を請う訳ではありませんので。
「品行方正且適切な指導をお願いします」
丁寧な角度で頭を下げて此方の要望を伝え終えた。
「起床は六時、食事の前に訓練場を二十周走り込みじゃ。朝食を摂り、暫し休憩した後こやつから指導を行う。覚えたか??」
「「「は――――い」」」
マイを含めた数名が気の抜けた声を上げる。
「じゃから伸ばすなと言っておる……。今からは自由時間じゃが就寝する前に必ず風呂に入る事。汗臭くて堪らんわ」
自分では気づかないかも知れないが、師匠達から見ればそうなのだろう。
俺も臭いかな??
訓練着の袖に鼻を近付け、何気なく嗅ぐが……。
う――ん。特に嫌な匂いはしなかった。
「儂達は裏の母屋で指導について話し合いをする。何か質問があれば遠慮なく尋ねて来い。明日も早いが、寝坊はするなよ?? ちゃんと見ておるからな??」
「じゃあねぇ――」
此方に釘を差して平屋の出口へと向かって行った。
俺達は休んでいても、師匠達はまだこれからもやる事はあるのか。
大変だな。
「ちょっと。くっさい尻尾、邪魔なんだけど??」
「貴様のブヨブヨした肉の匂いこそ邪魔じゃ」
「はぁ!? 喧嘩売ってんの!?」
「貴様が先にちょっかいかけて来たのじゃろうが!!」
楽しく喧嘩を交わしながら出て行く後ろ姿を、若干微笑ましい笑みを浮かべて見送りつつそう考えた。
「はぁ――。つっかれたぁ!!」
師匠達の姿が見えなくなると、ルーが大の字で天井を仰ぎ巨大な溜息を宙へと放つ。
「これでまだ初日かぁ。先が思いやられるな」
そしてユウも彼女に倣い同じ姿勢へと変化。
両名のだらけた姿が本日の訓練の全行程の終了を告げた。
「そう嘆くなって。リューヴ、どうだ?? 初めて此処に来た感想は??」
お腹が引っ込んで楽になったのか。狼の姿でクルンっと丸まり、楽な姿勢で休んでいるリューヴに聞いてやる。
「ここは素晴らしいぞ?? 正に、体を鍛える為にだけ作られた場所だ。あの巨大な街の様に喧しくも無いし、集中して事を進める事も出来る。完璧だ」
そう言い、何度もしみじみと大きく狼の頭コクコクと動かしていた。
「も――。リューの頭の中はそれしかないの??」
「他に何を考える事がある。そもそも、私達は強者と出会い己を鍛える為に里を出ているのだ。父や母も、今の私達の行動を聞けば目を細める事だろう」
「あ――はいはい。そうですねぇ――」
彼女の耳に痛い言葉から逃げる様に寝返りを打つ。
「そう言えば、母親で思い出した。マイの母親……。フィロさんだっけ?? それとフォレインさんも師匠達と知り合いなんだよな??」
リューヴの言葉を受け、昼に師匠が話していた内容が甦る。
「そうそう!! あたしも聞いて驚いたよ。マイ達は母親から何か聞いていないのか??」
ユウが隣で腐って溶け落ちた卵黄みたいにクタクタになって横たわっているマイへ尋ねた。
「さぁ?? 母さんがどんな付き合いをしているか聞いた事無いわよ。ユウ、お腹借りるわね――」
「私もですわ。ですが、母の強さの秘密が少しだけ分かった気がしますわね」
「フォレインさん余り自分の事を進んで話しそうな気はしないからね。マイの母親ってどんな人??」
ちょいと気になったので。
「母さん?? ん――……。説明するのが難しいわね。何て言えばいいか……」
「苦しいから退け」
「良いじゃん別に!!」
何とかしてユウの腹に後頭部を乗っけようと画策している愚か者に尋ねてみた。
「優しいのは優しい。でも、道理に反した事をするとすっげぇ怒る。父さんはどちらかと言えば寡黙で、母さんはまぁ普通に話す方かな。んで、二人共ものすっごくつえぇ」
「強い?? どの程度だ」
武に関連する言葉に過剰反応を示した狼さんがワクワク感全開でユウの腹枕を勝ち取った彼女へ問う。
「父さんは継承召喚出来て、母さんは出来ないんだけど。喧嘩の度に父さんをぶちのめしていたわね」
「いや、女性に暴力を振るう男性は駄目でしょ」
多分、マイの父親は優しい人なんだな。
確実に勝てる方法があるってのにそれを使用しないんだし。
「あ――。そう言えば父上も母上によくボコボコにされているな」
「ユウの所と似たようなものね。速くて強くて、カッコイイ。簡単に言えばこんな感じ。小さい頃から事ある毎にしばかれたもんさっ」
「あ――、はいはい。だからかぁ」
「ん?? ルー、何か分かったのか」
しんみりと頷く狼さんに問う。
「あ、ほら。マイちゃんはお母さんと一緒に居ると怒られるから大人しくしている訳で。親の目から離れた今だからいっつも自由に怒っているんだなぁって」
「「「あ――……」」」
ルーの的を射た言葉に受けると、この場にいる全員が声を合わせて大きく頷いた。
「ちょっと!! 何勝手に納得してんのよ!!」
俺達に憤りを感じたのか、語尾を強めて眉間に皺を寄せる。
そういう所ですよっと。
「とある人の下で切磋琢磨していたって言っていたけど。どんな人かな??」
ルーが徐に話す。
これも興味がある。大魔である師匠達を鍛えた人物だ。
余程の大物なのだろう。
「時代的に言えば相当前の話、ですよね??」
カエデが本から顔を上げて話す。
お、あの本。
通りで会った時、大事そうに抱えていた奴だな。
「そうだろうね。三百年以上生きているって言っていたから……。三百年程前の人物だろうか??」
幼少期の頃から共に鍛え、そして現在に至る。
そりゃ強い訳だよ。
こちとら二十数年しか生きていないんだから、歩んで来た歴史の差は歴然としているからね。
「どうせとんでもない化け物だって。目何かこんな鋭くってさ」
ユウが指で目尻を上げ、わざとらしく釣り目にしている。
「些か失礼だろ。存命なら会ってみたいなぁ」
それで師匠と共に鍛えてもらおう。
幼少期の頃の師匠達の様子も気になるし。
あ、でも聞いたら怒られそうだし黙っていた方がいいな。
「大魔なら生きてんじゃないの?? どこの誰かは知らないけどさ」
マイが言う。
「分からないぞ?? いくら大魔といえど、寿命はある。それに約三百年も前の話だ」
「レイド様の言う通りですわ。まぁ存命でしたら、母の幼少期の頃を伺いたい気持ちはありますけど……」
「フォレインさんの幼い頃か……」
先日、アオイの故郷で出会った思い出が頭の中に浮かび上がる。
白雪の様に美しい白髪、憂いを帯びた瞳と端整な顔立ち。若い頃でも今と変わらず、綺麗なんだろうなぁ。
「レイド様?? まさかとは思いますが……。私の母を思い出し、悦に浸ってはいませんよね??」
こちらを少しばかり鋭い視線で見つめる。
「悦って。まぁ、顔が浮かんだのは確かだけどさ」
「まぁ!! 私でそれを塗り替えて差し上げますわ!!」
獲物を捕らえた猛禽類の瞳を浮かべると、四つん這いの姿勢で此方へとにじり寄る。
「まぁ、それはさて置き」
「あんっ。レイド様のご尊顔が見えませんわっ」
横着な行動をする前に接近し続けるアオイの顔を傷付けぬ様に手で制すと、立て続けに口を開いた。
「師匠とエルザード、マイの母親にフォレインさんと、そして件のミルフレアさん。この五人の中で誰が一番強かったのかな??」
「そりゃ勿論、私の母さんでしょ。龍の血を引く訳だし??」
「冗談は胸の薄さだけで結構です。当然、私の母親ですわ。レイド様ぁ、この手ぇ。邪魔ですわよ??」
「うす……!? おいおい、口が滑るのも大概にしておけよ!?」
「あ――ん!! 薄氷が襲い掛かってきますわぁ!!」
「んぶっ!? は、離れなさい!!」
「んっ。丁度良い塩梅の吐息がお腹にっ」
アオイが蜘蛛の姿に変わると、後ろ脚の二本を器用に動かして顔へ飛びついて来たので。
へばり付いた蜘蛛の胴体の先の八本の節足を丁寧に一つずつ解除し始めた。
「似たようなもんだろう。あたし達も同じくらいの強さなんだし??」
ユウがその場を宥めようと声を上げたのですが。
「「同じくらいぃ……??」」
どうやら逆効果だったですね……。
恐ろしい龍と強面狼さんが同時に恐ろしい声を放つ。
「そんな睨むなよ。ま、腕力はあたしが一番だけどさっ」
「ちょっとぉ?? そこの二着さん?? 前回の腕相撲大会の事をお忘れで??」
「はぁぁ?? 二着だぁ??」
マイの言葉に眉がぴくりと動く。
宥めた人が挑発に乗りなさんな。
ってか!!
「んふふ。離れませんわよ――」
中々離れないな!! この硬い節足!!
「あれはなぁ。カエデが変な事しなきゃ、あたしが優勝したんだよ!!」
足枷となった本人としては大変気まずい思いですね。
きっと恐ろしい顔を浮かべて俺を睨んでいる事だろう。蜘蛛が顔面に貼りついていて幸いです。
「うぷぷ。負け惜しみですかぁ??」
「上等。ここで決着付けてやるよ」
ドスの効いた声で横着な龍を挑発。
そのまま嵐が発生するかと思いきや。
「残念でした――。次の大会まで私は参加しませんので。じゃあお風呂行こうかな!! おっさき――!!」
勝ち誇った台詞を吐くと、脱兎の如く平屋を後にした。
「おら!! 待て!! 逃げんな!!」
それを恐ろしい足音を奏でながらユウが追う。
「はぁ。喧しいですわね……。レイド様、御風呂先に頂きますわね??」
「ぷはっ、了解。帰って来るまでに皆の布団敷いておくよ」
やっと剥がれた……。
「助かりますわ。あ、レイド様と私の布団はくっつけておいて下さいませ」
「俺はあっちで寝るから……」
大部屋の隣、小部屋の方へ視線を移す。
「え――。レイド、一緒じゃないの??」
「あのなぁ、ルー。年頃の女の子達と雑魚寝する訳にはいかんでしょう?? それに皆を預かっている身だからおいそれと不遜な行為は出来ないの」
「そうですわよ?? レイド様と共に夜を明かすのは正妻である私のみ。お邪魔虫はお呼びじゃないのです」
もしもし、蜘蛛の御姫様?? 話、聞いてた??
「まぁいっか。カエデちゃん、お風呂案内してよ」
「分かりました。行きましょうか」
カエデが本を置き、重い腰を上げて平屋の玄関口へと向かって行く。
「では主、行って来る」
「レイド様。行って参りますわね」
「あいよ――。ゆっくり浸かっておいで」
カエデを先頭に皆が出て行くと寂しい静寂がガランと広い畳の部屋を包む。
はぁ……。
やっと静かになった。
明るくて喧しいのは俺達らしいが、疲れた体にそれは少しばかり堪える。
嫌いじゃないけどさ。
文句を垂れ、そしてそれを否定しながら押し入れを開けて布団一式を取り出した。
えっと。
六人はそっちで寝るから、三つずつ横に並べばいいよな??
こっちの部屋と近過ぎてもいけないから……。離しておこう。
いや、そうなると向こうが狭くなるな……。
そっちが広い、狭いと喧嘩されても困るし。あぁ、くそう!! 意外と難しいな!!
静寂に包まれた平屋で一人、汗を流しながら布団と格闘を繰り広げていた。
◇
平屋を出て暫くカエデちゃんの後に付いて行くと、花の馨しい香りがふわぁっと漂って来た。ほんのりと優しく鼻腔を潜り抜けて体に染み渡る。
そんな優しい香りだ。
「カエデちゃん、良い香りがするよ??」
「イスハさんが花を育てています。その香りだと思いますよ」
ふぅん。
イスハさんって厳しい表情をしているけど、優しい一面もあるんだな。
平屋の裏に抜けるとカエデちゃんが言っていた通り。月明りに照らされた花々が私達を迎えた。
淡い青い色の月明かりに照らされた花はどれも幻想的に映り、見ているだけで心が満たされていく。
「わぁ……。綺麗ぇ……」
溜息と共に感嘆の声が漏れてしまう。
「あぁ。素晴らしいの一言に尽きるな」
珍しくリューも感動しているようだった。
私と同じく、スンスンと花の香りを嗅ぎ胸の中に香りを閉じ込めているのが良い証拠っ。
「あそこにイスハさん達がいるの??」
花から離れた所にこじんまりとした建物が見える。
あそこの縁側で昼寝したら気持ち良いだろうなぁ。
レイドが傍らで。
『よく眠れたか??』
そう言いながら私の頭を撫でるのだ。
う――。
想像したら何だか顔が熱くなってきた……。
「そうですよ。あの障子の向こうで話し合っていると思われます」
「明日は魔法の訓練と仰っていましたが……。どんな内容なのでしょうか」
アオイちゃんがちょっとだけ疲れたような声で話す。
その言葉で花の香りで惚けていた意識が現実に帰ってきた。
「魔法か……。少しばかり苦手だな」
「私もぉ……」
リューも私もどちらかと言えば、放出系の魔法は得意では無い。
詠唱できる魔法もカエデちゃんとアオイちゃんに比べると、呆れる程少ない。
この機会に少しでも多くの魔法を覚えた方が良いよね??
だって、レイドも喜ぶと思うし……。
彼の喜ぶ顔が脳裏に浮かぶと、沈んだ気持ちが幾分和らぐ。
ふふ……。
私頑張っちゃうからね!? 沢山撫でてもらお――っと。
「エルザードさんの訓練内容は伺い知れませんが……。イスハさんにも匹敵するような厳しい内容でしょう。そうでなければ訓練と呼べませんから」
「そうですわよねぇ……。はぁ、今から気が滅入りますわ」
「大丈夫だって!! きっと優しくしてくれると思うからさ!!」
項垂れるアオイちゃんを励まそうと、努めて明るい声を上げる。
「だといいのですが。ほら、見えて来ましたわよ??」
白い髪の毛から視線を前に戻すと、階段を少し昇った先に木造の小さな建物が見えて来た。
そして、その奥に白い蒸気を漂わせこちらを手招きしている魅惑の泉が垣間見える。
耳を澄ますと……。
『ちょっ!! どこ見てんだよ!!』
『いいじゃない。減るもんじゃあるまいし。あ、減った方がいいの??』
陽気な声が僅かに私の耳へ届き、ワクワク感がグングン上昇してしまった!!
「楽しそう!! 早く着替えようよ!!」
陽気な声に誘われると、先陣を切り早足で脱衣所へと向かった。
「慌てると転びますよ??」
カエデちゃんの心配する声が聞こえるけど、狼は早々転ばないから大丈夫なのだ。
「へ――きへ――き。この籠に着替えを入れるの??」
脱衣所の中の壁際に沢山の籠が置いてある。
その中には真新しい着替えと、手拭いが丁寧に畳まれて置かれていた。
「そうです。入浴を済ませて新しい服に替え、昼間の汗を含んだ服は籠の中に仕舞います。汚れた服はモアさんとメアさんが洗濯をしてくれますよ」
カエデちゃんがそう話すと格好悪い訓練着を脱ぎ始める。
「へぇ。何か、悪いね」
「彼女達はそれが仕事なのですよ。そうそう、下着は御自分で洗いなさい」
「は――い。おぉ!! アオイちゃん、可愛い下着付けてるね!!」
あっと言う間に服を脱ぎ終え後ろへ振り返ると、桜色の下着が目に飛び込んで来た。
「そうでしょう?? 新しい色が欲しかったので、つい衝動買いをしてしまいましたわ」
「どれどれ……。ほぉ、手触りも抜群だぁ」
「ちょっと!! どこを触っているのですか!!」
後ろから胸を鷲掴みにしてやるとユウちゃん程では無いが、手に余る程の大きさが私の両手を驚かしてしまう。
ほぇ――……。アオイちゃん、私よりも全然おっきいや。
それにツルツルの下着も相俟って何だか陽気な気分になって来た。
「あはは。ごめんね??」
「全く。この体は以前も申した通り、レイド様の所有物なのですよ?? おいそれと触らせる訳にはいきません」
「そうなの?? カエデちゃんは……。むむ!! 無難だ!!」
綺麗な海を想像させる水色の下着が藍色の髪に似合っている。
それに、カエデちゃんの白い肌も綺麗さに拍車をかけていた。
「どうも」
「リューは……。あり?? そんな下着持っていたっけ??」
青色で上質な絹で作られた下着だ。
リューの引き締まった体に似合っているからぁ。隙あらば、勝手に着けちゃおう。
胸の大きさは大体一緒だもんね!!
「アオイと共に買ったのだ」
そう言いながら下着を外し、籠の中に綺麗に折り畳む。
「私にも買って来てくれれば良かったのに……」
「ルーと私では体型が違うだろう」
「そう?? 最近元に戻っていないからさ、私の方がほら?? 胸はおっきくなったかもよ??」
これ見よがしにポヨンポヨンした胸を張ってやる。
「ふんっ。胸の大きさなどどうでもいい」
小さくそう話すと、手拭いを持ち温泉へと行ってしまった。
相変わらず不愛想だなぁ。折角皆と居るのだから楽しく過ごせばいいのに、勿体無い。
「ルー。行きますよ??」
「待って!! 置いて行かないで!!」
カエデちゃんが手拭いで前を隠し、こちらを誘う。
いつの間にか皆は脱衣所から出ていた。
いけない。
皆の体に夢中で下着を脱ぐ事を忘れていた。
慌てて下着をパパっと脱ぎ、乱雑に籠の中に入れるとカエデちゃんと共に温泉に向かった。
「おぉおぉ!!!! 凄い!! 広いね!!」
脱衣所から出ると、そこは別世界っ。
巨大な湯が己の存在を知らしめる様に佇み水面から立ち昇る蒸気が風に揺られ儚い印象を与え、月の青い光がそれを増長させていた。
湯に浸かる麗しい女神も瞳を閉じ、静かに温かさを享受している事であろう。
「よぉ!! 相変わらずいいお湯だぞ!!」
「あんた達も早く入って来なさいよ!!」
う――ん。
あの女神達はしおらしさと、静けさが足りないかなぁ??
まぁ私も人の事言えないけどさ。
「喧しいまな板です事……」
アオイちゃんは文句を言いながら桶に湯を汲み、体に流している。
サラサラの湯がツルツルの肌の上を伝うと思わず息を飲んでしまった。
綺麗な肌だなぁ……。
私が逆立ちしても勝てそうにないよ。
「ルー、どうしました??」
隣にカエデちゃんが座り、体を洗い始めた。
「ん?? ん――。皆、綺麗だなぁって……」
私も彼女に見倣い、渋々と体を洗い始める。
石鹸は……。あった!!
「貴女もまずまずの物をお持ちですわよ??」
「アオイちゃん、それ慰めてくれているの??」
手拭いさんに石鹸をゴシゴシと擦って泡立てながらアオイちゃんへ文句を言ってやった。
「貴女は、そうですね。普遍的とでも言いますでしょうか。私の様な美しい体こそ、レイド様に相応しいと思っております。今宵もこの湯で生まれ変わった姿を余す事なく御覧になって頂きたいものですわ」
空から舞い降りたばかりの雪の様に美しい白い髪。
摩擦の概念など吹き飛ばしてしまう滑らかな肌、長髪を後ろで束ねた隙間からは男を魅了する項が視線を誘う。
いいなぁ……。
私もアオイちゃんみたいに綺麗な体で生まれたかった……。
そう考え、恨めし気に己の体を見下ろす。
「気にする事ありませんよ??」
隣のカエデちゃんが洗う手を止め、綺麗な藍色の瞳で此方を見つめる。
「カエデちゃんも可愛いからそんな事言えるんだよ」
いけない。
ちょっと強く言い過ぎちゃった。
「ルーだっていい所ばかりじゃないですか。陶磁器みたいに光沢のある肌、男性が好みそうな適度に育った果実。そして、端整な顔立ち。もっと自信を持ってもいいかと??」
「本当!?」
「えぇ。私は相手を褒めるのは得意でありません。今思った事をありのまま伝えたのみです」
「えへへ……。そっかぁ。ありがとね!!」
「どういたしまして」
そう言うと、高揚した気分に同調する様に。忙しない速さになってしまった手を動かして体を洗い始めた。
カエデちゃんに言われると、何だか自信が出て来るな。
うん!! 他人は他人。私は私!!
それに……。
レイドは上っ面だけじゃなくて、私自身を見てくれる。
それが堪らなく嬉しいんだよね。
ま、こんな事恥ずかしくて言えないけど!!
「よぉし!! お風呂に入るぞぉ!!」
気分が高揚したままその勢いでガバッ!! 立ち上がり。
湯の中で満喫しているマイちゃん達目掛けて飛び込む為に洗い場の淵へと後退。
「お、おい!! 飛び込むなよ!?」
「飛ぶの禁止!!」
「えへへ。もう我慢出来ませ――ん!! とぉぉうっ!!!!」
洗い場の淵から勢い良く飛び駆け始め。空気を切り裂く飛翔を見せて、私の体を両手を広げて受け止めようとするお湯へと向かって飛び込んでやった!!!!
「「わぷっ!!!!」」
満点の星空へと水飛沫が上がり、巨大な波が彼女達を襲った。
「はぁあぁ……。いいお湯だぁ……」
サラサラとした白濁の湯が体に染み入って来る。
寒いのは得意だけど熱いのは苦手な私でも思わず溜息が漏れちゃうお湯だぁ。
「ゲホっ……。ルー……。飛ぶなって言ったよなぁ??」
「ブハァっ!! 溺れたらどうしてくれるのよ!?」
湯から顔を出すと怒気を籠めた瞳でこちらを睨みつける。
そして私との距離を縮め始めてしまった。
「へ?? あ、あはは……。気にしないの……」
この目をした二人は危険だと獣の直感がそう告げているね。
絶対仕返しを考えている筈……。
「あっちの方が良い湯かも――」
バツが悪そうにその場を立ち去ろうとしたのが間違いであった。
「待てこら!!」
「逃がすか!!」
ユウちゃんが腕を掴み、マイちゃんがこちらの隙を逃さず後ろから羽交い絞めにしてしまうではありませんか!!
「ちょっと!! 何!?」
暴力女神さん達の突然の行動に目を白黒させた。
「ユウ、一丁かましてやれ」
「おうよ。ルー……。覚悟は出来たか??」
ユウちゃんの指が厭らしく胸の前で動き出す。
まさかとは思うが……。
「か、覚悟?? 何のかなぁ??」
惚けて見せるが、果たして通用するかどうか。
「笑い死ぬ覚悟だよ!! おらぁ!! 食らえっ!!」
「へぇ?? ちょっ……!! キャハハ!! くすぐったぁい!!!!」
ユウちゃんの十本の指が私の果実に襲い掛かる。
揉みしだかれ、摘まれ、引っ張られ、くすぐったさで頭がどうにかなりそうだった。
「や、止めてぇ!!」
「おらぁ!! 暴れるな!!」
足をバタつかせ、腕を振り払おうにもマイちゃんの腕力には敵う事は無く無慈悲な攻撃の前に為すがままであった。
「し、死んじゃうって!!」
「う――む……。こ奴め……」
私が声を張り上げるとユウちゃんの厭らしい攻撃が止んだ。
「はぁ……。はぁっ……。終わったのぉ??」
笑い過ぎて、呆ける頭で答えた。
「裁判長……」
「何だね?? ユウさんやい??」
「あたしが思うに、こやつの胸。幾分か成長していると考えます」
「ほぉ?? その根拠は??」
柔らかい女の子のお肉が私を挟み、不穏な言葉が飛び交う。
「触り心地と、掴んだ感じ。それに……。この反応を見れば一目瞭然かと??」
「うぅむ。世の中には成長を妬み、羨望し、嫉視する女性がいる中。この私の許可無く成長する等、度し難い事甚だしい……」
猛烈にい、嫌な予感がする。
マイちゃんの言葉を受け止めるユウちゃんの口元がニィっと厭らしく歪み始めた。
「裁判長、罪人に罪状を……」
「不義、逆心、背信行為。稀に見る罪の重さに些か私も心が痛むわ……」
「ふ、二人ともそろそろいいんじゃないかぁ??」
許しを請うように、柔らかい口調で話す。
しかし、二人の耳には届かなかったようだ。
「よって情状酌量の余地無し!! 執行人は罰を執行したまえ!!」
「了解致しました……」
「や、や、やめ……。いや――!! 死んじゃう――!!」
常軌を逸した攻撃が果実に襲い掛かる。
「お――お――。しっかりと実っちゃってまぁ。ユウ、もっとよ」
「裁判長も酷い御方ですなぁ??」
「駄目――!! キャハハ!! 取れちゃうって――!!」
先程より掴む力が増え、いいように遊ばれていた。
も、もう駄目っ!! 立っていられないっ!!
「むっ!? 何か硬く……」
「そこまでにしたら如何ですか?? ルーも懲りているようですし……」
渡りにふ、ふ――……。婦人?? だっけ。兎に角!!
アオイちゃんの一声が私を救ってくれたのだ。
「はぁ……。はぁ――。笑い死ぬ所だったぁ……」
骨の抜けたクニャクニャの体で温泉の淵に寄りかかる。
湯の熱さと笑い過ぎた所為でのぼせそうであった。
折角温泉を満喫しようと思ったのに、二人の所為で台無しだよ!!
明日からは大人しく入ろうと。
「おらぁ!! カエデ!! 前隠すなや!!」
「それは個人の自由ですからね」
「ほほぉん?? 隠す程に成長したって事か……。なっ!?」
「きゃあっ!?!?」
怪力無双のユウちゃんに手拭いを奪い去られ、月明かりの下に出現した本物の女神様の裸体をぼぅっとした視界で捉えながらそう心に決めたのだった。
最後まで御覧頂き有難う御座いました。
明日も寒くなる予報ですので、体調管理には気を付けて下さいね。
それでは皆様、お休みなさいませ。




