第百四十四話 狐の女王様とのイケナイお遊び その一
お疲れ様です。
本日の投稿なります。
それでは御覧下さい。
平屋で素早く着替えを済ませると。一部の者は足取り重く、そして一部は意気揚々とした足取りで訓練場へと到着。
だだっ広い訓練所の中央には既に師匠とエルザードが気難しい表情を浮かべて待ち構えていた。
「よぉし、揃ったようじゃのぉ」
格好良く腕を組み、満足気に横一列に整列を終えた此方を見渡す。
「それで?? 先ずは何をすればいいのかしら??」
マイが誰よりも先に言葉を発し、素晴らしい訓練の始まりの口火を切った。
「そうじゃのぉ。訓練を始める前に、お主達どれ程の力を持っているか見ておきたい。各々継承召喚をせい」
「はいはい、分かりましたよっと。風よ!! 我と共に吹き荒べ!! ヴァルゼルク!!」
「母なる大地よ!! 我に力を!! 来い!! タイタン!!」
「大海を統べし大いなる魔力。今こそ我に宿れ……。アトランティス」
「黄泉返りし闇の力、敵を無慈悲に殲滅せよ!! 暁!!」
「白き雷よ!! 疾風の如く地を駆けろ!! その力、我が身に宿れ!! ヴァイスラーゼン!!」
「天を裂き、暴虐の限りを尽くせ!! デスポートシュバルツ!!」
マイ達が手を翳して魔法陣を浮かべその中から己の得物を取り出すと、彼女達の魔力に呼応するかの如く大気が細かく震え。大地の砂が微かに揺れ動く。
大魔の血を受け継ぐ傑物が六人。
それが同時に詠唱して武器を構えると、大自然さえも慄く魔力の波動が周囲へと迸った。
只継承召喚をしただけなのに体中の皮膚が泡立ってしまう……。
これが俺と彼女達との差なのだとまざまざと見せつけられ、絶対言えないけども。ちょいと嫉妬しちゃいますよね。
「へぇ……。前より格段に強くなっているじゃない」
淫魔の女王様からはお墨付きを頂いたのですが。
「そうじゃのぉ。叩けば叩く程、伸びそうじゃ」
成長の余地があると判断したのか、師匠はまだまだ納得しようとはしなかった。
「よぉし、大体の力は分かった。武器はしまってもよいぞ。それでは……。走り込みでもしてもらうとするかの」
にこりと笑い訓練開始に相応しい体力鍛錬の指示を出す。
「げぇ――」
どうやら腹ペコ龍の希望には添えなかったようですね。
あからさまに嫌な顔で、辟易した声を出すと。うぇっと舌を出してそっぽを向いてしまった。
「む?? 文句を垂れたからお代わりを与えてやる。ここを四十周走れ」
「ちょっとマイちゃん!! 余計な事しないの!!」
「そうだぞ!! ただでさえキツイのに、これ以上やる事を増やすな!!」
ルーとユウが我儘龍へ苦言を吐く。
「うっさいわね!! あんた達の心の声を私が代弁してやったのよ!!」
あ――。もう……。
そんな風に文句を垂れて、素直に指示に従わないから余計な労力が増えるんだよ。
「お先っ!!!!」
あ――でもない、こ――でもないと駄々をこね。中々足を出さない各々に対して先陣を切ってやった。
これ以上周回を増やされても困るし……。誰かが先に走り出せば後に続くでしょう。
「ちょっと!! 先頭は私よ!!」
マイが疾風の如く、心地良い速度で走り出した俺の横を駆け抜けていく。
「おっしゃぁぁああ!! 一着は当然、私よ!!」
相変わらずの速さ……。
犬……。いや、馬より速いんじゃないのか??
「主、失礼する」
それに触発されたリューヴがマイの背中を追い彼女と変わらぬ速さで俺から遠ざかって行った。
始まったばかりだってのに、馬鹿みたいに飛ばして大丈夫なのだろうか??
「相変わらずの体力馬鹿です事。カエデ、私達はゆるりと行きますか??」
「頑張ってみる」
「あら、珍しいですわね??」
「ユウちゃん、それすんごい揺れてるけど大丈夫??」
「ん?? あ――。慣れれば大丈夫。ってか、どこ見てんだよ」
文句を言いつつも訓練場の外周を走り出す姿についつい笑みが零れてしまう。
何だかんだ文句を垂れるも素直に指示に従うあたり。皆の心の中には可愛い天邪鬼が住んでいるのかもね。
「レイド!! おっ先――!!」
もう既に半周付近へ差し掛かった先頭二人へ目掛け、陽気な狼さんが長い灰色の髪を揺らして駆けて行く。
「ルー!! そんなに飛ばすともたないぞ!!」
「大丈夫!! 狼は走るの得意だから――!!」
でしょうねぇ……。
今は人の姿だけど、狼の姿なら一日中走っていられるって言っていたし。
「あはは!! 追い付いた――!!」
「おらぁ!! リューヴ!! 私の前を走んな!!」
「貴様が遅いのだ。悔しければ追いついてみせろ」
「んなっ!?」
先頭争いはマイ、リューヴ、ルーの三つ巴。
今も我先にと肩をぶつけ、時には足をぶつけ合い己の道を譲ろうとしなかった。
本格的な指導の前に怪我しなければいいけども……。
「ま、あたし達は自分に見合った速さで走るか??」
此方の隣で並走を続けるユウが話す。
「そうだな。この後どんな訓練が待っているんだろ??」
「さぁ?? 大方組手とかじゃないの??」
「組手かぁ……」
「あたしが相手してやろうか??」
額に汗を浮かべ、頭上に光り輝く太陽の明かりと同程度の光量を持つ笑顔でこちらを見る。
健康的に焼けた肌に流れる汗、そして新鮮な空気を取り込もうと呼吸を続ける快活な体。
ユウって汗と運動している姿が似合うよなぁ……。
深緑の髪が風で後方へと流れ、少しばかり呼吸を荒げながら走るユウを見て素直にそう感じた。
「先ずは師匠と組まされると思うから。その後で元気が残っていたら頼んでもいい??」
「勿論!! 優しく捻ってやるよ」
「優しく捻る方が逆に難しくない??」
ユウと組手か。
力で真っ向勝負を挑んでも軽く弾き返されてしまのでそこをどう攻め立てるかが勝負の分かれ目だな。
腕も俺とそこまで変わらない太さなのに、あの常軌を逸した力は何処に潜んでいるのやら。
彼女の力の源を探る為、徐々に視線を下へと落とす。
…………。
うん、やっぱり視線を落とすべきではありませんでしたね。
常軌を逸した大きさの西瓜が跳ね、弛み、伸びている。
あれは……。一体全体どういう仕組みで動いているのだろう??
試しに自分の胸に手を当てて肉の上下運動を確認してみたが、僅かな肉の移動だけしか掴み取る事は出来なかった。
元々この世の理から外れた二つの物体だ。理屈で考えろっていうのが難しいのだろうさ。
「…………。あんまりじろじろ見ないの」
「っ!! ご、ごめん」
正面を向いたままの彼女に咎められてしまったので、慌てて彼女と同じ視線に戻した。
「ね、レイド……」
耳打ちをする様に此方の右耳に手を伸ばすので、ユウが耳打ちし易い様に体を少しだけ彼女側へと傾ける。
『二人きりの時なら……。じっと見てもいいよ??』
「は、はぁ!? 何を言って……」
「あはは!! 冗談だって!!」
突然の発言に心臓がバクバクと激しく鳴り響き、顔の熱が上昇してしまう。
これは走っているからなのか、それとも彼女の揶揄いを受けたからなのか……。
両方の意味に捉えられるから前者として捉えましょう。
「おらぁ!! どけやぁ!!」
「いってぇ!!」
後方から猛進してきた猪擬きに背中を蹴られ、態勢を大きく崩す。
「待て!! マイ!!」
「負けないよ――!!」
そして、あの大馬鹿猪に追い付け追い越せと言わんばかりに二人の猪が土煙を巻き上げながら駆けて行った。
「相変わらずだなぁ。あいつら」
「もう周回遅れか。どうする?? 速めるか??」
「う――ん。レイドとこうやって二人きりで話す機会も少ないし、あたしはこのままでいいよ??」
「また揶揄って……」
あぁ、くそう。
衝突された背の肉が痛そうに顔を顰めているから走り難いったらありゃしない。
「偶にはいいじゃん。あたしだって……」
「どうした??」
自分の呼吸音並びに無暗に背の肉を伸ばしていたのでユウの言葉を聞き逃してしまった。
「別に!!!! 何でも無い!!」
お、おぉ……。御免。
何も聞き逃しただけで怒らなくてもいいじゃないか。
「こらぁぁああ!! 馬鹿弟子め!! 気合を入れて走れ!!!!」
師匠の前を通過すると、心と体に嬉しい喝が鼓膜を刺激してくれた。
はいっ!! 師匠!!
力の限り走らせて頂きます!!
「了解しました!! ほら、行くぞ??」
「おう!! あたしについて来い!!」
明るい笑顔を浮かべると俺の足に答えてくれた。
仲間と共に汗を流し、苦労を共感する。絆を深め、互いの信頼関係を築く。
いいよなぁ。こういう感じ。
体に負荷を感じながら、そう考えていた。
「カエデ――。おっ先――」
「二人共、無理しなくていいからな??」
アオイとカエデを後方から抜き去る時に一声掛けてあげた。
「まだまだ余裕」
「ですって。安心して下さい、分相応の速さで走りますので」
「了解だ」
カエデ達に軽く手を上げると、再び正面を見つめる。
さぁって、完走目指して気合を入れるとしますかね!!
大臀筋に力を籠め、大地を強く蹴り、肺に空気を送り込む。長きに亘る距離を走破する為の一連の動作を繰り返す。
心地良い負荷が湧き起こす高揚感に身を委ね突き進んで行った。
◇
「はぁ……。終わった……」
間も無く夕刻へと差し掛かる山の冷涼な空気を吸い込み、体の中から不純物を吐き出しつつ呼吸を整える。
額から零れ落ちて来た汗を拭って美しく晴れ渡った天を仰いだ。
これで走り込みは終了か。まだまだ足はイケルぞと叫んでいますが、残りの訓練もあるし。
その元気は後に取っておきなさいよ?? と、優しく宥めてあげた。
「随分遅かったじゃない」
「お前さん達が速過ぎるんだよ」
既に到着していた猪三人組は、なだらかな丘の麓で井戸から汲んだ水で乾いた喉を潤していた。
「レイド――。はい、お水!!」
ルーが木製のコップに注いだ水を元気よく此方に差し出し。
「お、悪いね。……、ぷはぁ!! 生き返った!!」
それを受け取ると半分の量を一気に喉の奥へと流し込んだ。
井戸の水はひんやりと、そして火照った体に染み渡るように体内へと流れていく。
美味いなぁ。
たかが水一杯がこれ程美味く感じるとは……。平地の水の百倍美味しく感じちゃうよ。
空気も澄んでいるから水も美味いのだろうか??
「ぶはぁ――!! 終わったぁ!!」
コップの中の清い水をまじまじと観察していると、普段の快活な顔が陰りを見せた表情でユウが到着を告げた。
「ユウ、お疲れ様」
地面にペタンとお尻を付けて息を荒げている彼女へ労を労う。
「へへ、あんがとね。お!! 水じゃん!! 一口頂戴――」
此方の返事を伺う前に左手に持つコップを強引に奪い取り。
「んっ……んっ……。くぅっ!! 美味い!!」
今は真夏なのかと錯覚させる勢いで水を飲み干し、口元の雫を豪快に吹き終えた。
汗も似合えば、水を豪快に飲む仕草も似合う。
ユウに似合わない季節ってあるのかしらね。
「ユウちゃんずるい!!」
「ん?? 何が??」
「え――。だってぇ……」
ルーがユウの手元を見つめて声を上げる。
ずるい?? 何の事だろ。
灰色の女性と深緑も髪の女性の可愛い会話を何とも無しに眺めていると、萎びた藍色と白色が帰還。
力無く倒れ込むかと思いきや。
「やっと終わりましたわぁ……」
「終了です……」
意外や意外。
しっかりと両の足を地面に突き立てて天へと向かって背筋を伸ばしているではありませんか。
ほぉ……。
疲労を滲ませた言葉とは裏腹に、声色並びに表情は陰りを見せていないな。
以前、此処で走った時とは見違える様に体力が付いた証拠だ。
何処までも続く平地を歩き、強敵との出会い、そして己と等しき力を持った者達との戯れ。
地道な鍛錬の積み重ねが目に見えた証拠に何だか嬉しい気持ちが湧いてしまいますよ。
さて!! 師匠の指示を完遂した事ですし。
次なる指示を請いに行きましょうかね!!
訓練場の中央で何やら話し込んでいる御二人へと向かって歩み始め、声の届く距離に体を置き。終了の報告を告げた。
「師匠、走り込みを終えました」
「うむ、御苦労じゃったな。ほれ、皆を呼んでこい」
「了解です。お――い!! 集まってくれ!!」
皆の方へと振り返り、若干大袈裟に手を振って集合を伝える。
「――――。御望み通り、走り終えたわよ??」
まだまだ体力が有り余っていると見える表情でマイが師匠へ向かい、いつも通り片眉をクイっと上げて話す。
「ふぅむ……。息も乱れておらんようじゃの。感心感心」
再び横一列に並ぶ俺達を満足に眺め、そして大きく頷いてくれた。
及第点は頂けた事に対し少しだけホッと胸を撫で下ろすも。本番はこれからなんだよなぁ。
生きも死ぬも師匠の匙加減次第ってところか。
「では次の指示じゃ。今から夕刻まで休まずに組手をする!!」
「「「えぇ――――」」」
ですから。語尾を伸ばさないで下さい……。
「つべこべ言うな!! 最初はマイとユウ、カエデとアオイ、そしてリューヴとルーじゃ。各々勝負を終えたら次の者と代われ!!」
ほら、師匠の御怒りに触れたから尻尾が四本に増えちゃったじゃないか。
「決め事を話す!! 得物は使うな、己の拳のみで戦え。相手を降参させる、確実に攻撃を当てる、又は気絶させた者の一本とする!! 分かったか!?」
「「「はぁ――い――」」」
「伸ばすなぁ――!!!! お主達の尻を蹴飛ばして山の麓まで送ってやるぞ!?」
師匠も大変だなぁ。
頭に血が昇って倒れなきゃいいけど……。
「師匠、自分は誰の相手を務めれば宜しいでしょうか」
まぁ言わずもがなだとは思いますけども。
「勿論、儂じゃ」
でしょうねぇ……。
丸い目をきゅぅと細め、口元に笑みを浮かべていますもの。
「よっしゃ!! マイ、今日も勝たせて貰うからな??」
「あぁん!? 無駄にデケェ乳、削ぎ落してやんよ!!」
「カエデ、お手柔らかに」
「手加減しない」
「ルー、久々に鍛えてやる」
「はいはい……。魔力は半分こだからね!!」
各々が対峙し、得意の構えを取るとだらけていた空気が一気に引き締まる。
よし、俺も続くか!!
「準備はいいか?? では、始め!!」
師匠の号令と共に激しい格闘戦が始まった。
「でぇい!!」
「おっと!! それはお見通しだ!!」
「行きますわよ!!」
「予想の範囲内」
「リュー!! ちょ、ちょっと待って!!」
「待てと言われて待つ敵がいるか!!」
素早く、そして力強い攻撃が各地で繰り広げられ訓練場の空気が一気に戦場のそれと変わらぬ質量を持つ。
一見慣れ親しんだ光景に見えるが……。場所、そして指導者が居るとこうも違って見えるんだな。
「どれ、儂らも始めるとするかのぉ」
「了解しました」
「「……」」
互いに礼を交わし、師匠から教わった構えを取ると。彼女もまた俺と同じ構えを取った。
ふぅっ……。
全く、桁違いの凄い圧だな。
正面に対峙するだけで冷たい汗が背を伝い落ちて行ってしまいますよ。
だが、気圧されるな。
集中しろ……。
足は肩幅に開き、左手で相手の攻撃を捌き、右で相手を制する。
うん。基本に忠実に、だ。
「ほぅ?? 大分様になってきたではないか」
「師匠の姿を毎日思い描いていますからね」
会話を続ける中、さり気なく付け入る隙を探るが……。一分の隙も見つからぬ事に少々辟易してしまう。
あの鉄壁の構え、並びに常軌を逸した攻撃を掻い潜って攻撃を当てなきゃいけないんだぞ??
悟りを開いた仙人でさえ気難しい顔を浮かべてしまうよ。
「儂の事を、か?? 嬉しい限りじゃ」
美しい武の構えを見せながら柔らかい笑みを浮かべる。
二つの凶器に心が和んだ刹那、師匠が一陣の風の刃となって襲い掛かって来た!!
は、速いっ!!
「ふんっ!!」
地面スレスレの位置から右の剛拳を顎先目掛けて鋭く突き上げて来る。
「でやっ!!」
師匠の右の拳を左手で往なし。
がら空きの右の脇腹目掛けて素早く左の返しを打ち込む。
当たるぞ!!!!
そう手応えを感じたのだが……。
「甘いぞ??」
「えっ?? どわ!!」
一本の尻尾が左手に絡みつき、豪快に宙へと投げ飛ばされてしまった。
宙に浮いた体は当然、重力に従い地面へ向かって落下する訳です。
「いでっ!! 師匠、尻尾は反則ですよ」
ひり付く痛みを生じさせる臀部を擦りながら立ち上がった。
「なはは。すまんすまん、素早い攻撃じゃったからつい」
以前は全く対応出来なかった師匠の攻撃が目で追えるようになったのは嬉しいのですけど、せめて一太刀浴びせたかったのが本音かな。
さぁ、まだまだ始まったばかりだ。
師匠に俺達の成長ぶりを是非とも披露しなければいけませんからね!! 気合を入れて眼前に立ち塞がる巨大な壁へと立ち向かいましょう!!
最後まで御覧頂き誠に有難うございました。
本日も大変冷える夜ですので体調管理には気を付けて下さいね。




