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第百四十三話 傑物達の予想だにしない過去

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


長文の投稿になりますのでごゆるりと御覧下さい。




 西門を出て暫く街道を道なりに進み、道を大きく逸れた先にある小高い丘の裏手。


 集合場所に指定した箇所で人の目を気にせず足を伸ばし、空に漂う綿雲の移動速度をのんびりと眺めていた。



 今日も良い天気だなぁ。


 こうした朗らかな天気の日はついついだらけてしまいますけども、此処で気を抜いてはいけません。



 何故なら!! 絶好の訓練日和になるかもしれないからです!! 



 師匠の下を離れて約五か月。


 その間に成長した姿を是非ともみせたいと、体がウズウズしているんだよね……。


 まぁ、でも。


 お披露目したとしても。



『どんぐりの背比べじゃな』 と。


 鼻で笑われてしまうかも知れませんが、それでも彼女達と過ごした成果を師匠の前でお披露目したいのですよっと。



 心の中で沸々と湧く高揚感を誤魔化す様に視線を空から大地へと落とすと。



「おっそいわねぇ……」



 どちらかと言えば鋭利な角度の眉が更に尖った顔のマイが、件の人物達が指定時間に訪れない事を咎めた。



「そう言うなよ。何か入り用があるのさ」



 いつも大体お前さんが遅れて来るじゃないか。


 そう言いたいのをグッと堪え、別の言葉に言い換えて話してやった。



「相変わらず甘いわねぇ。そんなんだから向こうも図に乗るのよ」


「図に乗ってはいないだろう。それ、美味そうだな。一個くれ」



 紙袋に手を突っ込むと甘い香りを放つクッキーを颯爽と取り出し、苦虫を嚙み潰したような表情で口に放り込んでいた。



 エルザード達が遅れて苛つくのは分かりますけども。


 もっと美味しそうに食べなさいよ。



「ちっ。仕方が無いわね……。一個だけよ??」



 渋々と了承し、美味しそうな焦げ茶色を一つ取り出すと此方に向かってぽぉんと放ってしまう。



「っと……」



 確と受け取り、勢いそのまま御口に運ぶと。



「うんっ!! 美味しい!!」



 サクッとした表面を前歯で寸断。心地良い硬さを奥歯で噛み締めると。舌が大きく頷く程の甘味が口内に広がる。


 流石、自称玄人なだけあってか。食べ物を選ぶ目は確かだよな。


 飽くなき食への追及心は認めてあげましょう。




 さて、もう半分を頂きましょうかね!!


 半分に欠けたクッキーさんの残りを口に運ぼうとした刹那。



「ハッハッハッ……」



 金色の瞳を宿した雷狼さんが俺の体の前に荒い呼吸を続けながらキチンとお座りしてしまう。


 大きな御口からダラダラと零れ落ちる粘度の高い唾液。


 燦々と煌びやかに光る瞳、そして千切れんばかりに左右に揺れ動く尻尾。



 息を荒げて此方を見つめられるこの心情を言い表すのなら。


 一日の終わりを締め括る料理が並べられた食卓の上で交わされる一家団欒。その机の下、御主人様の股の間から食事光景をじぃぃっと見上げる愛犬の瞳に捉われてしまった感じですね……。



「――――。何??」


「へっ?? あ、いや――。大変美味しそうな匂いだなぁ――って」


「そっか……」



 座ったまま体を方向転換。


 食いしん坊の狼さんの死角へ移動して頂こうとしたのですが。



「――。ハッハッハッ!!!!」



 この人達の移動速度を侮っていましたね。


 体を捻るよりも先回りされ、獣臭が漂う位置まで距離を詰められてしまった。



「じ、自分で買って来た奴を食べなさいよ」


「え――。楽しみは後に取っておきたいからさ――。一口だけちょ――だい??」



 右手に持つクッキー目掛け、ドデカイ顔がぬぅっと接近してしまう。



「お断りしますっ!!」



 左手で狼の顎を下から押し上げ右手を背中側へと移し、完璧な防御態勢を整えますが。


 雷狼の膂力を過小評価し過ぎました。



「えへっ。頂きぃっ!!」


「いやぁ!!」



 右手全部が狼の御口の中にすっぽり収まり、モフモフの毛に覆われた両前足が右腕をがっしりと拘束。


 粘度の高い唾液に塗れた舌が指の間を蹂躙し、指先に感じていたクッキーの感覚が見事に消失してしまった。



「ぷはっ。はぁ――!! 美味しかった!!」



 う、うわぁ……。


 ねっちょねちょで獣臭い唾液が……。



「そりゃよう御座いましたね……。カエデ、悪いけど洗い流してくれないかな??」



 お行儀よくちょこんと座り、読書に耽る彼女に問う。



「……」



 本から一切視線を外さずに左手を翳すと、宙に水色の魔法陣が出現。


 丁度良い塩梅に垂れ落ちる新鮮なお水で雷狼の唾液を洗い落としてやった。



「ふぁ……。こうもいつも通りだと、眠たくなるな」



 ユウさん??


 暇を持て余していたのなら助けてくれても宜しかったのでは??



 大胆に足を広げて欠伸を噛み殺す姿に何とも言えない感情が湧くと同時。



「主!! 申し訳ない!! 遅れた!!」



 丘の頂上から灰色の髪の女性が己の荷物を背負い、緩やかな斜面を駆け下りて来た。



「リューヴが遅れるなんて珍しいな??」



 粘度の高い狼の唾液を完璧に洗い落とし、荷物の中から取り出した手拭いで拭きつつ話す。



「う、うむ。アオイ達の買い物に付き合っていたのでな」


「へぇ。何を買ったの??」


「そ、それは……」



 何だろう??


 恥ずかしそうに頬を朱に染め、体の前できゅっと手を組み。戦士らしからぬ姿で言い淀んでいた。



「うふふ……。レイド様、御覧になられますか?? 可愛い色ですわよ??」



 アオイが静かに到着を告げ。何を考えたのか知りませんが……。


 大きく開いて着熟している着物の胸元を更に指で広げ、たわわに実った果実の末端を見せつけようとしてしまうので。



「い、いや。遠慮するよ」



 名残惜しいと考え視線を留めようとしてしまうもう一人の自分に強烈な張り手を食らわせ、慌てて視線を逸らした。



 アオイ達の買い物は今の感じから察するに恐らく、下着。


 それに付き合って遅れたのだろう。



「良い物も買えたし、久々に気分がいいわ」


「そりゃ良かったな」



 左右に腰をくねらせながら斜面を下って来る超御機嫌な淫魔の女王様にそう言ってやった。



「もうすんごい物買ったのよ??」


「そ、そうか」



 淫魔の女王の話す、凄い物。


 それが指し示す意味は値段なのか、それとも男の性を擽る逸品なのか。


 恐らくと言いますか、確実に後者の意味だと捉えられますので。こんな昼間から頭の中で想像してはいけない物であろう。



「それより、そろそろ移動をお願いしたいのだが……」


「はいはい。忘れ物は無いわよね――??」


「皆、大丈夫か??」



 周りを見渡し、皆の表情を伺うが特に異論は無いようだ。



「うん。大丈夫、お願いするよ」


「は――い」



 エルザードが惚けた表情から一転、真剣な表情に変わる。


 そして、目を閉じて集中を始めた。



「凄い……」



 カエデが彼女の魔力の高まりを信じられない。そんな風に大きなお目目を更に丸くして見つめていた。



 魔法を主戦力とする彼女が驚く魔力の波動。



 生憎、俺には魔力感知という特異な能力は備わっていないのでエルザードとの差を知れないのが幸いかな。


 彼女の力を知ってしまったら己との差に絶望してしまうだろうから。



「…………。お待たせ。行くわよ??」



 エルザードが目を開くと俺達の足元に光輝く巨大な魔法陣が浮かび、それと同時に空間が湾曲し俺達の周囲を白い霧が包み込んだ。



 見渡す限り一面の白。


 どちらが上で、どちらが下か……。


 方向感覚が狂う白に包まれ、身動き一つ取らないでいるとエルザードが口を開いた。




「ちょっと眩しいわよ??」


「え?? うわ……っ!!」



 エルザードの声と共に一瞬周囲が強く発光すると、徐々に白が薄れ始め。それはまるで霧が晴れるように、景色が確固たる形を形成していった。




「はぁ……。全く、大したもんだなぁ」



 ユウが驚愕の声を上げ、懐かしい光景を眺めている。



 山の澄んだ香りと、風が吹き木々の枝が擦れる優しい音。


 汗を流し辛酸を舐め続けた場所なのに郷愁にも近い感覚を覚えてしまうのは何故でしょうね。


 人の足なら十四日は掛るであろう距離を一瞬で……。



 我が師が住まわれるギト山中腹に両の足を突きたて、初秋に相応しい冷涼な風を体全部で受け止めつつ懐かしき光景を眺め続けていた。




「エルザードさん、出来れば……。後で空間転移の基礎を教えて頂けませんか??」



 カエデが興味津々といった感じで彼女に近寄る。



「勿論。でも、ちょっと難しいわよ??」


「望むところです」



 カエデの向上心は見習うべきだな。


 俺も師匠に稽古を頼んでみるか??



『なはは!! 足腰が立たなくなるまで鍛えてくれるわ!!』



 ん――……。


 地面に叩き付けられ、惨たらしく横たわっている己の悲惨な姿が脳裏に浮かんでしまう。


 程々にしようか。命まで奪われてしまったら鍛える処の騒ぎじゃあありませんからね。



「レイモンドからギト山まで一瞬かぁ。まるで狐に化かされたみたいだなぁ……」



 ユウが荷物を背負い、感心するように俺と同じく周囲を見渡している。



「あぁ。でも化かしたのはエルザードだからな」



 ユウにそう言ってやった。




「………………。なんじゃぁ?? 本物の狐に化かして欲しいのか??」




「おわぁっ!!!! し、し、師匠!! 驚かさないで下さいよ!!」



 突然、無警戒な背後から声を受け。驚きの余り一つぴょんと跳ねてしまった。



「なはは!! すまんすまん!! 久しぶりにお主の顔を見て、つい嬉しくてな!!」



 白く潤いを帯びた健康的な素肌、太陽に照らされた金色の髪は一本一本が輝き見ている者を魅了してしまうだろう。


 腰に手を当て高らかに笑い、本日も道着を華麗に着熟す様が異様なまでに良く似合っています。


 その姿を捉えた刹那。


 心の中で陽性な感情が少々大袈裟に炸裂してしまい、師弟関係では考えられない距離へ縮めてしまった。




「師匠!! お久しぶりです!! 御無沙汰しておりました!!」



 お土産の品である木箱を持ち、手を翳せば体に触れてしまう距離から覇気のある声で再開の挨拶を告げる。



「う、うむ。久しぶりじゃな」


「此度は自分達になにやら頼み事があるとエルザードから聞き此処へと参りました!! そして、ささやかな贈り物ですがこれを受け取って下さい!!」



 王都で購入した土産の品を師匠へ差し出すと。



「愛弟子が儂の為に選んでくれた品じゃからな。大切に受け取ろう」



 師匠の背後で大人しくしていた三本の尻尾が左右にフルっと動き、喜びを表してくれた。



「この地を離れた間。本当に色んな事があったのですよ?? 形容し難い化け物を倒したり、アオイの里での戦いでしたり。あ!! それと暗殺者の襲撃も退けたりもしました!! その間にも彼女達と切磋琢磨を続け……」



 あぁ、くそう。


 次々と伝えたい言葉が出て来ちゃうよ……。


 俺から溢れ出る言葉の波にも師匠は辟易する事も無く、優しい角度で口角を上げ。



 ヤレヤレ……。忙しない奴め。



 久々に帰郷した子の話を親身に聞き続けてくれる親の様な笑みを浮かべて頷いてくれていた。



「えっと……。それからですね!!」


「ふふ、嬉しいのは儂も同じじゃがな?? 先ずはお主達を召集した理由を話させてくれ」



 あっ……。


 しまった……。



「は、はい!! 失礼しました!!」


「焦らずとも儂は此処におる。お主の話は後で確と聞き届けてやるから安心せい」



 師匠の背から一本の尻尾が伸び俺の頭を叩くと、マイ達へ視線を動かした。



「本題を話す前に。そこの双子は何者じゃ??」



 俺と師匠の様子を窺っていたリューヴとルーへ視線を移す。



「彼女達の名はリューヴとルーです。任務の途中で知り合い、行動を共にする事になりました。頼れる仲間ですよ??」



「初めまして。狼族のリューヴ=グリュンダと申します」


「同じく、ルーって言いま――す!!」



「グリュンダ……。あぁ、そうかそうか」



 何かを納得するかの様にしみじみと一つ頷く。



「彼女達は一つの体に二つの魂を宿しています。双子のようですが、厳密に言うと少し違うので。いや、双子でいいのか??」



 自分で話していても混乱してくるな。



「そこは双子と捉えて貰っても構わない」

「そうそう!! 顔も殆ど一緒だしさ!!」



「明るい方がルーで。顰めっ面の方がリューヴじゃな?? 相分かった」


「顰めっ面……」



 師匠の揶揄いに心外だと感じてしまったのか。翡翠の大きな瞳がきゅっと見開かれてしまう。



「ねぇ――。クソ狐。さっさと本題を話しなさいよ」



 も、もう少し言い方ってのがあるでしょうに!!


 反論の声を上げようとしたのだが。



「少しばかり長話になる。平屋で話すとしよう」



 師匠が小高い丘の上に建てられている平屋へと向かって移動されたので。



「分かりました。皆、荷物を持って移動しよう」



 それを合図と捉えた俺達は少々大袈裟に揺れ動く師匠の尻尾を目印にして平屋へと移動を開始した。



























 ◇




 短い移動時間の末に平屋へ到着すると、心地良い伊草の香りが俺達を歓迎してくれる。



 この匂い、落ち着くよなぁ……。


 伊草の香りには心を落ち着かせる効果もあるのかもしれない。



 靴を脱ぎキチンと角度を整えて畳の上に足を乗せ。部屋の隅に荷物を置くと座布団が横一列に並べられている事に気付く。


 しかも、数は人数分の八枚。


 師匠、不甲斐無い弟子の為に態々用意して下さり有難うございます。



「そこに座れ」



 師匠の指示に従い各々が座り心地の良い座布団の上に腰掛け、俺は左端へと腰を下ろした。



「ふわぁ――……。はぁっ、眠いっ」



 右隣りにはエルザードが足を崩して座り、暇そうに大きく口を開けて欠伸をしている。


 師匠を前にしてその姿勢はちょっと如何なものかと……。



 まぁ友達?? 知り合いだろうし、ある程度の砕けた姿勢は許容範囲だとは思うが。


 それでも慎ましい態度を保って頂きたいものですね。



「よぉし。揃ったな」



 横一列に座る俺達の前に立ち、それぞれの表情を窺い。ゆるりと口を開いた。




「早速本題へと入ろう。お主達を呼んだ理由は、とある場所に向かって欲しいからじゃ」


「とある場所とはどこでしょうか??」



 ムンっと腕を組む様が大変お似合いになる師匠へ尋ねてみる。



「現在、西部のオーク共は大人しくしておる。それを見越してかどうか分からぬが、とある魔物がガイノス大陸から此方の大陸に上陸した」



 ガイノスって……。


 確かマイの生まれた大陸だよな。



「その魔物はラミアと呼ばれる種族じゃ」


「「「ラミア??」」」



 聞き覚えの無い種族の名を聞いた俺を含む何人かが首を傾げて声を上げた。



「上半身は女の体、下半身は大蛇の魔物よ。勿論、私達と同じ様に人の姿に変わる事も出来るわ」



 要領がいかない俺達にエルザードが細い説明を加え。


 その言葉を受けたマイがちょいと残念そうな声を放つ。



「なぁんだ。大蛇退治なら倒したついでに食えるかと思ったのに……」


「あのウネウネした動きと見た目の割には蛇って結構美味しいんだよねぇ――」


「ルー!? その話は本当!?」


「うんっ!! あ、でも。毒を持っている蛇もいるから頭をベチャッ!! って潰した後に食べる事をお薦めするよ」


「ほほぅ……。蛇は美味い、ね……」


「「うふふ……」」



 いやいや。


 お嬢さん達?? 何だか美味しそうな想像に胸と希望を膨らませていますけどね。師匠とエルザードの話、聞いていた??


 ラミアという種族は魔物であって野生の蛇では無いのですよ??



「奴らは元々この大陸で暮らしていたが、ある事件を境にガイノス大陸へと逃れた。そして、月日が経ち。機を窺う様に此方へ戻って来た訳じゃな」



「ある事件とは??」



 カエデが大変静かな声で尋ねる。



「その昔。私達と大喧嘩したのよ」



 エルザードが小さく、そして少しだけ悲しそうな声色でそう話した。



「喧嘩?? エルザードと師匠がラミア達とですか??」



「正確に言うと前代の女王とじゃがな。儂達は基本的には人に害をなす事は考えてはおらぬ。 それに対し、前代の馬鹿者は人間を暴力によって排除しようと考えておった。そこで儂とエルザードが奴と話し合いの場を設けた訳じゃ」



「話し合いは決裂。その場で超ド派手な大喧嘩が始まった訳」



 エルザードと師匠の喧嘩……。


 この二人が力の限りに暴れれば恐らく大陸の地図を書き換える必要がある。


 それに対して、真っ向から戦いを受け止めようとしたのだ。前代の女王様もかなりの力を持っていたのだろう。



「戦いは数日間続き、儂らは辛くも勝利したが……。前代の怪我は思ったより酷くてのぅ。ガイノス大陸へと逃げる様に退散したのじゃ」



「で、その怪我が原因で数十年後に前代の女王は他界。今の女王になってこの大陸へと帰ってきたのよ」



 師匠は俺達人間を守る為に、ラミアの女王と戦ってくれたのか。


 人間に英雄として崇められる事も無く、ちっぽけな礼も言われる事も無いってのに……。


 淡々と言葉を仰ってはいるが言葉の重みは桁違いだな。




「今の女王とやらは、人間に害を加えようと考えているのか??」



 本日も眉を尖らせているリューヴが師匠へ問う。



「それを確かめに行って貰いたいのじゃよ」


「――――。どうして私達なのよ」



 マイが不審に思ったのか。眉をぴくりと動かし、普段のそれとは掛け離れた真面目な声色で話す。



「話は最後まで聞け。 現女王の名はミルフレア=スターチス。儂らと同じ大魔の血を引く魔物じゃ」


「名前を御存じなので??」



 前代の女王を退散させた時に伺ったのだろうか??


 師匠からの御言葉を待っていたが、長い沈黙の末に。少々度肝を抜かされる言葉を頂戴した。




























「御存じも何も……。大昔、私達と共に学んだ仲よ」


「後々、分かると思うが……。儂、エルザード、フォレイン、ミルフレア、そして……。フィロ。この五人はある人物の下で切磋琢磨し、同じ釜の飯を食った仲じゃよ」




「嘘でしょ!?!? フィロって私のお母さんの名前じゃない!!」

「私の母と!?」



 師匠の御言葉の中にフォレインさんの名が出て来て驚いた。


 それと、マイの母も師匠と共に鍛錬を重ねたのか。


 二重にもそして三重にも驚いてしまう事実だな。




「それこそ、俺達ではなくて。師匠達が伺うべきなのでは??」



 旧知の仲なら尚更じゃないか。



「そうしたいのは山々じゃがのぉ。前回の戦いの時に、ミルフレアの奴は同じ種族のよしみか、前代女王側に付いて儂とエルザードと対峙したのじゃよ」


「つまり……。顔を合わせ難いと??」



「正解。多分、私達と顔を合わせるだけで喧嘩が始まるんじゃない??」



 あっけらかんとしてエルザードが話す。



「大魔同士の戦いですか。どちらかが傷つき、倒れてしまうかもしれない。来たるべき魔女との戦いに備え、師匠達の戦力を削ぐ訳にはいかない……。そう捉えても構いませんか??」



 多分、そういう事だと思うけど……。



「まぁ大雑把に話すとそうなるのぉ。今は生まれ故郷であるアイリス大陸の北北西の端で独自の里を形成しておる。未開の土地もあってか人は近寄っていないが、人間と遭遇する日も近いじゃろう。その時、人に仇なすようであれば儂達魔物は人間にとって害をなす存在と捉えられてしまう」



 大変難しい顔で腕を組み、畳の折り目を睨みつけている。



「そうならない為にも先に真意を確かめて来て貰いたいのじゃよ……」



 人間と魔物との邂逅。


 俺や師匠が思い描く平和な未来に影を落とす存在が現れた。


 それは小さいが確実に存在し、この大陸へと上陸。


 師匠達はラミア達が大陸を侵食しようものなら排除をも考えているのだろうか??



 それを確かめるべく、俺達が大変恐ろしい力を持つラミア達の巣へとお邪魔する訳だな。




「仮定の話ですが……。その現女王のミルフレアが私達に牙を向けて来たらどうしろと??」



 カエデが怪訝な様子で話す。



「勿論、返り討ちにしてやるわよ」



 マイが自信満々で腕を組み、鼻息を荒げて得意気に話す。


 貴女のその全く折れない自信が大変羨ましいです。



「お主達の力じゃと……。九割九分負けじゃ」


「はぁ!? 戦ってもいないのに分かる訳無いじゃない」


「戦うのはあくまでも最終手段じゃ。向こうが戦う意思を見せたら可能な限り逃げろ。それが無理な場合のみ、戦闘を許可しよう」



 師匠が俺達へ諭す様に話す。



「つまり!! 事は単純明快じゃっ。儂らがお主らを死なぬようにぃ……」



「はぁ……。悪い予感しかしない」


「ユウ、残念ながら私もよ……」



「足腰が立たなくなるまで鍛えてやる!!!!」



 師匠がにぱっ!! と輝かしい笑みを漏らし。さらりと恐ろしい言葉を喜々として仰ってしまった。



「げぇ――……。折角の休みが……」


「マイ、諦めよう。あたし達は狭い籠の中に閉じ込められた憐れな鳥さ」



 二人の落胆した声が部屋に響く。


 それに対し、俺は人知れず高揚していた。


 師匠が俺達の面倒見てくれるんだぞ?? これで喜ばない訳がない。そして!! この機会を有効活用してマイ達との差を縮めてやろう!!



「戦闘訓練を儂が」


「私が魔法関連を担当するわ」



「エルザードも手伝ってくれるのか??」



 こりゃ意外だな。



「そうなっちゃったのよ。本当は、ゆっくりと静かに過ごしたかったんだけどさ。ほら、一応私達が残した問題でもあるから静観は出来ないと思ってね」



 ほぉ。


 気紛れ屋だと思っていたが……。


 エルザードの仲にも責任感って言葉は残っていたんだな。



「あ、今らしくないと思ったでしょ」



 心の声を見透かした彼女が悪戯っぽい笑みを浮かべ、人差し指で俺の鼻をちょいと軽く突く。



「儂達、大魔と呼ばれる者が二人も同時に指導してやるのじゃぞ?? 他の魔物が聞いたら涎を垂らして羨ましがるじゃろう」


「美味しい御飯があれば涎を垂らすんだけどねぇ。何日の間、ここで訓練するのよ」



「レイド、何日間空けられそうじゃ??」


「そうですね。 じゅ……」



 正確な日数を伝えようとしたその刹那、口喧しい方々から念話が届いた。




『短く言いなさいよ!!』


『そうだ!! あたし達の尊い休暇を泥まみれで過ごせって言うのか!?』


『そうだよ!! ゆっくりしたいじゃん!!』


『レイド様、余った休日は私と共に過ごす為にある訳です。ここは一つ、休みを短くお伝えしたら如何でしょう??』


『私はどちらでも良いです』


『主、予定通りの日数を伝えるべきだ。私はイスハ殿と是非とも手合わせ願いたい!!』


『ちょっと!! リュー!! 駄目だよ!! 絶対勝てないもん!!』


『やってみないと分からないだろう!!』




 あ――、もう。


 一気に話しかけないで下さい、頭が混乱するじゃないか。



 考えをある程度纏め、さてどうしたものかと考えていると。俺の代わりにエルザードが口を開いた。



「…………、聞こえた??」


「勿論じゃ……。お主らがどう考えているかよぉ――く分かった」



 怒りを覚えたのか、師匠の肩が軽く揺れている。


 まさかとは思いますが……。


 此方の念話を聞いていたので??



「エルザードさん、今の魔法は??」



 俺の考えを見越したカエデが尋ねる。



「念話の盗聴よ。私が作った魔法でね、こそこそと話す輩の念話を任意の相手に伝える事が出来るのよ」



 ぽっかぁんと口を開くマイ達へ片目をパチンと瞑って見せた。



「ず、ずるいわよ!!」


「そ、そうだ!! あたし達は悪くない!!」


「休みたいもん!!」



「レイド。休暇は何日じゃ……?? 正直に答えぬと……」


「残り十三日です」



「馬鹿――!! レイドの事なんかもう知らない!!」



 ルーが憤りの声を投げかけるとそっぽを向いてしまった。



「ここで七日間、みっちりと鍛えてやる。特に……。嘘を付き、訓練から逃れようと画策した者には、生まれた事を後悔する程キツイ目に遭わせてやるから覚悟する事じゃな!!」



「と、とほほ……。折角の屋台巡り食い倒れ企画が……」


「残念でしたね――。御愁傷様――」


「うっせぇ!! あんたの所為で滅茶苦茶じゃない!!」



 ペロリと舌を覗かせてお道化る淫魔の女王に対し、今にも噛みつきそうな恐ろしい顔でマイが叫ぶ。



「訓練着に着替えて訓練場に集合じゃ!!」



 狐の女王様と淫魔の女王様のありがたぁい指南を受け。


 師匠達と共に切磋琢磨した方が腰を据えて待ち構える場所へと向かい、その真意を伺う。


 頭ではこの二つの指示を理解はしていますが、体は安請け合いするなと叫んでいた。



 だが、此処で立ち止まる様じゃあ師匠の弟子は務まりませんよね!!


 師匠が俺達を頼りにしてくれた。その期待に応える為!! 粉骨砕身、この身を捧げさせて頂きます!!!!


 あ、勿論。


 本当に砕けない程度には手加減して頂きたいですけども……。



 ギャアギャアと騒ぎ立て、いつまでも立ち上がろうとしない者達へ師匠の手厳しい言葉が飛び交う中。


 大部屋の奥の小部屋に置かれている機能性に溢れた訓練着へと向かい、人知れず決意を固めて一人静かに歩み始めたのだった。





最後まで御覧頂き有難うございました。


話を区切ると流れが悪くなってしまうとの考えに至り、纏めて投稿させて頂いた事をお詫び申し上げます。


それでは皆様、おやすみなさいませ。

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